シン・サイレンススズカ   作:K氏

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【注意】
・今話は番外編です。
・今話では登場人物の一人の台詞にほとんど読点が使われておらず読みにくいが、意図的なものです。ご了承ください。


ある空想科学研究者達の分析

「ほぉ、これはこれは」

 

 薄暗い実験室めいた教室で、一人のウマ娘がテレビモニターに向かっていた。

 その内容が興味深いのか、癖毛だらけの髪から伸びる耳がピクピクと動き、やや焦げ茶色に寄った栗毛の尻尾がプラプラと揺らめいている。

 

「おーい、モルモット君。これを見たまえよ」

 

 そう何者かを呼びながらも、視線は決してテレビの画面から離れない。

 

「なんだね全く。今僕は学会に出す用の論文で忙しいんだ手短に頼むよアグネスタキオン君」

 

 早口で捲し立てながら立ち上がったのは、小ぶりの眼鏡を鼻に乗せ、ジャケットの上に白衣を纏い、ボサボサの髪を揺らした、如何にも研究者といった出で立ちの男。

 どこからどう見ても「私、不機嫌です」という苛立つ様子を隠す事もなく、のろのろと栗毛のウマ娘――アグネスタキオンの方へと歩み寄る。

 

「オイオイ、口は早い癖にそれ以外はノロマなんだから、そのぐらい余裕を持ってやりたまえよ()()()()()()

「余計なお世話だ()()()()()()。僕はノロマなんじゃない慎重派なのだ」

 

 男が眉を顰めながらそう言うと、双方共に黙り込む形になり、部屋の中に響くのはモニターから流れる音声だけになった。

 

「……あのねぇ。前々から言おうと思ってたんだが、いい加減私をモルモットと呼ぶのはよさないか。モルモットは君なんだぞ?」

「何を言うこのスットコドッコイめ。よすとしたらそっちの方からだし僕は君がモルモットなどと呼んでくるからそう呼び返しているだけだ。まさか契約内容を忘れたとは言わせんぞアグネスタキオン。我々は――」

「『トレーナーと担当ウマ娘であると同時に、共同研究者である』。そこを違えるつもりはないが、しかし立場としては私はウマ娘であり、君は人間だ。これが意味するところが分からない君でもあるまい?」

 

 そう言いながら、手の甲を下にしながらトレーナーと思しき白衣の男を指さすアグネスタキオン。

 

「大方研究対象でもあるが故に多少の我が儘ぐらい受け入れろとでも言うつもりだろう」

「私はそんな言い方しないが、分かっているじゃないか」

 

 「フンッ!」と分かりやすく鼻を鳴らす白衣の男。

 

「それで自堕落になるのが、君の考える学徒の在り様かね? なら君は二流と言わざるを得んよ」

「自堕落とは失礼な。私は自分の出せる全出力の振り分けを最適に調整した上でこうしているだけだよ」

「嘘吐け。絶対使ってないエネルギーがあるだろう。それを弁当作りとかに活かせというのだ。……こうして僕に頼らずにな!」

 

 どうやら彼女の弁当を彼が作っているのか、話をしながら男はわざとらしく、傍の机に置いてあった質素な青い柄の巾着袋を掲げる。

 

「む……それに関しては君に任せた方がいいという結論に至ったじゃないか。悔しいが、君の作る弁当は平均的ではあるが美味の範疇にあるものだからね」

「お褒め頂き恐悦至極に存じるが料理など薬品作りと同じでレシピ通りやればなんとでもなるのだ。それを君は……ミキサーで……」

 

 思い出すだけで何か腹立たしい何かがあったのか、分かりやすく怒気を孕んだ表情を浮かべる男。

 

「それは別にいいだろう! 問題は君が私をモルモットと呼ぶ事であって――」

「いいや! 君が僕をモルモットと呼ぶから僕もそう返しているのであって――」

 

「……あの」

 

「「何!?」」

 

「……『お友だち』が、凄くむくれてるみたいなので、そろそろ本題に入った方がいいのではないかと……」

 

 そう会話に介入したのは、様々なインテリアが置かれている教室の一角、そこのソファーに座る、艶やかな青鹿毛をこれでもかと伸ばしているウマ娘。

 

 

「しかしだねぇカフェ。これは私の名誉の問題でもあって……」

「僕は名誉なぞどうでもいいがしかしなるべく対等な関係の構築をという契約内容であるのにそれを反故にするのは頂けないと……」

「……ええと、『イチャイチャするな。ケイゴを独り占めするな』。……だ、そうです」

 

