【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
「……よくもまあ眠れるものだな、本当に」
脚を引きずり、女は倒れた男の元へと歩いて行く。
最後の一撃、その余波によるダメージは甚大であった。
しかしそれでもなお、女を倒すには至らなかった。男が不死身と見紛うほどの精神と肉体の屈強さを見せつけた様に、女もまた同様であったからだ。
……この日この戦いにだけは、決して負ける訳にはいかなかった。
「まさか本当に、私の魔法を力だけで破るとは。名実共に脳筋だな、嬉しいか?」
男は答えない。
ただし生きてはいる。
ダメージは甚大であるため楽観視出来る状態でないことは確かだが、それでもなお生きている。むしろ寝息を立てているくらい。
ラフォリアは彼の頭の側に座り、溜息を吐いてその頭を撫でる。
「強くなったな……本当に」
まさかあの意志と図体くらいしか取り柄のなかった男が、ここまでになっているとは。一体誰が想像出来ただろうか。
……いや、想像出来ていた人間は多かったのかもしれない。
彼が喧嘩を仕掛けても決して命までは奪わなかった、ヘラとゼウスのファミリアの団員達。ラフォリアだけが特別にこの男のことを見初めていた訳ではない。しかしそうなった理由の中に僅かでも自分の存在があるのであれば、それはとても嬉しいことだとラフォリアは思う。
「ごほっ、ごほっ………………ふふ、私も頑張った方か」
戦闘が落ち着いたのを確認したからか、周囲を包囲していた冒険者達が降りて来る。その先陣を切ったのは、女神フレイヤを抱えたフィンと、女神ロキを抱えたシャクティ。その背後からついて来るガレスとリヴェリア。……何を言われようが、もう構わないとラフォリアは思っている。追放されるのであれば、そうなった時のことも考えてはいた。
「……ラフォリア、これで全部終わりということで良いのかな?」
「馬鹿なことを言うな、最後に一つ残っていることがあるだろう」
ラフォリアは最後にもう一度だけ立ち上がり、自身とオッタルを見ていたフレイヤの目の前に立った。
何をせずとも魅了を発揮している様な女神を前に、しかし彼女は表情を変えることはない。目と目を合わせて、向かい合う。
パンッ!!
直後にフレイヤを襲ったのは、軽く走った頬への痛み。危うく倒れそうになるほどの威力ではあったが、逆に言えばLv.7の力で叩いてもそれくらいにしかならない程度に加減されるほど。
美の女神の顔面を叩いたという事実に、それを見ていた冒険者達は驚くが、ロキも含めた一部の神々はその様子を神妙に見守る。
「これで許してやる」
「え……?」
聞き返したのは、フレイヤの方。
「……いいのかい、ラフォリア。もし最悪の事態になっていたら、君は本当に」
「何人かこいつの眷属を殺したからな。それと今回の件の責任は当然全てこいつに擦り付ける。そのためにもファミリアをしっかり立て直して貰う必要がある」
「あ、そういう……」
今回の被害、果たしてどれほどのものになるだろうか。
当然ギルドからも罰金なりなんなりは来るだろうし、そもそも彼等の本拠地を含めた周辺地帯が完全に壊滅したのである。修繕費なんかを考えれば、それはもう暫くフレイヤ・ファミリアの眷属達はダンジョンに走り込みに行かなければならないレベルだろう。そしてラフォリアは自身にも掛かるであろうそれを、フレイヤに全て擦り付けると言った。ならばもう、そうなるのだろう。女神フレイヤにそれを拒否する権利はない。
「……分かったわ、今回の件の負債は全て私達が引き受ける。これでいいのね」
「ああ、それと生き残っている全ての眷属に伝えておけ。『お前達が負けたせいで自分は顔を殴られることになった』とな。そうすれば少しは危機感も湧くだろう。個だけの力の集まりなど、より大きな個を前にすればゴミに等しいと」
「……ええ、しっかり伝えておく」
「ならばいい……っ」
「お、おい」
ふらりと倒れそうになった彼女を、シャクティが受け止める。
今はリヴェリアがオッタルの治療を行なっているが、それも直ぐにディアンケヒト・ファミリアの眷属達が来ればどうにかなること。ラフォリアもシャクティに手渡されたポーションを飲み込み、悪かった顔色を少し戻す。
