【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
強くなる。
ただ只管に、それだけを求めて来たつもりだった。
……けれど、この人を見ると。強くなりたいと願い、そのために一心不乱に身体を動かすだけでは駄目なのだと、思い知らされる。
彼女は言った。
『私にとって、強くなることはそれほど難しいことではない。同じだけの時間があれば、私は間違いなくあの女を追い越せていただろうからな』
どれほどスキルや魔法に恵まれていようと、彼女と同じことを言える人間はきっと他に居ない。彼女はそれを自称することが許されるくらいの天才であり、秀才でもあるから。実際、彼女に無かったのは時間であり、時間さえあれば彼女は確実にヘラ・ファミリアを盛り返していただろう。
強くなる方法を知っている、強くなるための方法を考えられる、それを考えることは必要なことではあるけれど、誰もが目を逸らしてしまうことだ。考えても自分の頭では分からないと、もっと賢い人が考えたものを真似すればいいと、そう思ってしまう。
『……私の鍛錬の方法?そんなものをお前が知ってどうする。私の鍛錬は私の為のものだ、それをお前が真似したところで同じ効果が得られる訳がないだろう』
『それは、その……』
『どんな綺麗事を並べたところで、結局お前の体のことなどお前以外知らん。医者でさえ、お前が実際にどれほどの苦痛を抱え、その苦痛に何を思うかまでは分からん』
『………』
『……目を背けるな、嫌でも頭を回せ。頭の出来が悪いと自覚があるのなら、せめて回した上で他者の意見を取り入れろ。神も英雄も本当の意味でお前を救ってなどくれない。……勉強から逃げるなよ、弱者で居たくないのならな』
『っ』
自分が勉強を嫌っていることは、とうに彼女にはバレていて。悪戯な笑みを見せられて、恥ずかしくなって俯いてしまった。
流石に今はもう昔のように癇癪を起こすほど嫌いではないけれど、知識の重要性も身に染みて理解しているけれど、それでもやっぱり得意ではない。だからこそ敢えてまた釘を刺されたのだと思う。最近はリヴェリアもあまり言ってはくれなくなったから。妥協してくれていたから。
『……あいつは、良い母親になっただろうな』
以前にポツリと、リヴェリアがそう溢したことをアイズは覚えている。彼女と関わる度に、自分もその言葉に頷きたくなる。
彼女は確かに酷い人だ。それこそ今日だって馬車に乗り込もうとした時に、『狭いからお前達は走れ』と言って来たくらいには。
けれど同時に、彼女は本当に相手のことをよく見ていて、指摘もするし、褒めもする。努力を認めてくれる。どれだけ酷いことをしていても、この人に着いていけば間違いないと、この人に着いていきたいと、そう思わせてくれる。人を育てるという事に関しても、彼女は間違いなく優秀だった。彼女は間違いなく天才だった。
……だからこそ、思ってしまうのだ。
惜しい、と。
長生きをして欲しい、と。
いつまでも自分の前に立っていて欲しい、と。
……甘えたく、なってしまう。
黒嵐、黒雲、その全てが凶悪とも言える猛毒。
アイズでさえ魔法を全力展開していても完全に防ぐことが出来ず、そこにレフィーヤが展開したヴェール・ブレスと、アミッドの解毒魔法を乗せて、なんとか生存出来る空間を確保しているような状態。
"黒の砂漠"と呼ばれるこの場所は、かつて三大クエストの一角であるベヒーモスが討伐された場所であり、その死骸である異常な量の灰によって生まれた地形である。
つまりこの場所から生まれた黒雲と言うのは、言うまでもなくベヒーモスの猛毒である。これは話を聞いた瞬間に、ベヒーモスの特徴を知っている誰もが察していたことであった。故にそれを前提として、5人はここに来た。……その筈だった。
(これで……本来のベヒーモスより、弱いの……?)
