【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者10:撃災、猛者

あの女と初めて会ったのは、アレがまだ10の歳にも満たない頃だった。

当時はゼウスとヘラのファミリアが大手を振るっており、その言葉にするのも難しい華々しい偉業の数々に、多くの冒険者達が目を輝かせていた頃だ。

そんな折に現れた2人目のヘラの天才児。数多の最速記録と最小記録を塗り替えた自分とは全くかけ離れた、才能に愛された災厄の子。

……生意気なガキ。しかしそれがあの女を見て初めて抱いた感想であったことは、今でもしっかりと覚えている。

 

『退け"木偶の坊"。無駄にデカいその身体で道の真ん中を歩くな、ゴミが』

 

『……は?』

 

素っ頓狂な声を上げたのは自分の方だった。

当時既に猪人として相応の身体の大きさをし、自分を見れば何も知らない小さな子供達は慌てて逃げて行くような有様。そんなことが常であったにも拘わらず、自分より遥かに背の低い幼い少女が、何の恐怖感も抱いていない顔でそう宣ったのだから。あの頃の自分が酷く困惑したのは、今思っても当然の話。

しかもこの女、初対面で脛に蹴りまで入れてきた。だから反応に困り、言葉に困り、口を詰まらせた。そしてそれが彼女に対して初めて行った最初の"間違い"でもあった。

 

『いいから退け、2度も言われんと分からんのか阿呆』

 

『ああ、いや……』

 

『もういい、【爆砕(イクスプロジア)】』

 

『なっ!?ぐぁっ!?』

 

街の中、大通りのど真ん中。

問答無用で魔法を使い、吹き飛ばされた。

周囲からは悲鳴が上がり、吹き飛ばされた自分の方へと目線が集まる。しかし少女は既に人混みの中に姿を消しており、火の玉を投げ付けられたりしたのならまだしも、少女の魔法は本当に突然自分の腹部で爆発した。誰もそれをしたのが彼女だとは分からず、ただただ自分が恥をかいただけのあの瞬間は、今でも決して忘れることはない。

 

『なんだ、今のは……』

 

……身体の小さな、"黒髪の少女"。

深海の様な青い瞳は迷うことなく常にただ一点のみを見つめており、穢れを知らぬ白色のドレスは眩しいくらいに彼女の輝きを示していた。

 

嫌というほどに、その瞳と目を交わした。

 

何度も何度も、その瞳に射抜かれた。

 

今でも夢に見るほどに、その瞳に見下ろされた。

 

だからこそ、15年経った今でも覚えている。

記憶の底に、鮮明に焼き付いている。

あの少女の姿を。

あの少女の顔を。

あの少女の瞳を。

 

 

 

 

「……変わっていない、な」

 

 

 

 

「…………」

 

ただこうして目の前に立っているだけなのに、この身体が震えそうになる。髪色も変わり、服装も変わり、それなのに心が退きそうになる。それほどに染み付いた敗北と雪辱の記憶。

握り締めた蒼の大剣と、着込んだ紺色のローブは……彼にとってはあまり、似つかわしいものではなかった。

 

「この様なところで、何の用だオッタル。そう寂しがらなくとも、何れ私の方から顔を出してやるつもりだったのだがな」

 

「……見れば分かるだろう」

 

「……ダンジョン21階層。確かにここにいるのが私とお前だけならば、"女神に隠れた密会"とでも言えたろうがな。それにしては観衆が多過ぎる、そういう趣味にでも目覚めたか?」

 

「抜かせ」

 

「ならばどういうつもりだ」

 

オッタルの背後に並ぶのは、フレイヤ・ファミリアの魔導士達。その中にはこの場において何も喋る気はないのか、ムッツリと口を閉ざしているLv.6【白妖の魔杖】の姿も混じっている。

周囲からは人払いがされているのか他の冒険者の気配は全くしておらず、モンスターすらも死骸が転がっているだけの有様。目に見えるだけの戦力ではないことは、一目瞭然。そんな最中で最前線で大剣を構えたオッタルに対して、ラフォリアはこれ見よがしに溜息を吐き、失望した様な目を彼に向ける。

