【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者41:未完の少年

 最早ラフォリアの肉体は限界、療養は彼女に可能な限り負担にならない静かな場所で行う必要がある。

では治療院はそれに当たるかと言われると、意外にもこれはそうではない。何故なら治療院には他にも多くの患者や、その関係者が集まり、緊急時の対応などで治療師達が大声を出すこともある。確かに設備は整っているが、彼女が安静に過ごすには適していないと判断された。

 

「……結局、ここか」

 

 新しく建て直され、かつ彼女にとって最も親しみのある場所。かつての姿を可能な限り再現しつつ、それでも現代の建築技術で建造され。場所が場所だけに清潔感も十分。人通りもそれほど多くはなく、十分なスペースも確保出来る。

 そんな都合の良い場所があるのなら、使わないことなどあり得ない。

 

「それで?どうしてお前達までここに居る?」

 

「ひ、ひん」

 

「あ〜、うちらはその……」

 

「ミアハ様にも諸々の相談をしていたのですが、その際に彼女達も居合わせておりまして。在中する治療師兼手伝い役としてお二人に立候補して頂けました」

 

「……何故そのようなことをする」

 

「いや、その……うちら戦争遊戯で負けちゃって、行くあても無かったって言うか」

 

「ゆ、夢で見たので……」

 

「……?まあ、私が文句を言える立場でもないか。いいだろう、ここに居着く許可と給料くらいは出してやる。その代わり十分に働け、それ以上は求めん」

 

「「は、はい!」」

 

 ダフネ・ラウロスとカサンドラ・イリオン。彼女達は元々アポロン・ファミリアの団員であったが、この度の戦争遊戯で見事に敗北を喫した。そうしてファミリアが解散となり、行く当てもないところを丁度ミアハ・ファミリアに拾われたところであったのだが……巡り巡って今はここに居る。

 常にはここに居られないアミッドの代わりに、常に側でラフォリアの様子を見ている任を、2人は自ら立候補してそこに立っていた。

 

「その……ラフォリアさんがくれたお金とか脅しのおかげで、無理矢理入団させられてた団員達も逃してあげれてさ。まあ、そのせいで戦争遊戯には負けたんだけど。後回しにしてた私達も晴れて自由の身になれて……ほんと、色々感謝してるんだよね」

 

「わ、私も、回復魔法しか使えないんですけど……お、お役に立てるなら……って……」

 

「……そうか」

 

 魔石を原動力に、上下に角度を変えられるベッドにもたれ掛かり、点滴を受けているラフォリアのその姿は。2人からしても痛々しい。

 けれど彼女にとって最も大切な場所を破壊した自分達に、むしろ慈悲まで与えた彼女に、世界を救うなどという偉業を成し遂げて帰って来た彼女に、感謝と尊敬が確かにある。

 本当なら行く当てはあった、ミアハ・ファミリアに入れて貰えたのだから。けれど、そうして拾ってくれたミアハに頭を下げてでも2人は志望した。一時ではあるが彼女がアポロン・ファミリアを支配した時に、彼女の付き人をしていた時に、彼女の人間性を僅かではあるが理解していて。故に手伝いたいと思ったから。この人の側にいることは、今という時間を多少犠牲にしてでも、それでも価値のあることだと思ったから。迷うことなく、ここに居る。

 

「……安心しろ。私はそのミアハという神は知らんが、悪神でもなければ満足出来る程度の給料は出してやる。その内の何割をお前達がファミリアに納めるかまでは関与しないが、尽くしてくれる以上は恥ずかしい思いはさせん。精々期待していろ」

 

「「……!あ、ありがとうございます!」」

 

「ご安心を、ミアハ様には私どもの方からお二人の賃金をお支払いしておりますので」

 

「……そもそも、私の治療費は何処から出ている?お前に払った覚えがないが」

 

「貴女ほどの方を治療するのに金銭を取るようであれば、私は独立しています。……そうでなくとも、寄付金と称した治療費を受け取ってはいますので。お気になさる必要はありません」

 

「……そうか」

 

