【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者62:母娘

 それまでの凄まじい戦闘音が嘘のように消え失せ、周囲からは焼け焦げた木々が崩れ落ちる音くらいしか聞こえては来ない。それでも視界の中にあるのは互いの顔だけ。互いに一切目を逸らすこともなく、全く同じ顔を近付け、違うのはその表情くらいか。

 

 

『……お前、ここまでするか』

 

 

「ああ、するとも。弱者である私は、こうでもしなければお前には勝てないからな」

 

 

 

『っ、何をもう勝った気になっている!!今更寝技如きで抑え込めると思ったか!!"爆砕(イクスプロジア)"……』

 

 

 

「確かに、それは困るな。私はお前と違い、詠唱を邪魔する術を持ち合わせていないからな」

 

 

 

『撃s(カラミ……)』

 

 

 

 

「だからこうするしかない」

 

 

 

 

 

 

 

 

『んみゅっ……』

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

『………』

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

『!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?』

 

 

 

 

 

 いくら優れた寝技と言えど、前提となるのは地面があること。魔法によってアルフィアを吹き飛ばさなくとも、地面を吹き飛ばしてしまえば解除は容易い。

 そして両手両足を拘束に使用しているアルフィアでは、ラフォリアの詠唱は止められない。精々頭突きをして邪魔をするくらい。しかしそんな頭突きで詠唱を止めるつもりなど一切無かったラフォリアは、自信満々にスペルキーを紡ぐ気でいた。

 

 

 

 

 ……まさか直接的に口を塞いで来るとは。

 

 

 

 口で。

 

 

 

 彼女は本当に。たとえその優れた才能があったとしても、夢にも思っていなかった訳で。

 

 

 

 

 

「ふぅ……よし、魔法は消えたな」

 

 

 

『………お、おま……な、なに、を……』

 

 

 

「仕方ないだろう、これ以外にお前の詠唱を防ぐ方法など無いのだから。……まだ詠唱を続けるつもりなら、本当にお前が腑抜けるまで息を奪ってやるつもりだが?」

 

 

 

 

 

 

『……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………私の、負けでいい』

 

 

 

 

「ふふ、それでいいんだ」

 

 

 

 正に苦渋の決断。

 酷く悔しそうな表情をしながら涙目で顔を背けたそんな娘の顔を見て、アルフィアは満足そうな笑みを浮かべた。……もちろん拘束を解くことはないが?

 

 なにせ、ここからが本題なのだから。ここまでは前提に過ぎないのだから。無理矢理に言うことを聞かせるためにも、まだ自由の身にしてやることは出来ない。

 

 ……まあそれはそれとして、その悔しそうな表情を拘束されて隠すことも出来ないラフォリアに愛おしさを感じてしまい、ここぞとばかりに頬を擦り付けてやるが。これはこれで勝者の特権である、一切遠慮するつもりなどない。

 

 

 

『〜〜!!お前は!こんなことをしてまで勝ってどうする気だ!!私の反感を買うだけだと分かっているだろう!!』

 

 

「なんだ?キスの話か?」

 

 

『違う!!というか黙れ!!2度とその話をするな!!』

 

 

「……だがまあ、そうだろうな。毒に回復薬はまだしも、最後のアレだけはお前は本当に許せないだろう。所詮私も開き直っているだけだ、最低にも程がある」

 

 

『それが分かっていながら……!!』

 

 

「だが、それ以外に勝つ方法が私の中には本当に無かった」

 

 

『っ』

 

 

「それほどにお前は強くなっていた、それほどに私はお前に歯が立たなかった」

 

 

『……』

 

 

 ラフォリアの言葉が止まる。明らかに本音であるアルフィアのその言葉に、ラフォリアは大きく目を見開きながら、息を止める。

 

 

「お前の手札を引き摺り出し、その過程で可能な限りのダメージを与えた。私の精神力を引き換えに、お前の体力を徹底的に削った。……だが近接戦闘も可能なお前の体力を削るには、そしてあの治癒魔法に対処するには、どうしても毒が必要不可欠だった」

