【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者43:撃災

 一度カサンドラから治療を受け、薬を飲み、少しの休息を挟んだ後に、ラフォリアは改めて3人に向き直る。呼び出した3人に共通点は特に無い。強いて言うのであればそれは、当時のことを知る者達。それこそ、ラフォリアが聞きたいことを、知っているであろう者達。

 

 

「……まさか貴女も呼ばれているとは思いませんでした、シャクティ」

 

「それは私とてそうだ、リオン。……とは言え」

 

「俺達が集められたってことは、まあそういうことなんだろう?ラフォリア」

 

「ああ、私は改めて聞いておきたかった。他ならぬお前達の口から。……7年前のあの日、このオラリオで何が起きたのか。そして、あの女が何をしたのかを」

 

 

 7年前の闇派閥との大抗争、ここに居る三者はそれに参戦していた。ヘルメスだけは神という立場ではあったものの、しかし神という視点からも話を聞いておきたいというのがラフォリアからの要求でもあった。

 ラフォリアはこの15年間オラリオで起きたことについて、それほど詳しい訳ではない。外に伝わってくる話など大まかなもので、アルフィアがどの様に戦い、どの様に死んだのかさえも知らなかった。

 だからそれを知りたかった、知らなければならなかった。せめて死ぬ前に、それだけは。あの女の生き様と死に様だけは、聞いておかなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

「……そうか」

 

 

 主に中心となって話したのは、リューである。そこにシャクティが細かい情報を付け足して、ヘルメスが補足を入れていく。そんな形。

 大凡1時間程度続いたその話の果てに彼女が発した言葉は、ただそれだけだった。自分の母親を名乗った女が悪として多くの死者を生み出し、最後にはダンジョンの灼熱の穴底へと身を投げ出した。あまりに苛烈なその様子を語りながら、あの時を鮮明に思い出していたのは3人もまたそうだった。

……だからこそ、思ってしまうこともある。思い出してしまうこともある。当時の感情が、蘇ってしまうこともある。

 

 

「お前の妹も、その時に死んだのか」

 

「……ああ」

 

「……そうか」

 

 

 ラフォリアが何を思っているのかは、3人には分からない。ただ瞳を閉じて頭を回し、聞いた話を咀嚼しているように見える。自分の母親がしたことについて、きっと彼女は理解出来ないのだろう。何があろうとも闇派閥などに与することが出来ない彼女には、完全に悪に染まることが出来ない彼女には、あの2人の心を理解することは難しい。そんなことをするくらいならラフォリアは闇派閥を叩き潰し、別の方法で冒険者達を蹂躙するだろうから。そういう人間であるから、彼女は。

 

 

「納得のいく答えは出せたかい?」

 

「いや、無理だ。価値観が違い過ぎる。……古株共を排除するのはともかく、新芽まで摘んだ意味が分からん」

 

「……お前は若い者達に可能性を見出せたが、奴等にとっては今居る者達の早急な成長こそが重要だったのだろう」

 

「それほどに焦っていた、危機感を感じていたと、俺は思ってるよ」

 

「……なるほど、そういう意味では私も真に奴等と同じ境地には居なかったということか。まあそれは別に良い。結局どちらが正しかったのかなど、10年先にならなければ分からないのだからな」

 

 

 単純に育成の方向性として。ラフォリアは以前にオッタルにも言ったように、若い芽に対して強く期待をする。可能性を見出そうとする。故に若い芽は積極的に守り、導く。だからその芽達を多く潰した彼等の方針にはどうしても賛同出来ないし、納得出来なかった。

 ……けれど、だからと言ってそれでどうすることもない。もう終わったことなのだから。今更何を言ったところで、何も変わらないことなのだから。先の無いラフォリアのすべきことは、ただその起こった事実を認めること。

 

 

「ラフォリア、お前は……」

 

「安心しろ、私は同じことをするつもりはない。このまま平和に死んでやる」

 

