【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
さて、そんな諸々の経緯があった訳ではあるが。
しかし何をするにしても筋というものは通すべきだろう。
それこそ筋の通らないことをしようとしているのであれば、受けるべき罰は受けておくべきであるし、向けられる罵倒は受け入れるべきだ。たとえそこから何のアクションも起こすつもりはないとしても、何事も早めに報告しておくに越したことはない。それこそが信頼関係を保つために必要なものであり、これまで受けた恩に対する最低限の行為である。
「へぇ、そう……ラフォリアのことも好きになってしまったの」
「……はい」
まあそんな難しいことはオッタルは考えておらず、ただただケジメとしてオラリオに戻って真っ先にここへ来た。
これでもかと言うほどに頭を下げているオッタルを見下ろしているフレイヤであるが、オッタルからは彼女がどんな顔をしているのかは分からない。しかし流石の彼であっても今日ばかりは無表情では居られず、冷や汗を流しながらただただ心からの謝罪を繰り返していた。こんな事を聞いてフレイヤがどんな反応をするのか、それはオッタルでさえ分からなかったから。どんな罰を受けることになるのか、想像も出来なかったから。
「ねぇオッタル、つまり貴方は恋をしたってことよね?」
「……女神アフロディーテ曰く、間違いないと」
「そう、それなら間違いないのね。あの子が言うのなら、貴方は恋をしたんでしょう」
「………」
「………ふ〜ん」
「………」
怒っているのだろうか、それとも失望しているのだろうか。顔が見えず、言葉も淡々としたもの。静けさだけが広がるこの空間で、オッタルはただただ言葉を待つ。下手な言い訳などしないし、そもそも思い付かない。故にもう、本当に苦しいが、心臓を凄まじい速度で叩きながら、彼はただこの静寂に耐えていた。このまま出ていけ、と言われることも覚悟しながら。
……けれど、それでも確かに彼は女神フレイヤのこともまた愛していたから。都合の良い話ではあるけれど、彼はそのどちらも諦めることなど出来なかった。それ故にどちらも手放してしまうことになるという、最悪な未来も可能性として見えてはいても。それでも。
「ねぇオッタル、私は別に貴方を罰するつもりはないわ」
「っ、ですが……」
「だって……私だって貴方達を差し置いて、ベルに恋をしているのよ?それなのに貴方を罰したら、私は本当に最低な女になってしまうじゃない。私をそんな下品な女にしないでくれるかしら?」
「………」
「それに。貴方がそうなってくれたのなら、私にとっても都合が良い」
「都、合……?」
「ええ、とっても都合が良いわ」
頭を下げるオッタルの前に、フレイヤは再び座る。
そしてゆっくりと頭を上げそうになったオッタルの後頭部にグラスを置き、彼の動きを拘束する。オッタルは更に顔を強張らせる。
「ラフォリアが欲しい、ラフォリアと貴方の子供を見てみたい、そんな思惑は今でもあるけれど……」
「……冗談では、なかったのですね」
「ええ、もちろん。でもそれより今はもっともっと貴方達に求めていることがある。……それは私がアルフィアと話した時に確信出来たの」
「……何を、なさるおつもりですか?」
「ふふ、聞きたいかしら?」
まあぶっちゃけ、フレイヤは全く怒っていない。
どころか、その表情は満面の笑みである。
それでも少しだけ意地悪がしたくて、こうして頭を上げさせず言葉もなるべく感情を込めないように淡々と話しているが。フレイヤにとってオッタルが恋心を自覚したのは、あまりにも嬉しいことであったのだ。それは遂に子供の顔が見れるという目的以外にも……
「実はね、戦争を起こそうと思っているの。ヘスティア達と」
「……は?」
「そこで私は、ラフォリアを味方に引き込もうと思っているの」
「……は???」
オッタルは珍しく、後頭部に載せたグラスを一瞬落としそうになるほどに自身の主神の言葉を疑ってしまった。だってそれはそれほどに信じられない話であったから。
「……お言葉ですが、フレイヤ様」
