【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者44:○○

「遅かったな、オッタル。女を待たせる癖はまだ治らないのか」

 

「……待たせたのはお前だ、ラフォリア」

 

「くく、そうか。それは悪かったな」

 

「……」

 

「まあ座れ、お前を最後に呼んだのには理由がある。それを今から話してやろう」

 

「……ああ」

 

 

 久しぶりに見たその女は、最早どこにも強者の雰囲気など残ってはいなかった。未だに恩恵は残っている筈なのに、戦う者としての覇気を纏っていなかった。それも仕方ないくらいに、弱っていた。

 そこに居るのは単なる病人。死に向かって緩やかに歩んでいく、戦うことをやめた者。生きることを諦めた者。そんな存在になってしまった女の姿。

 

「っ」

 

 なにより悔しいのが、そして苦しいのが、自分の憧れた女がそんな姿になってしまったこと。そして何より、彼女をそんな姿にまで追い詰めたのが他ならぬ自分であること。自分に力が無かったばかりにこうなってしまったこと。そしてそれを言い訳できる要素が自分の中に一欠片として無いということ。

 オッタルは言われた通りに、ベッドの横にあった椅子に座る。体躯の大きい彼がそれに座れば椅子はなんだか妙に頼りなくなってしまうが、ラフォリアはそれすら面白いように笑ってみせる。

 

 

「言ってしまえば、最後に話すのはお前が良かった。理由としてはそれだけに過ぎん」

 

「……どういう、ことだ」

 

「私はお前と話したこの後、死ぬつもりだ」

 

「っ!?何故だ!まだお前は……!」

 

「ああ、あと半年程度なら生きられるだろう。……だが、それでは私の目的が果たせない可能性が出てくる。果たすべき最後の計画を『確実に』成すためには、余裕のある今でなければならない」

 

「……何をする気だ、ラフォリア」

 

「……」

 

 

 

 

 

「アルフィアを呼び戻す」

 

 

 

 

「!?」

 

 

「それが私の最後の計画であり、最後の……"親孝行"だ」

 

 

 ラフォリアは笑った。自分の死を前提としたその計画を話しながら。オッタルがそれまで見たこともない様な、自然で優しい表情で。

 

 

 

「……結局のところ、私はこのままでは死ぬ。半年とは言ったが、正直半年保つかも怪しい。私はこの通り、生きている限りは働き続けるからな。既にここ最近だけで1月分くらいの寿命は費やした気がしている」

 

「……」

 

「だが、私が完全にアルフィアになれば話は別だ。半端な状態であれば、2つの病は絡み合ったまま消えることはないだろう。しかし完全に片方に寄れば、完全に片方の要素を消せば、病は自然と消失する。……変に残そうとしたから悪化したんだ。勿論アミッドの危惧していたことはあるだろうが、緩和した私の病であればアイツなら治せるだろう。それも分かった」

 

「……本気で言っているのか」

 

「アミッドがアルフィアの病を緩和する薬を作り出すことに成功している。完治は出来なくとも、生きていくことに不足はないだろう。……つまり私の不明瞭な半年を捨てることで、アルフィアが普通の人生を手に入れられる。私の存在もある程度オラリオに広まった、罪人である奴が生活していても文句は言われないだろう。最早何を迷う必要があるのかというくらいの好条件は出来上がった」

 

「だがお前は!………それで、いいのか」

 

「構わない。それであの女とベルが会うことが出来るのなら、何も迷うことはない。……むしろ私に、これ以上を生きる理由など何処にもない」

 

「っ」

 

「オラリオとしても、私の上位互換であるあの女が生きていた方が良いに決まっている。……何か問題があるか?無いだろう、何処にも」

 

「それ、は……」

 

「無いんだよ、オッタル。私がこれ以上生きなければならない理由なんて」

 

 最近は、寒さも落ち着いて来た。少しずつ暖かさが見えて来た頃合いであったというのに、どうしてか今日は妙に寒い。外から聞こえ始めた雨音こそがその原因であったのかもしれないが、その音が今日ばかりは妙にオッタルの耳に障る。

 到底受け入れられないそんな話を、何事もなく、ただ淡々と話す彼女の顔から目を離せない。言葉にしたくとも、口から否定の言葉が出てこない。どうすれば彼女を説得出来るのかも分からない。そうでなくとも……何が正しいのか、何故自分は彼女を止めようとしているのか。オッタルにはそれすらも分からない。

 

 ……ずっと、そうだった。

 

