【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
その日、フレイヤ・ファミリアの本拠地である『戦いの野』の円卓の間では、幹部達が一堂に会していた。
その理由は当然、例の一件。
しかしそこに肝心の団長オッタルの姿はなく、話を進めていくのはそれをよく知るヘディン・セルランド。
「死者3人、重傷者43人、うち8人は再起が絶望的。これが今回の被害だ、今はヘイズが【戦場の聖女(デア・セイント)】と共に治療に当たっている」
「……再起が絶望的ってのはどういうことだ、死に掛けでも治されてるような奴等だろ」
「いくらヘイズや【戦場の聖女】であっても、半分液体のようになった脳を完全に再生し、記憶や人格を元に戻すことまでは出来ん。形を整えたところで障害は確実に残る」
「な、なにしたらそんなことになるんだよ……」
「関わりたくないな」
「むしろなぜ治せるのか」
「治療師の方が頭おかしいだろ」
「ク、ククク……そ、それほどの魔法を前にするとなると、さしもの我が右腕でさえも……」
「喋るなヘグニ」
一先ずは状況報告。
ディアンケヒト・ファミリアに支援を要求し、現在はフレイヤ・ファミリアの治療師も全員が出払っている。それ故に普段この本拠地で行われている洗礼(バトルロイヤル)も行われておらず、警戒体制となっていたりする。これほどピリピリとした空気も、数年前の闇派閥との抗争以来か、幹部陣の表情も当然普段より堅い。
「……それで、その女の特徴は?」
「名前はラフォリア・アヴローラ、元ヘラ・ファミリアのLv.6だ。二つ名は【撃災】」
「ヘラだと……?」
「理由は分からんが、今は7年前に都市を襲った"静寂"と同じ格好をしている。今のところオラリオに対して攻撃的な行動は起こしていないが、この街を訪れた理由は不明だ」
「小さい"静寂"ってことか」
「Lv.6って別に大した相手じゃないだろ」
「大した相手ではあるだろ」
「俺達なら余裕だろ」
「ふ、ふふ、我が漆黒の炎であれば塵芥の……」
「"静寂"は魔法を無効化する魔法を持っていたが、"撃災"は物理攻撃を反射する魔法を使う」
「「「「…………は?」」」」
6人の動きが完全に停止する。
それは仕方のないこと、ヘディンとて最初にオッタルに聞かされた時には飲み込むまでに時間が掛かった。それほどに異様な魔法だからだ、それを前にすればレベルの差など簡単にひっくり返る。
「つまり魔法が使えなければ、そもそも勝負にならん。過去の記録とは言え、オッタルはあの女に32戦32敗している。近接戦闘能力も本職を喰らう勢いだ」
「………魔導士、全滅したよな?」
「勝てなくね?」
「いや勝ってこいよ」
「なんで負けたんだよあの脳筋」
「お前も付いて行ったんだろうが、ヘディン。何をどうしたらあの人数差で負けて来れんだ」
「追い詰めた際、"撃災"が突然"静寂"の魔法を使い始めた。全ての魔法を無効化し、リヴァイアサンにトドメを刺したという魔法を使って階層ごと我々を吹き飛ばした。脳に損傷を受けた団員が多いのは、その時の音魔法が原因だ」
「「「「……………………」」」」
全く信用の出来ない馬鹿げた話ではあったけれど、もしそれが本当であったとなら、それは仕方ない、と誰もが思った。
何者かに成り代わる魔法、スキル。彼等はそれを知っていたからこそ、そういうこともあり得るのだと理解出来て、そしてその凶悪さに表情を歪ませる。
「……魔法も無効化されて、物理攻撃も反射されて。それもう勝てなくね?」
「無理くね?」
「無敵じゃん」
「最強じゃん」
「いや、そういう訳でもない」
「どういうことだ」
