【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
『ねえ静寂、これを貴女に渡しておくわ』
オラリオを発つ直前に、何の脈絡もなく現れたその女神は、1本の剣をアルフィアに渡しに来た。
真っ黒で軽く、けれど絶対に破壊されることのないその剣は、なんとなくあの娘を思い出させるようなもの。そして同時にそれを見た瞬間に、アルフィアは持ち主を察した。なぜならこの剣はどう考えても、あの娘にとって最適な武装であったから。
『なぜ……お前がこんなものを持っている』
『私じゃないわ、持っていたのはオッタル。……そしてこれを貴女に渡す様に頼んで来たのも、オッタル』
『!……あの猪が、お前を使ったのか?』
『ええ、驚いたでしょう?私もとても驚いたの。……相変わらず何を考えているのか何も教えてくれない癖に、まるで何かを察した様に地上に戻って来たかと思ったら、この剣を綺麗に整備して私の元に持って来た。貴女に合わせる顔が無いから、代わりに渡して欲しいって。それから直ぐにまたダンジョンに戻って行ったの』
『……そうか』
反射魔法を使うラフォリアにとって、剣は扱い易く、軽ければ軽いほど良い。ただ有象無象のモンスターを引き裂く為だけに振るわれるそれは、攻撃力を剣技で補う彼女のそれは、防御など全くもって必要ない。
……まるで記憶の中の黒髪の少女のように、細く儚く小さなそれは、けれど決して折れることはない。月明かりすら切り裂く様なそれを、アルフィアは自然とその胸の中へと抱き締める。
『貴女達が何をしようとしているのか、そんなことは聞くつもりもないけれど……』
『……』
『このままだと、オッタルが本当にダンジョンの中で暮らし始めてしまうわ。それは私にとってもとても困る事だから、早めに"解決"してくれると嬉しいわね』
『……知るか。自分のところのガキの面倒くらい、自分で見ろ』
『それを貴女が言うのかしら?』
『っ……』
『それじゃあね、静寂。次はもう少し楽しい話がしたいわ』
『……気が向いたらな』
『ふふ、楽しみにしているわね』
あの女神が付き人の1人も連れることなくアルフィアの前に現れ、何の警戒も悪感情もなく、まるで本当にただの母親同士のように接して来たことに、アルフィアは内心ひどく驚いていた。けれど、あの娘はヘラを恨んでいるであろうフレイヤとさえ、良好な関係を築いていたのであろうと思うと、ただただ感心もしていた。
『……性格ばかりは、才能でもどうにもならないからな』
その剣はアルフィアの手にもよく馴染んだ。それはアルフィアを追いかけ続けたラフォリアの装備なのだから至極当然のことなのかもしれないが、けれどその事実を嬉しくも思った。辛くも思ったが、悲しくも思ったが、それでも。
ラフォリアの生きた証は今でも、自分を受け入れてくれている。
拒絶されていないだけでも、十分だった。
かつて神々が地上に降りるよりも前、人々は神の恩恵もなく自身の力のみで、蔓延るモンスター達の脅威から身を守っていた。
しかしそんなことがいつまでも続く筈もなく、奇跡も生まれも才能もない人間は、ただ無惨に殺されていくだけ。悲鳴を上げ、涙を流し、言葉も通じないモンスター達に許しを乞い、命を絶たれる。その連続。そんな現状を良しと出来ない者が、神々の中にも居た。
それが神プロメテウス。
先見に長けていたとされるその神は、ゼウスの制止を押し切ってまで原初の火を地上へと落とし、それをもって人々に力を与えた。その代表例たる英雄の名前こそがエピメテウスである。彼はプロメテウスから受けた神剣と信託を手に、自身の故郷をモンスターから守り、多くの戦場を駆け抜けた。
……その果てに彼が『愚物』『敗残者』と呼ばれるほどに敗北を重ねたのは、果たして当然の末路なのか、それとも下界の本質なのか。神ゼウスが何処まで見通していたのか、何処まで知っていたのかは、既に神々すら分からないような話。
