【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
「オーッホッホッホ!!美の化身アフロディーテ!この私が率いるエモエモのエモたる美の群勢は今正に!この世界の真なる守り手として絶賛大大大大・大活躍中よぉ〜!オーッホッホッホ!!見てるフレイヤ〜!見てるイシュタル〜!!」
「喧しい」
「痛っっったぁっっ!?!?!?」
頭に拳骨を振り下ろされ、その衝撃にゴロゴロと地面を転がり回る美の化身。こんなものがあの女神フレイヤと同じ美の女神なのであるから、世の中というのはよく分からない。
そんな彼女の様子を見てラフォリア以外の眷属達は顔を歪めるしかないし、アフロディーテ・ファミリアの眷属達も慌てては居ても、ラフォリアのその暴挙に直接注意をすることはなかった。
「なっ、何するのよ!せっかくの久しぶりの対面じゃない!もっとこう『アフロディーテ様今日もさすが素敵美しい!』くらい言えない訳!?」
「言えない」
「言いなさいよ!一言でいいから!ほら!さんっはい!」
「言わない」
「言いなさいよ!む、むぐぐぐ……」
「あの、ラフォリアさん?この方は……」
「女神アフロディーテ、司る権能は『下品』だ」
「違うわよ!『美』よ!『品』と言ってもいいわ!もっと敬いなさい!もっと跪きなさい!もっと愛しなさい!この無敵でキャワいいアフロディーテ様を!」
「おい、喜べオッタル。神の分類的には、こいつはフレイヤと同類になるらしい」
「………何の冗談だ」
「冗談!?冗談って言った!?これでもちゃんと魅了だって使えるんだから!!ほ〜ら、バチコーン☆」
「バチコーン」
「ごふぁっ!?!?」
「「「ア、アフロディーテさまぁぁぁああ!!」」」
アフロディーテが話の流れで魅了を撒き散らそうとした瞬間に、ラフォリアはその頬を何の容赦もなく引っ叩く。こんなんでも本物の美の女神、そこらの眷属ではその魅了に抗えない。この面倒な状況で、より面倒なことを引き起こされては堪らないのだ。地面を転がって行ったアフロディーテを引き摺りながら、ラフォリアは強引に話を進めることにする。
「ふむ……なるほど。戦闘が得意ではない割に、どうやら相当に頑張っていたらしいな」
「「「!」」」
「あ、当たり前じゃない!私の自慢の眷属達なんだから!……それに、どんだけアンタに叩き潰されたと思ってんのよ。これくらい当然よ」
「な、何したんですかラフォリアさん……?」
「暇潰しに貧弱な男共を殴り飛ばしていただけだ」
「私の許しも無しによ!?酷くない!?せっかく行く当てが無くて困ってた所を拾ってあげたのに!!」
「馬鹿なことを言うな。お前が私を拾ったのではない、私がお前を拾ったんだ」
「そうだったの!?今になって判明したまさかの真実!?」
あまりに酷いことを言っているし、あまりに酷いことをしていたようではあるが。実際のところ、こうしているラフォリアの顔はそれほど嫌がっている訳ではなかったりする。むしろ彼女をよく知るオッタルの目からすれば、割りかし彼女は他の神々と比べて、アフロディーテのことをそれほど警戒していないというか、嫌ってはいない。神嫌いの彼女からすれば、むしろ好んでいるくらいではないだろうか。……こんなアホ女神をどうしてそこまで気に入っているのかは分からないが、ここまで会話に付き合っているのがその何よりの証拠だろう。
「それで?状況は?」
「ん〜?……まあ、それほど悪くはないんじゃない?周囲の集落の子供達はみんなここのエルフの森に集めてるし、襲撃してくる奴等はうちの子達でもなんとか対処は出来てるし」
「とは言え、それは今のところの話だろう。今後の方針はどうなっている」
「アンタ達が来たんだから、もう逃げ一択ね。むしろよく保った方でしょ」
「そうだな、十分だ。私達が乗って来た馬車も使え、目的地はオラリオで良いだろう。途中でロキ・ファミリアと合流しろ、奴等も防衛線を張っている」
「そう?ならそうさせて貰うわ。……ああ、ちなみに敵の本体はあそこよ。見たら分かると思うけど」
遥か遠く、しかしそれでも明らかに大きさのおかしい黒い竜巻。まあ見るからにというか、確実にアレだろうなと分かる物がある。同時に、それ以上の情報というのも特段ないのだろう。そもそもあんな物、近付くことさえ出来ないだろうから。
