シン・サイレンススズカ   作:K氏

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 ウルトラマンデッカー、王道でいいですよね...いい...

 キャンサー杯はなんとか大逃げスズカさんが勝ってくれてB決勝行けそうです。流石スズカさん!


第7話 チーム・ベテルギウスへようこそ(中編)

一月某日。

 

 僕はトレーナー室で一通りの書類作業を終え、チーム・ベテルギウスの部室へとやって来ていた。

 鍵を差し込み回すと、反応が緩い。どうやら先に誰かやって来ているようだ。

 合鍵はとりあえず、チームにおいて先輩であるブルボンに渡しておいてある。と言っても、メンバーは今のところたった二人だけなのだが。

 と言う事は、中にいるのはブルボンの筈だが……。

 

「……マスター、お疲れ様です」

 

 案の定、部室内にはブルボンが一人で待機を……おや。

 

「その鞄は」

「はい、スズカさんのものです。不用心ながら、扉の前に置かれていました」

「当のあのお方は?」

「単独行動かと思われます。私が来た時には既に鞄が部室前に置かれていました。推測、30%の確率でグラウンド、70%の確率で外周かと」

「その根拠は?」

「まだグラウンドの使用許可申請を出していませんので、グラウンドに出る可能性は低い……とは考えましたが、スズカさんなら許可が出る前にコースに行くという可能性は否めないかと思い、この比率になりました」

「どちらにせよ走りには行かれるんだな。実によろしい」

「……今回は遭遇しませんでしたが、遭遇した場合止めるべきでは?」

「神は常に自由気儘なものだ。それに、駿川さんかエアグルーヴに僕が頭を下げて、周囲からの僕の評価が落ちる程度で済むなら、安いものだ」

 

 どうせ、「あのトレーナーはやはり管理がなっちゃいない」とか、そんな事を言われるに違いない。

 何せ……なし崩し的にブルボンのトレーナーになった時から、僕はそんな、目の上のたん瘤扱いなのだから。

 そんな事よりも、サイレンススズカさんについてだ。

 

 僕は、腕時計に視線を送る。

 時計は3時40分を過ぎた辺り。本来なら僕は3時頃からいる筈だが、今日は学園側の手違いでもう一度処理せねばならない案件があった為に、少し遅れてしまったのだ。

 その為、一度ブルボンに()()伝え、今日のトレーニングの開始時間は4時からという事になっている訳だが……急に不安が襲ってくる。

 

「……そういえばブルボン。君、サイレンススズカさんの連絡先は知っているんだよな?」

「知ってはいますが、私がスマートフォンを使用すると()()()誤作動が起こるので、実質使用不可能、つまり連絡不可です」

 

 ……そういえばそうだった……慣れのせいで忘れていたが、ブルボンは()()()機械が使えないのだ。

 

「マスターは連絡先をご存知ではないのですか?」

「……その……」

「まさか、緊張して聞けなかった、と?」

 

 ブルボンがいつもの無表情な顔で、僕を見つめてくる。僕はそれに、謎の威圧感を感じてしまっていた。

 

 しかし、答えない訳にはいかないので、正直に頷く事にする。

 

「マスター、ヒーローミーティングイベントでは()()()普通にスターマンと接する事が出来るのに、何故スズカさんが相手だとそうなってしまうのです?」

「……面目ない」

「? 何故落ち込むのです?」

 

 ……彼女自身、純粋な疑問として訊いているのだろう。そう思えるのは、ブルボンとそれなりに付き合いがあるから。

 しかしそれでも圧があると感じるのは、僕の心が弱いから、だろうか。

 

「……いや、考えたんだ。トレーナーとして、連絡先は交換しておくべきだと」

「しかし、出来なかったんですね。データログ参照……以前読んだSF漫画において、主人公がヒロインに対してそのような反応になっていたと記憶しています」

「その結果、どうなった?」

「直後に戦闘が発生し、ヒロインが行方不明になってしまい――」

「悲しくなるやつじゃないか」

「今後の展開次第ですね」

 

 ……まぁ、それはともかくとして。

 サイレンススズカさんをこれまたなし崩し的にスカウトする形になって以来、僕は()のお方の連絡先を得られずにいた。

 「彼女の方から交換しようとは言われなかったのか」と言われるかもしれないから言うが、彼女は……何も言ってこなかった。

 それは、僕の事が嫌いだから、という理由ではない……と、思いたい。

 思い当たる節があるとすれば……サイレンススズカさんにとって、何においても『走る事』が優先されている、という事だろうか。

 

