【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
その頃、50階層に居たアナキティ、リーネ、エルフィ達は、突如として響き始めた地鳴りに対して困惑していた。
階層全体が揺れる様なそれに、もしかすれば団長達に何かあったのではないかと。そうでなくとも、残っている団員全員に武装を指示して部隊を纏め始める。
団長たるフィンが居なくともここまで指揮を取ることができる、これこそ集団として育て上げるというロキ・ファミリアの強みであるろう。
……しかし、まさか誰も想像することなど出来るはずがない。今この場にフィン達が直前まで59階層で戦っていた精霊が現れ、出現と同時に魔法を放ってくるなどということ。いくら戦闘準備をしていたとしても、対応出来ることと出来ないことがある。
「っ、何か来る!!」
「な、なにかって何!?」
「分からないけど……総員戦闘態勢!!!」
猫人特有の聴覚でそれを察知したアナキティの指示により、全員が陣形を組んで備える。盾役が前に並び、出現するであろう強大な何かに対して身構える。すると徐々に大きさを増していく地響きと共に聞こえてくるのは、本来ダンジョンの中で味方以外から聞こえてはならないもの。つまりは言葉、その羅列……詠唱。
『全テヲ焦土ト変エ、怒リト嘆キノ号砲ヲ、我ガ愛セシ英雄ノ命ノ代償ヲ。代行者ノ名ニオイテ命ジル、与エラレシ我ガ名ハ火精霊、炎ノ化身、炎ノ女王ーー』
「長文詠唱!?」
「しかも早い!?これって……」
そうして悪夢は、現れた。
まるで巨大な蔓の群勢をドリルの様にして地面を突き破り、そこから花開くようにして現れた女の上半身。
魔力は既に練り終わり、詠唱は既に完了した。
目の前の光景にまともに反応できる者は存在しない。
その存在と現状を冷静に飲み込める者など存在しない。
目の前に現れた圧倒的な絶望に対して、それでもと希望を持って声を出せる者など存在しない。
【ファイアーストーム】
……だからこそ。
【魂の平穏(アタラクシア)】
その生物と自分達の間に割り込んできた女が呟いた詠唱式を、しっかりと聞こえていた者はほとんど居なかった。
精霊の両掌に出現した火の球が灼熱の豪火となって吹き荒れる。
しかしそれが女の身体に触れた瞬間に、まるでそれそのもの全てが夢幻であったかのように消え失せる。
魔法を無効化する魔法。
魔法使いに対して完封を可能とする最強の魔導士殺し。
その強力さ故に自身の魔法すら弱体化させてしまう至高の鎧。
停止したのは精霊の方だった。
何が起きたのか、理解することが出来なかった。
仮にも精霊である自分の魔法が失敗するはずなど決してなく、それこそ幻を見せられていたのだと考えた程だった。……そしてその隙こそが致命的となる。目の前の常に警戒していた女に対して、むしろ今度は警戒をし過ぎたのだ。
彼女は気付かない。
自身の背後から接近する、もう1人の存在に。
彼女の核を破壊する為に、残った全ての力をその一撃に込めたアイズの存在に。
【リル・ラファーガ】!!!!
