シン・サイレンススズカ   作:K氏

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第1章 孤高のウマ娘
ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン


 その日、僕は大学の図書館の一角にあるブースで、ある映画を見ていた。

 

「お、やーっと見つけたぜこのヤロー」

 

 そう言いながら僕のいるブースに顔をにゅっと覗かせる恰幅の良い男を、僕は目を細めながら一瞬睨みつけ、また画面に視線を戻した。

 

「みんな撮影の準備してんのに……って、おっ、こりゃまた古い映画だな」

 

 僕が見ていたのは、最近の映画……どころか、カラーの映画ですらない。まだモノクロが主流だった時代に作られた、世界初のウマ娘が主役の特撮映画。

 画面の中では、ウマ娘がなんと新幹線と並走している。

 タイトルは、「超音速ウマ娘、現わる!」。

 

「うほぉ、これぞ昔って感じ! この絶妙な粗さっつぅの?」

 

 余計な横やりを入れるなと、再び一瞬睨み。

 

「……昔のウマ娘は、この映画で描かれる彼女に憧れたんだ。粗さなんか問題じゃない。それに、学べる事もある」

 

 確かに、昔の特撮映画らしく、どことなく違和感があるのは事実だ。しかしそれは現代的で肥えた視点から見たものに過ぎず、当時の事を考えればこれこそが最先端の映像で、最高の娯楽映画で、そしてウマ娘にとっては……映画に登場する彼女は、紛れもなく『星』だったのだ。それは歴史が証明している。

 

「そーいうもんかね。で、『トランセンドマン』主演男優のお前さんはこれを見て何を学ぶと? てゆーか、ウマ娘絡みの恋愛映画なら最近の方がいいだろ」

「まず言っておくが、僕は安易な恋愛要素を入れる事には反対だし、そもそも僕は主役になる事自体嫌だ。僕はヒーローに憧れるだけで、変身願望があるわけじゃない」

「そうは言うけど、お前以外にあの演技出来る奴いねぇし、なんやかんやで引き受けてくれたじゃねぇか。しかもこうして熱心にお勉強してる事だしよ。お前も主役になりてぇって思ったんじゃねぇの~?」

「……あんなに頭を下げといてよく言う。後、どうせ作るなら世に出して恥ずかしくないものを作りたいと思ったからだ。その点で言えば、脚本に書かれてるような感じの恋愛要素は、如何にもって感じ過ぎて逆に恥ずかしいまである」

「今回の作品の恋愛要素は必要だと思ったからこそ取り入れてんだ。そんぐらいわかれよ」

「よく言うだろ。誰もやってこなかったのには、相応の理由があるからだって。まぁスターマン・トリニティの映画では恋愛要素入れてたけど、あれはテレビ本編の積み重ねがあったからな」

「どんな発明だって、チャレンジがあったから生まれてこれたんだぞ」

 

 ……やはり、絶妙に気が合わない。今のサークルに誘ってくれ、同志とも呼べる存在を作ってくれたこの男、山岸にはそれなりに感謝している。

 初代スターマンの話をして、あれだけ人から尊敬の眼差しで見られたのは初めてだった。

 

 だが、それとこれとは話が別で。

 

「で、結局お前は、この映画に何を見てんだ?」

「……言って、伝わるかな」

「まぁ言ってみろって。俺、監督ぞ?」

 

 厚い胸を、ドン、と叩きながら、山岸は僕に促してきた。

 

「……苦しみ」

「あん?」

 

 予想外の答えが返ってきたといった様子で、怪訝な表情を見せる。

 

「超越者としての苦しみ、かな」

「苦しみ? この映画、娯楽映画だろ?」

「そうだけど、でもその描写をしたかったっていうのは端々に表現されてる。例えば……」

 

 そう言いながら、僕は映像を早送りさせる。

 

「……こことか」

 

 そうして提示したのは、主人公がレースの出走登録をしようとしているシーン。

 しかし次の瞬間、彼女が出した書類にはデカデカと「不許可」の三文字が。

 

「音楽とかの関係でコミカルに描かれてはいるけど、僕にはこのシーン、超越者にとっての悲哀が感じられた」

「不許可になるのは当然だろ。ドープどころじゃないレベルで身体が凄い事になってんだから」

「でもそれは、意図してなったんじゃない。これは、現実でも問題視された事があった」

「現実でも?」

 