 湯気の立つコーヒー入りのマグカップを机に置く彼女――マンハッタンカフェの口から出たその奇妙な内容に、当事者の二人は互いに視線を交わす。

 ……どういうわけか、ドン、ドン、ドンと、壁を叩くような音も聞こえる。

 

「……まぁ、しょうがない。これについては後日に回そう。また資料を燃やされてはかなわんからね」

「同感だ。()()君の巻き添えを食うのは御免だね」

 

 そう言いながら、アグネスタキオンとケイゴと呼ばれた男はモニターに向き直る。

 

「……それでこのレース映像は?」

「ああ、今日の皐月賞の録画さ。……まぁ見ていなよ」

 

 そう言いながら、アグネスタキオンはレース映像を巻き戻し、ゲート入りのところまで戻す。

 

「今、青い勝負服のウマ娘に指を指された相手、分かるかい?」

「うん? ……ああ、最近話題の……誰だったか」

「君ィ、仮にもトレーナーなのだから、もっとレースを見たまえよ……サイレンススズカだ、サイレンススズカ。記憶したかね?」

「へいへい記憶させて頂きましたよ」

 

 画面の中には、緑と白の勝負服を纏ったサイレンススズカの姿が映っている。

 青い勝負服のウマ娘から何かを言われた後、何事も無かったかのようにそのままゲートへと入っていく。

 

 そしてしばらく経過し、ゲートが開き飛び出すウマ娘達。

 その中でも抜きんでているのはサイレンススズカであった。

 

「ふむ。スタートは確かに良いが……」

「そこではない。もう少し先だ」

 

 そうは言いながらも、早送りする事なく、レースを……もっと言えばサイレンススズカの走りを、注意深く観察していた。

 画面の中では、サイレンススズカのすぐ後ろに、最初の方で何やら彼女に吹っ掛けていた、青い勝負服のウマ娘が追走する形になっていた。

 

「過去の記録を参照したところ、大逃げをするサイレンススズカを相手にこのような走りをした者は一人もいなかった。このウマ娘、恐らくそれを分かっていて、自覚的にこのような走りをしていると見ていいだろうねぇ」

「成る程? つまりサイレンススズカにとっては初めて相手にするタイプだと」

「そう思うだろう? ……だが、見ていたまえ」

 

 そうこうしている内に、青い勝負服のウマ娘がサイレンススズカとの差を詰めていく。

 3バ身、2バ身、そして、1バ身――

 

「……ここだ」

 

 そうして指を指したのはその直後。1000mの通過タイムが読み上げられて間もなく。

 サイレンススズカが加速を開始。詰まっていたその差が開いていく。

 

「フムン。見たところギアを上げただけのように見えるが」

「とりあえず最後まで見て欲しい」

 

 気付いた瞬間には、もうその差が6、7バ身に開いていて。

 青い勝負服のウマ娘はそれに懸命に食らいつこうとして、約8バ身差のところでようやく差の広がりが止まるが……しかし、そこから差が縮まるという事は無く。

 そしてそのまま最終直線に突入し……セーフティーリードを保ったまま、危なげなくゴールインした。

 

「成る程圧倒的だな」

 

 そう口にするケイゴの顔色は、内容に反しまるで変わらず。

 一切の驚愕も、一切の感動もない。

 

「……どうだい、トレーナー君」

 

 そんな彼に、アグネスタキオンは問いかける。

 

「君は、このウマ娘の走りを見て、何を感じた?」

「何とは何だね」

「なんだっていい。ただの興味だよ。私も君も研究者である事には違いないだろうが……それぞれ探求する内容は似て非なるものだ。……なんだか遠回しな言い方になったな。つまり、君と私とでは見ているものも、捉え方も違うだろう、という事だ。その上で、学究の徒たる君が、彼女の走りを見てどう感じたかを問うているのさ」

 

 そう投げかけてくる彼女の目に、ケイゴは煌くものを感じ取る。

 恐らくアグネスタキオンは、サイレンススズカの走りに彼女の追い求める何かを感じ取ったのだろう。

 それが想像出来ないようなケイゴではなかったが……

 

「率直に言うならまだ足りないといったところかね」

「……ふぅン。その心は?」

 

 ケイゴはアグネスタキオンからリモコンをもらい受けると、映像を巻き戻す。

 

「……確かここからか」

 

 そうして止めたのは、サイレンススズカがギアを上げたと思しきシーンの、その数秒前。

 再生が始まると、再び青い勝負服のウマ娘に詰められたサイレンススズカが、そこから加速を開始する。

 すると何を思ったのか、ケイゴはそこから映像を巻き戻し、先程と同じ頃合いから再生をする。

 

 それを繰り返す事、都度7回。

 