 どうもラフォリアが眠っていた間に、アミッドは色々と走り回っていたらしい。まあそれも仕方がない、ラフォリアも最近は妙に眠りの頻度が増えた。それだけ疲労しやすくなったのか、はたまた別の理由なのか。しかし気づけばベヒーモスを倒すためにオラリオを出てから既に1週間が経過している。この1週間の中でオラリオで具体的に何があったのか、ラフォリアはまだそれすら把握出来ていない有様だ。ここ数日の意識もあやふや、ようやく落ち着いて来たところだと言っても良い。

 

「あの……取り敢えずウチ等はラフォリアさんの身の回りの手伝いをすればいいんですよね」

 

「はい。私も1日に2回はここに来るようにしますが、緊急時にはこの発煙筒を打ってください。即座に向かいます」

 

「は、発煙筒……」

 

「それと、こういった気質の方ですので。恐らく面会を希望される方が多く訪ねられるかと思います」

 

「「あ〜……」」

 

「おい、なんだ"こういった気質"というのは」

 

「今のラフォリアさんは大きな声や物音すらも苦痛に感じます。可能な限り、そういった方はお断りし、注意を促してください」

 

「OK、それならあたしにも出来そう」

 

「……扱いが過剰だろう」

 

「そういった小さなことすら致命的になりうるのが現状なのです。1日に2回の診断ですら最低限です、可能な限り私はここに来ます」

 

「……はぁ」

 

 こことディアンケヒト・ファミリアはそれほど近い場所ではない。所詮は同じ都市内であるので、まあそれほどではないにしても。しかしやはり過剰であると言わずにはいられない。なにせ……

 

 

「どうせ遅かれ早かれ死ぬ人間だ、お前がそこまで尽くす必要はない」

 

 

「っ」

 

 

 それはどうしようもない現実として、そこにある。

 

 

「私を長く生かしたところで、精々最期に花火を1発打てるかどうかだろう。それに価値を見出しているのなら別に構わないが、それより効能の高い回復薬を1本でも多く作っていた方がよっぽど時間を有効に使える。……客観的に見れば、今の私にそこまでする価値はない」

 

「……」

 

「私を殺す気概のある奴が居るのなら、この溜まりに溜まった経験値を食わせてやろうかとも思っている。そうでなくとも使い道はある。……だが、どちらにしても私という人間に長く生き残る意味はない。手を貸してくれることには素直に感謝するが、お前の存在は貴重だ。才能を使うべき相手を……」

 

 

 

「間違っていません」

 

 

「っ」

 

 

「死んで欲しくないと思った相手に治療を施すことは、決して間違いではない筈です」

 

 

「……」

 

 

「仮にそれが間違いであったとしても……私は他者に強制されて人を治すことも、最初から無駄だと諦めて見捨てることもしたくありません。治すことが出来ないと分かっていても、せめてその苦痛を和らげることくらいはしたいのです」

 

 

「……」

 

 

 2人の間には明確な力の差がある、にも拘わらずアミッドのその言葉にラフォリアはそれ以上の否定をすることは出来ない。彼女は自分とは違う場所で戦い続けて来た治療師であり、彼女のその言葉を否定出来るだけの材料が自分の中に無かったからだ。多くの命を救い、取りこぼして来た彼女以上に説得力のある言葉がない。彼女のその実感と経験が伴った言葉を前にしてしまえば、自分の考えが随分と薄っぺらいものに感じられてしまって。

 

 

「……私は、自分の納得のいく死に方をしたい」

 

 

「っ」

 

「そのためにはお前の力が必要だ、協力して欲しい」

 

「……はい。微力ですが、それでもよければ」

 

「はっ、謙遜もそこまで行くと嫌味になるぞ」

 

 

 ラフォリアとて、自分の気力が大きく削がれていることは理解している。これ以上に生きるつもりもなくなっていることは自覚している。むしろこんな身体になってしまったのだから、長く生きる理由というものを失っている。

 ……それでも、最後にまだやれることがある。故にそれだけは絶対に成し遂げなければならない。少なくともそれを終えるまでは、死んでやることは出来ない。それが出来るまでは、這い蹲ってでも、生きていなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 ここ数日、オラリオでは色々なことがあった……らしい。何故自信を持ってそう言い切ることが出来ないのかと言われれば、話は単純にベル・クラネルは戦争遊戯のためにそういった諸々に立ち会うことが出来なかったからである。

