【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
アルフィアの怒りが収まり、ヒュアキントスが目を覚ました頃、彼等の話はようやく再開した。
アフロディーテの考えていることは、既にアポロンにも共有されている。故にここから先は、その確認とも言える様な作業。けれどこれより違うのは、恐らくアルフィアが予測出来るようなことが、限りなく少なくなっていくということだ。
「それで、どうするんだい?アフロディーテ。仮にアポロンとその眷属達の悪夢でラフォリアを再現したとしても、それは本物の彼女ではないだろう?」
「そうね。だからよりラフォリアに近付けるために、これを使うのよ」
「っ、これは……」
アルテミスの当然のその疑問に対して、アフロディーテが眷属達に持って来させたのは小さな箱である。
その中に入っていたのは、あまりに酷くボロボロになった血塗れのドレス。焦げているし、溶けているし、焼かれているし、千切れているし。……つまりそれは。
「ラフォリアが最後の戦闘で着ていたドレスよ」
「……!」
「よくそんな物を持っていたね、いつの間に回収していたんだい?」
「……本当はこんなことに使うつもりは無かったのよ。最後に残ったあの子の生きた証だから、綺麗な場所に墓の1つでも作るつもりだった」
「「………」」
「でも、ここまで奇跡が噛み合ったのなら……それはもう、そういうことなんでしょ」
炎人が再現した彼女に、更に情報を与える。
それこそ彼女の血液を、死闘によって刻まれた強烈な思念を、そして彼女と共にあった彼女の衣服を。ラフォリアの血が染み付き、ラフォリアの残留思念がこれでもかと染み付いたそのドレスを、炎人達は喜んで取り入れることだろう。何せそれは悪夢の再現度を引き上げることに、あまりにも都合が良いから。
……そしてそんな彼女と相対する人間次第では、それはより鮮明になる。
「本当に、ラフォリアを蘇らせることが出来るのか……?」
「いや、それではまだ足りない。……そうして再現したところで、所詮は炎そのものなんだ。それでは原初の火がヘスティアによって浄化された瞬間に消えてしまう」
「っ」
「そう……だから代わりの肉体が必要になる。その代わりの肉体も、もう準備はしてあるわ」
「なに?」
その言葉には、さしものアルフィアでさえ眉を顰めた。それはアルテミスであっても同様だった。
『肉体を用意する』、それはそう言葉に出来るほど簡単な話ではない。都合の良い人形がある訳でもない、空の肉体を作り出すことだって出来る筈がない。故に代わりの肉体などという言葉が言い表すのは……
「……炎人との戦いの最中、私の愛する眷属達が何人か死んだわ」
「っ」
「ラフォリアに下手に戦い方を教わったせいで、調子に乗ったのね。引き際をわきまえなかった。……あの子はその辺りも注意して教えていた筈だけど、男の子だもの。身体を張りたくなる時もあるわよね」
「……そういう、ことか」
「ええ、そのうちの1人が立候補してくれたわ。……自分が死んだ後、この肉体を使ってあの子を生き返らせて欲しいって」
「……男の身体でも、出来るのか?」
「安心して、その子は女よ。心が男だったっていうだけ。恋愛対象も女だったし、私にもラフォリアにも目を向ける様な浮気者だったわ。女扱いすると怒る癖に、胸の大きさで私に張り合って来る様な、そんなおバカな子」
「……」
「だから、あとの問題は1つだけ」
ラフォリアを再現し、それを入れるための肉体も用意した。恐らく他にも色々と障害もあるだろう。だがここまで好条件が揃っているのだから、アフロディーテとてこれが単なる奇跡だとは思っていない。仮にこれが奇跡であったとすれば、その他の小さな障害くらいは最早何の意味も成さないだろう。目に見える問題さえ解決すれば、後は自然に……
「……その問題とは、なんだい?」