オッタルがそれとなく呟いたその言葉に、アイズは思わず目を見開いたし、納得はしつつも、信じられなかった。確かにゼウスとヘラのファミリアでなければ討伐出来なかった怪物であるのなら、それほど強いというのは当然だ。けれど同時に、それほど凶悪な相手を倒したのだということにも信じられない。
でも今はそれ以上に……
【オオオオォォォォォオオオオオオ!!!!!!!】
【爆砕(イクスプロジア)……撃災(カラミティ)!!】
「!?」
「ひぃっ!?」
「っ……Lv.8の冒険者というのは、ここまで……!?」
獣化し、凄まじい破壊力で暴れ回るオッタル。
大杖により破壊力を増した魔法によって、何故か分裂していた個体群を一撃で焼き払うラフォリア。
……最早あの2人だけで良いのではないかと思ってしまうような、あまりにも尋常でないその姿を見て。アイズでさえ自分との力量の差に歯噛みをするしかない。
アイズのここでの役割は戦闘ではなく、風によってレフィーヤとアミッドを守ること。レフィーヤの役割は遠距離砲撃によって、迎撃と2人の支援を行うこと。アミッドの役割は2人を毒から守りつつ、可能な限り周囲の毒素を弱めること。
つまり、彼等は支援役だった。
いつもなら最前線に立ち続けていたアイズでさえ、今この場所では支援役に徹していた。それほどにこの黒嵐の中では、普通というものが通用しなかった。
『オッタル!!いつまでやっている!!さっさと奴の黒嵐を止めろ!!』
『ッ!!!……ァァァアアアアアア!!!!!!!』
もちろんこの黒嵐の中、いくらかつて使用された装備とは言え耐毒装備だけでは耐え続けることは出来ない。
故にオッタルは自身の獣化とスキル【我戦我在】によってLv.8のステイタスを更に強化させることで強引に動いている。
ラフォリアは【クレセント・アルカナム】による月光を自身に集中させ、加えてスキル【激震怒帝】による能力と耐性向上で激昂しながら戦闘をしている。
……実際のところ、こんな無茶が出来るのもこの2人くらいなのだ。それでも2人は必死になってベヒーモスの嵐を解くことに全力を注いでいる。アイズはここでただ魔法を展開することしか出来ないのに。
――――――――――――――――!!!!!!!
「こ、今度はなんですか!?」
「あれ、は……」
『チィィッ!!!アイズ!!飛べ!!』
「っ!!はいっ!!」
『オッタル!貴様は登れ!!』
『ッ!!ァァァアアア!!!!』
ベヒーモス……否、ベヒーモス亜種と呼ぶべき存在。周囲の個体がラフォリアによって徹底的に削られ、本体である自身でさえオッタルによる攻撃をただ受け続けているだけ。彼はその状況を打破するために、本当に単純で、けれど単純だからこそ恐ろしい手段を取った。
(単純な、押し潰し………!?)
そのあまりにも巨大過ぎる肉体で、全力で跳躍し、押し潰す。本当に単純なそれだけの行動が、これほどの質量を持つモンスターが行うとなると、規模が違う。それこそ言うなればグラビティ・ブレイク。重量という圧倒的なアドバンテージを利用した地形破壊攻撃。
ただの1歩で地面に巨大な穴を残すような生物が、飛び上がって全力で自分の身体を地面に叩き付けたのだ。その末に起きたことは、それまで自分達の足場として機能していた大地が、途端に牙を剥いて来たような現象。
「ぐぅうっ!?」
「アイズさん!?」
「絶対に手を離さないで!!魔法を途切れさせたら駄目!!」
凄まじい衝撃波、そして捲り上がった足場によって自分達の身体が下から上へと強烈に叩き付けられる。そのダメージはかなりのもので、けれどだからこそアイズは叫んだ。……なぜなら、まだここに黒嵐はあるのだから。付近を猛毒が覆っているのだから。魔法を解いても良い場所など、ここには何処にも無いのだから。
「ラフォリアさんは……!!」
アイズ達に飛ぶように指示を出した彼女は、飛行手段など持っていない。オッタルはむしろ飛び上がった敵の身体を登りに行くよう真似をしたが、ならば彼女は何処に……