ただ、どちらにしても。
「穢れた火によって焼かれた子供達の末路……それがこれか」
「ええ。子供達の魂を薪として、下界全体に燃え広がろうとする災厄の炎。下界の悪意に触れ、濃密なまでの負の感情に触れ、穢れてしまったその結果」
「……単純に不愉快だ」
日も落ち始めた頃、何処からともなく現れたその者達は、奇怪な声を上げながら"ゆらりゆらり"とアルフィア達の元へ近付いて来る。
『炎人』
そう表現するのが最も分かりやすいだろう。正しく人形となった炎の生物、そしてその正体は今正にアフロディーテが説明したばかり。
「デミ・アルカナム……とは言え、概ね神の力そのもの。たとえ穢れていたとしても、その本質が変わることはない」
「そう。つまり、その気になればなんだって出来る。ただそれをコントロールすることは、それこそヘスティアくらいの権能を持つ神でないと土台無理な話」
「……それで?これをどうすればいい、こんな有様で元の人間に戻るのか?」
「それは無理ね、だってもう肉体が無いもの。殺したところで囚われた魂が解放されることもない、また新しい炎人になるだけ」
「炎そのものを浄化しない限り、彼等の魂が解放されることはないだろうね……」
「……忌々しい」
まるで1つの火種が燃え広がるように、それは時間が経つほどに数を増していく。とは言え、今のアルフィアにとってこの程度の存在が何体いたところで脅威ではない。
元々の実力だけでなく、何より今の彼女は病を克服しているのだから。なんならリヴァイアサンを倒した時より十分な力を振るうことが出来るだろう。それほどに彼女を蝕んでいたものの存在は大きく、それほどにその病は彼女にとっての枷となっていたのだから。
「一先ずここは撤退するわよ、こっちに来なさい」
「なに?撤退だと?」
「……ううん、よく分からないが今はアフロディーテの言う通りにしよう。アルフィアも急いで」
「……分かった。抱えて行く、暴れるなよ」
けれど、そんなアルフィアという強大な戦力を持っているにも関わらず、アフロディーテが選んだのはその場からの撤退だった。
普通なら考えられない選択であるが、2人はアフロディーテがただの馬鹿ではないということも知っている。ここの現状を知っているアフロディーテがそう言うのだから、何かしら理由もあるのだろう。
アルフィアは2人を両脇に抱えると、そのままLv.7の脚力に任せて迷うことなくその場から撤退した。それほど移動速度の速い訳ではない炎人達は、決して3人に追い付ける筈もなく。むしろ夜闇の中でも光り輝くその姿は、位置を把握する補助さえしてくれた。
「……なるほど、逃走自体はそれほど難しい相手では無さそうだな」
「逃走だけならね。これが拠点の防衛戦なんかになったら笑ってられないわよ、おかげで何回引越しさせられたことか……」
「とは言え、それだけが逃げ出した理由では無いんだろう?それも炎人の何かしらの性質が関わっているのかい?アフロディーテ」
「……ええ、その通りよ」
アフロディーテに指示された通り入ったその場所は、なんとなく焼け焦げているものの、同時に妙に生活感が残っている少し大きめの廃墟である。彼女のその話を聞く限りでは、恐らく以前までは拠点として使っており、その最中で襲撃され、放棄した場所の1つなのだろう。
それでもアルフィアが周囲を見る限り、今はこの近くには炎人は居ないらしい。突然現れたアレの移動手段はよく分からないが、仮に瞬間移動の様にここに現れても、アルフィアであれば対処出来る。他でもないアフロディーテが余裕の表情をして少し焦げた椅子に座り始めたのを見るに、その危険性も無いのかもしれないが。
「さて、アフロディーテ。私達が逃げざるを得なかった理由はなんだったんだい?あの炎人にはまだ他に何か厄介な性質があるんだろう?」
「ええ、あるわよ。正直私達からしてみたら、まあまだマシな方なのだけれど……貴女が居るとなると、ちょっと笑えなくなるのよね」
