【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
『リル・ラファーガ!!!』
『オオォォオオオオオオ!!!!!!』
一点突破の最高の突き。
アイズの風魔法と跳躍力を活かしたそれは、以前にLv.5の段階ですらウダイオスを破壊寸前まで追い込んだ。ロキによって「必殺技を叫べば威力が上がる」などと幼い頃に吹き込まれ、以降それを忠実に守って来た彼女。
Lv.6となって更に威力が向上したそれを、何の魔法も使用していないその男は、ただ大剣の一振りで迎え撃った。打つけるのは純粋な破壊、純粋な力。風は弾け飛び、少女は目を見開く。
「……止め、られた……」
殺すことのないようにとギリギリまで加減したとはいえ、アイズにとってそれは驚きの一言に尽きた。
アイズはあの戦いを見ていない。
ラフォリアとオッタルの衝突を見ることが出来なかった。
もし見ていたのであれば、ここまで驚くことは無かったろう。
あの戦いほど猛者の実力を知る機会もなかったのだから。
「ぬるい……」
「っ」
「加減をしたな、剣姫…………"奴"であれば、問答無用で打つけて来ただろう」
「………ラフォリアさんの、ことですか」
「そうだ。そしてそうでなければ、俺も、お前も、本当の強さなど得ることは出来ない」
「………っ!!」
今はそんな問答をしていることすらもどかしい。
早く走り、早く向かい、彼を助けに行かなければならないというのに。強くなろうが、どうなろうが、今は"そんなこと"よりも優先しなければならない事があるというのに。それなのに彼はどうして邪魔をするのか、どうして行手を阻むのか。アイズの混乱は深まるばかりで、焦燥は心を逸らせるばかりだ。
【爆砕(イクスプロジア)】
「っ!?ぐあぁっ……!!」
「!?」
突然、オッタルの顔面が爆ぜた。
小規模でありながらも凄まじい威力の爆発、それはあの猛者が顔を抑えて蹲るほどのものだった。アイズは戸惑う、そんな彼女を安堵させるように尖りと柔らかさを秘めた女性の声が聞こえて来る。
「問答無用で打つけてやった、これで満足か?オッタル」
「……………ラフォリア」
アイズの背後の暗闇から現れた彼女、ラフォリア・アヴローラはアイズと目を合わせると先へ急ぐようにと顔を動かして促した。
それに対してオッタルは憎々しげに彼女を見つめるばかり。しかしそれに対してもラフォリアは凄まじい威圧感を放ちながら睨み返し、その圧にはアイズでさえ口を挟めないほどだった。覇気だけで彼は黙らされる。女は怒っていた。
「小娘、これはベルにとっても良い試練になる。無闇に手助けはするな、言っている意味は分かるな?」
「……はい、分かります」
「ならば行け、私はこれからこの男に説教をしなければならんのでな」
「は、はい。行ってきます……」(説教?)
通り抜けていったアイズを、今度こそオッタルは見逃した。
……というよりは、見逃さざるを得なかった。それほどまでに目の前の女が怒っていることをオッタルは感じていたからだ。21階層でファミリアの魔導士総出で襲い掛かっても主神の頬を叩くだけで許した女がだ。
正直オッタルにはわからない。
彼女が何をそこまで怒っているのかが分からない。
「……手紙は渡したはずだ、理解はして貰えたと思っていたが」
「ベルに試練を与える件に関しては問題ない、むしろ必要なことだと私も考えている。女神フレイヤの思惑はともかく、この程度であれば私は見逃すつもりだった。怪物祭の時のようにな」
「ならば……」
「私が怒っているのは貴様に対してだ!この愚か者が!!!!!」
「っ!?」
ラフォリアがまだ上があるのかと思うような、最早下手な階層主よりも恐ろしい圧をオッタルに対して叩き付ける。ゆっくりと歩いてくる彼女、オッタルは思わず背後に後退りそうになりながらも、冷汗を流しながら立ち尽くす。……オッタルは知っている、というか身体で覚えさせられている。彼女がこうなった時はまず間違いなく、自分が致命的なミスを犯してしまっている時であるということを。そしてこれから自分は再び、15年前のように屈辱を味わうことになるのだと。
「座れ」
「それ、は……」
「いいから座れ」
「……何故だ」
「貴様の犯した間違いについて懇切丁寧に教えてやる。教わる人間に対して貴様は少々頭が高過ぎるだろう」
「………」
「なるほど……ならばこのまま帰るといい。貴様は今日のミスをこれから先も繰り返すことになる、貴様の女神の顔に泥を塗り続けながらな。それで構わないということなのだろう」
「………分かった」
さて、そうして出来上がったのがこの奇妙な状況である。
"都市最強"と恐れられていた"猛者"オッタルが、1人の女の前で正座をさせられている。しかもダンジョンの中で。見る人が見れば、それは懐かしい光景とでも言うのかもしれない。けれど普通に考えれば幻覚か何かかと思ってしまうようなあり得ない光景でもあるだろう。
今も昔も、ラフォリアがオッタルのその脳筋に対して怒る時は、常にこんな感じだった。
「え、えぇ!?なにこれなにこれ!?」
「お、"猛者"が正座させられてる……」
「マジかよ……」
「………」
「貴様等、先に行っていろ。そこを突き進めば目的の場所に着く」
アイズを追って走って来たティオナとティオネ、そしてベートを、先へ向かうようにラフォリアは促す。彼等は信じられないと言った様子でオッタルを見て行ったが、オッタルはそれに対して目を瞑ったままだった。彼も久しぶりとは言え流石に慣れていたらしい、この屈辱に対して。
「………さてオッタル、貴様はベルの試練を作れと命令されたのだろう」
