【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者50:未完の少年

 あれから、色々な人間がこの教会を訪れた。

 事情を聞くために、確認のために、理由は諸々。けれど統一しているのは、皆が同様に哀しみを抱くこと。落胆する者さえ居た。そして怒ってもいたし、哀れんでもいた。なんならアルフィアに同情する者さえ居たし、怒りそうになったものの、そのまま口を閉じて出て行ってしまう者もいた。

 

 ……リヴェリアの言う通り、アルフィアを怒ってくれる者など殆ど居なかった。それこそ最初のアフロディーテくらいしか、ああして本音を打つけてくれる者は居なかった。アレとラフォリアの仲が良かったと聞いた時には驚いたものだが、今なら納得出来る。ラフォリアは好むだろう、ああいう相手を。

 

 

 

「……遂に、この日が来てしまったか」

 

 

 そんな風に来客をこなしていたものの、今日予定していたその来客にだけは、アルフィアとて相当に緊張していた。なんなら恐怖していたと言ってしまってもいいかもしれない。出来れば会いたくないと、今は心の底からそう思ってしまっている。喜ばしい筈なのに素直に喜べないという、喜んだ自分を想像したくないという、そんな気持ちに囚われている。

 

 

「ヘスティア・ファミリア、か……」

 

 

 つまりは、自分の甥との対面。

 愛した妹の子供との遭遇。

 あのラフォリアが、自分よりも愛することが出来るだろうと断言した、子供との再会。

 

 ……どんな顔をすれば良い。

 ……どんな顔をされるのか。

 ……どんな顔で見れば良い。

 

 何も分からない、何が正しいのかすら分からない。あの子を差し置いて本当にその子供を愛してしまいそうな自分を想像して、吐きそうになる。けれどその甥を突き放すようなことを、他ならぬ自分が出来る筈がない。だから会いたくなかったし、会わない方がいいと思っていた。会ってしまえば逃げ道を失ってしまうと分かっていたから、逃げ出してしまいたかった。

 ……それでも、そんなことは許されない。何よりあの娘が頼むと言って来たのだから、逃げることは許されない。会うこともないままに何事もなく生きていくことなど、そんな娘の願いに泥を塗るようなこと、出来る筈もなくて。

 

 

 

 

 

「あの、お邪魔していいですか……?」

 

 

 

 

「っ……早かったな」

 

 

 そして、そんなアルフィアの思いも関係なく、時間は進んで行くし、物事は動いていく。嫌だ嫌だと引き延ばしていても、その時は直ぐにやって来る。気付けばそんな時間。結局何の答えも出せていない。故に何の筋書きもなく、ただなるようにしかならない。

 

 なるようにしか、出来ない。

 

 なるようにしか、なれない。

 

 

 

「あの、その……」

 

 

「……あぁ」

 

 

「え、と……ラフォリアさん……?」

 

 

「あぁ……間違いない……」

 

 

 そうだ、結局人は何をどう身構えたところで、なるようになるのだ。どれほどラフォリアの言葉を否定したくとも、他の何より娘のことを愛していると証明しようとしても、心と頭は必ずしも一致はしない。思い通りに心が動いてくれることなど滅多にない。心とは自分にとっての核であると同時に、最も不自由なものでもあるのだから。

 

 ……だから結局、それを証明したのは自分自身だった。

 未だに自分にとって最も愛しい存在は娘ではなく妹であったのだと、それを確定させてしまったのは、他でもない自分自身の心だった。ラフォリアの言葉は、本当に何も間違っていなかったのだ。これまでその事実から目を背け続け、向き合おうともしてこなかったアルフィアに。今更になって自分の心を変えることなんて、出来る筈がないのだ。

 

 故に彼女は、苦しまなければならない。

 

 後へ後へと先延ばしにしていた以上の負債を。

 

 その心の内に、抱えなければならない。

 

 

 

 

「……ちょっといいかい、ベルくん」

 

 

「え?あ、はい、神様」

 

 

「……」

 

 

「君は……ラフォリアくんじゃないね?」

 

 

「え……?」

 

 

「……女神アルテミスから、何も聞いていなかったのか。ラフォリアからも」

 

 

「少なくとも、僕は何も聞いていない。そんな時間も無かったし、そんな余裕もなかった。……それにラフォリアくんはきっと、わざと何も教えてくれなかった」

 

 

「ああ、そうだろうな……あの子ならそうする」

 

 

「え?え?あ、あの……な、何の話をしているんですか?ラフォリアさんじゃないって、どういうことですか!?」

 

 

「……」

 

 

 目の前の人間の中身が変わっていることに一目見ただけで気付くことが出来たのは、果たして神の眼力によるものなのか、それともヘスティアがそれほど相手のことをよく見ていたからなのか。そんなことは人の身であるアルフィアには分からないし、どちらでも良い。