 

 

『……体力の回復を、毒の治癒に回させた』

 

 

「そうだ。そして毒を付与すれば、お前は耐性を得るためにあのスキルを使うだろう」

 

 

『……知っていたのか、あのスキルの弱みを』

 

 

「アレはお前の怒りが表面化したもの、そして怒りは疲労を伴うものだ。……代償として膨大な体力を使用することを、私はここに来る前に聞いていた」

 

 

 全ては、ラフォリアに疲労を溜めるための立ち回り。あれほど病に苦しんでいたラフォリア、その姿を誰よりも知っているのはアルフィアだ。猛毒など使いたくなかったに決まっている。それを使うことにどれほど長い決心の時間を費やしたのか、それを知っているのはアルテミスとオッタルだけだ。

 

 

「そして精神回復薬は、お前をこうして押さえ付けるに必要な体力差を得られたと確信した時に飲むことにしていた。……一見同様に疲労しているように見えても、お前は体力、私は精神力という違いがあったからな」

 

 

『………最後の、アレは』

 

 

「……ここまで策を組み立てても、肝心のお前を押さえ付ける方法だけが思い付かなかった」

 

 

『……』

 

 

「物理反射の魔法を擦り抜けるためには、速度を緩めて拘束するしかない。しかしその意識の隙をお前が見せてくれる筈もない。……故に、私はお前の愛さえ利用することにした」

 

 

『っ、私が動かなければどうしていた!!お前は確実に自分の腹を貫くつもりだっただろう!!』

 

 

「そうでもしなければ、お前は助けてくれないだろう?」

 

 

『……っ』

 

 

「そうまでしても助けてくれなかったのなら、それはそれで私の受ける罰でもある。……と言うのも違うか。仮にそれで私が死んでいれば、お前をまた苦しめただろうからな。やはりどちらにしても、あの行為は決して許されることのない私の罪だ」

 

 

 助けてくれることを信じていた、そんなことを言うつもりもない。その優しさと愛に賭けていただけだ、それも身勝手に。そしてアルフィアはその賭けに勝った。決して分の悪くなかった賭けに、勝つことが出来た。これはただ、それだけの話だ。

 

 

「すまなかった」

 

 

『っ……それは、何についての謝罪だ』

 

 

「好きに取ってくれ。……私にしてみれば、お前に対して謝るべきことが多過ぎる。どれから謝罪すればいいものか、正直困っているくらいだ」

 

 

『……』

 

 

 

 

 

 

 

「……ようやく分かった、お前が生き返りたくない理由が」

 

 

 

 

 

『っ!?』

 

 

 アルフィアのその言葉に、ラフォリアは明らかに動揺した様子を見せた。けれどそんな様子にさえ、アルフィアは申し訳なさそうに笑みを浮かべる。

 ……なにせ、それさえもアルフィアの罪だったのだから。だから本当に、何から謝ればいいのかに困っている。謝るべきことが、多過ぎて。

 

 

「前提となるのは、お前の私に対する態度そのものだ。……最初に出会った頃、お前はあれほど反抗的ではなかった。むしろ利口が過ぎるくらいで、面倒を見る必要など殆どなかった」

 

 

『……』

 

 

「私はその変化を反抗期だと思っていた。他の者達は単に私に甘えているだけだと、そう言っていた。……だが、そのどちらも違う。否、多少そういう部分はあったのだろう。だがその根本は違う」

 

 

『……』

 

 

 

「利口のままでは、私はお前に構わなかったからだ」

 

 

 

『っ』

 

 

 

 それこそが何よりの、病巣。

 

 

 

「妹の病やファミリアの案件で急な対応を迫られることが多かった私は、お前の利口さに甘えていた。放っておいても金さえ与えればお前は生きていける。故にお前が自立すればするほどに、私はお前の優先度を下げていた。……それをお前は感じ取っていた」

 

 

『……』

 

 

