【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
「お、姉ちゃん美人だなぁ?ここいらでは見ねぇ顔だg……」
「五月蝿い」
「ぐぼぁっ!?」
男が1人、見事な放物線を描いて飛んでいく。
……過剰防衛。
言葉を掛けられただけ、まだ肩に触れられるとかそういった事もない。しかし男は顔面に裏拳を打つけられ、その威力によって建物の屋上まで吹き飛んだ。ピクピクと足が動いているので死んではいないだろうが、彼女はそんな彼に目を向けることすらなく歩いて行く。そんな彼女に周囲からの目が集まり、自然と道が開けて行くのは当然の話だ。そして彼女はその光景に気後れすることなく、むしろ好都合だとでも言いたげな顔をしているのだから、まあ本当に図々しいというか自分勝手というか。
「……久しぶりに来たな」
そうしてここまで3人ほどの探索者を吹き飛ばして辿り着いたのは、小さな寂れた廃教会。屋根は破損しているし、中も大して掃除されてはいない。しかしこの建物こそが目的としていた場所であり、懐かしさを感じる場所であり、オラリオに来た際の滞在地として"あの女"に示されていた場所だった。
「とは言え、補修と掃除は必要か」
確か地下には1人が住む程度ならば何の問題もない一室がある筈であるが、仮にも住まいとするのであれば最低限の姿にはしておきたい。専門的な知識は有していないとは言え、探索者の身体能力を使えばこの程度の建物の簡易的な補修くらいは容易い。
とは言え、それも明日からの話。既に日も落ち掛けている、来る時に雑に買ってきた食料と水を使って身体を清めて、今日はもう終えなければならないだろう。
「ん?」
そう考え地下の方へ降りて行く最中、中から何やら話し声が聞こえて来ることに気が付く。男と女の2人組、気配的に片方は神であろう。しかし、だからと言ってこの女、わざわざ立ち止まって聞き耳を立てたりするということなど決してない。
バンッ!!
「誰だ貴様等」
「「………え?」」
静止する空気、固まる2人。
半裸の少年と、その彼のステータスの書かれた紙を持ってベッドの側に立っていた小さな女神。どうやらステータス更新をした後らしく、それについて何かしら話していたところだったようだ。色々と特徴的な2人組、零細ファミリア特有の雰囲気を感じる。
「な、なな、なんだい君は!?」
「か、神様離れて……!」
「子兎程度が盾になるか」
「いっ!?」
「ベルくん!!」
女神を守る様に前に立った少年に、デコピンを1発。すると少年は軽々とベッドの上に戻されてしまうのだから、彼が恐らく冒険者になったばかりのLv.1なのだと想像出来る。
「な、なんなんだ君は!一体何の用だ!ここにはお金なんかないぞ!」
「貴様等こそ、誰の許可を得てこの場所に住み着いている」
「なっ!僕達はちゃんとヘファイストスから許可を得てここに住んでいるんだ!何の問題も無いはずだい!」
「ヘファイストス?……ああ、なるほど。ここの管理権は今はあの女神に移っていたのか。それは少し想定外だったな」
「???」
まあだからと言って、ここで引き下がる訳もなく。女はまるで自分の部屋の様にソファに座り、持って来た食料を広げて欠伸をした。
「ちょ、あの……!?」
「は、話を聞いてたかい!?ここは僕達の部屋で……!!」
「黙れ有象無象」
「有象無象!?仮にも神に向かって有象無象!?」
「泊まる宛に居た貴様等が悪い、黙って一晩泊めろ。今から宿を探すのも面倒だ」
「え、えぇ……」
「お、横暴過ぎる……」
もう本当に何の遠慮もなく、当たり前のように食事をし始めてしまうのだから、2人が戸惑い何も言えなくなってしまうのも当然の反応。それでもこの女、ただ横暴なだけでは無い。いや横暴ではあるのだが、耳糞程度も人心のない凶君という訳でもないのだ。