「……フムン。やはりか」

「どうかしたのかね?」

 

 そう問いかけるアグネスタキオンの目には、挑戦的な色合いが滲み出ており。

 「分かっている癖に」と悪態をつきたくなるのを我慢しながら、しかし片眉を器用に吊り上げ、ケイゴは渋々口を開いた。

 

「まず一つ。後ろのウマ娘何かにやられているな。恐らく精神的な何か。……ここ。一瞬だが脚が鈍っているように見える。本人も一瞬過ぎて自覚出来ていないだろうよ」

 

 そう述べたケイゴに、アグネスタキオンは目を丸くする。恐らく、考えていた答えとは違う返答が返ってきたからだろう。

 その驚く彼女の様子を見て、ケイゴは悪戯が成功した子供のようににんまりと笑う。

 

「……よもやそちらを見ていたとは」

「言っておくがこれもサイレンススズカに関係のある事だと判断しての発言だ。映像の中の状況と照らし合わせた上で私の勘が正しければこのウマ娘はサイレンススズカにプレッシャーを与えようとして逆に返り討ちにあったものだと考える」

 

 一息でそう口にすると、ケイゴは乾いた口を潤そうと、近くの机に置いてあったミネラルウォーターのペットボトルを取り、グイッと飲む。

 

「……いつも思うが、そんなになるぐらいなら捲し立てるような話し方を止めるべきじゃないかね? 君の事だ。学会で研究発表する時もそんな調子なのだろう? 私でなければ話に追い付けないだろうよ」

「生憎と我がウマ娘学会の同胞同志諸兄は曲者揃いでね。私のこれなど可愛いものさ」

 

 「そうかい。それで?」と、どこか訝し気にしつつもアグネスタキオンは話の続きを促す。

 

「元来ウマ娘に備わっているとされる機能……『想いを受け取る力』の事は君も自覚しているだろう?」

「私はまだデビューしていないからなんとも言えないが、漠然とその感覚自体はあるね。主にスカーレット君が私に対して向けてくるものだとかが。それが?」

「平時であれば観衆から応援という想いを得る事で力を増すというのがよく見られる現象だが……」

 

 そう言いながら、ケイゴは再び映像を巻き戻し、サイレンススズカが加速するシーンへと戻る。

 この手の映像は基本的に上部に全体の隊列が映し出され、画面のほとんどを占める下部でウマ娘ごとにクローズアップした映像が流される為、丁度画面内には先頭を走るウマ娘が二人映っていた。

 そして、アグネスタキオンも今度は青い勝負服のウマ娘に注目して見ると……成る程、よくよく注意深く見ていなければ分からないが、青い勝負服のウマ娘の体幹が、ほんの一瞬、ほんの僅かに()()()のを、ウマ娘特有の優れた動体視力が捉えた。

 

「今回の場合サイレンススズカから発せられた何らかの想いを受信してしまったのだろう。それが切っ掛けで一瞬ではあるが走りに精彩を欠いてしまった。結果相対的に差が広がる切っ掛けになったと考えられる。RPGで言えばデバフ系の魔法的なものだ。目には見えないが確かに身体能力に影響を与えているというわけだな」

 

 「まぁ想いというものも目には見えないから直接当人に問いたださなければ正確な判別は出来んがね」と付け足すケイゴ。

 

「ふぅン。確かに過去のレースにおいても、プレッシャーが他者の走りに影響を与えているであろう事例は幾つか見られるが……しかし、サイレンススズカはどうなる? 恐らくだが後ろのウマ娘の目論見としては、前方のサイレンススズカに対してプレッシャーを与え、そのペースを乱すというものだと思うのだが……見た限りではペースもフォームもまるでブレていない。何ら影響を受けていないという事はないと思うが」

「恐ろしく鈍感なのか恐ろしく肝が据わっているのかあるいは……()()()()()()()()()()()()()か」

「眼中に無い! ハハッ! それはまた()()()()()()()ね! 彼女は文字通り、前しか見ていないというわけか!」

 

 己が才覚ある存在であると自覚しているが故に、アグネスタキオンはまだ会話をした事も無いサイレンススズカの性質を想像し、吹いた。

 

 ウマ娘という存在は人間と同様に多種多様だ。逃げや先行、差しや追込という脚質の区分だけでは推し量れない様々な性格、性質を持つ者達が存在する。

 しかし、アグネスタキオンはこれまでの研究において、才能に関して言えば大雑把に4種類で分ける事は可能だと考えていた。

 即ち、「才能があるか否か」の2種類から、「そんな自身の才能に自覚があるか否か」という2種類の枝分かれを経た4種類である。

 付け加えるなら、そこから更に「己が才能の程度を正しく認識できているかどうか」というものも加えて計6種類――己が才能に自覚が無ければそもそも認識もへったくれもない為、そこから枝分かれした8種類ではなく6種類というのが彼女の考えだ――になるのだが、これ以上は話が複雑になっていくので割愛する。

