【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
それはラフォリアがロキ・ファミリアを出た後のところまで巻き戻る。シャクティに呼び出され、連れて行かれた先はヘファイストス・ファミリア。しかもその主神の面前、普通であれば容易くは入れないその場所に。
「……そういう訳で、ラフォリア。お前にはヘファイストス・ファミリアに入って欲しい」
「何を言うかと思えば、阿呆なことを言う」
「これは貴女にとっても悪い話じゃないはずよ、ラフォリア」
「………」
ラフォリアとしては酷く困惑するしかない。
自分で言うのもなんであるが、どうしてこんな厄介ごとばかりを抱え込んで来るような人間を欲しがるのか、全くもって分からない。
しかし目の前の女神ヘファイストスとシャクティは至って真面目な顔だった、それほどの理由があるということ。
「この街で活動する以上、ファミリアに所属しておかなければ諸々の面倒事が付いて回るのは理解している筈だ。ギルドとしてもLv.7のお前をいつまでも放っておけないだろう、そろそろ何らかの措置は取られるのは間違いない」
「………ならば、何故ヘファイストス・ファミリアになる」
「逆に聞くけれど、貴女はどのファミリアに入るつもりなの?ロキかフレイヤ?どちらに入っても都市のバランスは崩れる。それともヘスティア?そうなるとファミリアの等級が変わって遠征の難易度も跳ね上がるでしょうね」
「……なるほど、それは失念していたな」
「その点、ヘファイストス・ファミリアであれば遠征は存在しない。ギルドもお前の所属先がハッキリとすれば文句は言わないだろう、奴等としてはお前のしでかした事の責任を問える場所が欲しいだけだからな」
「それでいいのか?女神ヘファイストス」
ラフォリアは別に派閥に所属したところで自分の行動を変えるつもりはない。いつも通りやりたい事をやるだけだ、その末に女神がどうなろうが知ったことではない。それを知っている筈なのに、どうして囲い込む理由があるのか。正気を疑うような判断だとも言える。
「……貴女を囲い込む理由は、特にないわ」
「は?」
「【象神の杖】にお願いされたから、現状それ以外の理由は私にはない。彼女は貴女のことを思ってこの提案を私に持ち掛けた、私はそれに協力しようと思っただけ」
「善神も大変だな。仮に私が貴女のファミリアに所属したとして、私は行動は変えん。必要とあればもう一度フレイヤ・ファミリアを叩き潰す」
「構わないわ。貴女がそうするということは、そうする理由があるということでしょう?」
「……何を言っている?」
「私はねラフォリア、この前の抗争を子供達と一緒に見ていたの。勿論、貴女が"猛者"と競い合っているところも」
「………」
「私は貴女を気に入った。……それだけの理由じゃ不満?」
理由としては弱いが、神々は本当にその程度の理由で本気で動くのだからタチが悪い。他の理由があるのか、ないのか、それとも……
「だって貴女、不器用で優しいんだもの」
「……意味が分からない」
「貴女は"静寂"とは違う、貴女には闇派閥と手を組んでこのオラリオを襲撃することなんて出来ない。……たとえそれが将来的に私達のためになるのだとしても、貴女は他のやり方で必死になる。そういうところが私は好きになったの」
知らぬはずのことを知ったように話す、だから神というのは嫌いだ。しかしそれは間違っていない。ラフォリアとて闇派閥とやらのことは多少調べた、その吐き気を催すような手口によくもまあ奴等は手を貸したものだと心底信じられなかったほどだ。
それほどに奴等は絶望を抱えていたのかもしれないし、ラフォリアにはその絶望がないからこその思考なのかもしれない。しかし、だとしても、ラフォリアにとって闇派閥というのは唾棄すべき存在だ。そんな奴等の手を借りるくらいであるならば、ダンジョンに蓋をする創造神を叩き潰してでも別の手段で試練を用意する。彼女の言っていることは間違いではない。
……要は、ヘファイストスはラフォリアのそういうところが気に入ったのだ。手段や言動は過激で我儘であっても、真面目で不器用で優しさのあるその性格が。
彼女は"静寂"にはなれない、彼女は"静寂"ほど目的のために非情になりきることは出来ない。目を瞑っても死体の山を積み重ねることは出来ない。きっとそうなるように育てられたから。他ならぬ"静寂"によって、"静寂"のようにならぬよう育てられたから。
こうして話している最中でも、常にヘファイストスに自分をファミリアに入れた際の不利益についても話している。そういう不器用で優しくて頑固な人間が好きなのだ、ヘファイストスは。そういう者が多いのだ、彼女のファミリアには。
