【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
「ヴェ、ヴェルフ・クロッゾと言います!ラフォリアさんのお噂は予々……!!」
「ああ、また真面目な男が来たな」
ヴェルフとリリが目覚めて、夜の宴。
18階層に初めて辿り着いた新人を迎えるというだけでなく、それがラフォリアの同居人となれば、それを拒む者は居ない。というか拒める者はいない。
それは豪勢な宴が準備されていたが、何よりベルとパーティを組むとなると、この儀式だけは避けては通れない。
「……貴様は鍛治師だったか」
「は、はい!ヘファイストス様の元で勉強させて貰ってる身です!」
「ならばこれを見てどう思う」
「こ、これは……ヘファイストス様の」
ラフォリアがそう言ってヴェルフに見せたのは、彼女がヘファイストスから直接手渡された一本の剣。ヴェルフはそれを見た瞬間に誰の作品であるのか理解し、その使い手の力量まで理解出来たのだろう。そしてその様子を見て、ラフォリアもまた彼の力量を測る。
「ふむ、鍛治師として最低限の眼はあるようだな」
「え、まあ、そりゃ俺もヘファイストス様の作品に惚れて入った身ですし……」
「リリルカ、この男は戦闘で使えたのか?」
「ふぇっ!?は、はい!大剣を使った立ち回りと便利な魔法でそれは十分に……!!」
「そうか」
「リリ助……」
この誰に言われた訳でもなく習慣になった新たなパーティメンバーをラフォリアが品定めする習慣。リリがこうして素直にヴェルフを褒めるような事を言ったのも、そういった余計な気持ちを込めた感想をこの女に言う訳にはいかないからだ。
リリが聞けば聞くほど、調べれば調べるほど、『ああ、やはりこの女はヤバい奴なのだ』と分からされてしまう噂話の数々。彼女が近くに座ってから、リリはずっと背筋を伸ばしている。
「……さて、ヴェルフ・"クロッゾ"と言ったか。魔剣は作れるのか?」
「!!………それは」
「作れるな?」
「…………」
「なるほど、貴様も甘えん坊ということか」
「なっ、甘えん坊って……!!」
「ヴェルフ様!!」
ラフォリアに食らい付くように立ち上がったヴェルフ、彼にとってその件はそれくらいに受け入れ難いものだったのだろう。
……まあ、ラフォリアもそれを分かっていて言っているのだから質が悪い。いきなり立ち上がった彼を、リリは慌てて抑える。
「単純な話だ。この18階層までの道のり、仮にお前が魔剣を持っていればどうだった」
「それ、は……」
「貴様は自分の都合で危うく仲間を殺しかけた。……そら、否定してみろ」
「ラ、ラフォリアさん……!!」
「………………」
それまではティオナ達の相手をしていたベルであったが、流石にその言葉には思うことがあったのか口を挟もうとするが、いくらベルの言葉と言えどラフォリアは無視をする。
ラフォリアはそこまで甘くはない。
使える力を腐らせている様な輩には、むしろ彼女は一番厳しい。
「貴様に一つ教えてやる。才能を殺すということは、人間を殺すということだ」
「!!」
「才能を持った人間は相応の働きをしなければならない。それを腐らせるということは、数多の人間を殺すことと同義だからだ。貴様が打った1本の魔剣で他者を救えるのにも拘わらず、それを拒むというのであれば、貴様はその者達を殺すに値する理由を持っていなければならない」
「…………」
「それほどの理由があるのか?あるのであれば私もこれ以上を言う気はない、好きにしろ」
「…………」
ラフォリアからヴェルフに話すことはそれだけだった。途端に黙り込んで俯いてしまった彼を無視して、ラフォリアは少し咳き込みながら今度はリリの方へ顔を向ける。
ビクッと身体を硬直させた彼女、しかしラフォリアからの彼女に対する評価は違う。
「さて、リリルカ」
「は、はいいっ!!」
「よくやった」
「………へ?」
「この男とベルだけでは、間違いなくこの18階層まで下ってくることは出来なかっただろう。そもそもその選択肢すら無かった筈だ、これはお前の提案だな?」
「そ、それは……はい」
「それが貴様の役割だ、そして貴様は見事その役割を全うした。故に私は貴様を褒めてやる、よくやった」
思っていた以上に嬉しい言葉を、思っていた以上に優しい表情で、想像もしていなかったほどに優しく頭を撫でられながら、かけられる。