「ふふ、無理だと思う?ベルを賭けてヘスティア達に戦争をふっかけるのに、それにラフォリアが味方してくれるはずなんてないって」
「……はい」
「普通はそう思うでしょう?確かにアルフィアならどんな理由があろうと味方にはなってくれないわ。……でも、ラフォリアは違う」
「……?」
フレイヤは確信していた。
それこそまだラフォリアが死んだばかりの頃、アルフィアと言葉を交わしたあの時に。少なくともこの件に関しては、ラフォリアの手を借りることは出来ると。それほどにラフォリアはベルの件については彼の自由を尊重しているのだと。
「戦争で求めるのは、『ベルとの同棲生活』よ」
「……え」
それはあまりにも可愛くて。
そしてあまりにも平凡過ぎるような景品であった。
「私はこの戦争に勝って、ベルと2人で暮らすの。……ファミリアから奪い取る訳じゃない、独り占めもしないし、魅了を使って強引に私のものにするつもりもない。ただ1人の女として、何年掛けてでもあの子を堕とす。その準備をするの」
「そ、それは……」
「もちろん貴方達を手放すつもりもないわ。それをしてしまったら未来を見据えてるラフォリアは良い顔をしないでしょうし」
「……ラフォリアは、頷くのでしょうか」
「頷くはずよ。……だってそうでしょう?私は恋愛の勝負を有利に進めるための、アドバンテージを取りに行っているだけだもの。ヘスティアだってベルと一緒に暮らしていた。だから今度は私の番。そして私はそれを無にするつもりはない」
「ですが、恋愛に口を出す気はないと……」
「ええ、だからそれに見合った報酬が必要よ。そして私はラフォリアへの報酬として貴方を売り払うわ」
「……え」
もう、なんか全部最低だった。
当然のようにお前を売り払うと言われ、オッタルは一瞬完全に思考が消し飛んだ。だって話の流れからしたら、自分は許されるのだと思っていたから。これはまさかの裏切りである。もしかして本気で怒っているのではないかと、そう思ってしまうくらいに。
「恋愛に口は出さない。けど助っ人として報酬を出すのなら、話は別。その戦争の先にあるものもラフォリアが許せるものであるのなら、こんな面白いことにあの子が首を突っ込まない筈がない。……だってこんな戦争、冒険者達のレベルを上げるのに打って付けだもの」
「売り払う、というのは……」
「『オッタルが貴女のことを好きみたいだから、煮るなり焼くなり好きにしなさい』って言うのよ」
「……やはり怒っているのでしょうか、フレイヤ様」
「怒ってないわ、ただ使える手札を切っているだけよ?」
「……」
「まあそういうことだから、さっさと告白して来なさい」
「………え!?」
オッタルの頭はもう爆発寸前だ。
「だって単に貴方を渡すだけだと報酬としての魅力が薄いもの、変に疑われるかもしれないし。それより『ラフォリアのことを好きになってしまったオッタル』を渡した方が、あの子の性格を考えるによっぽど喜ぶわ」
「し、しかし……こ、告白というのは……」
「それにこうして私に伝えに来たんだもの、元からラフォリアに想いを伝えるつもりはあったんでしょう?だって貴方、そんな想いを抱いたまま何事もなく友人関係を続けられるほど器用じゃないもの」
「うっ……」
もう何もかもを見抜かれていた。
そして見抜かれていた事を前提に、フレイヤは既に作戦を立ててしまっていた。しかしこれに対してオッタルは何も言うことが出来ない。彼はもうそれを断れる立ち位置には居ない。……だからそう、つまり。
逃げ場は完全に無くなっていた。
仮にこのままダンジョンに逃げて行ったとしても、オッタルが告白しないのなら、フレイヤがそれをバラしてしまう。だってそうでなくては、この報酬の価値が無くなるから。そしてオッタルとしてはそれだけは避けたい。男として、そんなあまりにも情けない恋心の伝え方はしたくない。そこまで含めて彼はフレイヤの掌の上であった。
「さて、オッタル。どうかしら?協力してくれるわよね?」
「……………はい」
「安心しなさい、私もちゃんと貴女の恋に協力してあげるから」
「……………はい」