「……?力の強い相手に対する反抗能力でも持っているのか?」
「反抗能力……まあ、そうとも言えるのかしら」
クルクルと焦げた杯を回し、そのままポイっと投げ捨てるアフロディーテは、何か嫌なことでも思い出しているようにそう言葉にする。
「変に伸ばしても面倒だから率直に言っちゃうけど。……あの炎人、つまりは炎の化生共は、『生者の記憶』を読み取るのよ」
「生者の記憶、だと?」
「そう。私達の記憶を読み取り、悪夢の鎧をその身に纏う。だからこそ、例えば炎人の集団なんかに、オラリオの冒険者は近付かない方がいい」
「……それはつまり、私たちの持っている嫌な記憶をアレ等は再現出来るということかい?」
「簡単に言ってしまえば、そういうこと」
それこそアフロディーテだって、眷属達と戦っている最中に、色々と面倒なものを相手にした。この島に存在しないはずのモンスターは当然として、かつてアフロディーテ・ファミリアがなんとか倒した強化種だったり、遺跡の中で襲われたゴーレムだったり。
「なるほど。こちらの悪夢を読み取り、ダンジョンの階層主にでさえ成るというのか」
「あぁ……それは、確かに不味いね」
「適当なオラリオの冒険者が居たとしても、そうなるの。……それが3大クエストに参加したような人間なら、どうかしら」
「「っ」」
「だから撤退したのよ。……まかり間違ってリヴァイアサンでも再現されてみなさい、原初の火がどうこう以前にこの島が滅びるわ」
もちろん、そうなる為にはより多くの火が必要になるだろう。そう簡単に再現出来る存在でもないのだから、仮にやろうとしても、どうやったって劣化にしかならない筈だ。
……だがそれでも、災厄で最悪の存在。そんなものが欠片でも現れてしまえば、ベル達の方にも酷い影響が出てしまう。原初の火の浄化どうこうを言っていられる余裕も無くなってしまう。
「……さて、そういえばまだどうして貴女達をここに呼んだのか話していなかったわよね」
「……あの炎人達に関係している話ということか。それもその、悪夢を再現するという性質が」
「ええ、流石にあの子の母親ね。察しが良くて助かるわ」
「……アフロディーテ、まさか」
「ええ、そのまさかよ。アルテミス」
そうしてアフロディーテが窓際に置いてあったランプに灯りを付けると、途端に少し離れた場所から何やら車輪の走る音が聞こえて来た。どうやらそれが何らかの合図だったらしく、恐らく彼女の眷属達が荷車が何かを引いてやって来ているのだと簡単に予想出来る。
あの様な存在が居る中で夜間の行動など相当に危険な事だろうに、相変わらず女神に忠実というか、変なところで度胸があるというか。……とラフォリアなら思ったであろうが、残念ながらアルフィアはアフロディーテの眷属達のことは何も知らない。単に美の女神の眷属らしく、フレイヤの眷属と似た様なものとしか捉えない。
「……要は、あの化生の性質を利用してラフォリアを蘇らせるということかい?」
「まあ、概ねそんなところね」
「……そう言葉に出来るほど簡単な話には思えないが」
「うん、私も色々と疑問があるかな。穢れた炎で再現された存在に意志があるのかとか、そもそも再現したところで単なる記憶の存在でしかないんじゃないか、とか」
「どころか前提として、アレは生者の悪夢を再現するのだろう。私達ではラフォリアを再現することは出来ない」
「そこについては問題ないわ」
「「?」」
車輪の音が止まる。
そうして外から聞こえて来る何人かの人間が降りる音。
アフロディーテがこの様子なのだからアルフィア達も特に警戒することはないのだが、なんとなく嫌な予感がしているのは事実だ。
それこそ感じてしまうのは、神威。つまりそこには間違いなく神が交じっているということであり、その神威は他でもないアルテミスがよく知っているもので……