「お前は本当に、なんという無茶を……」
「仕方ないだろう。フレイヤ・ファミリアを締め上げるには、今しかなかった……」
「2日前に受けた傷も治っていないだろうが」
「……だからと言って、オッタルが弱かった訳ではない。もしこいつが完全な装備で来ていたら、万全の私であっても厳しかった」
「分かっている、言われなくとも誰もそんなことは言わん」
「……それに、フレイヤ・ファミリアのケツを蹴り上げる良い機会でもあったからな」
「「「!」」」
ラフォリアの言葉に、驚いた顔をするのはその場に居た全員だ。
「ロキ・ファミリアは、ダンジョン探索で蹴り上げていくつもりだった。だがフレイヤ・ファミリアはそうはいかん。……だからこそ、お前達がああして狙って来てくれたのは、私にとっても好都合だったという訳だ」
「………貴女、やっぱり」
「私は、ザルドとアルフィアとは違う……奴等とは違うやり方で、お前達を……ごほっごほっ」
「ラフォリア!?」
「……なんでもない。だがこれで、正真正銘オッタルから"都市最強"の称号は奪ってやれた。これを見た冒険者共も、触発されるだろう。私に負けた奴等も、今まで以上に死に物狂いになる筈だ。……それは当然、お前達もな」
「っ」
やり方は違う。
けれど本質は同じだ。
彼女は自分達の壁になる。
……否、壁になってくれた。
彼女の言う通り、これからオッタルは再びその壁を乗り越えるために、これまで以上の努力を続けることになるだろう。敗れたフレイヤ・ファミリアの団員達はそんな彼を追って脚を早めるであろうし、この場に居た冒険者達も改めて実感した筈だ。……ゼウスとヘラの眷属という存在を、そしてそんな彼等でさえ敗れたという黒龍の脅威を。そして思い出した筈だ。そんな彼等に負けぬ様、争い続けていた日々を。
「女神フレイヤ」
「なにかしら」
「私は貴様の恋愛事情に口を出す気はない」
「!」
「好きにしろ、その末にどうなろうと私は知らん。だがせめて、誰に語っても恥ずかしくない恋愛をすることだな。……恋愛などしたこともない私に、こんなことを言わせるな」
「……ふふ、ごめんなさい、そればかりは約束出来ないかもしれないわ。私、今回は本気なの。本気で愛してしまったから、場合によっては貴女ともう一度戦うことになるかもしれない」
「……そのつもりはない」
その言葉を最後に、ラフォリアはシャクティを無理に使って駆け寄って来たディアンケヒト・ファミリアの方へと歩いていった。
まあ本当に、よくもまあここまで荒らしたものだと言わんばかりの有様。これからの復興のことを考えるとギルドも頭を抱えること間違いなしではあるが、7年前の抗争よりもずっとマシであることは間違いない。
「ところで【勇者】、イシュタル辺りがこの機を見計らって攻めて来そうなものだけど……どうかしら?」
「それは無いから安心してくれて良いよ。この件に関しては、第三者の介入を確実に阻止するようにギルドから命令が出ている。もし介入をする者が現れた場合は、僕の権限でこの場にいる全ファミリアの総力を持って叩き潰すことになってるからね」
「そう……ウラノスの仕業かしら?」
「いや、どうやらラフォリアがここに来る前にロイマンの顔面にその旨を叩き付けていたらしい。邪魔をされたくなかったそうだ」
「……だからギルドの対応が異様に早かったのね」
「そのおかげで僕も色々と動き回る余裕が取れた。……この機に乗じて怪しい動きをしているファミリアは網にかかる筈さ」
「ほんと、抜け目無いわよね」
もしかすればロイマンの体重がここ数日で5kgほど落ちてしまうのではないかというくらいであるが、7年前のあの事件の際にも食欲だけはあった彼だ。むしろそれについては問題ないだろうとフレイヤは微笑みながら、オッタルの側に座り込む。
……負けたというのに、なんと清々しい顔をしているものだろうか。
それほどに彼の中には色々な思いが溜まっていたのであろうことを考えて、ラフォリアがそうしていたように、フレイヤもまた彼の頭を撫でる。
「なあフレイヤ、どうしてラフォリアを狙ったんや?ヘラの眷属やから、って話でもないんやろ?」
