【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者68:オッタル

 例えば待ちに待った手紙が漸く届いたとして、どんな手紙を想像するだろう。

 果たし状のような男らしい文?それともシールやビーズでゴッテゴテに飾られた可愛らしいもの?若しくはあまりにも真面目過ぎる堅苦しいものだろうか?

 

 しかし、現実は違う。

 目的地に向かって夜の道を歩いている彼女の手に握られているのは、まあ本当に簡素で何の面白みもない手紙である。書いてある内容も本当に簡単で、待ち合わせの場所と招待状が1枚だけ。

 それでも指定された場所がオラリオでも最高級の料理店であるだけ、それなりに認められても良いだろう。だからこそ彼女は、今日ばかりは自分の母親の頭をしばいてでも1人で出て来たし、衣装も最低限おかしくないものを着て来た。

 

 幼子のファッションというのはなかなかに難しい。あまりに金をかけ過ぎてもおかしいが、場所が場所だけに最低限のものは必要になる。どんな物を着てもカッコ良さは出ないし、かと言ってあまりに可愛らしい物を着る気にもなれない。

 故に結局選んだのはワンピース型のフォーマルドレス、暗めの色を選んだのは単純に多少であっても大人らしく見せたかったからだ。それは彼のためであって、決して自分のためでは無いけれど。

 

 

「……?お嬢さん、失礼ですがここは」

 

 

「招待状はある、これでいいか」

 

 

「!……これは失礼致しました。どうぞこちらへ、お荷物をお持ちいたします」

 

 

「ああ」

 

 

 相手が子供であっても礼儀を欠かさないのは、流石に高級店で働いている人間なだけはある。ラフォリアとてこういう店にはそれほど頻繁に来る訳ではないが、オラリオに来る前に各地を彷徨いていた時、何度か招待された事くらいはあった。

 マナーや作法などはその時に他の客を見て盗んだ経験があるだけに、多少乱雑ではあるものの、それでも笑われるほどのものではない。子供の見た目をしている今となっては、むしろ良く知っていると思われるくらいだろう。あらゆる面でハードルが下がっているのは、この身体になってからの利点の1つとも言えるのかもしれない。

 

 

「………」

 

 

 案内に従って歩いていく。

 

 しかし、妙に歩かされ過ぎている気もする。

 

 他の客達が食事をしている場所とは明らかに違う方向へと案内されているし、最早これは別棟である。しかもここから更にエレベーターに乗らされるらしい。

 バベルの塔にあるエレベーターの技術を応用しているのだろうが、であるならばこれは間違いなくそういう事なのだろう。少なくともエレベーターの技術は、そう簡単に設置出来るほど普及している訳ではないのだから。

 

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

「どうぞ、ごゆっくり」

 

 

「……ああ」

 

 

 案内された席に座り、ウェイターが出て行くのを見送る。

 

 建物の最上階、しかも個室。

 流石にバベルの塔には及ばないが、他の建物と比べてもそれなりに高い位置に存在するこの場所で。相対するのは幼女と大男。あまりに危険な組み合わせ。しかしそれこそ、こんな場所でなければ許されない組み合わせでもある。男はそれを見越して、この場所を選んだ。この場所がいいと思った。

 

 

「……良い場所だな、一体いくら積んだ?」

 

 

「決まった金額はない、その日の使用権を競り落とす。確保したのはフレイヤ様だ」

 

 

「なるほど、あの女が好みそうな場所ではあるな」

 

 

「……」

 

 

 オラリオの夜景を見下ろしながら、最高級の料理を楽しむことが出来る。加えて間違いなく2人用にデザインされているこの空間は、つまりは常日頃からこういう事に使われているのだろう。

 ……それこそ本来は会ってはならないような関係の男女だったりが、お忍びで会うために。故に変に歩かされたのだ。誰と誰がここで会っていたのか、一切の情報を外に出さないために。尾行されている可能性すら、この店は考慮しているということ。

 

 

「ふふ。それにしても、よくもまあそんなサイズのスーツがあったな。今の私が3人は入る大きさだろう」

 

