【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者24:精霊

59階層、記録によれば極寒の氷河地帯。

ラフォリア自身もそう聞いていたし、そのための耐寒装備も彼等は持って来ていた。そのための準備を怠ってくることは決してなかった。それほどの環境だと伝え聞いていたからだ。

……しかし今、こうして現実で目の前に広がっているのはそれとは真逆の熱帯の密林。寒いどころか暑い、むしろ不快な汗をかく。その上。

 

「あれは……」

 

「……18階層で見た奴とそっくりだな」

 

「宝玉の女体型……」

 

密林の奥で見つけたのは、18階層で出現した女体型のモンスターが他の緑色のモンスター達から魔石を受け取り貪っているその様子。普通の冒険者であるのならば、それがどういう意味かは何を言わなくとも分かる。戦慄する。

単なる女体型であっても十分な力を持っていたというのに、あれはつまりそれの強化種。それも付近がモンスターの死骸の灰で砂漠のように埋め尽くされるほどの量を既に摂取した、どう考えても手遅れの。

 

「……ラフォリア、君はどう思う?」

 

「少なくとも階層主級は覚悟しておけ、必要であれば勝手に入る。先ずはお前達だけで戦え、そうでなくとも支援くらいはする」

 

「分かったよ」

 

絶望的なほどの相手ではない、そういう判断なのだろう。しかしそうこう話しているうちに、事態は最悪の方向へと向かいはじめた。

 

「「「!?」」」

 

突如として咆哮を上げ、その姿を歪に変えていく宝玉のモンスター。

元々あった身体を一度大きく崩したかと思えば、それはすぐさまに再び構築されはじめ、球体となり、蕾となり、花が開く。その短くも長い時間を誰もがただ見つめることしか出来ず、空間には変異に関する音以外に響くものはなにもなかった。

そうして中から現れたのは、見知らぬ女の上半身。モンスターらしさなど残っていない、ただ美しい女の姿。……美しいのは、見た目だけ。

 

「………精霊?」

 

アイズの零したそんな一言が、仲間達の元へ動揺と共に広がっていく。そんなことは当然だ、一体誰があんなモンスター達が目の前の存在を、つまりは精霊を生み出すためのものだと思うのか。そしてどうして精霊などという伝説上の存在が本当にこの場に現れると思うのか。アイズ自身も、目を見開いて固まっているというのに。

 

「おい、杖を渡せ」

 

「え?あ、はいっす!」

 

しかしラフォリアにとっては目の前の存在が何であろうと構わない。なにやらアリア、アリアと喋っているが、ここに来てアレが味方であるはずがないのだから。あんな歪んだ生まれをした存在が、地上の生物にとって良き物である筈がないのだから。

魔力を練り、ラウルから受け取った大杖をコンと床に当てる。

 

「総員!!戦闘態勢!!」

 

フィンから指示が飛ぶ。

ラフォリアはリヴェリアの隣に立ち、しかし何をするでもなく目を細めて精霊を見つめる。あの姿を見た瞬間から、危惧していることがあったからだ。わざわざこうして杖まで持ってリヴェリアの横に立ったのは、それが理由。

 

「リヴェリア、ラフォリア、詠唱は少し待って欲しい」

 

「フィン?」

 

「…………」

 

「親指の疼きが止まらない、何かが来る」

 

大量に差し向けられた芋虫型のモンスター達、そしてそれを無視して突っ込んでいこうとするティオナ達を叩き落とそうとする、凄まじい力を持った大蔓の群勢。しかしまさかその程度とは思うまい。隠しているものがそれだけで済むとは、この場にいる誰もが思っていない。

 

『火ヨ、来タレーー』

 

『灼熱の激心、雷撃の暴心、我が怒りの矛先に揺らぐ聖鐘は笑う』

 

 

「「「!!!」」」

 

「詠唱!?モンスターがじゃと!?」

 

「リヴェリア!結界を張れ!!」

 

「くっ、分かっていたのなら先に言え!ラフォリア!」

 

精霊が詠唱を呟き始めたのとほぼ同時にラフォリアもまた詠唱を始めたのを見て、悪態をつきながらリヴェリアも詠唱を始める。

しかし次の瞬間、なぜラフォリアがそこまでして警戒する必要があったのか。それも詠唱をほぼ同時に始めるということまでする必要があったのか。その本当の理由をリヴェリアは知ることになる。

 

『泡沫の禊、浄化の光、静寂の園に鳴り響く天の音色こそ私の夢』

 

『舞い踊れ、大気の精よ、光の主よ』

 

『炎ヨ、猛ヨ猛ヨ、炎ノ渦ヨ。紅蓮ノ壁ヨ、豪火ノ咆哮ヨ。突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ。燃エル空、燃エル大地、燃エル海、燃エル泉、燃エル山、燃エル命ーー』

 

 

(超長文詠唱!?しかも早過ぎる!?)

