【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者49:九魔姫

 治療の場所自体は別に何処でも良かった。

 今の身体は薬の効果もあり、かつてのように弱ってはいない。ラフォリアほど苦しんでいる訳でもなく、なんなら治療院で治療を受けた方がよっぽど効率は良いのだろう。

 

 ……それでもこの場所で治療を受けることを決めたのは、何よりあの子の気持ちを知るためだった。あの子がどんな気持ちで寝かされていたのか、どんな気持ちで自分を待ち続けていたのか、それを知らなければならないと思ったからだった。

 

 

 

「……案外、息苦しいものだな。床に縛り付けられるというのは」

 

 

「……そうなのかも、しれないな。私達も、最近ではあまり経験しなくなったことだ」

 

 

「……エルフ。何故お前達は、私を恨まない」

 

 

「……恨んでいない、とは言わない。お前達の行いで多くの人間が死んだ。その中には言葉を交わした友も居た。だがお前達を責められる立場でないこともまた理解している。お前達の理由も知った」

 

 

「………」

 

 

「だがそれ以上に、それを"彼女"が望まないからだ。きっと"彼女"を知っている者であれば、誰もが同じように答えるだろう」

 

 

「……慕われていたのだな、あの娘は」

 

 

「ああ……確かに暴君気質はそのままだったが、それ以上に彼女は優しかった。私達も含め、多くの冒険者達の尻を叩き、率いて、正面から叱り付けた。慕われるのも当然だ」

 

 

「だろうな……あの娘は『悪』になど染まれない。だが真面目で優しいあの娘は、私などよりよっぽど上手くお前達を引き上げたのだろうよ」

 

 

「……」

 

 

「……意図してはいなかっただろうが、まるで私達のやり方を間違っていたと証明するようなやり方でな」

 

 

 メレン港での調査が終わり、諸々の面倒事はあったとは言え、ようやく帰ってくることが出来たリヴェリア。フィン達もまたオラリオの地下にあった人造迷宮から撤退して来たところであったが、一先ず犠牲者は無し。そうして情報は集まり、それなりに喜ばしい状態であったところに……その報せは舞い込んだ。

 一難去ってまた一難、それどころの話ではない。想像すらしていなかった最悪が起きた。リヴェリアが今日こうしてここに一人で来たのは、なにより状況を把握するためだ。

 

 

「……あの娘の病は、私が原因だった」

 

 

「……」

 

 

「何かあるごとに私に突っかかって来たアレは、今思えば子供らしい甘えの1つだったのだろう。だが当時の私にとっては煩わしくも感じていてな。……あしらうために、音魔法を使っていた」

 

 

「治療不全……の類だったか」

 

 

「ああ。医者からその症状を聞かされた時、私は一瞬で悟ったとも。それは私の魔法が原因だと。そして同じく才に愛された子だ、あの娘もその時に原因を察した筈だ。……だがそれでも、あの子がそれについて私を恨んだ事は一度もなかった。私の方は合わせる顔がないと、避けてさえいた時期もあったというのに」

 

 

「……そうか」

 

 

 アルフィアの独白は続く。

 罪を告白し、まるで罰でも受けたいかのように。誰かが罰を与えてくれることを、望んでいるかのように。

 

 

「あの子の将来を奪ったのは私だ。健全に成長していれば、あの子は間違いなく次の英雄候補となっていた。才能故に他者から恐れられる私と違い、あの子は才能があってさえも他者を惹きつける事が出来たからな。……精神的な成長さえすれば、多くに慕われるようになることは容易く想像出来た」

 

 

「その責任を感じて、7年前、お前は決断したのか……?」

 

 

「いや、あの子を理由にするつもりはない。……だが確かに、責任は感じていた。自分の愚かしさで、1人の英雄候補を潰したのだからな。この責任は取らなければならないと、その埋め合わせはしなければならないと、そう考えていたのも事実だ」

 

 

「……」

 

 

「まあ、結局のところ。私はそうやって自分の責任にばかり目を向けて、本当の意味であの子の心配などしていなかったのだろうな。だからこそ、あんな決断が出来た。……後悔はしないと思い選んだ決断だった筈が、今ではこのザマだ。笑い話にもなれない」

 

 

 正直なことを言ってしまえばリヴェリアは、このアルフィアという女がここまで弱々しく話している姿を見たことが無かった。そして、実際にこうして対面してみると、やはりラフォリアとアルフィアは似ているようで違う人物なのだと、そう思った。