「分かるでしょ。……ラフォリアがこんな話を呑む筈がない」
「っ」
「再現どころか、肉体の情報と思念を得て限りなく本物になったラフォリアだからこそ、絶対にこんな話は呑まない。死んだとは言え他者の身体を奪うなんて、そしてあんな方法で最後を渡したからには、絶対に……生き返ることを拒むはず」
だから、説得しなければならない。
本当に生き返らせたいのなら。
ラフォリア自身の心を、決意を、越えなければならない。
人を生き返らせるということは、そういうことだ。
本人が望まない形で生き返らせたとしても、その人物は簡単に2度目の終わりを選択するだろう。そうでなくとも、幸福な生などあり得ない。最後の最後まで存在しない罪に苛まされ、自分を犠牲にし続ける。
……そんな生き方をさせるくらいなら、死なせていた方がずっとマシだ。それを解決せずに生き返らせたところで、余計に相手を苦しませるだけだ。
「だから……貴女が説得しなさい、静寂」
「私、が……」
「むしろ貴女以外の誰がやるのよ。……貴女以外の誰が、その責任を取れるのよ」
「っ」
アフロディーテの声が1段低くなる。
その瞳に冷たさが宿り、無表情の神の顔になる。
ただその事実を裁く様に突き付ける。
逃げられない様に、逃すことのない様に。
「……アフロディーテ、他の問題はどうするんだい。例えば、炎人が元になったのだから、その本質は穢れている。それでは再現したところで悪性の存在になる」
「問題ないわ。悪夢として甦ったあの子は、仮初でもその身にヘスティアの恩恵を宿している。ヘスティアなら必ず、どんな状態であっても、事情を察して、あの子に力を貸してくれる筈よ。……だから大抵の障害は、どうとでもなる」
「……なるほど」
「だからこそ、異様な奇跡なのよ。……あの子を再現出来るアポロンとその眷属がここに来た。あの子のドレスを持っていた私がここに来た。あの子が何の因果かヘスティアの恩恵を受けていた。そして唯一あの子の心を開けられるアンタが、病を克服した状態で今ここに居る」
「っ」
「恐らく、これが最後。この機会を逃せば、もう2度とこんな奇跡が起きることはない。……分かるわよね?この意味」
「……ああ」
そして、それだけではない。
アルフィアの腰にあるその剣は、ラフォリアの物だ。そしてオッタルが彼女から直接手渡され、至極大切にしていたものだ。ならばこれを使うことは、ラフォリアをより鮮明にすることに繋がる。ある意味鍵となるそれを、オッタルは最高のタイミングでフレイヤに手渡したのだ。
……これもまた奇跡の1つだろう。
ラフォリアが今日まで撒いていた種が、何の因果か急速にこの島へと集まっている。それはベル達のことでさえそうなのだろう。そしてこんなものを見せられてしまえば、神でなくとも分かる。
……間違いなく、これが『最後』で『唯一』の機会であるのだと。
「だからこそ、貴女が決めるのよ。この先を」
「……」
「貴女が負けて、あの子の死を受け入れるのか。貴女が勝って、あの子を生き返らせるのか。……あの子の言葉を直接聞いて、貴女の言葉を打ちつけて、殴ってでも、殴られてでも、答えを出して来なさい。それが貴女がここですべきことなのよ、アルフィア」
「……」
「……それとアルテミス、きっと貴女の役割は」
「分かっている、アルフィアを支える事だね。アフロディーテもアポロンも、原初の火の方を対処するつもりなんだろう?それならこっちは、どうか私に任せて欲しい」
「……私にはその役割は出来そうにないから、お願いするわ」
「気にしなくても良いさ。むしろこんな役割でも無かったら、寂しく思ってしまうところだった」
そうしてアフロディーテは、チラとアルフィアの方を見た。こうして表面を見るだけでも彼女は明らかに動揺していて、明らかに不安気で、明らかに自信がないように見える。
……けれど、それでは駄目なのだ。