 

「……特注品だ」

 

 

「まあ似合ってはいるな。褒めてやろう、デザインした職人を」

 

 

「……お前も、よく似合っている」

 

 

「そうか?そう言われると気分は良いな」

 

 

 酒ではなく果実搾りが入っているグラスを傾けながら、ラフォリアは軽く笑う。しかしそんな軽い仕草でさえも、こうして動揺してしまうのは何故だろう?本当に大変なものだ、この感情は。

 

 

「それで?まず私に何か謝ることはないか?オッタル」

 

 

「……謝ること?」

 

 

「よし、もういい。そうだな、お前はそういう奴だ。バーカバーカ、頭割れろ」

 

 

「え」

 

 

 突然の可愛らしい暴言。

 けれど、それだけでは終わらない。

 

 

「ちなみに私はお前に言うことがあるぞ、オッタル」

 

 

「なんだ?」

 

 

「……悪かったな、助かった」

 

 

「!」

 

 

「お前がオリンピアに来ていたことは知っている。どうあれ、私がアルフィアに負けることが出来たのはお前の手助けあってこそだ。それについては素直に感謝している」

 

 

「……そうか」

 

 

 子供の姿であるにも関わらず、見ている側がドキドキとしてしまうような上品な所作で果実搾りを飲むラフォリアの口元を盗み見つつ、オッタルは頷く。

 まあ元よりオリンピアでの行動はそれほど隠すつもりもなかった事ではあるが、まさか負かしたことに感謝される日が来るとは思っていなかった。それでも恨み言もなく彼女は本当に感謝している様子なのだから、自分のやったことは間違いではなかったのだろう。それはオッタルとて素直に嬉しい。

 

 

「……なんだ、お前はさっきから何を見ている。私の顔になにか付いているか?」

 

 

「!?……い、いや、なんでもない」

 

 

「何か変な物でも食べたか?こんな高級店で毒物が出て来る訳でもあるまいに」

 

 

「……」

 

 

「そもそも、ようやく顔を見せたかと思えば、こんな場所に呼び出して。ならば相応の話があるのではないかと思えば、どうも様子がおかしい」

 

 

「……それ、は」

 

 

「やれやれ、本当にどうした。何か悪いことでもしたのか?まあ私とお前の仲だ、相談事くらいは聞いてやる。……フレイヤに黙って他の女に手を出した、なんて話であれば御免被るが」

 

 

「……」

 

 

「……おい?お前まさか本当に!!」

 

 

「ち、違うっ!そんなことはしていない!!本当だ!!」

 

 

「まあ、ならいいが……」

 

 

 あらぬ方向に誤解が広がりそうになったところで、オッタルは必死になって否定する。そんなものは誤解の中でも1番されたくないものだ。確かに他の女に心を動かされてしまってはいるが、それは目の前の女にだ。決して何処の誰とも知らない女に手を出した事などない。

 

 

「それで?今日は本当に何のようだ?」

 

 

「……一先ず、これをお前に返したい」

 

 

「うん?なんだこれは」

 

 

「預かっていた、お前のドレスだ」

 

 

「……」

 

 

「正しくは、既に死んだお前から預かっていたものだが」

 

 

「……そうか、私はお前に返していたのか」

 

 

 取り出した箱に入っているのは、ラフォリアから自死する前に返されていた白のドレス。それを返すこともまた、オッタルの今回の目的の1つだった。……だが。

 

 

「?……どうした?」

 

 

「……悪いな、それは受け取れない」

 

 

「何故だ」

 

 

「それは死んだ私のものだからだ、奴と私は別人だ」

 

 

「……だが」

 

 

「そんな面倒な事実は忘れた方がいいに決まっているが、それでもお前だけは奴のことを忘れないでやってくれ。お前がそのドレスを持ち続けているだけで、奴は満足する筈だ」

 

 

「……そう、か」

 

 

「まあ、どうしてもと言うのであれば、別のドレスをまた私に贈れ。またお前のセンスが試されることにはなるが、それもまた一興というものだろう」

 