 

「あの色ボケ女神の仕業か」

 

「………」

 

「貴様はこういった方法で私に勝負を挑むのは嫌うと思っていたのだがな、相変わらずの木偶の坊め」

 

「……そうだとしても、こうする必要があると俺自身が判断した。あの方の言葉は、ただその背を押しただけに過ぎん」

 

「なんだ、お前は私が欲しかったのか」

 

「っ」

 

オッタルの唇が一瞬震える。

 

「貴様等の目的を当ててやろう。どうせ私を魅了に対抗出来なくなるまで疲弊させ、あの女神の操り人形にでもするつもりなのだろう。ヘラを恨んでいるあの女のやりそうなことだ、そうでなくとも私の存在は子兎に手を出すに当たって邪魔にしかならんだろうしな」

 

「……っ!」

 

「隠すのが下手だな、愚か者」

 

「…………」

 

「せめてもう少し言葉を話せ、15年振りの再会だというのに。他に何か言うことは無かったのか?まさかここまで攻撃的な待遇を受けるとは、少々残念だ」

 

オッタルは黙る。

本来は神に対して有効的に働く"黙秘"という手段を、この女に対して使う。言葉による接触を、完全に拒絶する。分かっていたことだ、口でこの女に勝てるはずがない。故に剣に力を込めて唇を噛んだ。

……ああ、それでもやはり、いざこうして目の前に立ち、その瞳と再び相見えてみれば、未だに動揺は隠せない。恐らく女神フレイヤは自分がこうなることを見据えて、ヘディンを共にさせたのだと理解する。この女はオッタルにとって、間違いようのない天敵であるのだから。7年前に乗り越えたザルドという存在が、まだマシに見えてしまうほど。それほどにオッタルはこの女に対して、相性が悪い。

 

「オッタル、余計な言葉を交わすな」

 

「分かっている……」

 

想定していた通り、ヘディンからの叱責が飛ぶ。

分かっている、分かっているとも。自分がしなければならないことも、自分がしたいと思うことも、全て理解している。

あの日あの時あの瞬間、この愚かな汚泥に塗れた身体に誓ったのだ。今こそ、その誓いを果たす時。例えどれほど嘲笑されようとも、例えどれほど見損なわれようとも、この役割だけは絶対に果たさなければならないと。オッタルは大きく息を吸い込み、自身に対する鼓舞をする様にして空間全体によって怒鳴り付けた。

 

「全員放て!!」

 

「チッ」

 

21階層の出入り口は既に押さえた。

隠れていた魔導士達も一斉に姿を現し、各々の最大火力の魔法を放つ。

分かっている、あの女に魔法に対する防御手段は存在しない。加えてあの女が10日掛けて、かなり深い層まで潜っていたことも調査済み。ここが21階層であり、リヴィラの街でポーション等の補給が出来ていないのも間違いない。そしてオッタルは見逃さなかった、あの女が間違いなく精神的にも肉体的にも疲弊しているということも。そもそも単独での遠征、その厳しさをオッタル自身が誰よりも理解している。

 

「こっ、のっ……!!」

 

飛来する魔法を最小限の動きだけで避け、僅かな障害物を利用しながらダメージを抑えていくラフォリア。しかしやはり数の力というのは大きく、時間と共に徐々に徐々に彼女の身体にダメージが蓄積していった。

魔導士と言えど、フレイヤ・ファミリアの一員。最低限の近接戦闘は出来る、勝てはしなくとも次の魔法が着弾するまでの時間稼ぎくらいは可能だ。その上、全員にサラマンダーウールによる防具を与えている。ラフォリアの魔法は一撃では彼等を戦闘不能に追い込むことは出来ず、むしろ自分の隙を晒すことになった。範囲を指定してから起爆すると言う性質上、範囲指定の余裕さえ与えなければ魔法の脅威は少なくて済む。それはかつてのオッタルが自分自身で探し出した彼女に対する攻略法の一つ。