 

 基本的に才能があり、その事を自覚出来ている者は、僅かな経験だけで自然と己と他者の間にある力量の違いを理解できるようになる。

 『皇帝』シンボリルドルフのように、それを理解した上で誰に対しても分け隔てなく接する者もいれば、『シャドーロールの怪物』ナリタブライアンのように、己と比較した上で強者と呼べる者を認識して挑みかかるような者もいる。

 

 一方で才能がありながらも、そうしたものに鈍感なウマ娘というのも少なからずいる。

 例えば、『葦毛の怪物』オグリキャップ。普段の落ち着いた様子から誤解されがちだが、本人のレース的感性は、どちらかと言えばナリタブライアンのような野性的なそれに近い。しかしながら彼女の場合、力量に関しては漠然と認識している節があるようで、ライバルである『白い稲妻』タマモクロスや『大井から来た天下人』イナリワン、『高速ステイヤー』スーパークリークのような名だたるウマ娘が相手でも、当初は()()()()()()()()ぐらいの認識だったという話もある。

 本人が天然気質なのもあってなのか、流石にレース中においては本能的に他者の力量を見極めていたようだが、それ以外だとクラスメイト曰く「食べる事以外に関してはポヤッとしてる」と言われる程に、親交のある友人を除けば基本的に力量の差に関して無頓着なところがあるらしかった。

 もっとも、そうしたタイプでも経験によって否が応でも力量差を認識できるようにはなるらしく、オグリキャップもまた、見知らぬウマ娘が相手でもその実力を感覚的に推し量る事が出来るようになったようではあるが。

 動物で言えば肉食的な野性を持つのがナリタブライアンなら、対極の草食的な野性を持つのがオグリキャップと言えよう。

 

 その点で言えば、アグネスタキオンの中でのサイレンススズカは、どちらかと言えばオグリキャップのようなタイプなのではないかと考えていた。

 そして、そうした才能がありながら鈍感なウマ娘というのは、得てして競争の世界では残酷な存在になりがちだ。

 

 例えば、子供に「全力で競争して欲しい」とせがまれたとしよう。力量差の分かるウマ娘なら、子供を傷つけないように「どれぐらい手加減をするべきか」を考えるだろう。あるいは、あえて「全力を出す」という選択肢を取るかもしれない。どちらにせよ、彼女らは走る前にまず考えてから行動に移す。

 一方で、逆に己が才能の豊かさに鈍感なウマ娘であればどうか。相手が子供である事を認識して戸惑うウマ娘もいるかもしれないが、大体は子供の言葉通り、全力で走ってしまうのではないだろうか。それが当然だと言わんばかりに。その結果が例え、大方の予想する酷いものになるとしても。

 

 サイレンススズカがどのような精神構造をしているのか、心理学者ではないアグネスタキオンには分からない。

 ただ、彼女は少なくとも前者のタイプのウマ娘ではないだろうとだけ推測できる。後者でもないとまでは断言できないが。

 付け加えるなら、彼女の脚質はただの逃げではなく、大逃げ。戦術や作戦、展開といったものと一切無縁であるそれは、ある意味逃げ以上に孤高にして、孤独の走りを強いられるもの。

 

 古き時代、まだ人とウマ娘が自らの脚で野を駆け、山を越えていた頃。元来憶病な性格であったとされるウマ娘は、その性質上、人間と同様に群れを成す生き物であったという。

 そんなウマ娘も、時代の変化に合わせてその性質も変わっていき、結果現代的な多様性を形成したらしいが、「根本的な部分ではまだ憶病な部分が残っていると考えられる」というのが、ウマ娘研究の最前線にあるウマ娘学会の見解であった。

 そう考えれば、率先して先頭を走る――言い換えれば孤独になろうとするウマ娘というのは、現代でもある種の異端者のようなものなのだろう。

 しかし大抵の場合、異端者というのはその上辺、肩書ばかりがクローズアップされ、内面にまでは目が向けられない場合が多い。

 先程アグネスタキオンが軽く調べた限りでは、サイレンススズカの内面に関してはメディアでもあまり取り上げられておらず、彼女の持つどこか儚げな外見と印象、そこから繰り出される大逃げという大胆極まりない戦法も相まって「ミステリアスで走る事が好きなウマ娘」という、人が考える空想、あるいは理想の人物像を創造していた。