「他の人間から聞くお前の様子と、私が実際に見るお前の様子に多少の食い違いがあるのは当然だ。何せお前がそれほど傲慢に振る舞い始めたのは私が原因なのだから。……強さを求め始めたのも、理由は同じだ。私と同等の力を得れば、単純に共に居られる時間が増えるからな。少なくともファミリアで留守番をするということは減る」

 

 

『……分かったように言うな』

 

 

「ああ、そうだな。これまで何も分かっていなかった癖にな」

 

 

 我儘を言えば、問題を起こせば、迷惑をかければ、彼女は帰って来た。そして自分を見てくれた。……それはそんな、本当に子供らしい子供の考え。大人びた考えを持つラフォリアが抱いていたとは思えないような、幼い思考。

 けれどそれでも、事実として幼かった当時の彼女は、今とは違い力も何もなかった当時の彼女には、そうする以外他になかった。それ以外に、見て貰える方法が無かった。一時であっても妹からその目を奪うには、そうするしかなかった。

 

 

「お前がメーテリアとそれほど言葉を交わさなかったのも、それが理由だろう。……お前はメーテリア自身を恨んではいなくとも、嫉妬はしていた。だがそれも当然のことだ。幼いお前の唯一頼れる人間を、朝だろうと夜だろうと病が急変する度に奪っていったのだから。……理性と心は、決して一致することはない。決して恨むことのないように、お前はわざと距離を取っていた」

 

 

『……』

 

 

 

 愛も、嫉妬も、同様に。

 それは頭でどうにか出来るものではない。

 

 

 

「であるならば、お前の生き返りたくない理由も概ね想像出来る」

 

 

 

『……言うな』

 

 

 

 

 

「お前はベルに嫉妬したくなかったんだ」

 

 

 

 

『っ……』

 

 

 

 

「私とベルが楽しそうに話している姿など、お前は見たくなかったんだ」

 

 

 

 ここで初めて、ラフォリアは目を逸らした。

 

 

 下唇を噛み、眉間に皺を寄せ、息を浅くする。

 

 

 答え合わせの必要もない。

 他でもない彼女自身がそれを認めていた。

 

 

 だって彼女が相手から目を逸らすことなど滅多にないのだから。それこそ、こうして本心を刺されでもしない限りは。これまではそうして刺された事さえ、殆ど無かったから。

 

 

 

「……難しいものだな、心というものは。どれほど利口なことを考えようとも、心がそれに着いて来るとは限らない。自分のその浅ましさに、自分自身が苦しめられる」

 

 

『……失望したか、こんな私に』

 

 

「する筈もない、こんな私を未だにお前が愛してくれているようにな。むしろ今は愛おしくすら思っている。……愛おしく、思えている」

 

 

『……お前にだけは、知られたくなかった』

 

 

「分かっている。……だが実際、私だけでは気付くことは出来なかった。ここまで辿り着けたのは、他の多くの者達の言葉があってこそだ」

 

 

『……』

 

 

「……それほどに、私は母親としては未熟だった」

 

 

『……』

 

 

「こんな簡単なことに気が付くまで、こんなにも時間が掛かってしまった。他の才能は不要なほどにあったというのに、母親としての才能だけは全くもって皆無だった。……本当に、ままならないものだ」

 

 

 失敗を繰り返し、何度も取り返しのつかない状況に陥った。もし1つでも奇跡が起きていなかったら、自分はこんなことに気付くことも出来ずに死んでいた。むしろこんな気持ちを持たせたままに、娘を一度死なせてしまった。

 

 

 けれど、だからこそ思うのだ。

 

 それを苦しく思えるからこそ、言えるのだ。

 

 今度こそ幸せにしたいと思えたから、誓えるのだ。

 

 

 

 

「ラフォリア、また一緒に暮らそう」

 

 

 

『っ』

 

 

 

「あの教会ではない場所に、新しく家でも建てて」

 

 

 

『……そんな甘言に乗るとでも』

 

 

 

「甘言だと思ってくれるのか」

 

 

 

『う……』

 

