【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
「………………は、」
情けなくも口から溢れでた疑問、困惑、動揺。
自身を中心に団員全体にそれが広がっていく。
だがそれに対して誰より衝撃を受けているのは自分だ、そうだ、絶対にそうだ、そうでなければならないし、そうでなければ認めない。明確に腕が震える、瞳が彼女に釘付けになる。
ヘディンに放たれた雷の弾丸が着弾し、その身を焦げ尽くそうと弾ける……そんな光景は決して目の前に広がることはなく、そこにはただ変わらず女が立っているだけ。
何かの魔道具か、それともまた奇妙な特技でも身に付けたのか。そう思って、そう納得したくて、けれどそれを否定する彼女の放った1文の詠唱。あり得てはならない、存在しないはずの、魔法文。
「オッタル、これはどういうことだ」
「……………」
「…………オッタル?……オッタル!!」
ヘディンの言葉に反応することが出来ない。
思考が止まっているからだ。
何も分からないからだ。
脳が理解を拒んでいるからだ。
誰よりも強く、目の前で起きた光景を信じたくなかったからだ。
……祝福の禍根、生誕の呪い、半身喰らいし我が身の原罪
「っ!!!!」
禊はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪
「全員撤退しろ!!!」
「っ!?どういうことだ!!」
「いいから撤退させろヘディン!!全滅させる気か!!この階層であれを許せば、18階層まで崩れかねんぞ!!!」
「っ……!!」
神々の喇叭、精霊の竪琴、光の旋律、すなわち罪禍の烙印
箱庭に愛されし我が運命よ砕け散れ。私は貴様(おまえ)を憎んでいる!
瞬間、オッタルは見た。
その女の両の眼が、自分が知ったそれではなくなっていることを。
自分がよく知り、誰よりも強く貫かれた深い蒼のそれが……白と碧の、互い違いになっている事実を。
代償はここに。罪の証をもって万物を滅す
「オッタル早くしろ!!貴様が言い出した事だろうが!!」
「〜〜!!!分かっている!!」
哭け、聖鐘楼
ジェノス・アンジェラス
「ーーーーッ!!!!!」
オッタルの指示は、そしてその行動は、あまりにも致命的に、"間違っていた"。
彼は本来であれば、下の階層に向けての退避を命じなければならなかった。若しくはオッタル自身が、その身を犠牲にしてでも詠唱を止めに行かなければならなかった。それが可能かどうかはさておいたとしても。しかし事実として彼が命じたのは、上の階層へ向けた退避の指示。短絡的な咄嗟の判断。これは正しく"撃災"ではなく、"静寂"との戦闘経験が皆無に近かった故の判断ミス。"静寂"に対して引き起こした、"最初の間違い"。
「しまっ……!!」
その結果起きたのは、天井の崩落と姿勢を崩した魔導士達全員に直撃した、人体を徹底的に破壊する、強大な咆哮に似た轟音である。
団員達が着ていたのはサラマンダーウール、決して音に対して耐性のある代物ではない。7年前のあの時、"万能者"によって作られた対"静寂"専用の魔道具など当然この場には1つたりとも存在しない。
恐らく彼女が意図的に威力を最低限に落としていたとは言え、それでも魔導士達はなす術もなく全滅した。意識を奪われ、全身から血を噴き出し、肉体を貫通し臓器にまで損傷を与える。
……残っていたのはそう、丁度階層を繋ぐ階段の中に居た、ヘディンとオッタルの2人だけ。20階層と21階層を遮る地盤が吹き飛ばされ、崩落した、見たことすらない惨状に呆然と立ち尽くす彼等だけ。
「………流石の威力だな」
血飛沫が広がる瓦礫の上を、女は転がっていた鞄から引き抜いたポーションを飲んで、飛び上がる。丁度階段の最中に居たオッタルの前に階層を跨ぐようにして着地した彼女、しかし振り返るようにして彼等を見る女の表情は酷く冷たい。先程までの僅かでも親しみのあったオッタルに対する態度が、そこには最早欠片も残されていない。ただただ強い失望だけが、その視線にはこもっている。
「お前は………なんだ………?」
「耳障りだ……そんなことを言っている場合か?私に構っている暇があるのであれば、女神の所有物共を1人でも多く救い出してやったらどうだ」
「っ!!」
彼女に言われずとも、既にヘディンは瓦礫の山を掻き分け始めていた。
