【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者30:万能者

ロキ・ファミリアが地上へ戻るために18階層を出た後、ラフォリアは呆れたような顔をしてとある光景を見つめていた。

……悪趣味な光景、吐き気を催す光景。

普段であれば問答無用で滅ぼすような、屑。

そんなものをこうして見ているだけなのだから、ストレスも溜まる。やはりラフォリアはこういう光景が心底から嫌いだ、全員纏めて生まれて来たことを後悔させてやりたくなる。

 

「……やはり屑神だな」

 

「ええまあ、ヘルメス様はゴミですが」

 

「あれ〜?ラフォリアちゃんはまだしも、アスフィにまでそこまで言われるのかい?」

 

「まあ、それを見逃している時点で私も同類か」

 

大勢の冒険者達に、悪意を向けられている少年が居る。そんな彼を救い出すために争っている仲間達がいる。

この光景を作り出したのはヘルメスだ。

そしてそれを見逃すと約束したのはラフォリアだった。

 

「……目的のためならどんな手も使うとは言いましたが、これは流石に悪趣味ではありませんか?ヘルメスさま」

 

「まあ多少俺の趣味が入っているのは否定しないよ」

 

「ゴミですね」

 

「屑が」

 

「いやいやいや!でもほんと!これはベル君のためなんだって!2人も経験くらいあるだろ?有名な冒険者になるほど、見知らぬ悪意を理不尽にぶつけられるって」

 

「「…………」」

 

「……少なくとも俺は、ベル君に今のうちにそういうことを知っておいて欲しいんだ。これから多くの悪意に道を邪魔されることになるであろう、彼に。いざその時になって折れてしまうことのないように」

 

ヘルメスは子供達のために全力を尽くすと言葉にした、そしてそのためであればラフォリアが嫌うやり方であってもことを成すと決めていた。

……しかしそうは言っても、ラフォリアに許可を得ておくのが一番の手であるとも理解した彼は、今朝一番にラフォリアの元に赴き、その頭を下げたのだった。どうか見逃して欲しいと。こういう理由があって悪いことをしたいと。

事前に直接言っておけば、ラフォリアも事情に納得さえすれば見逃してくれる。奇しくもその考え方はフレイヤと同じであった。彼女だってそこに妥当な理由があれば分かってくれる。嫌味を言われることは避けられないけれど。

 

「ああ……やはりあの程度でどうにか出来る訳がないか」

 

そうこうしているうちに、ベルが透明化した敵に適応し始める。

視線を感じて、音や気配を察知して、敵の居場所を掴み始める。それが出来る様になれば、絶対的な優位を確信していた男は崩れだす。

それは当然だとラフォリアは思う。

本当に勝ちたければ余裕など見せずに直ぐに決めるべきだったのだ。透明化など、所詮はその程度のものでしかない。五感を鋭敏化させた神の眷属を相手に、そんなものがいつまでも通用するはずがない。

 

「おや、どこに行くんだい?」

 

「もう見るべきものもない、荷物を纏めてくる」

 

「何を期待していたんだい?」

 

「……あの男が兜を投げ捨てでもすれば少しは見応えもあったのだがな、期待外れだ」

 

「ああ、なるほど」

 

確かにそういう展開はラフォリアの大好物なのだろう。結局彼女は、彼女自身がオッタルと成したような、あまりにも泥臭いそんな戦いが好きなのだから。そんな誰もが惹かれるような衝突が、ラフォリアもまた例に漏れず好きだった。

そういうものがあればベルの成長にも繋がるかと期待していたのだが、どうやらそれはここには無いらしい。

 

……代わりにあったのは。

 

 

 

 

 

『やめるんだ』

 

 

 

 

 

……お前がやめろ。

 

ラフォリアの額に青筋が走る。

突如として背後から発せられた脅威的な殺気に、アスフィとヘルメスは大量の汗を流す。それを少し離れていながらも感じ取ったリューが、過去のトラウマ(アルフィア)を思い出す。

 

ヘスティアが神威を解き放った。

つまりはまたやらかしたのだ。

昨日あれだけ注意をされておきながら、目の前のベルのことになると思考が簡単に吹き飛んでしまったらしい。

彼女はまたもやらかした。

 

「ままままま待って!待って下さい!ラフォリアさん!!どうか落ち着いて下さい!!」

 

「そ、そそそそうだぜラフォリアちゃん!!まだダンジョンに気付かれた訳でもなさそうだし!なっ!ほら!!なっ!!!」

 