「オッタルとの会話を聞いていた限り、あの女もその奥の手を出すことに躊躇いがあったように見えた。つまり容易くは使えないのか、若しくは使うこと自体に代償がある」
「く、くく、代償なき力に責務は……」
「つっても使われたら終わりだろうが」
「もう一つは、物理反射と魔法無効、これが恐らくどちらも纏う形式の付与魔法だということだ。つまり物理反射は魔法無効によって無効化される、この2つは両立出来ない可能性が高い。本家の"静寂"もそれによって音魔法の本来の威力が損なわれていたと聞く」
「……つまり、詠唱で判断して適切な攻撃をすればいいんだな」
「詠唱式は覚えてんだろうな」
「物理反射が"エインガー"、魔法無効が"アタラクシア"だ。……とは言え、貴様等が連携など出来るはずもない。魔法と物理攻撃を同時に当てるのが一番容易い、若しくは物理反射の許容量を超えた威力で攻撃するくらいか」
「そう言われると大したことないな」
「余裕じゃん」
「なんであの脳筋負けたんだ?」
「お前らほんと直ぐ調子乗るな……」
未だフレイヤからの指示はないが、ここまでされて黙っていられる訳もない。敵から来るか、こちらから仕掛けるか。敵も相当な怪我をしていた、直ぐにどうこうしてくるとは思えない。
ならば弱っているうちに叩くというのも手だが……
「つうか、あの脳筋は何処行った」
「召集にも来ないとか調子乗ってんのか?」
「責任取って腹切らせろよ」
「脳取り出して確認してやろうぜ」
「……ノームの貸金庫だ、どうもあの女を倒すために15年前から諸々の装備を貯め込んでいたらしい。大剣とローブだけでは足りないと、一通り自室に閉じこもった後、今はそれを取りに向かって行っている」
「気持ちの悪い執着心だな」
「お?浮気か?」
「首か?首でよくね?」
「首斬ってよくね?」
もう正直、そこまで用意していたのであれば最初からお前1人でやってろよと、アレン達も思わなくもない。
実際今回の件についてアレン達としては至極どうでもいいことであり、団員達がやられたことについても別に興味はない。単純にフレイヤの所持物である団員を傷付け、その顔に泥を塗った行為に怒りはあるが、むしろ後者に関してはオッタルに対しても怒りがある。
その辺りを踏まえれば強者に対する挑戦という意味での興味はあれど、オッタルが自分で解決しろと言いたくもなる。勝とうが負けようが不利益はない、むしろ負けて女神からの信頼を落としてくれた方が好都合というくらい。
……ただ、彼等は見誤っている。
そもそも、オッタルが説明をしなさ過ぎている。
恐らくダンジョンの中であった限りでは、ヘディンも気付けてはいなかった筈だ。あの時の"撃災"は、久しぶりに会ったオッタルの前だからこそ、まだ平和的な言動をしていたということを。
……本来の彼女は、そう。
【灼熱の激心、雷撃の暴心、我が怒りの矛先に揺らぐ聖鐘は笑う】
暴言を言われようものなら、殴り飛ばして。
【泡沫の禊、浄化の光、静寂の園に鳴り響く天の音色こそ私の夢】
殴られでもしようものなら、半殺して。
【故に代償は要らず、犠牲も要らず、対価を求める一切を私は赦さない】
襲撃なんて受けようものなら、激昂して、殲滅する。
【これより全ての原罪を引き受ける。月灯に濡れた我が身を見るな】
横暴、理不尽、破壊の権化。
理由など必要ない。
……ただ気に入らない物を、焼き尽くす。
【泣け、月静華】
彼女は間違いなく、暴君だったのだ。
【クレセント・アルカナム】
「爆砕(イクス・プロジア)」
「っ、なんだ今のは!?」
ホームの入口の方から聞こえてきた特大の爆発音、そして団員達の悲鳴。
「っ!?まさか……!!」
そのまさかに違いないと、誰もが悟る。
爆発音は止まらない。