「ああ、そうだ」
「その結果お前は何をした」
「……中層から手頃なミノタウロスを見つけ、武器を与えて稽古を付けてやった。そしてそれをベル・クラネルにぶつけた」
「もうやり過ぎだな」
「っ」
オッタルの頭にラフォリアの手刀が振り下ろされる。
一般人であれば痛さに悶え苦しむであろうが、オッタルに対しては顔を僅かに歪める程度に留まった。そうだとしても普通に痛い。
「最低でも適当なミノタウロスに武器を与えるだけで十分だ。何処に稽古まで付けてやる必要があった」
「……確実な試練とするために」
「危険と報酬の比率を考えろボケナス。それならばミノタウロスと2回戦わせた方がよっぽど確実だろうが」
「ぬっ」
パシーンと今度はオッタルの額を叩かれる。
なんだかいい音がした。
それと背後から何だか変な顔をしたフィンとリヴェリアがこちらに歩いていることにも気付いた。オッタルは再び現実逃避をするように目を閉じて、その屈辱を受け入れる。
「あ〜……なんだか取り込み中のようだね」
「なにがあればこうなる……」
「先に行けフィン、リヴェリア。私はこの腕力以外に何の取り柄もない頭の中まで筋肉で出来た猪突猛進馬鹿野郎に上に立つ者として必要なことを教えねばならん。そんなんだから部下達からの人望が少ないのだ、分かっているのか?このたわけ」
「うっ」
「あ、あはは……お手柔らかにね」
それからはもう、オッタルはメタメタに言い負かされた。というより、彼が彼女に対して口で勝つことが出来たことなんて、それこそ一度たりとも有りはしなかった。
故に今日も今日とて盛大に負けた。
そもそも全てが正論であったために、ただひたすらに「すまない」と言い続けることしか出来なかった。この光景もまた変わらない。
「………まあ、仕方のないことであるのも分かる」
「?」
「貴様のファミリアはその特殊性故に部下の管理が難しい、そもそも尊敬や憧憬といった有効な感情を抱かせることが難しい。頭を張るのであれば単純に力で捩じ伏せることが最も簡単で有効的なことは間違いない。お前が脳筋で居られたのは、それも理由の一つだ」
「………」
「しかしだなオッタル、お前はもう少し種を大事にすべきだ」
「種……?」
「レベルの低い冒険者を大切にしろと言っている」
「……しているつもりではあるが」
「貴様は何処かで考えているだろう。女神の目に適わない、どころかLv.1の冒険者などどうでも良いと。そうでもなければミノタウロスをこんな階層に投棄する訳がない」
「…………」
そう言われてみれば確かに、軽んじていたところは確かにある。
所詮はLv.1、しかも女神フレイヤの目にも留まることのない存在。それだけで興味がなくなるどころか、むしろ何人か実際には死んでいるのかもしれない。それを把握していない時点で、ラフォリアの言葉はその通りだ。否定は出来ない。
「貴様とて、最初は有象無象であった筈だ。運良く女神に拾われて、それ以外にいったい何の取り柄があった」
「っ」
「レベルの低い冒険者に価値がない訳ではない、レベルの低い冒険者は価値が未だ見えていないだけだ。貴様が今日殺しかけたあの冒険者達も、いずれは1つの中堅ファミリアを受け持つことになるかもしれない。もしかすればお前のように、有象無象から成り上がる意思を秘めているかもしれない。誰がその可能性を否定出来る」
「………」
「貴様等の眷属を殺した私に言われたくはないだろうが、それでも可能性を大切にしろ。下級冒険者は弱者でなく素人で、上級冒険者は強者でなく玄人だ。……今からでも遅くはない、認識を改めておけ。私とて気付いたのは最近だ」
「……分かった」
一際大きな爆発音、どうやら向こうも結果は分からないが片付いたらしい。ベルがなんとか根性で倒せたのなら良いが、そうでなければ、もう一度試練を与える必要があるかもしれない。
もしそうなるのであれば、次はラフォリアがそれを用意しようと決めた。そしてラフォリアは最後にオッタルに向き直り、彼の額に自分の手の甲を軽く当てる。
「……私ももう27、お前など32だ。あまりこういうことをさせてくれるな。私が居るうちはまだしも、居なくなればお前にまともに物を教えてくれる者など殆ど居なくなるだろう」
「…………」
「女神のためではない、私の忠告はお前のためだ。勿論そこにはベルという可能性を潰しかけた事への怒りはあるが、それより私はお前が心配で仕方ない。……いずれその脳筋が取り返しの付かない間違いを引き起こしてしまうのではないかと、不安になる」
ラフォリアは額から手を離すと、ガシガシとオッタルの頭を乱暴に撫でた。それから一度目を閉じて立ち上がると、今度は振り向くことなく目的の方角へ歩みを進め始める。どうやら一先ずオッタルに対しての説教はこれで終わったらしい。
「………ラフォリア、俺は」
「お前に期待している」
「……!」
「お前だけが、奴等の願いを受け継いでいる。そして今も変わらず、泥に塗れながら上を目指している」
「……当然だ」
「だから、私の期待を裏切ってくれるなよ。不要な間違いで孤立するな。……私の意思を預けられるのは、今のところお前くらいしか居ないのだから」
その言葉にオッタルが何かを返すことはなかった。否、返すことが出来なかった。彼女が既に自分の意思を他者に託す側になってしまっているということを、ここではっきりと明言されてしまったからだ。
ラフォリアはまた自分より先に立っている、それは変わらない。けれど、その場所に立つことは容認出来ない。認めたくない。
今のままでは……またオッタルは、託されるのだ。