【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者29:とあるファミリア

ヘルメスがフィンとの交渉のためにテントの中へ入って行くのを見送り、アスフィはリューと共にその出入口に並び立つ。

見上げれば相変わらず18階層特有の綺麗な光景が広がっており、なんとなく気分が落ち着いた気がした。

……いや、流石にそれは嘘だ。この乱れた心が落ち着くためには、もう少し時間が必要だ。あれほどの激情を打ちつけられたのだ、特にリューには彼女の言葉が深々と突き刺さっている。

 

「あれが最後のヘラの眷属ですか。別人とは言え、やはり凄まじい迫力でしたね」

 

「ええ……正直、私は殺されるのだと思っていました」

 

「……彼女は"静寂"の娘のような存在だったそうです」

 

「であれば、私へのあの怒りも当然のものだ。彼女の言う通り、私は何もしていない」

 

「リオン……」

 

7年前のオラリオで、共に戦ったリューとアスフィ。あの戦いでは多くの死者が出た。実際に"静寂“によって殺された者も多い。それを考えればリュー達がアルフィアを倒したことも、決して非難されるだけのものではない。

……だが、同じ人間である以上、それに対して怒りを抱かれるのも当然であるとリューは思っている。人間を殺すというのは、そういうことだ。それを受け止めなければ、するべきことではない。

 

「いや、彼女が本当に怒っていたのは……」

 

「……"静寂"を殺したことではなく、その意思を繋げなかったことでしょうね」

 

「もしアストレア・ファミリアが存続していれば、もし私が1人でも努力を続けていたのなら、きっと彼女は彼女の母を殺した私達にでさえ力を貸してくれていたのでしょう。……少しのやり取りでしたが、それが分かりました。彼女はそういう人だ」

 

「ええ、彼女は真面目なのでしょう。……才能を持ちながらも、何も成せていない。流れ弾とは言え、耳の痛い言葉でした」

 

「……本当に」

 

だからと言って明日から直ぐに変われるのかと言われれば、変われないだろう。結局そうなるのだ、全てが彼女の言う通り。

いきなりヘルメスの目付け役を止めてダンジョンに潜るなどアスフィには出来ないし、店をやめて冒険者に復帰するなどということもリューには出来ない。

あれほど悲痛な言葉を受けたとしても、変わらない、変われない。それが7年前から今日まで、オラリオが成長しなかった理由を強く表している。

 

……実際に動ける人間など殆どいないのだ。今の自分の生活を捨ててまで世界のために動くなど、それほどのことが出来る者はそう居ない。

ラフォリアやオッタルが強いのは当然の話だ、彼等は自ら動ける人間なのだから。しかし世界はそんな人間ばかりではない。

 

「アンドロメダ、彼女が消えるというのはどういうことですか?」

 

「……あまり広めないで欲しいのですが、彼女はスキルによって静寂のステイタスを模倣出来るそうなのです」

 

「模倣……」

 

「ステイタスの転写、即ち恩恵の転写とは、本人の魂にも影響を齎します。……つまり彼女はそのスキルを使う度に、肉体から魂まで静寂に近づいて行くという訳です」

 

「それは……つまり、彼女を依代にして静寂が復活するということですか?」

 

「その捉え方で概ね間違ってはいないと思われます。詳細までは分からないとのことですが、このままでは彼女の存在そのものが消えることになります」

 

「…………」

 

果たしてそれをアルフィアは許すのだろうかと、リューは思う。僅かではあるとは言え、言葉を交わした。彼女は納得をしてその命を終わらせたはずだ。それをそのような形で引き戻されて、どんな反応を見せるだろう。

 

「アルフィアは……今のオラリオを見たとして、どう思うでしょうか」

 

「……間違いなく、怒るでしょうね。怒り狂うでしょう。自分の娘までもが犠牲になったと知れば、尚更。2度目の大抗争を引き起こしたとしても、私は驚きません。今度は後進のためにではなく、憎悪によって」

 

