【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
「……随分と道中は気分が良さそうだったな、ラフォリア」
「リヴェリアか」
ここはダンジョン50階層、安全階層(セーフティポイント)の野営地。
団員達がテントを張るなり食事を作るなり忙しく働いているのを傍目に、特に何も手伝う気すら見せることなく目を閉じて立っていた彼女にリヴェリアは話しかける。
そうして立っている姿はリヴェリアもよく知っている"静寂"の姿にそっくりで、しかし声を掛けられた途端にラフォリアに戻るのだから不思議なものだ。
「……彼が今のお前のお気に入りか」
「見つけたのは偶然だ、今のところ特に手を貸してはいない。……だが期待はしている」
「お前が自らの手で地上に送り届けるくらいだからな」
「やっと1段上がったところだ、お前達の手には任せられん」
「……前々から思っていたが、お前は案外過保護な奴だな。確かオッタルの相手をしていた時にも」
「忘れろ、そのことは2度と口にするな。誰かに吹き込めば本当に殺す」
「……分かった」
ふと横を見れば、ベルとミノタウロスの戦いを見ていた者達が妙に落ち着かない様子でウロウロとしているのが見えた。ここに来るまでも下の者達の機会を奪うが如く暴れ回っていた彼等だ。仕方がないとラフォリアが近くの階層から大量のモンスターを呼び寄せてその辺りを上手く調整したつもりではあったが、そのことについてフィンに普通に小言を受けたりもした。
そして今もまだ体を動かしたくてたまらないと言った様子の彼等を見て、ラフォリアは薄らと笑みを浮かべる。
「ガキだな」
「ああ、だが私達が失ってしまったものでもある」
「結局のところ、歳を取るに連れてステータスが上がらなくなるのは感情を抑える術が上手くなるからだ。爆発力のある若い人間でなければ出来ないこともある。お前達の様な立場になれば易々と無茶をする事もできまい」
「私達はあの子達の命を預かっている身だからな」
「それならそれでもういい、お前達に変に期待はしない。だがせめて奴等の踏台くらいにはなってやれ。せっかくあれだけ良い粒を揃えたのだ、大成させなければお前達の責になる」
「私達とてまだ負ける気はないのだがな」
「言葉ではなく成果で見せろ。お前達が7年躓いている場所を私は1週間で超えたぞ」
「……それを言われると何も言い返せないか」
けほけほ、とラフォリアは小さく咳をする。
それに対して怪訝そうな顔をするリヴェリアであるが、ラフォリアは何でもないと持っていた水筒で喉を潤す。どうにもダンジョンに潜っている間も、彼女はこうして定期的に咳をこぼしていた。それはフィンもリヴェリアも気付いていたところではある。
「お前まさか……」
「……そもそも治ってはいないと言っていただろう」
「ならば遠征などに参加している場合では……!」
「そう言われるのが鬱陶しいから黙っていた、別にこの程度ならば何の問題もない。普通にしていれば喀血もしないし、薬もある」
腰に付けていたその水筒に入っていたものこそ、アミッド・テアサナーレが彼女のために作った薬だった。実際その効果は凄まじく、一度口にすれば数時間は咳すらなくなる。戦闘に入る前に飲んでおけば不意の咳に困ることがないというだけでラフォリアにとってはありがたい物だった。そもそも彼女の言う通り、この程度であれば大きな問題ではない。
「確かに悪化はしているが、今直ぐどうこうなる話でもない。酷い時には一日中血を吐いていた、それを思えば随分と良くなったものだ」
「……本当に、良く生きて帰って来たな」
「……最後にもう一度だけでもあの女に、挑みたかったからな」
「……そうか」
そうこうしているうちに野営の準備は完了したらしく、2人は最後の打ち合わせに呼ばれた。明日には59階層に突入する、そこに何が待ち受けているのかはラフォリアも知らない。
打ち合わせが終わった後、リヴェリアは妙に緊張している様子が見受けられたラウル達二軍の団員達のもとを訪れていた。
