【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
その日、アルテミスとアルフィアはヘスティア・ファミリアの本拠地に呼び出されていた。つまりは元アポロン・ファミリアの拠点である。
ちなみに呼び出したのはヘルメス、既にその時点で2人は嫌な予感を感じていたりもしている。何故なら男神ヘルメスが先日の異端児との一件でやらかしたことは当然アルフィアの耳にも入っているし、それについて他でもないヘスティアから顔面への飛び蹴りという制裁を受けていることもまた知っている。
……そんな彼等がだ、ヘスティア・ファミリアの本拠地で話さなければならないことがあるというのだから。それはもう本当に面倒な話なのだろう。そして急を要する話でもあるということ。
勿論、現状のアルフィアとアルテミスにとって、それは別に嫌な事ばかりではない。面倒な話であっても、今の2人には情報も可能性も存在しないから。そこに未知があるというのなら、2人はそれこそ呼び出された瞬間に準備を整えて教会を出た。どんな未知であろうとも、希望に繋がる可能性があるかもしれないから。どんな偶然にさえ、今は縋り付きたかったから。
「……まあ、そういうことでね。私達はオリンピアに行く事になったの」
「また突拍子のない話が出て来たね。……それにしても、オリンピア……炎の穢れ、か……」
「……要は厄介な話ということか。それも未知なる大地で、未知たる力の存在する場所で」
神都オリンピア、これまで外界との関わりを長きに渡って絶っていた伝説の都。英雄エピメテウスと神の炎の逸話が伝わる、最古の都と言っても良い。
かつてオリンピアに落ちた神の炎は今も轟々と燃え盛っており、しかしそれは人の世に落ちた影響か、徐々に穢れ始めていると使者達は言った。そしてそれを浄化するために、炉の神であるヘスティアの力が必要であるということも。
……とは言え、アルフィアにとって重要なのはそこではない。何よりオリンピアという神秘の都、そして巨大な神の力である炎が存在する。それはあまりに大きな未知だ。
数多の可能性が眠るその街に、興味を惹かれるのは当然の話。そこにラフォリアを救い出す可能性がある以上、アルフィアの考えは1つしかない。
「話は概ね理解した」
「つまり、私達もその旅に連れて行って貰えるという理解でいいのかな。ヘルメス」
「ああ、そこは問題ない。……というより、君達2人はむしろ呼ばれている」
「呼ばれている?誰に……?」
「アフロディーテに」
「「……は?」」
そうしてヘルメスが取り出したのは、1通の手紙。
彼がそういうからには、それはアフロディーテからアルテミスとアルフィアに対する手紙なのだろうと想像出来る。しかし重要なのは、どうしてアフロディーテがオリンピアなどという場所に居るのかというところ。
……受け取った手紙をアルテミスは読み始める。中に書かれていたのは、それほど詳細なものではなく、本当に端的なもの。アフロディーテには珍しく飾り気のない。もっと言ってしまえば、素っ気ない。
「……なるほど、確かにこれは私達2人を呼び出すためだけの文だ。事情も何も書かれていない。アフロディーテが何を考えているのかすら、この手紙からは分からない」
「ああ、だから俺達も困っている。船団の乗組員達の中にアフロディーテの魅了に掛かった者が紛れていて、これを俺に手渡した瞬間に魅了が解けた。……事情も何も聞き出すことさえ出来なかった」
「……とは言え、私達2人を呼び出すということは、つまりはそういうことなのだろう」
「……」
「アルテミスはともかく。少なくともあの女神は私のことをよく思ってはいない。……それでも私の名を書いたというのなら、そこにラフォリアが関係していない筈がない」
「「っ」」
「私達が呼ばれたのは、お前達とは十中八九別件だ」
未だその名を聞くと、ベル達の顔色は曇る。
それでも事実として、そこに確実にアフロディーテの何らかの思惑が隠れているのは事実だろう。彼女が今現在アルフィア達に何を思っているのかは分からないが、彼女がラフォリアのことを愛していたのは紛れもない事実。その思惑がアルフィアに対して悪意あるものであったとしても、ラフォリアに対して悪意あるものである筈がない。
「あの……お義母さん、ラフォリアさんは……」
「……心配するな、ベル。あの馬鹿娘は必ず私が取り戻す、何度も言っただろう」
「……はい」
「……なんか、ベル様がラフォリアさんのことを"お義母さん"って言ってるの、未だに慣れないです」
「うん、それはなんとなく分かるけど……一応今はアルフィア君だぜ、サポーターくん」
「わ、私は初対面なのですが……」
「ですが確かに、前にお会いした時と雰囲気が違うと言いますか……」
「……いや、全然違うな。むしろ前とは真逆だ」
「真逆、ですか?」
「俺も何となくなんだが……柔らかいのに、硬いっていうか」
