【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
『うわぁぁあん!!聞いてよラフォリア!!ヘファイストスが!ヘファイストスが酷いのよ!!』
『……五月蝿いんだが』
『あー、アフロディーテ様でしたっけ。あんまり騒ぐ様なら外に放り出しますけど』
『酷くない!?みんな酷くない!?泣いてる女神が居るんだから、少しくらい慰めてくれても良いじゃない!』
『……アフロディーテ』
『アルテミスなら分かってくれるわよね!?ね!?』
『君は口に綿を入れて喋ったほうがいい』
『むごっ!?もごごっ!?』
口に綿を詰められて、何やら訳の分からないことを言いながらアルテミスに詰め寄るアフロディーテ。けれどその度に口の中に入れられる綿の量を増やされて、ラフォリアはそんな彼女達の姿を見て少しだけ楽しそうに笑う。
『女神ヘファイストスもここには来たが、妙に機嫌が悪かったかと思えばお前のせいか。どうせまた余計なことを言ったのだろう』
『い、言っへないわよ!わらひはいつも通り挨拶しに行ったらけなんらから!』
『まあヘファイストスにとっては君の存在そのものが地雷の様なものだし、顔を出した時点で機嫌を悪くするのは仕方ないと思うよ』
『存在が地雷ってなに!?』
『アレは顔どころか名前を口にした時点で不機嫌になったからな』
『そこまれ!?そこまれ嫌われてるの私!?』
『これだからね』
『こんなアホと付き合っていたとは、当時のヘファイストスは相当に血迷っていたんだろうな』
『正しく本人はそう言っていたよ』
『た、たひかに悪いのはわらひだけど!誰か1人くらい慰めなさひよ!!』
『そうかそうか、大変だったな馬鹿。酷いことを言われて辛かったろう馬ぁ鹿』
『アンタいちいち馬鹿って言わらいと気がしゅまないわけ!?』
『アフロディーテ、騒がない騒がない。これ以上詰められる綿はもう無いんだ』
……そんな風に、馬鹿な話をした。
色々と変わったアルテミスはなんだかラフォリアと妙に気が合う様になって、アフロディーテの奇行も余裕を持って対処出来るようになった。そんな2人に対してアフロディーテも、弄られながらも楽しく話すことが出来て、アルテミスともこうして自然と話せる様になったことが、彼女にとっては何より嬉しかったことでもあったりする。
『お前達はいつまでここに居るんだ?』
『うん?ああ、せっかく来たんだ、私は観光と挨拶がてらゆっくりしていこうかと思っている。眷属達もそうしたいだろうからね』
『……そ、そうね。私もそうするつもりよ。し、仕方ないからアルテミスの観光に付き合ってあげてもいいんだからね!』
『そうかい?それならヘスティアも誘って、彼女に案内して貰おうか』
『くく、そうしてやれ。あの馬鹿乳も最近は肝を冷やすことばかりで疲れているだろうよ』
『あ、あんた……ヘスティアの事どんな呼び方してんのよ……』
『ああ、そう言えばアポロンがまた馬鹿なことをしたんだったか……頭が痛い、後で謝っておかないと』
そうやって、笑い合った。
素直に楽しいと思えた。
それくらいに神嫌いのラフォリアは、自分達に心を開いてくれたのだと分かった。だからこそ楽しかった。
『それでね!ラフォリアったら意外と酒に弱いの!神の眷属の癖にたった2杯の薄っすい果実酒で酔っ払ったくらいなんだから!』
『……記憶にないが』
『へぇ、それは意外だ。彼女は酔うとどうなるんだい?やっぱり大暴れしたのかい?』
『そう思うでしょう?私もそう思って逃げようとしたんだけど……実はそうじゃなかったの!』
『……本当に記憶にないんだが』
『具体的には?』
『なんかね〜、急にしんみりしちゃったのよね。ポロポロ泣き出しながら昔のこと話し始めて』
『そうなのかい?それもまた意外だ』
『……おい、話を作っていないだろうな』
『作ってないわよ!むしろ私の方が困ったんだから!どんだけ気遣ったと思ってんのよ!』
そんな話もした。
きっとアフロディーテか何処かの酒場の女主人くらいしか知らない彼女の酒癖についても、ここで漸く交流された。そしてラフォリア自身が自覚させられた。恥ずかしい想いをさせられながら。
