シン・サイレンススズカ   作:K氏

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第8話 チーム・ベテルギウスへようこそ(後編)

 ――記録ファイル名:坂路併走トレーニング20XX/01/■■

 

 ――記録者:ミホノブルボン

 

 ――日付:1月■■日

 

 ――時刻:16時37分24秒

 

 ――記録再生、開始

 

 タスク:本日のトレーニングの振り返りを実行。

 

 本日のトレーニングは、坂路での併走トレーニング。

 相手は、去年マスター……私のトレーナーの担当ウマ娘になり、そしてチームにおける私の後輩に当たる、サイレンススズカさん。

 彼女との併走自体は以前に二度行っていますが、坂路での併走は今回が初だと記録されています。

 (補記:過去の併走に関しては、いずれも私が勝利しました)

 

『よし、二人とも位置に着いて』

 

 マスターに促され、私とスズカさんは坂路コースの指定された位置に立つ。

 そして――

 

『スタート!』

 

 その声と共に駆け出しました。

 

【脳内映像では、サイレンススズカが視点主であるミホノブルボンの右前を駆けだしていく】

 

 やはり驚くべきは、スズカさんのスタート時の瞬発力。

 私も逃げという脚質を得意とする為――寧ろ()()()()()()()()とも言いますが――、スタートダッシュはデビュー前からトレーニングを積み重ねて来たつもりです。

 それこそ、並大抵の逃げが相手でも前を取らせない程に。

 

 しかし、スズカさんのそれは、明らかに私よりも遥かに早い。

 しかもマスターによれば、その集中力はデビュー以前から備わっているものだとも聞きました。

 

 スズカさんのデビュー以前、私は丁度、実家に帰省していました。

 詳細は省きますが、決して引退によるものではなく、怪我による療養の為、とだけ。

 

 それ故に、私が彼女の事を知ったのは、トレセン学園に帰還した9月の事でした。

 

 帰還した当時、私は……正直驚きました。

 

 私と同様に感情表現が苦手な筈のマスターが、スズカさんを前にして()()()()()のですから。

 

 その時、私の胸の内に奇妙な()()()が走りましたが……あれは一体何だったのでしょうか。

 

 ……脱線を確認。速やかに記録再生に戻ります。

 

【サイレンススズカの後ろ姿が、どんどん小さくなっていく】

 

 スズカさんについて更に特筆すべきなのは、そのスピード。

 これが、人間のアスリートで言うところの短距離走――つまり50~100mのレースであれば、彼女よりもレース経験を積んだ私でも敗北していたでしょう。

 しかし、私達はウマ娘。その走行距離は人間の比にはなりません。

 こと、勝負という面においては、私に一日の長があると自負しています。

 

【徐々に、サイレンススズカの背中が近づいてくる】

 

 如何にスピードが速かろうと……最終的に先にゴールすれば勝ち。それがレースです。

 それに、スズカさんはスピードのステータスが高い反面、それ以外のステータスがまだ低いように思われます。

 これまでのレースにおいては、その圧倒的なスピードを活かした『大逃げ』で最初から後続を突き放し、後方のウマ娘が取れる選択肢を狭め、まともにレースをさせないまま勝利を収める、というパターンが確認されています。

 しかし、それらのデータはあくまでもデビュー間もないジュニア期の、そして距離も1800~2000mでの記録。

 これがクラシック期になれば、話はまた変わって来るでしょう。

 

 皐月賞までは、恐らくは問題ありません。それは、マスターも同意見だと思われます。

 問題はダービーの2400m。

 

 実際のところ、デビューしてからクラシック制覇を目指す多くのウマ娘にとっての壁の一つがこの2400mであると、私は判断しています。

 何故なら、デビューしてからウマ娘が経験するレースの多くは精々が2000mまでで、重賞の2400mを最初に走れるようになるのは、4月後半にあるダービーのトライアルレース、青葉賞になるのですから。

 (補記:未勝利戦にも2400m戦はありますが、レースレベルを考慮して敢えて排除しています)

 

 恐らく、今後の流れとしては私と同じルートを辿ると予想されます。つまり、皐月賞を勝利後、そのまま日本ダービーに直行するルート。

 皐月賞に勝利すれば日本ダービーの優先出走権が得られる為、間隔等も考慮して考えるならそのルートがベストとは考えられます。

 しかし、それは所謂、『ぶっつけ本番』での距離延長になると言う事。

 過去のデータを参照するなら、私を含め、皐月賞において好走したウマ娘は、日本ダービーにおいても好走しているというデータはありますが……しかし、全てのウマ娘が好走しているというわけではありません。

 

 ……日本ダービーは、『一番運の良いウマ娘』が勝つ。

 

 実力も必要ですが、時として運によって勝利を引き寄せて来たウマ娘というのは少なくありません。

 

 ……運、と言えば。

 

【映像を一時停止】

 

 スズカさんと同期デビューを果たしたウマ娘に、運勢に纏わるウマ娘がいたというのを記憶しています。

 検索を実行……名前はマチカネフクキタルさん。偶然にも、スズカさんと交友関係のあるウマ娘のようです。

 