 疑問に思うのも無理ないだろう。これは、詳しく調べないと出て来ない情報だから。

 

 例えばある事案では、ウマ娘が飲んだある飲料に当時は違法とされていた成分が混ざっていた結果、レース直前の検査でそれが発覚し、出走取消になった事があった。それが意図したものかどうかは定かではないが、少なくともレースに出て勝利を目指すウマ娘にとって、この出来事は大変なショックだったに違いない。

 

「それに、卓越した能力を持つウマ娘という点でも、似たような話はある」

 

 そのウマ娘の存在は、戦後間も無くトゥインクルシリーズやドリームトロフィーリーグというものが存在しないウマ娘界隈において、一種の伝説になっていた。

 デビュー戦からウマなりで走るだけで圧勝。

 その後のレースにおいても楽々と相手を千切り、あのダービーをも圧巻の走りで勝利せしめた。

 距離適性の関係で長距離は走れなかったが、中距離までならライバルと呼べるウマ娘すら存在しえなかった。

 

 ……それ故に、悲劇は起こった。

 

 あらゆるレースを総なめにした結果、彼女が出られるレースが無くなってしまったのだ。

 当時は海外へ遠征に向かうという文化が無かった為か、当時からあったハンデ制に則り、かなりの重りを勝負服に仕込んででも彼女は国内のレースに出続けたのだが、それもやがて限界が訪れた。

 

 程なくして彼女は引退したのだが、そこにはこんな噂がある。

 当時のURAの前身にあたる組織の偉い人に「レースに出走しないでくれ」と金を積まれて頼まれただとか、他のウマ娘から懇願されただとか。

 

 いずれにせよ、真相は分からない。ただ……彼女にとっては無念の一言だろうと、そう思わされる事件だった。

 

「この映画は、そういった出来事の後に作られた映画だ。製作者がそれを意図していたって、不思議じゃない」

「……かーっ! なんかじれってぇ! お前いつも回りくどいな! 結局、何が言いてぇんだ!」

 

 気にしてるんだ。言うな。

 

「……僕が演じる事になるトランセンドマンの人間態。彼も謂わば超越者の側だ。僕は、彼を演じるに当たって、彼が抱くであろう苦しみを研究しなくてはと思った」

「それでなんでウマ娘の映画なんだよ。フツーにスターマンのでも良く無かったか? 俺としちゃ、鉄面シリーズもオススメだけど」

「トランセンドマンは「偶然にも戦いの中でウマ娘を傷つけてしまい、それが切っ掛けで変身が出来なくなってしまう」って設定だろ。けど、ウマ娘にとっての苦しみを理解できなければ、トランセンドマンは本当の意味で苦しめないんだよ。というか、脚本書いてるの君だろ?」

「確かにそうだけどよ。設定上じゃお前はずっと無表情で、最後まで笑う必要はない。お前だって、無駄に疲れる事、やりたかねぇんだろ?」

 

 苦い顔をする山岸。

 確かに、「表情筋が死んでる」とすら言われた僕なら、感情を持たないとされる異星人であるトランセンドマンの役は、不服だが、非常に不服だが合っているのだろう。

 まぁ、山岸の言う通り、無駄に疲れる事をやりたくないのは本当だが。

 

 しかし、それはそれとして、山岸のそれには少々……腹立たしいものがあった。

 

 ……あまり言いたくはないが、仕方ない。

 

「……そんなだから、女にもフラれるんじゃないのか。この間みたいに」

「あ?」

 

 ピキリ、という音がしたような、気がした。

 だが、僕はそれでも続ける。

 

「山岸、君は中途半端に自分本位なんだよ。いつも誰かを……世界を自分の力で振り回そうとするけど、そこに人間の情があるから、振り切る事ができない。そんな感じだから中途半端に彼女に言う事聞かそうとして失敗する」

「…………」

「まぁ、それが君の根幹、あるいは優しさだと言うのなら、それは別にいい。知った事じゃない。だから、君が「誰かの心に残る、メッセージ性のあるものを作りたい」と考えるのもいい。けど、それならそれで、心に伝わるよう『本物』を作ろうとする努力を周囲にも徹底すべきなんじゃないのか?」

