【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者17:猛者

さて、それからヘスティアも病室から出て行った後。大体30分くらいラフォリアが再び本に目を通していると、また新しい足音が聞こえて来る。足音の数は2つ、男と女。

ラフォリアは笑みを描いて本を閉じる、病室に入る扉はヘスティアに開けたままにさせておいた。

 

「元気そうだな、元"都市最強"」

 

「………ああ」

 

「私は無視なの?」

 

「お前はいつも通りだろう」

 

「酷いわね、私だってショックは受けているのに」

 

あれほどの怪我を負っていたにも関わらず、もうすっかり治されたのか。彼の女神と共に現れた"元"都市最強。

ヘスティアを使って並べさせた2つの椅子に、ラフォリアは座るように誘導する。

 

「……それで、ギルドからの通達は?」

 

「約束通り、街の修繕とギルドからの罰金は全部私達の方で請け負うことになってるわ。今は眷属総出で金策中、アレン達は早速今日から緊急の遠征に向かったところよ」

 

「ほう、多少なりとも仲間意識が芽生えて来たようで良かったじゃないか」

 

「ふふ、それはどうかしら。貴女という一番の敵が出来たからこそじゃない?……それと、しっかり伝えておいたわよ。『貴方達が不甲斐ない所為で私は頬を叩かれる羽目になった』ってね」

 

「それは良い。お前のせいだぞオッタル、反省しろよ」

 

「お前がそれを言うのか……」

 

ラフォリアが軽口を叩き、オッタルがそれを受け入れて指摘する。そんな何でもない言葉の交流も、本当に久しぶりのことだった。口より先に手が出て、言葉より先に力で理解を深めるのだから、本当に何処の戦闘民族だとフレイヤは思わざるを得ない。自分のやんちゃを棚に上げて。

 

「………それで、貴女はどこまで答えてくれるのかしら?」

 

「さあな。オッタルに負けていたら全て話さざるを得なかったが、私が勝ってしまったからな?」

 

「……………」

 

「だがまあ、私の予想以上に奮闘したことも含めて2つまで機会を与えてやる。感謝しろよ、オッタル」

 

「………調子に乗りすぎだ」

 

「今乗っておかずに、いつ乗る気だ?私は常々思っている、勝った人間は負けた人間を盛大に煽るべきだとな」

 

「最低が過ぎる……」

 

「それほどでもない」

 

何を謙遜しているのだとも思ってしまうが、しかしこの2つという褒美は、オッタルにとって何より欲しかったものだ。それが1つであったとしても、彼は喜んでいた。それほどにまで知らなければならないことが、彼にはあったからだ。たとえそれが恵んで与えられたものであったとしても、彼には分からないことが多過ぎる。

 

「それじゃあ、核心から斬り込んでいくのだけれど………貴女は21階層で"静寂"の魔法を使ったと聞いたのだけれど、どうして貴女が使えたのかしら?」

 

「………個人的にはあまり話したくないことの一つだな」

 

「スキルか……?」

 

「そうだ、スキルだ」

 

オッタルが何よりも驚いたあの光景、そしてそれは予想通り彼女の新しいスキルによるものだったらしい。

他者に変身する魔法は珍しくも存在は確認されているが、それがスキルともなればどれほど珍しいものか。それは多くの冒険者達を見て来た彼等だからこそよく知っている。

 

「効果は、"静寂"の模倣か……?」

 

「違う、ステイタスの再現だ」

 

「!」

 

「奴の魔法を私が模倣した訳ではない、私のステイタスが一時的にあの女のものと同等になっていた」

 

「……つまり、貴女が本来持ち得る全ての魔法やスキルが無くなり、"静寂"の魔法やスキルが置き換わっていた。そういうことかしら」

 

「早い話がそうなる。使用すると容姿まで変化するからな、目の色が一時的に変わっていたのもそのためだ」

 

「そういうことか……」

 