 ……こうして見ているだけでも、ラフォリアの方が切り替えの早い人間だったように思う。それこそ死に際に多くの人間を呼び、代わる代わるに話をしては交代させていた時のように、言い方は悪いが彼女は生き急いでいた。きっとそれこそが、見た目は同じでも中身の違うこの2人を見分ける、最も簡単な特徴かもしれない。

 

 

「アルフィア。……どれだけ言葉を並べられても、私達の誰もお前を裁くことは出来ない」

 

 

「……」

 

 

「きっと、この件でお前に文句を言えるのは、ラフォリアだけだ」

 

 

「……そうだな」

 

 

「そのラフォリアがお前を裁かなかったというのなら、尚更私たちに何も言う権利はない」

 

 

「……」

 

 

「……ただ、個人的な感想を言わせて貰うとするのなら」

 

 

「?」

 

 

 

 

「……お前は酷い母親だな」

 

 

 

 

「っ……ああ、その通りだ」

 

 

 分かるとも。きっとアルフィアは誰かに責めて欲しいのだと、罰を与えて欲しいのだと。自分が同じ立場であればリヴェリアだってそう思う。けれどラフォリアを想って誰もアルフィアを責めようとはしないし、そのラフォリアが手紙の中で彼女を裁くことはなかった。

 だからもうアルフィアに逃げる場所なんて無いし、今更それを、今直ぐにそれを解決する手段もない。苦しいだろうし、押し潰されそうだろう。罪を償うために死ぬことさえも許されないのだから。雁字搦めもいいところだ。

 

 

 ……本当にこの状況をあのラフォリアが想像していなかったのかと問われると、リヴェリアも眉を顰めたくなるが。

 

 

(完全には分からなくとも、予想くらいはしていただろう。こうなる可能性もあり得ると)

 

 

 それを飲み込んだ上で仕込みをしたのであれば、この状況は正しくラフォリアからの仕返しなのかもしれない。リヴェリアにはこの才女達の考えまでは想像も付かないが、明確に裁かなかったことを利用したのであれば、実のところラフォリアは相当アルフィアに対して怒っていたのかもしれない。

 アルフィアが本当にラフォリアを愛していたのなら、これは仕返しになる。アルフィアがラフォリアを愛していなかったのなら、彼女がここまで弱々しくなることもなかった。

 

 

 (……ああ、そういうことか)

 

 

 そこでようやく気付く。

 もしかすればラフォリアは、自分達にそれを確かめて欲しかったのではないかと。アルフィアの反応を見て、彼女が本当に娘のことを愛していたかどうかを確かめて欲しかったのではないかと。……だとすれば。

 

 

 (ラフォリア……どうやらお前の母親は、ちゃんと娘のことを愛していたらしい)

 

 

 仮に一度は目を背けてしまったとしても。少なくとも今は、これほどに娘のことを考えている。これほどに気を落とすほど後悔している。……細かいことなんていらない、きっとそれだけで十分な筈だ。それを知ることが出来るだけでも、きっと。

 

 

「……暫くは療養するのか?」

 

 

「ああ、そもそも外に出るつもりもない。……今やこの身体はあの娘のものだ、余計なことをして騒ぎを起こすつもりはない」

 

 

「だが、色々と落ち着けば嫌でもお前を訪ねに来る者は増えるだろう。ラフォリアを慕っていた者達は特に、お前を確かめに来る」

 

 

「その時は受け入れる。……どれほど罵倒されようと、どれほど責め立てられようと、それは私が受けなければならないものだ」

 

 

「……そうはならない、何度も言わせるな」

 

 

「………」

 

 

「誰も怒ってはくれない。……これがラフォリアの望んだ事だと、誰もが分かっているからだ。それについて悲しむことはしても、ラフォリアに対して怒りを抱くことはしても、被害者であるお前を誰も怒ってはくれないよ。アルフィア」

 

 

「私は……あの子を捨てて、オラリオを襲撃した罪人だ」

 

 

「それでもだ。……ラフォリアのせいで、もうお前達の墓が建っていても誰も怒ることはなくなった。建て直した墓に自分から毎日のように酒瓶を叩き付ける娘の姿を見ていたんだ。お前を憎んでいた者達も、今のその顔色を見れば色々と察するだろう」

 

 

「……」

 

 

「『ああ、娘から十分な制裁を受けたのだろうな』とな」

 

 

「……制裁、か」

 

 

 ラフォリアがアルフィアとザルドの墓を建て直した直後に、当たり前ではあるが苦情がギルドやガネーシャ・ファミリアに舞い込んでいた。建て直した墓を破壊した輩さえ存在した。