「子兎」
「へ?……わわっ!?」
「食え、買い過ぎた。どうせ大した食事もしていないんだろう」
「え、いいんですか……?」
「宿代代わりだ。強くなりたいのならとにかく食え、そこの女神も甲斐性がある様には見えんからな」
「なっ、なっ、なにおう!」
「貴様は要らんのか?」
「それは欲しい!!」
「か、神様……」
そうして女神ヘスティアは容易く食料によって買収された。なにせ今日のヘスティア・ファミリアの夕食は、ジャガ丸くん、ジャガ丸くん&ジャガ丸くんである。いくら味が違うとは言え、芋の揚げ物、芋の揚げ物&芋の揚げ物であることに変わりは無く、とてもではないが成長期の少年に食べさせるには酷くバランスが悪い。単純に飽きもあったし、まともな食事など本当にいつ以来かというくらい。食い付いてしまっても仕方がないという話。
「……ええと、つまり君の知り合いが前のここの管理者で、君はその人物に紹介されてここに来たと」
「大体そういうことだ」
「あの……貴女も冒険者なんですか?」
「10年以上前にな、事情で少し離れていた」
「へぇ、君は誰の眷属なんだい?」
「アフロディーテだ」
「ア、アフロディーテ!?」
「その前は女神アルテミス……」
「アルテミスもかい!?」
「その前は……誰だったか、嫌に喧しい奴だったな」
「お、覚えてないとかあるんですね」
「基本興味がないからな」
「ふ、不遜過ぎる……」
しかしこれほど改宗を繰り返している眷属と言うのも、割と珍しい話。それもヘスティアの同郷の知り合いも何人も話に出て来たりしていることから、徐々にヘスティアの中で彼女に対する警戒心も薄れ始めていた。そもそも食料を受け取った時点で、宿泊は認めた様な物。まあ認めていなくとも勝手に寝泊まりしていたのは間違いないが。
「それで、ええと……あの、僕はベル・クラネルって言います」
「そうか」
「……………」
「……………」
「ぼ、僕はヘスティアだ!これでもアフロディーテとアルテミスとは同郷の女神なんだぜ!」
「そうか」
「……………」
「……………」
「………いや、君の名前は?」
「ラフォリアだ」
「あ、うん、なるほど。君には聞きたいことは直接聞かないといけないみたいだね」
「相手が自分の考えを読み取ってくれるなどと、図々しいにも程がある」
「それを君が言うのかい……?」
「……おい子兎」
「は、はいっ!?」
「貴様食が細いのか?」
「い、いえ、その……実はさっき食べたジャガ丸くんが意外とお腹に来てて」
「これも食え」
「え"っ」
「食って動け、血肉となせ。これも鍛錬だ。貴様も冒険者ならば強くなりたいのだろう」
「………っ!あ、ありがとうございます!」
「………さて、私は身体を拭くか」
「ぶほっ!?」
「待て待て待て待て待てーい!!!!!!」
腹が膨れて食べれなくなった物をそれっぽい理由を付けてベルに押し付けた後、何故かその場でドレスを脱ぎそうになった彼女を、ヘスティアは必死になって引き留める。仮にも男性の前で遠慮なくその身体を出そうとするのだから、常識というものがないのかと。いや無いけれども、せめて恥じらいというものくらいはないのかと。
「そんなことしなくってもシャワーくらいあるやい!!」
「なに?そうか、意外と設備が整っているな」
「というか仮にも女性なんだ!ベルくんの前で脱ごうとしないでくれ!!」
「所詮ガキだろうが」
「こ、これでも14歳です!!」
「ガキだろうが」
「と、とにかく!ベル君の教育に悪いから絶対駄目だ!駄目と言ったら駄目なんだ!!」
「……女の身体くらい教えておかなければ将来拗らせるぞ?」
