シン・サイレンススズカ   作:K氏

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 前編後編で纏められる人ホント凄い...


第11話 Faster Runner(中編)

 ――G1『皐月賞』当日。

 

「――サイレンススズカさん! そろそろお時間で――ゲホン」

 

 トレセン学園のグラウンドで大声を張り上げ、咳が出そうに……というか出た。

 二回、三回とむせた僕は、なんとかサイレンススズカさんの姿を視界に収めようとする。

 

 最初に見た頃よりもより美しいフォームになられた彼のお方の走りは、気を抜けばそのまま見惚れてしまいそうな、そんな魔性の魅力があった。あのスピード、まるで通過する電車を間近に見ている時に引き込まれるかのような

 ……が。今日はそうなりそうな自分の意識をなんとかもたせる。

 

 すると、こちらの声がギリギリ届いたのか、サイレンススズカさんがスピードを緩めながらこちらにやってくる。

 

「……まだ、もうちょっとだけ走りたいんですけど、駄目でしょうか?」

「うッッッ」

 

 ……サイレンススズカさん、貴方はご自分の美貌をもっと自覚なさった方がいい。

 

 息を整える為か、僅かに身体が上下するその仕草。僅かに前傾姿勢になっている事で上目遣いのようになっている顔。加えて、頬を伝う一筋の汗……これだけで一つの絵画が描けそうだ。

 

 ……だが、この魅惑に負けてはいけにぁ……いけないのだ!

 

 おお、主よ。サイレンススズカさんよ。心を鬼にする事を赦し給え……。

 

「……駄目、です」

「えっ」

 

 やっ、やめて下され……そのような、「信じていたのに……!」というような目を向けてこられるのは……辛いッ……!

 

「その、体力は温存しておかないといけませんから……」

 

 僕がそう言うと、サイレンススズカさんは手を顎元にやりながら、悶々とした表情を浮かべる。

 彼のお方の中でも葛藤があるのだろう。

 確かにレースの事を考えれば体力を温存しておくのは道理だし、でも今は走りたい気分だし……といった具合に。

 

「うぅ……でも……」

 

 そう言いながら、いつもの如く左旋回を始めるサイレンススズカさん。

 

 ……仕方あるまい。

 

 サイレンススズカさんの為、僕は鬼を越えて……いざ、悪魔にならん。

 

 ――いいねぇ。少し手を貸そう。

 

 

 

******

 

 

 

 

「……お戻りになりましたか、お二人と……も?」

 

 校門前で声を掛けてくるブルボンに対し、サイレンススズカさんは無言で彼女の前を横切り、するりと、そこに停めてあったワゴン車の助手席に乗り込んだ。

 

「……マスター、何かあったのですか?」

「……少し、悪魔になり過ぎたかもしれん」

「???」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「……いいんですか。そこで安易な欲望に呑まれてしまって」

 

 努めて神妙な顔で、サイレンススズカさんにそう訊けば、彼のお方は旋回しながらこちらに視線を送られる。

 

「ああ、欲望を満たせるならば、それも良いでしょう。ですが! そうした場合、皐月賞本番でどうなると思います? さぁ、目を閉じてみて下さい。そして想像してみてください」

「…………」

 

 サイレンススズカさんは、僕の言葉の通りに目を閉じられる。

 

 ……これから僕は、賭けるのだ。彼女の想像力に。

 

「――貴方は今、ターフを駆けている。そう、皐月賞本番、中山のターフだ」

 

「貴方は走る。走る。ひた走る。でも……何かがおかしい。思ったより、前に進まない。そう、脚が思うように動いてくれないのだ!」

 

「それは何故か。貴方がレース前に体力を消耗してしまったからだ……ああ! 一人、また一人と、貴方の後ろから――」

 

 そこまで口にしたところで、サイレンススズカさんは「うぅ~~~~!」と唸りながら、耳を抑え、その場に蹲ってしまった。

 

 サークル時代に培った演技力がどこまで通用するかと思ったが……思った以上に通じたようだ。

 

「……分かって、いただけましたか?」

「……す……」

「はい?」

 

 

 

 

「トレーナーさんは……いじわる、です……」

 

 

 

 

「あぐぁッ」

 

 ……人生で後悔する瞬間は何度でも訪れるものだが。何度味わっても、慣れるものではない……特に、初めて味わうタイプのものであれば。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 ……それから、僕らは中山レース場入りした訳だが……当然、車内は無言。