「………!」

 

それだけは防がなければならない。

もう2度とあのようなことを起こしてはならない。……だが、過去の自分は確かにそう誓ったはずだ。しかし結局はこの有様であるのだから、それは起きても仕方のないことなのだろう。どうせリューは動けない、動かないのだから。今の居場所を捨てることなんて出来ないのだから。

 

「アルフィアの病は確か……大聖樹の枝が効果がありましたね。根本的な治療にはならなくとも、【戦場の乙女】の力を借りれば延命の手段にはなるでしょう」

 

「……それの入手が難しいことはリオン、貴女が1番に分かっていることでしょう。7年前に闇派閥によって各エルフの里から奪われて以来、警戒は更に厳しくなっています。売って欲しいと言ったところで、それを飲む里はありません」

 

「………」

 

「……ですが、リヴェリア様に提案してみるのは良いかと思います。私から伝えておきましょう」

 

「ええ、お願いします」

 

しかしリューは思う。

自分は本当に"動かずにいていい"立場の人間なのかと。今回のこの件は、もしかしなくとも全て自分が引鉄になっているのではないかと。

行き着く先は悲痛か絶望。ラフォリアが先に死んでも、アルフィアが出て来たとしても、それは決して幸福な結末ではない。

……だとしても、今の半端なリューに一体なにが出来るというのか。

 

「何が、出来るのでしょうか……今の私に……」

 

都市の外に追い出したアストレアの恩恵が刻まれている自分に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、つまりは貴様等がモンスターを押し付けたという訳か」

 

「………はい」

 

ラフォリアがベル達のテントに戻ると、思っていた以上に事態は紛糾していた。どうやら本来謝罪をするべきであるはずの側が、自分の判断は間違っていなかったと口にして軽い揉め事に発展していたらしい。

モンスターを押し付けたタケミカヅチ・ファミリアと、押し付けられたヘスティア・ファミリア。実際こんなことは割とよくある話で、容易く穏便に解決するなどということもそうそうない。ラフォリアからしてみれば昔はよく見た光景であったが、だからこそ、その程度の話でぐだぐだとやられているのを見ているのも面倒臭かった。

 

「別にそう堅苦しく考える必要もないだろう」

 

「え?」

 

「全員で顔面を1発ずつ殴って終わりだ」

 

「え」

 

「さあ殴れ。鍛治師、先ずはお前からだ」

 

「なっ!?ちょ、なにを……ち、力強ぇっ!?痛い痛い痛い痛い!!?!?」

 

「ラ、ラフォリアくぅん!?」

 

「お、桜花が浮いてる!?」

 

「待て待て待て待て待て!別に俺等は何もそこまで!!」

 

突如として足払いを仕掛けられ、転倒したところを引っ掴まれて猫のように持ち上げられる。そうして大男の顔面をヴェルフの目の前に差し出してくるのだから、もう本当にさっさとこの諍いを終わらせてしまいたかったらしい。しかしヴェルフとしては単純に謝罪が欲しかっただけで、殴りたかった訳ではない。そうなると……

 

「チッ、ならばもっと単純な話でいいだろう」

 

「単純な話……?」

 

「絶対服従だ」

 

「ぜ……」

 

またなにか酷いことを言い始めた。

 

「私はそうした」

 

「過去形!?」

 

「昔、生意気にもモンスターを押し付けて来た輩が居てな。探し出して拠点ごと粉砕した。団員全員を半殺しにした挙句、主神を全裸にしてバベルに縛り付けてやった」

 

「「「「「……………」」」」」

 

「まあ私の場合は他にも理由があったとは言え、相手を間違えればそれほどの被害を受けていた可能性のある行為だ。絶対服従までとは言わなくとも、相応の働きをする必要はあるだろう。馬車馬の如く」

 

まあ実際ベル達は死にかけたのだから、もし相手が過激なファミリアであったとしたら、それほどの報復を当然に受けている可能性もあった。

それに比べれば相応の働きをして返すというのは、大分譲歩した条件だ。それに異議はないと互いに頷き、ラフォリアは桜花をそのまま地面に雑に落とした。

 