「僕は処女神なんだぞ!」
「貴様の主義を眷属に押し付けるな」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「か、神様、もうそのくらいで……」
一先ず、脱衣だけは止めることが出来たので、シャワーの方へと彼女を見送り、ベルとヘスティアは大きな安堵の息を吐いた。
突然の訪問者。しかも色々と常識が抜けているというか、無視して来るというか、色々と疲れた。
それでも2人の気が楽になることはなく、この後も強引にベッドを奪われたりした。今日1日の我慢……で済むかどうかは、分からない。
☆☆☆次の日の朝☆☆☆
「起きろ」
「ぐぼぁっ!?」
「お前もだ」
「ゲフッ!?」
朝の目覚ましは腹部への手刀。
食らった2人はその場で蹲り、ソファで寝ていたヘスティアはそのまま床へと落ちて行く。刺激のある目覚め、眠気など簡単に吹き飛んで行く。
「か、仮にも女神に向かって暴力はどうなんだい……?」
「女神だからと言って特別扱いされると思うな、ここは地上だ」
「ち、地上だからこそなんじゃないかなぁ……ん?」
ノソノソと起き上がり下手人の方を見てみれば、彼女は昨日来ていた物と同じドレスの上に、更に一枚エプロンを付けている。それに漂って来るこの良い香り、まさかとは思って振り向いてみれば、実際にそのまさかで……
「あの……これ、作ったんですか?」
「だったらどうした」
「あ、いえ、その……」
「食え、残すなよ」
「あ、はい。……その、ありがとうございます」
「宿代代わりだ、良いから食え」
「は〜、すごいね。朝からこんな風に食べるの初めてだよ」
「たった1人の眷属にまともな食事も用意出来んのか貴様は」
「う"っ」
「料理くらい学べ」
「うぅ、はい……」
何故朝からこんなにも肉体的にも精神的にもボコボコにされないといけないのか。しかし実際そうなのだから何も言えない。いくらヘスティアにもバイトがあるとは言え、ベルは命を賭けてダンジョンに潜っている身。いくらそれが彼の意思による物だとしても、出来るなら良い物を食べさせて見送りたいというもの。料理くらい学ばなければならないというのは、確かにその通りだろう。
「……!美味しいです!」
「適当な物だがな」
「そ、そんなことないですよ!……その、実はオラリオに来てから朝食ってあんまり食べてなかったので。すごく嬉しいです!」
「……神の眷属は病に罹りにくいとは言え、決して無縁ではない。偏食をせず朝も食え、食事への投資だけは削るな」
「は、はい。分かりました」
こんな常識のない女であるが、こういう部分に関しては本当に常識的なことを言うのだからヘスティアもよく分からない。一先ず今日からは夕飯をジャガ丸くんだけにするのは止めようと心に決めた。流石に自分に嫌味を言われていることは、ヘスティアだって気付いている。
「あーええと、ラフォリアくんだったかな。それで君はこれからどうするんだい?流石に3人だとここは手狭なのだけれど……」
「上の教会を修繕する」
「え、出来るんですか……?」
「最低限の作業だ、そこまでしっかりとはやらん。別に建物自体は悪くない、多少掃除すればマシになるだろう」
「なるほど、そういうことなら……」
「ただしシャワーと台所は貸せ、そこまで整備するつもりはない。その代わり朝食くらいならば作ってやる」
「僕は構わないよ、むしろありがたいくらいさ。君もそうだろ?ベルくん」
「は、はい!お願いしたいです!」
「それと馬鹿乳、今日からは貴様がソファを使え。まさか眷属を差し置いてベッドを使っているような脳無しが居るとは思わんが、念のためな」
「ごふっ!?」
「か、神様ーっ!?」
なんだか僕にだけ当たりが強くないかい?
