【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者47:想う者達

 きっと誰が悪かったのかと言われれば、それは自分が悪いのだろう。そして強いて言うのなら、あの子を身内に引き込むことが出来なかったオラリオが悪いのだろう。

 生きているということは、当たり前のことではない。常に死と隣り合わせであったからこそ、生きる理由は必要だ。その理由が無くなってしまったのなら、簡単に死を受け入れられてしまう。

 だって、苦しいのだから。わざわざ苦痛を我慢してまで生きる意味がなくなってしまう。彼女が長年その身に持ち続けた苦痛というのは、そういうものだ。誰もが逃げて、発狂したくなるような、そういうものだった。

 

 

 

「………私のミスです」

 

 

「いや、違う……そこまで気を回すことが出来なかった、私のせいだ」

 

 

「わ、私が……もっとちゃんと、み、見てたら……」

 

「そんなこと言ったら、私だってそうでしょう」

 

 

「……責任の押し付け合いなんてしていても仕方ないでしょ。ううん、この場合は責任の取り合いかしら」

 

 

「………」

 

 

 彼女に頼るばかりで、頼られた事など一度もなかった。せいぜいアミッドくらいしか、彼女を支えることなど出来なかった。彼女が生きていくための理由にはなれなかったし、彼女が苦痛に耐えるための活力を与えることは出来なかった。

 今もオラリオでは様々なことが起きている。故にこうして集まれたのは、アミッドとアルテミス、アフロディーテ、カサンドラとダフネ、そしてアルフィアを連れて来たリューに、今正に出掛ける準備をしていたところを引き留められたシャクティだけだった。

 歓楽街のゴタゴタに巻き込まれているヘスティア・ファミリアと、闇派閥の関連で動いているロキ・ファミリアの彼等はここには来れない。伝えてもいない。イシュタルが関わっているだけに、フレイヤ・ファミリアもまた同様だ。つまりはあまりにも時期が悪い。今の彼等にこれを説明するには、正直かなり気を遣わなければならない。

 

 

「……もう一度、確認させて欲しい。何の冗談でもなく、貴女はラフォリアではなく、静寂のアルフィアなのだな?」

 

 

「……むしろ、何の冗談かと問いたいのはこちらの方だ」

 

 

「……そう、だな」

 

 

「馬鹿な娘だとは思っていたが、まさか……」

 

 

 その先の言葉を口にしようとして、息が詰まる。動揺している、そんなのは当然だ。それ以上に整理がついていない。頭も感情も。

 状況は理解出来るとも、1の情報で10を理解出来る程度の頭はある。しかしそれを受け入れられるかどうかはまた別の話だ。確かにあの娘ならそうするかもしれない。そういう馬鹿なことをする姿が簡単に想像出来る。……それでも、だからと言って。

 

 

「アルフィア、教えて欲しい。貴女の記憶は何処からあるのか」

 

「……お前達に撃ち倒された後、大穴に落下したところまでだ」

 

「ということは、本当にあの後直ぐの認識なのですね」

 

「そうだ」

 

 

 だからこそ、困惑している。色々なことが良くも悪くも変わっていて、自分がどんな反応をすれば良いのかも迷っている。怒りも焦りも何もかも、感情が複雑に入り混じって空白になる。

 

 

「……事実、後悔に染まった最期だった」

 

「後、悔……?」

 

「ああ……あの子を置いて死に行くことを、情けないことに、大穴に飛び降りて直ぐに後悔した」

 

「………」

 

「あの娘が泣いている姿を、その時になって初めて想像してしまった。……というより、無意識に避けていたことに、死の直前になって向き合ってしまった。本当は分かっていたことを、目を逸らしていたことを、手遅れになってから認識した」

 

「……本当に、愛していたのですね」

 

「……それすら、今は疑わしく思う。真に愛していたのなら、こんな選択など出来る筈がない」

 

 

 大切なものを見落としていた、そんな生優しい言葉で済ませられる様な間違いではない。まるでそれを証明するかの様な光景が、目の前に広がっている。これが悪い夢であって欲しいと思う様な事実が、目の前の者達の口から語られる。

 そうだ、アルフィアの才はあまりに多くのことに気付く。例えばラフォリアに芽生えたという、自身の存在が少しずつアルフィアに置き換えられていくという全ての元凶とも言えるそのスキル。しかしこんなもの、普通の良識ある神であれば発現させる筈がない。そしてこれを見つけ出したのは他ならぬ目の前で俯いている女神アルテミスだという。