「……」

 

 

 あまりに当たり前の様にそんなことを言う彼女に、シャクティは悲しげに俯く。しかしシャクティとて事情は事前に聞いている。彼女の病のことも、それが治せないこともまた。

 

 

「……結局、お前は最後の最後までベッドの上か。どうして天才というものは、ここまで薄命なのだろうな」

 

「ああ、全くもって忌々しい。この話も、もう何度したか分からないほどだが」

 

「まあ、これだけ人を集めていたら同じ話もするだろうさ。それで……聞きたいことはもう終わりかい?話せることがあるのなら話させて貰うよ」

 

「それについてはまだ2つある」

 

「2つ?」

 

 

「アルフィアの遺言を、まだ私は聞いていない」

 

 

「「!」」

 

 

「リュー・リオン、お前は最後までその場に居た筈だ。そして本当にお前達が奴を倒したのならば、奴の最後の言葉を知っているのは最早お前以外に存在しない」

 

 

「遺、言……」

 

 

「思い出せ」

 

 

 それは最早7年も前の話、そうでなくともその7年の間にリューには色々なことがあった。それこそ今こうして3人で思い返しながら話していると、『ああ、そんなこともあった』となるくらいに覚えが薄くなっていることでもある。それが7年という歳月であり。それこそシャクティの妹であるアーディの事だって、この話をしている最中に情報が補完されていき、思わず泣きそうになったほどだ。

 ……だからきっと、あの言葉も。あの後すぐに地の底から這い上がって来た怪物と戦わざるを得ず忘れてしまっていたあの言葉も、彼女がこうして場を作ってくれなければ思い出せたことでもなくて。

 

 

 

「…………自分の亡骸は、灰に帰すと決めていると」

 

 

「ほう」

 

 

「けれどそれを…………ああ、"あの馬鹿娘"は怒るだろうと」

 

 

「……」

 

 

「………………………………最後のヘラの眷属に、"悪かった"と、伝えておいてくれと」

 

 

「……くく、今の今まで伝えられていなかったが?」

 

 

「す、すみません……私も、その、今思い出して……」

 

 

「いや、いい。事実として今こうして伝わった。それで良い」

 

 

 それを思い出したリューは、本当に申し訳なさそうに頭を下げるが、7年も前の敵の一言を思い出せという方が酷だろう。正義のファミリアであった彼女達にとって、確かに衝撃的な相手であったことに違いはなくとも、所詮は敵の1人でしかなかったのだから。……そうでなくとも、アストレア・ファミリアは壊滅して、生き残りは1人。リューまで完全に忘れていたら、この一言さえ聞けなかった。その遺言を聞けただけでも十分だ。思い出してくれただけでも、ずっとマシだ。

 

 

「……やれやれ、怒るに決まっているだろう。むしろ何故怒られないと思えるんだ、あの馬鹿女は」

 

 

「ラフォリア……」

 

 

「結局、私に残したのはその一言だけということか。アホらしい、私は何を期待していたんだ。『悪かった』の一言で済ませられる程度の存在だったということか、所詮は」

 

 

 彼女にしては珍しく片手で顔を押さえて俯く、そんな彼女に掛けられる言葉をリューは持っていない。シャクティもなんとも言えず肩をさすってやるくらいしか出来ないし、どうしようもない。

 だってそれをフォロー出来る者なんて何もないから。あの最中に彼女がラフォリアの存在を仄めかしたのはその一瞬だけであり、それを言葉にした後も彼女は何の迷いもなく自身を大穴に投げ捨てた。そこまで含めて彼女のしなければならなかった事だとしても、確かに言葉が足りていないと言わざるを得ない。

 『悪かった』の一言は無いよりはマシであったかもしれないけれど、あったからこそ辛いのだ。その一言で捨てられる程度のものであったと、当人は思えてしまって。事実そうして切り捨てられてしまっているからこそ、余計にその悲しみは深まってしまって。