「ヴェルフ?それはセクハラ?」
「ち、違いますよヘファイストス様!?」
「あー、でもなんとなく分かる気がします。口調は今の方が若干柔らかいのに、雰囲気はむしろ鋭いんですよね。……それに、見られている感じがしないというか」
「見る、というのは……?」
「目を向けて貰えていない。というか、ラフォリア様がリリ達のことを見過ぎだったのですが」
「ああ、そうか、視線を感じないのか……あの突き刺さるような」
「だから違和感が凄いんですよね。慣れません」
そんな風にヘスティア・ファミリアの面々はコソコソと話しているが、実際彼等のその感覚は当たっている。少なくともアルフィアの目線の先に居るのは現状ベルとラフォリアだけ、他のものは入っていない。
目は2つしかない癖に、立っているだけで目線すら合っていないのにも関わらず、常に目線の様なもので貫いて来たラフォリアとは違う。背中にも目があるのではないかと思う様な感覚を抱かせていたラフォリアとは、やはり人としての価値観そのものが違うと思い知らされる。
「よし、なら出発は明日直ぐにでも。みんなには悪いが急いで準備を進めて欲しい。こちらもゴタゴタとしていて時間がなくてな、最低でも1月以内に全て終わらせて帰って来たい。むしろそれでも遅いくらいだ」
「そ、そうなのかい?……まあ長旅になるとは言え、別に僕達も特段予定が入っている訳でもないから、準備だって直ぐには終わるけれど」
「アルテミス達はどうだ?」
「うん、なんなら今直ぐにでもいい。眷属達を置いて行くのは心苦しいけれど、彼女達は彼女達でオラリオを楽しんでいるからね。事情を伝える時間さえあれば問題ないよ」
「ああ、問題ない」
「分かった。じゃあ明日の昼には出発出来るよう、俺はこれから方々に手を回して来る。……悪いなアスフィ、船の上では休めるから、それまでは我慢してくれ」
「……船の上でも魔道具作りしないといけないので多分休めないと思いますが」
「あ、あはは……」
彼女はそろそろ本気で過労で倒れるのではないだろうか。そんな風に話を聞いていた者達は一様にそう思ったが、口に出すことはやめた。きっと適当な慰めでは彼女を傷付けてしまうだけであろうから。
ラフォリアのためにも、今は彼女に過労を強いるしかない。悲しいかな、この世界には働いて欲しくない人間も居れば、過労死寸前であっても働いていて欲しい人が居るのだ。どちらが幸福なのかは、まあ本人次第ということで。
船旅。
こうして海の上を渡っていると、アルフィアは思い出してしまうことがある。
それこそ3大クエストのリヴァイアサン討伐は、当然ながら海上で行われた。
しかし神の眷属とは言え、いくらなんでも海の中で戦えるほど水中戦に秀でた者は殆ど居なかったし、海の上を歩ける人間だって当然そうは居なかった。ならばどうやって戦闘を行ったのかと言われれば、巨大な海上要塞を作ることで無理矢理に足場を構築した。今は『学区』と呼ばれ世界を回るその船は、リヴァイアサンとの戦闘で大破したものであるが、しかしやはりアルフィアにとって海と言えばあの戦いを思い出す。
「……あの時も私は、あの子に何も告げることなく、死地へと赴いたのだったか」
そう考えると、あの時から今日まで何もかもが変わっていない、変われなかったと言ってもいい。
「私が帰って来た時……あの娘はどんな顔をしていたのだったか」
今やそれすら思い出せない。
……否、目を背けていたから、そもそも見てすらいなかったのかもしれない。
リヴァイアサンに対する最後の一撃、それによって大きく削れた残りの命。そうして帰って来た自分の姿を見て、何も知らなかったあの娘が何を思ったのか。そんなことさえ、今日まで考えることから逃げていた。
「何を考えているんだい、アルフィアくん」
「……女神ヘスティア、か」
「またラフォリアくんのことかな?……まあ、今の君にとってはそれが1番大切なことだからね」
「……1番、か」
ヘスティアも、他の者達も、当然にアルフィアでさえも、今日の長旅に際して相応しい衣装に着替えて来ている。白を基調としたそれは、正直自分にはあまり似合っていないとアルフィアは思う。これが髪の黒かったラフォリアであれば似合っていただろうに、と思うのは。皮肉にも以前にオッタルが彼女をパーティに誘った時と同じ感覚。
「……1番に、思えているのだろうか」
「思えていないのかい?」
「……自信がない」
「……」
「ベルよりも愛していると、断言することが出来ない」
「……うん」
「あの娘を諦めたくない。……だが、自分の娘より、自分の甥の方を愛しているなどと。そんな愚かな母親がどうして娘を救うことなど出来ようか」
「……」
「思い通りにならない心、義務感を帯びる愛、加えて私は今盲目になっている。……目は見えていても、周りが見えていない。こんなザマでは何をしようとも成功することはないだろう」
「……冷静に、焦っているんだね」
「……ああ」