 ただベルのその様子を見て、自分の心が滅茶苦茶になっていることだけは事実だ。出会えた嬉しさ以上に、凡ゆる罪悪感が押し寄せて来る。冷静になればなるほどに、どんな言葉を掛ければいいのか分からなくなる。彼にとって慕っていたであろう相手を奪ってしまった自分が、どんな言葉をかければいいのか、まったくもって分からなくなる。

 

 

「か、神様……?」

 

 

「……ベルくん、君もなんとなく分かっている筈だよ。もし彼女がラフォリア君なら、こんな反応で君を受け入れると思うかい?」

 

 

「っ」

 

 

「それ以前に、雰囲気というか、目が違う」

 

 

「目……?」

 

 

「ラフォリア君は無視はしても、相手から目を逸らしたりなんかしないよ。常に僕達の眼を見返して来る。こちらが逸らしたくなるくらいにしっかりと」

 

 

「っ」

 

 

「少なくとも、そんな後ろめたそうな顔をして、相手を覗き込んだりしない。……だから君はラフォリアくんじゃない」

 

 

 

 そのヘスティアの言葉は、あまりにも深くアルフィアの心に突き刺さった。大抗争の際ですら目を閉じていたアルフィアに。ラフォリアの気持ちからずっと目を背けていたアルフィアに。

 深く、深く……いっそ残酷なくらいに。

 

 

 

「……ああ、その通りだ。女神ヘスティア。私はラフォリアではない」

 

 

「ど、どういう……ことですか……?」

 

 

「私の名はアルフィア……ラフォリアの、母親だ」

 

 

「ラ、ラフォリアさんの!?」

 

 

「そしてお前の叔母でもある、ベル」

 

 

「「え……?」」

 

 

「お前の母親であるメーテリアは、私の妹だ」

 

 

「「っ!?」」

 

 

 何も分からなくとも、ただ情報を与えた。

 困惑することも分かっている、戸惑うこともまた分かっている。故に最初に情報を出した。結局人はなるようにしかならないのだから、なるようにならせる為にも背中を押すしかない。

 ……やっていることは、ラフォリアと同じだ。あの子はそれを分かっていたから、きっとそうしていた。そしてアルフィアにはそれは出来なかった。目を逸らし続けた。それが母娘である2人の、明確な違い。

 

 

 

 

 

 

「……そうか、あのスキルが」

 

 

「神様は、知っていたんですか……?」

 

 

「……なんとなくだけどね。いつかはこうなることも、あるかもしれないとは思っていた」

 

 

 ベッドの横に腰掛けたヘスティアは、自身で更新を行なった彼女のステイタスを思い出しながら、ラフォリアが使っていた机を摩る。何せ色々とあったとは言え、最終的に彼女の背中に刻まれていたのはヘスティアの恩恵なのだから。……けれど今ではそれも、遠い昔の話のように思えてしまう。

 

 

「そ、それならどうして……!!分かっていたなら!」

 

 

「ベルくん、僕がラフォリアくんを止められると思うかい?」

 

 

「っ」

 

 

「一度彼女が決意を固めたなら、誰もそれを止めることなんて出来ないよ。それはベルくんだって知っている筈だ」

 

 

「でも……それでも……!!」

 

 

「少なくとも僕は、それを否定する気はない」

 

 

「!?」

 

 

 アルフィアから聞かされた経緯に目を見張り、けれどヘスティアが最後に出したその結論に対して、驚いたのはベルではない。むしろアルフィアの方が、ヘスティアのその言葉に驚いていた。

 

 

「……そんなに不思議かい?僕がラフォリアくんの出した結論を受け入れていることが」

 

 

「っ」

 

 

「神様……」

 

 

「アルフィアくん、だったかな?それとベルくん。……君達は、ラフォリアくんを生き返らせたいと思うかい?」

 

 

「で、出来るんですか!?」

 

 

「なにか、策があるのか……?」

 

 

「いいや、無いよ。少なくとも僕の頭の中には。……けどね、仮にその方法があったとしても、僕はそれを使うことを最後まで躊躇うと思う」

 

 

「何故だ……!!」

 

 

 

 

「仮にそれが悲劇的な終わりであったとしても、それはラフォリアくんが全力で生きて、懸命に出した答えと終わりだからだよ」

 

 

 

「「っ」」

 

 

 ヘスティアは俯きながらも笑う。

 

 

「自分の命が少ないことくらい、賢明な彼女は知っていた筈だ。彼女はその中で常に懸命に生きていた。その終わり方も、彼女が自分の中で最大限努力した上で出したものだ。……それを残された僕達が納得出来ないからと言って全部ひっくり返すのは、本当に正しいことなんだろうか」