……それはリリがもう2度と感じることはないであろうと思っていた感情だった。花屋でお祖父さんとお祖母さんの手伝いをしていた時に感じていた、温かな感情。
「……ベル、お前のパーティは泣き虫が多過ぎるぞ」
「な、泣いてません!」
「ラ、ラフォリアさんが優しいから……」
「?私は優しさとは無縁の女だろう、私は言いたい事を言っているだけだ」
「だからこそだと思います……」
彼女としては単純に、成すべきことを成せた人間を褒め、それが出来なかった人間を叱っているというだけ。
ただそれは彼女の面倒見の良さから来るものであり、その面倒見の良さは彼女特有のものだ。もしかすれば彼女自身も気付いていないのかもしれない、褒める時に自分がどれだけ優しい笑みを浮かべているのかなんて。
「……そういえばラフォリア様、どうして目を閉じているのですか?」
「あ、それ僕も気になってました」
「……鍛錬をしている」
「鍛錬?」
「この辺りの階層ではすることがないからな、目を閉じて行動するという枷を自分にしている。突き詰めれば背後からの襲撃にも対処出来るようになるからな」
「そ、そうなんですね……すごい」
「……ベル様は真似したらいけませんからね?」
「し、しないし無理だよ、そんなこと」
なんとなく、リリは何かを感じていたような様子を見せたが、どうやらここで追及することはしないらしい。そういうところもまた好ましいとは思う。
……何かしら理由を付けることは出来る。
病気だとか、スキルの効果だとか。しかしどうもこの眼をベルに対して見せたくないという思いがある。理由は自分でもまだ理解出来ていないが、色々と考えてみても、やはりそこにラフォリア自身の弱さがあるからだという結論に達する。
もちろんヴェルフとは違い、必要になればベルにこの眼を見せる。そこにそこまでの必死さがある訳ではない。ただなんとなく抵抗感があるというだけだ。
……結局のところ、唯一残っていたアルフィアと自分との相違点が消えてしまった訳なのだから。あまりこの目の色に慣れて欲しくない。自分はラフォリア・アヴローラであり、"静寂"のアルフィアではないのだから。少しでも長く自分の本当の姿を覚えていて欲しいという願いは、それほどおかしなものではないだろう。
『ぎゃぁぁああっ!!!!』
「っ、今の声って!!」
「………ベル、行くぞ」
ただ、どうにもそんな思いに浸っている暇はないらしい。
「ベルくぅぅぅうううん!!!!」
「ぶほぁっ!?」
目の前のベルが吹き飛んでいく。
ラフォリアはそれを止めようともしない。
どころかラフォリアがヘスティアを見る目は酷く冷たい。ダンジョンに潜って来た女神に対して、心の底から『馬鹿かこいつは』と思っていた。
「うぅぅ、よかったよぉ……」
「神様……」
「おい馬鹿乳」
「ひんっ!ラ、ラフォリアくん!?君もここに居たのかい!?」
「お前はやはり乳にしか栄養が行き渡っていないようだな、この愚か者が」
「痛いっ!痛い痛いっ!?額を叩かないでくれ!!ベル君のことが心配だったんだー!!」
「それで貴様が死んでいたら意味がないだろうが、この愚神が。足手纏いにしかならんことも分からんのか」
「ひぃんっ!!」
あらかた虐めた後、ラフォリアはヘスティアをベルの方へと投げ捨てる。まあ気持ちは分からなくもないが、ラフォリアからしてみれば今回のヘスティアの行動は愚かの一言に尽きた。ダンジョンを舐めていると言ってもいい。上級冒険者でさえ、稀に上層で事故を起こすのだ。いくら護衛を雇っていたとしても、少なくとも恩恵を持たない存在がここに足を踏み入れるべきではない。仮にもしそれで死んでいた場合、タイミングが悪ければ恩恵を失ったベルもまた連動して死ぬことになるのだ。故に仕置きをした、安易な行動をしたヘスティアにも罰を与えるために。
「……ヘルメスさま」
「アスフィ、彼女は別人だ。事情は話しただろう?」
「すみません、どうにも信じられず……」
さて、問題は他にもある。
ラフォリアは今ここにいるだけで、少なくとも3つの視線をこの身に感じている。
1つは例のアストレア・ファミリアの生き残りのエルフの女から、もう一つは男神ヘルメスとその眷属の女から。
