【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
「けほっけほっ………少し調子に乗り過ぎたな」
「ええ、調子に乗り過ぎです」
ラフォリアはその日、ディアンケヒト・ファミリアの治療院に再び居た。理由は他でもなくただ一つ、喀血したのである。ベルが黒色のゴライアスを倒したその直後、叫び過ぎで。
そして他ならぬ、例のスキルを使用してしまった影響で。
「何処まで治る?」
「………そろそろ咳を完全に抑えることが難しくなります」
「そうか」
「貴女が持つ病と"静寂"の持っていた病が、全くの別箇所であればまだ手段はありました。しかし両者とも臓器を含めた呼吸器系への影響が著しく、手の出しようがありません」
「そもそも私の肉体もあの女に置換されているはずだ、その分だけ私自身の病はマシになるのではないのか?」
そもそも肉体が変わって来ているのだから、その理論は十分に有り得ると考えていた。
故にある程度のところまでアルフィアの身体に置き換えれば、最低でもその時点のアルフィアの寿命分は生きることが出来るのではないかと。それこそがラフォリアが考えていた最悪の場合の手段であったのだが……
「……例えば貴女が骨折をしたとします。その後に置換が起きたとして、骨折が完全に治ると思いますか?」
「知らん」
「結論から申しますと、多少は治ります。しかし完全に元には戻りません。その部分が脆くなり、再発しやすい状態になります」
「……つまり、アルフィアの肉体に置換された直後は緩和した様に見えても、再発すればアルフィアの肉体で私の病が発生するということか」
「それほどに貴女自身が持っている病が重篤なものだということです。むしろ"静寂"の肉体に置換されればされるほど、2つの病は同時に悪化していきます」
どうやらその手は使えないらしい。
確かに晩年はアルフィアも時々だが血を吐いていた。
あれが呼吸器系か消化器系から来るものなのかは知らなかったが、そもそも不治の病と呼ばれたそれだ。食事も最低限。内蔵関係は全てやられていたのかもしれない。……となると。
「なるほどな」
「それは貴女が一番に分かっていると思っていましたが……苦しくないのですか?」
「あの女が雑音を嫌っていた理由が少しは分かった。だが今更どうにもならん、恩恵を解いてアルフィアの病を無くしたところでどうにもならんのだろう?」
「ええ、その場合は貴女自身の病に恩恵のない身体が耐えられません」
「ならばやはりこれ以上アルフィアのスキルを使わない以外に方法は無いか。……お前の予測でいい、あと何年生きられる?」
「………このまま冒険者を続けるのであれば、3年以上は保証しかねます」
「そこまでか」
「ええ、それと現時点で既に深層への探索を私は禁止します。それほどの状態であると理解して下さい」
「本当に、治す方法はないんだな?」
「……【万能者】から"静寂"の病に大聖樹の枝が効果があると聞きました。現在各エルフの里にリヴェリア様の協力の下で交渉をしておりますが、それが手に入ったとしても完全な治療は不可能です。一時的に苦痛を和らげる程度にしか見込めません」
「そうか、お前がそう言うのであればそうなんだろう」
いくら怪我をしたとしても、死にかけたとしても、アミッド・テアサナーレであればそれを治療することが出来る。毒だろうと呪いだろうと治してしまい、正常な状態に戻すことが出来る。
……しかし、それが病となれば話は別だ。
片方は恩恵にスキルとして現れた病。
片方は肉体を回復し過ぎたが故に生じた病。
どちらも普通ではない。
単純な病ではない。
アミッドが見たこともない。
本来片方でも絶望する様なものを二重に受けておいて、どうしてこの女がこうも普通に話せているのかが、アミッドには分からなかった。
「……この街に来た段階では、貴女はまだ病を克服した後だった筈です。その時点では貴女はまだ真っ当な人生を歩むことが出来る筈だった」
「…………」
「それなのにこうして、今は残りの日数を数えるほどになってしまっている。……辛く、ないのですか?」
辛くないはずなどない。
そんなことは分かっている。
分かっていても、それを聞きたい。
彼女が何を思い、どうしてこんな風に冷静で居られるのか……その病巣を、アミッドは知りたかった。
「…………私はここに、アルフィアの残した物を探しに来た」
「残した物……?」
「持ち物でも、教え子でも、思想でも……それこそ意思などという曖昧な物でも構わなかった。死んだと聞かされていたあの女が、結局私には何も残さずに旅立ったあの女が残した何かが無いかを探しに来た。………だが、そんな物はこの街には無いと知った。あの瞬間から、結局のところ、私は何もかもがどうでもよくなってしまっていたのかもしれない」