 ……つまりそのスキルは、自身の病と同様に、恩恵を弄る上で発現させざるを得ないほどに本人に絡みついていたということ。その人間からどうやったって切っても切り離すことが出来ないような、あまりに強い魂に結び付いているような要素であったということ。

 

 

 (そうまでお前は……私の死を、受け入れられなかったのか……)

 

 

 それは決して、アルフィアになりたかった訳ではない。勿論そういう気持ちも多少はあったろうし、憧れだってあった筈だ。

 

 ……それでも、ただ受け入れられなかった。

 

 それだけだ。

 

 自分の全く知らないところで、何も残すことなく消えたアルフィアのことを、その事実を、受け入れられなかっただけだ。自分が本当の意味で孤独になってしまったことが、心に大きな傷を作り出してしまっただけだ。

 故にラフォリアは、アルフィアを欲したのだ。本来消失したものを現世に引き戻すことなど決して出来ないが、それを自身の身体に置き換えるという方法で成したのだ。

 

 母親が自分に何も残さず消えたという事実が受け入れられず、自分の意思で引き寄せた。自分の肉体と置き換えることで何も残してくれなかった母親の存在を強引に残した。それがこのスキルの始まりであり、原因だ。死んだ人間の一部を自分の手元に持って来るには、これ以外の方法がなかった。

 

 ……そしてそのスキルを生み出してしまった原因は、言うまでもなく、間違いなく、アルフィアである。もし仮に手紙の一つでも残しておけば、こんなスキルは生まれなかったかもしれない。せめて"愛している"の一言さえ伝えていれば、こうはならなかったかもしれない。愛を疑わせるようなことをしたから、傷付いたのだ。孤独を味わわせてしまったから、その感情は煮詰まったのだ。

 一度絶望を味わった彼女が、若くして身を不自由にした彼女が、唯一頼ることの出来た母親に捨てられた。誰にもそんな弱音を口にすることが出来ず、遂にそのまま消えた彼女の内心は、一体どれほどの絶望が秘められていたのか。アルフィアですら、それを想像することは出来ない。

 

 

「……あの子を戻す方法は、無いのか」

 

「……そんな都合の良い方法、あると思う?」

 

「もう一度、この身を置き換えてもいい」

 

「……それも無理だ。ラフォリアの場合は、置換の対象として参照出来る君の魂があった。タナトスなんかが下界に居る関係で、魂の漂白も遅れが出ていただろうからね。だが仮に君が同じスキルを手に入れたとしても、ラフォリアの魂はもう何処にもない。置き換える対象そのものが無いんだ」

 

「なら、どうすればいい……」

 

「……そんな良い方法があるなら、問答無用で試してるに決まってるじゃない。私にとっては見ず知らずのアンタより、あの子の方がずっと大切なのよ」

 

「……っ」

 

「出来るなら今直ぐにでも塗り潰してやりたいくらいよ!そんなに簡単に出来るのなら……!!」

 

「アフロディーテ……」

 

 

 確かにアルフィアは、生きて帰らなければならないと、そう思った。後悔したことも事実だ。こんなところで死ぬことなんて出来ないと、強く思った。……だがそれでも、こんな形を望んだ訳ではない。もう一度生きて会わなければならないと思った娘の身体を奪ってまで、生き返りたいなどと思った訳ではない。

 もしこれが娘を捨てた罰であると言うのなら、その娘くらいは助けてやってもいいだろうに。地獄に落ちるのは自分だけでいいだろうに。どうして助かったのが自分だけなのか。どうして『悪』に身を落とした自分の代わりに、こうして女神にまで慕われている娘の方が消えたのか。あまりにも惨い罰だ、残酷とすら言ってもいいだろう。

 

 

「……一先ず、方針を決める。このまま落ち込んでいたところで、事態は進まない」

 

「というと……?」

 

「アルフィア、お前はこれからどうするつもりだ?」

 

「………」

 

「ラフォリアがお前の姿をして目立っていたおかげで、今や街を歩いていても憎悪の目を向けられることは無いだろう。ギルドとしても変に蒸し返してことを大きくすることはない筈だ。今更お前を許す許さないの話をするつもりもない。……そんなことをしていたら、私はあいつに殴り飛ばされる」

 

「……そうか」

 

 