「ほんと寂しがり屋よねぇ、あの子」
「ああ、ここ最近はずっと人を呼んでいるらしい」
「いやぁ、彼女にそんな一面があるなんて知らなかったよ。彼女は確かに優しい子だったけど」
3柱で茶屋を訪れ、机を囲みながら久方振りに言葉を交わす。こうしてゆっくりするのもいつ以来か。アポロンから奪い取った拠点の改築もそろそろ終わる頃、それまでの空き時間を使っているとは言えヘスティアとしては本当に楽しい。故郷の友人との会話、それは何事にも変え難い大切な時間だ。
「それにしても、みんな変われば変わるもんだよねぇ。アルテミスもすっかり柔らかくなったし、アフロディーテとも普通に話してるし」
「ふふん!これくらい女神の中の女神:アフロディーテにかかれば当然のことよ!」
「どちらかと言えば、割とラフォリアのおかげだけどね」
「でも君達2人もラフォリア君の恩恵を触ったんだろう?なんだか偶然とは思えないというか……」
「……まあ、そこはあの子の好みっていうか」
「良くも悪くも、下界や子供達に真摯で必死な神を好む子だ。アフロディーテだってこんなだけれど、ちゃんと下界のことを愛している」
「……"こんな"って言うのは引っ掛かるけれど、まあ、うん、悪い気はしないわね」
「相変わらずチョロいなぁ、アフロディーテ……」
あれほど天界で喧嘩をしていたアフロディーテとアルテミス、しかし今は席を隣にして語り合う。堅物真面目委員長であったアルテミスは声の質も言葉の使い方も、果ては考え方まで随分と柔らかくなった。そういう意味ではヘスティアだって立派な眷属大好き愛してるウーマンになっただろう。下界に来て神々は変わり、そうして各々に変わった互いを見て、また語り合う。それもまた下界に降りた神々の楽しみの一つでもあるだろう。
「……ラフォリアくんのこと、実は僕は殆ど知らないんだ」
「そうなのか?一緒に教会に住んでいたんだろう?」
「うん、一応ね。けど彼女はあまり自分のことは話してくれないからさ。ダンジョンにもよく潜っていたし、聞き出す時間もなくてね」
「あ〜、確かにあの子そういうところあるわよね。まあ私は時間あったから滅茶苦茶聞き出してやったんだけど」
「ふふ、嫌な顔をされなかったかい?」
「されたわ、あまり詮索するなって言われた。けど知りたいんだから仕方ないじゃない!聞きたいこと全部聞いてやったわ、全部!」
「あはは、流石アフロディーテ……見習いたいような、見習いたくないような……」
だからこそ、あそこまで触れても許してくれるくらいの仲になれたとも言える。散々に話しかけて、散々に手を触れて、最初は嫌がっていた彼女も次第に諦めた。抵抗感が無くなっていった。なんなら神々の中で誰と1番距離が近いか、心を許しているのかと言われれば、ラフォリアは散々に口を結んだ挙句に嫌々そうな顔をして、それでも最終的にはアフロディーテの名前を言うだろう。ヘラでもアルテミスでもヘファイストスでもなく、このアホ女神の名前を。
誰よりも天才の心を解きほぐしたのが阿呆であるというのは、ある意味では皮肉とも言えるものなのか。そこまで出来る阿呆でもなければ、何も語ろうとしない人間の心には踏み込めないということなのか。考え事をしていると無意識に独り言として言葉にしてしまう癖のあるアフロディーテ、神らしく賢さはあれど隠し事は出来ない。そんなところも、ラフォリアとは相性が良かった。
「よ〜し!こうなったらアイツを吃驚させるようなことをするわよ!」
「えぇ、今度は何をする気だい?」
「それはその……アレよ!何かこう、吃驚するようなことよ!」
「なるほど、つまりまだ何も思い付いていないみたいだ」
「いいじゃない!とにかくやるのよ!アンタ達も考えなさい!」
「あーあ、これはどうやら僕達も強制参加みたいだ」
「ふふ、良いじゃないか。なんだか面白そうな話だ。……今も彼女を救う為に多くの子供達が走り回っている。それなら零能の私達も私達なりに、出来ることをしよう」
「……ああ、そうだね。僕も手伝うよ、アフロディーテ」