「……だから、死んでも構わないと?」
「いや、今は見たいものもある。死んでも構わないとは思わない。だからお前を頼っている。……だが、闘病していた頃の様な気力や必死さがないのは、恐らくはそれが理由だ。それが私の、最後の希望だったからな」
「希望……」
「なに、散々に娘だ母親だのと言っていたのだから、一言くらい残しているものかと思ったのだがな、どうにもそういう訳でも無かったという話だ。……そう思っていたのは私だけだったという話だ。ああ、これは存外に羞恥に悶えて死にたくなるな」
「…………」
母親だと思っていた人間が、自分に何も残してくれてはいなかった。だからその愛を疑うどころか、元より無かったものだと思ってしまった。……そして、既にそれを証明する手立てもない。
なるほどこれは確かに病巣となるには十分な理由で、治療方法も既に無い困難なものだ。
そもそもゼウスとヘラが残したものなどこの街には既に殆どなく、精々残っているのも町外れの廃教会くらいのもの。しかしそれも所有権は既に移っていると聞いているし、それでは彼女のために残したとは言えないだろう。
「……何度でも聞きます、冒険者をやめるつもりはありませんか?今からなら、運さえ味方すれば10年は生きられるかもしれません」
「何度でも言うが、そのつもりはない。……色々と理由はあるが、私はもうベッドの上から動けない様な生活は嫌なんだ。だから残りの3年は、私の好きなようにさせてくれ。その末にどうなったとしても、私はお前を恨まない」
「………………」
最早薬を飲んでも治らなくなってしまった咳をして、ラフォリアは黒い布を目元に巻く。アルフィアと同じ色になってしまった目を隠したいと思い眼を閉じていたが、この街ではその姿こそが何よりアルフィアに見えてしまうと分かったからだ。
……しかし、この布を付けるということはアルフィアとの賭けの約束を破ることに近い行為でもある。だがそれよりも、既に自分の存在の大半がアルフィアの物となってしまっているこの現状、いつ自分が自分を見失うか分からない状況を、少しでも先延ばしにするために本人との明確な違いを出す必要があると判断した。
まあ、もうここまで本人を模倣しているのだ。
目元に布を巻いたくらいで約束を破っただのなんだのと言われることはないだろう。結果的には何よりも精度の高い擬態をしてしまっているのだから、むしろ約束は必要以上に守っていると言っても良い。
「何度も言うが、このことは誰にも言うな。いいな?」
「………はい」
せめてその念押しさえなければ、やりようはあったのに。毎回こうして忘れることなく言葉にされてしまうから、アミッドは誰にも相談することが出来ない。
……既に使用している薬はかなりの副作用が伴う強力なものであり、彼女は相当な苦痛を周囲に見せることなく抱えている。
こういう病人が、一番厄介なのだ。
こういう病人が……アミッドは一番苦手だった。
結局、ディアンケヒト・ファミリアでの治療は5日間の入院で済んだ。正直ラフォリアとしては長過ぎると思いはしたものの、再び例のスキルを使った代償は彼女が思っていたよりは大きいものだった。サタナス・ヴェーリオンさえ使わなければいいという訳ではないらしい。
……そうでなくとも、黒化ゴライアスの咆哮、あれもまた立派な音による攻撃だ。ラフォリアはあれを撃ち落としてはいたものの、その影響はしっかりと受けてしまっていた。それを考えれば5日の入院で済んだだけマシだったとも言うことは出来る。
「ほう、アポロンの宴か」
「そ、そうなんだけど……実は少し前にベル君がちょうどアポロンの眷属と喧嘩をしてしまっていてね」
「……喧嘩?お前が?」
「ご、ごめんなさい……」
「ふむ……」
久しぶりに戻って来た教会。
ラフォリアは自身のベッドに座りながら、正座をしている目の前の1人と1柱を見下ろす。ベルが正座をしているのは今回の件について、ヘスティアが正座をしているのは18階層の件についてだ。
あの後は喉を悪くしてしまい、結局ヘスティアに対してしっかりとした説教が出来なかったが、彼女も彼女で大いにやらかしたのだ。いくらベルが心配だからと言っても、やっていい事と悪い事がある。
……とは言え、ヘルメスの企みを見過ごした自分にもその責の一端はあると考え、処置は寛大。その説教も今しがた終わったばかりであり、ヘスティアは仕置きとして膝の上に本を10冊置かれている。彼女の身体はフルフルと震えているが、この程度で済んでいるだけ温情だろう。結果的にはベルにとっても良い経験にもなったのであろうし、結果論で済ませることとした。
「やれやれ……ベル、私が言いたいことは分かるな?」