「馬鹿は死んでも治らんと聞くが、今が正にそれを試す絶好の機会だろう」

 

「神殺しになっちゃいますからぁぁああ!!もっと大変なことになってしまいますからぁぁああ!!」

 

今直ぐにでもヘスティアに切り掛かりに行こうとするラフォリアを、ヘルメスとアスフィは必死になって抑える。

仮にも神威をはなっている女神を相手に問答無用で剣を抜いて襲い掛かろうとするのだから、下で逃げていく冒険者達とはやはり色々と違うのだろう。というかそれくらいに彼女が怒っているというのが分かる。

 

……彼女が怒るのも当然の話だ。

ダンジョンの中で神の力を行使する。

つまりは神の存在を気付かれてしまうということは、それ即ち、ダンジョンが動き出すということと同義で。

 

 

 

『ーーーーーッッ!!!!!!!!』

 

 

 

 

「……そらみろ、気付かれているだろうが」

 

「へ、ヘルメス様ぁ!?」

 

「い、いや、まさかあの程度の神威で…………いや、それほど過敏になっているということか?それほどダンジョンが神経質になっている?」

 

「ど、どういうことですかぁ!?考え込んでる場合じゃありませんよ!!」

 

そうこう言っている間に、徐々に広がっていく天井のヒビと黒い影。

その巨大、その威圧感、明らかに普通のモンスターではない。そしてここは18階層、17階層には階層主であるゴライアスが存在している。本来のゴライアスは既にロキ・ファミリアが倒していて、次の湧きまでを待っている時間帯であるのだから、それはつまり……

 

「アスフィと言ったな、リヴィラの街へ行って増援を呼んでこい。神を察知したからか、出入り口も塞がれた。戦うしかないぞ」

 

「なっ!?あ、貴女が居ても足りないくらいの相手ということですか!?」

 

「いや、私は手を出さんからな」

 

「そんなこと言ってる場合ですかぁ!?」

 

「中途半端な手出しは事態を余計に悪化させると学習したからな。それにお前達の昇華の機会を邪魔するつもりもない」

 

「〜〜〜!!!」

 

「アスフィ、俺からも頼む」

 

「もうっ!!生きて帰れなかったら本当に恨みますからね!!」

 

ヘルメスにまで頼まれ、諦めてリヴィラの街の方角へと走り始めたアスフィ。未だにラフォリアが参戦しないということについては納得出来ていないようだったが、それでもラフォリアの意思が硬い様子を見て悟ったらしい。

 

なお、そんな肝心のラフォリアは崖に腰掛け、天井の水晶壁が遂に砕かれた瞬間を見守った。

落下して来たのは巨大な黒い物体、モンスター。その造形は巨大な人形、恐らくは17階層の階層主であるゴライアスの亜種。黒化種。

 

「どうだい?」

 

「……それほど大した相手ではないな。単純な戦闘力自体はアンフィスバエナに劣る。特殊な能力があれば少々厄介だが、どうにもならんことはない」

 

「なるほど、ただそうなるとこの階層の冒険者達にとっては少し荷が重いかな」

 

「妥当だろう、格上の相手を倒してこその冒険者だ。……どうしようもないと判断すれば介入するが、それまでは手を出すつもりはない」

 

「……具体的には?」

 

「死人が出るようであれば、だ」

 

仮にそれがリヴィラの街の人間も含めてのことであれば、やはり甘過ぎるのではないかともヘルメスは思ってしまった。"死人が出始めたなら"であればまだしも、"死人が出るようなら"となるとその判断はかなり早くなるからだ。

 

……ベルがリヴィラの街の冒険者達と共に黒色のゴライアスに向けて走っていくのが見える。やはりゴライアスの単純な戦闘力自体はそれほど大したものではない、振り抜いた拳をベルはなんとか避けてリヴィラの冒険者から受け取った大剣で足を斬りつける。しかしその攻撃力はLv.2程度の冒険者がまともに受けてしまえば確実に致命傷となるもの、それだけは脅威と言えるだろうか。

 

「っ、あれは……再生能力か!?」

 

「咆哮、再生能力、周囲のモンスターも面倒だな。……神ヘルメス、私の背後に隠れていろ」

 

「!……何か来るのかい?」

 

「ゴライアス然り、バロール然り、周囲を数で囲まれた際に揃って行う行動がある。そろそろそれをしてくる頃合だろう」

 