 戦績に関してはムラがあるようですが……一度スズカさんとの模擬レースを拝見した際、かなりの末脚を誇っていたのを確認しています。その時の勝者は()()()()スズカさんでしたが。

 しかしあのタイプのウマ娘は、ライス……ライスシャワーのように侮れない一面があります。故に、既に要警戒対象としてマスターに報告済みです。

 

 ……しかし、マスターはマスターでスズカさんに謎の信頼を置かれているらしく、「問題ない」と豪語されていました。

 

 ……私の時は、()()()()()()()()()()にも関わらず。

 

 その比較も無理はないかとは、私自身思います。

 私の場合、元々スプリンターとしての素質があると見込まれていた為、距離に関しては周囲から不安視されていたのを記憶しています。

 ……私の元マスターを含めたトレーナー陣、そしてメディアも、私のクラシック三冠への挑戦は『無謀』だと断じていました。

 それでも、努力によってスタミナを補った事で、私は皐月賞を、そして日本ダービーを勝利する事が出来ました。

 菊花賞はライスさんに敗北してしまいましたが……しかしこれからも鍛え続ければ、必ずライスさんの得意な長距離G1――天皇賞(春)等においても勝利を掴めると、そう確信しています。

 そして、マスターは私というウマ娘を育成した経験があるからこそ、スズカさんに関しても自信を持って勝てると断じたと、私はそう考えています。

 

 ……ですが……

 

 

 

 

 ……ノイズ発生を確認。またも大幅に脱線してしまいました。再生を再開します。

 

【更に接近するサイレンススズカの背中】

 

 スズカさんは、確かに早い。ですが……幾多のレースと、マスターから与えられた数多のトレーニングをこなした経験が私にはあり、彼女にはありません。

 故に――

 

【サイレンススズカの姿が視界の右から消える】

 

 ――如何なるタイミングで溜めた脚を使えばいいのか、それを冷静に判断する力と、それを発揮する力が、私にはある。

 

【サイレンススズカの姿が見えないままゴールする】

 

 現状、スズカさんはスピードに頼ってリードを開く()()という印象があります。

 そして、スズカさんの性分の問題なのか、あるいは勝負根性が足りていないのか、一度抜かされると抜かし返せない程に脆いところがあるようです。

 マスターもそれを分かってか、まずは今後挑むレースを踏まえてスタミナを増強する方針にしています。

 スタミナがあるという事は最後まで走り切れるというだけでなく、早いスピードを維持したまま余力を持ってスパートを掛けられるという事。

 故にそれも大事ではありますが……逃げをやって来た私の経験に基づいて考えるなら、途中で息を入れるという事も覚えるべきだと考えます。

 ですが……恐らくスズカさんは、思考よりも感覚で物事をこなすタイプ。私とは異なるタイプです。そんな彼女に、はたしてどうしたら伝わるのか……難しい問題です。

 

『……ナイスラン、二人とも』

 

 ……ここも記録されていましたか。

 

 僅かに逡巡した様子のマスターが、私達に声を掛けてきました。

 その手には二人分のタオル。

 私から見て4m、スズカさんから見て2mの位置にて立ち止まったマスターは、二つのタオルを交互に見やっています。どうやら迷っているようです。

 何に、と問われれば、恐らくは「私とスズカさんの()()()()()()()()()()()()()」、という事にでしょう。

 先程逡巡していたのも、私とスズカさんにどう声を掛けるべきかで悩んでいたものだと推測されます。

 

 そう、それで悩んでしまう程……マスターにとってのスズカさんの存在は重いのです。

 

 

 

 

 ――並行再生、実行。

 

 ……去年、スズカさんがレースに出ている時、つまりマスターと二人きりの時に聞きました。

 スズカさんは、マスターがようやく見つけた、本物の『()』なのだと。

 

 『星』。マスターはそれを、「人の心の中で燦然と輝くものであり、同時に決して届かないもの」だと評しました。

 

 彼にとっての『星』が何なのか、私の独自解釈を抽象化して表現するなら……『ヒーロー』であり、『神』、なのでしょう。

 

『……僕はね、君が戻ろうと戻るまいと、()()()()()()()()()()()()()()()んだ。どの道、僕は君を怪我させた、最低な男なんだから』

 

『……ああ、正直に言う。僕は、僕はね、この世に真の意味で『僕』を救ってくれる存在なんかいないんだって。最後には『絶望』しかないんだって、そう思っててさ』

 

『「無敵のヒーローですら『僕』を救ってくれなかったのに、『現実』にそんな都合のいい存在、いる訳がない」。……そんな事を考えてしまう自分が……嫌で嫌で、たまらなくてさ』

 

『そんな、最低で、クズで、自己中心的で、どんな言葉を尽くしても足りない程に強欲なだけの男、此処にいようがいまいが関係ないだろ?』

 

 無理に朗らかそうにしながらそう言っていたのを、今でも明確に記憶しています。

 