「はい……リリにも言われました、最近の僕は性格が乱暴になっていると。それは自分でも自覚しています」
「違う、やるなら徹底的にやれ」
「「え?」」
「2度と相手が突っ掛かって来なくなるほどに徹底的に潰せ、中途半端に終わらせるな。団員を全滅させた後にその主神にも恐怖を植え付けろ、その身に言い訳の出来ない深い敗北を刻み込め」
「「………………」」
なんか訳の分からない方へと話が進んでしまっているが、ラフォリアとしてはこれは本気だった。中途半端な喧嘩ほど面倒で意味のないものはない。そして中途半端に終わらせてしまえば、間違いなく仕返しを仕掛けて来る。
そうなるくらいならば、その身に2度と消えない恐怖を植え付ける以外に方法はない。実際ラフォリアはそうして襲撃を仕掛けて来た身の程知らずの冒険者と神々を叩き潰して来た。これはオラリオで生きる上で彼女が培って来た経験則なのである。
「え、ええと……話を戻すけど、どうだろうラフォリアくん?アポロンは僕達に何かを仕掛けてくるつもりなのかな?」
「知るか、そもそも私はその神を知らない」
「あ、そうなのか」
「仮に仕掛けて来たとしても、それを上手く解決するのも貴様の手腕だろう。そういった経験を積むのもファミリアとして必要なことだ」
「そ、それはそうだけど……」
「……すみません」
「ベル、私に謝ってどうする。そもそも私はこのファミリアの人間ではないだろう、迷惑が掛かるのは貴様等自身だ。そしてその責任はベル、お前が自分で責任を持って解決しろ」
「………はい」
ラフォリアはベルに対して、注意することも叱ることもしなかった。
ただ自分のしたことに対する責任は取れと、そう伝えるだけ。
それは当然の返答ではあったが、ベルからすればむしろ叱られた方が気は楽だったろう。しかしそんな楽をさせてやるほどラフォリアも甘くない。起こした問題に対して向き合い、その解決に頭を回すことは重要な体験だ。その機会を奪うことなどラフォリアはしない。自分のやらかした事だ、行き詰まってしまうまでラフォリアは口を出すこともしない。
「……?なんだ?」
そんな時だった、教会の扉からノックの音がしたのは。
少し大きめのノック、相手は男性だろう。
しかし夜も遅いこんな時間、訪ねてくる相手は普通に考えて常識がない。それこそ不審者を疑ってしまうほど。
だがラフォリアは立ち上がろうとしたベルを制し、自ら立ち上がってそれに応対した。何となく圧があったからだ。それも妙に馴染みのある。
「誰だ?」
「俺だ」
「………オッタルか?」
扉を開けると、なんとそこに立っていたのは何か箱のような物を持った見知った大男だった。
"猛者"オッタル、ラフォリアとしてはあまりに意外な訪ね人であった。
突然訪ねて来た彼を見て固まるベルとヘスティアであるが、ラフォリアは一度教会から外に出て彼に応対する。彼がこうして直接出向いて来たのだ、何かがあったと考えるのも自然な話。それこそベル達には伝えられないくらいに大変な出来事が。
「どうした?何かあったのか?」
「…………」
ラフォリアの問い掛けに対し、彼は複雑そうな顔をして黙るばかり。というかむしろ、なんとなく、困ったような、そして迷っているような、そんなラフォリアとて見たことがないような顔をしている。
『……ああ、これは本当に何かがあったのだな』とは思うものの、それが人の生死が関わるほど深刻な出来事ではないのだとも察する。恐らくはそう、女神フレイヤからの何かしらの無茶振りを彼はさせられているのだろう。そういう彼の姿であれば、ラフォリアも何度か見たことがあった。
「……これをお前に」
「手紙?」
「明日行われるアポロン・ファミリアの宴の招待状だ」
「………?あれは神とその眷属が参加するものと聞いたが、女神ヘファイストスも参加するのか?だとしても何故私だ、そして何故お前が持ってくる」
「いや、これはお前に対する招待状だ。フレイヤ様の口添えでお前の単独参加が認められた、フレイヤ様が女神ヘファイストスの代わりになるという形ではあるが」
「……………………?????」
ラフォリアにはよく分からない。
女神ヘファイストスが参加しないとして、何故フレイヤがその代わりになってまで自分を宴に連れて行こうとしているのか。ラフォリアはそのような宴などに特別興味はないし、参加したところで何の意味もないだろう。碌に他者を楽しませるようなことも出来るはずがない。
そもそもわざわざ女神フレイヤが主催のアポロンに直接出向いてまで許しを得る話には思えないし、フレイヤが何を考えているのかもさっぱり分からない。そしてどうやらそれは目の前のオッタルも同じようだった。
「それと……………これを」
「ん?なんだ、これは」
「明日お前が着るドレスだ」
「は?」
「俺が選んだ」
「……………………………は?」
は?