そう言い掛けたヘスティアであったが、その全てがぐうの音も出ないほどの正論であったため、彼女は全てのダメージをその身に受けて昇天することにした。……まあ、昨日ベルをソファで寝かせたのは他でもないこの女ではあるのだが、それを棚に置いても正論をぶつけられるのがこの女でもあった。
それからベルがダンジョンに向かい、女は早速行動を開始した。
まずはヘスティアのケツを叩き、バイトに行くまでの時間に布団の洗濯と部屋の清掃をさせる。多少綺麗にはしているが、日光の当たらない地下という性質上、もっと綺麗にしておかなければ身体に悪いというのが彼女の言だった。
そしてその間に彼女は街に出て補修用の資材を調達し、自らの手で屋根の補強を始める。一部崩れている壁は新たにブロックを積み直し、穴の空いた屋根は防水剤と共に大きな木の板を張って応急的な処置を施す。ボロボロになり、有って無いような状態な扉は足で蹴り飛ばして破壊し、新たな扉に付け替える。劣化した壁面には補強剤を塗り、どうしようもない部分は取り壊す。資材は眷属特有の身体能力で軽々と運んだとは言え、それでも女は自分で言葉にしていた以上にこういった作業に慣れていた。
風化してボロボロになった絨毯も引き剥がし、一度全ての椅子や机を含めた家具を撤去して粉々にし、床を磨き、壁を塗り、虫が巣を作って居そうな場所は魔法で燃やした。
そうして粗方の清掃が終わった後、再度新しい絨毯を敷き、持って来た新しい家具を置き直せば、一先ず彼女が何とか納得出来る程度まで綺麗にはなった。ここまでするのに8時間。時間が掛かりはしたが、それでも普通に考えれば早い方だろう。
そうした諸々の改築の末に、この教会は土足厳禁になっている。これは地下に行かなければならないベル達も同様である。土足で上がったら問答無用でビンタが飛んで来る、彼女は清潔に異様に気を遣っていた。
明日はベル達の居る地下室の本格的な清掃、そして庭の手入れもするつもりである。外装については敢えて手を付けないことにした。綺麗になれば人が寄り付くことになるからである。
一先ずは朝ヘスティアが干していった布団を取り込み、彼等のベッドの方へと運んで行く。
日も暮れ始めた、流れ上仕方がないとは言え、3人分の食事を作り始める。
地下室の掃除は相当面倒そうで、これなら先に地下から掃除を始めれば良かったと思いつつも、肉と野菜を雑に炒めていた。
「たっだいまー!いやぁ、すごいねラフォリアくん!まさか1日であんなにも綺麗になるなん……痛いっ!?」
「貴様、入る時に足は拭いて来たのだろうな?」
「………拭いてないです」
「このっ、馬鹿乳が、頭の中まで乳しかないのか」
「痛いっ!ごめん!ごめんよ!今から掃除して来るから許して!」
「当然だ、さっさと拭いて掃除して来い」
「ひぃんっ」
確かに入口に土足厳禁と書いて拭き布まで用意しておいた筈であるが、やはり年中裸足のヘスティアはそれを無視して入って来てしまっていたらしい。本当に期待を裏切らないというか、なんというか。ラフォリアは大きく溜息を吐く。
「あ、あの……ただいま戻りました」
「ああ、おかえり」
「!は、はい!……あの、良い匂いがしますね!」
「炒めているだけだがな」
「あ、そういえば僕、今日の夜は"豊穣の女主人"というお店に誘われてまして」
「…………」
「朝会った店員さんに是非来て欲しいって言われてしまって、お昼のお弁当まで貰ってしまったんです。どんなお店なのか凄く楽しみなんですけど………あれ?ラフォリアさん?」
「……………」
「えっと……?」
「…………………………………はぁ、もういい。さっさと行ってこい」
「あ、はい。えっと……い、行ってきます」
神も子供も揃いも揃って本当に。
しかしこれに関しては朝に言っておかなかった自分も悪いと判断し、残りは全部ヘスティアに食わせることで妥協する。
こうしているとなんだか母親にでもなった気分になるが、自分にその予定はない。この教会を好んでいたあの女の妹には子供が居た筈であるが、その子が今一体どこで何をしているのかもラフォリアは聞かされていない。既にほぼ壊滅したと言ってもいいヘラのファミリアの中で、唯一繋がりがあるのはその子供だけだが、ラフォリアとしても特別な思い入れはない。何処かで死んでいるかもしれないが、そうだとしてもそれはそれ。そもそも興味がない。
