【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者46:静寂

 思えばあの娘は、神々が言うところの"ツンデレ"とは少し違う拗らせ方をしていたように想う。

 

 

『はぁ、お前は本当に幼い頃から変わらないな』

 

『……むしろ何をどう変われと言うんだ』

 

『お前は私のことが好き過ぎるだろう』

 

『……殴られたいのかアルフィア』

 

『お前は私が今日ここに来た時の自分の顔を覚えているか?』

 

『っ!?……普段通り不機嫌な顔をしていた筈だが?』

 

『お前より私の方が天才だ。他の誰を欺く事が出来ようとも、私を騙せると思うな』

 

『………』

 

『私の方が天才だ』

 

『……何の念押しだ、私を辱めてそんなに楽しいか』

 

『ああ、楽しいとも。お前のその羞恥に染まった顔を見るだけで、心の底から愉悦を感じられる』

 

『最低だな貴様っ……!』

 

『貴様ではなくお母様と呼べ』

 

『誰が呼ぶか』

 

 どうしてこう"しつこく"母親を名乗っていたのか。

 それは確かに妹に対するちょっとした対抗心もあった。育てたなりの愛情もあった。どちらも本当のことだ。

 ……だがそれ以上に、そうする事でこの娘が喜ぶからという理由の方が大きかった。他の誰を騙すことが出来ても、その秘めた感情をこの才能は見抜くことが出来た。故にこの娘が自分のことを、この娘なりに慕ってくれているということもまた分かっていたのだ。

 

『ラフォリア……』

 

 両親に捨てられたが故に持ってしまった、家族という存在に対する小さな憧れを。その過ぎた才能故に持たされてしまった孤独を。自分だけが癒してやれるということを知っていた。この娘が年相応の子供で居られるのが、自分の前でだけだということも分かっていた。故にこの子を自分の娘として育てることを決めた。自分の娘として愛すことを決めた。迷うことは無かった。

 

 

 ……それなのに。

 

 

 

 

『静寂のアルフィア、だな……?』

 

 

 

 その男神は、かつての知り合いを連れて私の目の前に現れた。

 それはあの娘に賭けで勝ち、無理矢理に自分のドレスを着せ替えて遊び、なんならそのまま1週間くらい放っておいてやろうと悪戯を仕掛けていた最中のことだった。我ながらなんと子供っぽい遊びに耽っているのかと呆れる様なことをしていた最中に、まるでそんな風に世界の脅威から目を背けていた私を咎めるかの様に、奴等は現れた。

 

 

『最後の英雄を生み出すための、礎にならないか』

 

 

 その男神が提案して来たこと。つまりはそれは、『悪』としてオラリオの敵となる。後進達と敵対する。ありとあらゆるを破壊し、秩序を崩壊させ、正義を否定する。多くを殺し、多くを塗り潰す。そうして『次代の英雄』を生み出すための礎となる。……そんなところだ。

 恨まれようとも、憎まれようとも、平穏に浸った迷宮都市に絶望を与え、追い詰める。破壊の後の創造を促す。この残り少ない命を利用して、世界を救うための犠牲となる。そんな独りよがり。

 

 

 ……馬鹿げた計画だ、他者からしてみれば。

 

 

 救う為に殺すなどと、矛盾している。

 

 

 あのクソ真面目な娘ならば、絶対に選ばない手段だろう。

 

 間違いないと断言さえ出来る。

 

 

 

 

 ……だが、私達は違った。

 

 

 

 

『……そういうことか、ザルド』

 

 

『ああ』

 

 

 

 言葉なんて、その程度で良い。

 その程度で通じ合える程度には、同じ生き残りであるその男の思いを理解出来た。未来を、将来を憂いていたのは同じだったから。この残り少ない命の使い道に悩んでいたのは同じだったから。

 故にそれは渡りに船、願ってもいないこと。むしろ感謝さえしたくなるような提案であった。躊躇いはそれこそ、一瞬しか無かったほどに。

 

 

『……本当に良いのか?お前にはまだ』

 

 

『今やアレは、私より遥かに病状が悪い。……私より先に死ぬくらいだろう』

 