精霊の身体を、穿つ。
アイズの誇る最大威力の突きが、精霊の身体を吹き飛ばす。
『ーーーーーぁ』
最後に残った頭と目線を交わしたアイズは、その瞳の奥に想いを見た。
怪物でもモンスターでもなく、一体の精霊としての想い。
……しかし、それよりもアイズは仲間達の命を優先しなければならなかった。
精霊である彼女がどのような想いを抱き、どうしてここに立つことになったのか。それは気になることでもあるし、知らなければならないことでもあると分かる。だがそれでも今は何より大事な物がそこにあって、その大切な物を奪うことをアイズは許さない。
「ごめんね………私はもう、何も奪われたくない」
すれ違った精霊の頭から目線を切り、アイズは仲間達の前に着地する。
未練はなかった。
後悔もない。
背後で消えていく精霊に対し、もう2度と振り向くこともなかった。
「アイズさん……!?」
「アイズ!?」
よろめいた彼女の元に、仲間達が駆け寄ってくる。
灰に変わっていく精霊の下半身、再び戻ってくる柔らかな静寂。
アイズはその安堵感から全身から力が抜けてしまい、駆け寄ってきたリーネやエルフィ達の元に倒れ込んでしまったのだ。
それほどの激戦でもあった。
そして仲間達を守れたという安心感もそこにはあった。
「な、なにがあったのアイズ!?それに今のって……」
「ほ、他の皆さんは……!」
「大丈夫、だと思う。……多分」
フィン達も相当な怪我をしていたが、それでも生きてはいる筈だ。
少し回復すれば、直ぐに50階層に向けて帰って来るだろう。
フィンであればラフォリアと同じように、直ぐに敵の狙いに気付いた筈なのだから。それにラフォリアの魔法もまだ59階層を照らしていると言っていた、いくらリヴェリアが限界で回復薬が底を尽きていたとしても、回復に困ることはない。
「っ、そうだ。ラフォリアさんは……」
「ここに居る、問題ない……けほっ」
目を向けた先には、アキに支えられながらこちらに歩いて来ているラフォリアの姿があった。目を閉じたまま咳き込んでいる彼女であるが、確かに彼女も生きていた。
そして言葉の通りに、彼女はあの魔法を無効化した。
仲間達を守ってくれたのだ。
……アイズも知っている、かつての"静寂"と全く同じ魔法で。
(ううん、それより今は……)
すべきこと、考えなければならないことが多くある。
アイズはこれでも幹部の1人なのだから。
今ここにいる唯一のロキ・ファミリアの幹部なのだから。
疲労に倒れている暇などない。
油断して眠ることなどしていられない。
「アキ、フィン達が戻って来るまで戦闘態勢を解かないで。それと中継役を増やして、あの穴にも警戒して。リーネも私とラフォリアさんの治療をお願い、まだ油断出来ないから」
「分かった、後は任せなさい」
「けほっ、けほっ……」
それでも……そうして苦しそうに咳をしているラフォリアの様子だけが、アイズはどうしても気になった。普段あれだけ弱い部分を見せない彼女が、これほどまでに苦しそうな姿を見せていることの。その意味を。
「……なるほど、事情は大体把握したよ。ありがとうアイズ、君のおかげで最悪の事態は免れた」
「ううん……私だけじゃ、どうにもならなかったから」
あれから数時間も経たないうちに、フィン達は50階層へと戻って来ていた。
59階層で精霊を取り逃がした後、アイズの予想通りフィンもまた敵の狙いに気付いた。……とは言え、あの速度で登っていく敵に追いつける筈もないと判断したのもまた当然の話。
フィンは50階層のことはアイズとラフォリアに任せ、自分達は仮にそちらが失敗した場合に備えて全員の回復を優先した。非情な判断ではあったものの、全滅を防ぐために中途半端な指示は出来なかったということに他ならない。そもそも他に選択肢など存在しなかったのだから。
幸いにもラフォリアの月の光が残っていたため、それを十分に利用して回復を済ませると、ヴォルフガングドラゴンを殲滅してから一気に50階層まで休むことなく走って来た。
……結果的には、何もかもが最良の形に収まったとも言える。
精霊も倒し、アキ達も無事だった。
死人は誰一人として出ていない。
「……最良、ね」
テントの中には怪我の手当てを終えた4人。
フィンと、リヴェリアと、ガレスと、アイズ。