ベル達はその後ろにいた極東風の姿をした3人組となにやら奇妙な雰囲気になっていたが、ラフォリアとしては早々にこちらの問題を片付けたい。そのような視線をいつまでも向けられているのは、単純に不快だから。不愉快だから。特にあの男神ヘルメス、ラフォリアはああいった類の神というのが大嫌いなのだ。あの眼を向けられるだけで刳り抜いてやりたくなるくらい。
「ベル、お前達は先にテントに戻っていろ」
「え?ラフォリアさんは?」
「私はあそこのゴミ男神に用がある」
「ご、ごみ男神……」
「へ、ヘルメス?君はラフォリア君に一体何をしたんだい……?」
「い、いや、まだ何もしていないはずなんだが……」
つまり印象が最悪だったということだ。
ヘルメスは以前はゼウスの元で動いていたのだから、ラフォリアとて見たことくらいはある。
「ああ、それとそこのエルフ。貴様も残れ」
「……私もですか?」
「貴様がアストレア・ファミリアの生き残りだということは既に分かっている」
「「「!!!」」」
「拒否するのであれば足をへし折るが」
「……わかりました」
「それでいい」
リューとラフォリアのその様子にベルは心配そうな顔はしたものの、リリに手を引かれてその場を離れていく。その肝心のリューはアスフィの横に立ち、完全にこちらを警戒しているのだから仕方がない。
今こうして眼を閉じているラフォリアの姿は、7年前に対峙した彼等にとっては完全にアルフィアにしか見えていないのだろう。今更それをどうこういうつもりもない、一々指摘するのも疲れた。
一先ずラフォリアは息を吐き、両眼を開ける。最初に反応を見せたのは、やはりヘルメスだった。
「っ、やはりもうそこまで侵食は進んでいたのか」
「聞いたのはどちらだ?アルテミスか?アフロディーテか?」
「……両方さ、どちらも君のことを心配していた」
「ならば伝えておけ、余計な世話だと。私はしたいことをするだけだ、その末に消え失せようとも別に構わん」
「少なくともそれを悲しむ神が4柱居ることは確かだろう、君がオラリオに来てからそれは更に増えたはずだ」
「それに一体何の意味がある、悲しませなければ黒龍が殺せるのか?貴様等は強くなるのか?……否、私がただ消えたとしても貴様等は変わらんだろうな。それはアルフィア達が既にその身をもって証明したことだ。だからこそ、私は今こうして貴様等に対して直接楔を打ち付けている」
別にラフォリアが怒っているのはロキとフレイヤのファミリアだけではない。目の前のヘルメス・ファミリアのような古参のファミリアに対してもそうだ。自分達が無関係だなどと思っているのなら大間違い。
明確に打ち当てられた怒りの圧に、3人は思わず一歩足を下げる。
「……君をそこまで追い詰めたのは、他ならぬ俺達だってことか」
「10年以上床に伏せていた女が"都市最強"の称号を持っている現状、この絶望感が分かるか?貴様等はこの10年何をしていた、恥ずかしくないのか。貴様等は今日までの数多の犠牲すらも無駄にしているのだぞ」
「っ」
犠牲という言葉を語る際に、ラフォリアは明確にリューの方へと眼を向ける。
その意味をわからない彼女ではない。それを知っていてラフォリアはそう語りかけたのだから。むしろ分かってもらわねば困る。
「お前は!アリーゼ達の犠牲を無駄だと言うのか!!」
「結局のところ、貴様等はアルフィアの犠牲を無駄にしただろうが」
「っ……!」
「私を心配する?馬鹿も休み休み言え、私をここに引き出したのは他ならぬ貴様等オラリオの神と冒険者だろう。貴様等が少しでもまともに生きていたのなら、私はオラリオに来る必要はなかった。アストレアの眷属さえ生きていれば、私はアルフィアの意思を繋ぐつもりだった。……だがその全てを裏切ったのが貴様等だ。オッタル以外の全てが私を裏切り、偽りの平和に浸かりながらのうのうと生きていた」
本当は全て感情のままに叩き潰してやりたかった。全員を例外なく殴り付けてやりたかった。
……だがそこで、ロキ・ファミリアで今も成長しようとしている粒達を見た。若く、才に溢れ、上を見続けている可能性を見つけた。だからこうしてその粒を育てる道を見出した。
フレイヤ・ファミリアを叩き潰し、ベル・クラネルと出会い、将来に少しでも光があるのだと理解した。完全に絶望するにはまだ早いと思うことができた。
……それでも、この胸に宿る怒りの炎は消せはしない。この失望と怒心だけは、少しも和らぐことなく燃え続けている。
