【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
「「…………私と、踊っていただけますか」」
停止するラフォリア。
彼女の頭の中には今現在、宇宙が広がっている。
果てしなく遠く、どこまでも深い、よく分からない世界。
なんかそういう曖昧なものが広がっている。
何を言っているんだ、こいつは?
心の底からそう思ってしまう。
踊る?
誰が?
誰と?
何故?
どうして?
何のため?
ベルがアイズに言うのはまだ分かる、きっと彼も色々と思い切って誘ったのだろう。以前からアイズを好いていた彼、この機会を逃すなどということをするのであれば、ラフォリアとて頭をしばいていたくらいだ。よくぞまあ決意をしたものだと、ラフォリアは褒めてやりたいくらいだ。恋愛などしたことはないが、ヘタレなかったことだけは男として勇気を出したところだろう。
……だが、お前は違う。
お前は違うだろう。
お前だけは違うだろう。
お前は何を言っているんだ?
その頭を叩いてやればいいのか?
顔面を叩き割ってやればいいのか?
しかし周囲の視線がラフォリアを貫いている。
あらゆる神と人間が今この場に視線を送っている。
なんだこの雰囲気は、断り難いにも程があるだろう。
「よろこんで」
「……!!!」
アイズがベルの誘いに対してそう返答した、その表情は彼女もどこか嬉しそうだ。満更でもないのかもしれない。
なんだかんだと言っておきながら、ベルもやり手だったということだ。いつの間にかそれくらい距離を近づけていたということなのだから。アイズのことはラフォリアも認めている、まあ多少天然なところはあるが悪い女ではない。見ているだけで不安になる2人ではあるが、それほど悪い組み合わせではないとも思っている。
……それで、お前は本当になんなんだ?
お前は本当になんなんだ?
「……………」
「……………」
「……………」
ラフォリアとて分かっている、というか想像は付いている。天才だから。これは全て女神フレイヤの誘導であり、あの女神は今度はこういう路線で自分を支配下に置こうとしているのだと。魅了や力では出来ないと分かったから、今度はオッタルとの関係を使って引き込もうとしているのだと。殴りたくなる。
それに以前にフレイヤは自分とオッタルに"貴女達で子を作ったら?"などと気が狂ったのかと思うような発言をしたが、その真意はそこにあるのかもしれない。あれは冗談でもなんでもなく本気だった、あの女神であれば十分に考えられる可能性だろう。
……こんなこと、少し考えれば分かるだろうに。
何故この男はそれに気付かない。
何故この男はそれを全力で遂行している。
ラフォリアには分からない。
オッタルが本気で何かを考えてフレイヤの言に乗っているのか、それとも彼が本気でただの馬鹿なのかが分からない。
ドレス選びにしてもそうだが、何故この男は一々そういうことを必死でやってくるのか。もう少し適当にしていれば断り易くもあるのに、そこまで本気でされると断りたいにも断れない。
というかお前は女神フレイヤに全てを捧げた男だろうに、本当にそれで良いのかと小一時間は問い詰めたい。見ようによっては最低だぞと、男としての尊厳をバチボコにへし折ってやりたい。正直ラフォリアが何かせずとも、他の団員からバチボコにされそうな案件ではあるのだが……
「…………ラフォリア」
「ラフォリアさん……」
「ラフォリア、さん……」
「……………………………………………………………」
しかしラフォリアに味方はいなかった。
この場にいる全ての存在が敵であった。
アイズどころかベルまでもそれは変わらず、誰もがラフォリアのその一言を待っている。目の前の馬鹿な男も、お前が誘う相手は女神の方だろうと心の底から叫んでやりたいというのに、何故か断られるのを恐れているような雰囲気が感じられる。その手にも少しな汗が浮かんでいて、本当にもう。
「………………わかった、よ」
うおおおおおおおおおお!!!!!!!