今この面子だけが揃っている理由は、アイズの強い希望があってこそのもの。なるべく早急に話さなければならないことがあると、珍しくも彼女からの進言があり、それを聞いて眉を顰めた3人が他の何よりも優先してこの状態を作り上げた。
テントの外では今も団員達が忙しく動いている。
「ラフォリアが"静寂"の魔法を使った、か……」
今その彼女は、治療用のテントでリーネからの治療を受けている。
身体への怪我自体はそれほど大きな物はなかったのだが、どうにも薬を飲んでも咳が止まらないらしい。今はそこまでしか聞けていないが、だとしても大凡の予想はつくというもの。
「フィン、これは……」
「ああ、間違いない。ラフォリアは何らかの代償を支払うことでアルフィアの魔法を行使している」
「!」
アイズは驚くが、状況証拠が揃い過ぎている。
恐らくは何らかのスキルによるもの。
「アイズから聞いた彼女の様子からしても、あまり使いたいと思っていなかったようなんだろう?」
「うん……なんとなくだけど」
「単にアルフィアの魔法を使いたくないという理由でも……ないのか」
「ああ、彼女は本当に必要であれば何の迷いもなく決断する。アイズが言ったような出し渋るような様子を見せたのであれば、そこには相応の理由がなければあり得ない」
「……咳、か」
「容易い代償では、ないだろうね」
21階層で起きた崩落事故。
フレイヤ・ファミリアの団員達が大怪我をしたそれがラフォリアの仕業であることは、フィンも既に知っている。しかしよくよく考えてみれば魔導士だらけの戦力に対し、深層から帰ってきたばかりのラフォリアが本当に勝てるものなのだろうか。
それも当時のラフォリアはまだLv.6、階層を崩落させる力などなかったはず。だとすれば……
「……ラフォリアは"静寂"の全ての魔法が使える?」
「なに?」
きっと直接聞いたところで教えてくれることはないだろう。
唯一アミッドやオッタルは知っているかもしれないが、相当な理由でもない限り患者の個人情報を教えてくれる彼女でもないし、オッタルもラフォリアに関してのこととなればどんな反応をしてくるのかフィンには想像がつかない。
しかしその代償が彼女の持病を悪化させる、つまりは彼女の寿命を削るに値するものであるのは間違いない。
「……アイズ、すまないけど地上に帰るまでラフォリアのことを頼めるかい?今回の件で彼女にはなるべく戦闘をさせるべきでないとはっきりした、これを聞けば彼女は機嫌を悪くするだろうけれど」
「うん、分かった」
「咳が止まらないとなると、彼奴の持病が悪化したというところかのう」
「僕はそう思っているよ。一先ず地上に戻るまではリーネに任せるしかない」
「……アミッドの薬が効かないとなると、楽観できる状況ではないのだろうな」
「ああ。……本当に、今回の件は僕のミスだ。狂化していたとはいえ、目の前の敵を見失うどころか、思考を止めてしまった。もしラフォリアが異変に気付いていなかったら完全に手遅れになっていた」
そうなっていれば50階層の野営地は壊滅し、補給地点を絶たれ物資を破壊されたフィン達は、地上に帰ることが出来るかも怪しくなっていた。僅か一瞬、たった一つの判断の違いで、これほどまでに追い込まれる状況だった。自分達のことだけしか見えていなかった、まさか50階層まで被害が及ぶなど考えもしていなかった。僅かにでも頭の隅に可能性を置いていたら、あの瞬間に迷いなく上空を確認することも出来ていただろうに。
「彼女の病を悪化させた責任くらいは取る。一先ずは無事に彼女を地上に送り届けよう、話はそれからだ」
そうしてここに来てロキ・ファミリアはようやく、ラフォリアの身体の状態について明確な危機感を持った。フレイヤとオッタルは既に知っていた彼女のタイムリミットについて、この瞬間にようやく気付くことができた。
……それはもしかしたら既に、遅過ぎるくらいなのかもしれないが。
「目の色が完全に変わったな……けほっ」
リーネに持って来させた鏡を覗き、彼女は一つ溜息を吐いて目を閉じる。
右目は碧、左目は灰。
あれから数時間が経ったにも関わらず、色は落ちない。
それはつまり、そういうことなのだろう。髪と同じだ。
何度も何度も見てきたその色が、今こうして自分の瞳に宿っている。