ラフォリアは心の中でもう一度言葉にした。
は?
最早何も分からない、意味が分からない。
ここまで困惑させられたことは、本当にいつ以来のことだろうか。
ラフォリアは今それくらいに凄まじい困惑に見舞われている。
受け取ったその箱に、ただただ疑問しか浮かんで来ない。
「待て、待てオッタル……お前は何を言っている?」
「フレイヤ様から、当日のお前のドレスを俺が選んで来るようにとの指示があった。俺では十分な物を選べないと言ったのだが……」
「……本当にお前が選んだのか?」
「ああ……」
「……店員から変な目で見られながら?」
「ああ……」
「というか、お前がまともな物を選べるのか?」
「分からん……分からんが、俺なりの努力はした」
「…………そうか」
ここまで来ると最早何をどう言ったらいいのかも分からない。互いに妙な顔をしているし、これ以上に続ける言葉も浮かんで来ない。女神フレイヤがまた変なことを考えていることは予想がつくが、それにしてもドレスを着ろなどと、本当に何を考えているのか。
思わず目元に手を当てて空を見上げると、オッタルはそれに気づいた。
「……ラフォリア」
「?なんだ」
「お前、眼は……」
「ああ……」
そういえば、まだオッタルには言っていなかったとラフォリアもまた気付く。
ベルとヘスティアには諦めてスキルの影響で変わった眼の色が気に食わないと伝えてはいたが、オッタルからすればこれはそれどころの話ではないだろう。……元々の原因は他でもない彼なのだから、感じている責も誰より重いはずだ。
「……こうなった」
「っ!!」
「こんな物を見せていれば、お前もアルフィアと話しているようで落ち着かんだろう。苦肉の策というやつだ」
「……………すまない」
「謝るな、私が判断したことだ。……それより私は、お前が選んできたというこのドレスの方がよっぽど恐ろしいがな。最悪の場合、私は明日、珍妙な格好で宴に参加することになるのだが?」
「そうはならないよう、店員にも意見を聞いて決めた。最低限の格好にはなっている……はず、だ」
「なるほど、ならば少しは期待してやろう」
「仮に笑う者が居たとしても、俺が叩き潰す」
「……ふっ、阿呆かお前は。そんなことをする暇があるのなら女神の手でも引いていろ」
しかしこの様子では明日には街に広まっているかもしれない。"猛者"オッタルが女神フレイヤ以外の女のドレスを必死になって選んでいたと。
その結果フレイヤ・ファミリア内で何かしらゴタゴタが起きる可能性もあるが、そんなことはラフォリアの知ったことではない。またオッタルが振り回されるだけだ、ラフォリアは面白おかしくその様子をみまもってやるだけ。
……ただまあ、
「……いいだろう、私も参加してやる」
「!そうか………ならば明日の夜、ここにお前を迎えに来る。着替えて待っていろ」
「ああ、あまり待たせるなよ」
「分かっている」
そうしてオッタルは、何処か緊張が解けたような様子で本拠地の方へと歩いて行った。
まあ彼からしてみれば、自分でドレスを選び、そもそもラフォリアが宴に来てくれない可能性もあったのだ。緊張くらいは当然したはずだ。
しかし一方でラフォリア、彼女の方には問題もある。
例えばそう、アルフィアとの賭けの約束を今度は明確に破ってしまうという問題が。このドレスを着るということは、アルフィアのドレスを脱がなければならないということだ。それは目元に巻いている布よりよっぽど違反行為だろう、それを何より自分が許せるかが問題の要。
「………………………仕方あるまい。あの男が必死になって選んだというドレスだ、着てやらねば不誠実になる」
それにまあ、入院した時然り、寝る時然り、別にいつもこの服装で居る訳ではない。その延長線上だと考えれば、強引にだが納得出来ないこともない。
死んだ人間よりも生きた人間。オッタルが恥をかいてまで持って来た物だ、無下にも出来ない。2度目があるかは知らないが、一度くらいは着て見せてやらねばならないだろう。それもまた贈り物を受け取った女の責というものだ。
恐らくは装飾品も一緒に入っていると思われる箱をその場で開け、中に入っているドレスにラフォリアは目を向けた。
「……だからと言って白はないだろう、童貞かあいつは」
なお、一言目の感想は結構酷いものだった。
オッタルは童貞ではないし、童貞だからと言って白のドレスを選ぶ訳ではない。