 チラリとサイレンススズカさんの横顔を見てみれば……ただじっと、何を考えておられるのか分からない目で前を見ていた。

 ブルボンも空気を読んでか読まずか、一言たりとも発さず、ある種の地獄を形成していた。

 そして車から降りると、サイレンススズカさんは荷物を持って足早に控室の方へと向かって行かれた……。

 

「……マスター」

「何も言うな。何も……」

「了解。何かしらのデリカシーの無い発言をしたと、勝手に解釈します」

「……そうしてくれ」

「なお、それによる信頼度の下降は誤差レベルです」

 

 妙に勘が鋭いのに一々付け足す辺り、律儀というかなんというか。

 

「……注釈どうも」

 

 そう言いながら、僕達もサイレンススズカさんの後を追うのだった……。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

『さぁ、今年もこの日がやってまいりました。クラシック三冠の一冠目、皐月賞の日が! 本日も、スタンドには大勢のファンが詰めかけています!』

 

 実況アナウンサーがそう口にする通り、今年の皐月賞もかなりの客が来ているようだった。

 遠くからでも、わぁわぁという声が聞こえて来る。

 

「……スゥー……ハァ……」

 

 少女は、息を整える。

 その身に纏うは、紺碧の海が如き青の装束。即ち、勝負服。

 

 少女がこの勝負服に袖を通すのは、朝日杯フューチュリティステークス以来二度目になる。

 多くのウマ娘にとって、この装いに身を包むのはある種のステータスだ。

 トゥインクルシリーズという競争の世界において、G1の舞台に立てるのはほんの一握り。

 それ故に、参戦できるだけでそれを誉に思うウマ娘というのは少なくない。

 

 ……だが、それだけで嬉しいと思うなど、彼女からすれば怒りの対象に他ならない。

 

『しかし、今回は驚きましたねぇ。まさか――』

 

 そして同時に……今回の皐月賞の出走人数を聞いた時、彼女の怒りは頂点に達していた。

 

 『――今年の皐月賞出走者が、僅か8()()()()とは』

 

 現行の競バ法――国が定めているトゥインクルシリーズ関係の法律――において、出走者数にも上限と下限が設けられている。現行における上限は18人。下限は4人。つまり今回の皐月賞は、上限の約2分の1を下回る出走者数というわけだ。

 

 ……念の為書くが、あくまでも最低4人いれば、レースは行う事が出来る。

 しかし、ただでさえG1級レースで少人数なのが珍しく、加えて過去の皐月賞における最低出走者数でも12人となっているだけに、今回のそれは世間でも大きな波紋を呼んだ。

 

 その大きな理由はと言えば――

 

【レース回避の原因はサイレンススズカ!?】

 

【サイレンススズカ、マルゼンスキーの再来か!?】

 

【サイレンススズカ――】

 

 どのスポーツ紙を見ても、サイレンススズカ、サイレンススズカ、そしてサイレンススズカ。

 もはや、サイレンススズカの強さを疑う者は、誰もいなかった。

 弥生賞での彼女は、8バ身も差をつけて勝利をした事もそうだが、なんとタイムをも縮めた。

 そう、ただでさえ速い彼女が、更に速くなっているのだ。

 結果、彼女が本領を発揮できる同条件の皐月賞に出るよりも、そこから更に400m伸び、勝つ可能性も増える日本ダービー一本に絞ろうとするウマ娘が増えたのだ。

 それ故に、かつてその強さから誰もが出走を回避し、結局5人で走る事となったという逸話を持つ程の実力者、『怪物』マルゼンスキーになぞらえる人間も少なくなかった。

 

 ……ふざけるな、としか言いようが無かった。

 

 やりもしない内から諦めるなど、それがウマ娘の正しい在り様か? 否。断じて否である。

 

「……やってやるわ」

 

 ならば自分が、サイレンススズカを越えて、示す。

 誰にだって、ジャイアントキリングは為せるのだと。

 そして、諦めなければ誰にだってチャンスは巡ってくるのだと。

 それこそ、かつてあるウマ娘が、無敗の二冠馬を破った時のように。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「今日は一段と観客動員数が多いように思われます。目算での計算を実行……計算、不能。このままではオーバーヒートを起こす可能性が――」

「ならしなくていい」

「了解しました」

 

 この調子だと日本ダービーになるともっと人が来そうだ、などと他人事のような事を考えながら、早めの昼食を終えた僕らはスタンド前に向かっていた。

 そして、恐らく僕らと同じような事を考えているであろう観客達がスタンド前にやってきている。

 

 此処に来ている観客の多くの目当ては、間違いなくサイレンススズカさんだ。

 

