【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話 作:ねをんゆう
昼を少し過ぎたオラリオの街は、正しく交易の中心地といった様相を呈している。そんな光景をテラスから見下ろしながら茶を啜る、2人の女。
「なるほど、つまりお前たち主従は揃って振られた訳か」
「そう、残念なことにね。オッタルはともかく、私まで振られてしまうなんて思わなかったわ」
「ふっ、私としては好都合以外の何物でもないがな」
両家の母親同士の話し合い、しかしこの雰囲気はそんな厳かなものではない。かつて自分をこの街に縛りつけることとなったヘラの眷属達、それを前にしてもこれほど寛げるようになったのは、やはりフレイヤに生じた明確な変化だろう。そして明らかに関わるのも面倒なこの美の女神と一緒に茶を啜れるようになったのも、アルフィアの変化だ。
「それにアレは今、弟子の育成に楽しみを見出している。それこそ抗争や恋人関係よりもよっぽどな、まだ毎日家に帰って来るだけマシだろう」
「はぁ、とんだダークホースよねぇ。まさか"千の妖精"に取られてしまうだなんて。せっかく貴女を押さえ込んで貰って、オッタルをフリーに出来ると思ったのに」
「馬鹿を言うな、Lv.8になった馬鹿を私無しでどう止める気だ。ロキのガキ共を参戦禁止にしたのはお前だろう」
「だから"剣姫"と"千の妖精"の参戦は認めてあげたじゃない」
「それもラフォリアに脅されての話だろう。懐柔するつもりが逆に条件を付けられて、哀れだな」
「それで貴女は剣姫を育てているのね。ほんと、母娘揃って才能を囲い込むのに抜け目がないわね」
「焦った様子で頭を下げて来たからな。それとラフォリアとの育成力競争とでも言うべきか。……本来なら育てる相手は逆の方がいいだろうが。はてさて、あのエルフもどう育つことになるのやら」
レフィーヤのやる気と、それに対して全力で乗って来たラフォリアを目の前で見て、酷く焦ったのは他でもないアイズである。このままでは本当にレフィーヤに追い抜かれてしまうと思ったのか、彼女が思いっきり頭を下げてでも鍛錬を求めに来たのはアルフィアだった。
ラフォリアのあの様子から暫くは熱中するだろうなと予想したアルフィアは、それを断ることなく、むしろ自分も冒険者を育てるということをしてみようと思った。その結果、今はアルフィアがアイズに教えを施している。主に彼女が得意ではない対人戦について。
まあ、本来なら後衛のレフィーヤにアルフィアが、近接戦闘が得意なアイズにラフォリアが着くべきなのだろうが、こうなってしまったら仕方ないだろう。出来る限りのことをして、楽しむ以外に他にない。そう思った結果、こんな感じになっている。
「というか貴方達、ベルの方はいいの?むしろそっちに力を入れるのが筋じゃないかしら」
「ああ、今日はその話をしに来た。……というより、ラフォリアからついでにその話をして来いと言われている」
「……今度は何をするつもり?」
「ベルをお前のところに預けるらしい」
「……は?」
「ベルを暫くフレイヤ・ファミリアに預ける。そう言った」
「……貴女本気?」
困惑するフレイヤに、アルフィアは大きな溜息を吐く。その様子からしても、恐らくそれは彼女の本意ではないことがわかる。しかし彼女だって娘の言うことならばなんでもホイホイ聞くような甘い女ではない。つまりそこになんらかの理由があることもまた間違いなくて。
「私とて反対したのだが、今のベルを強くするにこれ以上の方法はないというラフォリアの言葉には頷かざるを得なかった」
「……そんな敵に塩を送るようなことを、私がすると思うのかしら?」
「するだろう。なにせこれは本格的な同居前のお試し期間。そしてもっと言えば、お前が次の抗争で負ければ、これが最後のチャンスにもなり得る」
「……!!」
「もちろん、手を出すことは許さない。だが健全な自由恋愛の範囲ならば……まあ、私も別に鬼ではない。今回ばかりはお前の恋愛にも目を瞑ってやることも出来る」
「……本当に、いいの?」
「その代わり、条件を守れ。……殺さないこと、壊さないこと、侵さないこと、強くすること。加えて見張り役としてアルテミスを側につけ、私達も定期的にベルの顔を見に行く。……これがラフォリアと擦り合わせた結果、私が妥協出来るギリギリのラインだった。飲めないのならこの話はここで終わるが」
「十分よ!……絶対に守るし、守らせるわ。約束する、誓っても良い」
「……なるほど。お前のような女にも、少しは可愛らしいと思えるようなところがあったのか」
そんな風に、本人のベルにはなんの相談もなく進んでいくこの話。ラフォリアから出たその提案は、単にベルを強くするためなのか、それともフレイヤに対して慈悲を与えたのかは分からない。
ただ少なくとも、フレイヤにこんな一面があったことをアルフィアは知らなかったし、それをラフォリアが知っていたことにも驚いている。そしてそれを見てしまえば、甘いのかもしれないが、嫌悪感も少しは薄くなる。