 

 

「それ、は……」

 

 

「彼女は確かに決断の早い子だったけれど、彼女だって彼女なりにずっとずっと考えて思い悩んでいた筈なんだ。……ううん、賢い彼女はきっと僕達以上に短い時間で、僕達以上に多くのことを考えていた筈なんだ。そんな彼女の思いを、願いを、生き様を。僕は汚したいとは思えない」

 

 

 教会に来たばかりの頃から、ラフォリアはずっと何かを思案していた。眠る前に、起きた時に、彼女は何かを常に考え続けていた。ヘスティアはずっとその姿を見ていた。彼女が何を考えていたのかまでは分からなくとも、あれほど賢い彼女がずっと思い悩んでいた事だけは知っていた。

 そんな彼女が出した答えがそれであるのなら、きっとそれは彼女が間違いなく納得して出した答えだ。彼女が全力で走った結果、行き着いた答えだ。

 だったらヘスティアはそれを受け入れる。それは確かに自分達の納得出来る最後ではなかったけれど、受け入れ難い終わりだったけれど、何よりラフォリアがそれで良いのだと選んだ結末なのだから。それを否定したくはない。ただ受け入れた上で、『よく頑張ったね』と、生きている間には言ってあげることが出来なかったことを、心の内で呟く。それが残された者たちの役割だと、ヘスティアは思う。

 

 

「確かにこの考えだって、僕の想像だ。もしかしたらラフォリア君は納得なんかしていなかったかもしれない。生き返らせて欲しいと、今でもずっと願っているかもしれない。……でもね、僕はそこまでして懸命に生きたラフォリア君の意思だけは尊重したいんだ」

 

 

「……」

 

 

「君達にも考えてみて欲しい。ラフォリアくんの望みはなんだい?生き返らせて貰うことかな?それとも自分の答えを否定して貰うことかい?……違うだろう」

 

 

「……」

 

 

「きっとラフォリアくんは、君達2人を会わせたかったんじゃないかな。……本来会える筈のなかった、血の繋がった2人を。アルフィアくんとベルくんが、幸せに笑いあっている姿を。それを見たかっただけなんじゃないかな」

 

 

「「っ」」

 

 

 だからきっと、それを否定するのは間違いなのだ。

 どれだけアルフィアがラフォリアへの愛を示そうとしていても、ラフォリアが求めていたのはそれではない。アルフィアがベルと顔を合わせ、幸福になること。求めたのはただそれだけだ。

 ならば残された者達がラフォリアに対して出来ることなど、本来しなければならないことなど、その願いを叶える以外に他に無いだろう。

 

 

 だって、本来なら死を覆すことは出来ないのだから。

 

 

 神の力を借りれば、奇跡を起こすことが出来れば、それを成すことは出来るかもしれないけれど。それは明確なルール違反であり、本来ならば生者が死者ともう一度出会うということなど出来ない。

 

 それを知っていたからこそ、ラフォリアは迷わなかった。

 

 そんなルール違反を出来る可能性が自分にあることを、そんな奇跡を自分の残り少ない命で成すことが出来ることを知ってしまったから。彼女に迷いなど一切なかった。その価値を知っていたのだ。むしろ、その価値を未だに分かっていないのはアルフィアの方だ。

 

 死者を生き返らせるなどという、過去多くの者達が望み叶えられなかったことを、どうして自分達は出来ると思っているのか。どうしてそれに巡り会えたことに感謝をしないのか。少なくとも絶望させるためにこんな事をした訳ではない。

 

 勿論、こうなることはラフォリアだって想像していたことではあったろうけれど。それでも……少なくとも現状は、ラフォリアが望んだ形ではない筈だ。こんな悲観に溢れた現状を、ラフォリアは作りたかった訳では無い筈だ。

 

 

「だから先ずは、喜んであげて欲しい。君たちが本当にラフォリアくんのことを愛しているのなら、ラフォリアくんのおかげで出会えたことを目一杯に喜んで、感謝してあげて欲しい。……そんな君達の姿を、ラフォリアくんは見たかった筈だよ」

 

 

「「っ」」

 

 

 ベルとアルフィアには、自然と想像出来てしまった。

 そう言葉にしたヘスティアの背後で頷いているラフォリアの姿が。せっかく出会うことが出来たというのに、いつまでも死者である自分のことばかりを悲しんで。そんな様子に不満気に自分達を睨み付けて来るラフォリアの姿が、想像出来てしまった。

 

 

 

『幸せになれ』

 

 

 

