【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
ラフォリアを説得するにおいて、戦闘は避けられるものではないと、アルフィア達は確信さえしていた。
それは確かにそれが1番手っ取り早いというのもあるが、何よりラフォリアがアルフィアを超えるために努力をし続けてきたのは間違いのない事実だからである。
故に彼女であれば、この機会を利用してでもアルフィアに挑戦しようとする筈だ。これが最後だと、それくらいの意気で。それはオラリオに居た頃に何度も何度も挑まれていたアルフィア自身が、誰よりも1番よく理解している。
……では、今のアルフィアはラフォリアに勝てるのだろうか?
『正直、かなり厳しい戦いになるだろうな』
アルフィアはそう予想する。
アルフィアの病はほぼ完治している、故に現在を全盛期と言っても何らおかしくはない。だが一方でラフォリアの方もまた、間違いなく全盛期だ。ラフォリアの方の病がどうなっているかは分からないが、あくまで炎の再現であるのなら、負の要素である病の再現はしないという可能性の方が高い。戦力として下がってしまうのだから当然の判断だろう。
レベルだけで言っても互角、残りの才能の差をラフォリアは努力と練りに練ったアルフィアへの対策で補って来る。7年の月日というのはあまりに大きく、たとえアルテミス達からラフォリアの大凡の手の内を聞いたとしても、あの娘の策を完全に知ることは出来ない。アレだって天才に違いはないのだから。こちらの予想を踏まえた対策があることは間違いなく、際限のないループに嵌められては元も子もない。……だからこれはそう、受け止めるしか無い。その上で上回るしかない。それだけの単純でとても難しい話。しかし、それしか結論は出せない訳で。
「神殿は顕現した……タイムリミットはヘスティアが浄化を始めるまで。それまでに説得して身体に入れないと、そのままラフォリアは一緒に消えるわ」
「ああ、分かっている。……お前達も、こちらのことは気にしなくて良い。後は私1人でも出来る。アルテミスも見ているのだからな」
「……分かってるわよ。こっちもそう余裕にはしていられないもの、ヘスティアのこともあるし。まあアンタ達の親子喧嘩に割って入れるような奴なんて早々いないんだし、好きにやりなさい。精々邪魔にならないようにするわ」
幻が取り払われ現れた廃墟と化したオリンピアの姿と、再び始まった地獄の『大炎災』、そしてそれを押さえ込むために顕現したヘスティアの『祭壇』を背に。アポロンの眷属達はどんどん数を増していく炎人達に取り囲まれながら戦っている。
そんな彼等を見下ろしつつアルフィアとアフロディーテはそう話していたが、実際のところ、この戦いの後に本当にこの半島が残っているのかどうかは微妙なところである。
片やリヴァイアサンにトドメを刺した女であり、片やベヒーモス亜種にトドメを刺した女である。そんな怪物達が本気で戦うとなった時、正直今のオッタルでさえ、割り込んだ直後に叩き潰されるのが想像出来る。何せただのLv.7ではない、どちらも一時的にLv.9相当の出力を発揮する才能の怪物。オラリオでラフォリアとオッタルが衝突した際の被害を軽々と上回ることは誰にだって予想出来ることだ。
「……ねえ、1ついいかしら」
「?なんだ」
「ベル・クラネルって言ったかしら、アンタの甥」
「……ああ、そうだが」
「アンタ本当にそいつのこと、自分の息子みたいに思ってないの?」
「………」
アフロディーテのそんな直球に、アルフィアは渋い顔をする。けれどそれは決して、アフロディーテが考えていたような理由ではない。
「……正直に言えば、その立場になりたいという欲自体はあった。卑しい話だが」
「あった……?」
「ああ、だが接するうちにそれは無理だと悟った」
「……どうして?」
「ベルの中で、ラフォリアの存在があまりにも大きかったからだ」
「!」
「ベルにとってこの身体はラフォリアのものだ。ラフォリアの元の容姿をあの子は知らないし、どれだけ話していても常に私を見ながらラフォリアが見えてしまっている。……そして母親という役割も恐らく、私よりラフォリアの方がよっぽど上手く成していた」
「……まあ、よく考えてみれば当然の話よね。何も知らない奴等からしてみれば、アンタは未だにラフォリアな訳なんだし」
「ああ……だからこそ正直、対抗心はあった。ベルに『お義母さん』などと呼ばせていたのも、もしかしたらそれが理由だったのかもしれない。なにせ教育方針が違うにも拘わらず、私はこの肉体にラフォリアの方針を強制されているんだ。イライラもする」
「あ〜……」