「は〜っはっはっはっ!!闇夜の中でも光り輝き、どころか眩し過ぎてウザいとすら評判の男!!太陽神アポロン!!ここに降臨!!否、光臨!!」
「………」
「………」
「………」
「………なんだこいつは」
「アポロン……?どうしてここに?オラリオから追放されたと聞いていたけど」
「ふふふ、久しぶりだなアルテミス。実はヘスティアにオラリオから追放された後、『ん?なんかオリンピアヤバくね?』と気付いてだな」
「そんな適当で気付くものなのか?」
「まあ、あんなんでも太陽神であることに間違いはないからね」
「あんなんでも!?」
「付け加えると、その時に私も丁度ここに向かってたから。都合が良かったし協力関係を結んだのよ。……互いの目的のためにもね」
「目的……?」
そんな話をしている最中にも、背後から入って来る数人の男達。露出度の高い者達がアフロディーテの眷属であり、逆に露出度の低い者達がアポロンの眷属であるのだと一目で分かる。それほど特徴的な、両者の衣服と、恐らくは主神の好み。
「……?」
その中でも特にアルフィアに奇妙な目を向けて来たのは、アポロンの眷属である『短髪』の男だった。何やら怒りとか恐れとか色々な負の感情の入り混じった複雑な様子がその目からは見えるが、しかしだからと言ってアルフィアには当然そんな男の覚えはない。……だとすれば。
「……そういうことか、アフロディーテ」
「なに?もう分かったの?……ほんと、天才って楽よね。話が早いったらありゃしない」
「……」
つまりはまあ、ラフォリアを悪夢として出せないのなら、ラフォリアを悪夢として認識している者達を連れて来れば良いということ。
アルフィアはその辺りの事情は知らないが、あの眷属達の自分を見る目を見る限り、恐らくアポロン・ファミリアはラフォリアによって叩き潰された事があるということだ。……特に恐らく団長であろうあの短髪の男は、他の誰よりも徹底的にボコボコにされたのだろう。故にこの役割を担うにはうってつけ、むしろあまりにも奇跡的な噛み合わせという訳だ。
「……神アポロン、1つ聞きたい。お前は何故私達に協力をする。私の予想が正しいのなら、お前達はラフォリアに叩き潰されたのだろう」
「っ!!」
「よせ、ヒュアキントス。……確かに私達は彼女1人に壊滅させられた。私自身も拠点の門に縛り付けられ、団員達に殴らせる様に強制されたし、大切な私の像達も全て破壊されてしまった。団員達の何人かを手放すことにもなってしまったし、そのせいで戦争遊戯にだって負けてしまった。その結果、更にファミリアは縮小し、今や眷属も数少ない……うん、思い返すとなかなかに酷いな」
「な、何してんのよあの子……」
「……何をしたらそこまでラフォリアを怒らせる。あの子は理不尽に晒されたところで顔面の1発で大抵のことは許す、そこまでやるのは相当な理由がある時だけだ」
「ああ、まあ、それはなんというか……」
「彼女が住んでいた廃教会を破壊してしまった」
【殺す】
「待ちなさい待ちなさい待ちなさい!!そんなことしてる場合じゃないんだっての!!」
「アルフィア落ち着くんだ!!もうアポロンは罰を受けている!!というかこれ以上は彼の眷属達が本当に気を失ってしまう!!それに教会を直したのもアポロンなんだ!」
「………殺す!殺す!!!」
「ど、どんだけ地雷だったのよ!あの教会……!!」
「ま、まさか今になってヘラ・ファミリアの恐ろしさを体験することになるとは……!!」
「よ、良かったねアポロン。ヘラ・ファミリアが現存していたら、君は確実に送還されていたよ」
「ひぃぃい……!!」
Lv.7の本気の激怒。それもラフォリア以上に激怒したアルフィアを止めるのは相当に大変であったし、もし彼等がラフォリアを蘇らせるための重要なきっかけで無かったら、まず間違いなくここで2度目の壊滅をさせられていただろう。
故にここで一度、小休止。
せめてヒュアキントスが意識を取り戻すまでは、一旦の休息を挟むこととする。