シン・サイレンススズカ   作:K氏

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 念の為書いておくと、主人公達が「そうゆう」とか「こうゆう」って言い方をしてるのは誤字とかではありません。念の為。


第3話 かなしみのさすらいトレーナー

 あの後、僕は保健室で目が覚めた。

 

 保健医の診断など、聞かなくても分かる。咳喘息の発作。それに伴う酸欠による気絶だ。

 

 僕が普段からマスクを着けているのは、あまり人に感情を悟られたくないというのもあるのだが、主な理由はこの咳喘息にある。

 幼い頃からこの持病に悩まされてきた僕は、当然ながら運動などあまり出来ない。

 ウマ娘のようにかけっこをさせてみれば、僅か数mで咳き込み、酷い時は吐く。長距離走などもっての外だ。

 

「ったくよ。喘息持ちなのに人混みに自分から突っ込む奴があるかよ。他にもあるだろうが、回り込むとか」

 

 見舞いに来た桐島がそう悪態をつくが、僕としては何も言い返せないので、「すまない。世話になった」とだけ伝える。

 

「まぁまぁ、それだけ夢中になる事があったんでしょ? 良い事じゃない。早永クン、ウマ娘にすら興味ないって空気モロ出しだったし」

「……それは流石に盛り過ぎですよ、先生」

「あらそう?」

 

 顔馴染みの保健医がフォローを入れてくれるが、桐島としては納得がいかないらしく、眉尻を上げ、口を尖らせる。

 

「……その、あの後どうなったんだ?」

「どうって、何が」

「サイレンススズカ、さん」

 

 「ああ……()()?」と、僕の言葉に僅かに首を傾げる桐島だったが、やがて鼻から溜息を吐き、肩を落とした。

 

「……ま、大方予想は着いてるだろーけどよ。ベテランでいらっしゃる先輩にスカウトされてったよ」

 

 ふん、と、桐島は心底つまらなさそうに言う。

 

 桐島の言いたい事は、分からないでもない。

 良いウマ娘には、相応に良いトレーナーが就くべきだという考え。

 このトレセン学園に入ってくるトレーナーは、いずれも厳しい試験を潜り抜けてきたエリート揃いだ。そう、運動バカと陰で呼ばれている桐島すらも。

 しかし、悲しいかな。人というものは兎にも角にも優劣を作りたがる。

 トレセン学園における優劣とは即ち、実績と経験だ。

 それらを兼ね備えたベテランは、大抵我が物顔でウマ娘をスカウトしに来る。

 そして、ウマ娘側としても実績も経験もあるトレーナーにトレーニングを付けてもらえるのは僥倖だ。

 結果何が起こるのか。素質のあるウマ娘は軒並みベテラン勢にスカウトされ、後に残されるのはトゥインクルシリーズで勝ち抜ける素質があるかも分からないウマ娘と、経験も実績もないようなトレーナーばかりがあぶれる。

 

 ……誤解の無いよう言わせてもらうが、そもトレセン学園にやってくる時点で、そのウマ娘にはある程度の素質があるのは保証されているようなものだし、新人でも飛び抜けて優秀なトレーナーは、勿論いる。

 ただ、その二つの要素が噛み合う可能性が限りなく低いだけで。

 その点で言えば、桐島は上手く立ち回っている方だと言える。

 彼は基本的にそうしたあぶれた側のウマ娘を積極的にスカウトしており、それで結果を出してきた男だ。

 何故彼が素質のあるウマ娘よりそのようなウマ娘を選ぶのか、それは彼のみぞ知る事だし、僕としても興味がない。だが、成果を出しているという点では素直に尊敬している。僕に関してはほぼ博打のようなものだし。

 

「……そうか」

「そうか、って、感想それだけかよ」

 

 桐島が目を細める。僕は……何も言えなかった。

 あの時、僕はサイレンススズカさんに会う事だけを考えていた。そして……それに夢中になるあまり、その後の事をまるで考えていなかったのだ。

 

(スカウトする? ()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 冷静になった頭で己を見つめ直し、僕は自己嫌悪に苛まれた。そうだ、僕如きが彼女……いや、あのような天上人の如きお方を指導するなど、畏れ多い事だ、と。

 そう考えれば、僕などよりも実績も経験もあるトレーナーの方が相応しくあるのだろう。

 

「お前、悔しくねぇのかよ」

「ない」

「即答かよ」

 

 そうだ。悔しくなんか、ない。当然の帰結。あるべき形。なるべくしてなった事だ。

 

 ――嘘をつくなよ、早永

 

「……すいません。お世話になりました。もう、大丈夫です」

 