「よーし!こうなったら早速作戦会議よ!フレイヤのところにGOGO!」
「いや待ってくれ!?どど、どうしてフレイヤのところに行くんだい!?」
「どうせ暇してるからに決まってるじゃない!アイツの方がお金持ってるんだし!巻き込んで盛大にしてやればいいのよ!」
「打算的過ぎる!!」
神々は笑い、走る。どれほど暗い道のりであっても、その先に必ず確かな光があると信じて。泣くことなどいつでも出来ると、彼女達は知っているから。少なくとも今は、とにかく、笑って足を動かすのだ。
「……以上の素材を、皆さんには集めて来て頂きたいのです」
「なるほど……これは確かに骨が折れそうだ」
「とは言え、これなら私達にも出来る事だ」
「質だけではなく量も必要だ。ここから先はアミッドでさえ完全に未知の領域、解決のためには試行錯誤以外に他に無い」
治療院の一室に集められた彼等は、配られた資料を手に笑みのない雰囲気で語り合う。彼等ほどの者達が一室に集まっていれば、それこそ世界の危機ではないのかと思う者も居るくらいだろう。しかしその危機は実際には既に終わり、これはむしろその後始末とも言える話。それでも後始末と言うにはそれはあまりにも大きな案件で、彼等もまたそれに全力で望んでいる。
「この辺りのものは私から里のエルフ達に協力を願った方が早いだろう、任せて欲しい」
「ならばこの辺りは我々が受け持とう、ガネーシャを通じてギルドにも協力を願う。直ぐにでも団員を向かわせる」
「……ダンジョン深層は我々か、まあ良い。闇派閥の対応策は問題ないのだろうな」
「ああ、そこは僕達で受け持つ。君達が協力してくれるんだ、こちらが全力を尽くすのは当然だろう」
「女神の命だ、こちらもあの女には借りがあるからな」
シャクティ、フィン、リヴェリアはいつもの顔触れとしても、ここにフレイヤ・ファミリアのヘディンまで居るとなれば話は変わってくる。それはつまりフレイヤ・ファミリアもこの件に協力するということなのだから。
「……"戦場の聖女"、策はこれだけか」
「現状思い付いたのはここまでです」
「半年、この期間の間に手がこれだけというのは悠長が過ぎるだろう。"万能者"はどうした」
「彼女にも手伝って貰うつもりだけれど、流石に今回はアミッドの補佐になるかな」
「……ならばこちらからはヘイズを出す、貴様は薬作りに徹しろ」
「協力感謝します」
ラフォリア・アヴローラ、彼女の治療のためにアミッドはここ数日で多くの治療薬作成の案を生み出した。勿論それ等は仮定の段階で既に様々な問題が予想され、決して上手くいくものではない。しかしそれでも残りの半年でなんとかそれ等の問題を解決し、僅かであっても効果を為せるものを作り出す為に、アミッドは彼等にそのための素材の収集を依頼することにした。つまりは失敗を前提とした試行錯誤を実際に行い、そこから最速で開拓を進めていく。この半年で素材と金を犠牲に、より効率的に開発をゴリ押していく。それがアミッドの決意した足掻きであった。
「既に"静寂"由来の病の治療薬については凡そ完成しています。現状での効果は未だ弱いですが、研究を進めていけばこちらは封じ込め可能かと」
「その薬は?」
「ラフォリアさんの願いもあって彼女にお渡ししていますが、効果はありませんでした。今のまま服用を継続しても結果は同じかと思われます。今は他の治療師達に調合法が齎す効果への影響について分析をお願いしています」
「つまり問題は……」
「はい、ラフォリアさんが発症した病の方です。こちらに関しては案を羅列してみたものの、全ての過程を記録しつつディアンケヒト様とミアハ様に相談しながら進めていくしかありません。この病が治らない限り、"静寂"由来の病も完治することはありません」
「……正に、下界と天界のあらゆる方法を模索するということか」
「必要であれば、私自身がレベルを上げて新たな手段を手に入れる事も視野に入れています」
「「「!」」」