 

『……ならば尚更、とは思わないのか?』

 

 

『だが、それでは間に合わない。奴の死を待っている間に、私の身体が動かなくなる。それにお前達にも時間はあまり無いのだろう?……謝罪なら後であの世でするさ。罵倒も恨み言も、その時にいくらでも聞いてやれる』

 

 

『……そうか』

 

 

 一瞬の躊躇い。『母親』を取るか『悪』を取るかの迷い。しかしそれは所詮は一瞬の迷い、取るべきものを私はただ取った。『母親』ではなく『悪』を取った。先の長くない娘より、先の長い後進達を取った。

 

 ……そこに後悔は無かった。

 

 それほどにあの子の病状は悪く、その時点で回復は絶望的な状態であったから。療養という名の延命も、限界が近づいて来ていたから。あの子に託せるものなど、もう何も無かったから。

 

 

 

『……あの馬鹿娘は、怒るだろうがな』

 

 

 

 そしてそれ以上に、悲しむだろう。

 寂しがるだろう。

 絶望さえするかもしれない。

 

 しかしそれでも私は、この世界を選んだ。あの子の最期を看取るより、この世界の礎になることを選んだ。散々に母親を名乗った癖に、母親であることを最後の最後に捨てた。あの子をあんな状態にしたのは他ならぬ自分である癖に、その責任まで投げ捨てた。

 

 

『これでは悪である以前に、人でなしだな……』

 

 

 悪かった、で済ませられる話ではない。そんなことは分かっている。その言葉すら、あの子には伝わらないかもしれない。自分が犠牲になるだけでは飽き足らず、あの子まで犠牲にしてしまったとも言えるのかもしれない。

 

 ……ああ、愛していたとも、それは本当だ。そしてそれと同じくらいに責任を感じてもいた。アレほどの才能を持った優しい子を追い詰めたのは、他ならぬ自分と自分の魔法なのだから。

 本来ならば残りの全ての人生を、あの子が幸福に生きられる為に費やすべきだったのに。本当に母親になったのであれば、オラリオよりも、世界よりも、何よりあの子のことを優先しなければならなかったのに。ずっと隣で手を握ってやらなければならなかったのに。

 

 私はそれをしなかった。

 

 

 

 

 

 ……落ちていく身体。

 

 

 灼熱に焦がされるに連れて、頭を過ぎる過去の記憶達。

 

 

 しかしそれでも、思い返すあの子の顔だけが、笑っていない。

 

 

 

 何もせず、怒りもせず、ただベッドの上で孤独に俯くあの子の姿だけが思い返される。

 

 自分が姿を見せた瞬間に顔を上げて、いつもより少しだけ饒舌に嫌味ったらしく話し始めて、咳き込む。それがいつものお決まりだったのに、今日ばかりは何度声を掛けても顔を上げてはくれない。まるで聞こえてすらいないかのように、反応さえ返してくれない。

 

 

 

『……所詮、お前にとって私はその程度の存在だったのか。アルフィア』

 

 

 呟く。

 

 

『馬鹿馬鹿しい、何が母親だ。これだから親というものは信じられないんだ。……どんな綺麗事を並べようとも、こうして最後には容易く捨てるのだから』

 

 

 震えた声が、暗闇に消えていく。

 

 

『……そんなに、そんなに私のことを信用出来なかったのか。お前にとって私は、手紙1つ残す価値すら無いほどに、邪魔な存在だったのか』

 

 

 雫が落ちた。

 

 

『私は……私は何のために、誰のために、生まれて来たんだ……』

 

 

 手は、届かない。

 

 

 

 

 

『私は、お前にとって……足枷でしかなかったのか、アルフィア……』

 

 

 

 

 

 違う、と。

 

 そうではない、と。

 

 すべての責は自分にあり、お前は何も悪くはないと。

 

 何度そう言葉にしても、声は届かない。

 

 

 

 その時になって、取り返しのつかない間違いを犯してしまったことを、漸く自覚した。自覚したその時点で、自分はもうどうしようもない状況に居た。死んでから謝れば良いなどと、それまではそれで良いと逃げていた事を、その現実を、見せ付けられた。