「っていうと……」

 

「吹き飛ばしだ」

 

 

【ーーーーーーーッッ!!!】

 

 

『死鏡の光(エインガー)』

 

ラフォリアの言う通り、ゴライアスは叫びながら大きく両手を振り上げて、渾身の力を持って地面を叩き付ける。瞬間、捲り上がる大地と共に吹き飛ばされる冒険者達。その余波はラフォリアの元まで及び、ヘルメスを背後に隠した彼女は魔法によってそれら全てを弾き飛ばした。

叩き付けによる数的不利の打開。

階層主級の常套手段というものだ。

 

……しかしヘルメスがチラとラフォリアの背後から顔を覗かせて見たところ、被害は甚大であるが死人は出ていないらしい。その衝撃波によって周囲を囲っていたモンスター達も吹き飛んだ、それも不幸中の幸いというものだろう。まあどうせまた何処からともなく現れるのだろうが。

 

「さて、どうする」

 

「あ、ありがとうな、ラフォリアちゃん」

 

「今死なれては困るからな、お前の眷属が居なくなれば前線が壊滅する」

 

そうして見つめる先に居るのはアスフィ・アル・アンドロメダ。

Lv.4である彼女は7年前の闇派閥との抗争の際から常にヘルメスに振り回されながらも団員達を率いて来た。その経験は今も生かされており、すぐ様に部隊を立て直す指示を出すと、同じLv.4であるリュー・リオンと共に時間を稼ぐために前に走る。

 

「……意思は折れても、弱者に成り下がった訳では無さそうだな」

 

「ああ、リューちゃんも今だって細々とだが正義の眷属としての役割を果たしている。本当に折れてしまった訳じゃない、少しの時間と機会が足りなかっただけだ」

 

「………だからと言って、無駄にしてもいい時間などあるものか。いつまでも自分に時間があるなどと思っているから、後悔をするのだ」

 

もし彼女が1人でも足掻き続けていれば、それでもと前を向いて走り続けていれば、彼女はそれこそアイズと同等の力を持つことが出来ていたかもしれない。そうなれば彼女はもっと多くの者を救うことが出来たかもしれない。

そんな後悔をリューだって絶対にしたことがあるだろうし、なによりアストレア・ファミリアの存続を願っていたのは他ならぬオラリオの民達だ。その声をリューだって何度も聞いていた。

 

「………仮にLv.5にでも届いていれば、今の戦況さえ変えられただろう」

 

致命的なダメージを与えられない、削った先から再生される。いくら敵の速度が遅かろうと、巨体というアドバンテージはその不利を容易く覆せるほどに大きい。

ゴライアスは知能も相応に高くなっているらしく、自分にダメージを与えた魔導士達を中心に狙い始めた。決定打になりうるものが消えていく。被害は広がっていくばかり。状況は徐々に悪化していく。再生能力持ちを相手に長期戦など、不利になるのは当然だ。

 

「離れてください!!!」

 

 

「!………鐘の音!?」

 

一瞬、それをアルフィアのサタナス・ヴェーリオンのものと錯覚したラフォリアが、驚いたように目を向ける。

しかしそこに居たのはアルフィアではなくベルであり、彼は自身の右腕に白い光を灯しながら走り込んで来ていた。……ラフォリアはそれを知らない、そんなものをベルが持っていたとは知らない。そして直後に彼が行った行動は、それこそ何処かアルフィアの面影があって。

 

 

『ファイアボルト!!!!!』

 

 

「っ」

 

Lv.2の放った魔法とは思えぬ、凄まじい威力の短文詠唱。

否、叫んだのは魔法の名前だ。

つまりは無詠唱の魔法。

アルフィアのサタナス・ヴェーリオンのような馬鹿げた速攻性と威力を伴ったその魔法は、Lv.4の2人が攻めあぐねていたゴライアスの咆哮を打ち破り、頭部を丸ごと吹き飛ばす。

……普通に考えれば有り得ない、しかし彼はそれを実現させた。

自分より3つ以上適正レベルの違うような相手に対して、一撃で。

 

「ラフォリア!!」

 

「っ、不味い……!!」

 

そんな彼の姿に思考を巡らせてしまっていたからだろうか、ラフォリアはベルに迫るその危機を見落としてしまっていた。

いくら頭部を吹き飛ばしたとはいえ、あれほどの再生能力を持つ存在ならば再生してくる可能性を考慮しなければならない。核である魔石が破壊されない限り動き続けるモンスターも存在する、目の前のそれが何故そういったものではないと言い切れるのか。

