【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
意思、気合い、そういったものはあらゆる場面において強い影響力を持つ。最後の最後でそういったものが勝敗を分けることは多くあり、強い意志こそが分け目たる運を引き寄せたということも往々としてあるだろう。
……では、負けた人間は意志が弱かったのか?
否、そんな訳がない。
意志が強かろうと弱かろうと負ける時は負ける、勝つ時は勝つ。物語の中のように直向きに努力する人間が必ず報われるということなどないし、理不尽な相性をひっくり返すと言う事だってそうそうない。
取り分け今回の件に関して言えば、どちらの意志が強かったのかは本人達ですら分からないだろう。しかし事実として、そこには圧倒的な積み重ねの差があった。そしてどうしようもない現実があった。
つまりそれは……
『お前の負けだ、アルフィア』
「…………ぅ、くっ」
理不尽とも言えるような状況、それをひっくり返す事が出来なかった女が片膝を突いて息を荒げる。
どれほど才能の差があったところで、それは決して10年近くもの積み重ねを初見で覆すことの出来るほどのものではない。単純な体力の差、そして理解度の差、なによりも執着の差。
あまりにも当たり前で、あまりにもどうしようもない事実だけが、そこにはあった。
『……不思議なものだ。人生を懸けて望んだ瞬間がここにあるというのに、達成感より寂しさの方が強く感じられる。こんなものか、執着とは』
「っ……好き勝手、を」
『だが、もう十分だろう。120のうち43の策を打ち破られた、この月の光とて3度目の召喚だ。むしろここまで粘られたことに驚いているくらいだ。お前の強さも改めて理解出来た。少なくとも私はそれで満足した』
「ぅ……この……」
そんな風に好き勝手宣う娘を前にして、しかし母はそれ以上に言葉に出来ることが思い浮かばない。何故ならアルフィアだってもう分かっているからだ。少なくとも今の自分では逆立ちしたってラフォリアには敵わないと。
単純に互いへの理解度ですら負けていた。いくら一度見たものを理解し模倣出来たとしても、それを踏まえた策を立てられてしまえば意味がない。技術を模倣することを見越して、模倣されること自体を罠にされては、無限に増えていくはずの手札は、無限に増えていく罠に変わってしまう。これこそラフォリアがアルフィアに対して仕掛けて来た天才対策であった。そんなことが出来るのも、そうして才能をハメることが出来るのも、また天才でしかないのだろうが。
「ラフォリア……!何故だ、何故お前は帰らない!お前は一体何が不満だというのだ!」
『それを話すつもりはない。言った筈だ、知りたければ無理矢理聞き出せと。弱い方が悪い、お前も昔そう言っていたな』
「っ……これまでのことは謝る!これからは何よりお前のことを……!」
『お前が何を言おうとしているのかは大凡想像が付くが、それは勘違いだアルフィア』
「……?」
『確かに私はお前が妹のことを他の何より愛していたことを知っていたが、別にそれを不満に思ったことはない。それは当然の話だからな。ぽっと出の血の繋がりもないガキより、血を分けた妹を優先することは別におかしな話でもないだろう。誰に何を言われたのかは知らんが、お前は何も間違っていない』
「〜〜!!」
『そもそもお前とて、私を本格的に娘扱いし始めたのはベルが生まれる辺りからだろう。どうせ始まりは妹への対抗心だ、それとも話を合わせるためか。どちらにしても、それまでは所詮は私に言うことを聞かせるために使っていた方便だったからな。……それを今更、何をそう必死になる。別に私はそこまで気にしていない』
それは嘘だ。
だってアルフィアは知っている。目の前のラフォリアの記憶にはないかもしれないが、ラフォリアが残した手紙の中に書かれた内容をしっかりと覚えている。
自分のことを母親として愛していたこと、自分から愛されていたのかずっと分からず悩んでいたこと、自分が死んだ時にみっともなく泣いたことまで。アルフィアはちゃんと知っている。
『それに、今のお前にはベルが居るだろう』
「それはちがっ……」