『爆砕(イクスプロジア)!!』
「……!ラフォリアさん!」
「クソが……!流石に魔法は貫通されるか……!!」
足元に居た彼女は、付与魔法によって物理攻撃の反射を試みた。しかしそれほどの威力の攻撃……否、重量は、流石のラフォリアでさえも反射出来ない。それでも軽減させる事には成功したのか、全身を血に濡らしながらも周囲の邪魔な瓦礫を吹き飛ばしてその身を現す。
……ダメージは大きい、けれどこの程度で倒れる彼女でもない。そして何より大きいのは、今の攻撃で周囲に居た全ての分裂個体が全滅したことである。これでようやく、ラフォリアも本体と対峙することが出来る。
『……殺してやる』
「っ」
そう、ようやくラフォリアは……本気の一撃を、叩き込むことが出来る。
《スキル》
【激震怒帝(グランドバーン)】
・怒りに応じて全能力に高補正。
・怒りに応じて全耐性に高補正。
【彗星爆撃(ロストスター)】
・大型モンスターに対して攻撃力超高補正。
【魂園破音(ノイズ)】
・特定条件下でのみ発動。
・魔法被弾時、音魔法に対する耐性を強化。
・魔法被弾時、発展アビリティ"魔防"の強化。
・魔法被弾時、発展アビリティ"治力"の一時発現。
【転静写寂(ロスト・アタラクシア)】
・任意発動。
・一時的に【静寂】のスキル、ステータス、魔法を再現する。
ラフォリア・アヴローラ……彼女こそ、三大クエストに本来であれば参加すべき人材であった。強大な敵に対して、巨大な敵に対して、彼女ほど適したスキルを持っている眷属も早々居ない。それほどに彼女のスキルは生まれ付き、強大な敵を求めていた。
『爆砕(イクスプロジア)!!撃災(カラミティ)!!!いい加減に取れぇぇえ!!!オッタル!!!!!!』
『オオオアアアァァァァァアアアアア!!!!!!』
「「「っ!?」」」
オッタルが上空から咆哮と共に大剣を振るう。狙いは敵の頭部、その大角の片方。毒を撒き散らすそれを、破壊する。それまで何度も失敗してきたそれを、彼は漸く叩き潰す。
それとほぼ同時に、ラフォリアもまた更に威力を増し圧縮させた爆撃魔法を撃ち放ち、もう片割れの大角に直撃させた。オッタルが生み出した一瞬の硬直を、決して見逃すことが無かった。
――――――――――――ッ!?!?!?!?!?
大角の完全破壊、つまりは猛毒の発生器官の破損。最初から狙っていたそれを、2人は漸く成し遂げることが出来た。むしろ前提とも言えるそれに対して、少しばかり時間を掛けすぎてしまったとも言えるだろう。
『衝撃に備えろ!!』
「は、はい!!」
「ラフォリア!お前もこっちに来い!」
「っ」
大角の完全破壊、それによる黒嵐の消滅。だが消滅とは言え簡単に消え去る訳ではなく、周囲の空間の揺らぎとでも言うべきか、破壊された角を中心に放たれ始めた妙な圧力を察した。
ラフォリアの指示に従い、更に防御を固めるアイズ。そうして指示を出す事に集中し、再び攻撃を受けようとする彼女を、今度はオッタルが手を引き瓦礫の陰に隠す。宣言通り、自分の命よりも彼女達の命を優先している彼女のことを。自分であれば彼女を救えるから、その余裕があるから。
「っ」
……瞬間、起きたのは収縮からの破裂。
嵐が消える直前に引き起こされた、衝撃と毒風の爆発。それは最悪の場合、それこそしっかりと防御を整えていなければ、一瞬で大量の猛毒によって全身を溶かされていてもおかしくないような、黒嵐の最後の足掻き。
全力展開したアイズの風、アミッドの解毒、そして再度張り直したレフィーヤの防護魔法。一方でオッタルは自分の身体と瓦礫の間にラフォリアを隠し、その猛毒の爆風を耐え切る。ラフォリア単独であれば間違いなく耐え切れなかったであろう、その一撃を。
「はぁ、はぁ……」
「っ……馬鹿者、余裕が無い中でお前までダメージを負ってどうする……」
「……お前が死ぬより、マシだ」
「……この格好付けめ」