 

 ……もしあと少し、あと数分、あと数秒でも早くにこのことに気が付くことが出来ていれば。どれほどにみっともなく頭を下げてでも、どれほどエレボス達に失望されようとも、命乞いをすることが出来ていただろうに。

 足を斬られようが、腕を斬られようが、それでも生きてもう一度、あの娘に会いに行ってやることが出来たかもしれないのに。

 

 

 律儀に賭けの約束を守り、自分のドレスを大事そうに握り締めている愛娘。身体を震えさせ、涙すら流しているのに、それを拭ってくれる者は何処にも居ない。それほどの動揺故か苦しそうに咳き込み始めても、この手が届くことは決してない。

 

 

 これが自分の望んだ結末だ。

 

 

 この光景を作ったのは他ならぬ、自分だ。

 

 

 あの子をここまで追い詰めたのは、私の責任だ。

 

 

 

 

 

 私はきっと、間違えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 飛び起きる。

 

 

 

「な……ぁ……」

 

 

 ……悪夢、そう言ってもいいのだろう。

 

 

 全身が嫌な汗に濡れて、妙に不快な感覚に吐き気を催す。

 

 

「私、は……」

 

 

 震える手で顔を抑え、目を見開いたところで周囲の情報が頭に入って来ない。かと言って頭の中で何かを考えている訳でもなく、ただただその心を大きく揺らす衝撃が治るのを待つ。凄まじく喧しい心臓の鼓動と息切れは、自分がどれほどに動揺しているのかを示しており、それは明らかに死を体感したからという理由だけが原因ではない。

 

 

「……?生きて、いるのか?私は」

 

 

 徐々に落ち着いて来た精神で、最初に気付いたことが当たり前の様なそれだった。

 

 周囲を見渡せば、そこはなんとなく記憶にある廃教会に似ている場所。しかしその様相は妹が入り浸っていた時とは細部が異なり、かと言って全くの別物かと言われれば、窓から見える外の景色など、間違いなく同じ場所であると示す証拠が多過ぎる。

 

「何が、どうなっている……」

 

 飛び降りた自分を、あの正義の眷属の娘達が救い出したのだろうか?だとしたら何という大馬鹿者達だろうか。しかしそうだとしたら、今は感謝しかない。これからどの様な沙汰を言い渡されようとも、しなければならない事が出来たのだから。どの様な罰も責苦も受け入れるが、何よりあの娘に会いに行かなければならない。そして誤解を解かなければならない。

 それ以上に大切なことなど他には何も無くて……

 

 

「……待て。違う、そうじゃない」

 

 

 建て直された廃教会。

 

 ……建て直された?

 

 あれだけの被害を受けておきながら、建て直された?

 

 他のどの建物よりも優先されて?

 

 馬鹿を言うな、そんなことは絶対に有り得ない。それこそ罪人のための建物など、1番最後に回されて然るべきものだ。何なら直されるという選択肢すら無いのが当然。それほどにこの教会に思い入れのある者が居たのなら、そもそもここは廃教会になどなっていなかった。

 

 

「何年……何年経っている!?ごほっ、ごぼっ」

 

 

 悪化している病、だがそんな当然のことはどうでもいい。それよりも、自分は一体何年ここでこうして寝ていた?それが一番の問題だ。

 たった1年、それでさえあの娘にとっては生きていられるかどうかの瀬戸際だった。しかしオラリオの復興状況を考えれば、仮にあの抗争で闇派閥が全滅していたとしても、この教会がこれほどまでに美しく優先的に修繕されるには、間違いなく1年では足りていない。あの娘が既に死んでいる可能性は、あまりにも高過ぎる。

 

 

「……いや、それ以前に」

 

 

 頭を回すに連れて、周囲の情報が少しずつ冷静に入ってくる様になる。冷静になってくる。

 掛けられた自分のドレス、それはあまりにも綺麗で新品同然のもの。机の上に置かれた薬、それは自分でさえ見たこともないようなもの。そうでなくとも果物や菓子など、そこには明らかに罪人に与えるには相応しくない様な物が当然の様に置いてある。

