【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
『アルフィア』
それは7年前のあの時、最終決戦のためにダンジョンに入ろうとしたその直前。全てを企み、その成果を出し続けているエレボスによって、アルフィアは呼び止められた。その時だけは悪ではなく男神の顔をして、妙に神妙な顔付きで。
『なんだ、予定でも変わったか』
『いや、ただこれで最後だからな。少し話さないか?と言いに来たんだ』
『今更何を……まあ、話すことがあるからこそ呼び止めたのだろうな』
『まあな』
手下の1人も引き連れることなく、エレボスはアルフィアの対面に立つ。壁に背をもたれさせ、彼にしては珍しく何かを困ったような顔をしながら。
『……なんだ、本当に』
『なあアルフィア、お前後悔してるだろ』
『後悔……?そんな訳がないだろう、これも最後の英雄を生み出すための必要な犠牲だ。悪に加担することも私自身が選んだことで……』
『違う、娘の方の話だ』
『っ』
『お前自身分かっている筈だろ。そうでもないなら、どうして今みたいなおかしな話のズラし方をするんだ。お前らしくもない』
『………ーーーー』
ノイズが走る。
「……?なんだ今のは」
『なあアルフィア、お前の娘ってのはどんな女だったんだ?』
「あ、ああ……そうだな。簡単に言えば、我儘で、反抗的なガキだった。私ほどではないにしろ、十分に天才の部類であるにも拘わらず、どうも言うことを聞かなかった。最初に拾ったばかりの頃は、もう少し聞き分けの良い素直な子だったのだがな」
『へぇ、そうなのか。それはまた意外な話だ』
「意外……?」
『ああ、だって少なくとも。お前が居ない間のラフォリアは、そんな聞き分けのない子供みたいなことはしていなかったぜ?もっと言えば、そんな姿を見せていたのはお前の前だけだったろ』
「……待て、本当にお前は何の話をしているエレボス」
アルフィアのそんな疑問に、エレボスは何も答えない。変わらぬ笑みを浮かべながら、ただアルフィアの顔を見つめる。
『あの様子をお前達は、単に母親に甘えていたと言っていたが……俺からしたら解釈が違う』
「……解釈?」
『それに気が付けば、少しは見方も変わるかもな』
「ラフォリアが私に反抗的だった理由だと……?」
『反抗的、か……ふっ、まあそうだな。反抗的だな、いっそ可愛いらしいくらいに』
「……?」
エレボスはその言葉を最後にアルフィアに何かを握らせると、そのまま元来た道を引き返して行く。聞きたいことが聞けたのか、それとも伝えたいことは伝えたのか、それはよく分からないが、分かるのは……
「エレボス……これは、記憶ではないな?」
『……』
「確かに私は、ダンジョンへと赴く前にお前と話をした。だがこんなことを話した記憶はない」
『……』
「そもそもこうして、別の記憶があること自体が……」
『アルフィア』
「?」
『悪かったな、俺の責任だ』
「……!」
背を向けたままに、呟く。
「お前を誘うべきじゃなかった。……ザルドからお前と娘の話を聞いた時点で、俺はお前を諦めるべきだった」
「っ、違う!私は……!!」
「お前達は拒めない」
「!」
「最初からそれを知っていた、知っていて俺はお前達に声をかけた。なにせお前達は知っている、あの絶望を。そして理解していた。才ある者達に時間は無いと」
「……それでも、私には選択肢があった。選んだのは私自身だ」
世界は英雄を求めている。意志と才能に溢れた者達を待ち侘びている。だがその癖、世界は彼等を容易く使い潰す。その上、才能を持ち過ぎてしまったものは……その代償として、彼等の人生すら奪われる。
「いや、お前は拒めなかった。何故ならお前はあの時、自分自身の責で2つの才を無にするところだったからだ」
「……」
「お前自身の命だけだったなら、拒むことも出来ただろう。だがお前はお前の手で娘の人生を奪った。それを考えた時、せめてこの世界に詫びなければならないと、冒険者達に何かを残さなければならないと、追い詰められていた。……オラリオでの働きを見るに、もしあの娘が健康であったのなら、間違いなくヘラ・ファミリアは再興していただろうからな」
「……それでも、私の責だ」
「ああ、だがそれを知っていながら俺はお前を誘った。俺の責の方が、よっぽど大きい。……手段を間違えたとは、今も思ってはいないが」