表情を歪ませながら顔面を手で覆い、なんとか努力して返答を絞り出してしまったが故に口調がいつもとは少し違う変な感じになってしまったが、ラフォリアは本当に仕方がなくその手を取ることにした。
ラフォリアは弱いのだ。
こういう必死で実直な感情を正面から叩き付けられるのが。
無下に出来なくなってしまう。
そんな自分の状況に顔を熱くさせながらも、何処か解放されたような表情をしたオッタルに連れられて、暗いバルコニーから明るい会場の中へと引き戻される。
周囲からの視線が痛い、さっき以上に好奇の目線が突き刺さる。思わず全員の目玉をくり抜いてやろうと本気で思ってしまうくらいに鬱陶しい。会場ごと吹き飛ばしてしまいたい。
……だが、オッタルがそれを許してはくれない。
取ってしまったその手を握って、問答無用で連れて行かれてしまう。これではまるで恥ずかしがっている自分をオッタルが男らしく手を引いているようではないか。まあ状況的には殆どそんな感じではあるのだけれど、それだけは絶対に認めたくない。
「おまえ……後で本当に覚えていろよ……」
「……?すまない」
持ち前の馬鹿と天然によって最強と化したオッタルを崩す手段はラフォリアには無くて、流れ始めた音楽と共に下唇を噛みながら踊り始める。
実際ラフォリアはこういった場で踊ったことなど一度たりとも無かったのだが、それでも彼女は天才であり、周囲の者達の姿を見てすぐ様に最低限の形へと持って行った。というか直ぐにオッタルどころか周囲の人間よりも上手く踊ってやった、それが彼女の唯一の抵抗だったからだ。
顔の赤みは引かないし、未だに少し熱く感じるくらいだが、それももう無視して。
「っ……ぬぅ……」
「お前……よくもまあそんな様で女を誘ったな……」
「す、すまん……」
「こういう場に出るのは初めてではないだろう、少なくとも私よりは」
「……踊る機会は、あまり無かった」
「フレイヤと踊ることもなかったのか、意外だな」
「あった……自分なりの努力はした、つもりだ……」
「…………」
「…………」
「力を抜け、私に身を任せろ」
「え?」
「私は天才だからな、貴様を誘導してやる程度のことは造作もない。……さっさとしろ、いつまでこの無様な姿を見せつける気だ。私にまで恥をかかせるのか」
「す、すまない」
最早"すまない"生産機になってしまったオッタルであるが、流石に誘った相手に恥をかかせる訳にはいかないとここはラフォリアに従った。
実際のところはそれほど不恰好なものではないかもしれないが、周囲の慣れている者たちと比べれば劣っているのは確かだ。ラフォリアは単にそれが気に食わない、無意識だとしてもやるのならトップを目指す。たとえ相手が神であろうとも。
「……フレイヤ様、そろそろ許してくれませんかね」
「ねえヘルメス?貴方わたしに喧嘩売って楽しいのかしら?」
「べ、ベルくぅっううううん!!!」
「アイズたぁぁああああんん!!!」
「なんですかこの地獄は……」
「い、板挟みは辛いぜ……」
暴れるヘスティアとロキを抱えながら、椅子に座ったフレイヤに腹部をヒールで蹴られ続けている可哀想なヘルメス。今目の前に広がっている光景は彼の犠牲のもとに成り立っていることを忘れてはならない。アスフィはそんな彼を可哀想な目で見つめている。
「それにしても……ふふ、本当にオッタルはあの子の尻に敷かれるわね」
「……フレイヤ様は、本当にそれでいいのかい?」
「なんの話かしら?」
「猛者は貴方の大切な眷属、どころの話ではないはずだ。そんな彼を彼女とくっ付けようとしているなんて、本当にそれでいいのかと疑問を持つのは当然だろう?」
「……そうかしら」
ラフォリアももう諦めたのか、周囲の視線を気にすることなくオッタルをリードし始め、その精度は周囲の神々にも負けないほどに徐々に上がっていくのが見て取れる。それに対してオッタルもなんとかついて行けるように努力しているようではあったが、不器用な彼にはラフォリアのように少しの経験だけでモノにするのは難しいらしく、苦戦しているのが良く分かる。
そんな2人を見てアイズとベルも見様見真似に踊り始め、余裕の出て来たラフォリアは更に分かりやすいように2人に向けて声をかけ始めていた。相変わらず面倒見は良いらしい。
「オッタルは何をしても私の側に居るわ、私を忘れられるはずがない。あの子の中では何十年経っても間違いなく私が一番」
「そりゃまあ……」
「でも、ラフォリアは今でないと手遅れになる」