 

 

『故に代償は要らず、犠牲も要らず、対価を求める一切を私は赦さない』

 

『森の守り手と契りを結び、大地の歌を持って我等を包め』

 

明らかに詠唱の量が違い、単純な詠唱速度の桁が違う。ラフォリアがここまで詠唱を始めることに急いだ理由はそこにあった。そもそも精霊という存在と普通の眷属では、魔法に対する適性が違う。いくら魔法に長けているエルフと言えど、神の僕たる精霊に敵うはずがないのだ。

 

『全テヲ焦土ト変エ、怒リト嘆キノ号砲ヲ、我ガ愛セシ英雄ノ命ノ代償ヲ。代行者ノ名ニオイテ命ジル、与エラレシ我ガ名ハ火精霊、炎ノ化身、炎ノ女王ーー』

 

『これより全ての原罪を引き受ける。月灯に濡れた我が身を見るな。ーー泣け、月静華』

 

『我等を囲え大いなる森光の障壁となって我等を守れ。ーー我が名はアールヴ』

 

 

 

 

【ファイアーストーム】

 

 

【クレセント・アルカナム】

 

 

【ヴィア・シルヘイム】

 

 

階層内に出現した小さな月とその光は、リヴェリアが生み出した結界を照らし出す。対して波の様に襲い来る灼熱の豪火、それは比喩でもなんでもなく階層全体を焼き尽くす。

 

「っ……!結界が!!」

 

「全員防御態勢!!ガレス!貴様が盾になれ!私の魔法で魔法耐性は上がっている筈だ!!」

 

「分かっとるわい!!」

 

「ラフォリア!もう限界だ!!」

 

「チィッ!!」

 

僅か1分も保つことなく、結界に亀裂が生じる。砕けた箇所から、炎の海が雪崩込んでくる。

そうして完全に障壁が砕け散る瞬間、ラフォリアはリヴェリアの首根っこを引っ掴んで炎波から自身の背中に隠した。それは単純にラフォリアの方が魔力耐性が強かったからだ。少なくともガレスよりも前で盾も無しに受けていい攻撃ではないと判断した。

 

「ラフォリア!!」

 

「黙っていろ!!この程度問題ない!!」

 

「っ」

 

それでも炎は2人を襲い、結界内に居た全員を焼き尽くす。破壊された箇所からの直撃を受けたガレスはその盾ごと押し流され、ラフォリアに守られたリヴェリアもその例外ではなく炎に攫われた。

ラフォリアの魔法耐性を受けていたとしてもこの有様、もし本当に直撃を受けていたらどうなっていたことか。

 

……炎が晴れた時、彼等はそれでもなんとか立つことが出来ていた。階層が更地となり、装備は焼け、全身に酷い火傷を負ってしまった。それでも何とか次に備える程度の余力を残せていたのは、単純に魔導士2人と盾役の頑張り故のものである。

 

 

 

『………』

 

 

 

だからこそ、精霊は考えた。

今の魔法の効果を踏まえて、果たしてこの者たちを滅ぼすのに適切な手段とは何か。有効な魔法とは何か。それはつまり……

 

 

『地ヨ、唸レーー』

 

 

「「「っ!!!?!?」」」

 

 

「ラウル達を守れ!!!」

 

 

【爆砕(イクスプロジア)ーーー】

 

 

『来タレ、来タレ、来タレ。大地ノ殻ヨ、黒鉄ノ宝閃ヨ、星ノ鉄槌ヨ、開闢ノ契約ヲモッテ反転セヨ。空ヲ焼ケ、地ヲ砕ケ、橋ヲ架ケ、天地ト為レ。降リソソグ天空ノ斧、破壊ノ厄災ーー代行者ノ名ニオイテ命ジル。与エラレシ我ガ名ハ地精霊、大地ノ化身、大地ノ女王ーー』

 

 

 

 

【撃災(カラミティ)】

 

 

【メテオ・スウォーム】

 

魔法耐性だけでは防げない、巨大な岩石を召喚し、上空から射出する超長文詠唱物理攻撃魔法。その高速詠唱。

敵を殺すために精霊が選んだ魔法は酷く的確であり、それに対して全員が取れた行動は防御の一手のみ。Lv.5以上の者がLv.4以下の者を身体を張って必死に守るという行為のみ。

