【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
例えば51階層をモンスター達の群れを必死になって抑えながら走っているとして、その後方で走るのも面倒だといった具合に小さく欠伸をしている女を見たらどう思うだろうか。
例えば52階層を下層からの砲撃に晒されながら涙目になって走っているのに、その後方で砲撃を興味深そうに一切の恐怖なく見ている女が居たらどう思うだろうか。
それどころかむしろ……
「トロ子、お前は本当にトロいな」
「そ、そそ、そんなこと言ってる場合じゃないですー!?!?」
砲撃で生じた大穴の中に落ちて行く自分を、一緒に落下しながら溜息を吐いて見てくる女を見たら……文句の一つや二つ言いたくなるのも仕方のないことではないだろうか。
少なくともレフィーヤはそう思うし、何故そこまで冷静で居られるのか心の底から分からなかった。
「そら、2発目が来るぞ。どうする」
「どうにかしてくださぁぁあい!?!?」
「他力本願しか出来んのか、お前は。自分でなんとかしろ」
「無理無理無理無理無理ですぅぅうううう!!!!」
「レフィーヤァァァアアア!!!!!」
「ティオナさん!!」
2発目の砲撃が放たれたにも関わらず、一切助ける気のないラフォリア。そんな彼女を見てかティオナまでそこに降りて来て、炎弾に自身の大剣を叩き付ける。
そして爆発の瞬間、ようやくラフォリアはレフィーヤを隠すようにして抱き寄せて、爆風から彼女を守った。なお、そのあと秒で捨てられた。ついでに頭も叩かれた。
「あ、あちちちち!?くっそー!よくもやってくれたなー!!」
「よくやった阿呆アマゾネス、お前のような奴は嫌いではないぞ」
「?よく分かんないけど褒められた!!」
「その調子で飛龍も殺してこい、そら来たぞ」
「うぇっ!?」
砲撃で生じた穴に向けて大量に入ってくるのは小型の飛龍、空中を自在に飛び回る彼等は落下するだけのこちらにとってあまりにも不利な相手だ。故に……
「チンタラしてんじゃねぇ!!!」
もう1人、ベート・ローガが救援に入る。
彼は壁を走りながら最高速でこの場に駆け降り、飛龍の一体を蹴り飛ばした。上を見るが他に降りて来る人間は居ないようだった、それはつまり……
「駄狼、お前だけか」
「十分だろうが!!」
「どう考えても不足だろう」
「んだと!?」
ラフォリアは一つ息を吐く。そしてこの状況を利用したフィンに悪態をつく。あの男は分かっていて戦力を割かなかったのだろう、下手にこちらに戦力を回せばラフォリアが手伝わないことを知っていたから。
……その考え通りに動くのは気に食わないとは言え、ラフォリアはしかたなくレフィーヤを抱えて壁を蹴った。ベートとティオナに速度を合わせ、周囲を飛び回る飛龍へと目をやる。
「一度スッキリさせるか」
【爆砕(イクスプロジア)】
「「「っ!?」」」
直後、周囲を高速で飛び回っていた飛龍達が空間ごと爆破される。僅か一撃で数十の飛龍達が灰に変わり、落ちて行くその様子。ここまでの魔法というものを見たことが無かった3人は、特にあの時にラフォリアとオッタルの戦闘を見ていなかった3人は、ただただその光景に驚愕した。
しかしそんな無駄な時間を浪費している暇はない、こうして生まれた余裕を十分に活かさなければまた撤退を余儀なくさせられてしまう。
「さてお前達、これからどうする?」
「っ!」
「このまま動いても何れ嬲り殺される、運良く下に着いても砲撃の主という敵が増えるだけだ。さあ考えてみろ」
「…………」
ラフォリアの視線が向いているのは、主にレフィーヤの方。つまりその問いかけは3人に語ってはいるが、答えを求めているのはレフィーヤということだ。それはこの状況を打破するための策はお前が作れと言われているということでもあり、その策の指揮すらお前が取れと言われているのと同義で……
「……わ、私がやります!!」
「ほう」
「私が魔法で叩き落とします!だから、えっと……絶対にベートさん達には当てないので!その、信用して下さい!!」
「だそうだ、お前達はどうする?」
レフィーヤのヤケクソ気味なその言葉、しかしラフォリアはそれを面白そうに聞いていた。そしてそう問いかけられた2人も当然、そこまで言われてしまえば断ることもない。