エレボスはそう言うが、しかしそれこそアルフィアが母親より自分の都合を優先したという証左に他ならない。だがエレボスが言いたかったのはそうではなく、自分にも責任があるということだ。アルフィアに責任があることは間違いない、しかしアルフィアだけの責任ではないと。そう言いたいだけ。
「ヘスティアの権能だけでは、ラフォリアは生き返らない」
「!?」
「当然だろう、肉体が違い過ぎる。体に入れば自動的にラフォリアの形になるとでも思っていたのか?そんな都合の良い話はないだろ」
「……そう、か」
「だからこそ、それを届けに来た」
「っ」
握ったその右手の中、手渡されたそれが何なのかはアルフィアには分からない。握った手が開くことはないが、しかしそれは恐らく実体のあるものではない。
「まあ割とルール違反、グレーどころか黒に足踏み込んでるレベルなんだが……神域に近い状態になっている風土があったからな、干渉は出来た。原初の火が滅茶苦茶やってるんだ、これくらいそう怒られないだろう」
「エレボス……」
「別に謝罪をしたかった訳じゃない。ただ俺もこの件に首を突っ込みたかった、それだけだ」
エレボスはまた歩き始める。今度こそ足を止めることなく、ゆっくりと濃い闇の中へ。小さくなって行く足音と共に、その姿を消しながら。
「またな、アルフィア。100年はこっちに来るなよ、俺は向こうでザルドと酒でも飲みながら見ているとするさ」
「……120まで生きろというのか」
「それくらい図々しく生きればいいだろ、今以上に針の筵な状況も無いだろうに」
「……ああ、それもそうだな」
男の背中に、感謝も謝罪もアルフィアはしなかった。ただお節介をしに来ただけの男神もまた、それを求めてはいなかった。
アルフィアもまた歩き始める、エレボスとは逆の方向に。まだ何も終わってはいないのだから。……まだ何も、自分はしていないのだから。立ち止まっていられる時間など、何処にもない。
「……おや、起きたかい?アルフィア」
「……どれだけ眠っていた?」
「6時間くらいかな、快眠だったかい?」
「まあ、それなりにな」
目を開けると同時に、目の前にあったのはアルテミスの顔。日の差し込む小さな洞窟の中で、時間は昼を過ぎた辺り。何故か膝を枕に寝かされていたアルフィアが身体を起こすと、全身に走る鈍い痛み。怪我の手当はされているが、やはり最後の一撃が大きかったらしい。完全に回復するにはもう少し時間が必要だろう。たとえ回復薬があったとしても、今直ぐに再戦に持ち込めるような状態でないのは明らかだった。
「それで……どうしてお前がここに居る、猪」
「……」
「彼が私達の逃走を手助けしてくれたんだ。……それと、少し厄介な相手も追い払ってくれてね」
「……そうか、それについては素直に礼を言おう」
「……」
洞窟の隅の方に当然のように座っていたのは、オッタルだった。アルフィア自身、その顔を見たのはいつぶりだろう。しかし7年前からそれほど変わっていないように見える彼は、その纏う雰囲気だけは明らかに変わっているのが分かる。それこそ単純なステイタス、眷属としての質が違っている。Lv.8、その高みに彼自身の資質が追い付いて来たとでも言うべきか……
「……いや、待て。どうしてお前がここに居る?それは明らかにおかしいだろう」
それはそう。
「……フレイヤ様にラフォリアの剣を預け、ダンジョンに戻った後。俺は食糧の買い溜めを忘れていたことを思い出し、再び地上に戻った」
「そんなクソみたいな間抜けな話をよくそこまで真面目な顔で出来るな」
「そこでお前達が船に乗って旅立ったことを知った。……そこにアルフィア、お前が交じっていたことも」
「……それで?」
「ラフォリアに関係する何かがあると確信した俺は、お前達を追い掛けることにした」
「……どうやってだ」
「泳いでだ」
「馬鹿かこいつは」
オラリオからここまでの船旅、1日や2日程度のものではない。10日近くを掛けてここまで来たのだ。そしてこの猪はその距離を自分の身一つで泳いで来たとほざいた。というか、実際にそれをやったのだ。あまりにもアホで脳筋過ぎる。海にはモンスターも居るというのに、こいつは本当にそれを成し遂げたのだ。
「ならば、結界はどう入った」
「夜間にお前達の船に追い付いた俺は、その後は船底に掴まり身を潜めていた。結界への突入はお前達と同時だ」
「追い付いた……?それは何日目の話だ」
「オラリオを出て4日目、お前達が出てから5日目の夜だ」
「……食糧はどうした」