 ……彼女のインタビューを調べても、本人があまり慣れていないからなのか、『好きな事→走る事』のように、あまりにも簡素で内面を知りようがないものばかりだったのもあるだろうが。

 

 そんなサイレンススズカが、ケイゴの出した推測のように、レースにおいて他の走者など眼中に無いようなタイプだったとするなら。

 そんな彼女が他者と競う場たるレースで走る理由とは、一体どこに存在するのだろうか。

 

(簡単に想像がつくものがあるとすればレコードタイムだが……)

 

 何故だか、そんな単純なものであるとはアグネスタキオンには到底思えず。

 しかし、だからといって複雑怪奇に入り組んでいるというわけでもないような、そんな気がしていた。

 

 そこまで考えて、アグネスタキオンは微かに笑い、それを目にしてしまったケイゴは不気味なものでも見るかのように顔をしかめた。

 

「な、なんだ急に笑いおってからに」

「いや何。私という論理を持って形ある答えに辿り着くべき研究者ともあろう者が、こともあろうに野性的本能を頼りに曖昧な答えを出そうとしている事に気付いてね。少しおかしくなっただけだよ」

 

 そう口にしてから、アグネスタキオンの脳内にある考えが過る。

 

(……軽くインタビューを流し見した限りでは、サイレンススズカは理性(ロゴス)よりも野性(センス)に重きを置くタイプ。つまり、知識や知恵といったものとは対極の位置にいるウマ娘だ。と、いう事は……)

 

 そこで、アグネスタキオンは一旦考える事を止めた。認めたくない事だが、恐らくその深奥にある答えは、現状理性に重きを置いている彼女には辿り着けないものであろうから。

 そうして再び考え込むアグネスタキオンを見て、ケイゴはしかめっ面のまま後頭部を掻きむしり、思い出したように水をあおる。

 

「はぁ……これ以上はもはや命綱のない宇宙遊泳のようなものだから早いところ結論を述べて次の話に移るとしよう。現在推測できる限りでは語るならサイレンススズカが意識して相手の脚を鈍らせるだけの想いを送り込めているであればそれはそれで興味深いが恐らく意識はしていないだろう。ペースが落ちるどころかすぐに加速している以上感知こそすれど捨て置かれていると考えて間違いはないだろうよ」

「それはつまり……敵意のようなものがあってのものではないと? いや、そもそもそういう意図のものではないと言いたいのかな?」

「そう。走っている最中に障害にさえならないような小石を除けようとなんて意識もしないだろう? それと同じだと考えているよ」

「……的を射た例えではあるが、それは他のウマ娘の前では言わない方がいいだろうねぇ」

「ええ……私達はトレーナーさんとは付き合いが長いですからなんとも思いませんが……あまり褒められた表現ではないかと……」

 

 ケイゴの発言に、二人のウマ娘の視線がケイゴに突き刺さる。

 その例えは分かりやすいものであったが、同時に侮辱と取られても仕方がない表現なのは言うまでもないだろう。

 アグネスタキオンはそれなりにこの男に信を置いてはいるが、それはそれ、これはこれである。

 ……自身もそうであるが、どうも研究者という人種はこういう悪い面があるのは否めない。

 「私もこの男を反面教師にしないといけないな」と、「すまない失言だった」と意外にも素直に頭を下げるケイゴを見ながら心の中でそう考えるのだった。

 

「……では気を取り直して次はサイレンススズカの走りについて話そうか」

「ああ。……これに関しては、私と考えが一致していると思っているがね」

「君の人柄を考えれば実に不本意だが研究者であるならばそういう事もあろう。大人な態度で我慢してやろうではないか」

「その余計な一言が無ければなー」

「何か言ったかね? ん?」

「言ったよ。まるで子供のようだとね」

「ハン。そのような挑発に乗るこの真崎(シンザキ)啓悟(ケイゴ)と無縁で切り離されたものを指すようだが実に馬鹿馬鹿しい話だ。大人であるからこそ子供から大人へと連続性があるのを自覚せねばただ老いるだけで自分を大人と偽る幼稚な精神を持つだけの生命体に過ぎんというのに。寧ろこう考えるべきなのだ。幼く未熟であるからこそ更に成長できるのだと!」

「うーん、語りは雄弁だが、要は開き直りだねぇ」

 

 身振り手振りを交えながらまるで演説をするように語るケイゴ、もとい真崎に、アグネスタキオンは慣れているのか、薄ら笑いを浮かべながら彼の熱量を受け流す。

 そんな中、再び壁を叩く音が響き、一瞬その場の全員が沈黙する。

 