 彼女の言うことはいつも正しかった。彼女の忠告はいつも当たっていたし、それは彼女がオラリオに帰って来てからだってそうだ。ダンジョン内で襲撃した時に言われた『後悔する』という言葉もそうだ。彼女はいつも正しい。だから彼女の言うとおりにしていれば間違いない。むしろ信頼しているからこそ、信用しているからこそ、オッタルは否定を口にすることが出来ない。その否定の言葉がまた取り返しのつかない間違いを引き起こしてしまう気がして。それが怖くて。どうしようもなくて。

 

「まあ、個人的には満足している。この才能の意味も見出せた、これ以上ここで私がすべきこともない。私でなくとも、あの女なら私以上に役割を十分に成し遂げるだろう。……正直あの女の代替品として生かされていた様で腹も立つが、事実としてそれが1番誰もが幸せになれる。ならばもうそれでいい」

 

「……お前も、幸せなのか?」

 

「少なくとも、半年後に後悔するよりは幸せだろうな。時間が経ち、私がスキルすら十分に発揮出来ないほどに劣化してしまえば、私は最悪の死に方を選ぶことになる。それよりはマシだ」

 

「………」

 

「私のやることは変わらない、今出来る最善を尽くすだけ。むしろ消える代わりにあの女を生き返らせることが出来るのなら、しない方が罪だろうよ。Lv.7が1人減るか維持出来るか、これは今のこの世界にとってあまりにも大きな違いだ」

 

「………そう、だが」

 

 正しかった、なにもかも。

 オッタルでさえ、そう思った。それは正しい選択だと、そう思わざるを得なかった。本当にこの世界を救うことを考えた場合、むしろそうしなければ裏切りでもある。故にきっと彼女のその行動に間違いはない。Lv.7という戦力を失うことが出来るほど、今この世界に余裕はない。彼女の半年より、アルフィアの復活を選ぶのは当たり前の話だ。彼女は間違っていない。

 

「だが…………」

 

「……?」

 

 そこから先の言葉が、出て来ない。

 それが正しい選択であると分かっている筈なのに、理解出来ている筈なのに、どうしてもそれを受け入れることが出来ない。肯定することが出来ない。理由は分からない、自分がまた間違いを犯しそうになっているということも分かる。間違っているのは自分であり、これもまた後悔を引き起こす選択であるということだって知っているのだ。それなのに……

 

「……それしか、本当に方法は無いのか」

 

「ふふ、なんだ?そんなに私に死んで欲しくないのか?」

 

「……そうだ」

 

「……………ああ、その気持ちは嬉しい。だが分かるだろう?どちらにしても私は限界だ。代わりの案など存在しないし、私が助かる方法など何処にもない」

 

「分かって、いるが……」

 

「馬鹿者、そんな顔をするな。お前にそんな顔をされてしまえば、私はどんな反応をすればいいのか分からなくなるだろう」

 

 そうしてラフォリアは近くの引き出しを開け、1つの箱を取り出す。真っ白な平箱、丁寧に取り出したそれは彼女が相当に大切に保管していた物であると見て分かる。そしてそんなものをラフォリアは何の迷いもなくオッタルへと手渡した。

 

「これは、なんだ……?」

 

「お前が選んだ私のドレスだ、返しておく」

 

「……何故だ」

 

「私にはもう着られん、だがこれをアルフィアに着せたくはない。故にお前に返しておくことにした」

 

「……俺が持っていても、どうにもならないだろう」

 

「そうだな、故に扱いはお前に任せる。捨てるなりなんなり好きにしろ。ただ私が持っていたくないというだけだ」

 

「気に入らなかったか……?」

 

「……本当に気に入らなければ、受け取った時点で突き返している。そこまで綺麗にして返したんだ、察しろ鈍感」

 

「……すまない」

 

「本当にな」

 

 それを彼に渡した後、ラフォリアは持ち上げたベッドに身体を預け、ゆっくりと脱力しながら天井を見上げた。それを手渡せたことで、本当に自分がすべきことが全て終わった。それに安心したのだ。

 もう少し余裕があれば最後にもう一度くらい着てやろうかとも思ったが、残念ながら今の自分では満足に立ち上がることさえ難しい。その真っ白なドレスも、今となっては良い思い出だろう。一緒に踊らされた時は心底恥ずかしくあったが、それでも。

 

「頑張れよ、オッタル」

 

「っ」

 

「私は消える。……そうなれば本当に、お前に忠告を与えてくれる人間は居なくなるだろう。お前のケツを蹴り上げる奴は居なくなる、アルフィアがお前のためにそこまでするとは思えん」

 

「……お前がこの街に来る前は、そうだった。お前が突然現れただけだ」

 