「数日食わずとも問題ないが、少し潜ればいくらでもいる。それに常に船底に居た訳でもない。……ラフォリアの件について俺の存在が邪魔になることを予感していたからこそ、接触することはしなかったが」
「……ああ、もういい。もう分かった。……お前がラフォリアに気持ちが悪いほどに執着していることもな、十分に伝わった」
「?」
明らかにドン引きした顔でオッタルを見るアルフィアだが、実際その辺りはアルテミスでさえフォローは出来ない。
高台から見ていた際に彼の姿を見つけた時、アルテミスだって驚いた。彼女はアンタレスの際にオッタルのことを見ていたが、彼のその無茶の理由が今になって本当にラフォリアの存在あってこそだと理解してしまったからだ。ラフォリアのためなら1週間以上海の中で生活することさえ厭わない、目の前に船もあるというのに。これを異常とは言わず何と言えばいいというのか。
「普通、2日も前に出航した相手を追い掛けるか?」
「そこで追い掛けようと思えるのが凄いというより、それでも追い掛けようと思ったのが凄いんだろうね。つまり元の性格ではなく、そこまでする動機があったからこそ。彼にとってのその動機がラフォリアだったんだ」
「昔から妙に仲が良いのは知っていたが……なんだ?女神から鞍替えでもしたのか?」
「?何を馬鹿なことを」
「……まあいい、今はお前の存在に感謝することとしよう」
色々と言いたいことはあるが、そこに口を出していればキリがない。それより話すべきことは多くあり、考えなければならないことはいくらでもある。そのためにオッタルがここに居るということは、アルフィアにとってあまりにも都合が良かった。……それこそ、一度はラフォリアと本気で戦ったオッタルがいるということは。そして他にも、彼の存在はあまりにも有用で。
「アルテミス、猶予はあとどれくらいある」
「……休息として使えるのは精々明日の朝までかな、明日の夜にはヘスティアの浄化の準備が整うと思う」
「なるほど……私が寝ている間に何かあったか?」
「ここから少し離れた場所にある小島で"天の炎"の力を行使した爆発のようなものがあったよ、恐らくアフロディーテの拠点が狙われたんだろう」
「……なるほど、あちらもあちらで厄介な事になっているようだな。それがお前が追い払ったという厄介な虫か?」
「ああ、恐らくな」
「……」
オッタルが吹き飛ばした男は、そのまま結界に衝突するかして海の中に落下したのだろう。そこから離島に泳いで向かったと考えるべきだ。
普通であればそれで容易く死に絶える筈であるが、そうならなかったということは、やはりそれくらいに面倒な相手だったという事。確かにそんなものに介入されていれば、事態はより酷いことになっていたことが容易く想像できる。
「……多分ベルも巻き込まれている筈だけれど、君は気にならないのかい?アルフィア」
「……今更何を試しているのかは知らないが、気になるに決まっているだろう。だがなアルテミス、今の私は弱者だ。弱者である私が手を広げたところで、何もかもを取り零すのが道理だ」
「……!」
「だから……力を貸して欲しい、アルテミス。そしてオッタル、お前もだ」
「……俺もか?」
「ああ、お前の力も必要だ」
アルフィアはそこで本当に頭を下げて、彼にも頼み込んだ。そんなあり得ない光景を見てオッタルは戸惑うし、アルテミスも驚いた。何かが変わったであろう彼女を見て、目を見開いていた。
「……それは、俺に加勢しろということか?」
「いや、それでは意味がない。お前の察した通り。お前が介入すれば、この戦いの意味が無くなる」
「……」
「私が勝たなければならないんだ。……私が、説得しなければならないんだ。そうでなければ他の誰が何と言おうとも、あの娘の意思は変わらない」
「アルフィア……」
「……少なくとも、俺にはラフォリアを説得することは出来なかった。学のない俺では、ただ言いくるめられただけだった」
「ああ、そうなってはならない。もう絶対に言いくるめられる訳にはいかない」
戦闘で勝てなくとも、言葉で、そして心で負ける訳にはいかない。そのために、自分の心を今一度叩き直す必要がある。なりふり構わず、何もかもに向き合わなければならない。傲慢のままでは、偽りの強者のままでは、何も変わらない。変われない。
「オッタル、お前の見たラフォリアの全てを私に話せ」
「……そんなことでいいのか?」
「いや、それこそが必要なんだ。……私の記憶、アルテミスの記憶、アフロディーテの記憶。足りていないのは、ラフォリアがオラリオに来てからの記憶。そしてお前はそれを持っている。あの娘の本音と、本心と、本当の顔を、お前ならば見ている筈だ」