「……オホン。さてサイレンススズカの走りだが僕の見解としては肉体的出力調整がまだまだ不十分だと感じたね。あれではスタミナのごり押しだ。タイムやらデータやらを精査しなければなんとも言えないが後方のウマ娘との差から見て最終直線でペースが落ちているのは確実だろう。全くよりにもよって皐月賞で能力のごり押しなど驚きを通り越して呆れすら感じるよ。昔の人の言葉を借りるならテン良し中良しで終いイマイチといったところか。興味が惹かれないかと言われれば嘘になるが現状では私の望むものを示してくれるか判断しかねるね」

 

 「ここまでで何か異論は?」と問う真崎に、アグネスタキオンは首を横に振る。

 

「最後を除けば概ね同意見だね。一つ付け加えるなら、彼女のスピードと勝負根性は目を見張るものがあるという事かな。確かに後方のウマ娘が差を詰めて行ってはいたが、最終的な2着との着差は6バ身。それにこのタイム。普通の逃げウマ娘がスタミナが底を尽きかけた状態でただ惰性で走ったとしてもこうはなるまいよ。それに能力だけでこれだけ走ると言うのなら、その将来性を考えれば研究材料としては十分過ぎる! というか今すぐ彼女に会ってデータ取りをしたいぐらいだ!」

「その様子だと君のお眼鏡に適った逸材なのかね?」

「ああ。プランBの実行はまだ考えてはいないが……現状第1候補と言っても過言ではない。後は……」

 

 そう言いながら、二人は同じタイミングでモニターに視線を向ける。

 二人が議論している間に、気付けばサイレンススズカはウイニングランを行っている最中であった。

 映像に映るサイレンススズカの表情は、酷く晴れやかで。

 

 それを見ていたアグネスタキオンの表情に、ふと影が差した。

 

「……君の言う肉体的出力の調整。もし今でさえあれだけのスピードを叩きだせる彼女の走り方を矯正した事で、それが適切に、正常に作用した場合、最大出力でどれ程の効果が出ると思う?」

 

 その問いに「ふむン」と手を顎に当てて考え込む真崎。そしてややあってから彼は答えた。分かりやすく、お手上げのポーズをしながら。

 

「……正直()()()()()というのが本音だ。まだ彼女の発揮できるエネルギーの上限がどれ程のものかも分からんからね。そも僕の研究分野は『()()()()()()()()()()()()()()()』を探る事であって『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』に関しては寧ろ君の分野だと認識しているが?」

「仰る通り。そこまで分かっているなら、()()()()だってわかるだろう?」

「……分かって言ってるんだろうに」

 

 真顔で問いかけてくるアグネスタキオンに、真崎は心底嫌そうな顔を向ける。

 恐らく、彼女はこう言いたいのだ。「サイレンススズカが最大効率で身体的エネルギーを活用できた場合に、()()()()()()()()()()()()()」と。

 そして同時に、自身と彼女が想定している未来は、恐らく――

 

「……すまない。私とした事が、意地の悪い事を言った」

「全くだ。こんな性格の悪い奴とは付き合いきれん」

「そう言いつつも付き合ってくれるのが君だろう?」

「……それはそうだ。君に付き合える人間などそれこそ()()()()()()()()()()()()()()()()か……僕ぐらいなものだろうよ」

 

 一拍置いて自信ありげにそう告げた真崎の顔には、ニヒルな笑みが浮かんでいて。

 そんな彼の笑みを見たアグネスタキオンも、釣られるように、ふっ、と笑って。

 

 そんな空気で壁に拳を叩きつけたかのような鈍い音が何度も響きだすのは、また当然の道理であった。

 

「……分かったすまない! 後で()()()()付き合ってやるからもうしばらく我慢してくれ『お友だち』君!」

 

 そう真崎が叫ぶと、途端に音が鳴りやんだ。

 

「……ふぅ。肉体的出力の調整を適切かつ正常にとは言うが恐らくあの走りはトレーナーの指示によるものだろうに。まさか横からアドバイスするのか? 君が?」

「ふぅン……そういえば思い出したんだが、私の記憶が確かならサイレンススズカは元々別のチームに属していて、そこから今のトレーナーがヘッドハンティングしていったという噂らしいが……成る程、身体的エネルギーをフルに活用できる走法を餌に勧誘するという手も……」

「うわ……」

「おいなんだねカフェそのドン引きっぷりは。まさか私が本気でするとでも?」

 

 その問いに、二度も首を縦に振るマンハッタンカフェと真崎。

 