『こんな血の繋がりもない女に構っている暇があるのなら、向こうを助けてやれ。アレも1人でなんでも出来るほど出来の良い奴ではない、私などよりよっぽど助けてやるべき子供だろうよ』
「……!」
……けれどアルフィアは、なんとなくその言葉で察した。察してしまった。ラフォリアがその心の内にずっと抱えていたであろう悩みを。悩みと言ってもいいのか分からないが、それでもずっと心に秘めていた、劣等感を。
「お前は……血の繋がりを、そこまで気にしていたのか」
『……何の話をしているのか分からんな』
ラフォリア・アヴローラに、血の繋がった家族は居ない。もちろん、まだどこかで生きてはいるのだろう。しかしその親というのは、才能に恵まれた娘を喜ぶのではなく嫉妬し、気味悪がり、散々にその心を痛め付けた挙句に捨てたような、真性の屑共である。
けれどそんな彼女の前で他の何より血の繋がった妹を愛していた自分は、明らかに愛に優先順位を付け、どれほど苦しんでいても結局は妹を選んだ自分は。もしかしたらそれ以上の屑だったのではないかと、今更ながらに思ってしまう。ラフォリアからしてみれば、もうどうやっても手に入らないものを、目の前で見せつけられているようで。
「違う!私はお前を本当に愛している!私は……!!」
『それを証明出来るのか?』
「っ」
『難しいな、愛を証明するというのは。だがそれは少なくとも、今この瞬間に出来ることではあるまい。……仮にお前が私を愛していたとしても、私にはその程が分からない。故にその言葉には何の価値もない。何故ならお前は今日まで一度たりとも、私にそれを証明したことなどなかったのだからな』
「………ぁ」
『逆に愛していないことを、証明されたことは何度かあったが。まあそれももうどうでもいい』
ここに来てアルフィアはようやく、ラフォリアが残した手紙の内容と、その意味に気が付く。
つまり自分は、自分の愛は、最初から信用されていなかったし、疑われていた。ラフォリアは本当に自分が失望されて捨てられたのだと思っていたということ。あの手紙を書いている最中もずっと不安に思っていたということ。こんなことを書いていても、泣くどころか、むしろ笑われるのではないかと、その可能性が僅かであってもラフォリアの頭の中には確実に存在したということ。一見アルフィアの言動を読んでいるように見えたあの手紙も、そこには多分にラフォリアの希望的観測が入っていたということ。
……そしてそんなままで、彼女は1人、消えていったということ。
『アルフィア、もう帰るといい。私のことなど忘れろ、2度と生き返らせようなどと考えるな。お前のそれは所詮罪悪感と義務感によるものだ、若しくは同情だな。……私が生き返ったところで、同じことを繰り返すだけだ。私をこれ以上に苦しめてくれるなよ』
「………」
呼吸が止まる。
口を動かしても、言葉が出て来ない。
違うと、本当に愛しているのだと、そう言いたいのに。
散々に不誠実を働いてきた自分の言葉に説得力など何処にも無いことに気付いてしまった今、何を言おうにも娘を傷付けてしまうだけで、むしろ娘に自分自身を傷付けさせてしまっていて、もっと言うのなら……
『お前は私の母親などではないよ、アルフィア』
「っ!!」
『そんな仮初の関係に縛られる必要はない。お前は気まぐれにガキを拾い、最低限育ててやった。それだけだ、それだけで十分だ。それだけで私は十分に幸せだった。……私達の関係は、その程度でいいんだよ』
反論するために口から出ようとするのは、自分でも嫌になるくらいの薄っぺらい言葉だけ。愛を証明することは難しい、本当にその通りだ。ことごとく間違ったことばかりしてきた自分に、今更語れる愛など高が知れている。
ラフォリアは自分が残した手紙のことは知らない、そこに何が書かれていたのかも、そもそもそんなものがあったことも。それを書いたラフォリアは目の前の彼女とは別人なのだから。薄々察しているところはあるかもしれないが、流石の彼女でもその内容まで予想することは出来ない。まさか自分があそこまで全てを語っているとは、想像出来ないというより、想像したくない筈だ。結局天才と言えど感情のある人間、その感情こそが弱みでもあり、その感情こそが厄介である。それは当然アルフィアだって同じ。
感情抜きで説得などあり得ない。