確かに、彼女であればそういった可能性もあるだろう。なにせLv.2にして都市最高峰の医療師として活躍している彼女だ、同じ最高峰の治療魔法を使えるヘイズやリヴェリア等と比較してもその才能は底が知れない。レベルを上げる事で新たに魔法やスキルを習得したり、治せなかった病を治せるようになる可能性も十分にある。……とは言え。
「……貴様は何故そこまでする」
「?」
「我等と違い、主神命令でも因縁がある訳でもあるまい」
「……ラフォリアさんにもそれを訊かれました」
他者から見れば不思議なもの、それほど彼女とラフォリアの関係が深いとは誰も思っていなかったから。むしろラフォリア自身も不思議に思っていたくらいだ。そしてそれは当然の反応であると、アミッド自身分かっている。
「私は1人の治療師として、病に苦しむ方々を多く見て来ました」
「……!」
「彼女もまたそうであり、そして彼女は一度はその病から解放された人物でもあります。それは大変に喜ばしいことであり、本来であれば誰もが心の底から歓喜の声を上げることでもあります」
「……だがラフォリアは」
「そうです、彼女は違います。彼女には病から解放された後、文字通り何も残っていませんでした。……ベッドから立ち上がり、その足で歩き、外に出て、太陽の下に出る。そんな喜ばしい日に、誰も彼女を祝う者は居なかった。寝ている間に、彼女にとって全てが消えていた」
「……」
「彼女は、ラフォリアさんは、未だに床に縛り付けられているのです。本当の意味で彼女はまだ立ち上がれていない。……彼女の心だけは今でも変わらず、病に伏している」
それを何より彼女の眼が語っていた。アミッドはそう確信していた。なにせ彼女から聞いた話では10年以上にも渡る闘病生活の果てに漸く外に出て来られたというのに、未だに彼女の瞳は長くベッドの上で暮らしている患者達と同じものであったから。だからアミッドは彼女が未だに退院出来ていないのだと知っていた。知っていながら、結局こうして、またベッドの上に縛り付けている。
「私は今度こそ、彼女を退院させたい。そしてその時に彼女を絶対に祝ってさしあげたいのです。……彼女の人柄を、そして堪えて来た苦痛を知っているからこそ。痛みを訴える身体を無視してでもオラリオにまで来た彼女を、解放したい」
最初に会ったのは偶然だった、けれど必然だった。治療院に来た彼女の容態を対応した治療師では理解出来ず、話がアミッドに回って来た。そしてそれを見た瞬間に、理解した瞬間に、顔が真っ青になった。人はこんな状態でこれほど冷静で居られるのかと、逆に恐ろしくなったくらいに。けれど彼女にとってはそれが常であり、むしろレベルが上がった事でずっとマシになったのだと聞かされて……
『……私に、貴女の治療を手伝わせて下さい』
気付けばそう言っていた。
治し方なんてその時から既に想像も付かなくて、自分の魔法でもどうにもならないと分かってはいたけれど。そう口にしていた。
『そう気を負うな。自分の死は覚悟している、治せないのだろう』
諦め調子でそう語った彼女の眼は自分に期待しているものではなくて、常に諦めの意思が宿っていた。むしろこちらを気遣うようなその様子に、アミッドはその日からなんとか治療出来る術はないかと密かに調査を始めた。彼女のその状態が音魔法とその治療の繰り返しによるものだと分かったのは、正にその賜物であったとも言えよう。
「なんとしてでも彼女を救います。彼女を苦痛から解放します。……その為にどうか、どうかご協力ください。お願いします」
自分の命の優先順位を常にこのオラリオの下に置いている彼女は、きっと彼女自身もう自分のことがよく分からなくなっていて。それでもベヒーモスを倒したことで満足してしまったところもあって。……その満足感が何より病人にとっての毒であるということも、アミッドは嫌というほどに知っていて。
『もう十分だ、アミッド。……ありがとう』
薬を置いて来た時にそう言った彼女の顔が忘れられない。まだ十分ではない、まだ彼女を解放できていない。言わせて見せるのだ。生きていて良かったと。それこそがアミッドが治療師として求める最大の報酬でもあるのだから。
……それがもう叶わぬ願いであるということを、彼女達はまだ知らないが。