 彼のお方のトレーナーになってから分かった事だが、あのお方は本当に走る事がお好きでいらっしゃる。

 それこそ、それ以外の事に無頓着になる、あるいは目に入らなくなる程に。

 それを思い知ったのは、彼のお方のトレーナーになった、その次の日の事だった……。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「では、トレーニングを始めましょうか」

 

 「努めて冷静であれ」。僕は自分にそう言い聞かせながら、そう言葉を紡いだ。

 

「サイレンススズカさん、貴方のスピードは天賦(てんぷ)の才……いや、そんな言葉では収まり切らない程のものだと、私は思っています」

「はぁ……」

 

 ……言葉選びを間違えたかもしれない。紛れもない本心として伝えたつもりだったが……サイレンススズカさんはまだ思春期。それを素直に受け止められるかどうかというと、少しばかり難しい話だった。

 

「……すいません、少々盛り過ぎた、かもしれません。ですが、この気持ちは紛れもなく本物ですし、貴方の速さも本物だ。だから、それを活かしたいんです」

 

 ――そう。あの愚かな前任者と違って、ね

 

 サイレンススズカさんのスピードは、見たところデビュー前であるにも関わらず、並のデビュー済みウマ娘――未勝利戦どころか、オープン戦で1・2勝した程度では到底及ばないレベルだ。正直、鍛えるのは二の次と考えてもいい。

 無論、重賞、それもG1レベルだと、総合的な面で難しくなるかもしれない。だから、それを補う為のトレーニングをしなければならないのだ。

 

「先日の選抜レースを見る限り、現状貴方に必要なのはスタミナだと思っています」

 

 その為、デビューまでの間、サイレンススズカさんには坂路でのトレーニングをして頂く……つもりではあったのだが。

 

「……ですが、今日はそんな事は無視しましょう」

 

 「えっ」と、サイレンススズカさんの小ぶりな唇からそんな声が漏れた。

 

「これは貴方を見た上での推測でしかありませんが……以前のトレーナーの元では、トレーニングですら思ったように走らせてもらえなかったのでは?」

「それは……」

 

 僕の言葉に、サイレンススズカさんは口を閉ざしてしまった。……優しいお方だ。

 

「ああっ、誤解なさらないでください。私は彼女を悪く言いたいのではありません。彼女にも、経験と知識があったからこそ、その選択を取ったのではないかとは思いますから」

 

 もっとも、その彼女が最善手と思っていた選択は、サイレンススズカさんにとって最悪手だったわけだが。

 

 ――全く、後先考えない、目先の欲望に囚われる人間ばかりだね、此処は。まぁ、君もその一人には違いないけど

 

「とにかく、今日の目標は『走りへのモチベーションを上げる事』を第一にしましょう」

 

 そう言った僕に対し、サイレンススズカさんは……どこか、困惑しているようだった。

 

「その……それってつまり、自由に走れ、って事ですか?」

「はい」

「……レースを見据えた走りを、しなくていいんですか?」

「もちろん」

「…………その、私、ずっと走っちゃいますよ? 満足するまで」

「構いません。タイム、ラップ、ペース、フォーム……今日だけは、そんなもの一切忘れて、ただ走りましょう」

 

 きっとそれが、彼女という『星』を輝かせる為の、第一歩だと信じているから。

 

 僕の声を聞き届けて下さったのか、サイレンススズカさんの顔に、僅かにだが笑みが戻り、尻尾がゆらりと振られる。

 

「……ふふっ、なら、お言葉に甘えて――」

 

 そう仰いながら、サイレンススズカさんの脚はコースへと自然に動いていた。

 

「――行ってきます――」

 

 微かに声が風に乗って聞こえたかと思うと、サイレンススズカさんのお姿は、一瞬にして搔き消えた。

 

「……ッ!」

 

 凄まじい速度で駆け抜けていくその姿に、僕は思わず息を呑む。

 相変わらず……素晴らしい走りだ。

 以前のトレーナーの矯正があったからなのか、僅かにフォームに固さが残っている――つまり、脚を溜める事を前提とした走り方――のだけが気になるが……それでも僕は。

 

「……いかん、涙が……」

 