 

「ぐぁっ!?」

 

『爆砕(イクスプロジア)……!!』

 

咆哮によって空中に吹き飛ばされたベルに対して、追い討ちをかけるために拳を振り上げたゴライアス。ラフォリアはその場から急いで跳躍をすると、ゴライアスの口の中目掛けて爆破し、全ての歯を破壊する。

ゴライアスは人型モンスターであり、その肉体構成は人の物に非常に近い。特に発達したその異様な歯は、人間同様に食い縛ることによって全身の筋肉への力の伝達を増幅させる。既に振り抜かれようとしていた拳を止めることは難しいが、口の中を爆破することによる混乱と筋力の減衰ならば容易い物だった。

 

……そしてラフォリアがそれを狙ったのは、浮き上がったベルの元へ1人の男が走り込んでいたことを見ていたから。

 

「歯を食いしばれ!!大男!!」

 

「ぐぉぉおおおおお!!!!!!」

 

力の弱まった拳の攻撃を、大楯を持った桜花が受け止める。

盾ごと破壊されて、喀血する。

凄まじい勢いで吹き飛んでいく2人、だが上出来だ。最悪の事態だけは防ぐことが出来た、その男気には素直に称賛する。

 

「アスフィ!!ベルと大男を退避させろ!エルフ!!貴様は私と共に来い!!」

 

「は、はい!!」

 

「……っ、分かりました!」

 

ベルは生きている、それは間違いない。

だが復帰して来れるかどうかまでは分からない。

……ならばもう、ここからはラフォリアが直接戦況をコントロールする。中途半端なことはしないと誓った、故にこれは徹底的なものだ。目の前を徹底的に活かしてやる。その骨の髄に至るまで、全てをオラリオの冒険者達のものに。

 

『ガァァァアアッ!!!!!』

 

「邪魔だ」

 

「ァッ?」

 

撃ち放たれた咆哮を、剣の一振りで吹き飛ばす。

かつてアルフィアと斬り合うために全く同じ剣技を身につけようと、他派閥である男の元へ出向き、自尊心をへし折り頭を下げてまで身につけたその剣技。彼女の全ステータスを満遍なく上げ続けたLv.7の筋力を以ってすれば、咆哮程度ならば容易く打ち払える。

 

『オオオオオオォォォオオオ!!!!』

 

『死鏡の光(エインガー)』

 

『ーーーーーッッ!?!?!?!?』

 

咆哮が駄目ならと今度は拳を振り抜いたゴライアス、その右腕は彼女に直撃した瞬間に内部から砕け割れる。物理反射のその魔法は、言わば敵に全く同種の攻撃をぶつけ合った様に錯覚させる。しかし実際にはそれどころではない。物体が物体に衝突する際に与えるダメージと、与えられる返しのダメージ。その両方が自分だけに返ってくるのだ。便宜上"物理反射"などという言葉を使ってはいるが、その実態は"倍返し"に近い。倍ほどの力は無いにしても、単なる衝突とは訳が違う。

……だからこそ、それに単純な力のみで渡り合った"猛者"オッタルは怪物だった。だからこそ彼は自身の力でも破壊されないような堅牢な剣を用い、なにより自身の力では破壊されないような頑強な肉体を証明した。それほどのものがなければ、この魔法は破れない。

 

「さて………おい冒険者共!!貴様等はこのままでいいのか!!!」

 

「「「「っ!!」」」」

 

「やられたままでいいのか!!逃げたままでいいのか!!女子供に全てを託して、そんな醜態を晒してこれから頭を上げて生きていけるのか!!!」

 

そうしてそれから、今度はまだ近くに残っていた冒険者達に対して、ラフォリアは叫んだ。

戦況は悪い、彼等も自分達だけではどうしようもないと悟っていたのだろう。しかしラフォリアは知っている、彼等とて負けず嫌いな男達であると。嫉妬深い見栄張りであると。

それこそベルに対してあんなことをするくらいの、馬鹿で、阿呆で、面倒な、どうしようもない愚か者達であることを。

 

「い、いい訳あるか!!!」

 

だからこそ、最初に叫んだのは、ベルと対峙していたあの男だった。

 

「あんなガキと小娘どもに負けたままで帰れるかってんだ!!俺達はまだ何もしてねぇ!!このままじゃ本当に負け犬だ!!」

 