説得したいのなら、こちらも感情を乗せなければならない。
ありったけの、ありのままの。
「……嫌だ」
『は……?』
「嫌だ……私は、そんなことは認められない!!」
『何を、言って……』
それはきっと、アルフィアのことをずっと見ていたラフォリアでさえ知らない、母親の姿。
土や汗に塗れ、酷く汚れて膝を突き、普段の余裕すら消え失せて。雑音を嫌っていた彼女こそが、声を大きくして叫ぶ。その瞳にラフォリアに負けぬほどの眼力を宿して、ラフォリアにさえ足を引かせるような、強烈な炎を宿して。
「理屈などどうでもいい……!!お前を納得させる術など、私は最初から持ち合わせていない!そんなことはここに来る前から分かっていた!!」
『……』
「それでも私は!お前を諦められなかった!それが愛故なのかは、私自身分からない!だがお前を諦めたまま私は生きていけなかった!お前を忘れることなど絶対に出来なかった!」
『……もう、黙れ』
「帰って来てくれ!ラフォリア!お前が望むのなら私はなんだって叶えてやる!お前が帰って来てくれるのなら!私はお前に……!!」
『もう黙れ!!』
「がぁっ……!?」
渾身の蹴撃が何の容赦もなくアルフィアの身体に打ち込まれる。それはアルフィアの反応をすり抜け、彼女の身体を容易く大木に叩き付けた。その一撃は満身創痍であった彼女には致命的なもので、地に落ち倒れ伏したアルフィアは立ち上がることが出来ない。
【激震怒帝(グランド・バーン)】
・怒りに応じて全能力に高補正。
・怒りに応じて全耐性に高補正。
……ここに来てのステイタスの向上、それは彼女の怒りによるもの。未だ余力を残していたというその事実は確かに絶望的なものであるのだろうが、しかし何より気にすべきは、ラフォリアがそのスキルを発動させるほどに怒っているということだ。それほどに怒る理由が、そこにあったということだ。
『お前とて人間だ、弱気に浸ることはあるだろう。……だがな、どんな理由があろうと、みっともなく懇願などするな。そんなお前の姿を、私に見せるな。自分でも勝手なことを言っている自覚はあるが……』
「………」
『……もういい、お前はあと数日眠っていろ。ヘスティアが事を成すまで、夢の世界に浸っているといい。お前が何度起きようとも、私が何度でも叩き落としてやる』
「ぁ…………ぐ……」
『……おやすみ、アルフィア。安心するといい、私は最後まで側には居てやる』
『っ!?』
それはラフォリアがアルフィアの身体に触れようとした正にその瞬間。
何もかもが手遅れになりかねなかったその瞬間に、彼女の手を阻むための『2つ』の要素がラフォリアに向けて飛来した。
(弓矢、剣……!?対処すべきは……!)
凄まじい精度で放たれた弓矢は木々の合間を縫いながらラフォリアの手とアルフィアの身体の極僅かな隙間を狙い撃たれ、一方で逆方向から飛来した一本の剣は凄まじい威力と速度をもって何の容赦もなくラフォリアの身体目掛けて投げ付けられた。
……当然、ラフォリアの対処は的確だ。弓矢のその精度と軌道から放った神物に大凡の当たりを付け、直ぐ様にそれから意識を離す。それに危険性がないことを前提に、見切りを付ける。そうして全神経を剣の方に向け、その剣に特殊な魔法が掛けられていないことを確認しながら、自身の剣でその軌道をズラした。
『っ、まだ来るか……!!』
2本目、3本目、明らかに人に投げられている間隔であるにも拘わらず人並み外れた剛力で投げ付けられているそれは、ラフォリアであっても警戒は解けない。
「悪いけど、彼女は貰って行くよ」
『アルテミス……っ』
分かっていたことではあるが、やはり矢を放ったのはアルテミスだった。ベヒーモスを倒した直後までの記憶しかないラフォリアにとっては、本当に久しぶりに見たその顔。矢を放った方向とは全く違う方角から現れた彼女は、一瞬でアルフィアを担ぎ上げると、木々に溢れたこの森林地帯を一切の抵抗もなく最高速で駆け抜けて行く。
『……死鏡の光(エインガー)』
飛来するその剣を物理反射で弾き返しながら、ラフォリアはアルテミスのその後ろ姿を見送った。……もちろん、その気になれば追い付くことは出来た。しかし敢えてそれをしなかった理由を、言葉にすることは出来なかった。というより、したくなかった。どちらにしても面白くない結論が出ることは確かだったから。