 

「……分かっ、た」

 

 

「くく、お前のそういう困った顔が私は本当に好きだ。何度見ても飽きんな」

 

 

「うっ」

 

 

 こんな言葉でさえ、顔が熱くなる。そしてそんな自分を見て、ラフォリアもまた訝しげにこちらを見て来る。それを隠すように酒を飲み込むが、しかしそれでもLv.8の肉体だ。容易く酔わせてはくれないし、酒に逃げることさえも許して貰えない。

 

 

「だから、今日のお前は何なんだ本当に。海を泳ぎ過ぎて風邪でも引いたんじゃないのか?」

 

 

「……身体が、元のお前のものに戻っている」

 

 

「?まあそうだな」

 

 

「今のお前を見ていると、昔を思い出す……」

 

 

「ああ、なんだ、懐かしんでいたのか。まあ確かに、私とお前が遊んでいたのはこれくらいの頃だったか?お前と別れた後も、相応に成長はしていたのだがな。とんでもない美人だったぞ、成長した私は」

 

 

「……色々と言いたいことはあるが、俺はお前と遊んでいた覚えはない」

 

 

「私からすれば遊んでいたようなものだ」

 

 

「……」

 

 

 否定出来ないから悲しい。

 

 確かに当時のラフォリアからすれば、オッタルがどれだけ必死になろうとも遊び相手程度にしかなっていなかっただろうし。……それと正直、ラフォリアの成長した姿についてもオッタルは滅茶苦茶に興味がある。だが仕方ないだろう、そんなの見たいに決まっているのだが。まあそれも10年後にお預けになった訳であるのだが。

 

 

「ん?……ほう?このボタンを押しておけばウェイターが中に入って来ないのか。なかなか面白いな、ここは。ベッドもあるのか?」

 

 

「……いや、ないが」

 

 

「なんだ、こういう場所なのだから男女の関係くらいありそうなものだが」

 

 

「!?」

 

 

「そういう行為は別の場所でやって欲しいということなのかもしれんが、どうせやる奴はやっているだろう。そのための個室みたいなところもあるんじゃないか?」

 

 

「……あ、あまりはしたない事を言うな」

 

 

「はっ、初心かお前は」

 

 

「……」

 

 

「……なるほどな。本当に初心のような反応だな」

 

 

「っ」

 

 

 ラフォリアはそれ以上は何も言わず、淡々と食事に手をつけ始める。オッタルのおかしな様子を指摘することもなく、オッタルに目を向けることもなく、淡々と。

 

 

「……ラフォリア」

 

 

「もう大して話すこともないだろう、お前も食え」

 

 

「違う、俺は……」

 

 

「オッタル」

 

 

「?」

 

 

「気の迷いだ」

 

 

「……!!」

 

 

「冷静になれ、そんなことは有り得ない。黙って食べろ、そして帰って頭を冷やせ。この話はそれで終わりだ」

 

 

「っ」

 

 

 少し考えれば分かる話。自分という人間が目の前の女に隠し事など出来る筈もないし、それこそ大半のことを見抜かれてしまう。それはこれまでもずっとそうだった。そしてきっと、これから先もそうだ。だから予想出来る話でもあった。……それがすっかり頭から抜けていたのは、やはり自分も多少浮かれていたのか。

 

 

「気のせいでは、ない」

 

 

「いや、気のせいだ」

 

 

「事実だ」

 

 

「勘違いだ」

 

 

「この話を終わらせる気はない」

 

 

「その話を聞く気はない」

 

 

「……そうまで嫌なのか、ラフォリア」

 

 

「ああ、嫌だ。そんなことはあってはならない」

 

 

「……」

 

 

「そんなこと、私は認めない」

 

 

 ……これもまた、分かっていたことだ。ラフォリアがこの気持ちを受け入れてくれないことくらい、最初から分かっていた。

 だってラフォリアは、オッタルの強さと努力を認めていたし、その根本にあるのがフレイヤへの愛だと知っていたから。だから彼女は恐れているのだ。その愛が変わってしまえば、オッタルもまた変わってしまうのではないかと。オッタルもまた強さを求める事を止めてしまうのではないかと、彼女はそれを心配している。そうなって欲しくないと、願っている。