以前は58階層で全滅しかけ撤退させられる羽目になったこともあって、主にラウルが周囲を怯えさせる様なことを言っているのではないかと思ったからだ。ちなみにそれは実際にその通りで、彼は酷く怯えながらネガティブなことを散々に語っていた。
リヴェリアは軽く冗談を言いながらもその空気を和ませることに尽力する。
「そ、そうですよね!それに今回はあのラフォリアさんが居るんですから!」
「「それはそう!!」」
一瞬リヴェリアが驚くくらいの大きな声でアリシアの言葉に頷いたのは、ラウルとアキ。ことのつまり、以前にベートと共に地獄巡りに連れていかれた例の可哀想な2人。
あの時の地獄巡りでステータスがそれなりに上昇したとは聞いていたが、どうやらそれ以外にも影響はあったらしい。特にラフォリアへの信用という面で。
「いや、ほんと……ラフォリアさんが居るだけで生きて帰れる感が凄いんすよ……」
「あの、2人は彼女にダンジョンで酷い目にあわされたと聞いていましたが」
「……うん、それは否定しないわ」
「……前も後ろも、上も下もモンスター。今思い出すだけでも体が震えるっすね」
「だからお二人とも25階層を通る時に妙に神妙な顔をされていたんですね……」
「その代わりセイレーンの処理が引くほど早かったけどね」
3階層分のモンスターを一度に相手する恐怖。あれを何度も乗り越えた身からすれば、既にあの階層のモンスターの処理は手慣れたものだった。特にセイレーンを叩き落とす腕は最早変態染みていた。
そして驚くのは、そんな目に遭わせた張本人たるラフォリアの評価が2人から妙に高いこと。これに関してはリヴェリアも不思議に思った、てっきり完全に恐怖しているのではないかとも思ったのだが。
「まあ、その点に関して言えば私達が今こうして生きているのが答えっていうか……」
「……?」
「いや、その、恥ずかしながら最初の数回は自分とアキ、2人とも途中で気絶したんすよね。気付いたらボロボロのベートさんが死にそうな顔して座ってて、その横でラフォリアさんが食事の準備してて……」
「え、あの人って料理するの?」
「普通に美味しかったっすよ、男料理って感じで」
「結局その後も何回か『あ、これ死んだかな』って思いながら気絶するんだけど、気付いたら同じ感じで目を覚ますのよ」
「それで一回試してみたんすよ」
「何をだ?」
「自分が徹底的にモンスターを引き付けて、アキの負担を減らしてみたんす。どうやって生き残ってるのか知りたくて」
「……意外とラウルは時々めちゃくちゃな無茶をしますよね」
まあ実際のところ、その頃には精神的にも肉体的にもゴリゴリに削られており、殆ど正気を失っていたからこそに過ぎなかったりもする。最初の方は何とか気張っていたベートすら、最後の方は気絶していたし、ラフォリア本人すら少しの疲労の色を見せていたくらいだ。それほどに凄まじい鍛錬、珍しくかなりの数値がステイタスに反映されていたのを見た時は3人とも妙な達成感を感じたりもした。
「まあ結局、ラフォリアさんが助けてくれてたのよね。ラウルが気絶した瞬間に割り込んで、担ぎ上げて、破壊した壁際に隠して」
「へぇ、優しいんですね」
「優しいというか、あれはどちらかと言えば面倒見の良い女だな」
「だからまあ、その点に関しては信用できるというか……」
「最後まで手を貸してくれないんすけど、命だけは助けてくれる。その上、実力もアレっすからね」
「「「アレ………」」」
なお、この場にいる全員がアレを見ていた。
具体的には単独でフレイヤ・ファミリアに乗り込み、最終的に"都市最強"の座を勝ち取ったアレのことである。
もちろん女神フレイヤの頬を叩いたところも、オッタルの頭を撫でていたところも、全部だ。つまり彼女のそういう面倒くさいところも、この場にいる者達は皆しっかりと知っている。
「だから、あんまこういう考え方は良くないと思うんすけど……足を踏みはずしても最悪の事態を防いでくれる人が居るっていうだけで、心持ちが全然変わってくるんすよね」
「ほう、私達だけでは不満ということか」
「あ、いや!そういうことじゃなくて!!」
「冗談だ」
「リヴェリアさぁあん……」