『まあいい、どちらにしても私の敵ではない。……最早私を殺せるのは、オッタルくらいだろうからな』
剣を投げた主のことはよく分からないが、少なくともアルフィアに協力しているのはアルテミス以外にも他に居るということ。それがオッタルとは思いたくはないが、アルフィアのあの様子を見てしまった以上、むしろあの男に最後を取って貰った方がいいのかもしれないとも思ってしまう。
『……アルフィア』
それでも脳裏に残るその女の顔に、ラフォリアは唇を噛みながら立ち尽くした。もう何が合っているのか、何が間違っているのかも分からない。ただ自分が素直に笑みを浮かべられない状況であることだけは、どうしようもない事実としてそこにあった。
「はっ、ははっ、ははははははっ!!!間違いない、間違いない……!!これほどの規模の破壊!ヘラの最後の眷属!奴もこのオリンピアに来ていたということか!!」
その男は、森の木々が爆炎と轟音によって吹き飛んでいくその光景を見ながら、何処か壊れた笑みを浮かべていた。
ウェスタによって神殿から追い出され、これからどうやってヘスティア・ファミリアを追い詰めていこうかと。そう考え始めた矢先に、その光景を見た。見てしまった。見ざるを得なかった。それほどの凄まじい戦闘が、そこでは行われていたから。
「……最早ウェスタの眷属などどうでもいい、この機を逃すことなど出来るものか。ベヒーモスを倒した最新の英雄、奴を倒してこそオレは……!!」
「ならん」
「っ」
男は、エトンは……否、エピメテウスは。ヘラの最後の眷属がこの島に現れたことに心の底から歓喜していた。ヘスティア・ファミリアを追い詰めることを放棄してでも、正にそこで行われている戦闘に介入しようと、意気揚々と足を進めていた。
間違いようもなく、古代の英雄。愚物と罵られようとも、偉業を成し遂げた歴史に残る男。彼の歩みを阻める者など、そうは居ない。たとえ神であっても、神であるからこそ、彼は足を止めないだろう。彼を止めることなど、何者にも出来ないだろう。
それこそ、彼すらも足を止めざるを得ないほどの強者が目の前に現れでもしない限りは。
「貴様は………まさか………」
「何人たりとも、この先に立ち入ることは許さん。……ラフォリアが答えを出すその時まで、貴様のような輩が水を差すことは……」
「……なぜだ、なぜ貴様までここに居る!!
"猛者ァ"!!」
「この俺が許さん!!」
大地がヒビ割れるほどの踏み込み、そして大剣による渾身の一振り。初速さえ視認が困難なほどの瞬発力で放たれたその一撃は、むしろ剣を間に挟み防げた事の方を称賛すべきほどの破壊。加えてそれを獣化に乗せて放ったのであれば、最早一撃必殺の領域にまで足を踏み込んでいて……
「オオオォォォォォオオオオオオ!!!!!!!!!!」
「猛者ァァァァアァァァアアア!!!!!!!!!」
振り抜かれた大剣は付近の大気を容易く削り取り、防御を成功させた筈の男を吹き飛ばす。それは如何に力や強さがあっても関係のない、正に問答無用の吹き飛ばし。どれほど奇妙な力を持っていようと、どれほど炎の力を引き出していようと、結果が変わることはない。
空気抵抗と衝撃波によって肉体をズタズタにされながらも、エピメテウスは何の抵抗もすることが出来ず吹き飛んだ。それでも生きていることの方が不思議なくらい。一瞬で森を突き抜け、海面で弾み、受け身すら取れぬほどの速度で結界の存在する境界線付近まで飛んでいく。
……これこそがLv.8まで自身を昇華させた上で彼が身に付けた、彼なりの必殺とも言える技。技というにはあまりに強引過ぎる力技。如何なる戦闘においても回避以外の選択を選んだ相手に、確実に致命傷を負わせることの出来る、単純な力による吹き飛ばし。それを初手から全身全霊で打ち込む、最強の初見殺し。二の太刀要らずの破壊剣。戦闘を組み立てようとする悠長な人間を絶対に許すことがない対天才用の最終兵器。
もし神や観客が居たのであれば、間違いなく食い入るように見つめていたであろうこの世紀の一戦は、僅か一撃によって終わったのだ。
バロールさえ一方的に屠ったこの男は、今正に……最強の地位を確立しようとしていた。