そもそもラフォリアがここに来た理由は、こんな面倒なことをするためではなかったのだから。本当の目的は今も何やらオロオロとしている乳のデカい女神の方。

 

「馬鹿乳、行くぞ」

 

「うぇっ!?ちょ、な、どこに行くんだいラフォリアくん!?」

 

「恩恵を更新しろ」

 

「え?ま、まあそれはいいけど……」

 

「は?ラフォリアさんはヘファイストス様の眷属なんじゃ……」

 

「籍はヘファイストスだが、恩恵はこの馬鹿乳のものだ。今のところ再び恩恵を変えるつもりもない」

 

「そ、そうなのかい?」

 

「誰でもいいからな」

 

「だ、誰でも……」

 

「不遜過ぎる……」

 

「というか、そんなのいいんですかね?」

 

「そもそも籍を置いているのも頼まれているからに過ぎない、ファミリアという括りすら私にとっては只の群衆だ。神に親しみなど覚えたこともない」

 

「…………」

 

それは嘘であると、ヘスティアは気付いた。しかしそれを口にすることは決してしない。そんなことを言ってしまえば酷い目に遭わされてしまうのは分かりきったことだから。

 

そうしてテントを出て行ったラフォリアを、ヘスティアもオドオドとしながら着いていく。

……なんとなく、彼女が怒っているのが分かっていたからだ。それも理由は明らかに分かりきったもので。

 

「けほっけほっ」

 

「……大丈夫かい?」

 

「問題ない、そろそろ薬も届く」

 

「……やっぱり怒っているかい?」

 

「怒っている理由は分かるか?」

 

「……神がダンジョンに来るべきではない、ってことかな」

 

「その理由についてだ」

 

「…………」

 

それは神であるのなら、当然持っておくべき常識。そしてどんな理由があろうとも守らなければならない絶対。

 

「……僕達はダンジョンに憎まれている」

 

「そして貴様が死ねば私を含めた眷属全てが、この怪物渦巻くダンジョンの中で全くの無力に成り下がる」

 

「…………」

 

「分かるか?貴様がいくら神威を押さえ込んだとしても、ダンジョンが気付けば上層であったとしても階層主級の怪物が現れる可能性があった。加えて仮に時が悪ければ、私やベル達は他でもない貴様のせいで死ぬことになった。否定出来るか?」

 

「……できない」

 

「貴様が眷属を心配するのは当然だ、しかしそれは他の神であっても同様だ。奴等はそれでもダンジョンには潜らない、ただ拠点で恩恵が消えることのないように祈り待ち続ける。それが最善の手だと分かっているからだ」

 

「………ごめんよ」

 

「謝るのであれば苦しめ、反省して想像して絶望しろ。次を作るな。……我々がダンジョンで苦痛に喘いでいる間、貴様等は平和な地上で心痛で苦しめ。逃げるな。それが貴様等の役割だろうが」

 

「………うん」

 

何も言い返すことはできない。

彼女が言うことはいつも正しい、今回の件はヘスティアの間違いだ。ヘルメスに強引に頼み込んだが、もし神としての役割を全うするのであれば、彼女の言う通り自分は待つべきだったのだ。ヘスティアにはそれが耐え切れなかった、言うなればこれはヘスティアの逃げなのだ。逃げたのだ。自分の役割から。それがベル達の生存率をむしろ低めてしまうことであるということからも目を逸らして。

 

「……ラフォリアくんは、僕のことも嫌いかい?」

 

「馬鹿は嫌いではないが、愚か者は嫌いだ」

 

「神々のことは、嫌いかい?」

 

「嫌いだ」

 

「………僕達は、信用できないかい?」

 

「信用、信頼、そんなものをただ神であるというだけで得られると思っているのなら、我々を舐め過ぎだ。砕け散れ」

 