ラフォリアは放任主義、個人の考えと選択を他の何よりも尊重する傾向がある。その末に大きな失敗をしたとしても、それもまた経験だと。その先に地獄があることを教えても、決してその歩みを止めるようなことはしない。その結果として壊れてしまったとしても、その時はその時だとすら考えている。
しかし逆にアルフィアは、過保護気味なところがある。自分の経験を活かして、出来るなら相手に同じ失敗をして欲しくないと願っている。それはもしかしたら妹の世話以外にも、ラフォリアに対する自分の失敗が理由にもなっているのかもしれない。もちろん黒龍討伐の失敗や、その末の諸々も理由としてはあるだろう。
……とは言え事実として、ベルはどうやら母親のようにラフォリアの方を慕っていた。そしてラフォリアの教育方針の方を好んでいる傾向があった。アルフィアの方針が見え隠れする度に、複雑な表情をしていた。きっとラフォリアなら言わないようなことを、ラフォリアの姿をした人間が言っているから。頭では分かっていても、心が受け入れてくれなかったのだろう。
……そうだ。他でもないベル自身が、アルフィアを母親にはしてくれなかったのだ。故にアルフィアがベルの母親になることは出来なかった。それこそ本当に『叔母』にしかなれないと、嫌でも悟った。
それにもしきっと、本当に助けが必要になった時も……ベルが助けを求めるのはアルフィアではなく、ラフォリアの方であろうから。皮肉にも彼等は、血の繋がり以上の強い繋がりを既に作っていたから。
……だから、嫉妬だってしている。
そして情けなくも思っている。
同時に虚しさも感じている。
愛している相手に愛を返して貰えずヤキモキしているのは、アルフィアだって同じだった。ベルが自分に対してどう接すればいいのか内心で戸惑っていることなど、容易く分かるのだから。そういう意味ではアルフィアは今正に、ラフォリアが感じていた虚しさを体験していると言ってもいい。
人と人との関係というのは、それほど容易いものではない。
「……アフロディーテ、お前に証人になって欲しい」
「証人……?なんのよ」
「仮に私がここでラフォリアを救えなければ、私はオラリオに戻るつもりはない」
「!……それで罪滅ぼしのつもり?」
「いや、それは違う。……ここであの子を説得出来ないのであれば、私にはそれに足りる言葉も人生も無かったということになる。ならば私にオラリオに戻って居られる余裕など無いということだ。見識を広める必要がある」
「……自信がないの?」
「少なくとも、あの子は私とは違う方法で事を成した。もしラフォリアが私達と同じ方法を取っていれば、今のベルは無かっただろう。同じ27という年齢で、しかし今はあの子の方が十分に大人だ。……もちろん諦めるつもりはないし、全身全霊で挑むことも変わりはない。だが、言葉で説得をするには私の言葉はあまりにも軽過ぎると、自覚もしている」
「………そういえば、今はもう同い年なのよね。アンタ達」
才能に頼り切っていたつもりはない。
だがそれ以上に努力をして来た娘に、絶望しながらも最後まで英雄達の手を引いて歩くことを選んだ娘に。今更自分の言葉がどこまで通用するのか、どこまで言葉で上回ることが出来るのか、全くもって自信がない。
言葉でも、単純な実力でも、なんなら愛情でさえも、勝てると断言出来る要素が今のアルフィアには無い。自分が娘に向けている愛よりも、娘が自分に向けている愛の方が大きいであろうことは、どうやっても否定出来ない事実なのだから。あの最後の手紙を読んでそれを言えるほど、図々しくもなれないのだから。
「だからこそ、もう未来の自分に賭けるしかない。あの子と再会し、そこで自分がどう思い、どう変わるのかに……賭けるしかない」
「……まあ、いいんじゃない?今のアンタがごちゃごちゃ余計なことを考えるより、その方がよっぽど可能性があると私は思うわよ」
「ああ、何せ今日の私は絶不調だ。やることなすこと全てが失敗する気しかしない。……あまり弱みを見せたくないのだが、そうもいかないらしいからな。ならば初めて見せる弱さにあの娘が動揺してくれることを祈るしかないだろう」
「……ふふ、そうね」
「「っ!!」
それは2人がそうして会話を休ませ、アポロン達の奮闘に目を細めた瞬間に、生じた。
「来た!!来たぞ!!アフロディーテ!!」
眷属達に守られながらも、戦場の最中に居たアポロンが叫ぶ。しかし言われなくとも既に2人は気付いている。生じたのはやはり団長であるヒュアキントスの目の前。
既に夥しい程の数に増えている炎人達が何故か全く悪夢に姿を変える性質を見せていなかったが、どうやらそれもLv.7の眷属という下手な階層主を容易く超えるような怪物を再現するために、必要な数を揃える為だったらしい。
「私の可愛い眷属達!アポロンの撤退を支援しなさい!」
「「「はい!!アフロディーテ様!!」」」