「あ〜あ、もうほんとなんでこんなことに巻き込まれたんだか。こちとら黒の砂漠とやらをちょっと見に来ただけなのに、如何にも怪しい奴等に襲われたと思ったらこれだもの。これ報酬出るわよね?十分に褒められてもいいわよね?」
「金ならいくらでもやる、栄誉が欲しいならギルドの豚でも脅せ。それ以外は知らん」
「あんたからも褒めなさいよ!この優しく聡明なアフロディーテ様を!察しなさいよ!」
「お前の眷属は褒めただろう」
「私を!私を褒めるの!!私だって頑張ったんだから!!」
「そうか、よくやったな、5ヴァリスやろう。これで菓子でも買って来い」
「5ヴァリス!?私の努力の価値5ヴァリス!?こんなんじゃ本当にお菓子しか買えないじゃない!?」
「頭も撫でてやる、これで我慢しろ」
「アンタ私のこと子供かなんかだと思ってんでしょ!?アンタの方が私達(神)にとっては子供なんだからね!!」
「喧しいぞ、このメスガキ」
「メスガキ!?今メスガキって言った!?ほんとそろそろいい加減にしないと引っ叩くかんね!?」
「……なんか、仲良さそうですね」
「うん、変な女神様だけど……いい神様、なのかな?」
「………」
アフロディーテ・ファミリアの団員達の治療を続けながら、それでも状況の悪さをそれとなく感じ取る。アフロディーテ・ファミリアの眷属達も、割と限界は近い。そもそも、あの黒嵐は中級冒険者でさえ苦戦するのだから。数の暴力、技術の乱用、そうして漸く抑え込んでいたが限度がある。どちらにしても彼等は早急に撤退した方が良いに違いない。
「……それで、本当に倒せるんでしょうね?あんなの」
「倒せるかどうかではなく、倒すしかあるまい。刺し違えてでもな」
「……そういう意味じゃないわよ。アンタ、その身体で本当に戦えるの?って言ってるの」
「………」
アフロディーテの声が1つ下がる。
会話の雰囲気が変わり、彼女の雰囲気も少し変わり、目を細めながらラフォリアの目元に巻かれた黒い布に手を当てる。それに対してラフォリアも特に何かをすることもない。されるがままに布を取られ、閉じていた両の瞳を彼女へと向けた。
「……馬鹿ね、だからやめときなさいって言ったでしょ」
「……生憎、それほど器用に生きられるほど生易しい人生を歩んではいない」
「私のところに居れば良かったじゃない」
「無理だ。……それほど嫌ではなかったがな」
「ほんと、頑固よね。それとも、そんなに英雄になりたかったのかしら?」
「それも無理だろう、私は天才だからな。英雄はもう少し泥臭い方がいい」
「……それもそうね」
「「「っ」」」
あのアフロディーテが、あのどう考えてもポンコツにしか見えなかった女神アフロディーテが、ラフォリアを抱き寄せる。至極真面目な女神の顔をして。彼女の眷属達すらそれほど見ることのない、女神らしい雰囲気を放って。
「ちゃんと帰って来なさい」
「……あまり真面目になるな、反応に困る」
「ちゃんと"アンタ"のまま帰ってくること、これ絶対だから」
「……善処はする」
「か、帰って来なかったら何するか分かんないわよ!アンタの武勇伝まとめて歌劇の都で売り飛ばしてやるんだから!!」
「……それは本当にやめろ」
周りの者が意外に思ってしまうくらいに、2人の関係性は良かった。正直アフロディーテは善神かと言われると苦笑いをしながら首を捻りたくなるようなことばかりしている、割りかし迷惑な部類に入る女神である。後先考えずに魅了を振り撒くし、ポンコツをやらかして大激怒されることもよくあった。
……それでも、同じ美の女神でもラフォリアは、フレイヤよりアフロディーテの方が好ましく思っているらしい。本当に不思議な話ではあるけれど。
「そうだ、お前に一つ言っておきたいことがあったのを忘れていた」
「ん?……なによ、そんな真面目な顔をして。そんなに大事な話なの?」
「今、私がどのファミリアに所属しているか分かるか?」
「は?……ロキとかじゃないの?まさかフレイヤってことは無いでしょうし」
「ヘファイストスだ」
「ぴぇっ……!?」
「私が生きて帰って来たら、当然着いて来るんだろうな?」