 

 

 

「……悪いが2人とも、少し席を外してくれないか?」

 

「?」

 

「神ヘルメス?」

 

 

 だからこそ、彼は一歩足を踏み込んだ。死にゆく人間がこんな顔をしていたらいけないと。絶望しながら死にゆくなど、彼女はそんな悲しい最後を迎えるべき人間ではないと。そう思った。

 

 

「ラフォリアに話しておかないといけないことが出来た。そしてこれは、まだ君達には聞かせられないことでもある」

 

「……分かりました。シャクティ」

 

「ああ」

 

 

 いつになく真面目な顔をしたヘルメスのその言葉に、2人はそのまま部屋を出て行く。ラフォリアは未だに手を顔に当てているが、しかし目だけは訝しげにヘルメスを見ていた。

 今この状況で話さなければならない事というのは何なのか。まだこの件について隠し事でもあるのか?こういう男神なのだから、当然隠し事などいくらでもあるのだろうが。それでもこの男神は馬鹿では無いし、空気は読める。故に抱いたのは不審ではなく興味。……そして少しの、恐怖。

 

 

「……本来、この件は誰にも話すつもりはなかった。少なくとも今はその時期ではないと、そう思っていた」

 

「……何の話だ」

 

「だが、ああ、やはり君には話しておくべきだと思ったんだ。他でもない君には、どうしようもないほどに死が近づいて来ている君には」

 

「……?」

 

 

 ヘルメスとて、これを話すべきなのかはずっと悩んでいた。彼女の存在を最初に知った時から、今の今まで。本当に話してもいいことなのか、測りかねていた。

 だが今のアルフィアの遺言の話を聞いて、やはり話しておくべきだと確信した。むしろ今話しておかなければならないと思った。遅過ぎたよりも、早過ぎた方がよっぽど良い。むしろ遅かったくらいなのかもしれない。もしそれを先に話しておけば、少しくらい今の彼女の状況は変わっていたのかもしれないのだから。

 

 

「……なんだ、今更何を語ることがある。それともあの女は、お前にだけ他に遺言を残していたとでも言うのか?」

 

「いや、残念ながらそれはない。アルフィアについて知っているのは、間違いなくリューちゃんくらいしかもう残ってはいない。……だから俺がこれから伝えることは、それとは全く別のことだ」

 

「……?」

 

 

 そうだ、アルフィアのことについてヘルメスは殆ど全く知らないと言ってもいい。話してすらいないくらいだ。しかしヘルメスだからこそ、ヘルメスにしか知らないことだってある。彼の担っている役割故に、彼だけが知っていることは、あまりに多くあって。

 

 

「……最後のヘラの眷属、それは間違いなく君のことだ」

 

「回りくどい、率直に言え」

 

「しかし、まだヘラの眷属の血は完全に途絶えてはいないだろう」

 

「……!」

 

「俺はその子供の居場所を知っている」

 

「っ、なんだと」

 

 

 アルフィアの妹、それが残した子供。聞いた話ではそれは今はゼウスに引き取られているとラフォリアは聞いていた。年齢的には14になる子供の筈であるが、確かにその少年は間違いなくヘラの眷属の血を継いでいると言えるだろう。なんだったらゼウスの眷属の血まで。……だが。

 

 

「……それがどうした、私にとっては関係のない話だ。所詮は他人の子供、見たこともない様なガキにそれほど興味はない」

 

 

 そうだ、事実としてラフォリアはそれほどメーテリアに対して強い感情は抱いていない。それは確かに話したことくらいはあるし、変に世話を焼かれたこともある。しかし当時の自分はそれを嫌い、あまり親しくはしなかった。仮にその子供と会ったとしても、精々"似ているな"くらいしか感情など湧くはずもなく。

 

 

 

「それが君もよく知っている人物だと言っても、同じことを言えるかい?」

 

 

 

「……………………………どういう、ことだ」

 