「まあそういうことなら良い、ベル達にも後で伝えておこう。……私としても、お前とは今後も最低限の付き合いはしていかなければならないからな。多少の譲歩はしてやる」
「……それは、新郎新婦の親同士として?」
「ああ、全くもって受け入れ難い話だがな。本人がアレが良いと言っているのなら、もう何を言っても仕方あるまい」
「ふふ、でもそうね。5年後に盛大な式を挙げないといけないんだから、それまでは私もあまり派手なことは出来ないわね」
「抗争を宣言したような奴が何を今更……」
「それとこれとは話が別だもの」
「もうお前のところに居場所ないだろ、あの猪」
「ふふ、可哀想なオッタルよね」
「同情するつもりもないがな」
噂とは何処からともなく漏れていくもので、普段は手套で隠しているその婚約指輪だって、例えば手を洗う時なんかに見てしまう者だっている。その相手がオッタルであるということも既に広まってしまっていて、彼は10歳の少女に婚姻を申し込んだロリコン野郎であると言われてしまっている現状。当然ながらファミリア内でも居場所はなく、肝心のラフォリアもレフィーヤに付きっきり。針の筵である彼は今、とても辛く悲しい立ち位置にいる。
……それでもアルフィアが同情するつもりがないのは、もちろん小さな娘にそんな感情を向けている大男に対する不信もあるが、なによりラフォリア自身が時々自分の指で輝く指輪を見て嬉しそうにしているのを知っているからだ。だからムカつくのだ。理性とかどうこう以前に、感情的に。
「けど、まさか君達が本当にそんな関係になるなんて。僕は驚いたよ、ラフォリアくん」
「ぼ、僕も驚きました……!」
「うん?まあ、そんなものか」
まだフレイヤ・ファミリアにぶち込まれることになることを知らないベル。そんな彼は少し前の遠征で大層酷い目にあったらしく、今はまだ治療中の身。入院中の彼を見舞うために今日ヘスティアと共に訪れたのが、他でもないラフォリアであった。
……加えて、ラフォリアは既に今回のことを2人には教えている。というか彼女は隠すどころか、むしろそれなりに関わりのある相手に対してはそれを進んで教えていた。だって仕方ないだろう、嬉しいのだから。彼女がそれを嬉しく思っているのは、その話を聞かされた誰もが分かっていることなのだから。皆その話を微笑ましく聞いていて、それはベルとヘスティアだって同じ。
「それにしても5年後かぁ……いやぁ、責任を感じるなぁ……」
「まあ、お前が私を元の身体で蘇らせていれば5年も待つ必要はなかったからな」
「そ、そんなこと言ったらラフォリアくんが最初から素直に蘇ってくれていればこんな事にはならなかったんだ!僕だけの責任じゃないやい!」
「ま、まあまあ神様」
「ふふ、相変わらず騒がしい女神だ」
病室では静かにしましょう、という話はあるけれど。まあ何より今のラフォリアは他人の大声で苦痛を感じることもなく、むしろ騒ぐヘスティアに微笑ましい目を送っている。そんな変化を2人は嬉しく思うし、ラフォリアだって嬉しさを持っている。だからきっと、これで良かったのだ。最善ではなかったかもしれないけれど、悪くはない。
「……そういえば、ラフォリアさんのあのスキルってまだ残っているんですか?」
「うん?ああ……」
「あー、あのアルフィアくんになるってスキルか……」
「……まあ、残っていると言われれば残っているが」
「だ、大丈夫なんですか?」
ベルは身を乗り出して、それを聞く。全ての元凶ともなったそのスキル、それがまだ残っているのなら大問題であるが……
「残ってはいるが、最早何の意味も持たない」
「……?」
「ベルくん、君達に発現するスキルや魔法は本来君達が持っている物なんだよ。つまりそれは、君達の本質と言えるものを、僕達がより効率的に引き出していると言える」
「えっと、それと関係があるんですか……?」
「要は本質そのものが変わってしまったら、魔法やスキルは機能不全を起こす事があるのさ。……今のラフォリアくんがあのスキルを使っても、以前と同じ効果を得られることはない。少なくとも簡単に剥がれてしまうような、脆くて小さな転写しかもう出来ないだろうね」
「私としては都合が良いがな」
アルフィアという存在を欲していた彼女であるが、既に今は本当にアルフィアが母親として側に居てくれる。ならば本質であったその想いが満たされてしまった以上、スキルの効果が弱くなるのは当然のこと。
人の本質は確かに変わらないが、飢餓を潤してやることくらいは出来る。例えばそれはラフォリアがもう飽き飽きするほどにアルフィアが構い倒して来たりだとか、延々と抱き上げて来るだとか、そういう行いが要因となって。
「だからもう、私を心配する必要はない。ベル」
「……!」
「私はもう大丈夫だ。……お前達に救われて、なんなら少し不安になるくらいに幸せになれた。つい1年前の自分であれば絶対に信じられないほどに、今の私は満たされている」
「ラフォリアさん……」