もうこの瞼を開けることもそうなくなるだろう、そんなことを考えながらラフォリアは水筒の薬を飲んだ。彼女の横には血の溜まった桶が置かれており、手渡された布巾で口元を拭う。
「あの……ごめんなさい、私なにも……」
「気にするな、元よりどうにかなるものでもない。別に期待もしていなかった……けほっ」
薬もあと水筒1本分しか残っていない、これからペースが早まるとなると確実に足りなくなって来る。そもそもの効果すら薄くなっている現状、もう無理は出来ない。
正直どこまでが許容範囲なのか自分でも分からない。
既に1度喀血している、そうなった際に治療はこのリーネに任せるしかない。……むしろ世話をかけるのはこれからだろう。彼女に解決策など求めていない、求めているのは地上に帰ること。
「このことは誰にも言うな」
「えっ、でも……」
「今から余計な気を遣われても敵わん、それは歩くことすらままならなくなってからでいい。……そもそも、今回の件は私に非がある。それについて謝罪などされてみろ、私は殴るぞ」
そう、今回50階層が襲われたことについて、ラフォリアはそれが自身の責任だと思っている。
中途半端なことをしたが為に敵に余計な恐怖心を抱かせた。最初から何もしなければ精霊も警戒はしなかったろうし、最初から積極的に関わっていれば容易く倒すことが出来た。
よってその結果として自身の病が悪化したのなら、それは他でもない自分自身の責任であり、そのことについて他人から謝罪などされたくもない。故にラフォリアは釘を刺す。
「まだ、やらなければならないことがあるからな。今自由を奪われては困る」
そんなことをされたら本当に、アルフィア達と同じことをするしかなくなってしまうのだから。
……もしそうなったとしたら、自分は一体誰にこの経験値(エクセリア)を託すことにするのか?
ラフォリアはそんなことを考えて、小さく首を振った。
死が近づいて来ているからだろうか?
あれほど忌避していたアルフィア達のやり方を少しずつ理解し受け入れてしまっている自分の感性が、少し気持ち悪く思ってしまった。見た目はともかく、中身まであの女と一緒になってはならない。他でもない自分だけは、あの女のやり方を肯定してはならないのだから。
(まあ、最早私自身の元の容姿など殆ど残ってはいないのだがな)
その事実に苦笑いを溢しながらも呆れてしまう。
既に自分の元の姿すら朧げにしか思い出すことは出来ない。
女神アルテミスと行動していた時は、まだ髪も黒かった覚えがある。その時は染めることなく付けていた。
女神アフロディーテと行動し始めた辺りから、髪が白くなり始めた。
そして今度はこうして目の色が完全に変異してしまった。
一体これ以上どこが変わるというのだろうか。
最早自分の肉体の表面的な部分はあの女の物になっているというのに。
それでも持病だけは悪化していく一方なのが、本当に憎らしい。
(ふっ、最後にはあの女が私の身体を使って生き返る……などということになったりしてな)
だとしたら、一体あの女はどんな顔をするのだろう。
それは素直に気になったし、面白味を感じた。
生き返ったところで、どうせ病で再び死ぬことになるのだろうに。
こうなると死に方1つにしても悩みどころになってくるというもの。
……この生を終わらせる時、自分はどんな最後にしたいのか。
今まで拒絶して来たそれに対して考えなければならないと思うと同時に、拒否し続けて来たそれを受け入れることができ始めた自分の変化に、ラフォリアは再び目を逸らして立ち上がる。
なんとなく重く感じる今の身体が、間違いなくアルフィアの病が侵蝕してきていることを自覚させられる。この先も自分の持病だけではないだろう、アルフィアも偶にではあるが咳をしていた。自分の限界は思っていたより近い。
「ま、まだ横になってないと……!!」
「必要ない。立っていようと横になっていようと、そう変わらん」
どちらにしても、この経験値(エクセリア)を無駄にすることだけは許されない。最後には必ずこれを渡す相手を決めなければならない。それがヘラの眷属である自分の役割なのだから。
アルフィアのように託す相手を間違えることのないように、今からでも託すべき相手を見極めはじめなければならない。なにをするにもとにかく、時間がなくなりはじめていた。