【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
「…………それで、なにかしら?この状況は」
「何と言われてもな、正当な取引だ」
「取引……?」
「故意に家を破壊した、ならば修繕するまで自分の家を開け渡すのは道理だろう」
「……まあ、そうなのかしら?」
そうなのだろうか?そうなのかもしれない。
目の前で他所の団員の女性(カサンドラ・イリオンとダフネ・ラウロス)を侍らせて我が物顔で茶を啜る彼女を見て、ヘファイストスは顔を引き攣らせる。最早この場の全てを団員も含めて自分の物のように扱っている彼女であるが、しかし背後の2人は特に彼女に怒っている訳でもなさそうなので、なんとなくアポロンの人望ならぬ神望の無さが分かるというもの。
「それで?何処まで干渉する気?」
「別に、これ以上なにかをするつもりもない」
「!……本気で言ってるの?」
「戦争遊戯だろうと何だろうと、好きにすれば良い。だがその間、こいつ等には慰謝料と教会の建て直しを強制させる。それと私に対する奉仕もな」
「そ、そう……だから他の団員が何処にも居ないのね……」
「まあこのまま取り潰してしまっても構わなかったが、利用した方が利益は大きい。……お前達もこのようなファミリアは抜けたらどうだ?お前達には才能がある」
「え、えっと……」
「あ〜……ちょっと考えさせて下さい……」
「ふむ、決断は早めにしておけ。人生に無駄に出来る時間など何処にもない、後悔など本来はしている暇すら無いことなのだからな」
「……」
暴君の癖にこういうところでまともなことを言うのが、本当に変に人望がある原因と言うか。まあこのファミリアにはアポロンによって強引に団員となってしまった者も多いので、その辺りは仕方ないと言えるかもしれない。
しかしアポロンも、今回の件については可哀相と言えないこともない。彼は本当にラフォリアの件について何も知らなかったのだから。もし知っていたとしたら、あの廃教会を破壊したりはしなかっただろう。
君子危うきに近寄らず……という言葉も、そもそも危険な場所について知っていなければ成り立たない話だ。いやアポロンは君子と言えるか微妙なところではあるが。一先ず彼はその危うきを調べなかった、それこそが今回の敗因である。まあそれは他の神々にも言えることなので、単に地雷を踏んでしまっただけと言った方が話は簡単かもしれない。
「……ところで、ここの門に縛り付けられてたアポロンのことなんだけど」
「ああ、しっかり殴って来たか?」
「する訳ないでしょ……」
「帰りはしっかり殴っておけよ、ここの団員全員に強制させていることだ。示しがつかん」
「えぇ……貴方達もやってるの?」
「えっと、まあ……強制なので……」
「うぅ……」
「強制だからな」
そう、そして肝心のアポロンに対する罰というのが……ファミリアの門の前に半裸で吊るされ、拠点を出入りする者は絶対にその顔面を殴らなければならないという規則である。これは少なくともラフォリアがアポロン・ファミリアの団員には完全に強制させている罰則である。
もちろん、嬉しそうに毎日何度も殴っている団員も居るし、毎度毎度飽きることなく号泣しながら殴っている団員も居る。それと拠点の中にあったアポロンの銅像も、全て団員達に破壊させて金属屑として売りに出した。この時も一部の団員達は泣いていた。ラフォリアは引いていた。
……とは言え、それでもこれくらいで済んでいるだけマシだろう。彼等が破壊したのは本当に彼女にとって残された全てと言ってもいいのだから。だから正直、へファイストスも心配してここに来たのだ。彼女が落ち込んでいないかと、そんな風に。
「……変な心配をする必要はない」
「!」
「いずれは何もかもが塵と消える。私達のファミリアもそうだ。……当然の話だ」
「……」
「私が消えれば、遂に何も無くなるのだろう。肝心の女神も今は何処でなにをしているのやら。仮にあの女が他に眷属を作っていたとしても、私の知っているヘラのファミリアはここで潰える」
そう言いながら少し寂しげな目をしながら茶を啜る彼女を、背後の2人も気まずそうに見ていた。
「あとは……あの女の妹の子くらいか。ふっ、まあアレの子だからな。今頃は辺鄙な田舎で呑気に笑って生きているだろう。ならばそれはそれで良い」
「……そんな子も居たかしら」
「ああ、私は見たこともないがな。……皮肉なものだ。天下のヘラ・ファミリアが最後に残したものが、馬鹿と病弱の間に生まれた小さな子供だとは」
もしかしたら彼女は、その子に会ってみたかったのかもしれない。もう何処にいるのかも分からないその少年に、自分と同じ唯一のヘラの眷属の生き残りに。どんな風に生きているのか、どんな風に育っているのか。一度だけでも、見て、知っておきたかったのかもしれない。
「……それなら、貴女が残せばいいじゃない」
「……?なんだ、フレイヤのように私に子でも産めと言うのか?」