「それなら……もし貴女が私のファミリアに入ってくれたのなら、あの教会の所有権を譲ってあげる。お金は要らないわ」
「ほぅ……」
「ヘスティア達のことは1ヶ月くらいは猶予をあげて欲しいけど、必要なら修繕費も融通してあげる。ファミリアとして貴女に求めることもない。偶に材料の調達なんかをお願いするかもしれないけど、その代わり武器の用意は任せてくれていいわ」
「………高待遇にも程があるな」
「当然よ、これは勧誘なんだから。こちらの出せる条件に貴女が乗ってくれないと意味がない。そうでしょう?」
「なるほどな」
チラとシャクティの方へ目を向ければ、彼女は緊張した面持ちで静かに自分たちのやり取りを見ていた。彼女も大抵世話焼きではあるが、まさか15年ぶりに会った自分にここまでしたのだと思うと、ラフォリアとてその気持ちを無下には出来なくなる。誰にも言ったことはないが、弱いのだ。こうやって純粋な好意を向けられるのは。
「……分かった、その条件を飲もう」
「本当に?それは良かった、ありがとう」
「条件が良かったからな、他意はない」
「ふふ、そうね。……貴女もこれで良かったかしら?"象神の杖"」
「ああ、本当に良かった。ありがとう、女神ヘファイストス」
話がまとまったからか、シャクティは大きく胸を撫で下ろして漸く緊張から解放されたらしい。見るからに安心した顔をして、嬉しそうにこちらを見てくる。
「……お前はどうしてそこまで私のことを気にする」
それはラフォリアからすれば当然の疑問だ。
こちらとしては忘れていたくらいの人間だというのに、そこまでしてもらう義理もない。
……それでも、シャクティの方には理由はあった。それは本当に独りよがりな想いではあったけれど、それでも。
「私はもう……失いたくないんだ」
「……?」
「お前は生意気な小娘だったが、それでもお前が善人だということは理解していたつもりだ。そしてお前が病を自覚した時の顔を、私は知っている」
「………」
「お前にとって私は他人かもしれないが……私にとってお前は、勝手ではあるが、偶に思い出して耽る程度には気にしている存在だったということだ」
加えて言うのであれば、彼女には妹が居た。
7年前の事件の際に亡くなったその妹のこともあって、その想いを重ねているというのもあるのかもしれない。
それに実際、フレイヤ・ファミリアとの一件についてはシャクティに大きな非がある。その責を取るためにも、彼女は時間を見つけては必死に動いていた。
「………シャクティ・ヴァルマ、だったか」
「ああ、そうだ」
「感謝する」
「っ!」
「それだけだ、それ以上に言うことは特にない」
「………お前は本当に卑怯な奴だな」
「意味が分からん」
感謝されることなど何もしていないし、そもそも不利益になることしか出来ていないというのに。それを知ってか知らずか、仮に知ったとしてもこの女は『別にお前が言わなくとも何れこうなっていた』とでも言うのだろう。
彼女はそういう人間だ。
そういう根の部分は、変わらない。
「……うん、それじゃあこの書類はギルドに提出しておくわ。権利書は貴女に渡しておく」
「確かに受け取った」
「それと、3日後のロキ・ファミリアの遠征。実は私達のファミリアからも、何人か出すことになっているの」
「ほう、鍛治師がか。それはいい」
「ええ、だからもし良ければ守ってあげてね。その代わりと言ってはなんだけれど………これを渡しておくわ」
「っ……これは」
手渡されたのは、一本の白銀の剣。
誰が見ても分かる、それが姿を現した瞬間に確信した。シャクティでさえも見た瞬間に目を見開いた。これはそれほどの代物、最高峰とも言える一振り。
「名は"ヒュリオン"、不壊属性で可能な限り攻撃力を突き詰めたわ」
「不壊属性……」
「……まさかこれは、女神ヘファイストス自らの手で」
「当然でしょう、これは私の問題で他の子達には関係ないんだから。タダで譲り渡すと決めた以上は、私の手で作るのは当たり前」
「……これだけで教会の権利など容易く吹き飛ぶくらいだな」
「要らなかったかしら」
「いや、貰っておく。……見合った働きが出来るかは分からんが」
「あの子達を守ってくれるならそれでいいわ。大切な子供達の命以上に高いものなんてないもの」
「……手の届く範囲で良いのであれば約束しよう」
「ええ、それで十分よ」
これ1つで1億は軽く超える、それをこうして渡された意味が分からない訳ではない。しかもそれは平均的な相場の話。特に女神ヘファイストス自らがその手で生み出した物となれば、果たして実際はどれほどの値になるのか……
武器の融通とは言ったが、まさかここまでとは誰も予想していなかったろう。
「……また来る」
「待ってるわ」
「お前もな」
「ああ、少しは腰を落ち着けてお前と話せるといいのだがな」