 

 

 【薬を飲め】

 

 

 そう書かれたメモが一枚、残されている言葉はそれだけだ。しかしなんとなく感じるのは、自分に対して極力情報を残さないという何者かの意図。そして同時に薬を飲むことを強制されているかのような物の配置。

 ……分かっているとも、分からないけれど。少なくともこれが自分を殺すための毒薬ではなく、自分を救うための益薬であるということも。分からないのは、どうしてそんな薬がここにあって、どうして罪人たる自分をこうして助けようとするのかだ。戦力として加えるつもりなのか?何かと戦わせる気か?それならまだ納得が出来るが。

 

 

「……なんでもいい、それでまた満足に動ける様になるのなら」

 

 

 恩恵はまだ生きている、身体の欠損も特段無い。こうして無防備を晒していたのに、今更毒を盛ってくることもあるまい。これを飲んでまた動ける様になるのなら、それ以上に求めることなど何もない。

 

 ……故に、迷いなくその薬を飲んだ。

 

 そしてそれと同時に、足を床に付け、立ち上がろうとした。薬の効果が現れるまで待っているつもりなど無かったから。今は1秒とて無駄に出来る時間は無い。

 

 

「うっ……くっ……!」

 

 

 当然の様にふらつく身体、しかし立ち止まってなど居られない。今直ぐにでもこのオラリオから脱出する、若しくは何らかの交渉をする。どれほど止められようとも、行かなければならない。自分の間違いを正すためにも、誤解を解くためにも。そしてなにより、あの子を迎えに行くためにも……

 

 

 

「……?なんだ、この薬は」

 

 

 

 それほどの決意の元で歩き出そうとしたのに、思わず一瞬、動きを止めてしまった。格好が付かないが、それも仕方ない。

 ……即効性、ただそれだけでも驚愕する。しかし何より、確かに症状が抑えられ始めているという事実に驚く。この病を抑えるために、自分やヘラがどれほど走り回ったと思っている。当時の最先端の医療を以ってしても不可能と言われたこの病を、エルフの里特有の素材でさえ一時的な緩和しか役に立たなかったほどのこの病を、どうしてここまで当然の様に抑え込める?

 ……本当に、あれから何年経っているというのだ。若しくはどれほど優秀な治療師が生まれたというのか。これほどの薬が作れるのであれば、あの娘の病だって。

 

 

「っ」

 

 

 患者服を脱ぎ捨てて普段通りのドレスに着替えると、少しずつ感覚が戻って来た身体で薬だけを手に持って教会を出た。驚いてばかり居られない、戸惑ってばかり居られない。こんなことをしていたらキリがない。そう思ったからだ。

 ……そう思ってはいたものの。

 

 

 

「……やはり、数年が経っている」

 

 

 

 教会を出た瞬間に、それを確信する。

 往来を歩く人々、顔すら知らない様な冒険者達、見たことも聞いたこともないような店の数々。何よりこのオラリオに広がっている平穏な雰囲気。警戒心のない人々の顔。あの暗黒期の時代とは空気感そのものが全くの別物だ。そしてこんなものは1年2年で変わるほど容易いものではない。その程度の年月でどうにかなるほど、生優しい絶望ではなかった筈だ。

 

 

「ラフォリア……ラフォリア……!!」

 

 

 走る。

 通り過がる冒険者達から恐怖ではない奇妙な視線を送られていることに違和感を抱えながらも、とにかく走る。先ずはオラリオから出なければならない。……金も何もないこの身で、ラフォリアの居る村まで走っていくのかという話ではあるが。そうしなければならないのなら、するしかない。

 

 ……もちろん、状況は知りたい。

 

 事情は知りたい、現状も知りたい、当然だ。

 

 今日までの間に何があって、自分の扱いはどうなっているのか。知りたいことは多くある。それでも、それで拘束されては意味が無い。そうなるくらいなら、たとえ罪を重ねることになったとしても、走らなければならない。1秒でも1%でもあの子の最期に立ち会える可能性があるのなら、病を悪化させて死んだって構わない。