むしろ力を増して近付いて来る。
この本拠地そのものが大きく揺らぎ、外で待機していた多くの団員達の怒声も、爆発と共に数を減らしていく。
幸いここに女神フレイヤは居ない、しかしだからと言って守るべきものが何もないということではない。そして意外にも一番早く動き出したのはヘグニだった。
「っ、待て!ヘグニ!!」
「さっさと行くぞ!」
「舐めくさりやがって!」
「叩き潰してやる!」
「ちょ、待てお前ら!!」
続いてガリバー4兄弟、ヘディンと長男のアルフリッグの制止を聞くこともなく走って飛び出して行った弟達。アルフリッグも仕方なく後を追ったが、そうなるとここに残ったのは残り2人。
「……貴様は行かないのか、アレン」
「……こいつ(槍)だけじゃ勝てねえ、って言ったのはテメェだろうが」
「オッタルも直ぐに戻るだろう、だがそれより先に対処する。あの脳筋を蹴落とす良い機会だ、協力しろ」
「チッ」
「………?」
爆発音が止む。
未だヘグニとガリバー兄弟が出て行ってから数十秒と経っていない。
異変を感じたヘディンとアレンは一度視線を交わすと、直ぐ様に走ってドアを蹴破った。普段はいがみあっているが、今日ばかりは手を取った彼等2人。意外にもその息はあっている。
そうして幹部以外に立ち入りを許されていない円卓の間を飛び出し、階下に見た光景は……
「……漸く頭の冷えてそうな奴等が出て来たか」
晴れ晴れとした晴天の下であるにも関わらず、崩落した天井から覗く月明かりに照らされている灰髪の女。
足元に転がっているのは、身体を一様にぶった斬られて蹲るガリバー4兄弟。そして首を掴まれ、焼け焦げた姿で意識を失っているヘグニ・ラグナール。
他の団員達に関しても、1人残らず立っている者は存在しない。
瓦礫に埋まり、爆発に巻き込まれ、ガリバー兄弟達のように剣で切り刻まれて呻いている者も多く居る。
……傷一つ付いていない、ということはない。
恐らくヘグニの魔法:バーン・ダインの直撃を受けているような痕跡がある。問題はそれが、あまりにも効いていないということ。女は息一つ乱しておらず、血の一滴すらも流していない。むしろ負ったはずの傷が、徐々に治り始めているのをヘディンは確認する。
「っ、設置型の回復魔法か……!!」
僅か上空に浮かぶ月の写身。
それが照らし出す光の下に自分達は、そしてあの女は居る。
これがオッタルの言っていた、あの女の真の3つ目の魔法。その詳細な効果は分からなくとも、ヘディンとアレンは武器を構えた。
「……期待外れにも程がある」
「っ」
「レベルが高いだけの個人主義など脆過ぎる。身内のみで完結した"しょうもない"連携も、同時に斬ればこのザマだ」
「テメェ……調子乗ってんじゃねぇぞ」
「調子に乗っているのはどちらだ、有象無象」
「あぁ?」
「良くもまあこんな愚かしい屑共が女神を守るなどと恥ずかしげもなく口に出せたものだな。正直失望した、これと比べればロキ・ファミリアの方がまだ将来がある」
「ンだと……」
「貴様等には泥を飲む覚悟が足らん」
「!」
女が剣を構える。
瞬間、アレンの背筋を通る寒い気配。
彼はそれを知っている、その構えを知っている。
「さっさと降りて来い、全員教育し直してやる。……あの馬鹿猪に代わってな」
「上等だ!!!」
「チッ」
相手の魔法のことを教えたにも関わらず、速度に任せて行ったアレンにヘディンは舌打ちを切る。都市最速の称号を持つ彼の速度に、ヘディンが魔法の着弾を合わせられる筈もない。
……しかし意外にも、彼の攻撃は通っていた。
通っていたというか、鎧に反射される前に剣で防がれていた。
(魔法を使っていない……?つまり既に魔法無効を使っている?)