 スターマンという『空想』の『星』に、届かないと知りながらも敬愛の情を抱き、あるいは心酔していた彼は、ある時を境にウマ娘に希望を見出すようになったそうです。

 

 ウマ娘。皆の夢を背負って走る存在。彼女らの中にならば、あるいは――

 

 そう思い、彼は衝動的にこの世界に飛び込んだ。

 

 けれど……『現実』とは、そう甘くないもので。

 マスターの思うようなウマ娘は、現れませんでした。

 

 ……そう。彼にとっては、あのシンボリルドルフ会長も、ミスターシービーさんも、ナリタブライアンさんも、オグリキャップさんも……()()()()()()()()()()()()()()、彼の『星』になれなかった。

 

 無論、会長達に夢を見る人々は大勢います。ファンレターが来たところから考えるに、私にも多くの人々が夢を抱いてくれたのでしょう。

 その点で言えばマスターは……ご自身で述懐されている通り、歪さを抱えた人間なのかもしれません。

 同時に、マスターはそんな風に考えてしまう自分に苦しまれていました。……それを知っているのは、彼には内緒ですが。

 

 そうして苦しまれていた所に、彼にとっての『()()』の体現……即ち『()()』が現れたのですから、彼の心がどう動くかなど、容易に察せられます。

 そして同時に、マスターはこうも仰られました。

 

『……確かに、サイレンススズカさんには敬意を持って接したい。けれど、だからと言って彼のお方だけを贔屓するのは、駄目な事じゃないかとも思ってしまう自分もいて』

 

『だから……彼のお方に敬意を払いながら、君にも今まで通り接するようにしたい』

 

『……きっと、スターマンがそれを望んでいるんだ。僕に、善良なトレーナーであれ、と』

 

 そう言いながら、彼のお気に入りであるスターマンの色褪せたソフトビニール人形を、感慨深げに見つめていたのを今でも覚えています。

 

 ……傍から見れば、異様、と思われるかもしれません。

 

 そも、ウマ娘を崇拝する人間など、それこそ歴史の教科書において何度か出てくる、ウマ娘を主神とする宗教的コミュニティに属する人間ぐらいなものでしょう。

 

 ですが、私には彼をそう断じる事はできませんでした。

 私も、クラシック三冠の達成という『星』を支えにして、それを追いかけていたウマ娘なのですから。

 

 

 

 

 ……やがて、マスターは私とスズカさん、()()()()()()タオルを差し出しました。

 彼としても、苦渋の決断だったのでしょう。

 

 「こんな事で?」と思われるかもしれませんが……崇拝したい気持ちと、人としての良心の間で悩む善性を持つのがマスター、早永 信道という人間なのです。

 

「……ブルボン、仕掛けどころは完璧だった。後は――」

 

 外面では平常そうに見えても、常に心の拠り所を求めていて。

 

「サイレンススズカさん、良い走りでした。ですがやはり――」

 

 例え狂気に溺れてでも寄りかかりたい筈なのに、それまでに培ってきた善性のせいで、歪で中途半端な振る舞いしか出来ない、不完全な人間。

 

 

 

 

 ……だからこそ、私はその欠けた部分を補える存在で()()()()()()

 

 

 

 

 ……ノイズ発生を確認。これ以上の並行再生はエラー発生の原因になると判断。記録の再生を強制終了し、スリープモードに移行します…… …… …

 





・チーム『ベテルギウス』構成メンバーの現状

 スズカさん……入学当初から明らかに他とは違う圧倒的なスピードを誇り、デビュー後も人々から注目の的になっている若き『ヒーロー』にして、早永にとって救いの『神』(弱点がないとは言っていない)。
 四六時中『走る事』を考えているが、備わった善性により後輩をほっとけなかったりして、逆に苦しんだりしてる。
 早永の事は現状、「私を走らせてくれる恩人であり良い人であり、変な人」だと思ってる。

 早永……いつまで経っても少年の心を捨てずにいられない、大人になりきれない大人にして、『人間』。冷徹にして冷淡そうな人間の仮面を被るのは得意だが、スズカさんを前にすると仮面が剥がれる為、必死に内面を誤魔化してる。
 本当は狂信的にスズカさんを崇めたいと思っているが、「もしもそれをする事でサイレンススズカさんに嫌がられたら、嫌われたら」という気持ちや、初めて担当したブルボンへの義理人情もあり、結果中途半端な善人になってしまっている。

 ブルボン……クラシック三冠の達成も、無敗のウマ娘であり続ける事も出来なかったが、サイボーグ染みた不屈の精神で戦い続ける事を選んだ、紛れもない『ヒーロー』。
 早永はある意味彼女にとっての『ヒーロー』だが、そんな彼にとっての『ヒーロー』になれない事を苦にしている節がある。……が、公私混同はしないプロ(それはそれとして、チームの先輩として、あるいは早永の『最初』の担当ウマ娘として、スズカさんに対し無意識にマウントを取ってしまったりする。無意識に)
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