「……そういうことなら、いいだろう」
だから、知らなければならない。知って、向き合わなければならない。彼女がどういう経緯を経て、どういう選択をして、どういう関係を築いて、その最後を選ぶことにしたのかを。
「……再会は、最悪の形だった」
ゆっくりと、静かに、厳かに。
その積み重ねを、オッタルは彼女へ伝え始めた。
学のない彼には、どの話がどれだけの意味を持っているのかはわからない。だから本当に自分の中にあるありったけを伝える以外の方法は知らない。
それは例えば、自分が彼女に対して行った襲撃という罪であったりとか、それに対して彼女が行った美の女神とその眷属達に対する報復だとか。その末に自分は負け、それでも彼女は自分達を許したことだとか。
けれどきっと、そんなことは他の誰かからアルフィアも聞いている。それを細かく話したところで、意味があるのかは微妙なところ。
だがそれなら、オッタルにしか話せないこともまた、その胸の中にはある。
それは例えば、自分が彼女にドレスを選び贈ったことだとか。それを着てパーティで2人で踊った事だとか。その末に彼女が笑みを浮かべてくれたことだとか。
……他にも、他にもそんなことはたくさんある。
彼女に注意されたことさえも、彼女に心配されたことさえも、彼女にそうして頭を撫でられながら諭されたことさえも、オッタルにとっては重要なことで、オッタル以外の誰も知らないことだ。本当なら恥ずかしくて他人に話せないようなことは、いくらだってある。
それくらいにオッタルは彼女と話したし、彼女はオッタルと言葉を交わしてくれた。きっと他の誰よりも心を開いてくれたし、笑ってくれた。だから自分の記憶の中にある彼女こそが、そこにある笑みこそが本物であると、オッタルは思っている。
「俺は……」
「……?」
「俺は、返さなければならない……あのドレスを」
「……なるほどな」
「だから、頼む……そのために必要があるのなら、どれだけでも責を背負っても良い。どれほどの期待であろうと背負う」
「ああ……」
「その代わりラフォリアを……もう一度、連れ戻してくれ」
「無論だ」
もう一緒に背負って欲しいなどとは願わない。どんな重みであろうと、自分1人で背負ってやる。甘えもしない、色々考えられるようにもなる。
……それでも、何度考えても、どれほど考えても。やっぱりそれだけは諦められなかったから。ラフォリアが生き返る可能性が少しでもあると理解した瞬間に、何もかもを投げ捨てて海を渡り始めたくらいに、衝動的になったから。それこそが自分の本心であるのだと、今になってようやく自覚出来たから。
オッタルは懇願した。情けなく、みっともなく。最強になった筈のその身で頭を下げ返してでも、必死に。
「アルテミス……私に勝つ方法はあるか?」
「……あるよ。勝つだけでいいのなら、だけれど」
「構わない、教えてくれ。それがどんな汚い手段であっても、まず勝たなければ言葉を届けることも出来ない」
「……それが母親として最低の行いであったとしても、いいんだね?娘から貰ったその命をむざむざ捨てる様な行いであったとしても、構わないんだね?」
「アルテミス、これは単なる意見の照らし合わせだ。……私の考えが間違っていないか、確かめるためのな」
「……分かった。じゃあ始めようか。ラフォリアを連れ戻すための、大人達による、悪〜い悪〜い作戦会議を」
「ああ」
アルフィアではラフォリアに勝つことは出来ない。だが2人の間に明確に違いがあるとするのなら、アルフィアは目的のためなら闇派閥と手を結ぶことが出来るが、ラフォリアにはそんなことは絶対に出来ないということ。
……悪に染まらないからこそ、卑怯な手段を取れないからこそ、そこに隙がある。正面から挑んでくる脳筋が大好きな彼女にだからこそ、そこに好き嫌いがある。
「見ていろ、ラフォリア。……これが私の覚悟で、最低な私のやり方だ。最低な私は、ならば最後まで最低を貫こう。最後の最後まで、罪を重ね続けよう」
その結果として、娘を取り戻すことが出来るのなら……
「私の命も、心も、母親としての尊厳さえも……安いものだ」
心を折られたからこそ、辿り着ける境地がある。なりふり構わず、プライドを捨てたからこそ、開き直ることが出来る。そして基本的に戦において、そして論戦において、開き直った人間というのは何より……恐ろしい存在だ。