「ああ、そうだったな。……元に戻るだけか、何もかも」

 

 ごぼごぼっと、肺の中で明らかに何かが溜まっている様な音を響かせながら、彼女は咳をする。口元に当てた手には当然の様に赤く黒い血が溜まっており、慌てて立ち上がったオッタルを制すと、彼女は慣れた様にそれを近くに置いてあった布巾で拭いた。

 

「……俺のせいだ」

 

「いいや、お前のせいではない」

 

「俺があの時、素直にお前の忠告を聞いておけば……」

 

「長生き出来るとは思っていなかった、最初から分かっていたことだ」

 

「……俺を、恨んでくれ」

 

「恨まない。確かにお前は馬鹿なことをしたが、私はお前のそんな馬鹿なところを好ましく思っている。故に恨みはしない。心配はするがな」

 

「……看取らせては、くれないか」

 

「嫌だ、お前はこのまま帰れ。……そこも含めて計画していることがある、お前はそれの邪魔になる」

 

「……」

 

「戻るだけだ、そう言っただろう。15年前に有耶無耶になった因縁がここで終わるだけだ、お前はこれからも変わらずに生きていけばいい。……以前と変わらず、ただ女神だけを見ていればいい」

 

「……」

 

「……はぁ。何をそんなに落ち込むことがある、お前は」

 

 俯いたまま喋らなくなってしまったオッタルの頭を、ラフォリアはガシガシと乱暴に撫でた。けれどそれに対してもオッタルは何も言葉にすることが出来ず、その大きな身体を妙に小さく縮こませるばかり。この男がこうまで自分の死を悲しんでくれるということは、ラフォリアとて素直に嬉しいと思う。けれど同時にやはり心配にもなる。自分の死がこの男の生き方に影響を与えてしまわないか、この男を英雄としての道から逸らしてしまわないか。不安にもなる。

 

「後は頼んだぞ」

 

「……お前まで俺に、託すのか」

 

「託すとも、お前にしか託せない」

 

「……荷が重過ぎる」

 

「どうしてそう今日は珍しく弱音を吐くんだ」

 

 

「それは、お前が……」

 

 

「?」

 

 

「お前が共に、背負ってくれるのだと……思っていた……」

 

 

「……」

 

 

「俺には学がない。力しか無い故に、脳筋と言われる」

 

 

「……そうだな」

 

 

「だが、お前は俺のことをよく知っていた。お前と肩を並べている時、俺は何より自分の力を存分に振るうことが出来た。……お前が隣に居る時、俺は安堵していた」

 

 

「良い大人が甘えるな、そんな子供の様な情けないことを言ってくれるな。……あまり私を、困らせてくれるな」

 

 

「……すまない」

 

 

「本当に分かっているのか?」

 

 

「……すまない」

 

 

「本当にお前は図体のデカいガキだな」

 

 

 言葉はキツイけれど、彼女は本当に弟を見るような優しい目でオッタルを見ながら頭を撫でる。なにせこれで見納めなのだから。むしろこうも思っていた。やはり最後に呼び出したのがこの男で良かったと。

 もう一度くらいベルの顔も見てやりたかったが、結局のところ、ラフォリアが自分の意思を託すことを選んだのはベルではなくオッタルであったから。だからこれで良かったのだ。これで何も間違ってはいなかった。

 

 

「さあ、もう帰れ」

 

「……最後の言葉がそれか」

 

「なんだ女々しい奴め、これ以上私にどう言葉を尽くせと言うつもりだ」

 

「……聞かせてくれ。俺はこれからどうすればいい」

 

「変わらずに居ればいい、それ以上は求めない」

 

「……何も、求めてはくれないのか」

 

「お前に求めるのは強くあること、そして託したものを持ち続けること。それだけだ。次にこの身体に会った時は、それはアルフィアだ。アルフィアに対してお前がどう反応するのかも、お前が好きにしたらいい」

 

「……分かった」

 

 

 そうしてオッタルはようやく立ち上がる。

 説得は出来ない、意味がない。彼女は止まらない、そして自分に止まらないことを求めている。ならばそれを遂行してこそ、自分達の関係だろうと。いつぞやと同じように、最後の別れに背を向ける。

 ……このドレスだって、きっとオッタルは捨てることはない。フレイヤに対する後ろめたさはあっても、持ち続けるのだろう。いくら忠誠があったとしても、託されたものだから。その意思と願いと共に、渡されたものだから。

 

 

「お前のことを、忘れることはない」

 

「っ……さっさと忘れてしまえ、その方が楽だ」

 