 

「ええい面倒臭い、こうなれば階層諸共……」

 

「させんっ!」

 

「っ、死鏡の光(エインガー)」

 

最低でもLv.3以上の一斉掃射、逃げることが困難と悟ったラフォリアが階層ごと魔法で崩そうとしたその瞬間に、オッタルは全速力で斬りかかった。

自分があの魔法を果たして何度喰らったと思っているのか。視認することは困難であっても、発動の瞬間を予測することくらいならば出来る。

そして想定通り、物理反射の鎧によって弾き飛ばされる自分の大剣。しかし同時にラフォリアも魔力によって吹き飛ばされ、団員達の魔法の何発かがその身に叩き込まれる。ここに来ての直撃、一気に形勢が確定し始めたのを確信する。

 

「ク、ソが……その大剣、魔力弾を放つか……!」

 

「……もし次に貴様と相見える時、必ずや勝利を掴み取る為にと用意を重ねていた。これもまたその1つだ、これならば当たる」

 

「ハッ、限りなく可能性が無かったであろう未来のために、ご苦労なことだな……!」

 

「事実今こうして役立っている、無駄ではなかったということだ」

 

「っ!!」

 

オッタルが身に纏っているローブもまたそうだ、魔力耐性に加えて爆発耐性を持っている。熱に強く、破れることなく、衝撃を緩和する。正にこの女を打ち倒すために作らせたものであり、オッタルの自室にこの大剣と共に、手入れの際以外では長く眠っていたものでもある。

……元はこんな用途で使う筈ではなかったというのに、しかしそれを考えることは今はしない。後悔と自嘲ならば、後でいくらでもすることは出来る。

 

「諦めろ、貴様の魔法は全て知っている。3つ目の魔法も、使わせなければ何の意味もない」

 

「生、意気を……ぐっ……ガァッ!?」

 

幾度かの回避の後、再びラフォリアの身体が大きく吹き飛ばされる。完全な前衛職であるオッタルに、いくら才に溢れたとは言っても、そもそものステータスと経験で劣るラフォリアが敵うはずもない。

そしてそこを狙い澄ましたかのように放たれた数多の魔法群が、無防備な彼女の身体に再び直撃した。

"静寂"との幾度もの対峙の結果、"魔防"の発展アビリティが異様に高くなった彼女であっても、これほどの数の魔法を受ければ致命的。

元々状態の良くなかったドレスは焼け焦げ、頭部や腹部から夥しい程の血を流す。火傷や切り傷を全身に刻まれ、左腕が既に機能していない。息も絶え絶えになりながら、なんとか震える足でその身体を立たせる。

 

……未だ立ち上がれるだけ、そして変わらずその眼で睨み付けてくるだけ、流石の精神力であると感心する。

 

しかし当初の予定は果たした。

 

周囲を団員達が明確に囲む。

それでもオッタルはこの状況においても決して慢心することなく、腰を落として余った団員達に周囲からの乱入者に警戒するように指示を出した。女神フレイヤの前にまでこの女を持っていくのが仕事だ、それが完了するまでは決して気を抜くことはない。徹底的なまでのオッタルのその様子には、ヘディンですら驚きを隠せなかった。都市最強である彼が、それほどに警戒しなければならない相手であると。今更ながらに戒め直すくらいに。

 

「ヘディン、撃て。逃げようとするのであれば俺が叩く、それに合わせろ」

 

「分かった」

 

オッタルの指示にヘディンは素直に頷く。

既に満身創痍ではあるが、それでも何をしてくるのか分からないのがこの女だ。オッタルはそのことを骨身に染みて知っている。故に近付かない、最大火力で最後を叩く。この程度で死ぬ相手ではないと知っているし、殺すつもりでやらなければ勝てないと分かっているから。

だからこそ……

 

「後悔するぞ、オッタル……」

 

「……貴様の言葉は聞かん、2度と貴様の嘘には騙されん」

 

