【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者66:美の女神

 ラフォリアがオラリオに帰って来てから数日が経った。

 

 あれからベル達は、(ラフォリアからの提案で)ヘルメスがギルドに依頼させた遠征を受ける羽目になり、それはもう慌ただしく準備を終えてダンジョンへと向かって行った。

 

 一方でラフォリアはと言えば、闇派閥との戦いで成長したロキ・ファミリアの団員達に労いの言葉をかけながら、その成長を確認したり、精神的な状態を診ていたりしている。

 こんな姿になってしまったのだから、それはもう会う人間、会う人間に揃って驚かれはするものの、そんな彼等の扱いにも少しずつ慣れて来たところ。ダンジョンには潜ることなく、昼間はそうして冒険者達の元を訪ね、夜は特になにをする訳でもなくアルフィアと共に家族というものを楽しんでみる。

 

 こうしてラフォリアにしては非常に怠惰な日々を、彼女は過ごしていた。

 

 

 

 

 

 ……とは言え。

 

 

 

 

 

「遅い!!」

 

 

 ドンっとラフォリアは机を叩く。あからさまにイライラとして機嫌の悪そうな彼女であるが、それは決して現状に対する不満だったりがある訳ではない。彼女が不満に思っている相手は1人だけ。これだけの日数が経っているにも関わらず、一向に姿を見せる気配のないとある1人の脳筋だけだ。

 

「まあ、気持ちは分かるが落ち着け」

 

「なんだ!?アイツはなんだ!?アイツはなにがしたいんだ!?どうして顔も見せに来ない!?もう私がオラリオに帰って来て何日経ったと思っているんだ!?」

 

「……とは言え、お前もフレイヤも行き先が分からないとなると、どうしようもないだろう。まさかダンジョンの中を探しに行く訳にもいくまい、深層にいる可能性もあるのだからな」

 

「そもそもあの馬鹿の行動を読むことなど出来るものか……!!普段ならまだしも、こういう時のアイツは本当に突拍子もないことを本気で行動に移す!女神に水を贈るためにダンジョンにまで入る男だぞ!天才も糞もない!!」

 

 オッタルが未だに会いに来ない。

 どころか、どこで何をやっているのかすらも分からない。それはフレイヤであってもそうであり、彼女もまた困った顔をしていた。

 オラリオに戻って来ているのかどうかも分からない、ダンジョンに潜っていたとするなら探す範囲があまりに広大過ぎる。そして少なくともここ数日、地上での目撃情報は完全にゼロ。それはお手上げと言っても仕方のない有様だ。

 ラフォリアはこんなに楽しみに待っていたというのに。流石に待たせすぎにも程がある。一体どんな面を出して、どんなことを言うのか。それが別の意味で楽しみにさえなって来ている。

 

 

 (………それにしても、気に入っているな)

 

 

 なお、そんな娘の様子を冷ややかな目で見つめるのはアルフィアである。だってアルフィアは当然、こんな小さく可愛らしくなった自分の娘を、あんな大男の元にやりたくないと思っている。

 実際彼等が恋仲になるのかどうかは知らないし、そこまで言葉で探ろうとは思わないが、仮にそうなったとしても素直に認めたいとは思わない。せめてあと10年は欲しい、そこまでやっても母親としては顔を顰める案件である。実力としては申し分ないのだが、というかこれ以上がないのだが……

 

 

「まあ、それはいい。取り敢えず夕食が出来た。あんな奴のことは放って食べるといい」

 

「ん?ああ……料理まで上手いのは流石だな。とは言え、何故か妙に癖のある味が混じっているのが不思議だが」

 

「母親の味というものだ。……その気になれば最高のものを出せるが、それでは私の料理と思ってもらえないだろう?故に、意図的に味を崩している」

 

「そういうものなのか……?母親の味とは……」

 

「これが私なりの母親の味だ、覚えておけ」

 

 

 そんな謎の拘りに首を傾げつつも、ラフォリアはオッタルのことなど頭から放り出して食事に手をつけ始める。

 そんなラフォリアの食事風景を見ているだけでも嬉しい気持ちになってしまうのは、アルフィアが母親になれた証拠なのだろうか。少なくともラフォリアから一緒に食べないのか聞かれるまでこうして見守っているのが、2人の間の最近の常であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、結論から言ってしまうと。