「いっ、いい、行く訳ないでしょう!?ななな、なんでそんな地獄巡りに付き合わなきゃいけないのよ!?絶対殺されるじゃない!!」
「よし、決定な。私が帰って来たら、お前をヘファイストスの前へ連れて行く」
「嫌よぉお!!絶対に嫌ぁぁあ!!」
「はっ、お前が"死亡フラグ"とやらを勝手に建てるからだ。……帰って来いと願うくらいなら、帰って来ないで欲しいと祈っておけ。その方がよっぽど生きて帰れそうだ」
「………………………………ああ、もう。分かったわよ」
アフロディーテがそれに頷くのを見て、ラフォリアは一瞬だけ微笑みを浮かべると、直ぐに頭を切り替える。久方振りの交流は、もうこれくらいで十分だろうと。そんな彼女の雰囲気の移り変わりを見て、アフロディーテは眉に皺を寄せて目を背けた。
結局、この状況で力のない神には出来ることなど何も無いのだから。無謀としか思えないような相手に挑みに行く彼女のことを、ただ黙って見送るしかない。たとえ彼女が自分の死を覚悟していると知っていても、それでも。
「アミッド、治療は終わったか?」
「ええ、物資も問題ありません。直ぐにでも立てます」
「お前達はどうだ」
「いけます」
「だ、大丈夫です!」
「……待たせたな、オッタル」
「構わない」
そうしてラフォリアは自身の腰に携えた剣を確認し、レフィーヤに持たせていた『大杖』を手に取る。
これで準備は終わった。これでもう何も恐れるものは何も無いし、心残りも何も無い。剣も杖も持ち、自分の持っている全てを全力で叩き付けることが出来る。
「……お前が杖を持っているところなど、俺でさえ初めて見た」
「オッタルさんも……?」
「……仮にお前があの時、本気の装備で私の前に立っていたのなら。これを使っていた未来もあったろうよ」
「……そうか」
「まあその場合、オラリオの被害は倍になっていたがな」
「倍!?」
「……そう、か」
オッタルは冷汗を垂らす。
だってもしそれで爆破の威力まで上がっていたら、装備を整えていても勝てなかっただろうから。それこそ口の中を起爆するなどという、彼女が何の気なしに行っていたアレとか。普通に死ぬし、防げない。体内爆破なんて、やってはいけないことだ。絶対。
「さて、行くぞ」
「「「はい!」」」
「……ああ」
もしかしたら、それほど苦戦することは無いのではないだろうか?正直オッタルはそう思ってしまった。
だってこの女は本当に強いし、その強さを自分は誰よりも知っていたつもりだったけれど、その強さにはまだ先があるというのだから。これで勝てなかったら、どうやって勝てばいいのかと言うくらいで。
オッタルもまた、大剣を担ぎ直す。
Lv.8に至ってしまった、その身で。
彼女と出会ったのは、本当に偶然の話。
アルテミスが活動していることを知り、彼女を探して当てもなく眷属達を率いて彷徨っていた。そんな折に、その灰髪の女を見つけた。何処か暗さを持った少女のような、その女を見つけてしまった。
『アルテミス?……少し前にその女神と別れて来たところだが』
『はぁ!?』
どうやらその女は、元々はアルテミスのファミリアと共に行動をしていたらしい。もう既に別れてしまって、彼女達が今は何処で何をしているのかは分からないらしいが。それでもその女から聞いた"あの子"の話を聞くに、天界の時と相変わらずの様子で居るらしく。ほっとしたような、呆れたような、そんな気持ちで一先ずはその女を一行に引き入れた。
……だってこの女、本当に面白かったから。
掘れば掘るほど自分が驚くのも当然のような、とんでもない話が出て来て。一緒にいるだけで神である自分すらも驚くようなことをし始めて。挙げ句の果てには魅了が効かず、むしろ問答無用で拳骨を叩き込んでくる。
不遜で傲慢ではあるけれど、それが正直とても新鮮だった。何より魅了が効かない。どころか掛けた瞬間にスキルを発動させて凄まじい威圧感を放って、こちらを恐怖させるほど。それでも嫌々そうにでも話に付き合ってくれる彼女に、なんだか魅了ではなく自分の性格を気に入って貰えてる気がして、嬉しくも思ってしまった。
……ただ。
(なによ、これ……)