それほどに2発目のこの魔法には1発目の様子見とは異なり、尋常ならざる魔力が込められており、盾を失ってしまった彼等にとっては、それでも確実に生き残れる保証はなかった。

……何故なら精霊は、その魔法行使に余裕すら失っていたからだ。否、1発目があれほどまでに抑え込まれた時点で、既に警戒心が高まっていたからだ。

 

『死鏡の光(エインガー)』

 

そしてその原因たる女は、今もこうして守るでも防ぐでもなく……ただ1人、それを迎撃してくる。

退くこともなく、身を屈めるでもなく、二本の足で立ち塞がり、睨み付ける。巨大な岩石弾を弾き飛ばし、破壊し、僅かにも恐怖すら感じていない。どころか、その様子に恐怖を感じていたのは精霊の方。

 

岩石弾が降り終わった時、彼女の背後に居た者達は例外なく地に倒れ伏していた。生きてはいても、敗北を悟るには十分な壊滅的な被害を受けていた。

……それなのに、その女だけが立っている。

衣服が焦げ、ダメージは受けている筈なのに、その女は常に自身の魔石がある位置を射抜いている。一瞬でも目を離せば貫かれてしまうような、そんな恐ろしい殺気を放ちながら。

 

『ーーーーーッッ!!』

 

精霊が周囲から魔力を吸い始める。

更地となった空間に芋虫型のモンスター達が更に詰め掛けてくる。

敵の準備が出来次第、直ぐにでも3発目は飛んでくるだろう。全員がそれを悟ってしまい、立ち上がることすら出来やしない。

 

……ただ、目の端に映る女の姿だけが、それを許してはくれない。

最初から変わらずそこに立っている女の背中だけが、今もこうして膝を突いている自分達に問い掛けている。

 

 

 

 

「ーーーあの怪物を討つ」

 

 

 

 

最初にそこに並び立ったのはフィンだった。

何も言わず佇んでいるラフォリアの隣に立ち、敵を見据える。彼に迷いはない、そして曇りもない。

 

「君たちに"勇気"を問おう」

 

恐怖、絶望、破滅。

目の前の存在は正にそれを体現している、それほどに規格外の存在ではある。しかしそれでも言う、彼は自信を持ってそう語る。

 

「僕の目には倒すべき敵、そして勝機しか見えていない」

 

ラフォリアの口元が弧を描いた。

ラフォリアの月は未だ顕在しており、僅かながらでも全員の怪我を治癒していた。結局のところ、彼女はアルフィアのような凄まじい破壊力を持った魔法を持つことが出来なかった。しかし彼女は自身の後ろに立つ多くの者達を支える魔法を持つことが出来た。

何故ラフォリアがそのような魔法を持つことになったのか、どうして彼女が回復魔法などを得ることが出来たのか。その理由こそ単純であり、その理由こそが今この瞬間だった。

 

「ベル・クラネルの真似事は、君達には荷が重いか?」

 

「「「「っ!!!」」」」

 

フィンのその言葉が、再び彼等の言葉に火を灯す。それだけで十分であり、それ以上にこの場で力を持つ言葉は存在しない。

 

それから初めて、ラフォリアは精霊から目線を切る。

腕を組み、溜息を吐き、笑みを見せる。

 

「まだやれるな?」

 

「迷惑をかけたね」

 

「大した相手ではない、お前達で十分にやれる」

 

「その期待には応えるよ、任せて欲しい」

 

「ああ、見ていてやろう」

 

フィンに続いて、アイズが、ベートが、ティオナが、ティオネが、レフィーヤが……1人ずつラフォリアを追い抜いていく。

……この光景だ。

この光景を見るために自分の回復魔法はあったのだと、ラフォリアは確信している。

 

「いくぞ!!」

 

彼等の戦法は単純、アイズの道を切り開くことだった。

フィンが狂化し最前を走り、敵の魔法をレフィーヤがフィルヴィスから受け取った障壁魔法をもってティオナとティオネの力を借りつつ受け止める。背後から迫る大量のモンスターは椿とラウル達が残った武器と魔剣を総動員し、必死になって食い止めた。

 

……そして。

 

「見せてみろ、リヴェリア」

 

「ああ、そこで見ていろ」

 

戦況をひっくり返すロキ・ファミリアの誇る最強砲台:九魔姫。

彼女は詠唱連結により詠唱を繋ぎ、効果を変え、威力を高める。その最大威力はラフォリアの【撃災(カラミティ)】を容易く超え、空間内の指定した対象を確実に焼き尽くす。

彼女は確かにラフォリアよりも、そしてかつてのアルフィアよりもステータス的に劣った存在ではあるが、それでもその秘められた魔法の才は2人に並び立つどころか追い越せる。だからこそ、強くなって欲しかったのだから。Lv.6でもここまでの殲滅魔法を放てる彼女が更に恩恵を昇華すれば、より大きな戦況をひっくり返すことが出来るのだから。

彼女が練り始めたその莫大な魔力は、見るものによっては階層主を超える様な巨大な怪物だ。少なくとも魔法を扱う人間にとっては、大砲という言葉すら生温い。

 

 

【レア・ラーヴァテイン】!!!