ということは、要するに。

ヘディン達が恐れていた様な物理反射と魔法無効の同時使用どころか、2つを器用に使い分けることも難しかったということだ。それほど扱いやすい代物ではなかったらしい。こう聞くと対処法も思い浮かんで来るというもので、むしろそれほど分かりやすい変化があるのであれば、"静寂"の魔法を警戒するのはその変化を見てからでも良い。

……そうしてオッタルは次の勝負のために思考を纏め始めてしまう、大切なことに全く気付くことなく。

 

「本当にそれだけ?」

 

「……フレイヤ様?」

 

「…………」

 

「まだ隠していることがあるんじゃないかしら、ラフォリア」

 

「…………」

 

問い詰める様に彼女を見るフレイヤに対し、ラフォリアは表情を無に変えて黙秘を貫いた。既に1つ目の疑問には答えたということなのだろうか。それとも単純にそれだけは言いたくはないというのか。

 

「オッタル、申し訳ないのだけれど2つ目の質問も私がさせて貰ってもいいかしら」

 

「それは……構いませんが……」

 

「………チッ」

 

「それなら2つ目の質問なのだけれど……」

 

 

 

 

 

「貴女、どれくらい身体を悪くしているの?」

 

 

 

「っ」

 

オッタルは目を見開く。

そしてフレイヤとラフォリアの顔を交互に見る。

………そして、気付いてしまった。むしろ、気付くのが遅れ過ぎているくらいだった。それほどに明確におかしなことが今、こうして目の前には存在していた。

 

「ラフォリア………何故お前は、未だに治療を受けている……?」

 

「…………」

 

「あれほどの怪我をした俺でさえ、こうして既に出歩いている。……にも関わらず、何故お前は未だここに居る?」

 

【戦場の聖女】が後回しにしている、とは考え難い。彼女の手腕を考えれば、ラフォリアの治療など手隙の時間で直ぐ様に終えていた筈だ。それほど彼女の能力は優秀であり、ラフォリア自身もそこまで大きく怪我をしていた筈もない。むしろオッタル自身の方が死の数歩手前まで来てしまっていたため、優秀な治療師達の力を借りながらばならなかったほど。……つまりこうして未だ治療院に居るということは、普通に考えてオッタルよりも彼女の状態が悪いということで。

 

「……っ」

 

「何に気付いたの?オッタル」

 

「……21階層から立ち去る際、お前は咳をしていた」

 

「…………」

 

「あの場で私を叩いた後も、貴女は咳をしていたわね。それも多少の喀血をするくらいに」

 

「…………」

 

「答えなさい、ラフォリア。そもそも"静寂"のステイタスを完全に再現したというのなら、彼女の恩恵に刻まれた"病"すら再現しているということくらい、私にはお見通しなのよ」

 

「「!」」

 

それが核心だった。

それが全てだった。

……それ以上を理解するのに、これほど明確な入口も他にはなかった。

 

「………お前」

 

「ラフォリア、貴女のその再現のスキルの名前を言いなさい」

 

「……転静写寂(ロスト・アタラクシア)だ」

 

「……そう。また酷いスキルを引いたものね、本当に」

 

「どういうことですか、フレイヤ様」

 

フレイヤが珍しく心から落ち込んだ様子を見せる。

病のスキルを再現してしまい、自身の病を悪化させてしまったと。オッタルはそう理解していた。だが実のところは、そうではない。そんな生易しい代償が、これほど強力なスキルの価値と釣り合っているはずがない。

 

「ラフォリア………貴女のその髪、最後に染めたのはいつかしら?」

 

「………………1年前だ」

 

「!!?」

 

つまりは、そういうことだった。

 

「転静写寂(ロスト・アタラクシア)、つまりは静寂を自身の身に転写することでスキルや魔法を含めた恩恵そのものを再現する。……けれど、一度転写した物はそう簡単には元には戻らない」