 戦争遊戯のためにアイズに稽古をつけて貰おうかと思えば、彼女からはラフォリアと共に都市外部に向かう必要があるからと拒否をされてしまって。代わりに稽古は酒場のリューに付けてもらい、彼女もまたヘルメスからの依頼で戦争遊戯当日には都市外へと向かった。そんな感じで毎日のように稽古を付けて貰い、その間にヘスティア達がソーマ・ファミリアの問題を解決して来たり、ヴェルフと命がヘスティア・ファミリアに改宗したり……つまりはもう、本当に色々とあったのだ。

 その上、終わった後に都市に帰って来てみれば、なんとなく都市は荒れていて。聞けばどうやらダンジョンの中からはモンスターの大群が、都市外からは何処かのファミリアの殺し屋集団が殆ど同時に襲撃を仕掛けて来たらしく。その全てをフレイヤ・ファミリアが徹底的に叩き潰したが故に、このような有様になっているのだとか。つまりは街を破壊した大半はフレイヤ・ファミリアなのであるが、まあもうそれも別に良くて。

 

 

 ……何よりの問題は。

 

 

 

「ラフォリアさんが、重症……?」

 

 

「あ、ああ!僕も今聞いて来たところなんだ!というかヘファイストスも遅いよ!なんでもっと早く教えてくれなかったんだぁ!?」

 

 

 アポロン・ファミリアから奪った本拠の改装がいち段落した頃に、漸くその知らせは彼等の元に辿り着いた。というか、むしろヘファイストスですらそこに情報が行っていなかったとは思っていなかった。誰かが言っているだろう、誰かが話しているだろう、誰もがそう思っていたが故の事故である。何よりベル達もまたバタバタとしていたことも、これを知るのが遅くなった要因にもあるだろう。

 

 

「それで、その……お見舞いに来た訳なんですけど……」

 

「なるほどね」

 

「あぁ〜!?き、君は確かアポロンのところにいた!!」

 

「ヘスティア様、うるさいです」

 

「……取り敢えず、次に大声を出したら神様でも立ち入りは禁止なので。大声は禁止、大きな物音も禁止」

 

「いや、事情はよく分からねぇが、別にそこまで厳しくしなくても……」

 

「分からない?そこまで厳しくしないといけないような状態なの、あの人は」

 

「「「「っ」」」」

 

「正直、あんまり大勢も入れたくない。せめて3人にまで減らして。5人は多過ぎる」

 

 アポロン・ファミリアとして戦争遊戯の最中でも戦った記憶のある彼女、ダフネ・ラウロス。アポロン・ファミリアが解散してから団員達は散り散りになって行ったと聞いていたが、流石のベル達もまさか彼女がラフォリアの元に居たとは思いもしなかった。

 そしてそんな彼女の言葉に、ベル達は顔を見合わせる。今ここに居るのは5人、つまり2人は留守番ということだ。別に後から入ればいいのだから、それほどの問題ではないのだが……

 

「あ〜、まあ、お前等が行って来いよ。俺は別にそんなに話したことないしな」

 

「それなら私も……以前にお会いはしましたが、ほとんど初対面のようなものですし」

 

「……分かったよ。ただラフォリア君がもしかしたら呼ぶように言うかもしれないし、少しここで待っていてくれ」

 

 

「決まった?それなら着いてきて」

 

 

 そうして中に入ることになったのは、ヘスティアとベルとリリ。ヘスティアとベルは当然、リリもまた彼女にはそれなりに縁がある。色々と助言も貰ったような相手であり、その人間性も知っていた。彼女の言葉に嬉しくて泣いてしまったことだってある。故に慕っていると言っても良いし、どちらかと言えば先生のようにすら思っていた。だからこそ。

 

 

「……やはりお前達か」

 

 

「ラッ………」

 

 

 一瞬、それが誰か分からなかった。

 