最初から決められていた通り。その予兆が出て来た瞬間にアポロン達は撤退を始め、アフロディーテの眷属達がそのための道を切り開き始める。
……彼等の仕事はここまでだ。
ここまでが彼等に出来る、精一杯だ。
「アルフィア、これ」
「……ああ、確かに受け取った」
手渡されたのは、今の今までアフロディーテが至極大事に抱えていたラフォリアのドレス。今の今までこんなものを絶対に炎人なんかにやってたまるかと、それほどの決意で抱えていたものを、彼女はしっかりと手で渡す。
……その意味を、その責任を、アルフィアはドレスと一緒に受け取った。
「これをただの炭にするようなら、今度こそ許さないから」
「……分かっている」
「それと……」
「?」
「あれを一目見てラフォリアって確信出来たことだけは、誇って良いと思うわよ。私はアンタの目を見るまで半信半疑だったし」
「!」
「精々頑張りなさい」
それ以上の励ましをせず、それ以上に言葉を出すことなく、アフロディーテは眷属達を引き連れて離れていく。彼等はこれから自分達のやるべきことをしに行かなければならない。見ていたいと、見届けたいという思いはあるが、そんなことは決して許されない。
そんなことをしていたら絶対に、"怒られる"から。
そんなことをして彼女に失望されたくはなかったから。
「……まったく、たった1人の人間を再現するために、一体どれほどの神の火を束ねるつもりだ」
面白いのは、穢れた炎達がそれを決して"劣化品"で妥協しようとしていないことだろう。それは"その悪夢"を再現すれば何もかもを破壊出来ると確信しているからなのか。それとも"その悪夢"を完璧に再現しなければ勝てないような存在がこの場にいるからなのか。
……それはアルフィアには分からない。
「だが……アポロンとその眷属達が違えて私を再現しないかと心配にはなっていたが、その必要がないようで安心した」
少しずつその姿を鮮明にさせ始めた影は、見た目だけなら間違いなくアルフィアのそれだ。しかしアフロディーテが言った通り、アルフィアにはそれがラフォリアであると確信出来ている。……その僅かな所作1つ1つがラフォリアのそれであると、知っているから。
「だが、それだけでは足りないだろう。それだけでは、再現出来ないだろう。……故に喰らえよ、悲劇の怪物共。貴様等が喰らうには上等過ぎる代物だ。十分に味わって、食らえ」
アフロディーテから託されたそれを、アルフィアは目の前に立つ朧げな女に向けて差し出す。一瞬それに戸惑ったような様子を見せた炎人であるが、しかしアルフィアに害をなす意志が無いのを知ると、まるで肉を前にした獣のようにしてそれを引ったくった。
……行儀も何もないような振る舞い。
溜息も出る。
眉も寄る。
だが、それが致命的だ。
それが何よりの間違いだ。
炎人達は、それを受け取ってはならなかった。
なぜなら……
『キキキキキキキッ!!…………キッ、キキッ?ーーー!?!?!?!?!?』
ラフォリア・アヴローラの強固な自意識は、たとえ何人掛かりで押さえ付けようとも、穢れた炎に焼かれ薪となった魂に押さえ付けられるようなものではない。
再現を進めれば進めるほど、ラフォリアの意思も執念も蘇る。そして何より……
『『『グギギギガッ!?ギギガガガッギギッ、ギギギギギギッッッギィィィィッッッッ!?!?!?!?!?』』』
「ラフォリアがお前達のような奴に好き勝手されるのを、黙っていられるものか」
ドレスを焼き喰らい、その姿を鮮明にさせればさせるほどに、炎人達は苦しみ始める。何重にも重なり作り上げたそれを、作り上げたものに乗っ取られようとしている。それに対する全力の抵抗、全力の抑制。
……しかしその結末は、きっと神でなくたって分かる。
「さあ、そろそろ起きる時間だ、ラフォリア。……そう言えば私は、お前を眠らせたままだったな」
"さっさと寝ろ、この馬鹿娘"
最後の別れの言葉は、確かそれだった。
いつもと同じ、それだった。
そしてその日だけは、起こすことなく、別れた。
「さっさと起きろ、馬鹿娘」
蹲り喚いていた炎人達の叫び声が消えていく。身悶えていた様子は少しずつ収まり、その身から溢れていた炎の影はゆっくりと収まっていく。だからこそ、最後のその一言を掛けた。どうせいつもこの言葉を掛けた時には、あの娘は起きていたのだから。いつもいつも寝ているフリをしていたのは、ずっと分かっていた事なのだから。だからそれは今日だって変わることなく、変わるはずもなく……
『やれやれ、あの馬鹿乳から説明がなければ"何の冗談"かと頬をつねっていたところだ』
「っ!!」
『それにしても……なんだ、少し老けたか?アルフィア』
「……お前に言われたくはないな、27歳」
そうして2人はまた、顔を合わせた。
冗談交じりの言葉を交わしながら。
けれどお互いに、複雑な表情を隠すことなく。