「……()()が作ってるのが、本物じゃないって言いたいのか」

()()じゃない。()()()だ。皆を巻き込んで、プロの映画監督気取りであれこれ指示出して、けど余計な人情のせいでGOサイン出して、いつも中途半端なクオリティの特撮映画ばかり作ってる。そんなだから、去年の映画も批評で「情熱があるのかないのか分からない」って言われるんだろ」

 

 僕は事実を、淡々と述べる。

 正直なところ、演技を見ていれば分かるのだ。皆が中途半端な彼の態度に甘え、舐め切っている事は。

 

「君にだって、監督なりに頭を悩ませてるんだろう。予算だって限られてるし、メンバーも決して多いわけじゃない。……けど、それとこれとは話が別だ。特撮の大作は金をかけたセットとCGを使っているからウケるのか? 違うだろう。それならこの世の低予算特撮は全部ウケないって事になるが、実際は違う」

 

 そうだ。かつて初代スターマンの後に続く作品として作られた特撮番組『ミラクル・10(テン)』の放送後に製作された短編作品『スターファイト』(元々はスターストラグルというタイトルだったが、子供が覚えにくいだろうという事でこちらになった)は、劣化しつつあるのを補修したスターマンやミラクル・10、そして怪獣のスーツを使い回し、なんと特撮映像一切ナシでひたすらにプロレスをするという内容だった。

 しかし、どういうわけか子供達にはこれが大ヒット。

 その結果、スターファイトに登場したキャラクターのソフビ人形が再び大ヒットし、縁谷プロは再びヒーロー番組を製作出来るようになったのだ。

 

 このヒットの要因には様々な考察が為されているが、僕はこう考えている。

 

 創業者であり『特撮の神様』の異名で知られる縁谷(エンヤ) (ツヅク)氏の死去に続き、怪獣・ヒーローブームの一時期の終焉と共にやってきた低迷期。

 スターマンやミラクル・10の製作会社である縁谷プロはその土壇場において、低予算でも子供に夢を与えられる事を証明しようとした。

 当初は最新作であったミラクル・10の映像の使い回しで持たせようとしていたが、元々海外のSFミステリーを参考に作った作品であるミラクル・10には、悲しいかな、主役であるミラクル・10の戦闘シーンが総合するとかなり短く、これが逆に製作陣を苦しめる事となった。

 それならばと、彼らが取った苦肉の策、それが着ぐるみの使い回しによるプロレスの撮影だ。

 ほぼアドリブの実況と相まってシュールな世界観が広がり、中には明らかにコントとしか言いようがないような話もあったスターファイトだが、僕はそこに、製作陣の『本気』を感じた。

 皆、必死だったのだ。映像を撮る側も、スーツを着て戦う側も。

 必死だったからこそ、作品としては異色だったとしても、決して子供だましの作品にはならなかったのだ、と。

 

「君は君なりに、メンバーの事を考えながら監督をしているのかもしれない。……だが、一人だけの力でどうにかなる創作なんてない。映画だけじゃない。イラストや小説だってそうだ」

 

「……例え映像の存在だろうと、平面に描かれた存在だろうと、そこには自分のものではない『心』と『物語』が存在する。そして、それを見る側にだって、同じようにある。だからこそ、創作活動って奴は難しい。全部が自分の思い通りに展開する訳じゃないし、そこに込めた想いが見る側に必ず通じる訳じゃないからな」

 

「つまり創作作品ってのは、ただ思い浮かんだアイデアを出力して押し付けるだけじゃない。作品と、そして見る人と手を取り合いながら、初めて完成できるものだ。それを分かっていて、監督をやってるんじゃないのか?」

 

 ……創作とは、届かない『星』を作り続ける行為だと、僕は考えている。

 

 例えば、良いイラストを見ていて胸が高鳴るような想いをしたことはないだろうか。

 あるいは、映画や小説、漫画やアニメを見ていて、心が躍るような体験をした事はないだろうか。

 

 「自分も、その世界に入りたい」「その存在が実際にいて欲しい」と、そう思った事はないだろうか。

 

 ……しかし、どう足掻いても虚構は虚構だ。それは、届かない『星』への憧れでしかないのだ。かつての僕が、スターマンに抱いたそれのように。

 