「ハッ、良いじゃねぇか。話が単純で分かりやすい」
「私もいいよー!レフィーヤのこと信じてるからさ!」
レフィーヤのその決意を受け入れた。
当然だった。
2人ともレフィーヤの頼りなさは知っているが、それと同時に彼女の才能も知っているのだから。少しでも気合を入れて精神的に落ち着くことが出来たのなら、彼女はそれなりに頼りになる戦力に変わる。
「……では、私も少しは手を貸してやるとするか」
そう呟きながら、ラフォリアは逆手で腰に付けていた剣を引き抜いた。
ただそれだけでピリと空気が引き締まった様な気がして、現時点で"都市最強"の女の圧に3人も思わず息を飲む。決して大きくはないその剣、しかし近接戦闘を主にしているベートとティオナにはそれが大剣のようにも見える。それほどの存在感を放っているのだ、この女が手に持つだけで。
「私はこれより貴様等の指示通りにしか動かん、それと魔法もこれ以上に使うつもりはない。……上手く使えよ、頭と目を回せ。そうでなければこの戦力で突破は現実的でない」
「上等だ!やってやらぁ!!」
「ラフォリアさんへの指示はレフィーヤがお願いね!」
「私に丸投げですか!?」
「そら、次の飛龍が来たぞ。早く指示を出せトロ子」
「うわぁぁああん!!もうどうにでもなれー!!」
レフィーヤは今度こそヤケクソになった。
というかヤケクソにならなければ死ぬ場所であった。故に彼女は普段から見ているリヴェリアの指揮や、そのリヴェリアから教えてもらった知識をフル動員し、とにかく必死に頭を回す。
「ティオナさんとベートさんはとにかく暴れて飛龍の気を引いてください!!ラフォリアさんは私を抱えて砲撃から守って下さい!!」
「いいだろう」
「っしゃ行くぞバカゾネス!!」
「分かってるよ!!」
『誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ!!』
押し寄せる飛龍の群れに突っ込んでいくベートとティオナ。そしてラフォリアは言われた通りにレフィーヤを抱えながら、穴の出口を目指した。レフィーヤが行ったのは本当に最低限の方針提示だけ、それより優先すべきことがあるというのが彼女の下した判断。
『同胞の声に応え、矢を番えよ。帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢。 雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え!!』
『ヒュゼレイド・ファラーリカ!!!!』
「ほう」
炎属性の広域攻撃魔法、レフィーヤが使うことによってそれは数百数千の炎の矢を一気に解き放つ殲滅魔法へと変わる。深層のモンスター達ですら焼き尽くす矢の大群は、文字通り飛龍の群れを押し返した。
そのあまりの威力と範囲に素直に感心するラフォリア、ベートとティオナもその合間を縫うようにして戻って来る。
……ちなみに当てないようにするとは言ったが、実際に当たらなかったのは2人が普通に避けたからである。何もしなければ直撃はしなくとも爆風に巻き込まれてはいた。
「……!ベートさん!!後ろに!!」
「何?……ガァッ!?」
しかしその爆風の中、同じように抜け出して来た1匹の飛龍がいた。他の個体とは違い明らかに速度が早く、見た目も異なっている。
「強化種!?そんなのもいるの!?」
「クソが……!!」
「……おいトロ子、気付いていないようだが再び捕捉されたぞ」
「えっ!?あっ……!!ど、どうしたら!?」
「好きにしろ」
「わっ、わわっ、わーわーわー!!」
いきなり入って来たいくつもの情報に、頭の中が混乱してしまう。
この狭い空間で強化種の飛龍をどうにかしながら、下層からの砲撃に対処しなければならない。見た限りでは強化種の速度は速過ぎてベートとティオナでも落下しながらではどうにもならないらしく、それに時間をかけ過ぎれば砲撃の良い的だ。
「……思い出せ、最初の砲撃をお前はどう防いだ」
「さ、最初の砲撃?そ、それは確か………はっ!ティオナさん!」
「飛龍は近接戦闘で殺すのは難しい、だとすればどうする?」