勝つにせよ、負けるにせよ、これはそんな精神状態で挑むべき戦いではない。そんな顔をして前に立ったところで、容易く屠られるのが関の山だ。
何故ならラフォリアは、その戦闘力に自身の精神状態が殆ど反映されない性質を持つ。あの鋼鉄の鎧で自身の心を覆い隠して来た彼女は、精神状態で強くなることはあっても、弱くなることは早々無い。
今のままでは間違いなくアルフィアは負けるだろう。何の起伏もなく、何の感動もなく、簡単に。そんな戦い方をするくらいなら、最初からそんなものをすべきではない。
「アルフィア、こっちを向きなさい」
「……?」
「…………………」
だからアフロディーテは、自身の役割を全うすることにした。
嫌われ者という、その役割も。
【ふざけんじゃないわよ!!!】
「っ!?」
ゴッ、と。
アフロディーテの拳がアルフィアの頬に叩き付けられる。
それは所詮は力の無い神の拳、Lv.7の眷属にとっては痛みさえそれほど無い。けれどその衝撃だけは確かで、その拳に込められた怒りだって間違いなくて、故にアルフィアの意識を引くには十分な物であった。
「ふっざけんじゃないわよ!この馬鹿女!!他でもないアンタが!世界で一番不幸ですみたいな顔してんじゃないわよ!!」
「そんな、ことは……」
「アイツがどれだけ苦しんでいたか!どれだけの悲しみを抱えていたか!アンタにそれが分かる訳!?その原因を作ったのは全部アンタでしょうが!!」
「っ」
「中途半端な気持ちで『愛』してるなんて言うんじゃないわよ!軽々しい気持ちで『愛』を与えんじゃないわよ!!……最後の最期までその責任が取れないのなら、『母親』なんて名乗る資格はどこにも無いでしょうが!!」
「!!」
……きっと、ここまで激昂したアフロディーテの姿は、それほど見れるものではない。しかしそれこそがアフロディーテの怒りであり、ずっと叩き付けたかったことでもあった。美の女神であり、故に『愛』を知る彼女だからこそ、ずっとずっと許せないことでもあったのだ。
「逃げんじゃないわよ、諦めんじゃないわよ……!一度でも『母親』を名乗ったからには!!他の全部を投げ捨ててでも!!娘のために生きる覚悟くらい決めなさいよ!!」
「アフロディーテ……」
「見え見えなのよ!さっきからヘスティア達の方に気をやってるのが!私はそれが一番許せない!……ここに来て、ここまで来て!それでもあの子を1番だって言えないアンタが!私は心の底から憎い!!」
「わたし、は……」
「………」
アルテミスだって、実は薄々それには気付いていた。けれど、わざと見ない振りをしていた。それの意味を考えてしまえば、直視してしまえば、きっと今のアフロディーテと同じように怒ってしまったかもしれないから。
……だってそうだろう。
いくら彼女の愛した妹の子供だからと言って、いくらその面影を背負った子だからと言って、どう考えたって。
『おかあさん』と呼ばせるのは間違っている。
"お母さん"ではなく、"お義母さん"だから。
"おばさん"と呼ばれたくなかったから。
そんな理由はいくらでもあるだろう。
だが他でもないラフォリアがそんな様子を見ていたら、果たして彼女は何を思うだろうか。そこまで考えが及んでいたのなら、決して、そんなことはしない筈なのだ。いくらなんでも、そこに線引きくらいはする筈なのだ。
先程の小休止の時間の間でも、そして話の途中でも。ヘスティアの話、つまりベル達の関連の話が出る度に、彼女は明らかに心配そうな顔をしていた。つまりは、そういうことなのだ。
今この時になってまでも、アルフィアは集中出来ていなかった。言葉で言っているほどに、心が定まっていなかった。つまりは未だに、ブレていたのだ。
「……分かってるわよ、愛なんてままならないものだって」
「……」
「自分が愛した相手が、愛を返してくれるとは限らない。どころか愛を与えようとしても、思うように与えられないことさえある。愛したくても愛せない。それだけ苦労しても、勝手に心だけは他の相手のところに飛んでいってしまうことだってある」