「違うわよ、貴女が自分の願いを次の世代に託せばいいじゃないってことよ。それこそ、あの2人のように」
「……」
「むしろ貴女はもう、託し始めてるんでしょう?それならヘラ・ファミリアはここで終わる訳ではないんじゃない?」
「……まあな」
少し咳き込みながらそう笑う彼女は、きっと託せそうな人間が見つかったからこそ、笑みを浮かべることが出来たのだろう。それは素直に喜ばしいことだ。彼女がそうして、オラリオに激怒しないのであれば。彼女は怒っても仕方のない人間であるのだし。
……まあ、それでもヘファイストスがここに来た本当の理由は、そんな彼女にまだまだ頼らなければならないという案件のためであるのだから。本当に、頭を下げないといけないのだが。
「話せ、女神ヘファイストス」
「……!」
「何を遠慮する必要がある。私の力が必要なのだろう、迷っているだけ時間の無駄だ」
「……そうね、貴女の言うとおりだわ」
そうだ、どれだけ戸惑ったところでこれ以外に方法などない。いずれ話さなければならないのだから、彼女の言う通り、迷っていたって仕方がない。
「これを」
「……ふむ」
それはアフロディーテからの要請。
そしてアルテミスからの要請。
そしてもう、今直ぐにでも動かなければならないような。両者ともに、そんな話。
「……なるほどな」
「アンタレスの方は、ロキ・ファミリアを中心にこちらで対処するつもり。……ただ」
「余計な気遣いは良い、結論を話せ」
「……猛者と剣姫、それと戦場の聖女。必要なら千の妖精。それがこちらから出せる限界よ。というより、他に有力そうな冒険者が見つからなかった」
「そうか……十分とは言い難いが、まあ無いよりはマシだな」
「……本当にいいの?もしアレが本当に復活したとしたら」
「だとしても、やれることをやるしかあるまい」
「……」
「これで全滅するようなら、オラリオはようやく自分達の怠慢を自覚すると言うだけの話だ。今更焦ったところで何になる、そんなことをしている暇があるのなら武器でも打て」
「……そうね。貴女、やっぱり人を率いる素質あると思うわよ」
「はっ、1人でダンジョンに潜り続けていた私に何の皮肉だ?」
「貴女自身で新しいファミリアを作ればいいじゃない」
「……良い神と時間があったのなら、少しは考えてやっても良かったのだがな」
そうして彼女は立ち上がる。
場違いな会話に巻き込まれて困っている様子の背後の2人を、優しく手で制して。これ以上にヘファイストスと話す事など何も無いと、そう言うかのように。
「さて……お前達、暫く留守を頼む」
「え?あ、はい」
「とは言え、いつ帰って来るかは分からんがな。だからまあ、後は好きにしろ。教会さえ直せば何も言わん」
「で、でも……」
「仮にこのファミリアから抜けたい人間が居るのなら、私の名前を出して構わん。好きにやれ。この金もやる、お前達で好きに使うといい」
「うっ、うぇ!?な、なんでこんな大金を私たちに……!?」
「金があれば世界は救えるのか?」
「「っ……」」
「まあ、今日の生活に精一杯なお前達に言っても仕方のない話ではあるのだがな。単なる気まぐれだ。だが教会だけは直せ、それを違えれば次こそ容赦はしない」
「……約束します」
「そうか、ではな」
そう言って彼女は自分の荷物を持つと、何の未練も無さそうに館を出て行く。どうせ彼女のことだ、このまま猛者の元へと行くのだろう。そうして人数を集めたら、迷うことなくさっさと戦場へと赴くのだ。
……窓越しに、最後にアポロンのケツを蹴り付けて出て行く彼女の姿が見える。本当に惜しいと、ヘファイストスは思う。彼女であれば、彼女が健康であれば、より大きなファミリアを育み率いることが出来ていたであろうに。そういう才能も彼女にはあった。そういうことが出来るだけの器はあった。健康がそれを許してくれなかったというだけで。
「寿命が縮まる、それだけで済む話なのかしら……」
既に方針は決まっている。今回の件はアポロン・ファミリアによる戦争遊戯によって表の民衆達の目を引き、この2件の対処についてはその裏で最小人数で、誰にも気付かれないうちに速やかに行うと。それは単純に闇派閥対策の手でもあった。
既にフレイヤ・ファミリアは街の警備の任に就いており、ロキ・ファミリアはアンタレス討伐に必要な戦力以外は街の周囲に分布し警備を行っている。
特にアフロディーテ・ファミリアからは小規模の黒嵐の発生が報告されており、それ等は次第にオラリオに向かっているとされている。主要なファミリアの第二級冒険者以上は全て、その撃退に回されることになるだろう。民に余計な不安を抱かせないためにも、今回の戦争遊戯は都合が良かったのだ。そしてラフォリアという戦力がこの街に戻って来ていたことも、また。
「……また、繰り返すのね」
既に容姿に彼女の面影は残っていない、次に帰ってきた時に彼女は本当に彼女のままで居られるのか。そうでなくとも、彼女は以前の静寂と同じ行動をしてしまわないか。溜めに溜め込んだ経験値を、より効率的に後に残すために、なんなら静寂の時より直接的なことをして来ないか。