 

「………そうだ」

 

「馬鹿な……」

 

「スキルを使う度に、貴女の身体は"静寂"に置き換えられていく。髪も、背丈も、目の色も。……よく見なさい、オッタル。両の目の色が僅かに異なり始めているのが分かる筈よ」

 

そう言われて注視してみれば、確かに彼女の蒼色の瞳が、右と左で若干異なって来ているのが分かる。そしてフレイヤの言うことが本当であるのなら、彼女のこの髪色も既に地毛となっているということだ。

最後に染めてから1ヶ月、もしかすれば彼女自身もそれが単に染め物のせいだと内心では言い訳をして来たのかもしれない。見て見ぬ振りをしていたのかもしれない。しかし本当に染めていたのであれば、1年も経てば彼女の本来の色である黒が頭頂部から見えて来ている筈なのだ。……要するに。

 

「貴女は今、"静寂"の病と自身の病の2つを併発している。……間違っているかしら?」

 

「………その通りだ」

 

「な、にを……」

 

信じられない、信じたくない。

オッタルの心の内に広がるのは、単純に絶望。

 

「ということは、まさか……あの時、お前が『後悔する』と言っていたのは……!!」

 

「……次に使えば併発する事はなんとなく予想していた。そうなれば私の寿命は急激に短くなる。……そら見ろ、後悔しただろうが」

 

「っ……!」

 

決して恨みがましい顔ではなく、むしろ優しい目でそう言って来ることが、何よりも辛い。

ラフォリアを救うどころではない、ラフォリアを犠牲にしないどころではない。オッタルは自身の行動によって、むしろ彼女を死へと追いやっていたという訳だ。

それにこうなってしまったのなら……本当に、あと何回本気の彼女に挑めるのかも分からない。むしろ今回のが最後になる可能性の方が高いくらい。

 

受け止められない。

受け入れられない。

そんな残酷な事実が、今はラフォリアから受けたどんな攻撃よりも重く痛くのしかかる。

 

「それで、実際のところ体調はどうなのかしら」

 

「Lv.7になったことで大分抑え込めてはいるが、咳だけは治らん。激しい行動や強いダメージを受けるのも良くはないらしい、喀血する。……とは言え、【戦場の聖女】が薬を作ってくれている。こうして寝ているのも、それが作り終わるまでだ。大したことはない」

 

「そう……それでも、"大したことはない"は嘘でしょう?」

 

「……元よりそう時間のない身だ。猶予が減ったという意味であれば、大したことはある」

 

「それを"大したことはある"と感じているのは、他でもない貴女自身よ。貴女はその代償をとても大きなものだと感じている。……オッタルの前だからと言って気を遣うのはやめなさい、恨言の一つでも言っていいのよ」

 

「…………」

 

ラフォリアからの言葉は少ない。

何も言う気がないのか、言うつもりもないのか、どちらにしてもこの件に関して彼女はオッタルを責めることはしないようだった。そこには彼女自身がフレイヤの眷属を殺してしまっているという負い目もあるのかもしれない。……実際のところ、そうなってしまった理由もフレイヤ達の方にあるのだが。それを他人の責にせず、自分の物として受け入れるのもまたこの女だ。オッタルはそれをよく知っているし、だからこそ二重に重荷を押し付けてしまった自分の行動に、やはり彼女の言った通りに酷い後悔を抱えてしまう。

 

「………ラフォリア、俺は」

 

「慰めの言葉など不要だ、謝罪の言葉も必要ない。そんなことをしている暇があるのなら高みを目指せ、私はお前を憎んではいない。……お前が馬鹿な男であるということなど、とうに知っていたことだからな」

 

そこに嘘はなかった。

ラフォリアが気にしていたのはむしろ、この事実を知って僅かでもこの男が揺らぐことだ。それでは何の意味もない。

 

「私のことなど捨ておけ」

 

「………!」

 