 僅かに出てきた涙を拭い、サイレンススズカさんの走りをしっかりと目に焼き付けるように、食い入るように見つめる。

 そして、1周してきたサイレンススズカさんが、僅かに速度を落としながらこちらに近づいてくる。

 

「はっ、はっ……ふぅ。どう、でしょうか」

「良い走りです。……もっと言うなら、もう少しフォームを楽にしてもいいのでは、とも」

 

 僕の発言に、サイレンススズカさんは目を丸くする。

 

「……その、いいんですか?」

「どうぞ。貴方にとっての『最速』を、私に見せて欲しい」

 

 僕がそうGOサインを出せば、サイレンススズカさんは更に笑顔を輝かせながら、再び駆けていった。

 

 今度は、1周しても戻ってこなかった。

 まだ走れる体力があるという事なのだろうか。

 最初よりも僅かにスピードは落ちているようだが、フォームが崩れていないのを見る限り、まだ余裕はありそうだ。

 

 

 

 そうして再び帰ってきたのは、コースを二周した後。

 

「ふぅ……もう一本、走ってきますね」

 

 水分補給をし、汗を簡単に拭った彼女は、そう言いながらまた、コースに戻っていく。

 ……心なしか、汗が伝う彼のお方の顔が艶っぽく……いや何を考えているんだ僕は。彼女にそんな、げ、下劣な!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そうして走っては少し休み、走っては少し休みを繰り返す事、都度……何度目だろうか。

 

「……む」

 

 気付けば、日が傾き出していた。

 辺りを見渡せば、同じように練習していた筈のウマ娘やトレーナーの姿は無く、今はただ、サイレンススズカさん一人が走るだけになっていた。

 

 ……そろそろ、止めるべき、なのだろうか。

 

「ふぅ――」

 

 息を整えながら戻ってきたサイレンススズカさん。彼女のその吐息に、心臓が跳ね上がりそうになるのを抑えながら、僕はおずおずと口を開いた。

 

「……その、そろそろ引き上げる時間かと――」

 

 思います、と、そう進言しようとした時だった。

 

「……えっ……」

 

 僕は、愚かだった。まさか、彼女に再び、悲しい顔をさせてしまうなど!

 

 僕の発言を聞いた彼のお方は、まだまだ不完全燃焼なのか、どこか物足りなさそうな、それでいて僅かながら絶望するかのような表情で、僕の方を見た。

 

「……あの、もう、1周だけ……駄目、ですか?」

 

 上目遣い。駄目でしょうそれは――

 

「1周と言わず何周でも!」

 

 そんな風に言われてしまっては、こちらも許可を出さざるを得ないというものではないか。

 

 『神とは、誰よりも自由である』。誰かの意志に縛られず、自由に走る彼のお方の姿にこそ、僕は美しさと、神聖さを感じたのだから。

 

 許可を出した僕に対し、サイレンススズカさんの顔に大輪の笑顔の花が咲いた。

 

「ありがとうございます! では――」

 

 続いて何事かを言う前に、既にサイレンススズカさんは走り出していた。

 そして気付けば、彼女は第二コーナーを通り過ぎていた。

 

 ……ああ、何度見ても飽きないものだ。

 

 心なしか、彼のお方が走る姿と落ちていく太陽が重なり――まるで、サイレンススズカさんが輝いているかのようにすら見えてくる。

 

 そんな美しいお姿を目の当たりにし、僕は――(中略)

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それでこんなに遅くなってしまったと?」

「全ては自分の監督不始末によって起こった事。何卒、サイレンススズカさんには寛大な処置をお願い致します」

 

 気付けば、僕らは門限ギリギリになるまでグラウンドにいた。

 門限ギリギリという事は、そこからの移動時間を考慮すると……間に合わない。

 これでは彼のお方が怒られてしまう! その事実に気付いた僕は、慌ててサイレンススズカさんを止め、寮に送る事にした。

 止めた時のサイレンススズカさんのあの呆然とした顔も愛らしさが……やめろ僕、そのような歪んだものはいらん。

 

 寮の前では、栗東寮の寮長である……何と言ったか忘れたが……彼女が立っていた。

 

『おや、男の人と連れたってのご到着とは。もしやデ――』

『そのような事実はない。撤回して頂こう』

『あ、はい』

 

 食い気味に、次に出てくるであろう言葉を制した。

 僕如きがそのような対等な関係になれるなど、思い上がりも甚だしい。

 そして僕は、今の今までトレーニングに勤しんでいた事を寮長に手短に話し、頭を下げた。

 すると寮長は「また、か」と頭を押さえた。

 