 ……いや、分かるのだ。別に容姿はそれほど変わってはいないし、髪型を今は前の方で纏める形にしているくらい。病衣を着ているがそれも一般的なものであるし、決して中身が入れ替わったという訳でもないだろう。

 ならば何が変わったのかと言われれば……

 

「そんなところに立っているな、さっさと来い」

 

「は、はい」

 

 覇気がない。圧力がない。

 以前は対面するだけでヒシヒシと感じていた緊張感のようなものが、全くと言っていいほどに感じられない。まるで強大な力を持った存在から、普通のお姉さんになったような。そんな感覚。

 そしてそれを感じているのはリリだけではなく、ベルもヘスティアもそうらしい。それくらいに2人は困惑していたし、事態の重さを理解してしまったようだった。

 

「あ、あの……」

 

「ふっ、最早強者で居る必要もないからな」

 

「……その言い方だと、まるで普段から強者として振る舞っていたみたいだ」

 

「事実そうだ、その方が都合が良かった。強さを振りまいていれば、馬鹿は寄って来ないからな。そして他者を使役し易い」

 

「……そういうところは、変わっていないみたいだ」

 

「そもそも、私は何も変わっていない。元の生活に戻っただけだ。……それほど大事でもない」

 

「元、の……」

 

 立ち尽くす3人に、ラフォリアはちょいちょいと手招きをする。隣に控えていたカサンドラは慌てて3人分の椅子を用意をすると、ベルも一度頭を下げてからそこに座る。

 

「……さて、何があった」

 

「いや、それは僕達の台詞だと思うんだけど……君がここまでになるなんて、本当に何があったんだい?」

 

 

「病が再発した」

 

 

「「!?」」

 

「病って……」

 

「お前達が何処まで知っているかは知らんが、私はもう何年も療養のためにオラリオを離れていた。……それに嫌気が差して、無理矢理に外に出て、偶然にもレベルを上げることが出来た。私がここに居るのは、そういった経緯があってのことになる」

 

「……なるほど。君にはそんな過去があったのか」

 

「な、治らないんですか……!?オラリオの医療だって昔よりずっと進んでいて……!」

 

「ああ、そうだな。あの頃と比べても医療技術は随分と進化した。……以前より酷い状態のこの身体を、【延命】させることが出来る。それだけで十分が過ぎる」

 

 

「「っ!?」」

 

 

「延、命……?」

 

 

 最早隠す必要もないと、彼女は本当になんてこともないように【延命】という言葉を口に出した。それが意味していることが分からないほど、ベルだって子供ではない。そして仮にそれが本当であるのなら、彼女がここまで弱々しい雰囲気を纏っている理由も分かって……

 

 

「な、なんで……」

 

「さあ、何故だろうな。私の方が聞きたいくらいだ。だが強いて言うのであれば、『才能に恵まれたから』だろうよ」

 

「才能って……」

 

「私の母親を自称していた女もそうだった。私以上の才能に恵まれたその女は、代わりとも言える重い病を抱えていた。私も似たようなものだろう。……くく、まあ【美人薄命】という言葉もあるくらいだ。もしかすれば、そっちの方もしれないな」

 

「……笑えないぜ、ラフォリアくん」

 

「何をしたところで笑える話ではない、だが避けられる話でもない。私なりに気はつかってやっているつもりだ。これ以上を求めるな」

 

「……うん、そうだね」

 

 こうなることは、こういう反応しか示せないことは、ラフォリアだって当初から想定できていたこと。故に彼女なりに冗談を交えてやったつもりなのだろう。勿論その程度でどうにかなる空気ではないことも彼女は分かっていただろうが、そこは本当に気を遣ったというところ。

 

「ちなみに、病状はどのようなものなのですか……?」

 

「……まあ、身体が脆くなっていると言えば分かりやすいか。それも末期だからな、僅かな刺激でさえ煩わしい」

 

「ああ、だから大声が禁止なのか……」

 

「頭に響くのは以前からそうだったがな」

 

「……ごめんよ、気付かなかった」

 

「まあ確かにお前は喧しかったな」

 

「……そこは『自分も言っていなかったから』みたいなフォローをするところじゃないのかい?」

 