なんにしても、そう思われるのは彼女の実力と人柄があの一件で知れ渡ったからこそのものなのだろう。
リヴェリアとて分かっているし、同じ気持ちだ。
自分達の指揮を見られていることに対する緊張感は当然あるが、それでもミスをした際に助けてくれる明確に自分達より上の人間が居るということには安心感がある。7年前に多くの老年の冒険者達が死んだ、それ以降は常に自分達が一番上の立場となっていた。故に彼女の存在というのは久しく感じていなかった気分にもなって、とても頼もしい。
(しかし同時に……)
とても申し訳なくも感じている。
彼女をその立場にさせてしまったことを。
彼女に追い抜かれてしまったことを。
「リヴェリアさん。ゼウスとヘラの眷属ってみんなあんな感じだったんすか?」
「うん?……いや、彼女が独特なだけ。というより、アレ等の眷属は揃って個性的だったな」
「へぇ、そうなんですね」
「7年前のことを知っているお前達からすれば恐怖の対象でしかないと思うが、結局のところ根底は悪ではなかった。ただ只管に強い、そしてオラリオとそこに住む人々を愛していた」
「………」
「私やフィン、ガレスにオッタル……今やこの地位に居る私達だが、当時はその末端にすら敵わなかった。だが奴等はそんな私達を酒場に連れて行くなり三大クエストの支援班に入れたりもした。……まあ、そういう意味では確かにラウルの言う通り、ゼウスとヘラの眷属はあんな感じなのだろう。その部分においては彼女はそれを一番色濃く受け継いでいると言っていい」
彼等は後進への期待というものが大きかった。それ故に抱いた怒りや失望というのも大きかったのだろうと、今は思う。
未だ足元にも及ばなかったガレスを度々酒場で弄っていたザルド然り、実力のない年長者という妙な立ち位置だったリヴェリアに対して何の容赦もなく罵倒を浴びせながらも結局は彼女のことをしっかり覚えていたアルフィア然り、フィンやオッタルがベヒーモス討伐に付いていくと言って聞かなかった時にも結局は支援員としてそれを受け入れたのも彼等だ。彼等のそういった気安さが今の自分達を作り上げたと言っても過言ではなく、彼等は間違いなく自分達に強い期待を抱いていた。
「ってことは、ラフォリアさんも三大クエストに行ってたってことっすか?」
「いや、当時あいつはまだ10歳くらいだったからな。どちらにも参加していない……というか、そもそも教えられてすらいなかったと記憶している。定期的に1〜2ヶ月ほどダンジョンに潜っていたからな、その隙を狙って奴等も準備を進めていた」
「……意外と過保護だったんですね」
「それほど期待されていたということだ、私達にとってのアイズのようなものだからな。それより横暴で常識はあったが」
「常識がある人は1ヶ月以上もダンジョンに潜らないと思うんすけど……」
「常識はあったが、それを守るとは言っていない」
「それ多分、常識があることがむしろ厄介って奴ですよね……」
「フレイヤ・ファミリアを叩き潰しておきながら結果的にオラリオへの影響はそれほど大きくなかったろう。つまりはそういうことだ」
多分それが例えとして一番適した事例なのだろう。
まあ何にしても変に誤解されていたり嫌われたりしていないというのは素直に良かったと言える。実際彼女も流石に15年前と比べれば大人しくなった方ではあるし、そもそもシャクティのように15年前の時点から彼女に好意的な者もそれなりに居た訳なのだから、こうなるのも至極当然の話だったのかもしれない。
「とは言え、今回あいつは極力手を貸さないと断言している。お前達がダンジョンに潜っていた時のように容易く助けてくれるとは思うな」
「ひぃ、やっぱ駄目っすか……?」
「ラウル、頑張んなさい」
「アキも酷いっす!?」
「……ところでリヴェリア様」
「?どうしたアリシア」
「ラフォリアさんが上層で"猛者"を正座させていたと聞いたのですが、それは本当ですか……?」
「………」
「「「………………」」」
「……オッタルに殺されたくなければ無闇に言いふらさないように徹底しろ」
「「「はい」」」
地上に戻ってから一瞬で広まった。