「えぇーッ!? 心外だなぁ、私が寝取り好きだとでも思うのかい!?」

「いえ、貴方は自分の実験の為なら法律スレスレの事を平然とやる方だと思ってるので」

「ギリギリ抵触しない辺りが余計質が悪いというべきかな」

「待ちたまえ! カフェはともかく、君にだけは言われたくないぞ! 君だって他人の精神世界にダイブする機械なんてものを作ってるじゃないか!」

「失敬な。然るべき手順を踏んで製作しそれからバレないように使わず……というか使えずにいるだけだ。君達が止めて来るから使う機会がないからな。そもそもダイブするのは精神世界にではなくウマ娘の明らかに少女の身体から出力されているとは思えない異常なパワーやエネルギーの根源(ソース)に向かってであって……」

「詳しい説明は求めてないんだよ! 知ってるから! 確かにやらない悪事は犯罪ではないが、それはこの国で言う拳銃や刀剣類の類みたいな、あるだけで危ないものじゃないか!」

「元は試作型のVRウマレーターなので違法性はありませぇーん!」

「違法性は無くともデリカシーやらプライバシーやらには触れるだろおバカ!」

 

 ぎゃいぎゃいと姦しく言い合う二人に、気づけば置いてけぼりになってしまっていたマンハッタンカフェ。

 おろおろとしつつも、脳裏では別の事を考えていて。

 

(……でも、思えばなんで、サイレンススズカさんのトレーナーは()()()()()()()()んだろう?)

 

 マンハッタンカフェとて、将来的にはレースに出る事になるウマ娘の一人だ。だから、脚質ごとの走り方の勉強もカリキュラムの一環として取り組んでいる。

 自分の得意な脚質はどうやら『差し』のようなので、その他の脚質に関しては殆ど学んではいないが……少なくとも、スタミナだけを頼りに全力で駆け抜けるという走り方が、いずれ破滅的な結末を招くであろう事は間違いなく分かる。

 例えサイレンススズカのスピードが抜きんでて速いものであっても、ゴールまでにスタミナが尽きてしまえば意味がない。

 そうなれば後ろから追い抜かされるばかりになってしまう。

 

(……何か、()()()()()()()()()()()? サイレンススズカさんに、何かをさせようと……あるいは選ばせようとしている?)

 

 だから、これに関してはマンハッタンカフェの憶測でしかない。

 彼女はサイレンススズカと関わった事も無ければ、彼女のトレーナーともまた然りで。

 それ以上詰めるには、あまりにも情報が無さ過ぎた。

 

(……やめて、おきましょう。そろそろ『お友だち』の堪忍袋の緒が切れそうですし)

 

 だから、一旦彼女はそこで思考を止めた。そもそも自分は、真崎やアグネスタキオンのようにウマ娘そのものを研究しているわけではないし、サイレンススズカという存在に何か引っかかるものがあるものの、結局は赤の他人だ。どうして深入りできようか。

 そう結論付けながら、彼女にしか見えない『お友だち』にこっそり声を掛ける。

 

「……そんなに、トレーナーさんが欲しい?」

 

 そんな問い掛けに、彼女の視界に映る『お友だち』は頭を激しく上下に振る。

 

「……もう、いいと思うよ。連れて行っても」

 

 そう判断したのは、このままだと口論だけがエスカレートするだけでグダグダになりそうな気配があったから。

 独断で『お友だち』にそう告げると、『お友だち』は嬉々として行動を開始する。

 

「――おお!?」

 

 唐突に、見えない力によって椅子に座らされる真崎。

 驚いて身じろぎする真崎だが、何かで固定されているかのように身体が動かなくなってしまっていた。

 

「おい待ちたまえ! まだ話は終わって――」

「『お友だち』君随分とアグレッシブだなァ――」

 

 そして、引き留めようとするアグネスタキオンの目の前で真崎を乗せた椅子が急加速。

 真崎の叫び声を引きずりながら、瞬く間に廊下へと飛び出していったのだった。

 

「……全く。『お友だち』も随分と物好きだな。あの男の何がお気に召したのやら……」

「……物好きは、貴方もだと思いますよ」

「何か言ったかね? カフェ」

「いいえ、何も」

 

 聞こえてる癖に、と思いながら、カフェはテーブルに置いていたマグカップの中のコーヒーに口を付けた。

 

「……冷めてる」

 

 「存外、自分も話に聞き入っていたんだな」と、そう思いながらマンハッタンカフェは小さく溜息を吐く。

 

「……それにしても、そうか、サイレンススズカのトレーナーはかの『寝取り屋』だったか」

「……なんだか酷いあだ名ですね、それ。ご存知なのですか?」

「サイレンススズカについては、入学当初から注目されていたからねぇ。私も気になってはいたから、念の為にマークしていたんだが……その際にトレーナー陣がやたらと陰口を叩いていたのを聞いたのさ」