「聞かなかったお前が悪い」

 

「酷過ぎるよ……」

 

 どんなことを言っても、こちらがどんなことを思おうとも、彼女はいつも通りに言葉を返してくる。彼女からは圧が本当になくなってしまったけれど、しかしだからこそ今は逆にそれが苦しい。

 きっとベルが何を言おうとしても言いくるめられてしまうし、何を言ったところで彼女の心を動かすことは出来ないだろう。それがなんとなくでも分かってしまうから、ベルは何かを言おうとしても、それを口に出すことが出来ない。

 

「……なんだ、今日は妙に静かだな。ベル」

 

「ベル様……?」

 

「あ、その……」

 

「……やれやれ」

 

「っ」

 

 明らかに様子のおかしい彼を見て、ラフォリアは取り敢えずその頭をガシガシと撫でる。正直ラフォリアにはこれくらいの歳の少年が何を考えているかを詳細に把握出来るほどの知識も経験も無いし、まあショックを受けてくれているのだと分かるくらいが精々だ。それを慰める方法なんてこれくらいしか分かるないし、これが本当に合っているのかどうかも分からない。

 それでも、そこまでやるのが自分の責任であると自覚はしている。変に関わりを持ってしまったのなら、それを関係ないと放り出すことは違うだろう。それこそアミッドにも言ったように自分のことなど忘れてくれるなら楽であるのだが、事実そうもいかないこともまた理解している。

 

「……ベル、人間は死ぬ」

 

「っ」

 

「それに慣れろとは言わないが、それをどうにかすることは出来ない。故にお前は死に慣れるのではなく、近しい人間の死を前にして、自分をどう導いていくのかを考えなければならない」

 

「……よく、分からないです」

 

「お前が真に私の死を悲しんでくれるのなら。お前は私の死によって、むしろ成長しなければならない」

 

「成、長……」

 

「私の死で、その歩みを止めてくれるなという意味だ」

 

 死への恐怖など、今更ラフォリアには殆どない。何故ならそれは病を発症したあの日からずっと隣にあったものであり、故に彼女はどれほどの脅威を前にしても冷静さを失うことのない精神性を手に入れたのだから。それは人によっては壊れていると言うかもしれないが、少なくとも現状ラフォリアはそれで助けられているとも思っている。そのおかげで、こうして残していく者達を冷静に諭すことが出来るのだから。言葉を残して、刻み込むことが出来る。

 

「ベル、私が望むのは1つ。この世界に待つ滅びの運命を覆すことだ」

 

「……それは、黒竜のことですか?」

 

「そうだ。私がアレを倒せたら良かったのだがな、そうするためには時間がない。しかし今のオラリオがあれを討ち倒す前提に立つには、あと10年は掛かるだろう。それまで奴が待っていてくれるかは分からない」

 

「……………あぅっ!?」

 

「……くく、またレベルを上げたな」

 

 突然パシッとベルの額を指で弾いたラフォリアであるが、それに対してベルは額を抑えるだけ。けれどそれだけでラフォリアは満足そうに微笑むし、ベルも彼女がしたかったことに気付く。なにせこれで3度目なのだから。少なくとも彼女の指弾きに立っていられる程度に自分はなっているということ。

 

「私はお前にも期待している」

 

「……!」

 

「もしかすれば、お前をそんな危険な場所に向かわせたくないという奴も居るだろう。しかし仮に奴がオラリオに牙を剥いた時、お前は嫌でもそれと向き合わなければならない。ならばお前はどうする」

 

「……最初から、倒せるように努力をします」

 

「まあ、それは無理だろうな」

 

「え……」

 

「少なくとも、それが出来ていたのはオッタルくらいだ。フィンを含めた他の奴等は出来ていなかった。オッタルですらギリギリ合格点、つまりは本気でそれが出来たのは唯一の生き残りであった私ぐらいだったということだ」

 

「……?」

 

 それがラフォリアには分かった。

 何故オラリオの冒険者達はこれほどまでに黒竜という脅威に対して必死にならないのかと不思議で仕方なかったが、それに必死になれるのは自分だけだったということ。そして他ならぬ自分がそれに必死になれない状況であったということ。