「貴様は何をしている?アルフィアに託され、その意思を知ったはずだ。仲間を失い、その無力さを理解したはずだ。……その末に、お前は今どこで何をしている?」
「それ、は……」
「力を求めるでもなく、その意思を広めるでもなく、お前は7年も何をしていた」
「……………」
「男神ヘルメス、お前たち神も同罪だ。……ああ、所詮貴様等は下界のことなど本気で救おうとしていないのだろう。お前達の目的は苦痛に足掻く我々を見ることだからな。未知だの奇跡だのと、そんなもののために容易く我々の生を弄び、その姿を娯楽として消化する。だから私はお前達を信用しない。……貴様等などに心配などされてたまるものか、心の底から虫唾が走る」
そうしてヘルメスは理解した。
彼女の中にある怒りの丈を。
その心の内に秘め続けていた激情の炎を。
彼女は常に怒り続けていた、しかしそれも当然だ。
自分の育ったファミリアが犠牲となり、それを追放しておきながら、黒龍という存在を忘れたように平和を貪り。それを見兼ねた自分の母親が再び犠牲になったにも拘わらず、それでも何も変わらない。自分にとって大切だったものを悉く愚弄し奪っておきながら、全てを無駄にされたのだ。
むしろ彼女からしてみれば、これまでの対応は寛容過ぎるにもほどがある。そんな者達を相手に許し、なんとか可能性を見出し、失望しながらも手を貸しているのだから。
そんな彼女に対する心配などと、一体どの口が言っているのかという話だ。未だそんなことを言っていられる余裕があると思っていること自体が、彼女にしてみれば信じられない。何も知らない若い者達が言うのならばまだしも、他ならぬ神がそう言っていることが、馬鹿にされているとしか思えない。
「………分かった、この話は2度としないと誓おう」
「よ、よろしいのですか?ヘルメス様?」
「ああ……彼女の言う通り、今の俺達にこれ以上のことをいう資格はない。結局俺は友(エレボス)の献身を活かすことが出来なかった。今も偶然見つけた可能性に賭けているだけで、黒龍に対する具体的な勝算なんて遂には描けていない」
この女は、誰の指図にも従わない。
こと神の言葉であれば、特にヘルメスのような神が何を言ったところで意味がないということは分かっている。
彼女の言う通り、神というのはどうしようもない存在だ。
この下界の有様を見て、困っている子供達を本当に助けるために地上に降りて来た神は、果たしてどれくらいいることだろうか。その大半が娯楽や暇潰しのためであり、彼等は子供達がいくらモンスターに脅かされていようとも気にも留めなかった。むしろ喜んでいた者達まで居た。そうでなくとも、その困難に足掻く姿を楽しんでいたというのもまた事実。
時として子供達を巧妙に導き、傀儡として踊らせていたということもまた事実だ。そんな神々を信頼しろなどと、いくらヘルメスでも言えるはずがない。自分がそのうちの1柱でもあったのだから、口が裂けても言葉には出来ない。
「……それでも」
それでもこれだけは、訂正しておかなければならない。
その言葉だけは、たとえヘルメスであっても、真面目になって否定しておかなければならない。
「俺は子供達を愛している」
「………」
かつての友がそう語ったように。
「俺は下界を本気で救うつもりだ、そのためであればどんな非道な手段でも尽くす。……確かに始まりは暇潰しだったかもしれない。だが俺を含めた多くの神が、今は本気で子供達のことを守りたいと思っている」
それこそ、そんな最初の自分達を嫌悪するように。
不変であるはずの神が、その在り方すらも変化させるほどに。
「だから俺の言葉を受け取らなくても構わない。だが、君のことを本気で心配しているアルテミスやアフロディーテの言葉は受け取って欲しい。彼女達は君のことを愛していた。……また君と道を共にしたいと、そう言っていた」
それが決してあり得ないことだと分かっていても、そう願っていた。彼女が自分を捨ててでも母親の後を追い、犠牲になってしまわないように。全てのしがらみから解放され、彼女が笑って生きていけるように。そんな当たり前のことが出来て、彼女が1人の人間として幸福を得ることが出来るように。
「そんなことは有り得ない」
「っ」
「私はまだ何もしていない、まだ何も出来ていない。これほどの才を持ち得ながらも、まだ何も成していない」
「………お前は」
「私はまだ………」
「図々しくも生まれてきたこの意味を、見つけられていない」