 アルフィアのした罪は消えない。特に妹が殺されているシャクティは、彼女が直接的な原因では無いにしても、未だに心の内に憎悪の感情が確かにある。

 しかしそれ以上に、それをラフォリアが許してくれない。自分の心の中に居る彼女が、『それでいいのか?』と呆れた様に言ってくるからだ。色々な正論を突き付けて来て、最後には『責める権利はあるが、お前はそれで本当に満足出来るのか?』と。それでも聞かなければ殴って来るだろう。それは決して母親に手を出して欲しくないからではなくて、シャクティに惨めな思いをさせないために。あの女はそういう女だ、今ではもう簡単にそれが想像出来る。その後にシャクティの代わりに自分でアルフィアを殴りに行くところまで、簡単に。

 

 

「……暫くは例の教会に居てくれ。あそこの所有者は今はラフォリアになっている。ラフォリアがアポロンにやらかした事を考えれば、近付く者は神すら居ないだろう」

 

「……随分と、暴れていたみたいだな」

 

「いや、それほどでもない。あの廃教会、それも自分の手で補修した建造物を破壊された割には優しかった方だったろう。女神ヘファイストスも驚いていた」

 

「……その時点で、満足に怒ることにすら苦痛に感じていた可能性もあります。怒りというのは存外、身体への負担が大きいものです」

 

「……ああ、そういうことだったのか」

 

「……っ」

 

 

 そうして再び話が暗い方向へ進み始めたところで、立ち上がったのはアフロディーテだった。

 けれど彼女はこの空気を打開しようとするでもなく、ただ出口へ向けて歩いていく。何の迷いもなく、何の未練もなく。誰にも言葉をかけることなく、早足で。

 

 

「アフロディーテ?どこに行くんだい?」

 

「……もう帰るわ」

 

「そうか、それならまた後で……」

 

「オラリオからも出るわ、帰るのは自分の拠点にって話」

 

「っ」

 

「……怒ってるのよ、私は」

 

 

 そう、アフロディーテは怒っていた。拳を握り締めて、彼女にしては珍しく、心の底から、本気で。

 

 

「何も言わずに消えたラフォリアにも、そんな風に追い詰めたオラリオにも、そんなことにすら気づけなかった自分にも……」

 

「アフロディーテ……」

 

「これ以上ここに居たら、全部ぶっ壊したくなりそう。だからもう帰るわ。……弔うことも出来ないのなら、せめて穏やかな気持ちでいたいもの。こんなところに居たって、イライラするだけよ」

 

「……そうか。私は残るつもりだ。また何処かで会おう、アフロディーテ」

 

「……そうね、アルテミス。また何処かで会いましょう」

 

 

 そうして部屋を出て行った彼女を見送るが、アルテミスは分かっている。アフロディーテという女神がどれほど直情的で、どれほど自尊心が高くて、そしてどれだけ愛情深いかということを。

 分かるとも。確かに彼女はイライラしていただろう、こういう雰囲気も好きではないだろう。けれど何より彼女は、悲しかったのだ。きっと誰からも見られない場所で、泣きたかったのだ。泣いてあげたかったのだ。

 誰もがラフォリアのした行動を認められない中で、アフロディーテだけはそんな彼女を思って泣くことが出来る。そんな状況に追い込まれてしまった彼女に、そんな選択をせざるを得なかったほどに悩んでいた彼女に、悲しんであげられる。

 それがアフロディーテという女神の良いところでもあり、ラフォリアが気に入った部分でもある。だから彼女は最後まで彼女らしくあり続けようとしているのだろう。死を否定するのではなく、死を悲しむ。そんな当たり前のことを、当たり前のようにしてくれる。

 

 

(アフロディーテ、ラフォリア……)

 

 

 故に、アルテミスも立ち上がる。アルテミスだってラフォリアの主神だった、彼女に相応に気に入って貰えていた自覚だってある。それなら自分もまたアフロディーテと同じように、自分らしく動くべきだろう。……少なくとも、こんなところでただ落ち込んでいるのは自分らしくない。そんな自分を見ても、きっとあの子は喜んではくれない。

 

 

「さあ、アルフィアと言ったね。君も行こうか」

 

「……どこにだ」

 

「あのラフォリアが、何の置き手紙も残さずに居なくなる訳がない。……特に、君からの遺言を探していたであろう彼女なら、確実に残している筈だ。意趣返しのためにも」

 

「っ……そう、か」

 

 