 

 ……焦りだけが募っていく。

 

 冷静な判断が出来ていないことも自覚している。思考を失っているのは分かっているし、自分が自分でわざとそうしていることも理解している。けれど、そうでもないと本当に頭がおかしくなってしまいそうで。あの娘が孤独で苦しんでいる間に、自分は呑気に寝ていたなどと。そんな事実を絶対に受け入れたくなくて。ほんの僅かな可能性にも縋りたくて。

 

 だから……

 

 

 

 

「ま、待ってください!!」

 

 

 

 

「っ!?……お前は!?」

 

 

 そうして"とある酒場"の前を通り過ぎようとした瞬間に、店の前を掃除していた店員の女に肩を掴まれた。あまりの想定外に些か過剰に反応してしまう。しかし何より驚愕したのは、そうして自分を捕えた人間のことを、自分もよく知っていたということ。

 ……前に見た時と髪色は違っていても、間違える筈がない。それほどに強烈に脳に焼き付いている。後を託したあの娘達のことは、嫌でも記憶に残っていた。

 

 

「お前は……!?いや、今はそれより……!」

 

 

「ど、何処に行くつもりですか!?貴女はまだ療養中の身!そのように走ってはいけないと言われている筈です……!!」

 

 

「いいから離せ!!」

 

 

 自分より明らかに弱い彼女、しかし同時に自分もまた病み上がり。その手を振り解くことは容易くは出来ないし、混乱しているからこそ技で投げ飛ばすことも思い付かない。しかもそのエルフは本当に必死になって自分を止めようとしているのだから、もう何が何だか分からなくて。

 

 

「離しません!貴女を救うためにシャクティ達が動いている!それなのに当の貴女が無茶をしては意味がなくなってしまう!!」

 

 

「……っ??お前は一体、なんの話をしているんだ!!」

 

 

「貴女をこのまま死なせる訳にはいかないと言っているんです!!」

 

 

「私の死などより優先しなければならないことがある!いいから退け!吹き飛ばされたいのか!!」

 

「このっ……!!」

 

 

 

 

 

「いい加減にしなさい!!……【ラフォリア】!!」

 

 

 

 

 

 

「………………………………は?」

 

 

 

 

 

 思考が止まる。

 

 

 息が止まる。

 

 

 それまで必死に引き剥がそうとしていた身体が、動かなくなる。

 

 

 そしてそんな異変に気付いた目の前のエルフも、困惑した様な顔をして、それでもしっかりとこちらの腕を離すまいと握って来る。

 

 

 

「………何故、お前があいつを知っている」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

「いや、それ以前に……どうしてお前は、私をあいつの名で呼ぶ」

 

 

 

「な、なんの話ですか……?」

 

 

 

 心底何も分からないと言った様子のエルフ。それが当たり前かの様な顔をして、首を傾げる。だが分からないのはこちらの方だ。意味が分からないのはこちらの方だ。まるで異世界にでも迷い込んだような奇妙な感覚、そしてズレ。

 

 

「何やってんだいアンタ、療養中の奴が馬鹿なことするもんじゃないよ」

 

 

「ミア……?」

 

 

「……ん?」

 

 

 その酒場から出て来たのは、かつてのフレイヤの相方。以前の抗争の際には結局最後まで顔を合わせることのなかったその女は、どうやら今はこの酒場で働いていたらしい。

 

 

「もういいからさっさと帰んな。あんまり我儘言うようならアタシが担いで運んでやってもいいんだよ、【ラフォリア】」

 

 

「っ!!何故だ!!何故お前達は私をラフォリアと呼ぶ!!」

 

 

「!?……アンタまさか」

 

 

「ラフォリアは何処だ!?あの子は何処に居るんだ!!」

 

 

 

 そうして、静寂のアルフィアは迷い込んだ。

 

 自身が死んだ筈の7年前から。

 

 今度こそ、正真正銘の彼女がこの街に現れたのだ。

 

 

 

 ……愛した娘の消えた、この街に。


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