オッタルもヘディンもダメージはある、しかしそれでもその身はLv.6とLv.7。ここにはLv.3程度の眷属達も確かに居た。……死んでいてもおかしくない、むしろ生きている可能性の方がずっと低いくらい。そして彼等は同じ団員とは言え、決してオッタルの所有物ではない。女神フレイヤに借りているという身だ。オッタルは彼女から視線を切ると、急いで瓦礫の山へと走り出した。少しでも多く被害を減らすために。少しでも多くを取りこぼさないために。
……策は失敗した、それはもう受け入れるしかなく、潔く損切りを行うしかない。
「オッタル」
「っ」
そんな彼の背中に呟かれた言葉は、ほんの一言。
「………馬鹿者が」
ケホッ、ケホッ、と……彼女は少し咳き込みながら地上へ向けて歩いて行く。
それを追う者は居ない、追える者が居ない。
追ったところで、どうにか出来る者が居ない。
負けたのだ、あの状況から。
……想像通り、団員の何人かは死んでいた。
生き残った者の中にも、後遺症が間違いなく残るであろう者達もそれなりに居る。いくらフレイヤ・ファミリアの回復役が優秀であっても、肉体の内部まで徹底的にズタズタにされた人間を完全な元の姿に戻すことなど出来るはずがない。
……この被害も無理もない、当然の話だった。
ジェノス・アンジェラス。
あの魔法はかつて3大クエストの一角たる海の覇王リヴァイアサンを葬った"静寂"最強の魔法、むしろ被害がこれだけで済んだことの方が奇跡に近い。もちろんそれは彼女が加減をしたからには違いないが、運が良かったというのは確実にある。
問題は……
(なぜ、なぜあの女が"静寂"の魔法を使える……?)
オッタルは知っている、彼女の魔法の全てを。
3つ埋まっている魔法の内容を。
故にそれ以上の魔法の行使は絶対にあり得ない。それを組み立てた上でこの策を実行した。しかし現実として、あり得ないことがこうして目の前で起きてしまった。
そして最後に見た、彼女のあの瞳の色。
「この状況をどう説明するつもりだ、オッタル」
「ヘディン……」
「指示の結果だ、説明の義務はお前にある」
「……説明するも何も、既にフレイヤ様は気付かれている。そして理解されている。眷属が減った事を、あの方が気付かない筈がない」
「……取り返しはつかん。抗争になるぞ、分かっているのか」
「そうなれば、都市から叩かれるのは俺達だ。状況を見ても正当防衛が成り立つ、まさかこれだけの大移動を他のファミリアが見逃しているとも考えられん」
「だとしても、フレイヤ様は止まらないだろう。相手が元ヘラの眷属であるのなら、尚更だ」
「………」
あの女に対して、果たしてロキ・ファミリアが味方をするのか。そんなことは問題ではない。
一番の問題は、あの女がその火の粉をこれ幸いと広げ、闇派閥の残党にまで飛び火させ、7年前の再現を引き起こす可能性があること。
あの女がまともに都市の一員として向かって来ても、そうでなくとも、どちらにしてもフレイヤ・ファミリアは甚大な被害を受けることとなる。どころか都市そのもの、果ては人類に対しても壊滅的な被害を齎すことになる。
故に最も穏便に済むのが、フレイヤ・ファミリアが泣き寝入りをすること。そもそも返り討ちにあっただけなのだから泣き寝入りというのも違うかもしれないが、事を荒立てないことが一番平和的に収まる筈。ただそれをかつてヘラに大敗した女神フレイヤが認められる筈もなくて、あれほどヘラへの逆襲に燃えていたフレイヤが簡単に矛を引く筈もない。……間違いなく、このままでは繰り返すことになる。確実な勝利を得られると確信して突き進んだというのに、その確実な勝利を取り零してしまったが故に。
「……とにかく、私は一度あの女に追い付かない程度に18階層へと戻る。これだけの人数、救援を呼んで来なければ到底運べん」
「ああ、頼む」
流石に18階層のリヴィラの街の冒険者達に頭を下げるのは気が引けるとは言え、それでも今は優先しなければならないことがある。敬愛する女神の所有物と、自分自身の小さなプライド、後者を優先させる馬鹿者は居ない。それでもその役割をヘディンが率先したのは、仮にもファミリアの団長であるオッタルに頭を下げさせる訳にはいかないからだ。周囲への影響力を顧みるに、今回の件の表向きの責任はヘディンが負う方が体が良い。裏向きには、しっかりと責任を取ってもらうとしても、そこまでフレイヤ・ファミリアの品位を落とすつもりはヘディンにはない。
(なにが……起きている……)
それでも、肝心のオッタルの頭の中にはそれしかなかった。
『後悔するぞ』
後悔どころではない。
否、これですら生温いとでも言うのか。
何か致命的なミスをしてしまったこの感覚が、どうやったって消えてくれない。
「何が違う、何を違えた……何処から間違っていた」
襲撃を決意した時から?