「そ、掃除終わったよ〜……」
「そうか、ならば食え」
「ああ、ありが……ってなんだいこの量は!?」
「貴様の眷属が食わなかった分だ、責任を持ってお前が食べろ」
「ひぃんっ!恨むぞベルく〜ん!!」
そんなやり取りがありつつも、オラリオに来て2日目の夜も何事もなく平和に終わった。そういえばまだ冒険者登録をしていなかったということを思い出しつつ、復帰という場合はどういう扱いになるのかと考え、それ以前に自分はどこのファミリア所属という形になるのかと思考したりもしたが、それもまあ明日以降で良いという結論に落ち着いた。
……ただ、何事もなく1日が平和に終わったという結論だけは、残念ながら覆される事になってしまったが。
「……遅い」
小さな灯りを点けてベッドに横たわりながらダンジョンに関する書物を読み、もう直ぐ時計の針が頂点に差し掛かる頃。いくらなんでもベルの帰りが遅過ぎることに、ラフォリアは機嫌を悪くする。
それは別にベルの心配をしている訳ではなく、単純に教会の入り口に新しく鍵を付けたので、合鍵を渡していない現状では放って眠ることも出来ないからだ。まあそれならば別にヘスティアに任せておけばいい話でもあるが、そこまでは思い付かなかったということにしておく。
「ラ、ラフォリアくん?起きてるかい……?」
「……ああ、貴様の眷属は生きているのだろうな?」
「そ、それは大丈夫なんだけど……」
「………」
ひょこりと地下室から顔を出した、心配そうな顔をしたヘスティア。言いたいことは分かっている、しかし登録をして居ない状態でダンジョンに入ろうとすれば自分の立場を考えても色々と面倒なことにもなる。最悪ギルド長を殴り付けて脅して強引に特例措置を使わせてもいいが、その手段は別の時のために残しておきたい。
「……仕方あるまい、『豊穣の女主人』とやらに行ってくる」
「ほ、本当かい!?助かるよ!」
「手伝うのはそこまでだ。大抵こういう場合は無断でダンジョンに潜っている場合が多いが、そこまで探しに行く義理はない」
「だ、ダンジョンに!?どうしてこんな時間に!?外に食べに行くってだけだろう!?」
「酒の席のノリ、罵倒、その他諸々だ。戻って来たら拳骨の一つでも叩き込んでおけ、それと殴られる準備をしておけとな」
「あ、うん……ごめんよベルくん。これは等価交換なんだ、我慢してくれ」
確実に彼女の拳骨が飛んでくるであろう将来のベルを哀れに思いながらも、ヘスティアは彼女に捜索を依頼した。
……"豊穣の女主人"、少なくともラフォリアはそんな店は知らない。聞いたこともない。
しかし夜間に女が歩いていることを良い事に集団で声を掛けて来た男共の顔面を、これ幸いとメッタメタに殴り付け、店の位置について聞き出すことには成功した。
これが最新の情報収集である。
最低である。
なんでも女の店員が多く居るらしく、閉店時間も間近ということ。急がなければならないという事実に不機嫌さをより増しながらも、それを情報源の男の顔面に最後の一発を決めることで発散させる。これは治安貢献である、もう2度と彼等はこういったことをする事はなくなるだろう。決してストレス発散のための手段でも、情報を手軽に入手するための手段でもない。
「邪魔をする」
幸いにも、店の灯りは点いていた。
中に入ってみれば数人の酔っ払いが最後まで居残っている程度であり、店員達がそんな彼等に声を掛け始めている様子から、丁度店仕舞いをし始めた段階であったという雰囲気が伝わってくる。
「ん?なんニャ?今日はもう閉店だニャ」
「人探しをしているだけだ、白髪赤目のクソガキが帰って来ない。この店に来て居た筈だが何か知っているか?」
「ああ!あの食い逃げしていったクソ白髪野郎のことかニャ!!」
「食い逃げ……?」
その猫人の言葉に、なんだなんだと他の店員達も集まってくる。黒髪の猫人、茶髪の人族、目つきの悪いエルフも居る。……それに。
「!アンタは……」
「……?ミア・グランドか?15年も経てば変わるものだな、一瞬我が目を疑った」
「………静寂の、アルフィア……?」
「あ?」
そうあの女の名前を口走ったエルフに、リュー・リオンに、強烈な殺気が叩き付けられる。