瓦礫が溶解し、それに気付いたオッタルは即座に彼女を"抱き寄せて"、猛毒の突風を自身の背中で全て受け止めた。それに気付いたラフォリアも咄嗟に月の光を自分ではなく彼に向けて集中させたことが功を奏したのか、彼は最低限のダメージで済んだ。
月の光による自動回復。ラフォリアがこれをここまで自在に操れるようになったのは、それこそオラリオに来てから妙にこの魔法を使う回数が増えたからである。詠唱の内容からあまり好んでいなかったこれは、しかし仲間が居る状況においては本当に有用だった。それこそ、自分の3つ目の魔法がこれで良かったと。最近はそう素直に思えるくらいには。
「ラフォリアさん……!」
「……お前達も生きていたか」
黒嵐は晴れ、その巨体が遂に剥き出しになったベヒーモス亜種を前にして、漸く5人は猛毒を気にすることなく大地に立つ。ベヒーモスは強くこちらを警戒しているようだった。特にこれほど自分にダメージを与えて来たオッタルに対しては、当然に。
「全員の状態を報告しろ」
「俺は問題ない」
「お前は毒を治療しろ馬鹿。アイズ」
「えと、問題ないです。魔力量もまだ余裕あります」
「レフィーヤ」
「は、はい!……正直、エルフリングの使い過ぎで魔力量が心許ないです。精神回復薬もかなり使っちゃいましたし」
「アミッド」
「……申し訳、ありません。あまり、余裕は……」
「……分かった」
この辺りは単純に、各々のレベルがそのままハッキリ反映されている感じだろうか。仮にもアミッドはLv.2の眷属、いくら魔法が優秀であっても精神力がそこまでは付いてこない。それほどにこのベヒーモスの猛毒というのは、彼女でさえ解毒するのに力を使う。
レフィーヤとて、彼女は他のエルフの魔法を使うことが出来るが、エルフリングを発動するだけでも精神力を使う。特に彼女は防御役、そして砲撃役として延々と魔法を使っていた。むしろよくもまあ未だに余裕があるものだとラフォリアは感心しているくらい。バカ魔力と言われる所以はこの辺りか。
……そうなると。
「アイズ、私の代わりに前線に入れ。オッタルの攻撃を当てる為に敵の気を引け」
「!……はい!」
「アミッド、お前は必要な時まで魔法は温存だ。レフィーヤは私の指示で魔法を使え。敵の足を削ぐ」
「「はい!」」
「オッタル、お前は後は好きに暴れろ。こちらで勝手に調整する、所詮残りは消耗戦だ」
「……………お前は?」
「……は?」
「「「!」」」
勢いが止まる。
「お前の状況について、まだ報告を受けていない」
「………」
オッタルの揚げ足取りとも思えるようなその指摘に対して、しかしラフォリアは顔を歪めて押し黙る。その様子に驚いたのは他の3人であり、そしてアミッドは気付いてしまった。
……確かに、可能な限り毒の影響は薄めた。そして負った怪我もアミッドは今こうして話している間に全員分のものを治していたし、見ている分には何の問題もない。
だが、彼女の病はそうではない。
元々が音魔法による影響が原因となったそれは、階層主の咆哮(ハウル)攻撃でさえも影響を齎す。……であれば、今の戦闘の中で行われた攻防の中に、それに匹敵するものは無かったのか?
そんなことはない、あったに決まっている。
元より、単なる咆哮でさえも地面を揺らすベヒーモス亜種。何より彼女にとって致命的であったのは、ベヒーモスが状況を打開するために行ったグラビティ・ブレイク。つまりは全体重を利用した全方向へ向けた衝撃波の形成。……ラフォリアはそれを敵の足元で受けていた。それこそ、彼女の物理反射の魔法が貫通するレベルのものを。元より修復不全で内臓器官が脆くなっている彼女にとって、薄めているとは言え毒素は致命的なのだ。その上でこれは……
「ラフォリア、さん……?」
「……仮に自分の病が致命的なほどまでに悪化していることを隠していたとして」
「病……」
「それに何の問題がある」
「っ!?」
――――――――――――ッ!!!!!!!!