 何度も何度もくどいほどに念押しして来たその言葉の意味を、念押しした意味を、アルフィアは今になって漸く知る。捻くれた物言いしか出来ないラフォリアだけれど、不満だって打つけてしまったけれど。それでもアルフィアに幸せになって欲しいというこの願いだけは、心から望んでいた事だったのだ。

 

 別に今更愛してくれなくてもいい、今更謝らなくたっていい。ただ幸せになって欲しい。本来あり得ないことが起きたことを喜んで欲しい。そんな2人の姿を見ることこそが、きっと、ラフォリアが死ぬ前に思い描いていた理想であることに間違いはなくて……

 

 

 

「……ベル」

 

 

 

「……叔母、さん?」

 

 

 

「……せめて、お義母さんにしてくれ。流石に叔母さんは、私とて思うところがある」

 

 

 

「っ」

 

 

 

 ぎゅっと、ベルを抱き寄せるアルフィア。

 

 

 

「お義母、さん……」

 

 

 

 ベルも戸惑いながらも、ゆっくりと抱き返す。

 

 

 

「……本当に、良いのか。私のような、女が、こんな……罪人である私が、こんな、幸福を……」

 

 

「それを許さない人なんて、少なくともここには居ないさ」

 

 

「……あぁ」

 

 

「ラフォリアくんだって、きっと笑って見ている筈だよ。軽く溜息でも吐きながら、腕でも組んでね」

 

 

「ラフォリア……私は、今だけは……」

 

 

 自分はしっかり幸福を噛み締めている癖に、そんな良心の呵責に苛まれているアルフィアのその姿は、ヘスティアから見ても酷く歪なものであるけれど。ラフォリアとは違うその瞳には、確かに神でなくても分かるほどの幸福と涙が溢れていて。

 

 

 (これで君は満足なのかい、ラフォリアくん)

 

 

 完全にアルフィアになった彼女の身体からは、それこそ体臭や体温といったものまで、その全てがラフォリアのものでなくなっている。故にこうして抱き締められているベルはきっと、不思議な心地なのだろう。それでも分かるのは、そこに宿る明確な"愛情"。

 ……ラフォリアが欲して止まなかったそれを、今正にベルは受け取っている。

 

 

 (血の繋がり、繋がりのない家族……)

 

 

 それを大切に思う人も居れば、思わない人も居る。

 血の繋がりは決して無意味なものではなく、ベルがこうして初対面の筈のアルフィアに抱き寄せられて心が満たされているのも、それこそ体臭といった遺伝的な要因は理由として確実にあるだろう。

 けれど血の繋がりがなければ家族になれないのかと言われれば、それもまた違う。血の繋がりがないからこそ、そこに普通の親子では得られない核を得ることが出来るかもしれない。血の繋がりがなくとも、人は家族になれる。

 

 

 (少なくとも僕には……君とベルくんの関係は、まるで姉弟のように見えた)

 

 

 きっと本当の理想は、目の前の光景にラフォリアの姿も足したものだ。それを見たいと思うのは、ヘスティアだってそうだ。だがそれは、所詮はヘスティアの願いだ。

 

 

 (ラフォリアくん……君は本当に、言葉が足りないよ)

 

 

 たくさんのことを考えていた癖に、たくさんのことを思い悩んでいた癖に、その1割も教えてはくれない。ただその結果のみを見せ付けられる。自分の本当の望みは何なのか、何をどうして欲しいのか。最終的に出された結論はいつも謙虚で、自己犠牲で、他者のためで、そこには自分の幸福なんて最低限しか入っていなくて。

 

 

 (仮にこれが君の望んでいたことであっても……君が心の内に押さえ付けていた本音は、誰も知らない)

 

 

 彼女は目の前の女性のように、抱えきれないほどの幸福に、外聞を気にすることも出来ず泣きじゃくった事があったのだろうか。彼女は目の前の少年のように、与えられた愛に心を満たされ、外聞を気にすることなく誰かに甘えた事があったのだろうか。

 

 

 (それでも僕は、君の最期を尊重するし、肯定する。……きっと否定する子の方が多いだろうからね。君の頑張りは決して、否定されるものではない筈なんだから)

 

 

 だからヘスティアは決めている。

 もし次に彼女と会うことがあったとしても、その時に掛ける言葉は『よく頑張ったね』の一言だと。何より先に、彼女の努力と決意を認めることだと。

 

 そしてもし、そうならなくとも……ヘスティアは欠かすことなく彼女の墓に参り、伝えるつもりだ。

 

 

『ありがとう』と。

 

 

 もうそこには居ない筈の彼女に向けて、心からの感謝を伝えるだろう。伝える先の無い感謝を。伝わることのない感謝を。大切な眷属の1人として。天界に還っても。……きっと。

 

 もうこの世界に存在しない彼女を、ヘスティアだけは記録として残し続けていくつもりだった。




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