「「「「!!」」」」

 

「ならば走れ!!貴様等をこの私が使ってやる!!貴様等のような屑共が輝ける場所を、この私が作ってやる!!」

 

「やってやらぁ!使えるもんなら使ってみやがれ!!」

 

……本当に、本当に馬鹿な男達であると、ラフォリアは笑う。

だがそういう馬鹿さは嫌いではない。

ベルと対峙していたモルドという男に続いて、他の冒険者達も武器を構えて走って来る。馬鹿というものはどうにも伝染するらしい。それこそ色濃かった絶望を、簡単に上書きしてしまうくらい強力に。

 

「咆哮は全て私が止めてやる!エルフ!貴様は飛び回って奴の注意を引け!冒険者共!!それだけお膳立てをしてやれば十分だろう!!」

 

「当然だ!!いくぞ野郎ども!!」

 

「「「うぉぉおおおお!!!!」」」

 

ラフォリアのただその言葉だけで、冒険者達は走っていく。

その様子を見て、リューは素直に驚いていた。

最初に咆哮を撃ち落とし、その後に魔法で直撃を返した。ほんの僅かなその行動が、今の彼女の言葉に対して強い信頼を与えている。

彼女はこの階層の冒険者達が何より信じている"力"というものを証明し、燻っている彼等がそれでも持っている感情を引き出した。彼等は自分達が落ちぶれていることを理解し、輝ける場所を求めていることを知っていた。恐怖と自身の立ち位置を知り、ロキ・ファミリアのような栄光も、憧れてしまうような冒険も得られないのだと、諦めてしまっていた。

……そんな彼等にとって現状は、正にそんな夢が叶ったように見えているのかもしれない。

得体の知れない強大な敵を相手に、しかし絶対的な力を持った人間が指揮を取って、自分達を使ってくれる。自分達のような人間が輝ける、誇りを持てる舞台を作ってくれる。

 

「斧男!貴様は足の腱を切れ!!槍をただ突き刺すな!足の小指を優先的に破壊しろ!!跳躍できる者は関節を狙え!先ずは敵の体を崩せ!!」

 

「うぉおおお!!!」

 

「エルフ!眼だけは破壊するな!!視界を保たせていた方が思考を縛りやすい!いいな!」

 

「は、はい!」

 

まるで自分達にも"勇者(ブレイバー)"のような指揮官が出来たような、そんな少しの高揚感。彼女の言う通りに攻撃を与えればゴライアスは崩れ落ち、自分が役立っていることを実感出来る。

……そうだ、自分はこんな冒険がしたかったのだと。これだけ危険な状況にも拘らず、次第に口角が上がっていく。

彼等だってこうなりたかったのだ。

ロキ・ファミリアの下っ端達のように、誇りを持って戦いたかったのだ。18階層で何年も何年も屯しているような、そんな自分達になんて、本当はなりたくなかった。

 

「っ、やべぇ!またあれが来る!!」

 

「エルフ!!全力で背中を斬り付けろ!!私と逆の部位だ!!」

 

「分かりました!!」

 

ラフォリアは決してゴライアスに対して致命的な攻撃にはならないように、狙った背中の筋肉のみを正確に断つ。そしてリューもまた彼女を見習って逆の部位を全力で叩き切った。

瞬間、再び地面を叩き付けようとしたゴライアスの腕が投げ出される。

 

「た、助かった!!」

 

「だが姉さん!このままじゃ火力が足りねぇ!!俺達じゃどうやったって倒せねぇ!!」

 

「ならば倒せる奴の準備を待て!貴様等はもう役に立っている!時間稼ぎという名の大義を成している!!」

 

「時間稼ぎ……?」

 

それは、そうしてモルドが降りて来たラフォリアの言葉に首を傾げた直後のことだった。

背後から鳴り響く極大の鐘の音。

異様な雰囲気の魔力の高まり。

モルドはそれを知っている。

それを成したのが誰であり、それを成した結果どうなり、そしてそれを成した者がどうなったのか。……だからこそ、彼は笑う。

 

「リトル・ルーキーか……!!」

 

「役割は理解したか!」

 

「ああ!!やってやるよ!!時間稼ぎ!!」

 

「いいだろう!ならば貴様等の目的は只管に敵の機動力を削ぐ事だ!!多少の怪我は治してやる!!エルフ!貴様もそろそろ本気を出せ!!」

 

「……はい!!」

 