 

 

「……俺は変わらない」

 

 

「既に変わった奴が何を言う」

 

 

「お前の期待は裏切らない」

 

 

「今裏切っているだろう」

 

 

「まだ裏切ってはいない」

 

 

「私は裏切られた気分だ」

 

 

「だが事実として、俺は強くなっている」

 

 

「……」

 

 

「だからそれはお前の思い込みだ、ラフォリア」

 

 

「……」

 

 

「少なくとも俺は、この件で強さを諦めるつもりなど毛頭ない」

  

 

「……まさかお前に口で負かされる日が来るとはな」

 

 

「っ」

 

 

 瞬間。ラフォリアが投げ付けたナイフをオッタルは咄嗟に掴み取る。いくら幼子になったとしてもLv.7、そこらの冒険者であれば額を撃ち抜かれていてもおかしくない。彼女の突然のそんな行動に驚きはしたものの、向き直ったラフォリアはそれでもオッタルに対して困ったように笑っていた。

 

 

「やれやれ。これで額にでも突き刺さっていれば、やはり弱くなっていると言ってやれたのだが」

 

 

「……さっきも言ったが、弱くなるつもりはない。そもそもお前の隣に立つにあたって、弱きに浸ることなど許されない」

 

 

「別に私は伴侶を作る際に強さなど求めん」

 

 

「……そう、なのか?」

 

 

「意外か?だが別に私は力だけが全てだとは思っていない。何らかの分野で私以上に優れているのであれば、まあ一考の余地はある」

 

 

 そう言いながらもラフォリアはオッタルから自分のナイフを受け取ると、改めて衣服を直す。それまでしていた拒絶の意思を捨てて、その小さな身体で彼を見上げる。目と目をしっかり合わせて、向き合う姿勢を作った。彼の言葉と、その意思に、目を背ける事なく受け入れる姿勢を。

 

 

「その前に、いくつか聞きたい。……そもそも今日のこれは、どこまでがフレイヤの仕込みだ?」

 

 

「……店の予約までだ」

 

 

「ほう?それは意外だな、あの女ならばもう少し手を出して来そうなものだが」

 

 

「ならばお前は、全てをフレイヤ様が作った誘いを嬉しく思うか?」

 

 

「いいや、思わない。お前がそんな滑稽な男であれば、今この場で顔面を蹴り上げていた」

 

 

「故に断った。……食事の内容から服装まで、全て相談はしつつも俺が決めた。それが多少滑稽なものであったとしても、その方が良いと判断した」

 

 

「……なるほど」

 

 

 そんなオッタルの言葉に、ラフォリアは微笑む。普段の彼女からは見れないようなその優しげな笑み、どうやらオッタルの判断は間違っていなかったらしい。

 食事の内容にもかなり気を遣った。飲酒など出来ないのだから酒は出せないし、かと言って子供過ぎる飲み物でもラフォリアは絶対に嫌がる。故に果実搾りから敢えて果肉を取り除いてワインを模した形にして貰ったし、同じ様なことを食べ物の方にもして貰っている。

 そもそもこの店を選んだのもオッタルであり、この部屋を使いたいと願ったのも彼。それは決して自分に対する周囲の目を気にした訳ではなく、彼女がなるべく寛げる空間を作るためだ。そしてきっとラフォリアは、オッタルのそんな気遣いにも気付いていた。そしてそれがフレイヤが仕込んだものではないと聞き、素直に嬉しかったのだ。だからこそ彼女は、今もその優しげな笑みを崩すことはない。

 

 

「なら次だ。率直に言って、これまでのお前にとっての私とはどういう存在だった?」

 

 

「……馴染みであり、宿敵であり、憧れだ」

 

 

「ふむ……」

 

 

「それなりに長い付き合いだった、お前のことをよく知っているつもりだった。そして俺はお前に一度たりとも勝つことが出来ず、最後まで弄ばれたままだった。……だがそれ以上に、お前に憧れていた」