 そう言葉を残し、僕は足早に保健室を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あんの、バカヤロー」

「ホント、桐島クンって彼の事気に掛けるわよねぇ。同期だから?」

「それもあるッスけど……なんてゆーか、気に食わないんすよ」

「気に食わない?」

「……上手く言えねーんすけど、アイツ、トレーナーとしてなっちゃいねぇって思うってか」

「そぉ? 初担当でクラシック二冠達成って、並のトレーナーじゃ出来ないわよ」

「そうゆう事じゃねんス。アイツは……俺らとはウマ娘との向き合い方が根本的に違うっていうか……アイツのそれは、冷たいんス」

「情熱が無いって事?」

「まぁ、そうッスかね」

「……ま、そうゆうタイプのトレーナーって中堅どころとかベテランの人にもいるし、いんじゃない?」

「いんじゃない、て……」

「結局のところ理想のトレーナー像なんて人それぞれなんだし、大成するトレーナーもまた然り。甘い人も厳しい人も、能力と時の運が絡めば、誰だって一流トレーナーになって来たわ。……でもね、勘違いしちゃいけない事が一つあるの」

「それって?」

「主役はあくまでも、どこまで行ってもウマ娘だっていう事。トレーナーはそんな彼女達にとっての『杖』なのよね」

「杖、すか」

「そ。……昔活躍したウマ娘とトレーナーのインタビューの受け売りなんだけどね。だからそうゆう意味では、彼ってとても誠実よ」

「そーなんスか?」

「決して深く肩入れし過ぎず、かといって突き放し過ぎる事もしない。そこら辺のバランスって、人間関係と一緒でめちゃ難しいのよね~」

「でも、アイツの担当って今怪我してましたよね? 皆の間じゃトレーニングのやり過ぎが原因ってのが通説ッスけど。それって管理不十分って奴なのでは?」

「そう捉える事も出来るわね。でも、そこに担当ウマ娘の『夢』が絡んでいたとしたら? 特に三冠レースの達成。そこに必要な努力の量って、考えた事ある?」

「それは……」

「それにね。彼、ああ見えて結構感情あるのよ? 担当の子が怪我で戦線離脱した後にカウンセリングしたんだけど、彼、冷静そうに見えて結構落ち込んでたわ。「自分が彼女を怪我させてしまった」って。……普段あんな冷たい感じだから分かり辛いけどね。ちゃんと良識のある育ち方してるみたいで安心したわ」

「アイツが……」

「……だからね。その上で言わせてもらうと……私、独りよがりなのって好きじゃないのよね。君然り、彼然り」

「へ?」

「……なんでもないわ。ホラ、キミも彼の看病、ご苦労様。後片付けはやっとくわ」

「え、あ、はい。すいません、失礼しまッス!」

 

「……ホント、良くも悪くも不器用な子ばっかりね、此処は。だから飽きないんだけど」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 あれから、僕は次にスカウトするウマ娘を探す日々を送っていた……というのは建前で、その内容のほとんどは学内のベンチやスタンドで、ぼんやりとウマ娘達を見るばかりの無為な時間を過ごしていた。

 

 「前から生き生きしてないとは思ってたけど、今じゃ血すら抜けてそう」とは同僚の誰かが言った言葉だが。

 その言葉は正しいと思う。朝、鏡で見た自分の顔を見て、驚くと同時に道理だと思ったからだ。

 僕の顔には、あまりにも生気が無かった。顔の皮膚の下では相変わらず血が流れている筈なのに、真っ青に染まっているようにすら見える。僕の目がおかしくなったのだろうか。……いや、本当に青ざめているのかもしれない。

 

 己の心臓のある場所に触れる。僕の心臓はいつも通りポンプ活動を行っていて、全身に血を送っている。

 にも関わらず、そこにはぽっかりと空洞が出来ているようで。

 まるで、大事なものがすっかり抜け落ちてしまったかのような。

 

 そうしてぼんやりとしながら学内を彷徨い歩き、図書室に辿り着いた時の事だった。

 

 偶然にも僕は、サイレンススズカさんと再び出会ったのだ。……この言い方は語弊があるな。

 

 ()のお方は別の机の席に座られており、僕はその斜め後ろの席に座った。だから、彼のお方のご尊顔は見えていないし、あちらからも僕の顔は見えていない。見えるのは、艶やかで長い栗毛の髪だけだ。

 どうやら彼のお方にとっての友人らしいウマ娘――なんという名前だったか、確か二人いる生徒会の副会長の片割れがあんな顔だった、気がする――との会話に花を咲かせているようだ。

 チラと見えた本の内容が確かなら、レースの理論についての話だろう。

 