「ああ、とっても楽しみ。こんなに色々なことが楽しみに思えるのはいつぶりかしら。……ありがとうオッタル、貴方のおかげで私は今とても幸せよ」
「……………はい」
漸く顔を上げることが許されたオッタルは、楽しそうに鼻歌まで歌い始めたフレイヤの姿を見て、全てを諦めた。それはもう確かに色々と言いたいことはあるけれど。オッタルは決してフレイヤへの愛を捨てた訳ではないし、売り払われるなど何の冗談かと言いたい。
……それでも、悲しいかな。こんなにも楽しそうな顔をしているフレイヤを邪魔することなど、オッタルに出来る訳がなかった。これもまた惚れた弱みというものである。そしてここまで来るとオッタルの女の趣味というのも分かるというもの。
「さあオッタル、早速告白のシチュエーションも考えましょうか。今はどんなものが流行りなのかしら?久しぶりに恋愛小説なんか買ってきてしまおうかしら」
どちらにしても。フレイヤはこれまで無かった、他人の恋愛に関わると言うことに対して心の底から楽しんでいた。その末にこの告白計画がどんな形のものになるのかは、ブレーキとなり得る人間が居ないことだけが気掛かりで……
それから数日、フレイヤは戦争の計画を練りながらオッタルの告白計画も作り上げるという、彼女にしてはとても充実した日々を過ごした。恋というものはここまで人を綺麗にするものなのかとオッタルは驚いたくらいであったが、その要因の一つに自分の他人への恋心があると考えると、酷く複雑な気持ちにもなってしまった。
「ほう、なるほど。色々と大変だったみたいだな」
「……はい」
「ラフォリアさんも、無事で良かったです」
「まあ、無事かどうかと言われると微妙なところだがな」
オッタルがそうして主神に振り回されている最中、ラフォリアは一先ずの住まいとしている教会にアイズとレフィーヤを呼び出していた。
アルフィアは今日は何やらダンジョンで何かが起きたと言うことで呼び出されており、過去の罪を良いことに色々と便利屋扱いされ始めていることに不満気な顔をしながらも、アイズ達にラフォリアを任せて出て行った。
ラフォリアとしては万々歳である。ベル達はもう手遅れだが、アイズやレフィーヤ達に自分が子供扱いされている姿を見られずに済むのだから。……まあどちらにしても見た目は子供なのだから、子供として見られてしまうのは変わらないのだが。
「……鍛え直しているのか?レフィーヤ」
「……はい」
「しかし、やり過ぎだな」
「……分かっています」
「そうか」
そんなラフォリアを前にしても明るい雰囲気にならないのは、正しくレフィーヤのその変わり様だろう。友人であるフィルヴィスと敵対することになり、最終的に彼女は自らの手で彼女を葬ることとなった。その間にもフィルヴィスは作戦に参加した多くの冒険者達を葬ったし、レフィーヤはそんな彼女を救うことが出来なかった。
「……ラフォリアさんのことを、思い出しました」
「?」
「ロキ・ファミリアを……私達を守るためなら、自分の命さえも厭わない。命に優先順位を付けて、ただ自分のすべき事を成す」
「……」
「だから私は……戦えました。それでも私の躊躇のせいで、多くの命が失われてしまったし、フィルヴィスさんは多くの命を奪ってしまった」
「……」
「作戦が失敗して、なりふり構わず抵抗することになってしまったフィルヴィスさん達に、生半可な言葉なんて届く筈がなかったのに……私はまた、私の心は、まだ……」
「……」
「レフィーヤ……」
だからきっと、レフィーヤが鍛えているのは身体ではなく心の方なのだろう。少なくとも本人はそのつもりだった。アイズでさえ眉を顰める様な鍛錬を続け、怪我の具合も回復薬では追い付かないほど。
けれどレフィーヤがそんな鍛錬を置いてここに来たのは、ある意味でラフォリアへの信頼があったからだ。他の誰もが今の自分を否定しても、彼女なら肯定してくれるのではないかと。ある意味ではそう、頼りに来てしまった。縋りに来てしまった。
「馬鹿かお前は」
「っ」
けれどラフォリアがそれを肯定することなど、決してない。
「お前のそれは鍛錬ではない、逃げだろう」