ヘファイストスとしても、もううんざりなのだ。世界の為に戦い続けた英雄達が、世界の為に自分の最期を汚す姿など。もうそんなものは見たくない。だからどうか何事もなく帰ってきてほしいと思う。何事もなく、笑顔で、帰りを迎えさせて欲しい。
「……来たか、ラフォリア」
その男は、待っていたようにそこに立っていた。
……というよりは、本当に待っていたのだろう。それこそこの話を聞いたその瞬間から、自分の準備を終えてから、今の今までずっと。……どうやら自分から迎えに行くという考えまでは無かったらしい。そういうところがボンクラと言われる理由なのかもしれないが、まあラフォリアとしてはどうでもいい。
「珍しくお前を待たせたか。……ほう?馬子にも衣装、と言ってやりたいところではあるが、今のお前は中身も十分に備わっていたな。ここは素直に似合っている、と言ってやろう」
「……お前の分もある」
「は?」
「これだ」
「…………………」
手渡されるのは豪奢な箱の中に綺麗に折り畳まれた一着の衣服。彼にしては珍しく白と赤を基調とした如何にもな防具を着込んでいるかと思えば、こうして手渡して来たのは薄い紫の煌びやかなドレスである。
……なんとなく、以前にパーティに誘われた時のことを思い出す。今はクリーニングに出しているそれであるが、今回もまたこいつが選んだのであろうか。確かに色付きのものを持って来いとは言ったが、だからと言ってこれは流石に20を超えた女が着るには、あまりにも可愛らし過ぎるというか。
「耐毒装備だ」
「……!」
「特にこの腕輪とケープは……以前に使われた物、と言えばお前には伝わるだろう」
「……はっ、こんな骨董品を何処の誰が隠し持っていたのやら。そんな物を懇切丁寧に仕立て上げて来たという訳か、ならばもう少し年相応の形にして欲しかったのだがな」
……どうやら、まだあのファミリアの遺産は残っていたらしい。自分に残された物ではないのだろうが、回り回って今自分の手元にこうしてあると思うと妙に感慨深くもなる。
確かにアレと戦うのであれば、耐毒装備は必須だ。そのための"戦場の聖女"だと思っていたが、他に手段があるに越したことはない。……そのためにこんな悪意でも詰まっているのではないかと思うくらいにフリルいっぱいの可愛げしかない物を着させられるのは、本当に忌々しくはあるが。アレを討伐するためには、自尊心を捨てるのは当然。滅茶苦茶に恥ずかしいが、我慢するしかない。
「安心しろ、そこまで酷くはないはずだ」
「なんだお前ほんとぶっ殺すぞ。……というか、あの女に殺されるぞ。この容姿だ、間接的にあの女を辱めているようなものだからな」
「……忘れてくれ」
「知らん、天にでも叫んでろ」
「忘れてくれ!!」
「本当に叫ぶ奴があるかバカが」
一緒に居る時には何故か妙に変なことをし始めるオッタルの頭を殴り付けて、周りから変な目で見られた事にラフォリアは大きく溜息を吐く。そうでなくとも目立つというのに。最近のオッタルは特に変になっているような気がして、流石にそろそろ前の時に頭を蹴ったり殴ったりし過ぎたかと反省しているくらいだ。
(……それにしても、このケープは似合わんだろう)
少し話を戻すが、ラフォリアの今の容姿は殆ど完全にアルフィアのもの。よくよく考えてみたら、どれだけ恥ずかしい格好をしたところでアルフィアが恥をかくだけなので問題ないのかもしれないとラフォリアは思い至った。
彼女は天の果てか地の底で怒り狂っているのかもしれないが、ラフォリアにとってはどうでもいい。文句があるのなら直接ここに来て殴ってみろ、と言いたいくらい。なんなら、もう少し恥をかかせてやってもいいかもしれないとすら思う。
「さて、着いて来いオッタル。このままロキ・ファミリアに向かう。まさか何の用意もしていないとは思わないが、時間は有限だ。その場合はケツを叩いてやらねばなるまい」
「ああ」
そうして2人は肩を並べて歩き始めた。
オラリオの戦力トップ2、それがこんな真っ昼間から妙にめかしこんで。痴話喧嘩染みた会話をしながら。
巷ではこんな噂が出始めている。
猛者と撃災は付き合っているのではないかと。
いやいや、そんなまさか。
だってあの女神フレイヤ一筋の、フレイヤ・ファミリアの中でもトップに立つ眷属である。他の女に現を抜かすはずもなく、そんなところは想像する事も出来ない。
けれど、それでも。
どうやらアポロン・ファミリアが主催したファミリアで彼は女神フレイヤを放って、彼女と踊っていたらしい。しかもそのドレスは彼が相当に必死になって自分で選んで来たという話もある。
そんな妙な意見の対立も生まれ始めていて、知らぬは本人達ばかり。少しずつ、少しずつ、誰が何をするでもなく勝手に話は広まっていくものである。だってそんな面白い話、誰だって神だって大好きに決まっているのだから。
……もちろん、そんな下界の姿を楽しんでいる神の中に、女神フレイヤ本人が居たのも間違いないのだが。