ゴライアスが蓄積を始めたベルに狙いを定め、動こうとする。しかしモルド達は必死になってそれを阻害し、他のモンスター達の阻止もアスフィや命達が中心となってそれを成していた。

……そしてリューもまた、ここが切り札の使いどころだというラフォリアの指示に頷いて、彼女と共に詠唱を紡ぐ。

 

『今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々。愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を』

 

『灼熱の激心、雷撃の暴心、我が怒りの矛先に揺らぐ聖鐘は笑う。泡沫の禊、浄化の光、静寂の園に鳴り響く天の音色こそ私の夢』

 

 

「長文詠唱……!?」

 

高レベルの冒険者でさえ、それをこのレベルで熟す者はそうそう居ない。リュー・リオンというエルフがどれほど優秀な冒険者であったのか、それを示すものとしてこれほどに証明となるものも存在しない。

それは彼女が潜り抜けてきた戦いの中で培って来たものであり、そしてそれを見てラフォリアはまた思う。……勿体ない、と。

 

『汝を見捨てし者に光の慈悲を。来れ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ』

 

『故に代償は要らず、犠牲も要らず、対価を求める一切を私は赦さない。これより全ての原罪を引き受ける。月灯に濡れた我が身を見るな』

 

『——星屑の光を宿し敵を討て』

 

『——泣け、月静華』

 

 

 

 

【ルミノス・ウィンド】

 

【クレセント・アルカナム】

 

 

リューの放った風の弾丸は一瞬にしてゴライアスの身体に叩き込まれ、それから避難していたモルド達を優しい月の光が照らし癒し始める。

背後から聞こえる鐘の音は大きくなるばかり。

ゴライアスの焦りも高まり始める。

その焦りは、それこそ破壊された自分の足を強引に千切り、不完全な状態ながらも走り始めようとするほどに……

 

「退けお前等ァァア!!!」

 

「っ!?」

 

「全員退避!……鍛治師!問題無い!そのまま放て!!」

 

「なっ、姉さん!?」

 

「私の魔法を信じろ!!」

 

あまりにも大きく凄まじい魔力を持った魔剣を携え、戦場に走り込んできたヴェルフ。仮に彼がそこから魔剣を放てば、僅かながらでも掠める位置に自分達は居る。

……しかし、ここまで来てラフォリアの"信じろ"という言葉を疑う者も居なかった。彼等は彼女を信じて、その言葉に従って走り出す。目線の先には自身の身体を真っ白に染めるほどに光を蓄積させたベルの姿。彼とゴライアスの延長線上に入らないように位置取り、ただ只管に走り続ける。

 

「火月ぃいいい!!!!!」

 

「………それでいい」

 

ヴェルフの、恐らく彼が作ったであろうその魔剣が、まるでリヴェリアの広域殲滅魔法の如く凄まじい炎獄を吐き出し焼き尽くす。

それを僅かに掠めた冒険者達、しかし彼等のダメージは意外にもそれほど大きなものではなかった。何故なら彼等を上空を照らす月の光が守っていたから。

あのゴライアスが半身を焼き焦がす様な馬鹿げた威力、それを見てラフォリアは苦笑う。あんなものをポンポンと作り出されてしまえば、大抵の魔導士の役割は失われてしまうだろうことが予想出来てしまって。だが一方で戦力としてあまりにも大きな役割を果たす存在であると、確信出来てしまって。

 

 

 

……そして、待望の一撃は成った。

 

 

「来たか」

 

 

階層全体に響き渡る様な鐘を鳴らし、黒色の歪な大剣を持って歩いて来るベル。そんな彼の元へと駆け寄ったラフォリアは、すれ違う様にしてその肩に手を置く。ただ只管に前だけを見ている、冒険者の顔をした少年の覚悟を問うために。

 

「この場にいる全員がお前を見ている」

 

「………はい」

 

「やれるな?」

 

「………はい!」

 

「よし、なら行ってこい!」

 

「はい!!!」

 

背中を押されたベルは、走り出した。

……英雄になるための、その道を。

 

 

「いっけぇぇええ!!リトル・ルーキー!!!!」

 

「クラネルさん!!」

 

「やっちまえぇ!!ベル!!!」

 

 

仲間達の、そして時間を稼いでくれた彼等の声にも、背中を押されて。

 

 

「ああああぁぁぁあ!!!!」

 

『ーーーーーッッ!!!!!』

 

 

 

英雄は、生まれた。

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