 

 

 また目が逸れる。

 そしてそれを、嬉しく思う。

 

 

 

「安心していい。家事は分担だが、食事だけは私が作ろう。母親の味というものを、お前に染み付けてやらなければいけないからな」

 

 

 

『……話が飛躍し過ぎだろう』

 

 

 

「だが、楽しいだろう?未来の話をするのは」

 

 

 

『……』

 

 

 

「少なくとも、私は楽しい。……例えば、お前が私の服の畳み方にケチを付けてきて、私はそれに対して反論するんだ。それでは効率が悪いと。だがお前は言うだろうな、それでは見栄えが悪いと」

 

 

 

『……馬鹿馬鹿しい話だ』

 

 

 

「ああ、本当にな。だが私はそんな想像をするだけで楽しい。……そんな未来を、幸福だと思っている」

 

 

 愛がどうのとか、過去の罪がどうのとか。

 

 そんな難しい話をしているより、未来の馬鹿馬鹿しい光景を話している方が、きっと楽しい。

 

 ……もちろん、罪が消えることはない。

 

 これまでして来たことは消えないし、未来も明るい話ばかりではない。世界にはまだ多くの問題が蔓延っているし、確実にそれ等に巻き込まれていくことになるだろう。喧嘩だってするだろうし、対立だってするに決まっている。明るい未来が待っているなどと、断言することなどできない。

 

 

 

「それでも私はお前ともう一度、家族をしたいんだ」

 

 

 

 ……多くを知った、多くを見た、多くを聞いた。間違いを繰り返し、その度に反省し、心のままならなさに悩まされた。自分という人間がどれほど浅ましいのかを理解し、犯した罪の数と重さに向き合った。心の深くまで掘り返され、自分の中の汚さを見せ付けられた。うんざりするほどで、全てを投げ出したいと何度も思った。

 

 

 ……それでも、最後に残っていたのは愛だった。

 

 

 愛だけは、そこに残っていた。

 

 

 そして自分は確かに愛しているのだと、言葉に出来た。

 

 

 そうだ。過程がどうであれ、その形がどうであれ、今こうして抱いているその気持ちを愛だと断言することが出来る。それをこれほどまでに嬉しく思っているし、だからこそ、もう2度と手放したくないと思っている。それだけが事実だ。その事実こそが、きっと全てだ。

 

 

 

「もう迷うことなく言える……ラフォリア、私はお前を愛している」

 

 

『アル、フィア……』

 

 

「それこそお前を、何処にも嫁に出したくないと、そう思っているくらいにはな」

 

 

『……急に重くなったな』

 

 

「ああ、私の愛は重いんだ。知らなかったのか?今更後悔しても遅いからな」

 

 

『……知っていた、当たり前だろう。何年見て来たと思っている」

 

 

 

「……ふふ、そうだったな」

 

 

 

『っ』

 

 

 拘束していた技を解き、そのままラフォリアの上半身を起き上がらせる。互いに地面の上に座り込んだ形のまま、それでもゆっくりと彼女を抱き寄せ、深く深く抱き締めた。それこそまた拘束し始めたのではないかと、そう思うくらいに。

 

 

「頼む、帰って来てくれ。……お願いだ」

 

 

『……』

 

 

「もう私には、それしか言えない……私をもう一度だけ、お前の母親にさせて欲しい」

 

 

『アルフィア……』

 

 

「分かっている、私は母親としては酷く未熟だ。またお前を苦しませてしまうかもしれない、失敗だってしてしまうだろう。……それでも私は、お前の母親として在りたいんだ」

 

 

『……』

 

 

「……頼む」

 

 

 疲労とは無関係に、すっかり力の入らなくなってしまったその身体で、ラフォリアはゆっくりと空に浮かぶ月を見る。それは彼女が魔法で生み出したものではなく、本当の月だ。あの月の女神も、何処かでこの光景を見ているのだろう。

 ……そしてきっと、あの女神も。

 

 

 

『どう思う、馬鹿乳』

 