「……」
「でも、それでも『親』を名乗ったのなら………人生懸けなさいよ」
「っ」
「他の子供に、世界の平和に、過去の罪に、気を取られてんじゃないわよ」
「………」
「幸せにするどころか、不幸にしてたら……世話ないでしょうが……」
「……ぁあ」
きっと、それが全てなのだ。
どうしようもない事実として。
どうしようもない過去として。
『幸せに出来なかった』
不幸にしてしまった。
悲しませてしまった。
その事実だけは、どうやってもそこにある。
「他の誰も言ってくれないのなら、私が言ってあげる。……ラフォリアを殺したのはアンタよ」
「っ」
「幸福になれたあの子を、アンタが殺したの。アンタのせいで、あの子は苦しんでいたの。アンタのせいで、あの子の人生は滅茶苦茶になった。……アンタが『母親』なんか名乗らなかったら、あの子は苦しまずに済んだのよ」
「……」
「それに……こうして生き返らせたところで、一度死んだあの子はもう救われることはない。こんなの、所詮は私達の自己満足なんだから」
「……どういう、ことだ」
「……消えた人間が元に戻るなんて、そんな馬鹿な話がある訳ないじゃない。結局のところ、今からやろうとしてるのは再現に過ぎないのよ。……ある地点のラフォリアに、限りなく近い状態の人間を生み出す行為。だからどうやったって、本物のあの子は帰って来ない。苦しんで孤独のままに消えていったあの子を、救い出すことなんて絶対に出来ない」
「っ」
「……結局、自己満足なのよ。全部」
だから、仮にこの行為が全てうまくいったとしても、それでアルフィアの罪が完全に清算される訳ではない。それどころか考え様によっては、『本物』を愛さなかった癖に、後から作り出した『偽物』に愛を与えようとしているとも言える。これが本当に正しい行為なのかは、誰にも分からない。そんなことをするくらいなら、素直に死んだ娘を弔う事こそが、母親としての役割であるのかもしれない。
「いや、それは違うだろう」
「アポロン……?」
だがアフロディーテのその言葉に明確な否定の言葉を返したのは、意外にもこれまでずっと黙って話を聞いていたアポロンであった。
「これから生み出す彼女は、確かに『偽物』なのかもしれないが。しかし果たしてそこに『本物』は無いのだろうか?」
「……」
「99%が本物と同じでも、1%が違えばそれは偽物なのだろうか?……私はそうは思わない。それに、そうして生み出した彼女を愛することもまた、罪だとは思えない」
「……なぜ、そう言える」
「そうでもしなければ、君がどれくらい彼女のことを愛し想っていたのかが証明出来ないからだ。後悔と悲痛だけでは、愛を証明することは出来ないからだ」
「……!」
「聞いた話でしか知らない立場だ、だから間違っているのかもしれないが……彼女が最後まで知りたがっていたのは、自分が母親にどれくらい愛されていたのかではないだろうか?ならばそれをどの様な形であれ示すことが、君の責務ではないのか?」
仮にそれがもう1人のラフォリアを作り出すというやり方であったとしても。
完全に消失してしまい、何処かから見ているという可能性すら無くなった娘に、どれほど誠意を示すのかという話ではあるが。けれど本当に大切なのは誠意を示すことではなく、愛を示すことではないかと、アポロンはそう言っている。
「それに、せっかくここまでの条件が揃っている。苦しみ抜いた彼女が幸福に生きられる道を作ることは、大切な娘を幸せにするという行為は……たとえそれが人の道に反した行いであったとしても、決して間違いではないと、私は思う」
「……っ」
他者から眷属を奪っていた分際で、何を今更になって良い事を言っているのかと思わず言いたくなった者達も居たが。しかし変態以外は基本的に善神寄りなアポロンは、同時に変態でさえなければそれなりの神格者でもあった。