「貴様の目的は私か?違うだろう、私などよりもっと先があるだろう」

 

「……目的の1つにお前があったことは、確かだ」

 

「それでも私はお前の過程に過ぎん。確かにお前は私の時間という可能性を奪ったが、ならばその分だけお前が私の成せなかったことを成せ。……私は常に自分の出来ることをやっている、これから先もそれは変わらん。その中で既に1つは間違いなく取り零すことにはなるが、それはお前が果たせ」

 

「何の話だ……?」

 

「黒龍は貴様が倒せ」

 

「………!」

 

「今のオラリオには未だあれと対峙出来る力はない、かと言ってそれを待つには私には時間が無さ過ぎる。故にお前がやれ、オッタル。……黒龍を殺せなくなったせいで、私はこの格好をやめられなくなったんだ。その責任くらいは取れ」

 

「……そういえば、何故、"静寂"の格好をしている?」

 

「そうね、それも最初に聞くべきよね」

 

「あの女との賭けに負けたからだ。しかもその次の日にあの女は糞男神についてオラリオに行きやがった、それから7年間私はずっとこれだ」

 

「……本当に真面目ね、貴女」

 

「あの女になりたいなどと思ったことは一度たりともないのだがな。……むしろこれのせいで私は未だにあの女に縛られている、この調子では私が死ぬまで纏わりついて来るのだろう」

 

嫌そうで、辛そうで、悲しそうで、けれど嬉しそうで。そんな複雑な内心が透けて見えるその言葉に、彼女の弱さも垣間見える。しかしそんなのも一瞬のことに過ぎず、直ぐに切り替えて彼女は目を上げて表情を戻す。想いに浸っている暇などないと、自分自身を戒める。

 

「私のことはもう良いだろう。……オッタル、お前はこれからどう積み重ねていくつもりだ。Lv.8にはもうなれるだろう?」

 

「……今はそのつもりはない」

 

「あ?」

 

「お前がバロールを倒したということは聞いている。ならば俺もまた奴を打ち倒さず次に進むことなど出来ない」

 

「馬鹿かお前は」

 

「何と言われようとも構わん。だがLv.8となればアレを容易く屠り、お前にも勝ちの目が見えてくる。……だがそれでは何の意味もない、俺自身が納得することが出来ない」

 

「……はぁ、好きにしろ。私は何のためにあそこまでやったんだ」

 

「すまない」

 

オッタルも大概頑固なところがある。

ラフォリアは溜息を吐いて諦めた。

そしてそんな2人を見て、フレイヤは笑う。

 

「ほんと、勿体ないわよね。貴方達」

 

「「?」」

 

「ラフォリア、貴女は子を産む気はないの?」

 

「……?いきなり何の話かは知らんが、そのつもりはない。欲しくはないと言えば嘘になるが、そもそもこの身体で産めばその子が成長するまで見守る時間も無くなる。付きっきりで見ていられる余裕もない。その分の時間でより多くの冒険者を鍛えられる」

 

「そう……でも、少しは私達のことを信用して自分の幸せを取ってもいいんじゃない?もう良い歳なんだし」

 

「15年も時間がありながら未だにヘラとゼウスに追い付けていないお前達に何を言われようと信用など出来ん。あの女の犠牲を無かったことにしないためにも、私は貴様等のケツを叩き続ける」

 

「………すまない」

 

「それが仮にもヘラの眷属であった私の役割だ。……そもそも女としての幸せなど、私の様な人間に得られる筈もない。余計なことにまで責任を感じるな、図々しい」

 

 

 

「貴方達で子供作ったら?」

 

 

 

「「ぶっ」」

 

その後、フレイヤは珍しく滅茶苦茶怒られた。

ラフォリアだけでなく、オッタルにも。

むしろオッタルは一歩間違えれば泣きそうになっていた。

当然である。

もう一度ラフォリアに殴られなかっただけ温情だった。

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