「なんだ……まだ根に、持っていたのか……」

 

「………」

 

言葉など、交わす必要はないというのに。

それでもこの女の言葉に耳を貸してしまうのは、オッタルの明確な弱さか。

しかしもしかすればこの憎まれ口を聞けるのも最後かもしれないと思ってしまえば、仕方のないことであったのかもしれない。

女神フレイヤの魅了に掛かってどうなってしまうかは、その人間の資質にもよるが、最悪の場合は壊れてしまうことも十分にあり得る。それほどに強い魅了をかけなければ、この女は従わない。それも含めて危険な賭けではあるが、オッタルの心は決まっている、筈で。

 

「だが……私がお前に、与えた忠告は……間違っていたことは、なかっただろう……」

 

「………」

 

「これが最後だ。……これ以上するのであれば、後悔するのはお前だ。やめておけ」

 

「……お前らしくもない命乞いだ」

 

「お前の、ため……だからな……」

 

「ッ」

 

ここに来て浮かべた女の笑みが、あの日あの瞬間の少女の笑みに重なってしまう。

最早髪色すら変わり、体格もあの頃とは違えど、それでも変わらぬ瞳の色。

 

しかしなおオッタルが引くことはない。

それだけの理由がある。

 

【象神の杖】から聞かされた、その未来だけは何が起きたとしても絶対に回避しなければならない。

そんな結末だけは、例えどんな手を使い、どれほどこの身が汚れることになろうとも、絶対に阻止しなければならない。

その末に彼女という人格が歪に変わったものになったとしても、それでも……自分達の犠牲になどさせる訳にはいかない。他でもないこの女を、自分達の踏台にさせるなどと、絶対にあってはならないことだ。

 

「ヘディン!!撃て!!!」

 

「【永争せよ、不滅の雷兵】!!」

 

 

「……馬鹿が」

 

 

「カウルス・ヒルド!!」

 

白き雷の弾丸が放たれる。

Lv.6の白妖精による最大威力の魔法行使。地面すら抉るようなそれは、疲弊した彼女の元へと一直線に飛翔する。

動かない彼女、そもそも動ける筈もない。

動いたのであればオッタルが叩き斬る。

他の魔導士達もまた詠唱を始めた、オッタルが失敗してもそれが焼き払う。

三重の追い詰め、完全なる王手。

この場から何事もなく逃げ延びる手段など、なに1つとして存在しない。

 

……存在しない。絶対に存在しない。フィン・ディムナでさえも思い付かない。ガレス・ランドロックでさえも突破出来ない。諦める以外に選択肢など存在するはずがない。存在するはずがないのだ。

 

 

だから笑うな。

 

 

そんな悲しげな顔をするな。

諦めろ、受け入れろ、子供のように泣きじゃくれ。

そんな可哀想な子供を見るような目でこちらを見るな。

なぜお前はいつもそうなのだ。

なぜ5つも下の癖に全てを知っているかのような顔をする。

少しは子供のように泣いて、怒って、笑えば、可愛げがあったろうに。どうしてそうも達観して居られる、いつまでそうして"俺"のことを子供のように扱うつもりだ。

 

 

『オッタル、お前は本当に間違えるな』

 

 

言葉が蘇る。

 

 

『お前は間違えて進む人間だが、世の中には許される間違いと許されない間違いがある。その時になっても私は知らんぞ』

 

 

呆れ顔が蘇る。

 

 

『ガキに説教されるのが嫌なのなら、せめて貴様自身がもう少し大人になれ。お前には余裕がなさ過ぎる、必死過ぎて気持ちが悪い』

 

 

記憶が鮮明に、蘇る。

 

 

 

『……だがまあ、そういう愚直なところは嫌いではない。もしかすればお前は、ガキのままでいいのかもしれないな』

 

 

自分より二回りほど小さな背丈の少女は、倒れ伏した自分の顔の横に座って、少しだけ微笑みながら、そう言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【魂の平穏(アタラクシア)】

 

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