 見たこともない未知に対して必死になれる人間など早々居ない。実際に家族を殺されでもしない限り、他者にとっては他人事だ。それが脅威であると理解は出来ても、実際に脅威であると感じられていないのだから。元より無理な話だったのだ。自分や、アルフィアや、ザルドが求めていたことは。

 

「故に私はお前にこう言おう。『お前が強く在るほどに、お前は誰かを守れるようになる』と」

 

「……!」

 

「仲間を、友人を、そして女神を、お前は守りたいと思うか?」

 

「……はい、守りたいです」

 

「ならば強くなれ、そして生き残れ。得た力に満足することなく走り続けろ。……それだけでいい」

 

「……僕は、ラフォリアさんのことだって」

 

「それは無理だ。お前に力が無かった、故に私のことは救えなかった」

 

「っ」

 

「それほど単純で、それほど残酷な話が、これから先も多くお前に降り掛かることになる。これは決して楽観的な話ではなく、むしろ悲観的な話だと理解しろ」

 

 仮に今の力をラフォリアがあの時に得ていれば、少しは何かが変わっていたかもしれない。アルフィアやザルドが自らを犠牲にすることなくベヒーモスとリヴァイアサンを討伐出来ていたら、黒竜であっても倒せていたかもしれない。……けれど、事実としてそうはならなかった。何故ならラフォリアには力が無かったから。力が無かったから、自分だって今こうして床に伏している。

 力が全てではない、しかし冒険者をやっているのなら力が全てだ。そこを誤魔化すことは欺瞞であり言い訳だ。冒険者の全ては力だ。力が無ければ価値は無い、力さえあれば大抵の事が許される。力が無いものは屠られるだけであり、力が有るものは我儘を突き通せる。つまりは、より多くのものを手に入れることが出来る、より多くのものを奪われずに済む。

 

「……本当に、手は無いのかい?ラフォリアくん」

 

「無い、あの霊薬があれば……などと言う僅かな可能性すらない」

 

「そ、そんなに厄介な病なのですか……?」

 

「片方は私が長く療養していた理由の病、それと同等の病がもう1つ発症している。片方の病でさえ延命が精々、2つ同時に併発しているとなればオラリオ最高の治療師でさえ匙を投げるのは道理だろう」

 

「……死んで欲しく、ないです」

 

「……気持ちは嬉しいが、無理なものは無理だ。私とて死にたい訳ではないが、だからと言って時間を無駄にすることは出来ない。残りの時間が少ないという事実がそこにあるのなら、それを有効的に利用する術を考えなければならない」

 

 薄らと涙を浮かべているベルに対して微笑みを向ける彼女は、それでもやっぱり彼女らしくて。自分が死ぬという現状を前にしても、決して感情的になることなくて。それでもこうして自分を慰めるために時間も言葉も尽くしてくれるし、笑みだってくれる。自分の死を利用してでもベルに教えをくれるし、自分の未来を考えてくれて。

 

 

「……お母さんみたいに、思っていました」

 

 

「……ふふ、まあお前のような子なら私も嫌ではないのだがな。年齢的にも精々"姉"にしておけ、私はまだ27だ」

 

 

「また、来てもいいですか……?」

 

 

「ああ、好きにすると良い。……その代わり、自分のことを疎かにはするな。私に依存するようなことは、決してするな」

 

 

「……はい」

 

 

 どこまで行っても彼女は厳しくて、けれど優しくて。きっとそれは最後まで変わらず、彼女は自分にとっての"姉"で居続けてくれるのだろう。……だからこそ、その心の底に秘めている本音を話してくれることは決してない。

 だって彼女はそもそも救いを求めていないから。彼女は救われる側の人間ではなく、むしろ救う側の人間であるから。彼女にとってベルは救い導く側の人間であるから。だから力の無いベルは慰められるだけ。祖父を亡くしたあの時と同じように、袖を涙で濡らして教会を後にすることしか出来ない。彼はまだまだ子供だから。少なくともラフォリアの前では、子供でしかなかったから。

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