「お前の仕事を片付けてから来い。地上に居る時であれば相手くらいしてやる」
「……分かった、そうしよう」
これがラフォリアが女神ヘファイストスと初めての会談の内容。思っていた以上にすんなりと、けれど色々と大きなことが決まった大切な内容。
……そういったことがあったのだと、ラフォリアが自分の目の前で食事をしているベルに話すと、彼は明らかに目を輝かせてラフォリアの腰の剣を見るのであった。
それこそ憧れの物を目の前にしたように。
「へ、ヘファイストス様が直接作った武器……!!」
(お前の腰のナイフもそうなのだがな)
ベルは時々ヘファイストス・ファミリアのショーケースに入れられている煌びやかな武器を見て、いつかは自分も……!と見惚れていたことがあった。正に今、それと同じ、どころかそれ以上の物を持った人が目の前にいるのだ。彼がこんな顔をしてしまうのも仕方ないし、彼の純粋なそういうところは好ましくもある。
まあ、彼が自分のナイフも女神ヘファイストスが直接作ったものであると知ったら、気絶するのではないかとすら思うが。しかもヘスティアがそれのせいで2億も借金しているなどと。
「それで、なんだ?最近はあの小娘に鍛錬を付けて貰っているらしいな」
「あ、はい!その……何度も気絶させられてますけど、出来ることが増えてるというか」
「確かLv.6になったそうだな、あの小娘」
「うっ」
「また引き離されたな」
「は、はい……」
ラフォリアの言葉は、割とベルの心に突き刺さったらしい。ベルもまたそのことを密かに気にしていたのか、なかなか追い付けない自分に焦りを感じているというか。
(まあスキルを考えればこれからは追い付くばかりなのだがな)
あとはどれだけ偉業を成せるか、というぐらい。その辺りも諸々の準備をしてある程度の安全を確保した上でやらせていけば、もしかすれば数年も経たずにアイズに追い付けるかもしれない。このまま純粋に育ってくれるのなら。ある意味でオッタルと似ている彼は、ラフォリアにとっては好ましいの一言に尽きる。
「ラフォリアさんも、Lv.7になったんですよね?……やっぱり偉業って大変なんですか?」
「ふむ……小さな偉業を積み重ねる者も居るし、あり得ないような大きな偉業をなす者も居る。基本的には多くの冒険者は前者を選ぶが、いち早く強くなりたいのであれば後者を取るしかない」
「……アイズさんが、ウダイオスを倒したって」
「階層主との相性もある。たとえ同じLv.5であっても同様のことが出来るかどうかはその人間の資質による。適切な相手を選ばなければ無謀に死ぬだけだ」
「つまり勉強が必要、ってことですか……?」
「知識は全てにおいての基本だ、より効率を上げたいのであれば避けては通れない。死にたくないのであれば当然な」
その辺りのお膳立ても必要ならしなければならないかもしれない、もしかすればそれを女神フレイヤが準備している可能性もあるが。
そういうことであれば、ラフォリアだって喜んで協力してやってもいいと思う。偉業を得られるほどの機会というのは、早々容易く得られるものではないのだから。
「ベル」
「へ?あ、はい」
「頑張れよ」
「!」
「必死になれ、憧れに向かって。知識は必要だが、あまり賢くはなってくれるな。男というのは、多少馬鹿なくらいが丁度いい」
「む、難しいですね」
「お前の思うままに生きろということだ。そのための障害を打ち壊す力を付けろ、我儘を通してこそ人の深みは増していく」
「それは、いいことなんですか……?」
「今のお前であれば問題ないだろうよ」
その2人の様子は、もしかすれば見る人によっては母と子。若しくは姉と弟のようにも見えるかもしれない。
本当に、つい先日までファミリア一つを叩き潰していた女とは思えないような優しげな表情。困惑するのはそれを離れた場所で見ていた周囲の冒険者達である。……あれはもしかすれば【撃災】の息子なのではないか?そんな噂話が広まり始めたのは、まさしく今日この日からであった。
「……さてベル、お前は先に帰っていろ」
「え?一緒に帰らないんですか?」
「私はここの店員に用事がある。なに、少し話したら帰る程度だ。気にするな」
「わ、分かりました」
食事を終えた後、ラフォリアは自分の分もお金を払ったベルの頭を撫でながらそう言った。ベルとしては何だか気恥ずかしく思いながらも、嬉しい気持ちもあって。……こうされていると本当に、話の中でしか知らない母親にされているみたいに感じて。
「ま、待ってますから……!」
「ああ、あとでな」
そうして店から出て行くベルを見送ると、ラフォリアは会計を済ませたものの再びカウンターの席へと座った。目の前に立っているのはこの店の店主、つまりはミア・グランド。
「果実酒を1杯」
「……随分と仲良さそうじゃないかい、あの坊主と」