 だがその度に建て直し、そして時間がある時に酒瓶を叩き付けて、なんなら時には自分から破壊していたのもラフォリアだ。オッタルを倒したことで有名となっていた彼女のそんな奇行に、事情が広まるに連れて、墓石を破壊するのはラフォリアだけになっていった。

 もちろんそこにはLv.7の身体能力で全力で酒瓶を叩き付けるラフォリアへの恐怖もあったのかもしれない。

 

 ……それでも、少なくともラフォリアの働きでアルフィアがこの街で生きやすくなったのは事実だ。自身の身を犠牲にしてでもオラリオを救った一時の英雄の意思を、無下にするような者もそうは居ない。そうでなくとも、7年の月日というものは長過ぎるのだから。人が立ち直るには十分な時間だ。アルフィアにとってはつい昨日のような話であっても、それは彼女の中だけでの話。

 

 彼女のことを罪人としてすら認めてくれないこの世界は、ある意味では残酷だ。今度こそアルフィアは『悪』になることも出来ず生きていかなければならないのだから。

 

 

 

「どうして私は、最後に一度くらい、あの子を抱きしめてやらなかった……」

 

 

 

「……」

 

 

 

「もう一度、もう一度だけでいい………あの子に、会わせて欲しい……」

 

 

 その切実な希望は、けれど、あまりに絶望的なものにリヴェリアからは見えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 方法がない、案がない、知識もない。ならばもう足を使って聞きに回るしかあるまい。

 ……だからそうした。

 事実そうして歩き回ったし、聞き回っている。それでも一向に手掛かりは掴めない。方法が思い付かない。誰も知らない。善良で知に優れた神々ですら、首を捻る。

 

『どちらかを助けるのなら、可能性はあるかもしれない。だが2人を両方救うとなると、絶望的という言葉すら生温い』

 

 何もそう言ったのはヘルメスだけではない、他のどの神に聞いたところで返ってくる返答はそれほど変わらない。神々の作ったルールの中で出来ることなど限られる、その中で既にこの世界どころか天界にも存在しない人間を蘇らせるなど不可能と言っていい。アルテミスとて、そんなことは分かっている。だからこうなることも分かってはいた。分かってはいたが……

 

 

「……意外と堪えるものだね、実際にこう言われると」

 

 

「アルテミス様……」

 

 

「君達もすまない、だがオラリオのことは私の眷属もよくは知らないんだ。君達に頼るしかない」

 

 

「い、いえ、そんなこと……」

 

 

「私たちも、好きで手伝ってることなので」

 

 

「……そうか」

 

 

 オラリオ内のことを、アルテミスの眷属達は知らない。何処にどの神のファミリアが拠点を構えているかなど、そんなことは当然に知らない。そんな彼女を助けるために立候補したのが、またもダフネとカサンドラ。けれど彼女達からしてみれば、今はすべきことも無いのだから、むしろこれくらいはしたいというもの。

 

 

「次はどうされますか?」

 

 

「……さて、どうしようか。正直、目星を付けていた神達にはもう話を聞いたのだけれど」

 

 

「……漆黒の闇」

 

 

「?漆黒……?」

 

 

「ああ、すみません。この子、たまにこういう変なことを言うんです」

 

 

「へ、変なことじゃなくて……!夢で見て……!」

 

 

「それが変なことだって言ってんのよ!大体『漆黒の闇』なんて、不謹慎にも程があんでしょ!少しは明るい夢を見なさいよ!」

 

 

「ゆ、夢の内容を変えるなんて出来ないってばー!?」

 

 

 いつものお決まりのように、そんなやり取りをする2人を見て、しかしその不謹慎な言葉に何処か納得してしてしまう自分をアルテミスは自覚する。

 

 漆黒の闇

 

 光明一つない、希望一つない世界。漆塗りの黒には光沢はあっても、光がなければ光沢は存在しない。ただただ黒だけが広がっていく。光がないからこそ、漆黒の闇は成り立つ。つまりそう表現したからには、一欠片であっても、希望の光は存在し得ないということ。

 

 

「ラフォリア……私はまだ諦められない」

 

 

 諦めたくない、あれでお別れなどということは認められない。あれほど努力した子の最後が、誰にも看取られることのない孤独なものであって良いはずがない。だから光明一つ見えなくとも、手探りで探し出していくことを止めるつもりはない。光の差し込む隙間が無いのであれば、こちらからその隙間を作っていく。それくらいの覚悟が無ければ出来ないことであると、自覚もしている。

 

 

「……正直、私も不可能に近い話だと思う」

 

 

「ヘファイストス……」

 

 

「貴女の気持ちは分かる、私だって可能ならそうしたいもの。……けど、こんなこと神の力を使わないと実現出来ない。少なくとも神器や恩恵を使って出来る範囲を超えているわ」