「え、えっと、えっと……遠距離攻撃の魔法!!」
「ならば指示はどうなる」
「ティ、ティオナさん!!お願いですからもう一度だけ砲撃を防いで下さい!その間に私が飛龍を倒します!!」
「うーん、分かった!!痛いけど頑張る!!」
「駄狼の方はどうする」
「え?あ、えっと、えっと……!」
「流石にあの阿呆も3発目の砲撃を防ぐのは難しいだろうな」
「!……ベートさんは今のうちにヴァルガング・ドラゴンを倒して来て下さい!!」
「上等だ!!」
ラフォリアになんとか助けられながら、指示を出していくレフィーヤ。飛龍を倒すためにラフォリアに放り投げられると、壁を下りながら彼女は詠唱を始めた。
……並行詠唱、少しでも強化種との距離を縮めるために走りながら彼女は魔法を唱える。ラフォリアはそんな彼女の横を走りながら邪魔をする普通の飛龍を切り裂いていく。
『解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢………アルクス・レイ!!!』
「うおりゃぁぁあああ!!」
レフィーヤの放った光の矢が強化種に直撃し、下層から放たれた砲撃をティオナがその身を以って相殺した。
その隙にベートは一気に下層へ向けて駆け降り、ラフォリアは気を抜いたレフィーヤとダメージを受けたティオナの2人の首を掴んでベートを追う。その速度にレフィーヤは再び目を回してしまった。こういうところである。
「……戻って来てやったぞ、クソッタレども」
地下58階層。
それは一度はロキ・ファミリアが撤退させられた因縁の階層。そこに今こうして再び戻って来た。ベートからしてみればそれは色々と思うこともあって、今度こそという気持ちも強くなって。
「さて、此処からが本番だ」
それから大体10分程度。
死闘に続く死闘。並行詠唱で解き放つ魔法と同時に、慣れない指揮を取らされ、その上で隣には常に圧を掛けてくる人間がいるこの状況。更には芋虫型の新種のモンスターまでもが出現し、三つ巴。何度も何度も死にかけて、その度に助けられる。それはベートやティオナも同じで、1秒たりとも気を抜ける時間など存在していなかった。それほどに激しい不利な戦闘が続いた。ラフォリアは本当に指示したことしかしてくれなかったから。
「よくやったなトロ子、褒めてやろう」
「……………」
つまりまあ、レフィーヤは死んでいた。
……いや、死んではいないが、半分くらいは死んでいた。
疲労とストレスで。あと3回くらい本当に死にかけた。彼女は今日まで生きて来た中で最も生と死の間を反復横跳びしたのだ。なお、疲労でグッタリとしているのはティオナとベートも同様である。彼等も頑張った。頑張ったのだ。
ただまあ少しだけ、敵の数が多かったというだけで。
「さて、腐食液の塊のような緑色のモンスター。あれが鬱陶しいことこの上ない」
今もまだヴォルフガングドラゴンすら屠りながらこちらへ向かって来る芋虫型のモンスター達。
レフィーヤは最早言葉すら話せないほどに疲労していて、ベートもティオナも疲労に膝を突いている。しかしラフォリアとしては彼等の働きは十分に合格点だった。未だにこうして立ち上がろうとしているところもまた、好印象といったところ。ここまでやれたのなら、後はもういい。元々この新種のモンスターに関してはラフォリアも想定していなかったのだから、異常事態に対してもよく対応した方だ。
「お前達、少し伏せていろ」
ラフォリアが自身の右手に魔力を集中させる。
凄まじい魔力を扱うレフィーヤですら目を見開くほどの濃密なそれ、そんな物を当たり前のように扱うのがヘラの眷属たる由縁。彼女の追い求めた女はこれ以上の魔力を行使していたというのだから、やはり才に愛された者達というのは桁が違って……
【爆砕(イクスプロジア)】
ーーーーー【撃災(カラミティ)】
それによって生じる現象もまた、格が違っていた。
「……さて、今回の講評についてだが」
そして当然のように始まる、ベートはよく知っているこの時間。
闘争がいち段落した際に必ず彼女が行う、今回の件での自分達の成した働きへの彼女の批評を聞く時間。凄まじい爆破を起こしておいて、背後でボロボロとなった空間を作り出しておいて、何事もなかったかのようにベート達の元へ歩いてくる彼女の感想。