 鈴の音を転がすような、という言葉があるが、それが実際どのように美しいものなのかは分からない。

 ただ、此処に来て初めて聞いたサイレンススズカさんの声は、そういう誌的な表現をしたくても仕方がないような気分にさせられるのは間違いなかった。

 

 実に、実に微笑ましいものだ。

 大逃げという走りは、その性質上、ターフにおいては逃げ以上に孤独である。誰かと競り合う事はなく、ただ後ろからのプレッシャーに耐えながら駆け抜ける。

 そこにどれ程の心労が伴うのか、レースを直接走る訳ではない僕には計り知れない。

 だが、サイレンススズカさんはそんな辛い孤独にあっても、微笑まれる余裕すらあった。その理由が知りたかったが……こうゆうところにも、その一因があるのかもしれない。

 

 『家族や友といった身近な存在は心の支えになる』というのは、近年のスターマンシリーズにおいても語られるテーマだが。

 生憎と大学以来、そういった存在とは無縁だった僕には遠い話だ。

 

「……『正しい』走り方には、相応に正しいとされる『理屈』、があるのよね」

 

 順風満帆そうで何より、と思っていたところに、そんな声が聞こえてきた。

 決して耳を傾けていたつもりは無かったが、偶然にも耳に届いてしまい、僕は興味本位から、本に目を向けながら話をこっそり聞く事にした。

 

「そうだな。今話した走りのセオリーもそうだが、ウマ娘が如何に走りに特化した生き物とはいっても、そこには必ず限界が存在する。それを補う為に、そういう理論が存在すると言っても過言ではない」

「……そう、よね。うん。そうなのよね」

 

 気の強そうな声――恐らく副会長のものだろう――に対して、一瞬、ほんの一瞬だが、サイレンススズカさんの語気が弱まった、気がする。

 副会長が何か変な事を言ったかと言われると、そうでもないような気はする。

 ……少し、個人的に引っ掛かる部分はあったが。しかし何らかの悪意のある発言でないのは、僕の視点から聞いても明らかだ。

 では、一体何がサイレンススズカさんの語気を弱めているのだろうか?

 

「……しかし、珍しいなスズカ。『大逃げ』を得意とするお前が、こういった話を聞きたがるとは」

 

 確かに。サイレンススズカさんの圧倒的なスピードがあれば、後はスタミナさえ補う事が出来れば、どんなレースでも逃げ切れることだろう。

 

「えぇ、ちょっと、ね……」

 

 何かを言い淀むサイレンススズカさん。

 その語調に、何か憂いのようなものを感じてしまうのは、僕の考えすぎなのだろうか。

 

「ありがとう、エアグルーヴ。今の話を忘れない内に()()走ってくるわ」

「……()()()()()か?」

 

 エアグルーヴなるウマ娘の発言の後、何故か沈黙が辺りを包み込んだ。

 どうしたのだろうと思い、チラリとそちらを見やる。

 

 はたして、サイレンススズカさんは何かを考えこむような仕草をして……いや、よく見ると目を泳がせているではないか。

 しかも、耳もピクピクと動かしているし、尻尾も不規則な動き方をしている。

 

 もしや、サイレンススズカさんは……

 

「………………えぇ、()()よ」

「本当か?」

「うん、本当」

 

 今度はエアグルーヴの方を真っすぐ見ながらそう言うサイレンススズカさん。

 ……しかし、やはり目は少し泳いでいる。

 チラチラと別の方を見て……こちらにも一瞬視線が飛んできたのを見て、僕は慌てて顔を背けた。背けざるを得なかった。

 

 ……そう。サイレンススズカさんが、僕を、見た……!

 

 いや待て。今のは単純に偶然視線がこちらを向いただけに過ぎない。

 そうだ。決して僕個人を認識したという訳ではないというのを忘れるな、早永。

 

 ……それはともかく、だ。あの様子を見る限り、あの方はきっと、走りたくて仕方がないのだ。

 それ自体はなんらおかしな事ではない。だが、エアグルーヴのあの反応を見る限り、それだけではないような気がする。

 例えば、そう、練習と称してオーバーワークをする時のような……。

 そう思いながら、再びチラ見を始めると――

 

「じゃ、じゃあ、そういう事だから!」

「お、おいスズ――」

 

 カ、とエアグルーヴが言い終わる前に、気づけばサイレンススズカさんは一瞬にしてその場を去っていた。まるで、吹き抜ける一陣の風のようだ。

 まぁ、とにかく。あのお方が元気でいらっしゃる。その事実が知れただけで、僕は十分に幸せだ。

 

 ……去り際の一瞬お見せになられた笑顔は、到底忘れられそうにないが。

 

 

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