 

 フン、と()()()()()()()()()()()()()()、アグネスタキオンは己の記憶を掘り起こす。

 

「……そういえば。彼は確かミホノブルボンのトレーナーでもあったな。由来も確かそこからだった筈。で、あるならば……」

 

 そこから、何かを考えこむように手を組むアグネスタキオン。

 その視線の先では、サイレンススズカが勝利者インタビューを受けている。

 その応対は……お世辞にもクラシック三冠の一角を勝った者のそれと言うには、酷くお粗末なもので。

 「なんだかふわふわした答えだなぁ」というのがマンハッタンカフェの率直な感想だった。

 

「……ふぅン。今後のサイレンススズカの走り次第では、アポイントメントを取る事もやぶさかではない、か」

「そう言いながら()()()()()拉致するんでしょう?」

「何を言う。ミホノブルボンを通すのだから、筋も立派に通しているだろう?」

 

 間違いなく詭弁だが、こうなった彼女は止められないのを、それなりに付き合いの長いマンハッタンカフェは良く知っている。

 会った事も無いサイレンススズカとミホノブルボンのトレーナーを想像しながら、これから彼に訪れるであろう不幸に同情しつつ、再び冷めたコーヒーに口を付けるのであった。

 

 

 

 

「オォォォ―――イ! このジェットコースターモドキもうちょいスピード落とせないのかねェ―――!? 『お友だち』くぅーん!? もしもォ―――し!?」

 

 ちなみにその日からしばらく、真崎は「学内を椅子で暴走する変人」として噂されるようになったのは、完全な余談である。

 




 真崎啓悟……ウマ娘学会日本支部に身を置く研究者にして、トレセン学園のトレーナー。某兄貴並の早口が特徴的。マッドぽさ溢れる口調だが、意外にも比較的良識的であり(※なお比較対象はアグネスタキオン)、「研究者がまず実験材料にすべきは己の身体であり、他人はその次の候補に過ぎない」をモットーにしており、度々被験者を求めるアグネスタキオンとはよく口論になっている。
 ……が、己はウマ娘ではないが故にどうしても他者であるウマ娘の協力が不可欠なのも事実として理解しており、またタキオンの研究者としての手腕は認めているらしく、共同研究者でもある彼女の研究への協力は惜しまないスタンス。
 トレーナーとしての腕は中の下ぐらい。

 真崎の研究……「本格化迎えたウマ娘って思春期の少女並の身体なのに、明らかに身体に見合ってない異常なパワー出してるやん……せや! どこかにウマ娘のパワーの源みたいなもんがあるに違いない!」という考えに基づいた研究。
 学会で提唱された説として最有力なのは魂説であり、それ以外にも細胞説、別次元説等が挙げられている(ウマ娘学会では既にウマ娘の魂が『別世界の何か』の魂であるところまでは突き止めている)

 ウマ娘学会……文字通り、ウマ娘を研究している学徒が集う学会。元々は日本において規模の小さい研究会だったが、とある研究者が発表したウマ娘の魂についての研究が切っ掛けで会員が増えた事で学会への昇格を果たした。世間からは『変人の巣窟』呼ばわりされている。
 真崎はその中でも若手の方である。

 アグネスタキオン……ご存知、ウマ娘の可能性を追い求める研究者。元々「人間とウマ娘には似通った部分がある」事から人間の被験者を求めていたが、それに対し真崎が異を唱えて来た事で、なんやかんやの奇妙な交流を経てトレーナー契約を結ぶ事となった。
 真崎の事を内心モルモットだと思っているが、同時に彼女と同じ目線で見てくれる貴重な人間な為、少なからず好意は抱いている(異性愛の類ではないとは思っている)

 マンハッタンカフェ……ご存知、オカルティックでミステリアスなウマ娘。空き教室を共有するタキオンとの繋がりで真崎と知り合った。『お友だち』が妙に真崎に執着しているのが気になり、それが切っ掛けで彼と契約を交わす。
 真崎の事は「タキオンよりはいい人」ぐらいの認識。ただし彼がエナドリ信者である点に関しては相容れない。

 『お友だち』……ご存知、カフェの見えない友人。本人(?)曰く幽霊ではないらしい。
 カフェも詳しくは知らないが、カフェ不在時に真崎にポルターガイスト現象を起こす悪戯を仕掛けた『お友だち』に対し、彼が恐れ知らずにも真っ向から喧嘩を売ってきたのが気に入ったらしく、以後、隙あらば真崎にスキンシップという名の超常現象を仕掛けてくるようになった。
 アグネスタキオンは敵。
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