57階層の入口では漸くフィンやリヴェリア達が到着して入ってきたところだったのが、ラフォリアはそれもどうでも良かったらしい。彼女にとって今一番大切なのは、この時間だったのだから。
「まずは駄狼」
「………」
「以前よりも反応が良くなったな。単純な速度向上だけでなく、対処の優先順位付けが出来るようになった。私との鍛錬の後も自己反復を忘れなかったようだな、褒めてやる」
「チッ」
「次からは複数の敵を纏めて潰すことを意識してみろ。今も気付けばしているのは分かるが、意識しているのと、していないのとでは見え方が相当に変わる。お前は意外と手堅いからな、もう少し手を広げてみろ。慣れれば効率も変わる」
「………分かった」
意外にもラフォリアの助言に素直に頷いたベートに驚くティオナとレフィーヤ、しかし彼からしてみれば彼女は間違いなく自分よりも色々な意味で上の人間だ。それは認めている。特にそれが戦闘に関する助言となれば、彼が受け入れない理由の方が無かった。事実それを受け入れて自分は強くなっているのだから、それを実感出来ているのだから。
「次に阿呆アマゾネス」
「は、はい!」
「お前は本当に阿呆だな」
「え〜、酷くな〜い?」
「だがその阿呆はもうどうにもならんだろう、気にするだけ無駄だ。ならば活かすしかあるまい」
「なんかすっごい悪口言われてる気がする……」
「せめて防具の1つや2つくらい着てこい」
「え〜」
「そのせいでお前の仲間が死ぬぞ」
「っ!」
「お前の好みもある、動き辛くなるようであれば無理にとは言わん。だが胸当て一つ、手甲一つであっても生死を分ける。最低限、この程度の攻撃で傷付かない程度の衣服くらいは着て来い。先ずはそこからだ」
「……うん、考えてみる」
技術以前の話。
阿呆は阿呆なりに優秀な駒となれ、せっかくの身の強さを無駄にするな。そういう話だ。まあアマゾネスだからこその話はあるかもしれないが、ラフォリアからしてみれば勿体無いの一言に尽きる。せっかく優れた能力を持っているのに、それを装備というハンデで無くしてしまうことは。防具が嫌ならば強い生地の服くらい着て来いということ、それだけでも生存力は格段に上がる。
「最後にトロ子」
「は、はい……」
「……出来るようになったか、並行詠唱」
「は、はい」
「よくやった」
「………!!」
褒められた、普通に褒められた。
驚き、戸惑い、嬉しくなる。
彼女の笑みは柔らかい。
それには後ろから追いついて来たフィン達も素直に驚いていて……
「指示はゴミだったがな」
「ぐふっ」
ダメ出しももちろん入る。
そこまで彼女は甘くない。
「貴様、自分には指揮は関係ないと思っているだろう。後衛で大砲として待機する貴様が指揮を取らず、いったい誰にやらせるつもりだ?余裕のない前衛に押し付ける気か?」
「ごふっ!?」
「今のままでは話にならん、知識も頭も目も足りん。並行詠唱も練度が低過ぎる、指揮を任されてから明らかに精度が低くなっていたのは貴様も自覚していたことだろう」
「あうあう……」
「精神面も脆弱過ぎる。落下し始めてから覚悟を決めるまで何秒かかった、私ならその間に昼寝が出来るぞ」
「ひぃん」
「単独では役に立たん、魔力どうこう以前に自分を磨け」
「うぅ……うぅ……」
「ラ、ラフォリア、その辺りで……」
「リヴェリア、貴様もこいつに対して甘過ぎる。一度本物の地獄を見せてやらんと何も変わらんぞ、こいつは。いつまで才能に甘えさせているつもりだ、勿体が無いにも程がある」
やはりレフィーヤに対しては厳しいところがあるが、それも彼女の才能を考慮してのものであると誰もが分かる。実際彼女の才能を精神的な不安定さが邪魔してしまっていると思っている者はそれなりに居るのだから。
……とは言え、もう目的地は目の前。これから最低限の休憩をしたら59階層に赴かなければならない。ここでレフィーヤを虐めて肝心な時に役に立たなくなっても困ると考えて、ラフォリアは一先ず説教を終える。
「それとフィン、貴様後で覚えておけよ」
「あはは……それは忘れてくれていると助かるかな」
ちなみに助からなかった。