「……スズカ、何度も言うけど、門限は守るものであって、チキンレースの対象じゃないんだ」

「チキンレースは……好きじゃないですね。どうせなら全力で何もかも無視して走り抜く方が――」

「なんでも走りに直結させるんじゃありません。……全く、ここ最近は収まっていたのに」

 

 ぴしゃり、と寮長が注意する。

 ……が、サイレンススズカさんは我関せずといった様子で。

 

「そういえば星空が綺麗……こんな夜は走るに限るわね……」

「こーら、隙あらばトリップしない」

「だって、目に入ってしまったから……太陽に照らされながら青空の下を走るのも、少し涼しくなった夕焼け空の下を走るのもいいけれど、夜空の星の下を走るのもまた格別なんだろうなって思うんです。丁度いい具合に涼しいですし、昼間とは違う雰囲気があって、これはこれでいいかなって」

「語らない語らない。そんなに語られたって、私は許可しないよ?」

「えっ? ……えっ?」

「その「えっ」の中に一体どれだけの情報を圧縮しているのか知らないけれど、私は一緒に走りには行かないし、そもそも君はもう寮に戻らないとだからね、スズカ?」

 

 今の「えっ」の内容を読み切ったというのか……!? 寮長、恐るべし……。

 僕もそれぐらい意思疎通が出来るようになれるように努力せねば……。

 

「……まぁともかく、規則は規則なので、しっかり罰は受けてもらうよ。今回は、そうだな……一週間、大浴場の浴槽掃除でどうかな」

「待って欲しい。この時間になるまで止めなかった僕に責任がある。ならば、彼女の罰も僕が――」

「待った」

 

 責任を負う気でいた僕の鼻っ面をへし折るように、寮長が制止してきた。

 

「君はスズカのトレーナー、でいいのかな」

 

 その問いに、僕は素直に頷く。

 

「なら、なおの事口出しは無用だよ」

何故(なにゆえ)

「ここに来るウマ娘は、トゥインクルシリーズに出る為に此処にいる。それがどういう意味か、分からない君じゃないだろう?」

「出るに相応しい、規範を守る人材を育てる、と?」

「まぁ、そういう事だね。門限はその一つ。出走の時にゲート入りをちゃんと出来ないようなウマ娘は、顰蹙(ひんしゅく)を買うものだよ」

()()()な回答だな。成る程」

「分かってくれたかな」

 

 ああ、分かった。

 

「君とは気が合わなそうだという事は」

「……その心は?」

「君のそれは、常識に囚われた考えだ。常識に身を委ねるのは楽で簡単な事だが……『常識とは自分達が作り、塗り替えるものであって、支配されるものではない』。他ならぬウマ娘である君なら分かってもらえると思ったんだが」

「……筋は通ってるけれど、論点のすり替えのようにも聞こえる。それに、君の顔を見る限り、本心はもっと奥底にあると見た」

 

 バレたか。初代スターマンの怪奇性溢れる作風を象徴する、屈指の名台詞も引用したんだが。

 しかし、マスクも着けているのにそこまでわかるものなのか。まさか、目か?

 

「なら本心を言おう。サイレンススズカさんにはただ、走る事を楽しんでいてもらいたい。走る事にだけ集中してもらいたい。そこに罰など与えたところで、余計なノイズになるだけだと考える」

「ノイズ、ね」

「反省する為に罰をこなすのではなく、ただ苦行を乗り切る為に罰をこなす。そんなものに意味があるとは思えない」

「ほう、スズカは反省する気はないとでも言いたげだね?」

「そう言うつもりはないが、しかし今の彼女を見てもそう言えると――」

 

 そう言いながら、僕はサイレンススズカさんの方を見やる……が、そこには彼のお方の影も形も無く。

 

 代わりに、タッタッタッ、と足音が響いていたのでそちらを見れば……はたして、サイレンススズカさんは走り出していた。

 

「はいストップ」

 

 しかし、今日一日自由に走っていた疲れが溜まっておられたのか、後ろから追いかけた寮長にあっさりと捕まってしまった。

 

「まっ、待って下さい、違うんです。脚が勝手に……」

「はいはい、走りたくて仕方なかったんだね、でも駄目。今日はもうおしまい」

 