 

 

リヴェリアを中心に広がる爆炎の奔流。

まるで最初に受けた魔法のお返しとでもいうかのような火力を持って新種のモンスターを焼き滅ぼし、それまで僅かながらも余裕を持っていた精霊すらも巻き込み、完全に敵を追い詰めた。肉体的にも、精神的にも。

道を開き、整え、より有利な環境に整える。

 

「次はお前の番だろう、ガレス」

 

「……やれやれ、少しは年寄りを労らんか」

 

「お前を待っている奴等がいるだろう」

 

「ああ、そうじゃな」

 

突撃したフィン達の行く手を、突如として地下から出現した植物の壁が遮る。凄まじい硬度を誇るそれに彼等の攻撃は通用せず、唯一の勝機が失われる……ガレスが大斧を片手に突っ込んだのは、正にその瞬間。

 

「…………」

 

そしてその様子に目を細めたラフォリアが動いたのも、その直後のことだった。

 

「ベート!!アイズを通せ!!」

 

「分かってんだよンなこたぁ!!」

 

最後の抵抗とばかりに全ての蔓を飛ばして来た精霊に対し、その全てをベートとフィンがたった2人で撃ち落とす。持っていた魔剣、武器、体力、精神力、その全てを振り絞って。ダメージはもう仕方がないと割り切って。他の何よりもアイズをこの先に通すことこそが先決だと、そう考えた。

 

「ありがとう……!!」

 

だからこそ、アイズもそれを信じて飛び込んだ。その大量の蔓の先に居るであろう精霊に対し、唯一の勝機を掴み取るために倒れていく仲間達を目の端に映しながらも、辿り着いた。

 

漸く、勝ちの目が見えた。

 

そう思ったのだ。

 

誰もが、それこそフィンですら。

 

追い詰めたと、思っていた。

 

 

 

 

「……え?」

 

だがその蔓の束の先に、精霊は居なかった。

 

確実にそこに居た筈の敵が、姿を消していた。

 

フィンも、ベートも、アイズも、目を見開いて硬直する。ここに来ての全くの想定外の出来事に、思考が停止する。

 

 

 

「上だ!!!」

 

 

 

「え?」

 

そう叫んだのはラフォリアだった。

アイズ達を追いかけ、追い付き、壁を蹴って飛び上がる。そうしてアイズが見つめたその先に居たのは、天井に空いた大きな穴と、その中へ消えていく僅かな蔓。

 

「来い!!」

 

「っ!」

 

最後の蔓に掴まったラフォリアが差し伸ばした手に、アイズは掴まった。

59階層から上へ、上へ。

凄まじい勢いで上へと引っ張られていくのを感じながらも、困惑するアイズはよじ登り、ラフォリアと同じようにその蔓にしがみ付いた。

 

「どうして、上に……!?」

 

58階層を通り抜ける。

精霊が必死の形相で上へ上へと階層間を掘り進めながら登っていく姿を、それに引き上げられながら目撃する。

ヴォルフガングドラゴンを含めた飛龍達は幸いにもまだ殆ど生まれていなくて、しかしだからこそ、アイズは困惑するしかない。この精霊は何故逃げ出したのか、一体どこへいくつもりなのか。その理由はもしかすれば……

 

「ラフォリアさん……」

 

「……追い詰め過ぎた」

 

「え?」

 

「貴様等は何も悪くない、これは私のミスだ。私が奴を追い詰め過ぎた」

 

ラフォリアは想像が付いていた。

予想出来たからこそ、走り出した。

 

「どういう、ことですか……!?」

 

「奴はお前達に追い込まれた瞬間に負けを悟ったんだろう、恐らく奴を一番警戒させていた私が戦闘に参加していなかったからな」

 

「それが、どうして……!」

 

「死ぬくらいならば逃げる、ただそれだけの話だ。半端に拮抗していれば最後まであの場でやり合っていたかもしれんが、確実に負けると確信すれば居残る訳がない。あれはそれほど馬鹿ではない。………加えて」

 

「?」

 