だとすればヘディンに出来ることは何もない。いくら魔法剣士と言えど、あれほどアレンが暴れている中に立ち入ることなど出来る筈もない。
「オラオラオラオラァ!!散々つけ上がりやがった癖にその程度かァ!!」
「己が測られていることにも気付かんのか、愚かしい」
「っ!?」
二十数にも至る防御の末、初めての反撃にアレンが吹き飛ぶ。そして確信する。その剣技をアレンは受けたことがある、そしてそれを前にオッタルが敗北した姿をこの目に焼き付けたことがある。
「『微風のごとく軽過ぎる』」
「テメェ!!」
その言葉で確信した。
7年前に"撫でられただけ"で地に伏せられた、あの忌まわしい記憶。まるでその時から何も変わっていないとすら言われているような屈辱。
ああ、間違いなくこれは……"暴喰"の剣技。
「これであればこちらの黒妖精の方がまだ見込みがあったか。こいつは最初の一太刀で気付いて距離を取った、直ぐ様に魔法に切り替えたところは流石年の功というものか。……とは言え、色々な意味で魔法に逃げる癖は直すべきだろうが、それもそうは時間もかからないだろう」
「一緒にすんじゃねぇ、俺はテメェの惰弱さを魔法で誤魔化してるような奴とは違う」
「………分かった。もう良い、もう十分だ。これ以上私を失望させる前に、私の目の前から消え失せろ」
『死鏡の光(エインガー)』
『永伐せよ、不滅の雷将!!』
物理反射の絶対防御。
それを発動させた瞬間に、ヘディンは用意をしていた莫大な魔力を発散させる。アレンの戦闘の渦中に飛び込めないと悟った時から、ヘディンはこの瞬間のために傍観することを決めていた。
『ヴァリアン・ヒルド!!』
同時に鎧を発動出来ないのだとしたら、物理反射の魔法を発動した瞬間であれば絶対にダメージを与えられる。故にヘディンはここで自身の持つ最大の雷魔法を解き放った。
近くに居たアレンをも巻き込むほどの極大の魔法攻撃、これに生きて帰ったものなど皆無に等しい最大の絶技。そしてそれは彼の狙い通りに魔法無効を持たない彼女に直撃し、館を半壊させるほどの余波を持って焼き尽くした。
あのオッタルでさえ、これを前にすれば回避以外の術を持たない。
アレンの回避も何とか間に合い、しかしガリバー兄弟やヘグニ達は吹き飛ばされた。
傷付いた仲間諸共となってしまったものの、ここまでしなければ勝てない相手であると。ヘディンはそう判断したのだ。
「……やはり、お前は良いな」
「「っ!?」」
しかし唯一予想通りに行かなかったことがあるとするのであれば、それは。
「そうか、お前がこの屑共の実質的な司令塔か」
「…………なぜ、生きている」
ダメージは与えている、確実に直撃した。
しかし女は生きているし、ダメージも少な過ぎる。
むしろその損傷は月の光によって直ぐ様に回復し始め、女自身も口に笑みを描いてヘディンの方へと視線を向けている。
「種明かしをしてやろう。……上空に浮かぶ月の光、貴様の想像通り設置型の回復魔法だ」
「…………」
「瞬間的な回復力は然程なく、詠唱も無駄に長い上に使用魔力も多い。その上、天井の低い階層では失敗する上に、詠唱文自体も至極腹立たしい」
長文詠唱魔法:クレセント・アルカナム。
アルフィアとは違い、彼女の3つ目の魔法は攻撃魔法ではなかった。
故に彼女ほどの暴力的な殲滅をすることはラフォリアには出来ない、リヴァイアサンにトドメを刺すことなど出来ない。
ラフォリア自身あまり好きな魔法ではなかったが、それでも彼女は、この魔法を"有用"であると感じていた。爆破魔法でさえ納得していなかった彼女がだ。
「この魔法には回復効果以外にも付随効果が存在する」
「………なんだ、それは」
むしろそちらこそがメイン、それを求めてラフォリアは好ましく思っている。そしてかつてのオッタルや先日の一件の中でも、彼はそれだけは絶対に発動させないように立ち回っていた。これだけは絶対に使わせてはならないと、それだけは徹底した行動を取っていた。
「魔法防御力の向上だ」
「「!!」」
何故なら、その防御力を上回るほどの圧倒的な魔法攻撃手段でもない限り……それこそ"静寂"ほどの力でもない限り、敗北が確定してしまうから。その2つの魔法を両立させたが最後、正攻法で彼女に勝てる存在などオラリオではリヴェリアくらいしか存在しなくなってしまうから。
しかし当然、Lv.6たるヘディンにもその枠に入る程度の力量はあった筈だ。彼の魔法はそれほどに凄まじい。ダンジョンに存在する小島程度ならば容易く消し飛ばす。だというのにこうなった理由を強いて挙げるとするのなら……