じたばたと抵抗するも、無駄だったようだ。

サイレンススズカさんはそのまま寮長にずるずる引きずられていく。

 

「大丈夫です、走れます! ほら私、元気いっぱい!」

「じゃあその元気はお仕置きの為に取っておいてもらおうかな」

「えっ……」

「うーんその反応。君のトレーナーの言う事もあながち間違いじゃなさそう」

 

 苦笑する寮長に、お仕置きと聞いて血の気が引いたようになっているサイレンススズカさん。

 恐らく、お仕置きを受ける事よりも、今から走りに行けない事の方が絶望的なのではないだろうか。

 僕は走る事が苦手なのでその気持ちはなんとか推し量る事しか出来ない。

 僕の記憶にある範疇で似たような事例を探すなら、テレビでスターマンの録画を見ていた時、良いところで親に「寝なさい」とテレビの電源を落とされた時のようなものだと、思う。

 

「……とにかく、罰は受けてもらうよ。例外を作っちゃって、他のウマ娘が真似しだしたらたまったものじゃないからね」

「それは……」

 

 困った。言い返せない。

 

「……でも、そうだね。もし、君が君の考える『良きトレーナー』でありたいと言うのなら――」

 

 そう言いながら、寮長は何かを思案するように口元に手を当てる。

 

「……なら、お仕置きの内容は、『一週間、トレーナーと一緒に買い出しに行ってもらう』。うん、これで行こう」

 

 名案を思い付いた、と言わんばかりに人差し指を立てながら、寮長はにっこりと微笑みながらそう告げてきた。

 成る程。折衷案を出してきたか。しかし、解せない点がある。

 

「……何故、急に?」

 

 僕がそう問えば、寮長は瞼を閉じ、静かに語り出した。

 片手でサイレンススズカさんの肩をしっかり捕まえながら。

 

「……ここ最近のスズカは、あまり楽しそうじゃなかったからね。勝つ事よりも走る事が大好きなウマ娘なんて今時珍しいから、その分落ち込んだ時が印象に残るんだよ」

 

「……ウマ娘を優先しすぎろとは言わない。けれどかといって、彼女らの感情を蔑ろにするのも違うだろう? でも、私は彼女とは別のチームだ。そこで部外者の私が口を出すのは流石に憚られる」

 

「……正直なところ、スズカのトレーナーが別の人になったって聞いて、安心が半分、不安が半分って感じでね。もしそこでも同じように、走る事を楽しめなかったら……」

 

 寮長はそこで言葉を区切った。

 彼女の言わんとしている事は、分かる。

 サイレンススズカさんが、トレセン学園から消えるかもしれない事を危惧していたのだろう。

 

 外から見れば華やかに思えるトゥインクルシリーズの世界だが、実際はもっと……殺伐としている。

 トレセン学園に来たウマ娘の全てが、トゥインクルシリーズにてデビューできるわけではない。

 選抜レース、模擬レース、それ以前の能力試験……ウマ娘が心を折られる要因は様々だ。

 この世界では、1着にこそ意味がある。例え2着・3着に入って「惜しい! けど良いレースをした!」と言われようが、栄誉と名誉を貰えるのは()()()()()()。そんな残酷な世界の構図は、デビュー前の時点で既に存在するのだ。

 それに、成果を出せないウマ娘にも、当然のように未来は与えられない。それが例え、自分ではどうにもならない原因によるものだったとしても。

 思春期の少女を大人の社会に放り込むが如き理不尽で歪な世界が、このトレセン学園にはある。

 それらはさながら、何段にも渡って層が存在するふるいのようで。

 そうして学園を去るウマ娘の背中を、彼女は幾度となく見てきたのだろう。

 

 ふと、思う。あのまま、あのトレーナーの元にサイレンススズカさんがいたらと考えると……想像するだけでも恐ろしい。

 

「……確かに君とは気が合わなそうだけど、うん。少なくともスズカが以前のように走る事を楽しんでいるという点では、私は安心したよ。どうもありがとう」

 

 ……どうやら、僕は彼女を誤解していたようだ。思ったよりも、彼女は寮長として周りを見ているらしかった。

 彼女は彼女なりに、サイレンススズカさんを思いやっているようだ。

 

「……進んでサイレンススズカさんに嫌われたいと思わない。ただそれだけだ。礼を言われる程じゃない」

「……()()()()()()()()()()よ。まぁ、それでもお礼を言うのが礼儀ってものさ。同じウマ娘として、そして彼女のいる栗東寮の寮長として、ね」

 