 SFの世界のように脳波やら何やらを利用してリアルに体験できるようなものがあれば、話は違うだろうが……。

 

 けれどそれでも、見ている人がどれだけ遠くても『星』を追いかけたくなるという、明日への活力を生む切っ掛けを作る行為。それが創作活動だと、僕は思っている。

 その点において、山岸はあまりにも……

 

「どうせ物語を作るんなら、徹底的に作れ。人を振り回すんなら、人の情なんか捨てて、徹底して振り回せ。登場人物に(ナマ)の動きをさせろ」

 

「生半可な情が湧いたまんまじゃ、作られる作品だって中途半端な出来になってしまう」

 

「それを分かっていないまま監督を続けるっていうのなら、やはり僕は降りる」

 

 極めて冷徹に、淡々と、僕は山岸に言ってやった。

 もしかしたら自分が気づかないだけで、そこには熱が籠もってしまっていたのかもしれないが。

 とはいえ、流石に勢いだけで言い過ぎたとすぐに思った。らしくない事をしたとも。

 

 この撮影から降りた後、やりたい事があるかと問われれば、NOだった。

 とどのつまり、僕も人の事をとやかく言えない立場の人間だ。

 ただ、スターマンとウマ娘に憧れを抱くだけの、そんじょそこらにいる群衆(モブ)の一人でしかない。

 

 ……そうだ、僕は説教が出来るようなヒーローなんかじゃない。人並に欠点があって、人並に他人の粗探しが出来て……そして、己の支えとなるものを探すだけの、凡俗な人間だ。

 

 そんな僕に対し、山岸は歯を食いしばっているようだった。

 

「て、めぇ……!」

 

 溢れる怒りをなんとか理性で抑え込もうとしているのか、拳を握りしめている。

 いや、もしかするとすぐにでも殴れるようにする、その準備かもしれない。

 

 いずれにせよ、ここで殴ってくるようなら、相応の対応をせざるを得ない。

 

 僕は席から立ち上がると、山岸を見据える。

 そして、僅かに右足を引くと、左手を前に、右手を後ろにし、その両手を前に――

 

 

 

 

「あーっ! こんなトコにいたーっ!」

 

 

 

 

 ――構えようとして、掛けられた大声に二人してそちらを向く。

 

 はたして、そこに立っていたのは白いカーディガンに、青のスカートを履いた、一見して清楚そうな女性。普通の女性と違うのは、空調のせいで僅かに靡く黒鹿毛の頭頂部に生えた、ひし形に尖った耳がある事。そして、スカートの裏でフリフリと勢いよく揺られる長い尻尾を持っている事。

 外見だけなら清純派ウマ娘に見える彼女は、しかし、見るからに「私、怒ってます!」という態度を分かりやすく示しており、正直……清楚な雰囲気が台無しになっている。

 

「もー! ハッチは全然来ないし、山ちゃんも探しに行って戻ってこないし! 二人してサボるんなら――」

 

 ゴクリ、と喉を鳴らしたのは、僕か、山岸か。

 

「――わたしもサボるッ!」

 

 ズコッ、と、ノリの良い山岸がこけた。

 僕は……こけそうになったが、何とかギリギリ耐えた。

 こうゆうのは、キャラじゃないから。

 

「……いや、何バカな事言ってんだ、スポット」

「むー、またスポットって呼んだ! スポッティの方がかわいいのに!」

「かわ、いい……か?」

 

 身体の成熟具合に対して酷く幼げな言動と態度は、何も今に始まった事ではない。

 これで仮にも大学における成績は常にトップクラスだというのだから、人間、何事も外見だけで判断するのは愚かしいとしか言いようがない。彼女はウマ娘だが。

 

「とーにーかーく! もう撮影準備終わってるから、早く撮ろうよ!」

「わーったわーった、分かったからもうちょい静かに――」

 

 

 

 

「そこ、静かに」

 

 

 

「……はい、すみません」

 

 案の定、図書館の司書に怒られてしまった。

 

 あと、気づけば彼女はもう消えていた。

 

「……なんか、バカらしくなってきたな」

「うん」

「……行くか」

「そうだな」

 

 とりあえず僕は、DVDの再生を停止した。

 




 それは、『星』の光だけを頼りに彷徨うだけだった、ある日の思い出。
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