 

 オッタルはそもそもオラリオに帰って来ていなかった。

 

 彼がオリンピアから向かった場所。

 

 というか付いていった相手。

 

 それは……

 

 

 

「アンタ……ちょっとセンスないとかそういうレベルじゃないんじゃない!?こんなもんプレゼントしてどうすんのよ!!要らないわよ!!こんなよく分からない化粧品!!」

 

「うぐ……」

 

 

 オリンピアから少し離れたとある街、オッタルはそこでとある女神から叱られていた。……というか、女神アフロディーテから叱られていた。彼女の眷属に温かい目で見られながら、その手に何処で買ったのかよく分からないような化粧品を持って。

 

 

「あのねぇ、化粧品なんてのは男から贈る物じゃないの。その色が本当に似合うかどうか、そもそも肌との相性はいいのか、それ以前に好みであるのかどうか、ここまで分かるなら話は別よ?……けど違うでしょうが!流石にそこまで知らないでしょうが!どうしても化粧品を贈りたいなら一緒に選んで買ってあげなさい!この頓珍漢!!」

 

「そ、そういうものか……」

 

「そりゃ私とかフレイヤならどんな物だって似合うわよ!というか不必要と言っていいわ!むしろ邪魔!……けど、そういうところが甘えてるって言ってんのよ!このすっとこどっこい!!」

 

「と、いうと……?」

 

「不必要だからって貰って嬉しくない訳じゃないのよ!偶には強くなること以外で主神を喜ばせてみなさいっての!……見なさい!あそこの私の可愛い眷属を!ついさっきゲボクソにダサい服を献上して来たから、逆に着せてやったわ!でもその気持ちは嬉しかったから私は上機嫌なわけ!分かる!?オーホッホッホッホッホ!!」

 

「な、なるほど……」

 

 

 どうしてアフロディーテと共にオッタルが居たのか、それは単純な話である。オッタルはラフォリアに対して祝いの品を贈りたかったのだ。

 しかしどんな物を贈ればいいのかも分からず、悩みに悩んだ挙句、その辺りに詳しそうなアフロディーテを追って助言を求めた訳である。そしてラフォリアを祝いたいという彼の思いに応えて、アフロディーテはこうして主神自らで付き合っていた。

 

 

「大体ねぇ、アンタこれどういう気持ちで祝うのよ」

 

「どういう気持ち……?」

 

「面倒だから過程は省くけど。ぶっちゃけアンタ、あの子のこと好きなの?」

 

「………」

 

「なんかもうちょっと引きそうになるくらい執着してるみたいだし、ただの友人関係にしては深めじゃない?でもアンタ、フレイヤのところの団長なんでしょ?」

 

「………」

 

「黙ってちゃ何も分かんないわよ。頭回すようなことでもないんだから分かんでしょ?どんだけ言い訳したって心は変わらないわよ、だから神も子供達も恋には悩まされるんだから」

 

「……神も、か」

 

 

 言いたいことは躊躇なく言うし、聞きたいことは遠慮なく聞く。黙っていたところでズカズカと踏み込んでくるだけであるし、決して物怖じすることもない。

 そんなアフロディーテが今ここに居ることは、もしかすればオッタルにとっては幸運であり、不幸なことでもあったのかもしれない。タイミングが良かったし、悪くもあった。ここに彼にとって味方となれる人間が居なかったこともまた、きっと要因の1つ。

 

 

「俺は……………ラフォリアのことを、好いているのかもしれない……」

 

 

「……そう」

 

 

「そんな自分に気付き、認められず、忘れようと、死に物狂いでダンジョンに潜っていた。……だが、気付けば俺は海を泳いでいた」

 

 

「いや、そうはならんやろ」

 

 

「アフロディーテ様、口調が崩れています」

 

 

 しかしまあこんな状況であるのなら、フレイヤも当然にその変化には気付いていただろう。剣を渡す一瞬とは言え、そんなことに気が付かないフレイヤではない。

 ただ自覚してしまったその事実に彼自身が酷く悩み苦しんでいたことも分かるために、フレイヤは敢えて何も言わなかったのだろう。

 