「もし恩恵の昇華をして魔防のアビリティが向上していなければ、先程の雷撃も危なかったな」
「っ、やはり貴様レベルを上げていたか……!!」
「さて、そろそろ終わらせるぞ。……私にはこれから、待ち合わせをしている馬鹿な男が居るからな」
剣を足元に突き刺し、女は右の掌をヘディン達の方へと差し向ける。
「『爆砕(イクスプロジア』」
爆発は起きない。
起きた現象は、掌に徐々に姿を現し始める超高密度の魔力の塊。
範囲指定の集中、尋常ならざる重ね掛け、鼓動する空間、鳴り響く魔力、死へと誘う殺戮の鐘が2人の本能を呼び起こす。
……逃げなければ死ぬと、そんな単純で誰にでも分かることを声高らかに脳が叫ぶ。だがそんなことは許されない、そんな無様なことは許されない。大衆が見ている、女神が見ている、逃げ出すことなど決して許されることではなく、そもそも自分自身が許さない。
「そら、どうにかせねば地に這いつくばっている同志が死ぬな」
「「っ!!」」
「「「「このクソババァ!!!」」」」
笑うラフォリアを四方から囲うようにして、同時にその身体を引き起こし隠していた魔剣を振り下ろしたのはガリバー兄弟だった。
4人共に重傷を負い、しかしそれでもと最後の力を振り絞った。
これならばどちらにしても攻撃は通る、油断しているこの女に確実にダメージを与えられる。彼等はこの瞬間を待っていた。
……だがアレンとヘディンからは見えている。
その悪魔の様な女が上空に掲げた超高密度の魔力球。女はガリバー兄弟達のことなど気にすることなく、只々自分達を試す様に見ているのだ。自分達がどんな行動を起こすのかを見ているのだ。
ああ、そうだ。
この女はガリバー兄弟が隙を狙っているのを知っていた。
彼等がこうして襲い掛かるのを待っていた。
だからヘグニとは違い、彼等の意識までは奪わなかった。
そしてそれはつまり、先程言っていた"同志が死ぬ"という言葉の真意は間違いなく。
「………ッ、クッッソ野郎がァァァア!!!!」
「永争せよ!!不滅の雷兵!!!カウルス・ヒルド!!!!」
ガリバー兄弟達の攻撃が女に届く前に、アレンは全速力でドヴァリン、ベーリング、グレールを抱える。その隙にヘディンは雷魔法を女とアルフリッグの間に割り込ませ、そのままにアルフリッグを肩に担ぎ、倒れていたヘグニを拾う。
彼等が選んだのは攻撃でもなく、防御でもなく……逃走。
何より屈辱的であり、何より許せない選択を、2人は取った。
それは自分でも女神でもなく、他者である同志達のため。
そして圧倒的な強者を目の前に、7年前のオッタルの様に、逃げて、生き残り、最後には勝利を得るため。
彼等はここに来て彼等自身の長と同じ境地に至ったのだ。
屈辱の泥を啜り、敗北を認め、這い蹲り、歯を噛み締め、拳を叩き付け……それでも前に向けて、走り続ける。
「……ああ、そうだ、そうでなくては」
ラフォリアは笑う。
満足そうな笑みを浮かべて、泥臭くも背中を向けた男達の姿に、嬉しげに目を細める。その背中にかつて見たあの敗北者の大きな背中を重ねて。決して途絶えてはいなかった必死な男の意思を見据えて。
【撃災(カラミティ)】
スペルキーが紡がれる。
極限まで高まった魔力の球が解放され、女の右手を中心に、極大の蒼色の爆発が引き起こされる。
跡形もなく吹き飛ぶ『戦いの野』。
その余波はオラリオ全土に広がり、バベルとダンジョンをも大きく揺るがした。
……爆風の矛先は背中を向けた男達に向けられており、彼等は例外なくその意識を刈り取られる。吹き飛ばされ、叩き付けられ、それでもなお殺してはいない。もし判断が遅れたのであれば、もし退くことが出来なかったのなら、もし仲間達を見捨てて攻撃を仕掛けて来たのであれば、彼等は全員死んでいただろう。
ラフォリアが最初から決めていた爆風の影響範囲から、彼等は自分達の判断で逃げ出すことが出来たのだ。"間違い"を起こすことはなかった。正解を選び取ることが出来た。
ラフォリアが失望することはなかった。
むしろ希望すら与えてくれた。
ここでその判断を下せたのであれば、きっと、その時になっても"逃げる"という選択肢が取れるだろう。圧倒的な絶望を前にしても、決して諦めることなく、未来に託すことが出来る筈だ。
彼等はただの女神の操り人形ではなかった。
「なに、直ぐに追い付ける。……別に私は女神を崇拝するお前達を否定する気はないからな」
だが、これにてフレイヤ・ファミリアは壊滅した。
もうこの場に起き上がれる者は残っていない。
都市最強のファミリアは、ただ1人の女によって全滅した。
ただ1人の暴君によって叩き潰された。
最後に残った、あの男以外は。