……単純な話、それで誰かが幸せになれるのなら、それで良いではないか。そうして彼女を幸せに出来るのなら、迷う必要などないではないか。それこそがアポロンの意見だった。本当に幸せに出来るのなら、の話ではあるが。
「……アルテミス、お前はどう思う」
「私かい?」
「アフロディーテと、アポロンの話は聞いた。後はお前からも、聞いておきたい」
「……そうだね」
きっとアフロディーテは、もう一度ラフォリアに会いたいという気持ちはありつつも、けれどやはり死んだ彼女の思いを考えると、どうしても抵抗感が拭えないのだろう。だから彼女自身、こうして複雑な気持ちでここに居る。
一方でアポロンは、そうして生き返らせたのも彼女本人であることに間違いはなく、仮に消えてしまった方を思うにしても、その子を思いっきり愛することこそが償いであり、責務でもあると考えた。
ならばアルテミスは……
「私は反対だ」
「っ」
それがアルテミスの意見だった。
「けれど、これは私個人の思いでしかない」
「……それは、どういうことだ」
「結局のところ、結論を出せるのは君しか居ないということさ。だから私は自分の個人的な考えを捨ててでも君の判断を支持する。……君がここでラフォリアを蘇らせたいというのなら、私はそれを全力で手伝おう。それだけさ」
「……何故だ。何故お前はそこまで、私のことを」
アルフィアからしてみれば、最初からずっと不思議だった。彼女はアフロディーテと同じく自分のことを怒っていた。それでも今日までこうしてずっと隣で協力をしてくれた。最初はそれをラフォリアのためであると考えていたが、ここまで来るとそれは普通ではない。それこそアルフィアに何らかの理由を抱いていなければ、ここまで協力してくれる筈なんてなくて……
「君が悩んで選んだ結論であれば、ラフォリアは最終的に必ず納得する。……私は君と共に生活をしているうちに、そう確信したんだ」
「……自信がない」
「いや、私のこれは確信だ。……分かるだろう?これは答えのない問題だ。どれだけ悩んだところで、本当の答えなんて出て来ない。これがアフロディーテの言う通り最後の機会なのかもしれないし、もっと良い機会は後にやって来るのかもしれない。アポロンはああ言ったけれど、こうしたところでラフォリアは幸せにはなれないかもしれないし、もしかしたら本当に幸福な人生を歩めるようになるかもしれない。……そんなことは、誰にも分からないんだ。それこそラフォリア本人でさえも」
「……」
「だから君は、ここでそれを選ばなければならない。そしてその責任を負わなければならない。どんな結果に終わったとしても、選んだことによる結末を受け入れなければならない。……それこそが大切なんだ」
「……?」
アルテミスの言いたいことは、アルフィアでさえイマイチよく分からない。けれどそんな様子を見て、アルテミスは優しく微笑む。もうかなり長く隣に居た彼女の人となりは、それなりによく分かっていたから。仕方ないなぁと、少し呆れながらも。決して見捨てることはせず、付き合った。
「君はようやく、ラフォリアの人生に責任を持つんだ」
「……っ!」
「ここで選択をすることで、君はようやくラフォリアの本当の母親になれる。だからどんな選択をしようとも、私は君の答えを尊重するよ。あの子の母親になった君を支える。……もちろん、逃げ出したりしたらその限りではないけれどね」
でも、そんなことはしないとも分かっている。
アルテミスは分かっていたのだ、どうして彼女が娘よりも妹の方を愛していたのか。そして未だに娘より妹の面影のある甥の方に意識を向けてしまうのかまで。
……それは結局のところ、ラフォリアの人生に責任を持っていなかったから。