 ファミリアの中でも最強の地位を確立し、フレイヤへの忠誠を誰よりも示し続けて来た。自分の始まりは女神フレイヤにあり、その全てを捧げ続けて来た。オッタルにとって女神フレイヤとは、その人生における全てと言ってもいい。過去も未来も自分は彼女のために事をなす。……そのつもりだったのに。

 

 

「ま、混乱する気持ちは分かるわ。けどね、敢えて言ってあげる。……甘ったれてんじゃないわよ」

 

「……」

 

「別に恋に悩んでるのはアンタだけじゃない。そりゃアンタにとっては衝撃的な出来事かもしれないけど、恋に悩んで苦しむなんて誰でもやってる事なのよ。なんなら悩み過ぎて自死を選んじゃう子だって居る。……事情はアンタの方がよっぽど大きいかもしれないけど、もっと小さい事でアンタ以上に頭を抱えている子も居るの。それが恋愛なのよ」

 

「……」

 

「何も考えずフレイヤに愛を捧げ続けて来たアンタ達には分かんないでしょうけど、これが本当の愛の苦しみなの。……ううん、これ以上の苦しい思いをこれからアンタはすることになるわ。断言してあげる」

 

 

 それは分かる、オッタルでも。

 僅かながらに芽生えていたものは、遂に自分でも自覚出来るほどになってしまった。それはラフォリアが自死を伝えて来たあの日に自覚したものだ。もうどうしようもないと全てを諦めようとしていた時に、彼女は蘇った。そしたらもう、この気持ちは大きくなり過ぎていた。

 

 ……無かったことにすることも、難しい。

 

 こんな感情は気の迷いであると、完全に無視して生きていくことが出来ればどれほど楽だろう。けれどそれが出来ないことに気付いてしまった。

 だって港で彼女を見た時。どうしてオッタルが姿を現すことがなかったのかと言われれば、それは単純に顔を合わせることが妙に恥ずかしく思ってしまったからだ。……というかその目を、その顔を、真正面から見ることが出来なかったからだ。

 

 だからまた以前のような友人として、普通に接することなど出来ない。恐らく言葉を交わそうとすれば、明らかに変な様子を見せてしまう。この感情がある限り、以前の関係に戻ることは出来ないのだ。

 

 

「……厄介だ」

 

「ふふ、そうでしょう?」

 

「なぜ、こんなことに……」

 

「別に仕方ないわよ、だってあの子は可愛いんだもの。それにアンタみたいな奴と仲良くしてくれてたんでしょ?……年下の可愛い女の子と、昔からの友人同士なんてそんなベタベタな。恋くらいしちゃうってもんでしょ!」

 

「そう、なのか……?」

 

「え?俺ですか?……いやまあ、強くてカッコいい美人ですし。それに割と優しいところもあって、憧れはしますよね。絶対何処かで告白されてそうですし」

 

「な……に……?」

 

「ああ、はいはい、街中で気を荒げないでくれる?変な目で見られるから、ほんとやめて」

 

 

 彼女が他の男から言い寄られている姿、想像するだけでも妙に心が騒ぐ。しかしそういうものだ、それでこそ正常なものだ。

 仮にラフォリアが確実にその誘いを断っているだろうということが分かっていても、それでも"もしも"のことを考えてしまうのが恋というものだ。実はラフォリアには他の街に恋人が居る……などということを考えてしまえば、もうそれは本当に落ち込むどころの話ではなくて。

 

 

「……俺は、どうすれば」

 

 

「知らないわよ。何をしたところで団長は降ろされるんじゃない?フレイヤが許しても、他の子が許さないでしょうし」

 

「……フレイヤ様は、許してくださるのだろうか」

 

「許しても許さなくても、恋なんて消せない。それに私達は沢山の子供達を愛してるんだから。その子が自分以外にも愛を向けたからって怒るのは、お門違いもいいところでしょう」

 

「……だが、俺は……俺自身は……」

 

「めんどくっさ……なにこれ?私これ何処まで付き合えばいいわけ?もう疲れて来たんだけど」

 

「ア、アフロディーテさま……」

 

 アフロディーテは知っている、こういうタイプの人間の恋愛相談ほど面倒臭いものはないと。自分自身が許せないとか言い出した人間に付ける薬など何もないと。その前提がある限り、どんな言葉を掛けたところで無意味だ。一生そこに戻って来てしまう。