「いや、忘れはしない」

 

「……長く生きろよ、オッタル」

 

「……無論だ」

 

 

 交わした目を互いに閉じて、オッタルはドアの方へと歩いていく。言葉はそれきり、振り向くこともしない。

 けれどその間、2人の頭を過ぎっていくのは過去の記憶。目の前の男と女の、最初の出会い。そして妙な関係となり、一度の別れを経たその時。ようやく再会したかと思えば、殺し合って。

 

……本当に、色気も何もない。

 

 

 

 

「延長戦にしては、楽しめた方だな……」

 

 

 窓の外は生憎の曇り空、雨が止んだだけマシか。

 

 

「……もしかすれば私の人生は、お前を蘇らせるためのものだったのかもしれない。アルフィア」

 

 

 彼女の劣化品であり、けれど劣化品なりの最低限の働きは出来た。誰も文句は言わないだろう。

 

 

「あぁ……お前が羨ましいよ、アルフィア」

 

 

 用意しておいたものを引き出しから取り出し、机の上に置く。

 左手に灯った鈍い光、これでラフォリア・アヴローラという存在は完全に消え失せる。肉体も魂も全てをアルフィアという女の物に書き換え、自身を構成する凡ゆる要素の一切が、この世界から消失する。

 

 

 

「私はきっと、お前になりたかったんだ。お前に憧れていたんだ。私以上の才能を持ちながら、妹やヘラ達に愛されていたお前の様に。……その末にこんなスキルが出来てしまったというのなら、皮肉にも程がある。たとえお前の姿になったとしても、お前の立場にはなれないというのに」

 

 

 

 思い返す、走馬灯の様に。

 

 記憶が巡る。

 

 意識が朧げになる。

 

 ……馬鹿なことをした、無茶なこともした。

 

 心配をされた、怒られもした。

 

 あの女は必ず、自分の目を見て話していた。

 

 そして必ず、物理反射に引っ掛からないように手の甲で優しく額を小突いて、注意をして来た。

 

 

 

【さっさと寝ろ、馬鹿娘】

 

 

 

「……ああ、もう寝るとも。馬鹿親め」

 

 

 

 あの女が自分のことをどこまで本気で娘だと思ってくれていたのかは、結局のところ分からない。けれどこの"親孝行"で、育ててくれた恩くらいは返せたと思いたい。

 

 

 

 ……瞳が落ち始める。

 

 窓の外に見える景色は静かだ。

 

 誰も居ないこの部屋で、誰に見守られるでもなくゆっくりと意識が消えていく。

 

 恐怖はある、けれどそれを見せることはない。

 

 

 もう一度くらいベルに会っておきたかった。

 

 

 けれどもう心を揺らがせたくはない。

 

 

 

 だから、これでいい。

 

 

 

「最後くらい、笑って死んでやる……私の人生の、締め括りは、それで……」

 

 

 

 そうしてラフォリアは、そのスキルの出力を引き上げる。

 

 自分が消えていく感覚というのは、想像していた以上に悍ましい。

 

 恐ろしい。

 

 孤独であることもまた心を追い詰める。

 

 

 ……けれど、もう追い詰められたところで止まらない、止められない。むしろ1人でなければ、誰かに止められてしまっていたから。

 

 

 

 (お前は、こうなるなよ……オッタル……)

 

 

 背を向けて歩いて行った彼を思う。

 

 

 (孤独というのは、存外……辛いものだ……)

 

 

 

 ファミリア、パーティ、仲間。

 一時とは言えそれに加わり戦ったここ最近。不覚にも、楽しいと思ってしまった。そして、そんな経験を27年もして来なかった自分を悲しく思った。孤独は辛い、寂しさは苦しい、そんな当たり前のことはラフォリアでさえ感じる。故に願う。せめてあの男くらいは、こんな想いをしてくれるなと。あの男くらいは仲間に恵まれて欲しいと。あの時ラフォリアから背を向けて仲間の為に走った彼の同胞達のことを思い出しながら、願う。

 

 

 闇の中に落ちていく。

 

 

 指先から溶けていく。

 

 

 

 もう2度と、あの光の中へ帰る事はない。

 

 

 

 

 伸ばした手を、誰かが掴んでくれることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 ……なぜ、手を伸ばしたのだろう。

 

 

 

 

 この道を選んだのは自分の筈なのに。

 

 

 

 

 

 

 最後に抱いたそんな疑問と共に、ラフォリア・アヴローラの意識は潰えた。

 

 

 彼女は自殺に成功した。

 

 

 自分を殺すことが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 ……この世界から完全に、消失した。

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