「……そうね。正直、悔しいのは本当よ。結局、またヘラに負けたようなものなんだから。ヘラの眷属であった彼女を自分の物にしたいと思ってたのも本当」
「でもそんだけんやないんやろ?」
「……オッタルがね、なんだか凄い顔をしたの」
「は?」
「あの子が生きていて、今この街に来ているって話をした時にね。オッタルが今まで見たこともないような凄い顔をしたの」
「へぇ、彼が……」
「それから珍しく私の側付の役割をアレンに任せてね。自室に籠ったり、貸金庫に行ったり、武器や防具の調達に行ったり、それなのに何だか私の側に居る時よりずっと生き生きとして、嬉しそうだったから……」
「嫉妬したんか」
「ええ、そう。それに私、元々『"静寂"より先に見つけていれば』って思うくらいには彼女のことは気に入っていたから」
どうやらそれはロキも初耳だったらしく、素直に驚いていた。
ラフォリアがこの街に戻って来た時点で、オッタルの中に潜んでいた15年前の自分が表に出て来てしまって、それを見たフレイヤも色々と感化されてしまったということなのか。……けれど、実はフレイヤが彼女を欲しがった理由は他にもあった。
「……それと少し、試してみたいこともあってね」
「試すって、なにをや?」
「もし彼女を私の物に出来たとして。……彼女とオッタルとの間に子を産ませたら、どんな愛らしい子が生まれるのかしらって」
「「「「「ぶっ」」」」」
これには流石にフィンも吹いた。
「な、な、な、な、何言っとんねんお前!?」
「だって私のファミリア。そろそろ良い年齢の子も多いのに、誰も子供を見せてはくれないのよ?1人くらいそういう子が居てもいいじゃない。……私だって子供は好きなのに」
「そらそうやろ!頬膨らませんな!自分の眷属の方向性考えたら当たり前や!!……ってか嫌やないんか!?」
「それはまあ良い気分はしないけど……私の知らないところでするのならまだしも、私の見ているところでやるなら問題ないわ。2人とも私が抱いてあげるってのも考えていたわね」
「最低や!!」
「仕方ないでしょ。オッタルの相手の候補となると、あの子くらいしか居ないんだもの」
「お前ほんまそれ絶対誰にも言うんやないぞ!絶対やからな!!!」
「……これを聞かせたら、オッタルが本当に泣くかもしれないね」
「ラフォリアはもう一度殴りに来るんじゃないか……?」
「他言無用、ここから外には絶対に出してはならん思惑じゃな」
こうして女神の思惑は、見事に叩き潰された。
その後に治療院で目を覚ましたオッタルに対して、フィン達が異様に優しい目を向けていたのは、まあ仕方のないことなのかもしれない。
「何をやってるんだ君はーー!!!!!!」
「………喧しいな。ここは治療院だぞ、馬鹿乳」
「君に世間常識を唱えられたくはないやい!!本当の本当の本当に何をやってるんだー!!」
例の抗争の次の日、ディアンケヒト・ファミリアの治療院。
今や大量のフレイヤ・ファミリアの眷属達が治療を受けているその場所の個室で、寝ながら本を読んでいた呑気な彼女の元に、ヘスティアは必死の形相で現れた。そこにベルの姿はない。
「君は2日間、つまり昨日まで大人しくしてるって約束したじゃないか!!それなのに約束も破って、どころかこんな!フレイヤのファミリアを!襲うなんて……!!」
「見張っていなかったお前が悪い」
「これ僕の責任になるのかい!?」
「そもそも【戦場の聖女】とやらのせいで治療が早過ぎる、休んでいられる余裕が無かった。結果上手くいったのだから問題なかろう」
「問題しかないやい!!」
「ああ、それとベルはどうした?今回の件はなるべくあいつには言うなよ、説明が面倒臭い」
「言うつもりもないし、言えないよ!!こんなの伝えたらベル君がショックで死んじゃうよ!!」
「どうせいつかは知ることになるがな。もういいから落ち着け馬鹿乳」
「へぶっ!?」
いつまで経っても怒りが収まらないヘスティアの顔面目掛けて、近くに置いてあった果物の皮が投げ付けられる。
仮にも神の顔にゴミを投げ付けるのだから、不遜が過ぎる。しかし女はいつも通りの顔をして近くにあった水を飲むのだから、本当に太々しい。
「こほっ、こほっ」
「……?どうしたんだい、風邪かい?」