 ラフォリアのこと故に話を聞いてはいたが、アフロディーテとしてはそこまで付き合ってやる義理は何処にもない。なんならもうこのまま放っておいて、ラフォリアからも失望されてしまえばいいとすら思ってしまう。……ラフォリアのことを考えると、あまりしたくない事ではあるが。

 

 

「俺は……」

 

 

「〜〜ああもう!!いい!?ちゃんと聞きなさい!!」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 そのあまりの面倒臭さに、遂にアフロディーテはキレた。

 もうほんと、何もかもが面倒臭い。この男をどう処理すればいいのか考えている事さえも、面倒臭い。故にもう、突き刺してやることにした。事実で、そして真実で。

 

 

「アンタはこれから全部を失うわ!地位も名誉も信頼も自尊心も!全部よ!これを避ける手段は無いわ!だってもう1/3くらいは失くしてんだから!」

 

「……」

 

「けど断言してあげる!それでもフレイヤからの信頼だけは絶対に消えない!」

 

「……!」

 

「あんまり褒めたくないけど、フレイヤはそこまで器の小さい女じゃない。なんならラフォリアも一緒に愛してあげる、くらい言うような女なのよ!」

 

「それ、は……」

 

 

 それは以前にフレイヤ・ファミリアが負けた後、ラフォリアの病室を訪ねた際に。オッタルは似たような話を聞いていた。

 2人で子を作らないのかと、そんな話を。むしろそれを望んでいるくらいであった、奇妙なフレイヤの様子を。

 

 

「あとはアンタがどうするか!それだけ!」

 

「……その先が、分からない」

 

「自分を許せないからって自殺するのか!フレイヤの下からも離れて遠い場所へ逃げるのか!それとも恥を承知でラフォリアを取りに行くのか!これくらいしかないでしょうが!!」

 

「っ」

 

 

 アフロディーテは徹底的に逃げ道を塞ぐ。塞ぐというか、先回りして埋めていく。

 そして彼女は団員達が何処かから持って来た小さな箱を手に取ると、それを雑にオッタルに向けて投げつけた。慌てて受け取ったオッタルであるが、それを手に取りまた固まる。

 

 

「……恋しちゃったならもう仕方ないじゃない。それを飲み込んで自分を偽り続けて、無かったことにも出来るかもしれないけど……そんなの、私よりフレイヤの方が絶対に許さないわ」

 

「……」

 

「恋が出来るだけ、幸せなんだから。フレイヤはずっと悩んでいたわよ、自分に恋が出来る相手が見つからないことを」

 

「……!?」

 

「だから苦しむんじゃなくて、幸運に思いなさいな。誰かを好きになるってことは、本当はとっても素敵なことなんだから。……もちろん綺麗なことばかりではないけど、綺麗なことに間違いはないんだから」

 

 

 アフロディーテはそれだけを言い残すと、オッタルをその場において眷属達と共に歩いていく。助言はここまで、ここから先はもう何も知らないということなのだろう。むしろ相当に優しくしてくれた方だ。

 

 ……だって本音を言ってしまえば、アフロディーテはラフォリアにはもっと別の人間とくっ付いて欲しいから。少なくとも彼女だけを愛してくれるような、そんな一途な男性と一緒になって欲しいから。

 

 けれど、結局決めるのはラフォリアであるから、アフロディーテはそれを決めるようなことはしなかった。ただ可能性を潰すということだけはしなかった。

 これまでそういうこととは無縁であったラフォリアも、これを機会にそういう可能性に向き合ってみるべきだとアフロディーテは思ったのだ。この想いを受け入れるかどうかは別としても。それはきっと彼女にとっても良い影響を与えるだろうから。

 

 

 

 

 

 

「……でも、体格差やばいわよね」

 

 

 そういう意味では幼いラフォリアのことを、海の中でドキドキしながら見ていたオッタルの姿は……ちょっとヤバい人に見えたのかもしれない。

 

 

「もしかして、引き留めた方が良かった……?」

 

 

 せめて相応に成長するまで、最低でもあと5年くらいは気持ちを保留しておくべきだと。

 

 そんなことを伝えようとアフロディーテが立ち止まり振り返った時、既にそこにオッタルの姿は無かった。

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