どうやら、ベヒーモスもこれ以上は待ってはくれないらしい。それまで以上に凄まじい咆哮を天へ向けて放ち、その巨体でゆっくりと走るための姿勢を作り始める。
……そうだ。
仮にラフォリアがそれほどのダメージを負っていたとしても、今この状況。そんなことを気にしていられる余裕などない。それこそ彼女は言っていた筈だ。自分達の道は倒すか撤退しかないと。
敵がその脅威的な生命力と再生能力を持つ以上、ここで放置すればまた猛毒を撒き散らし始める。ここまで追い詰めたからには、もうやるしかない。ラフォリアは最初から自分の死など覚悟してここに来ている。彼女の命が惜しいから撤退したいなどと、それは何より彼女に対する侮辱になる。
咆哮を受けた瞬間に、顔を大きく歪めたラフォリア。きっと既に彼女がそうして顔に出してしまうくらいには、苦しいのだろう。アミッドの回復魔法を受けても和らがないほどに、悪化しているのだろう。……だが、それでも。
「行け!!オッタル!アイズ!!」
「「っ!!」」
本来なら叫ぶことすら苦しいだろうに、彼女は最後まで責任を持って役割を全うする。前線を代われとアイズに言ったのは、既に自分が前線を張れるだけの動きが出来ないからだ。アミッドに魔法を温存させているのも、何より自分がどうしようもない程の状態に陥った時のため。彼女がこうしてアミッドとレフィーヤの前に立っているのも、指揮官としてではなく、盾になるためだ。今のアミッドにはそれが分かる。
「ごほっ、ごぼっ……!?」
「ラフォリアさん!!」
「………レ"フィーヤ、敵の脚を撃ち抜け」
「っ……はい!!」
赤黒く、既に若干固体化しかかっている血液を口から大量に吐き出し、それを拭って再び彼女は立ち上がる。きっと今の今まで無表情で堪えていたそれが、アイズとオッタルには見せまいとしていたそれが、堪え切れなくなってしまったのだろう。
そんな状態でも出された指示に、レフィーヤも懸命に応える。最大の一撃を確実に敵の足に当てる為に、詠唱を始める。
オッタルもアイズも、互いに全力で敵を殴り続けていた。決して3人の元へと意識を向かせないよう、只管にダメージを与える事に専念していた。その脅威的な生命力を上回るほどのダメージを、たった2人で出さなければならない。それはLv.8とLv.6の力を持ってしても容易いことではない。……そんなことは、この場に居る誰もが分かっている。
『ーー閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬。我が名はアールヴ』
『爆砕(イクスプロジア)………』
2人の放つその魔法は、今日この戦闘の最中、既に何度も放たれたもの。しかし今こうして準備しているそれは、そのどれとも比較にならないほどの脅威的な魔力を放っていた。
この一撃に全てを込めたレフィーヤのそれはアミッドでさえ逃げ出したくなるような、押し潰されるような圧があり。特にラフォリアがその大杖の先に集約させた重ね掛けした爆破魔法の塊は、あまりの密度故なのか黒色の雷を纏い放ち始める。明らかに黒球の周囲の空間は歪んでおり、それは最早恐怖を抱くことすら忘れさせるような圧倒的な存在感を持っていた。
……ラフォリア・アヴローラ、最強最大の一撃。
彼女の持つ大杖の魔法球にヒビが入る。杖全体にも亀裂が入る。それを持つ彼女自身にすら、裂傷が刻み込まれる。彼女を中心に地面が割れ、割れた瓦礫が浮き上がる。明らかに物理現象を歪ませているこの状況で、彼女はまだ足りないと精神回復薬を飲み込み、重ね掛ける。
彼女自身、それほどの魔法の重ね掛けは初めての経験であった。魔法の管理に脳が弾け飛びそうなほどの負荷を抱えながら、しかしそれを全て才と知識で捩じ伏せる。今にも口から吐き出しそうな血も、目や鼻から流れ始めた血も、懸命に歯を食い縛って無視する。
「…………っ、レ"フ"ィ"ーヤ"!!!」
「っ!!………ウィン・フィンブルヴェトル!!!!』
ラフォリアの言葉に、レフィーヤはそれを解き放つ。
自身の師から授かったその魔法は、凄まじい規模の吹雪となってベヒーモス亜種の右足に向かって飛翔する。あらゆるものを凍て付かせるそれは、レフィーヤの全ての魔力を喰らい尽くしたそれは、たとえ階層主であったとしても無事でいられれものではない。