 

 

「だが、下界の子供達は未知数だ。不可能を可能にもする」

 

 

鍛治神ヘファイストス、ラフォリアが所属していたファミリアの主神。彼女がそんな最後を選んだことに同じように悲しみ、けれど彼女は他の神々と違いそれを納得しているようにも見える。ラフォリアならばそういう行動を取るであろうと、悲しくとも、その働きを認めているようにアルテミスからは見えた。

 

 

「一番の問題は、ラフォリアの要素が何処にも存在しないことよ、これが問題の1番の肝……」

 

 

「それが私はおかしいと思うんだ」

 

 

「?」

 

 

「ラフォリアのスキルは『転写』だ。『置換』でも『交換』でもない。自身の上にアルフィアという存在を写し取るスキルだ。……これは本当に、ラフォリアの存在は完全に消えているのか?」

 

 

「っ」

 

 

「転写を行う度に、自分の身にアルフィアの存在が残るようになってしまう。けれどこれはラフォリアの存在が無くなったのではなく、その上にアルフィアが塗られている状態なんだ。……それこそ、アルフィアは今は元々持っていなかったラフォリアの病の治療を受けている」

 

 

「……少なくともラフォリアの『病気』という要素は、完全に消失してはいなかった」

 

 

「私はそこに、可能性を感じているんだ」

 

 

 ならば完全にアルフィアの要素を取り除くことが出来れば。上から塗られてしまったアルフィアの写し身を引き剥がせば、もう一度ラフォリアを元に戻せるのではないかと。アルテミスは考えている。その方法が無いかと、探し回っている。……それでも。

 

 

「……その方法だけが、思い付かない」

 

 

「……」

 

 

「あまりにも概念が曖昧過ぎる、上から皮を1枚引き剥がせば解決するようなものじゃない。言うなれば細胞の1つ1つが、魂も記憶も何もかもが、上から塗り潰されている。その全てを完全に取り除くことなんて出来る筈もなければ、そんなことをして元のラフォリアが無事で居られる保証もない」

 

 

「……そうね」

 

 

「2人を両方救う方法が、どうしても思い浮かばないんだ……」

 

 

「……?」

 

 

 アルテミスのその言葉に、ヘファイストスは引っ掛かりを覚える。だってそれでは『片方を救う方法ならばある』とでも言っているようだから。その上で2人を救う方法がないと言っているようだから。

 

 

「アルテミス、ラフォリアだけを救う方法ならあるの……?」

 

 

「………」

 

 

「……聞くだけ聞かせてちょうだい、誰にも言わないって約束する」

 

 

「………」

 

 

 アルテミスは眉を顰める。それを言葉に出すことすらしたくないというような、そんな反応。だからそれが本当にどうしようもなく最低な方法であることにヘファイストスは気付いてしまったし、それを万が一でもアルフィアに聞かれてはいけないということもまた、理解してしまって。

 

 

 

 

 

 

 

「『アルフィアの存在を完全に消す』、そんなスキルをアルフィア自身に身に付けさせる」

 

 

 

 

 

「っ……それは」

 

 

「そうすれば、ラフォリアの上に塗られているアルフィアの存在だけを完全に消滅させることが出来る。消えるのはアルフィアだけだ、ラフォリアは戻って来る」

 

 

「……」

 

 

「それに、今のアルフィアならそんなスキルを身に付けることが絶対に出来る。何故なら彼女は今正に自己嫌悪に浸っていて、消えたいとすら思っているからだ。だからそれが唯一ラフォリアを救う方法だと知れば、迷いなく実行に移す筈だ」

 

 

「でも、それは……」

 

 

「誰も幸せにはなれない。……だから、この方法では駄目なんだ」

 

 

 それきり、会話は途切れた。

 もしかしたらアルフィアなら、その答えに行き着いてしまうかもしれない。けれどそうなった場合、アルテミスは何の迷いもなく嘘を吐くだろう。そのための嘘も既に作ってある。それは使えない方法だと、それでラフォリアを救うのは無理だと、そう告げるつもりだ。

 

 それに、そうでなくとも……

 

 

 完全に塗り潰されてしまったラフォリアが今も生きているかどうかなんて、アルテミスでさえ分からないのだから。これはラフォリアを救う作戦ではなく、2人を殺す作戦になってしまう可能性もある。

 だからこそアルテミスは頭を抱えるのだ。もっと革新的な方法が何処かにあるのではないかと、そんな都合の良い希望を探して。

 

 ……漆黒の闇の中を。

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