今の精神状態では、きっと何をしようとしても失敗するだろう。アルフィアはそれを自覚している。だからこそ、それをどうにか打開しなければならないが、そのきっかけすらも現状では何処にもない。
アルフィアは天才だ、自分のコンディションの把握は容易い。その分析から言ってしまえば、今の自分は正しく最悪。過去に類を見ないほどに。
今こうして海面を見ながら思考し、精神状態の改善を図っていても、何も変わらない。悪あがきにさえなっていない。思考すればするほどに、思い出せば思い出すほどに、深みに嵌っていく。
「君は……もしかしたら、ラフォリアくんを見習った方がいいのかもしれないね」
「ラフォリアを……?」
「うん、だってそうだろう?だってラフォリア君は最後の最後まできっと、コンディションは最悪だったぜ?」
「っ」
「それでも、彼女は最後の最後まで自分の役割をやり通した。……ほら、見習えるところはあるだろう?」
「……そう、だな」
ならば結局、物事を成功させることが出来るのは、精神状態などでは無いのかもしれない。であるならば、その要因が何であるのかは今のアルフィアには分からない。……否、本当は分かっているのかもしれないが、少なくともそれを断言出来るだけの何かが、今のアルフィアの中には無い。
「少なくとも、そんな寂しそうな顔をしていたら幸運は逃げてしまうぜ?アルテミスを見てごらん」
「……呑気なものだな」
「あれくらいで丁度いいのさ。……悲しみ続けることは、別に罰にはならないからね」
「……罰にはならない、か」
視線の先でこの数日の船旅で妙に仲良くなったアルテミスとベルの姿を見る。あの甥はどうも神々から好かれやすい性質を持っているらしいが、どうもそれはアルテミスでさえそうらしい。
妙に距離感が近い気もするが、それに口を出そうと、割り込もうとすれば、この身体はやっぱりそれを拒絶する。神々なんかと交際をしても大変なだけだと、そう言葉にすることさえも許してはくれない。
「確かにお前のいう通り、悔やみ悲しみ続けていても、あの娘は喜びはしないだろうな」
「うん、間違いないね。むしろ怒るくらいじゃないかな」
「だが笑っていても、拗ねそうだ」
「……うん、それも間違いないかな」
「どうしろと言うんだ、全く」
本当に、どうしろと。
笑っていたくない、悲しんでいたい。そうしていれば心が楽だったから。悲しんでいれば、涙を流していれば、罪を負っている気になれたから。罰を受けているつもりになれたから。
だがそれは幻想だ、決して罰は受けていない。言ってしまえばこれは自罰。こんな自分に唯一罰を与えられる娘は、罰を与えてくれることもなく消えていった。ならばもう、受けられる罰など無いのだろう。
「ラフォリア……お前はまだ、私の中に居るのか?」
問い掛けても、答えが返って来ることはない。
「ここであれば、もう一度お前に会えるのか?」
そうだ、その気持ちだけは本当だ。
確かにこの愛情は、至高のものではないのかもしれない。自分は娘よりも甥の方を愛している、最低の母親であるかもしれない。……けれど、それでも、もう一度だけでも会いたいとそう思っているのは、間違いなく本当の気持ちだ。そしてそれは決して、罰でも、罪でも、償いでもない。ただの自分の我儘でしかない。
「女神ヘスティア。……お前は今でも、ラフォリアの死を肯定しているのか」
「!……うん、しているよ。けれど別に君達の考えを否定する気もない。これは決して答えのない問答だから」
「……そうか」
だからやっぱり、これは我儘なのだろう。ヘスティアの考えも、アフロディーテの悲しみも、娘の最後の努力も、その全てを否定してでも自分は娘を救いたいと思っているのだから。これは我儘以外の何物でもない。
「……ようやく一歩、踏み出せた気がする」
「うん、それなら良かったよ」
「まあ1歩を踏み出せたところで、先は長く、何の問題も解決していないどころか、光明1つすら見出せてはいないのだが」
「れ、冷静だなぁ……そういうところは2人ともよく似ていると思うよ」
「……そうだな」
その時、アルフィアは本当に久しぶりに、自然に笑った。それを素直に嬉しいと思うことが出来て、その事さえも嬉しかったからだ。
親の背中を見て、子供は歩く。
アルフィアが世界の為に命を費やしたように、ラフォリアもまた世界の為に命を費やした。だがその根底にあったのは愛だ、親愛なる者達への愛。
だがそれはつまり、それこそが2人が本当に親子であったのだと証明してくれる。ラフォリアがずっと自分のことを見て、思って、考えていたということを教えてくれる。
「今度は私が、お前の背中を見て歩く番か」
悔やむでもない、悲しむでもない、ただ娘のことを思って想っていればいい。そして自分の我を通すのだ。確実に自分のやろうとしていることに反対しているであろう娘の意思を、自分の意思で打ち砕いてでも。
その為にまず、見なければ。
アルフィアがすべきことは、そこからだ。
ヘスティア様……