「私も行きます。……仮に貴女の病が緩和出来たとしても、ラフォリアさんの病の痕跡は残っている筈ですから。今の段階であれば、私の力でも治すことが出来る筈です」

 

「……あと10年、お前が早く生まれていればな」

 

「……そこまで含めての、ラフォリアさんの決断の筈です。私なら治療出来るということを、見抜かれていたのでしょう」

 

 

 アミッドは悔やむ。けれど悔やんでも、何も進まない。多くの人の死を見て来たアミッドだからこそ、それをよく知っている。だから感情も何もかもを保留し、ただ自分のすべきことに徹する。それが出来る。

 ……きっと、そうしてくれるということもまた、ラフォリアの予測の一つだったのだろうが。仮にかつてのオラリオを襲った罪人であったとしても、アミッドなら間違いなく治してくれると。そこまで確信していたのだ。

 

 

「シャクティ、貴女はどうするのですか?」

 

「……まだ悲しみに浸ることは出来ない。そんなことをしていては、ラフォリアに叱られる」

 

「そう、ですか……」

 

「……リオン、お前はどうする」

 

「それ、は……」

 

 

 リューは俯く。

 それに対してシャクティは何も言うことなく、一度目を伏せてから部屋の外へ向けて歩いていく。彼女もまた感情は積もっている。しかし闇派閥の動きがある今、このオラリオで正義を守っているガネーシャ・ファミリアを率いる彼女が冷静さを失う訳にはいかない。

 

 

「私は、最後まで自分のすべきことをする。ラフォリアがそうしたように。……それがアイツから私が教わったことだ」

 

「自分の、すべきこと……」

 

「それがアイツにここまでのことをさせてしまった、私の責任だ。……せめて胸を張って墓参りにいけるように、生きていたい」

 

「……」

 

 

 シャクティの記憶の中にある、小さな子供。何度も何度もトラブルを起こし、その度に鎮圧に向かった覚えがある。今では懐かしくも思うが、当時は本当に大変だった。けれど、その度に実力では勝てなくとも。あの娘はこちらの説教を嫌そうな顔をしながら、それでも最後まで聞いてくれていた。

 力で対応すれば力で、言葉で対応すれば言葉で、まるで鏡のように返して来た。自分に非があることであれば、謝罪こそしなくとも、大人しく説教だけは聞いていた。

 

 

「……馬鹿者が」

 

 

 だから嫌いにはなれなかった。どれだけ迷惑をかけられても、見捨てようとは思わなかった。その度に巻き込まれるのは勘弁して欲しかったが、その子供離れした実力と才能に、それでも確かに残っていた子供らしさに。それを見たからこそ、見捨てることは出来なかった。

 

 

『……また、来るから』

 

 

『……ああ、いつかその時を待っている』

 

 

 もう何年も昔の話。最後にそんな言葉を交わした事を、きっともうあの娘は覚えてはいなかったろう。それでもシャクティは覚えている。冒険者として死んだも同然と言える様な病を患い、その病の重さを才能故に誰よりも深く理解してしまった彼女は、それでも最後までそうして見栄を張っていた。

 ……いや、もしかしたら、そんな彼女を見て酷い顔をしてしまっていた当時の未熟な自分を気遣って、彼女はそう言ったのかもしれない。知っている子供が重い病を患ったことに悲しみを抱いていた自分を励ますために、彼女はそう言ったのかもしれない。自分の苦痛を隠しながら。

 

 

「お前は、最後まで……どうして、そう……」

 

 

 そして。

 

 

「私はどうして、アイツに……」

 

 

 ……きっと、あの娘に寄り添えたのは。あの子がこの世界に生きていてもいいと、生きていたいと、生きていなければならないと、そう思えさせることが出来たのは。数少ない人間でしかなかったのだろうけれど。

 それでも……自分もまた、そのうちの1人になれたのではないかと。今更ながらに思ってしまう。

 

 

「本当に、今更すぎる……」

 

 

 それをしなかった自分が、しようともしなかった自分が。そんな今更過ぎる後悔を持って、拳を握る。

 

 

「私の、せいだ……」

 

 

 半ば無意識に呟いたそんな言葉が、虚しく自分の心の内に響き渡った。誰も恨めないから、自分を恨むしかない。それは天才であろうと凡人であろうと、善人であれば必ず直面する、あまりに悍ましい性質であると。もしラフォリアがこの場に居れば、言うのかもしれない。

 

 

 

 彼女もまた、自分のことを棚に上げながら。


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