「…………」
「オッタルを信用しているからこそなのよ。残りの時間の中で一度くらい濁った彼女の魂を輝かせたい、そのためにはこれ以外の方法がない。……私の軽率な行動のせいで、あの子には殺人をさせてしまっただけではなく、命まで削らせてしまったんだもの。そのためなら多少強引なこともするわ」
「……それが彼女への償いだと?」
「それくらいする責任はあると思っているわ、あの子を幸せにする責任が。……まあ、子供の顔が見たいっていうのも全然本心なのだけれど」
「子供の顔、ね……」
しかしそうは言っても、本当にそういう結末を辿ることが出来るのかと問われれば、ヘルメスは殆ど不可能だと言い切るだろう。フレイヤとてその難しさは理解しているはずだ。
確かに彼等はそれなりに通じ合っているし、相性も決して悪いわけではない。もしかすればそういう世界もあったかもしれないし、そういう選択をする可能性もあったかもしれない。……だが、それは決してこの世界ではない。
オッタルが見ているのはフレイヤだ、彼は拾われたその日からフレイヤのことしか見ていない。そのために力を求め、強くなり、這い上がった。彼の原点はそこにあり、それを否定するということは彼のこれまでを否定することになる。
そして仮に彼がそれを受け入れたとしても、ラフォリアがそのことを受け入れないだろう。ラフォリアがオッタルに求めているのはこれまでと同様にただ強くなることであり、彼女もまたその原点がフレイヤにあることを知っている。だからラフォリアはフレイヤを許したし、極端な仕置きもしなかった。……オッタルがフレイヤではなく自分を見るようになれば、彼女はそれを決して許しはしない。怒るはずだ、怒り狂うはずだ。それはオッタルが強くなるための理由を失ったことと同義なのだから。
故にその未来はあり得ない、少なくともヘルメスはそう思っている。精々こうして束の間のささやかな幸福を楽しむ程度、それが限界だと、そう思っている。
「……お前はすごいな、ラフォリア」
「?なんだ急に」
「俺が何年も出来なかったことを、お前は一瞬で自分の物にする」
「まあ、天才だからな」
「ああ……俺は結局この15年間、お前に誇れる物を何も身につけることが出来なかった」
「………」
「お前が10年以上寝ている間にも、お前に勝るほどの力を得ることは遂には出来なかった」
「ふっ……その上、頭の悪さも物覚えの悪さも治っていないと来たら、自己嫌悪に陥るのも当然だな」
「う……」
「私にとってお前は出来の悪い弟のようなものだ、年齢はお前の方が上だがな。それにせめてLv.8程度にはなっていると期待していたのも本当だ、変わらず阿呆だったしな」
「うぐっ……」
ふと思ったことを口にすれば、その何倍も酷い言葉でボコボコにしてくるこの女。そんなこと言われなくともオッタルだって分かっている。どんな理由があろうと負けたことは反省しているし、結果的に負けた自分に失望したのも本当だ。とは言え、それでも剣一本で挑んだ自分に後悔している訳でもないのだから、阿呆であるということもまた本当だろう。
「だが……お前は変わっていなかった」
「!」
「それだけで私は十分だった。……15年も離れていたこの街に再び足を運び、何もかもが変わっていた。あれほど駆け回ったこの街が、全くの別物に感じた。知った顔など殆ど残っていなかった」
「………」
「だが、お前だけはあの頃から変わっていなかった。私にはそれだけで十分だった。………どうせこの誘いも、私に対する償いになるとでもフレイヤに言われたのだろう」
「っ、それは……」
「別にそれで構わない。もしこれがお前からの自主的な誘いであったとすれば、私は本当に困り果てていたところだからな。……お前は女神のために強くなったのだろう、ならば一時の迷いでその信念を曲げる事などあってはならない」
「……ああ」
「まあ、そんなことはありはしない話ではあるがな。ほら、さっさと足を動かせ。また止まっているぞ」
「あ、ああ」
そうして、宴は順調に進んでいった。
具体的にはラフォリアとオッタルが踊り終わるまで。というか、終わった直後にアポロンが前に出て来るくらいに。
……流石の彼にも分別くらいはついているのだ。具体的には猛者と撃災に水を差してはならない、くらいには。
「……オッタル」
「?なんだ」
「お前は私が何に見える?」
「……お前はお前だ、それは変わらん」
「……そうか」
宴終わりに別れた彼女は、その言葉に少しの笑みを浮かべていた。