これほどの魔力を放っていたのだから、ベヒーモス自身も当然ながら警戒はしていた。しかし一度放たれたそれは、彼の巨体では避けることなど敵わなかった。
肉体の芯にまで凍り付き、固定された巨大な肉体。バランスを崩し、倒れ込む。
……だがそれでも、ラフォリアは放たない。
「アイッ……ぐぅっ……」
凍り付いた脚、それではまだ足りないのだ。故にもう一撃が必要だ、それがなければ完全に破壊することは出来ない。故にそれをラフォリアはアイズに頼むつもりであった。その場所に1番近いところに居る彼女でなければ、それを成し遂げることは出来ないから。……それなのに、声が出ない。1番必要である今この瞬間に、声が出せない。早くしなければベヒーモスは立ち上がり、凍り付いた脚すらも修復して引き抜いてしまうというのに。……時間が、ないというのに。
『剣姫!!』
「っ!?」
『脚を穿て!!』
「はい!!」
だが、意外なことに。本当に意外なことに。その指示を代わりに出したのはレフィーヤでもアミッドでもなく、オッタルだった。普段ならばこのようなことは決してしないであろう彼が、声を大にして、それこそ一瞬獣化を解いてでも指示を出した。
【リル・ラファーガ!!!】
――――――――――――――ッ!?!?!?!?!
アイズによって氷漬けにされた脚を穿たれ、ベヒーモスの脚は今度こそ爆ぜる。それに誰より驚いていたのは、他ならぬラフォリアの方である。
まさかあのオッタルが、そんなことをするなんて思いもしなかったから。正直に言ってしまえば、そこまでの期待をしていなかったから。だって彼は今こうして獣化をしているのだ。そんなことが出来る状況では無かった筈。それこそ、魔法を解いてまで自分の代わりに指示出しをするとは想像もしていなかった。
(成長、したか……)
遠く離れた彼と、なんとなく目が合った気がした。
もう既に言われるまでもなくベヒーモスの眼を取りに行った彼ではあるが、間違いなく、心は通じ合っていた。彼がなんとなく誇らしげな思いを抱いていたことも、感じ取れてしまった。……憎らしいことに。
(ならば、私も……期待に応えよう……)
アイズも魔力の限界が近い。オッタルも獣化のし過ぎで、自我の維持が困難になって来ている頃合。レフィーヤは既に魔法一つすら撃てないほどに疲弊している。
……これにトドメを刺せる人間はもう、自分以外に他にない。その為に用意していたこの魔法のために、アイズとオッタルは射線だって確保していた。ベヒーモスの腹部中央に向けて、それを放てるように。この一撃を当てる為に、オッタルだって成長したのだ。
「……離れて、いろ……」
「………はい」
レフィーヤに肩を貸し、アミッドは彼女から離れる。それを射出した瞬間に凄まじい衝撃もまた同時に生じることは間違いなかったから。2人はそれを理解して、淡々と指示に従った。
「ラフォリア、さん……」
見届ける。
アミッドはこうして、ただ見届けるしかない。
最早手遅れな状況である彼女が、その最後には、他ならぬ自分自身の魔法によって致命傷を受けることを。自分自身の魔法によって生じる衝撃によって、延命が叶わぬほどにまで寿命を削り取る、その瞬間を。
「……頑張ってください、ラフォリアさん」
「………」
言葉はなく、軽い笑みで返した彼女は、そのまま大杖と共に脚を踏み込む。オッタルとアイズは退避し、レフィーヤは最後の力を振り絞ってアミッドを自分の身体の陰に隠す。
凄まじい生命力、悍ましいほどの猛毒、どのような相手であっても持久戦で削り尽くす馬鹿げた存在。そんな敵を相手に出来ることなど、倒す手段など、以前の時と変わらない。それこそザルドやアルフィアがした事と変わらない。
……その生命力を丸ごと消し飛ばすほどの一撃で喰らい尽くす。自分自身すらも傷付けるような一撃を以って焼き払う。皮肉にも、ラフォリアは2人と同じ道を辿ることになる。その末路さえ、もしかしたら。
【黒撃災(カオス・カラミティ)!!】
黒色の彗星のように撃ち放たれたそれは、間違いなく、ベヒーモスの命を喰らい尽くした。