 現在、サイレンススズカさんは当然のように、圧倒的1番人気に支持されている。

 支持率をちらと見たが……2番人気との差の開きが凄まじいことになっていた。

 ブルボンが仕入れて来た情報によれば、2番人気は去年朝日杯フューチュリティステークスを勝っているウマ娘らしいが……正直、僕の眼中にはない。申し訳ないが。

 

 会った事もないウマ娘に心の中で謝りながらも、僕の中でサイレンススズカさん以外に興味を惹かれる事は無かった。

 

「――待て」

 

 そんな時だった。背後から声を掛けられたのは。

 そして――その声には、聞き覚えがあった。悪い意味で。

 

「……その声、権藤(ゴンドウ)先輩ですか」

 

 背後を振り返らずとも分かる。昔より幾分かは和らいではいるが、それでも圧を感じさせる声色。

 ピクリ、と隣のブルボンが反応を示す。

 

「……久しいな。ミホノブルボンも」

 

 チラリと、ブルボンがこちらを見てくる。無表情ながらその目には、困惑に近い感情がありありと見て取れた。

 どう対応すればいいのか、分からないようだ。

 

 ――おやおやおや。これはこれは、三流トレーナー様じゃあないか。また喧嘩をしに来たのかな?

 

「……応対は僕がする。ブルボン。君は何も喋らなくていい」

「了解しました、マスター」

 

 そう言うなり、彼女は口を閉じ、その男――権藤のしかめっ面を見る。

 

「……少し、話せるか」

 

 正直言えば、今の高揚した気分を台無しにされたようで断りたい気持ちに満ち溢れていたが……気紛れで、本当に気紛れで、僕は頷いた。

 

 ……権藤のブルボンを見る顔に申し訳なさが見えたのも、一因かもしれない。

 

 

 

 

「今回な、私のチームのウマ娘も出るんだ」

 

 ターフと立見席を仕切る柵に体重を乗せながら、権藤が僕にそう言う。

 

「そうですか」

「今は2番人気だ。アイツとしては、不服極まりないだろうが。……勝気な奴でな。時々私に反抗してきたりして、頭が痛くなる」

 

 ……少し、僕は驚いた。

 

「……なんだ、その目は」

「いえ。先輩がそんな()()()()ウマ娘をチームに誘うとは思わず」

「お前、私をなんだと……いや、そうだな。お前の目から見れば、そうなるか」

 

 僕の言葉に反論しようとした権藤だったが、しばし何かを考えたかと思うと、自嘲するように微笑みながら続けた。

 

「ええ。今でも僕の中の貴方は、トレーナーとしてあるまじき先輩のままですよ」

「……相変わらず生意気な奴だ。あの時より昔は、そんな男じゃなかったのに」

 

 ……僕と権藤の関係の始まりは、僕が新人トレーナーとしてトレセン学園の門を叩いた頃にまで遡る。

 

 多くの新人がまずやるのは、実地研修として先輩トレーナーの補佐、所謂サブトレーナーに就く事だ。

 そして、僕が補佐に就いたのが権藤のチームだった。

 

 最初こそ、何の問題も無かった。彼のトレーニング理論自体はとても合理的なものだったし、僕も色々と勉強させてもらった。

 しかし――

 

「変わりませんよ。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()ように、()()()()()()()()()。それだけの話だ」

 

 此処では詳しくは語るまい。だが、彼は僕を失望させるだけの事を言った。その流れで僕は彼の補佐から離れ、新人でありながらブルボンの専属トレーナーとしてやる事になった。本当に、それだけの話だ。

 

「……その事で、君に言いたい事がある」

 

 そう言いながら、彼は僕の方を向き――

 

「……すまなかった」

 

 頭を下げて来た。

 

「何の真似ですか」

「君の言葉が正しかったのに……君に悪評が立つ事になったのは、私のせいだ。だから、すまない」

「……頭を上げて下さい」

 

 僕の言葉を聞いてもなお、彼は頭を上げなかった。

 

 ……彼自身、謝罪の気持ちはあるのだろう。だが――

 

「……僕はね。周囲の声なんてものはどうでもいいと思ってるし、自分の言った事に後悔もしていません。それに、周りがどうこう言っているのは、貴方が言いふらしたからとかそんなのではないでしょう? なら、それに関しては貴方のせいじゃない」

 

 僕はこの人を好んではいないが……少なくとも、彼がそのような陰湿な事をするような人物でない事は良く知っている。自分の仕事に誇りを持っているような人だ。その点においては信用できる。