 

 

「そうか」

 

 

「お前の強さに、お前の才能に、お前の考え方に。そしてお前は強いだけではなかった。幼いながらに、あまりに多くのことを考えていた。……お前のその深さに気付いたのは、別れてから何年も経った後の事だったが」

 

 

「そう褒められるとむず痒いな」

 

 

「……お前が死んだとは、思いたくなかった」

 

 

「……」

 

 

「お前なら確実に病を克服して帰って来ると、願っていた」

 

 

 それはリベンジの機会が欲しかったから。そしてこれまでの努力の成果を見せたかったから。何より、認めて貰いたかったから。忘れたことなど無かった。それこそ対抗策としての武具を見つける度に買ってしまっていたくらいには。それくらいには、意識し続けていた。

 

 

「ふっ、よく言う。一度も会いに来なかった癖にな」

 

 

「……悪かった」

 

 

「別に謝らせたかった訳じゃない」

 

 

「……足が動かなかった。それをしてしまえば、フレイヤ様を裏切ることのように思えて」

 

 

「……」

 

 

「もしかすれば、その時には俺自身もう本当は気付いていたのかもしれない。単に馴染みに会いに行くだけであれば、それは何の裏切りにもならないにも関わらず。俺はそれを罪であると考えていた」

 

 

「そうか」

 

 

 いくら女と言えど、相手は子供。いくらヘラの眷属と言えど、それを咎めるほどフレイヤは寛容がないわけではないし、むしろ彼女なら一緒になって着いてきたくらいだろうに。

 

 

「……私からしてみれば、お前は弟のようなものだった」

 

 

「弟……」

 

 

「それくらいには当時の私とお前の間には精神的な年齢差があったからな、仕方ないだろう。図体だけはデカい癖に、妙にガキのような頭をしている変な奴。だが私はお前のそういうところを好ましく思っていた」

 

 

「……ああ」

 

 

「そして、お前は今も変わらずガキのままだ。大人の作法を覚えても、本当に何もかもに直向きになる。あの頃から変わらないその根本を見て、私は本当に嬉しかった。そして同時に愛おしくも思った」

 

 

「っ」

 

 

「世界が変わり、オラリオが変わり、自分の居場所さえ無かったこの世界で。ただ孤独を噛み締めていた私がお前を見つけた時の幸福が、少しは分かるか?あの頃から全く変わらず馬鹿のように前に突き進み、遂には私の障壁すら破壊して踏み入って来た」

 

 

「……物理反射の、障壁」

 

 

 武器も防具も無く、対抗策さえ投げ捨てて、その身体一つで飛び込んだあの記憶。本当に楽しそうにそれに相対していた、ラフォリアの姿。結果として最後には負けてしまったけれど、それでラフォリアを失望させてしまったのではないかと心配さえしていたけれど。

 

 

 

 

「私は、お前に救われたんだ」

 

 

 

 

「!!」

 

 

 

「お前が居たから、私は今ここに居る」

 

 

 

「ラフォリア……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、オッタル」

 

 

 

 

 

 ……それはきっと、彼女が普段から被っている大人としての仮面を完全に取り払った先にあるものだった。

 

 ほんの一瞬、けれど目と記憶に焼き付けるには十分な時間。たとえ相手がフレイヤであっても、これを見せたくはないと。そんな独占欲さえ溢れ出して来るような、一瞬の煌めき。

 

 

「っ」

 

 

 故に、オッタルは覚悟を決める。

 その子供のような無邪気な笑みを見せられて、より意思が強く固まった。この気持ちが勘違いでもなんでもない、間違いのないものだと確信出来た。だから勇気付けられた。独占したい欲と、誰にも取られたくない焦り。自分の中の全ての感情が、揃って背中を押している。そんな今でもなければ、きっとこんなことは出来はしない。

 

 

 

 

「……ラフォリア」

 

 

 

 

「ああ」

 

 

 

 

 背筋を伸ばし、拳を握る。

 