 

「……?」

 

 

 

 

『何も心配なんて要らないって、僕は思うぜ。ラフォリアくん』

 

 

 

「っ」

 

 

 

 それは朧げな炎。

 ラフォリアの背後に現れた小さな炎が、確かに言葉を発した。

 アルフィアもよく知っている、ヘスティアの声で。

 

 

 

『少なくとも僕は、君がベルくんに嫉妬するようなことはないと思う』

 

 

『ほう?その心は?』

 

 

『逆にアルフィアくんの方が君に嫉妬することになると思うからさ』

 

 

「っ」

 

 

『……何故、そう言える』

 

 

『それくらいベルくんは君に懐いていた。僕のナイフを通じて見ていたけれど、それを確信したよ。……きっと君の姿を模して居なかったら、ベルくんは途中で挫けていただろうね』

 

 

『……なるほど、どうやらお前の思い通りに物事は進まなかったようだな』

 

 

『ああ、君の言った通りだったよ』

 

 

 アルフィアには2人が何を言っているのかは詳しくは分からない。ただ分かるのは、2人がこうして何かしら繋がっていて、言葉さえ交わしていたということ。そしてラフォリアはヘスティアを通して、何らかの方法でベルに手を貸していたということも……

 

 

 

 

『アルフィア』

 

 

 

「っ、どうした……?」

 

 

 

『……お前は、私に嫉妬しないか?どうやらベルはお前より私の方に懐いているようだが』

 

 

 

「……そんなことは、今更言われなくとも分かっている。それに私が嫉妬するのは別にお前だけではない」

 

 

 

『なに……?』

 

 

 

「きっと私は、ベルにも嫉妬するからな」

 

 

 

『……!』

 

 

 

「それでは不満か?愛娘」

 

 

 

 額に額を当て、笑い掛けた。

 でも仕方ない、それもまた本音なのだから。

 

 ……そうして、そんな欲深い母親に対して、娘は素直に笑みを返した。それまで他の誰も見たことがなかったような、アルフィアでさえも10年以上もの間見ていなかったような、本当にあどけない、子供のような笑みを。

 

 

 

 

『すごく、嬉しい』

 

 

 

「ラフォリア……!」

 

 

 

 

『お前を嫉妬させることが、私の夢だったんだ』

 

 

 

「…………………私が言うのもなんだが、最低だなお前」

 

 

 

 それが本音か冗談だったのかは、定かではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもその背中を見ていた。

 自分よりも7つ上のその女の背は、けれど年齢以上に大きく見えていた。

 自分よりも才能に満ち溢れた人間を初めて見た私がその女に憧れを持つようになったのは当然の話であったし、その女を慕うようになったのも当然の話だ。

 

 その女は強かった。

 その女は賢かった。

 その女は優しかった。

 

 だからその女のようになりたかったし、その女の役に立ちたかった。自分を拾ってくれた恩、きっとそれだけではない。自分をちゃんと子供として扱ってくれた事が何より嬉しかったから、子供でいる事を許してくれたから、それこそが他の何より自分にとって大切な事だったから。こうなった。

 

 その女には妹が居て、妹も私に対して優しくしてくれた。親に捨てられたと聞いて、同情もしていたのだろう。まだ戦う力もなかった私はその妹と留守を任されることが多く、自然と関わりも最初の頃はそれなりにあった。

 ……けれど、妹の方に才能は無かった。だから心を開くことはなかったし、そうして開かなかった心の内を見抜かれることもなかった。

 

 色々な者達が居た。

 色々な神々に出会った。

 

 それでもやっぱり、自分にはあの女しか居ないのだと。自分を本当の意味で理解して、同じ目線に立って見てくれる人間など、あの女以外には居ないのだと。オラリオでの生活が長くなるほどに実感していった。

 神々の暮らすオラリオでさえも、私の才能は浮いていたから。人々を誑かす神々の嘘でさえ、この才能は看破出来たから。だから神々への失望が大きくなるほどに、あの女への執着も強くなっていった。あの女以外を信じる事が出来なくなっていた。