 

目を見開く。

 

 

「その少年は今、このオラリオに居る。ゼウスの手を離れ、自らの意思でこの地を踏んだ。……そして偶然にも、出会ってしまったんだ。同時期にこの街に戻って来た、自身の従姉妹とも言える存在と」

 

 

 

「…………あり得ない」

 

 

 

「ああ、出来過ぎた話だ。だが事実としてそうなっている。そしてその事実を聞いた今、君の中にも何処か納得出来る要素が浮き上がって来ている筈だ。……そうでなければどうして、君はまだLv.1の彼にだけここまで入れ込んだ。彼には確かに素質はあったが、最初の頃はそうでもなかったんじゃないか?」

 

 

 

「………」

 

 

 

 白い髪、赤い瞳。こちらが居辛さを感じるほどの腑抜けた優しさに、神々にすら好かれる様な気質と器。

 ……正直、繋げようと思えばどれだけでも繋げることは出来た。しかしそんなことはあり得ないと思っていたから、そんな都合の良いことは起こり得ないと思い込んでいたから、無意識にその可能性を捨てていた。

 そのガキも彼と同じくらいにまともに成長していればいいなと、そう願ったことくらいはあれど。まさか本当にその子供が目の前の少年であったなどと。そんなこと……

 

 

 

「そう、か……」

 

 

 

「………」

 

 

 

「そう、だったのか……」

 

 

 

 ポツリと、右の目から1滴の涙が落ちる。

 

 

 

「本当に、私は……あの子の、姉だったのか……」

 

 

 それはあまりにも普通の人の顔で、あまりにも普通の人間らしい反応で。天才でも、撃災でもない。ただ1人の姉としての、喜びの顔を見る。

 

 

「優しい子に、育ててもらえたのだな…………"ベル"」

 

 

 思い返す、あの子の笑顔を。

 鬱陶しいほどに纏わりついて来ても、それでも慕ってくれた彼の顔を。自分の先が無いと知って、心底辛そうな顔をしてくれた彼のことを。そんな心優しい少年に育ってくれたことが、今は何より嬉しく思う。

 興味などない筈だったのに、所詮は他人だと思っていた筈なのに。それでもいざその少年がベルであると分かれば、人の認識はこうまで変わる。こうまで嬉しくなってしまう。……不思議なものだ。本当に、不思議で。本当に、安堵出来て。

 

 

「……悪かった、この話を今のオラリオで容易くすることは出来なかった」

 

「分かっている……お前が正しいとも。それを知らなかったからこそ、ベルはここまで健全に成長出来たのだから。それでいいんだ」

 

「……そうか」

 

 

 もしかしたらヘルメスは。いやヘルメスでなくとも、それこそオッタルであったとしても。彼女のこれほどまでに憂いのない満面の笑みを見たものは、過去に絶対に居なかったに違いない。

 なにせそれは美人や美神に見慣れたヘルメスでさえ一瞬見惚れてしまうようなものであり、それほどに彼女は優しい笑みを浮かべながら目の端に溜まった涙を拭っていたから。その笑みを見れただけでも、この話をした十分な理由になったと思えてしまったから。この事実は彼女にとって、それほど意味のあることだったのだ。それこそ知らず知らずにもベルとここまで関係を深めることの出来た、彼女だからこそ。

 

 

「……ベルくんを呼んでこようか?今直ぐにでも」

 

「……いや、必要ない。それよりもオッタルを呼んできてくれ」

 

「猛者を?」

 

「ああ」

 

 

 そうしてラフォリアは、普段通りの表情に自分を戻す。涙もすっかりと拭き終わり、彼女の姉としての顔は消えた。むしろ何かを決心したかの様な顔をして、目を閉じる。

 

 何処かすっきりしたような表情で。

 

 最後に一言、呟いた。

 

 

 

 

「私のすべきことが、定まった」

 

 

 

「……心もな」

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