 ウィンクしながらにこりと微笑みかけてくる寮長。

 

「なら、素直に受け取っておこう」

「うん、そうしてもらえると助かる。……今後とも、スズカをよろしく頼むよ」

 

 寮長の言葉に、僕は頷く。

 

「それじゃあ、明日から一週間、スズカと一緒に買い出し、お願いするよ。メモは、そうだな……明日の昼ぐらいにスズカに渡しておくよ」

「……分かった。引き受けよう」

「あ、間違っても、()()()行かないように。これはあくまでも、スズカへの罰なんだから」

「………………そんな事はしない」

「なんだい今の間は」

 

 こうして、その日は解散になったのだった。

 

 

 

 

 ちなみにサイレンススズカさんは僕と寮長が話をしている間、「あぅ……」やら「うぅん……」やらと、やたら背徳感の溢れる色っぽ……コホン、悲しそうな呻き声を漏らしながらもがかれていたが、結局捕まったまま、寮長に寮の中へ引きずり込まれた。

 最後に寮の中に入れられる瞬間、僕に縋るかのような目をしていたのは、しばらく忘れられそうにない……。

 おいたわしや、サイレンススズカさん……。

 

 ついでに後で聞いた話だが、僕と寮長の話を全く聞いておらず、走る事だけを考えていたらしい。

 うん、それでこそサイレンススズカさんだ。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「あの、お疲れ様、です」

 

 僕があの日の記憶を思い出していると、ジャージ姿のサイレンススズカさんが遠慮がちに入ってこられた。

 これもサイレンススズカさんの担当になって分かったのだが、走る事が関わると饒舌になられるものの、それ以外となるとこうして控え目になってしまわれるらしい。

 

「はい。お疲れ様です。先に走ってらしたんですか?」

「え、えぇと、()()()()()()()()んですが、その……」

 

 僕が問いかけると、サイレンススズカさんは何かを躊躇うように言葉を詰まらせた。

 

「大丈夫ですよ。トレーニングの時間には間に合ってますし。……その様子ですと、何か別の用事が?」

「……はい。走りに行こうとしたんですが、スペシャルウィークさん……後輩の子に、勉強を教えて欲しいって言われまして」

 

 「それで少し勉強を見ていたんです」と言いながら、彼女は机に置いていた荷物を、ロッカーに手早く仕舞う。

 

 ……成る程。私生活も一見して順調なようだが――

 

「……走りたかったんですね、その間も」

 

 ピクリ、とサイレンススズカさんの肩が僅かに震え、耳がピンと立つ。

 

 見れば分かる。遠慮がちに入ってこられた時から、尻尾がぶんぶんと振られていたのだから。

 

「……え、えぇと、その子、私の事を慕ってくれてるらしくて……走りたい気持ちもあったんですけど、その子の気持ちを無碍にするのもよろしくないと思いまして……」

 

 ……なんと――

 

「素晴らしい……」

「え?」

 

 己の強い欲望を制し、後輩の為に身を粉にするそのお姿。何という先輩としての美しき模範解答。

 その後輩とやらがサイレンススズカさんを尊敬しているのも頷けるというものだ。

 もしやすると気が合うかもしれない。

 

「サイレンススズカさん」

「は、はい」

「今日はめいいっぱい走りましょう。ブルボン、今日は坂路で併走、行けるな?」

「勿論です。ハンデは――」

「いりません」

「だ、そうです」

 

 そうと決まれば、早速コースへ向かうとしよう。初代スターマンのマチヤキャップもいつも言っていた。『善行は急くべし』、と。

 偉大なる先人の言葉は、現代でも変わらず信頼できるものだ。

 

 ……そうですよね、スターマン。

 

 僕は机の上に並ぶ本の前を見やる。

 そこに立っている色褪せた初代スターマン……のソフビ人形が、僕の思いを肯定するように僕を見ていた。





 寮長は勿論フジキセキですが、主人公は逃げウマ娘以外には大して興味が無いので、名ウマ娘だろうと逃げウマ娘に該当しなければ記憶していません。
 ついでに言えばスズカの友人であるエアグルーヴの事も、今では(顔は何となく覚えているものの)名前をすっかり忘れてるし、逆に逃げウマ娘なら有名で無くても記憶してます。なんだこの逃げフリーク!?
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