年齢が姉と妹程度にしか離れておらず、ヘラ・ファミリアにはもっと親子らしく年の離れた同僚達も居た。そしてラフォリアが体調を崩してからも、ヘラは定期的に様子を見に来ていた。そしてラフォリアのこれからの人生をどうするのか、それを決めたことなどアルフィアには一度もなかった。精々が最後の無言の別れの時くらいだろう。
そう、自分が居なくとも他の誰かが彼女の道を決めてくれた。そうでなくとも自分と同じく才能のある娘は、1人で多くの答えを出すことが出来た。アルフィアは彼女に対して、何の責任も持っていなかった。
だが妹の方は違う。妹の才能を奪ったという自覚から、アルフィアは常に妹の人生に責任を持っていた。彼女を率先して導く立場に居なければならなかった。放っておくことなど、出来る筈もなかった。故に執着を持つこともまた、当然だった。
……きっとそれは、アルフィアの生まれつきの性なのだ。出来る子よりも出来ない子に目を向けてしまう。隣に立つ者より、守らなければならない相手に目を向けてしまう。そして単純に目を向けているほどに、心を向けているほどに、愛情が芽生える。むしろ目を逸らしてしまっていた娘に対して愛情など、芽生える筈もない。向き合うこともせず、責任を持とうともしなかったのなら、愛情よりも罪悪感が上回るのは当然だ。
「今度こそ、向き合えるかい?アルフィア」
「……向き合いたい。いや、向き合ってみせる。もう2度と、自身の罪から目を閉じるようなことはしない」
「じゃあ、君はどうするんだい?」
「最後の可能性がある以上、この機会を逃す選択肢はない。……仮に次の機会があったとしても、その機会も逃すつもりはない。その結果あの我儘娘が2人に増えようが、3人に増えようが、その全てを受け入れてみせる」
「……きっと、辛いことを言われる。恨み言は当然に言われるだろうし、君の心を折るためにもっと酷いことだって言われるかもしれない。君を諦めさせるためなら、あの子は多くの嘘さえ吐くだろう」
「それでも私は、今度こそ……あの子を愛したい」
「それは、罪悪感から来る感情かい?」
「そうかも、しれない……だが私はそれでも、あの子の母親でありたいんだ。あの子の母親であったことを後悔したことだけは、一度もないんだ」
妹にはベルのような子が相応しいと思えた。
では自分にとって相応しい"子"は誰かと言われれば、そんなものラフォリア以外には居なかった。これまで見て来た他の誰よりも、あの子こそが自分の娘に相応しいとアルフィアは思っている。
ベルに『お義母さん』と呼ばせていたことだって、本当に母親になりたかった訳ではないのだ。本当にただ『叔母さん』と呼ばれたくなかっただけだった。……確かにそこに配慮は欠けていただろうし、今思えば軽々しくとんでもない間違いをしてしまっていたと自覚もしている。
それでもやっぱり、自分にとっての子供というのはラフォリアだけなのだ。その気持ちは今だって決して変わらない。その気持ちだけは、今も昔も、決して……
「うん……分かった、それなら私も最後の最後まで付き合おう。ラフォリアならこれを良い機会だとばかりに戦闘に持ち込んで来るだろうし、やっぱりそんな中で君を支えられる神は、狩の得意な私くらいだろうからね」
「……ありがとう」
「気にしなくてもいいんだ、それに納得したからこそ頷いたんだから。……たとえそれがどんなに許されないことであっても。それがどんな不条理を抱えていても。神も世界も、誰もが許さない行いだとしても、それでも」
「アルテミス……」
「誰よりも、神々が驚くくらいに才能に満ち溢れた貴女達2人が納得して出した答えなら……それが間違っている筈なんてないんだから」
アルフィアは思う、あの娘は本当に神々に恵まれていたのだろうなと。アルテミス、アフロディーテ、ヘスティアと、ここまで善神ばかりに出会うことは早々ないだろう。そして自分もまた、そんな娘に助けられているのだと、嬉しくもなった。
……その中にアポロンも入れるかどうかについては、今少しの検討の時間を頂きたいが。