察しの悪いヘスティアであっても、少しずつではあるが理解できることは増えていく。フレイヤほどに見える目は持っていなくとも、仮に己の眷属ともなれば見えるものはある。

 

 

……彼女の心は、黒い。

 

 

真っ黒なのだ。

 

真っ白なベルとはまるで違う。

 

眩しいほどに黒く、目を覆いたくなるほどに光がない。未来に対する希望がない。期待がない。それは周囲ではなく自身への。

絶望に浸かり、闇に沈み、黒に染まった。

……もしかしたら本当は、彼女は未来のことなどどうでもいいのではないかと。そう思ってしまうほどに、色濃く渦巻いた負の感情を抱えている。

 

 

「でも……ベルくんのことは、信用出来るかい?」

 

 

「………ああ」

 

 

だから、そんな彼女の心にベルという存在が光を差し込んでいることが、唯一の救いなのだ。

その光を大きくしていけば、もしかすれば彼女の心を救えるかもしれないと、ヘスティアは期待している。ベルならば彼女のことを救えるのではないかと、そう思っている。少なくとも彼は既にもう、彼女の闇に穴を開けている。

 

「ラフォリアくん、君もちゃんと幸せにならないといけないよ」

 

「……なんだいきなり」

 

「みんなが幸せになって、初めてハッピーエンドなんだ。誰か1人でも不幸なままに終わったのなら、それは最高の終わりなんかじゃない」

 

「呆れた理想だな」

 

「それでも、理想は目指さないと実現しない、そうだろう?だから君にも諦めないで目指して欲しいんだよ、自分が幸せになることを」

 

少なくともヘスティアは、己の眷属であるという事実がなくとも、彼女のことを救いたいと思った。自分が救うことが出来なくとも、誰かに救って欲しいと思った。幸せになって欲しいと、その真っ黒の絶望に染まった心をもう一度光で照らして欲しい。心からの幸福な笑顔を浮かべて欲しい。生まれて来て良かったと思って欲しい。

 

「……どうでもいいな」

 

「よくないよ、そんなの僕が許してもベル君が許さない」

 

「貴様達が許さなくとも私は変わらん」

 

「っ」

 

「……私の本当の目的は、既に潰えた」

 

「目的……?」

 

「私にとってはそれが全てだった、だがそれは私の知らぬところで潰えた。そして私には何一つとして残しては貰えなかった。……今こうしている私の人生は、既に残り物の屑滓だ。それを貴様等のために使っているのは、単なる気紛れに過ぎない」

 

「………嘘だね、でも本当だ。君は自分が思っているほど心の無い子じゃない。君だって怖いし、悲しいんだ」

 

「神だからと言って適当なことをいうな、貴様等(神)が言えば余計な真実味を帯びる」

 

「そうでなければ、相手に寄り添った助言なんて出来ないんだよ。……その苦痛を知っていなければ、僕達(神々)が眷属達を思って日々心痛めていることになんか、気付くこともない」

 

「…………」

 

「君が優しい人だってことを、僕はちゃんと知ってる。だから笑って欲しい。だから幸せになって欲しい。それを僕は何度だって言うよ。……家族を照らす炉の神として、君にも笑って、ベル君達と一緒に炉を囲んで欲しいんだ」

 

チラと、そんな光景がラフォリアの脳裏を過ぎる。それはヘスティアの力なのか、それとも彼女自身の願いのカケラなのか。

その言葉に返答をすることはなく、ラフォリアはテントの方へと足を早めていく。慌てて小走りで追いかけていくヘスティア、しかし僅かであっても心は届いたのだと確信した。

 

……届くとも、心から願っている言葉であれば。

それを拒絶するにせよ、受け入れるにせよ、彼女は絶対にその言葉を受け止めてくれる。そういう子だから。そういう、優しくて、真面目な子供だから。

故にヘスティアは、今度こそしっかりと待つ。

彼女が今の言葉を咀嚼して、考えてくれることを。今度は逃げることなく、目と目を合わせて。

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