臨戦態勢に入るどころか、一瞬で距離を取るその場の店員達。そこまで動けるくらいなのだから、この場の店員達も相当に実力を持っている強者達であるということは明白であった。しかし決して冷静に対処した訳ではなく、単に経験故に身体が勝手に行動したに過ぎない。この場にいるミア・グランド以外の全員がヒシヒシと感じるその脅威に身体を無意識に震わせている。
「……"静寂"じゃないね、アンタ何者だい?」
「"静寂"では、ない……?」
「ほう、どうしてそう思った」
「あの女より圧が弱いからだよ、その様子だとまだLv.7にも到達してないだろう」
「……なるほど、それは気分の良いことを聞けた。流石はあの時代に暴れていた生き証人だ」
「で?誰なんだいアンタ」
「お前のところのクソガキとよく遊んでやっていただろう」
「なんだ、あんたラフォリアかい」
「ああ」
「まさか生きてたとはね、しぶとい奴だよ」
「この格好は賭けで負けただけだ、私の趣味ではない」
「別に聞いてないよ」
「前置きしておきたかっただけだ」
緊張を抜いた。
どころかそもそも緊張すらして居らず終始自然体であったミアのその反応に、店員達は素直にすごいと称賛をする。
彼女が静寂のアルフィアではなく、別の人物であると知り、リュー・リオンもまた警戒はしつつも一息を吐いた。どうやら2人は知り合いらしく、意外にもやり取りは和やかに進んで行く。
「それで?どうしたってアンタがあの坊主を気にかけるんだい」
「今は例の廃教会を拠点としているのだがな、あの子兎は女神と共にその地下を拠点としている」
「なるほど、その女神様に頼まれたって訳かい」
「食い逃げと聞いたが」
「ああ、ロキ・ファミリアのアホ狼が宴会の最中にあの坊主をネタにしたのさ。そのままダンジョンに向かって走って行ったよ、金も払わずにね」
「ほう……金はあのクソガキから直接徴収しろ、私は知らん」
「明日の朝には顔を出せって伝えときな」
「そのつもりもない、自ら来ないのであれば港にでも沈めろ」
「なんかすげぇ酷いこと言ってるニャ……」
「いや、言ってることは分かるんだけどね……」
これはベルが起こした問題故に、首を突っ込むつもりもない。それに勢いだけで防具も無しにダンジョンに向かったということは、時間的にそろそろ戻ってくるか、力尽きて死ぬ頃だろう。これから教会に戻ってヘスティアに確認し、まだ生きている様であれば迎えに行く価値はあるかもしれないが、正直それも面倒くさい。
「ミア母さん!そろそろ私帰ります……あれ?」
「………」
「シル、アンタはさっさと帰んな。明日も時間通り来るんだよ」
「は〜い、冒険者さんも失礼しますね」
銀色の髪をした人族が一瞬顔を出して、目を合わせて、姿を消す。ミアも珍しく少し焦った様にして彼女の方へと顔を向けて、声を掛けた。
「……なんだあの気持ちの悪い女は」
「変な詮索するんじゃないよ、面倒事はゴメンだからね。アンタも用事が済んだのならさっさと帰んな」
「……まあ良い。ところで、この店は美味いんだろうな?」
「誰にもの言ってんだい?アタシの飯が不味い訳がないだろう」
「……次は客として来る」
「ああ、是非そうして貰いたいもんだね。迷惑しない限りは客を選ぶつもりはないからね」
それから店を出る前に、一瞬あのエルフの方へと目を向ける。目線があった瞬間にビクリと身体を跳ねさせたあの様子からして、やはりあのエルフは"あの女"と会ったことがある……どころか、恐らく酷く叩きのめされた事があると見ても良い。
(アストレア・ファミリアは全滅したときいたが……あの女をたかが中堅ファミリアが単独で討ったとは考え難い、他に協力者が居る線を考えてもいいだろう)
それに見たところ、この店の店員は単に実力があるだけではなく、何人か暗殺者上がり特有の動きをしている女も居る。まともな経歴の人間は殆ど居ないと考えるのが妥当。
(……探るか)
手始めにあのエルフの女から。
狙いを付けたことを悟られぬ様に瞼を閉じて、店を出る。目は何より自分を語ってしまう。そういった理由もあって晩年のあの女は自分の前では目を閉じていたのではないかと、今になって思う。ならば一体あの女は自分に対して何を隠したかったのか、それだけがいくら考えてもどうしても分からなかった。
……なお、帰ったらベルは戻って来ていたので、頬に軽くビンタを食らって吹き飛ぶだけで許して貰えた。気絶はしたし、怪我は悪化した。鼻からポーションを飲まされた。