最後をヘディンに任せた時?
若しくは団員を優先して彼女を逃した時か?
分からない。
分からないが唯一理解出来るのは……起こしてはいけないものを、起こしてしまったということ。自分は彼女の全てを知っていると思い込み、その実、彼女の何もかもを結局のところ知らず、理解すら出来ていなかったということ。
「……当然の、話だがな」
理解しようと、していなかったのだから。
オッタルの頭の中には、今も昔も、常に1柱の女神しか存在していなかったのだから。そんな自分が他の何者かを理解しようなどと、理解した気になっていたなどと、片腹痛く、愚かしい。
『馬鹿者が』
「……ああ、お前の言う通りだ」
この身はどうしようもなく、泥に塗れている。
最早慣れたように、慣れてしまったくらいに、自責の中へと頭を入れる。
……けれどそれでも、オッタルはまだ理解出来ていなかった。自分が一体何をしたのか、その結果どういうことが起きるのか。そして女神フレイヤが、何を考えてこの件を全てオッタルに任せたのか。
下界は可能性に満ちている。
それは良い意味でも、悪い意味でも。
神にすら想像の出来ないことが、下界には存在する。
ラフォリアがこの廃教会を出てから、既に12日が経つ。その間にもベルには色々なことがあった。
リリというサポーターの少女と知り合い、なんだか色々と厄介な事情を抱えた彼女と充実したダンジョン探索をしたり。
豊穣の女主人から借りて来た本を読んだら、実はそれが魔導書(グリモア)と呼ばれる使い切りの魔法取得が可能な高額品であったり。
その取得した魔法を嬉しさあまりに乱発していたら気絶してしまい、起きた時にはあの憧れのアイズ・ヴァレンシュタインに膝枕をされていたり。
まあそんな、普通の冒険者であれば羨ましさから顔面を殴り飛ばしているような諸々。
それでも彼女はまだ帰って来ない。
ヘスティアも口には出さないが、昨日から流石に心配が募りに募っているのをベルは感じている。普通に考えればダンジョンに潜っているのだし、10日も11日も誤差の範囲内であるのだろうが、それでも単独で49階層に向かっていると思えば流石に悪いことばかりを考えてしまう。
それはベルでさえもそうだった。
帰らない、帰って来ない、それが長く続くほど慣れて忘れていくものかと思っていたが、事実はそうではない。むしろ掛けられたあの優しい声を思い出して、時間が経つほど寂しさは増していく。
ベルはこれと同じ感覚を味わったことがあった、それは彼の祖父が亡くなった時のことだ。祖父が亡くなり、一人で暮らし始めた数日。正に今と同じ思いを味わっていた。
その時と今とで違うのは、彼女がまだ死んだとは確定していないこと。だからこそ、帰って来て欲しい。帰って来たのであれば、聞きたいことや、聞いて欲しいことがたくさんある。彼女の代わりにヘスティアが最近は料理を努力しているが、正直それもまだまだ芽が出るには遠そうで。あの粗雑であっても優しい味のした料理を味わいたいと、そう思ってしまう。
「っ!?」
そんなことを考えながら、ベルが地下室を出て綺麗になった教会の祭壇の前で立ち尽くしている時だった。
背後の大扉に、何かが強く打ち付けられた音。
ドアノブは回らない、来客を知らせるベルは鳴らない。しかし間違いなく、人間大の何かが扉に衝突した。
「ベ、ベル君!?なんだい今の音は!?」
「神様……その、何かが扉に当たったみたいで……」
「何かが?………まさか!!」
ヘスティアが慌てた様子で扉の鍵を開ける、その様子を見たベルも彼女の考えを察して駆け寄った。そしてそんな2人の想像は、幸か不幸か当たることになる。
「ラフォリアくん!?」
「ラフォリアさん!!」
大扉に背中を預けて、ゼェゼェと息を荒げている彼女の姿。全身に酷い火傷や切傷があり、ここに来るまでの道のりが分かるほどに点々と赤黒い染みがこの教会にまで続いている。
「ベル君!ミアハ達を呼んで来るんだ!!今ならまだ起きている筈だ!!」
「わ、分かりました!直ぐに戻ります!!」
「ああその前に!!彼女を運ぶのを手伝ってくれ!せめて中に入れてから!!」
「は、はい!!」