 

「……恨んで、いないのか」

「くだらない事ですよ。僕からすれば。……それに」

 

 チラリと、隣のブルボンに視線を送る。

 

「謝るべき相手は僕じゃない。彼女だ」

「……そうだな。その通りだ」

 

 そして、改めて権藤がブルボンの方を向き、そして頭を下げた。

 

「君にも、酷い事を言ったのを謝りたい。本当に、本当にすまなかった」

 

 周囲がざわざわとしているが、知った事ではない。今は、彼女がどう答えるかが大事だ。

 

「私は……」

 

 ブルボンが、口を開く。

 

「……私は、貴方を許します。……結果的に、私は貴方の言った通り、三冠達成という目標を成し遂げられなかった」

 

 ブルボンが僅かに俯く。

 だが……その顔に、陰りのようなものはない。

 

「ですが。今のマスターと巡り合えたのは、貴方が私をスカウトしたのが切っ掛けでした。その点で言えば、貴方には感謝せねばなりません。貴方との出会いがあったからこそ、私は夢を……『星』を追う事が出来た。そしてこれからも、『星』を追う事が出来る」

「……『星』、か。君の口から、そのような詩的な表現が出てくるとは」

「現マスターからの受け売りです」

 

 それに対し、権藤は目を丸くしながらも、ふっ、と笑った。

 余計な事は言わんでいい、と言いたいところだったが、グッと堪える。

 

「全く、見込みのある男だとは思っていたが……」

「……自分はブルボンを補助しただけに過ぎません。全てはブルボンの才能です」

「才能を引き出す助けになれるかどうかも、立派なトレーナーの仕事だ。そして……長年トレーナーをやってる俺には出来なかった事だ。誇れ」

「……胸に刻みます」

 

 僅かに口角を上げる権藤に、僕は頭を軽く下げた。

 

「……それより。凄いな、サイレンススズカというのは。今日も大逃げをするつもりか?」

 

 サイレンススズカさんの名前を出され、一瞬、無言のまま去っていく彼のお方の背中を思い出してしまい、胸が詰まりそうになってしまうが、それを表情には出さず口を開く。

 

「……その筈ですが、何か?」

「いや、文句があるとかそういうのではない。他所のチームの事だからな。……ただ、一つ言う事があるとすれば……」

 

 権藤は、口元に手を当て、僅かに逡巡するかのような仕草を見せ……しばらくして僕の方に視線を送ってきた。

 

「……大逃げを推奨するなんて、良くも悪くも()()()トレーナーがやる事じゃない、と思っただけだ」

「普通のトレーナー如きに、サイレンススズカさんの担当は務まりませんよ」

「ふっ、言うじゃないか。自分こそは相応しいと?」

「そうなる努力を欠かさず行える事が肝要だと思っています」

 

 僕の言葉に、権藤は口角を上げた。……普段から笑い慣れていないのだろう。不器用な笑みというか、正直不気味だ。

 

「……だが、こうしてぶつかったからには、例えお前の担当が相手だろうと勝たせてもらうぞ」

 

 その言葉に、今度は僕が驚かされた。

 

「……まさか、自信があると?」

「ある、と言えば嘘になる……だが」

 

 そこで区切りながら、権藤はターフを見やる。

 

 丁度、本バ場が始まったらしい。

 ウマ娘達が次々とターフに脚を踏み入れ、軽く走りだす。

 

「……あいつが勝つと言ったんだ。なら私は、信じるしかなかろう」

 

 ……心底、意外だ。ウマ娘の気持ちなんて二の次な筈のこの男が、こんな台詞を言う日が来るなんて……。

 

「……言っておきますが。あのお方にとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこは勘違いなさらないで下さい」

「あの、お方?」

 

 僕の言葉に訝し気な反応を見せる権藤を無視し、僕もターフを見る。

 

『――さぁ、やってきました! 去年の最優秀ジュニアウマ娘にして、圧倒的スピードによる大逃げで大注目の彼女が、この「一番速いウマ娘が勝つ」とされる皐月賞に挑みます!』

 

 美しい栗毛の髪をたなびかせ、白と緑を基調とした勝負服に身を包んだウマ娘が入場してくる。

 その胸には、金色の星が輝いていて。

 

『――5枠5番、サイレンススズカ!』

 

 ……そう。かの尊きお方にとって、先頭で走り切る事など当たり前の事であり。

 

「ただ目の前の相手にしか勝とうと思っていない者に、どうして抜かさせるとお思いですか?」

 

 

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