「どうだろうな」
「ま、詮索はしないさ。アンタがあそこまで肩入れするってことは、素質はあるんだろ?」
「オッタルよりはな」
「なら十分だ」
出された果実酒に口を付けるのを見ると、ミアは何かを思い出すようにして嬉しそうな顔を浮かべた。それに怪訝な表情を示すのはラフォリアの方。
「……この間の抗争、見ていてスカッとしたよ。特にアンタがあの女神の頬を叩いたところは最高だった」
「調子に乗っているクソガキと阿呆女神に躾をしただけだがな。本来はお前がすべき事だろう」
「生憎アタシは今はこっちの方が大切でね」
「……良い店だ、料理も美味い」
「だろう?」
「ああ」
さて、そんな前置きの世間話はそこまで。
わざわざそんなことを話すために、ベルを1人で帰らせた訳ではない。それは互いに分かっている。これはあくまで礼儀だ、互いの互いに対する。
「……リュー・リオンと言ったか」
「……調べたのかい」
「指名手配されている元アストレア・ファミリアのエルフ。せめて偽名を使わせなければ意味がないだろう、隠すつもりもないのだろうが」
「あの子は私の娘だよ、手出しする奴が居るんなら容赦しない。もちろんそれはアンタだってそうだ」
「なるほど、誰もが知っていて手を出せないという訳か。アレの暴走で平和へのダメ押しになったとすれば、そもそもギルドすら見逃している」
「ま、そんなところさ」
背後で配膳をしているその若いエルフは、ラフォリアがこの街に来るまでに探していたアストレア・ファミリアの唯一の生き残り。女神アストレアは都市の外部へと逃がされたそうであるが、アルフィアの仇である彼女達にラフォリアがどう反応をするのか。それはミアですら分からなかった。
「………正直、失望している」
「そうかい」
「ザルドが残した物は、確かにオッタルに引き継がれていた。しかしあの女が残した物は、最早どこにも残っていない。……託す相手を間違えた、奴の経験値(エクセリア)はその大半がダンジョンの底へと消えた」
「………」
「最早どうでもいい、あの小娘にも興味はない。この街の人間の殆どが黒竜のことなど忘れたように生きている。アルフィアから直接それを託されたあの娘もそうだ」
「……あんた、もしかして酒強くないんじゃないかい?」
「どうせ死ぬのであれば、何故アルフィアはそれを私に託さなかった。何故ザルドがオッタルに託したように、アルフィアは私に託さなかった。何故よりにもよって、その1年後に全滅したような愚か者達に託した……」
「2杯目はやめときなよ」
「何故あの女から託されておきながら全滅した……もし、もし生きていたのであれば、私が……私が……」
「……はぁ、辛気臭いから泣くんじゃないよ。アンタも色々抱え込んでんのは分かったから」
日頃から酒など殆ど飲まない癖に、恐らくはミアに筋を通すために頼んだそれ。しかしどうやらラフォリアは酒に弱い体質だったらしく、思っていた以上に簡単に酔いが回ってしまったらしい。途中でミアに取り上げられても、俯いて見えない顔の下には水滴がポツポツと落ちていて、そんな彼女の頭をミアはワシワシと撫でる。
(なんだかんだ言っても、母親は母親か……)
ヘラの眷属の最後の生き残り、言い換えてしまえばそれはリューの境遇と近い。しかしリューにはシルと"豊穣の女主人"という居場所が見つかったが、彼女にはそれが見つからなかった。弱音を打ち明けられる人間も居らず、むしろこの街に来てからはヘラの眷属としての役割を果たす為に、ある意味で孤立した立場を維持していた。
結局のところ、彼女は15年前のあの時から然程成長してはいないのだ。療養のために10年以上も山奥で暮らしていた彼女に、精神的な成長など望めるはずもない。それでも賢かった故に、意地があったが故に、年相応に振る舞っていたのだ。そこに酒という理性の壁を壊す要素を足してしまえば、この通り。アルフィアに対してずっと抱いていた不満が、そして選ばれなかった悔しさが、涙と共に止まらなくなる。
「……よく頑張ってるさ、アンタは」
実際、ミアはラフォリアがどれほどオラリオのために骨を折っているかは知らないけれど、それでも……この女が口では何と言っていたとしても、アルフィアの意思を途切れさせぬように努力していることは分かっている。
ただ、結局そこまで大きなことに目を向けられる人間などそうはいないのだ。みな目の前のことに必死で、ゼウスとヘラの眷属達が失敗したようなことを、現実的に捉えることが出来ていない。きっと彼等はいざその時にならなければ意識することはないだろうし、ラフォリアが危惧している通り、いざその時になれば既に手遅れということになるのだろう。現状のままでは。どう足掻いたところで。
「アタシみたいに無責任になっちまえば良かったんだよ、アンタ等は」