ベルが彼女を運ぶ間にヘスティアは地下から布団を持って来て、そこに彼女をうつ伏せに寝かせる。その姿勢は多少苦しくはあるだろうが、とにかく背中の傷が酷い。そして未だに息は荒く、掠れる様なその呼吸はあまりに異様だった。
「ごほっ、ごぼっ……!!」
「ラフォリアさん!!」
「と、とにかくミアハを!!僕達ではどうにも出来ないよ!!」
「い、行ってきます!!直ぐに戻って来ますから!!」
ついに血の塊を吐き出し始めた彼女に、ベルもヘスティアも混乱が増して行く。一体何と戦えばこんなことになるのか、どんな精神力をしていたらこんな状態でここまで戻って来れるのか。急いで飛び出していったベル、しかしヘスティアが彼女の精神力に驚くのはここからだった。
「………馬鹿乳」
「き、気付いたのかい!?もう少し頑張ってくれ!直ぐにミアハ達が来るから!そうしたら……!!」
「……恩恵を、更新……してくれ……」
「えっ……」
「……………頼む」
薄らと開く彼女の眼、碧色の瞳。
ヘスティアは思い出す、数日前にヘファイストスに言われたことを。しかし同時に目の前の子供の、心からの頼みを、ヘスティアにはとても無碍にすることなんて出来やしない。彼女がこうして素直に頼んで来ると言うのなら、それは相当な理由があってのことだ。既に言葉を発するのも困難なくらいだろうに、それでも目と目を合わせて願われた。これを叶えず、どうして神を名乗ることが出来ようか。
「……一度改宗をすれば一年間は変えることが出来ない、それでも僕でいいんだね?」
「………」
頷く様に、彼女は目を閉じる。
ならばもう、やるしかない。
別に恩恵を与えたところで、必ずファミリアに入らなければならないということもない。恩恵はヘスティアのものであったとしても、籍だけはヘファイストスの所に置くことだって出来なくはない。彼女の自由を恩恵で奪うつもりなど、ヘスティアには全くない。
「傷を触らないといけない、だから絶対に苦しいよ。我慢してくれ」
ヘスティアは神血を垂らし、彼女の背中の恩恵を開ける。浮かび上がるアフロディーテの印、"改宗待ち"の状態になっていたそれを自分のものへと書き換えていく。傷に指が触れる度に苦痛の声を漏らす彼女、それでもヘスティアが指を止めることはない。
なんとなく予感はしていたし、この場に来たら確信していた。彼女は恩恵を昇華させるために深層へ向かい、それを成し遂げたのだと。そして恩恵の昇華によって肉体の強度を増し、少しでも生存率を上げようとしているのだと。それは正しい判断だとヘスティアも思う、故にヘスティアも彼女を救うために彼女に苦痛を与えている。
「っ、これは……」
一瞬、ヘスティアの動きが止まる。
見てしまった彼女の恩恵の文字に目を見開き、それでもその驚愕すらも飲み込んで、改宗と昇華を進めていく。……ああ、本当に、本当に馬鹿げたステータスをしていた。これと比べればベルが本当に可愛く見えるくらいに、とんでもないステータスだ。魔法1つ、スキル1つ、どれを取っても普通ではない。普通の眷属であれば、このうちのどれか1つでも発現すれば跳んで喜ぶような代物だろう。
……けれど、ああ、本当に。
世の中は上手く出来ている。
神であっても酷いと思うくらいに、よく出来ている。
「……レベルアップだ。おめでとう、ラフォリアくん。Lv.7昇格だ」
発展アビリティは、当然"魔防"の上昇。
言われなくとも分かっている、彼女に必要なのはそれであると。むしろそればかりを集中して上げて来たのだと。
昇格と同時に、ラフォリアの荒い呼吸が治る。まだ少し調子は悪いが、それでも肉体そのものが強固になった。それだけで延命措置には十分だった。
そして彼女もそれに安心したのか、目を閉じて、意識を落とす。こんな寝顔を見せてくれたのは本当に初めてで、こうして見るとそれはとてもあどけないものにも見えてしまう。……本人に言えば、間違いなく怒るだろうけれど。
「というか僕、下界に来て初めての恩恵の昇華を行ったのがLv.7ってどういうことなんだい。てっきりベル君のLv.2への昇格が最初になるかなって思ってたんだけど」
下界は神の想像を超えてくる。
だからまあ、偶にはこんなことも、あるのかもしれない。