そんな彼女に頼まれて恩恵を触った時に、それを知ってしまった。その病巣とも言っていいような異様なスキルと、それによって蝕まれた魂の状態を知ってしまった。
……他者の魂と、少しずつ置き換わっている。そんなものは初めて見たし、本当にこんなことがあり得るのかと思った。他者に対する想いの強さ故に生まれたスキルが、ここまで最悪な効果を発揮することがあるのかと。神の恩恵の悪意のようなものを見てしまった気になった。
『ねぇ、あんたこのままだと……』
『分かっている、アルテミスにも言われている』
『……それでいいの?』
『いい訳があるか。……だがスキルとして芽生えてしまった以上、必要になれば使うだろう。それは当然の話だ』
『……死ぬよりマシ、だなんて思ってるなら大間違いよ。このままだと貴女の魂が完全に他者の物に変わる、それなら死んだ方がマシよ』
『だが今私が死ねるような余裕がこの世界にはない」
『っ』
『犠牲だ、必要な。そうした犠牲が積み重なり、英雄の足場となる。ならばそれで十分だろう』
『……本気で言っているの?』
『いや、本気ではない。今のところは死ぬつもりも犠牲になるつもりもない、私が黒龍を殺せれば何の問題も無いのだからな』
それが嘘なのか本音なのか、正直それは神である自分にも分からなかった。何故ならそれは、本当でもあり、嘘でもあり、実のところ彼女にとっては、そんなこと【どうでも良かった】から。
彼女が真に求めているものは別にあり、他のものについて彼女は実際それほど執着していない。もちろん世界の末を憂いてはいる、けれどそのために自分の全てを投げ出すつもりもない。そしてその求めているものが潰えてしまったからこそ、彼女には何処か諦めという暗い雰囲気が付き纏っていた。絶望していた。虚無を負っていた。
……だから、せめてそれを取っ払おうと思った。
アフロディーテという女神に出来るのは、それくらいしかないと自覚していたから。
『仕方ないわね!それなら歌劇の国をこの私が直々に案内してあげるわ!』
『……は?今度は何を言いだした、このポンコツ』
『貴女は世界の状況を確認してるんでしょう?それなら別にいいじゃない!さあ着いて来なさい!最高に楽しい最高の街を案内してあげる!』
『私はオラリオに行くつもりだったのだが……』
『いいのよ!いいから着いて来なさい!絶対絶対後悔はさせないから!神の名に誓って楽しませてあげるわ!』
そう自信満々に宣言した。アルテミス探しを中断してでも、そうすることに決めた。その決断を自分に対しても突きつけた。
『……はぁ、私はまた面倒な女神に捕まったのか』
『拒否するなら恩恵解いてあげないからね!』
『その場合は貴様を拷問に掛けるが問題ないな?』
『女神に拷問!?いい訳ないでしょ!?こんな冗談を間に受けるのアンタの悪いところだからね!?』
『はっ』
……あの時の誓いを、私は果たせたのだろうか。
楽しませることは出来たのだろうか。
彼女は後悔しなかっただろうか。
『ありがとう』
彼女を送り出した時、ただ一言そう言ってくれた。
出会った時より人としての雰囲気が少しだけ変わってしまった彼女は、それでも最後の最後までずっと自分の馬鹿に付き合ってくれた。彼女はそういう子だった。嘘をつかずに本心を伝えるほど、信用してくれる子なのだと、そう理解出来た。
『いつでも戻って来ていいんだからね!アンタが悪いことしても、まあ仕方ないから受け入れてあげるんだから!』
『……ああ、その時は甘えさせて貰おう』
美の女神として、愛や恋について、本当は彼女にも教えてあげたかったけれど。彼女は結局それについて興味を示してくれることはなかった。アルテミスと同様に、元より自分とは無縁のものだと思っていたから。それは仕方ない。
……それでも。誰でもいいから、救ってあげて欲しいと。アフロディーテは願っている。彼女がこのまま何も得ることなく消えてしまうその前に、最後の英雄のための犠牲となるその前に、せめて生きるための理由を与えて欲しいと。そう願っている。
愛でも恋でも、なんでもいいから。
せめてあの諦観だけは、拭ってあげて欲しい。
あれを持ったまま人生を終えるなんて、とても悲しいことだ。
そんな悲しい終わりを、アフロディーテは望んでいない。