 

 ……自分の中の炎に気付いたのは、丁度その頃だったか。

 

 

『お前は怒りの炎を宿している』

 

 そんなことを言ったのはどの神だったか。

 けれどそう言われた時、不思議と神の言葉であったにも拘らず、すんなりと受け入れることが出来た。自分の中に確かにそんな炎があったことを知っていたからだ。両親に捨てられたあの時から常に燃え滾っているそれが、常日頃から押さえ続けているそれがあることを、感じていたからだ。

 

 

『その炎が道を照らすのか、若しくは全てを焼き尽くすことになるのか……全ては下界の在り方次第、か』

 

 

 生きていると、ふと思うことがある。こんな才能がなければ自分はもう少し楽に生きられたのではないかと。

 人々の言葉の隙間に隠された悪意や欲望を見ずに済み、神々の表情の裏に隠された下衆な考えを感じ取らずに済み、社会の構造に隠された地獄と絶望を知らずに済む。

 

 自分も馬鹿の一つ覚えのように夢に向けて走り続けることが出来れば、酒場で笑い狂っているあの男達のようになることが出来れば、愛に溺れてその女だけを求め続けるようになれれば。この炎も少しは鎮まるのではないかと。

 

 

『それでもラフォリア、私達の才能に果てはない』

 

 

 アルフィアはそう言った。

 

 

『神に与えられた知恵には、必ず限界がある。だが私達の才能にそれはない。……何故ならそれは、全知として生まれた完全なる存在の必然の叡智ではなく、未知として生まれた不完全な存在に芽生えた偶然の産物だからだ』

 

 

 もしかしたらあの時のアルフィアは、少し酔っていたのかもしれない。

 

 

『……私は所詮、腹の中で妹から才能を奪って来ただけの女だ。故にこの才は私だけのものでなく、妹から託されたものでもある』

 

 

 それがこの女の口癖だった。

 

 

『しかしお前は、お前だけの才能でそれだ。……そう考えれば、よっぽど、お前の方が天才なのだろうよ』

 

 

 それもまた、この女の口癖だった。

 

 

 

 

 間違いなく。

 

 ……何年経っても、どう考えても。当人がどう思っていたとしても。私にとって"母親"というのはアルフィア以外には存在しないし、私の"母親"になれる女はアルフィア以外に存在しない。

 だから何度裏切られようと、どう捨てられたとしても、本当の意味で捨てることなど出来はしない。この人生からあの女を取り除くことなど、絶対に出来ない。神の力であったとしても、絶対に。

 

 

 

『それなら、"それ"はもう必要ないだろう。……これから先は、本物がずっとお前の側に居てやるんだ』

 

 

 

 ……そうかもしれない。

 

 

 

『ああ、だから……そんな物をいつまでも握り締めていなくていい。握るのなら私の手でも握っていろ、愛娘』

 

 

 

 

 手放す、小さな欠片を。

 

 最後に掴み取った、繋がりの断片を。

 

 縋り続けていた、僅かな残滓を。

 

 

 

『さあ、罰ゲームはこれで終わりだ。賭けの約束を律儀に守ったお前に、どんな褒美をやろうか……悩ましいものだな』

 

 

 こちらの気など知りもせずにそう笑った女の顔を、本当に殴り飛ばしてやりたい。けれど褒美があるというのなら、許してやろう。7年分の褒美なのだから、期待するしかあるまい。

 

 

 

 

 ……ああ、本当に。

 

 

 私はこの炎を上手く扱えたのだろうか。

 

 

 一歩間違えれば"原初の炎"と同じように下界を焼き払っていたかもしれないそれを、上手く抑え込めたのだろうか。

 

 

 そうしてまた立ち止まって考え込み始めた私の手を、アルフィアは引いていく。

 

 

 暗闇の先、光の果てへ。

 

 

 漆黒の闇に拳を叩き付けて道を作ったその女の背中は、それでもやっぱり……大きかった。

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