ラフォリアも、そうでなくともフィンも気付いていたはずだ。フィンやベート、そしてアイズ達の行手を阻んだ地下から突如として出現した植物の壁。

あれはタイミングを考えてもあの精霊が放ったものではない、つまりここより下の階層に更に強大な存在が居ると考えてもいい。階層越しに的確な支援を行う存在、それは最早ダンジョンと同調していると言っても過言ではないだろう。……だとしたら、もしかすれば。

 

「狙いは50階層、安全地帯だ」

 

「っ!!」

 

「こちらに対して少しでも損害を与えようと考えるのであれば、そこを叩くのが最も効率が良い」

 

「野営地を襲撃して、アキ達を……!!」

 

「そういうことだ」

 

そう話しているうちに精霊は55階層を突破する。その速度は緩むことなく、やはり目的の階層へ向けてただ只管に動いている。階層を超えるために傷付けた自身の身体は直ぐ様に再生し、自身に繋がった大量の蔓で掘り進める。その速度と落ちてくる階層の瓦礫は凄まじく、アイズの風魔法とラフォリアの物理反射がなければ2人はとうに振り落とされていただろう。

 

「それなら、無理してでも今のうちに……!」

 

「よせ!18階層で現れた同類が下半身を切り離したのを忘れたか!奴の本体はあくまで人間体の上半身、今ここで切り捨てられれば確実に追いつけなくなる」

 

「っ、じゃあどうしたら……!!」

 

 

 

『火ヨ、来タレーー』

 

 

 

「「!?」」

 

54階層を突破した瞬間に、精霊が詠唱を始めた。その狙いは分かる、50階層に辿り着いた瞬間に何の準備も出来ていない団員達に向けて不意打ち気味に放つためだろう。そんなことをされてしまえば確実に誰も生き残れないし、アイズの攻撃も間に合わない。

敵は本気で野営地を殲滅するつもりだった。先程までの精霊の在り方とは似ても似つかないそのやり方に、やはり下の階層に存在している何らかからの干渉があったのだと確信する。

 

『炎ヨ、猛ヨ猛ヨ、炎ノ渦ヨ。紅蓮ノ壁ヨ、豪火ノ咆哮ヨ。突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ』

 

「ラフォリアさんの、あの魔法なら……!」

 

「無理だ、"クレセント・アルカナム"は2箇所以上に同時に設置することは出来ない。今はまだ59階層を照らしている筈だ、間に合わない」

 

「それなら、やっぱりここで……!」

 

「考えろ!奴が私達の存在に本当に気付いていないと思うか!」

 

「っ」

 

「奴は50階層を殲滅した後、私達を潰すつもりだ。そしてその後にフィン達を葬り去る、それこそが奴に残っている唯一の勝機だ」

 

「……私達を切り離す準備は出来ている?」

 

「そうでなければこの蔓を1本だけ残しておく必要もあるまい。奴が恐れているのはむしろ、私達が野営地を見捨て、このまま59階層へ戻ることだ。何も手出ししなければ50階層へ辿り着くことは出来る」

 

「でもそれだと……!!」

 

どちらにしても、アキ達は助からない。

アイズの風魔法ではアレを防げない。

むしろリヴェリアの防護魔法もない現状、そのまま一緒に焼き殺されてしまうまであるだろう。打てる手がない、何も残されてはいない。

……故に、アイズはラフォリアの方へと顔を向けた。自分の中には何一つとして存在しない解決策を求めて、自身より強いであろう今この場においてなお冷静に物事を見据えている彼女の中に求めて。

 

『燃エル空、燃エル大地、燃エル海、燃エル泉、燃エル山、燃エル命ーー』

 

 

 

「……私が奴の魔法を無効化する」

 

「え」

 

目を向けたアイズに対して、ラフォリアは瞳を閉じてそう言葉にした。

 

「私が奴の魔法を一度だけ無効化する、お前はその隙に核を撃て」

 

「……そんなこと、出来るんですか?」

 

「しなければお前の仲間達が死ぬだけだ。私の言葉を信じるのか、信じないのか。それを決めるのは私でなくお前だ」

 

52階層を突破する。

もう時間がない。

そして他に選択肢など元より存在しない。

アイズができるのはただ一つ、彼女のその言葉を信用して全てを委ねることだけ。

 

「……50階層に出た瞬間に、魔石に向かって攻撃します」

 

「いいだろう、確実に撃て。その尻拭いをするつもりはないからな」

 

ラフォリアはそうして最後に一度だけ、青色の瞳をアイズに向けて微笑んだ。まるで何かを諦めたように、少し力の抜けた笑顔で。

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