「いつものことだ。……それで?何のようだ?」
「いや、普通に心配で来たに決まってるだろう?」
「なんだ、てっきり恩恵を刻んだ関係でギルドからの罰金が来ないか心配になって来たのかと思っていたが」
「そうなったら君に頑張って貰うしかないし、そもそも僕はベル君の武器のためにヘファイストスから2億の借金をしているんだ。今更それが3億になろうが4億になろうが変わらないよ」
「……結構な懐の広さだな、胸のデカさと比例するのか?」
「余計なお世話だ」
そもそもベルのためにそこまでのことをしていたとはラフォリアも露知らず、ちょっと引いたような目で彼女を見るが。ラフォリアも他人から見れば引かれるようなことをしているのだから、まあある意味で似た者同士だということ。
それに別に、そもそもそんなことには決してならない。
「だがまあ、気にするな。その辺りの負債は全て女神フレイヤに押し付けてある、その上そもそも私はお前のファミリアに正式に所属している訳ではない」
「いや、そうは言っても……」
「別に恩恵だけを受け取っている者など何処にでも居る。普段は好き勝手やって、更新だけをしに来る輩もな。結局そういった輩はギルドでは把握出来ない。故に私が何処で何をしようが、お前が何も言わなければ誰にも分からん」
「う〜ん……でもなぁ……」
「余計な負債を抱え込もうとするな。それが貴様1人の問題であるのならばまだしも、お前にはベルが居るだろう」
「……!」
「私はお前の善意を利用したに過ぎん、つまりお前は今回の件に関しては完全な被害者だ。……そうしておけ、あいつを余計な事に巻き込ませんためにもな」
「………うん」
悔しいが、今のヘスティア・ファミリアにフレイヤ・ファミリアとどうこうするような力はない。ヘスティアにそれ以外の選択肢など選べない。
今のところヘスティアとラフォリアの関係は、ただ恩恵を入れただけ。そんな関係の神と眷属は、例えば例の酒場の女店員の中にだって何人も居る。
それにヘスティアは彼女の何かを知っている訳でもなく、どうしてこんなことになったのかも知らないし、教えてすら貰えない。信頼関係など、あってないようなものだ。本当に大切なことすら教えて貰えないのであれば、それは偽りとまでは言わなくとも、強いものでは決してない。
「……それで、ベルはどうした」
「ああ、今はまだ寝ているよ。ベル君も昨日は色々大変だったみたいなんだ、サポーターくんの件でね。もう解決したみたいだけど」
「そうか、それは何よりだな」
ちなみに話は逸れるが、実は一番大変だったのはロキ・ファミリアだったりもする。
あの場にアイズが居なかったのは、ベルを助けに行った直後にヘルメス・ファミリアと共に24階層へ向かったからであり、遠征の準備や地下水路の調査なんかの予定していたことも全部後回し。その上でアイズから24階層へ行くという話を聞いてしまって、もうとにかく動かせる人間を動かした結果、その彼等まで怪我をして帰ってくる始末。しかもヘルメスの眷属の中には死者すら出たほどだ。そこには闇派閥の生き残りであるオリヴァス・アクトが居たり、それが18階層で遭遇した怪人と手を組んでいたりして……
絶賛彼等は頭を抱えて会議の最中である。
「……それで、君はこれからどうするんだい?」
「暫くはロキ・ファミリアのケツを叩く。遠征にも協力してやるつもりだが、フレイヤ・ファミリアにも多少の肩入れはしてやるつもりだ」
「はぁ〜、君は本当に凄い人なんだねぇ」
「今やれることは、今しておくに限る。神の眷属と言えど、いつまで立って歩いていられるかは分からんからな」
「耳の痛い言葉だなぁ……」
「それと、いい加減に新しい本拠地も探しておけよ。あと1月くらいは猶予をやるが、それ以降は容赦なく追い出すからな」
「本当に耳の痛い言葉だなぁ!?」
「幸い、深層に行って金も出来たからな。今直ぐにでも買い戻せるが、私もそこまで鬼ではない」
「く、くぅ……何も反論できない……」
「家賃を払うのであれば、もう一月くらいは考えるが」
「……どれくらい?」
「月7万」
「だ、妥当かもしれないけど今の僕達にはキツい……!!」
「努力しろよ」
「ひぃん」
ヘスティアは泣いた。