「逃げ……?」
「痛みを覚えれば許されるとでも思っているのか?」
「っ」
「許されたいのなら餓死するまで墓の前で頭でも下げていろ、そんな自己満足に私は何の興味もない」
「……私は、そんな」
「相も変わらず半端なことをして時間を浪費するばかり、お前は本当にやる気があるのか?殴られていたら近接戦闘が上手くなるとでも思っているのか愚図」
……確かにラフォリアは努力は肯定するし、強くなりたいという意志を行動で示すことの出来る人間をとても気にいる。けれど同時に、そこに異物が混じっているのなら誉めることはない。仮にそれがアイズが顔を顰めるほどに酷い言い様であったとしても、彼女はそれを相手が神であろうとアルフィアであろうと関係なく言い放つであろう。
レフィーヤが相談した女は、そういう人間だ。
「レフィーヤ、お前は悔しくないのか?お前が気に掛けているベルは既にお前の一歩後ろに居るぞ」
「!!」
「このまま追い抜かれていいのか?友まで殺したにも拘わらず、結局置いていかれたままでいいのか?相変わらずのレフィーヤ・ウィリディスのままでいいのか?」
「……いいわけ、ない」
「ならば言え、お前が本当にしたいのはなんだ?謝罪か?後悔か?自傷か?自殺か?ただ謝り続けて、自分の罪に人生を奪われ続けて、それでいいのか?お前の残りの人生は後悔に支配されたままでいいのか?」
「良い訳ない!!!」
「ならどうする」
そしてきっとこの女は、最初からこの流れに持っていくつもりだったのだ。だって彼女は少なくともレフィーヤのことを気に入っていたし、その才能に目を光らせてもいたのだから。彼女ほどの才能の塊がこんなところで潰れることを見逃す筈など、絶対にない。
「……私に、私に戦い方を教えて下さい!!強くなる方法を!教えて下さい!!」
「……やれやれ、この期に及んでも他人頼みか。しかしその言葉を発したからには、覚悟は出来ているんだろうな?言っておくが私はお前のその様をこれっぽっちも酷いとは思っていないぞ。あの駄狼はお前以上にボロボロになっていたのだからな」
「それでも構いません!!……私はもっと、強くなりたい!!ベル・クラネルにも負けないくらい!!アイズさん達を追い抜くくらい!絶対に!!」
「……ふふ、いいだろう。お前を私の弟子にしてやる。そしてベルに負けぬほどに、アイズを追い抜ける程に強くしてやる」
「はい!!」
「え」
直ぐ隣でそんなことを宣言されてしまったアイズは驚きの声を上げてしまうが、真剣なレフィーヤと楽しそうに笑うラフォリアはそんなことを一切気にかけることはない。
覚悟がガンギマりしてしまったレフィーヤと、そしてこれほどまでに育て甲斐のある女に出会ったことで心の底から歓喜に溢れているラフォリア。ある意味では絶対に出会ってはいけない2人が出会ってしまったと言っても良かった。
「いいか?私の弟子になったからには、後衛一辺倒など許されると思うな。徹底的な万能……前衛も指揮も十二分に役に立てるよう、1秒たりとも時間を無駄にすることなくお前の身体に情報を叩き込んでやる。誰もがお前を戦士と勘違いするほどに気を狂わせてでも仕上げてやる」
「覚悟の上です。……むしろ私は、そうなりたい」
「ふふ、安心しろ、私の才能と経験の全てをお前に費やしてやろう。その全てを存分に食らい、存分に成長し、存分に足掻け。……次にベヒーモス(災厄)を倒すのは私ではない、お前だ」
「っ……はい!!!」
オッタルの告白計画を練りながらフレイヤが歓喜に溢れている一方で、レフィーヤの改造計画を練りながらラフォリアもまた歓喜に溢れていた。
……まあつまり、オッタルの女の趣味はこういう奴等なのである。彼はその図体に見合わず、こういう女が好きなのである。こういう周囲から見れば普通にヤバい女達が好きなのである。
「あぅ……」
そしてアイズもまた言い出せなかった。自分も強くなりたいから色々と教えて欲しいなどと。2人のこんなやり取りを目の前でこうして見せられてしまえば、言い出し難いにも程があった。
次の投稿は1日遅れます……ちょっと間に合いそうに有りません……