 取り出した小箱を手に、唾を飲む。

 

 久しくなかったほどに心臓が高鳴り、どれほどモンスターと戦っても流れることのなかった汗が頬を伝う。自然と腹部に力が入り、なんとなく息も浅くなる。

 

 

 ……それでも、情けない姿は見せたくない。

 

 

 一世一代の大勝負、こんなところで恥などかきたくない。

 

 

 分かっている、自分が不器用なことなど。嫌というほどに知っている。それでも今日だけは失敗したくない。今日だけは絶対に彼女を失望させたくないし、呆れさせたくない。及第点でも駄目なのだ、最高点でなければ駄目なのだ。

 

 

 

 

 ……今日この日だけはオッタルは、

 

 

 

 世界の誰よりもカッコいい雄でなければならないのだ。

 

 

 

 横に立つことを誇って貰えるような、そんな雄に。

 

 

 

 

 

 

 

「ラフォリア……俺は、お前を愛している」

 

 

 

「……」

 

 

 

「お前からすれば、不出来な男に見えるかもしれない。だがこの気持ちに決して偽りはない。……お前の横に立つためであれば、俺は如何なる困難だろうと乗り越えられる」

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

「お前と出会えたからこそ、俺は多くのことを知った。そしてより多くのことを見るようになった。そうして見るようになった中に、お前が居た。……2度もお前の死を見送った男だ、お前に心配を掛けることもあr」

 

 

 

「オッタル。……前置きが長いぞ」

 

 

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 

 小箱を開ける。

 アフロディーテから手渡された時にはカラであったその中には、今は彼自身が選んだ指輪が入っていた。何もかもが同じように見える指輪達の中で、ラフォリアのイメージを伝え、店員と何時間も何時間も懸命に話し合い悩みながら選んだ、一本の指輪が入っていた。

 

 

 

 

 

 

「結婚を前提に、俺と付き合って欲しい」

 

 

 

 

 

 ……もしかしたら、それは少し気の早い台詞だったかもしれない。そもそも指輪を用意して来たことさえも、少し重い選択であったかもしれない。

 それでもフレイヤから渡された恋愛小説を何本も読んで、色々な台詞とシチュエーションを考えた。そしてこれが1番だと思った。

 

 

 いや、自分がそうしたいと思ったのだ。

 

 

 それを言葉にしたいと。

 

 

 それを贈りたいと。

 

 

 自分自身の意思で、決めたのだ。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

「!」

 

 

 

 言葉もなく、差し出されたのは左手。

 

 互いに顔を赤く、心音が煩いほどに静寂の中。

 

 しかしその意味が分からぬほど、オッタルは鈍感ではない。

 

 

「っ」

 

 

 少し慌てながらも小箱から指輪を取り出し、差し出された彼女の手を取る。

 彼女の反応を伺いながらもそれを薬指に嵌め込んでいっても、彼女は決して拒絶することなどなかった。少し不安げな自分の顔をジッと見ながら、されるがまま。

 

 ……悲しいことに、選んだ指輪のサイズは彼女の指に対しては少し大きかったけれど。着けたそれを彼女は自分の顔の前へと持って行き、鈍く光る小さな宝石に目を細めた。それから大切そうに胸元に両手で抱えると、少し息を深く吐きながら微笑み目を閉じる。

 

 

 相変わらず、言葉はない。

 

 

 言葉はなくとも、いいのかもしれない。

 

 

 だって彼女は、受け取ってくれたのだから。

 

 

 もう返さないとばかりに、抱えてくれているのだから。

 

 

 だからそれは、つまり……

 

 

 

 

 

 

「……オッタル」

 

 

 

 

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、流石にそれはあと5年待ってくれ」

 

 

 

 

 

 

「え"」

 

 

 

 

 

 

 その日、オッタルは普通に振られた。

 

 

 信じられないほどの満面の笑みで。

 

 

 相応しくないほどの、幸せそうな表情で。

 

 

 

 

 最後のヘラの眷属に、彼は笑って振られたのだ。

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