「お前ともまたこうして笑って話せる訳だしな、それだけでも十分な奇跡だろう」
「……はい」
「だからそれよりお前は自分の恋の方を心配するべきだぞ、ベル」
「はぁあ!?恋ぃ!?」
「ひぃっ!?」
ヘスティアが更に喧しくなった。
「恋!?今恋って言ったかい!?ベルくん!?まさかまたヴァレン某くんなのかい!?またヴァレン某くんのことなのかい!?」
「お、おおおおお落ち着いてください神様!こ、これには深い訳が……!!」
「ベルを狙っている女は多いからな。お前もうかうかしていられないぞ、ヘスティア」
「そ、そそそそうなのかい!?サポーター君と春姫くんとフレイヤ以外にもまだ他に居るのかい!?」
「さあなぁ?そこまで教えてやるつもりはない。私は中立なんだ、知りたければ自分で調べるんだな」
「む、むぐぐ〜!!」
ベルを巡る恋のバトルは、これからが本番だ。きっとフレイヤの行動を機に、その辺りのものも動き始めるだろう。ラフォリアからしてみればそれはとても面白いものに見えるが、それに向き合わなければならないベルは大変だ。中途半端な気持ちで向き合うことなど許されないのだから。
「あの……また相談に乗ってくださいね、ラフォリアさん」
「!……ああ。私とお前の仲だ、それくらいの面倒は見てやろう」
母と子、姉と弟、2人の関係を言い表そうとすると難しくはあるけれど。血が繋がっていなくとも家族にはなれるということを知り、実感した2人の間には。今も確かな絆があった。
「……それで、お前はもうここに滞在することにしたのか?アルテミス」
「うん、そのつもりだよ。眷属達もここ数ヶ月で何人か相手を見つけてしまってね、流石に彼等を引き離すようなことを私はもうするつもりはないんだ」
「そうか」
虫の声しか聞こえないような月夜の下。
特に何をするでもなく、肩を並べて空を見上げる。
アルフィアにバレたら怒られてしまうような時間帯ではあるけれど、それでもこの静寂は心地良い。
「……正直な」
「うん」
「こうも都合の良いことが重なると、不安にもなる」
「これが夢なんじゃないか、って感じかな」
「そうだ」
互いに顔を合わせることはない。
相手の言葉に、淡々と言葉を返すだけ。
「けど、それを証明することは難しい。確かにもしかしたら、これは君が死に際に見ている都合の良い想像の世界なのかもしれない」
「……」
「それでも少なくとも、私は本当の世界だと思っているよ。だって君は想像出来るかい?もしかしたら私がベルのことを好きになって来ているかもしれない、って事実を」
「!?……本気か?」
「さあ、どうだろう。まだ自分自身よく分からない部分も多いんだ。……ただ、ヘスティアの所に厄介になっている内に、言葉を交わすことも多くてね。すると意外なほどに気が合うんだ。思わず夢中になってしまって、毎夜のように遅くまで2人で話し込んでいる時もある」
「……それは、確かに想像もしていなかったな」
「そうだろう?どうかな、少しはこの世界を信じられたかい?」
「……ああ」
処女神として、特に厳しく男女のそういう関係を遠ざけていた彼女であるが、しかしどうやら彼女もまた神としての在り方が変わって来ているということなのか。チラと横目で見たアルテミスは、何処か嬉しそうな顔で空を見上げている。そしてきっとそれは、自分が恋をし始めているという事実を、嫌がってはいないということ。
「最初に気付いたのは眷属達なんだ。……私が変わり始めていたことは、彼女達も知っていたからね。恋愛を解禁して、彼女達からそういうことを教えて貰いながら、色々と知識を蓄えていた」
「……怒る者など一人も居なかっただろう」
「うん、むしろ私のこの変化を知って喜んでくれた。それで最近は以前に私のファミリアから恋愛を理由に抜けていった子供達にも会いに行っているんだけど、彼女達も怒るより先に喜んでくれたんだ。……本当に、情けないのは私だけだった」
「……私でさえ驚き、喜びもある。お前が多少なりとも変わり始めたという事実は、お前を知っている者であれば誰であろうと嬉しく思うだろうよ。それこそアフロディーテやヘスティアもな」
「……うん」
その恋の相手がベルとなれば、ヘスティアは本当に酷く複雑そうな顔をするだろうけれど。それでもアフロディーテは大きく喜んで、ノリノリで恋愛相談に乗ってくれるはずだ。それだけは間違いない。
「それにしても、また競争率の高い所に行ったな。これから過熱するところにギリギリ滑り込めたと言うべきなのかもしれないが」
「やっぱりそうなのかい?やれやれ、大変だなぁ」
「だがこの際だ。失敗するにせよ成功するにせよ、やれるだけのことをやってみると良い。どうも恋愛というのは、失敗することも経験の一つらしいぞ」
「それを成功した君が言うのかい?」
「私とて想定外だったんだ。まさかオッタルがあそこまで私のことを意識していたとは思っていなかった」
「ふふ、それは惚気って奴なのかな?そんな風に大事そうに指輪を撫でて、羨ましいなぁ」
「ま、隠す気もない。私は今とても浮かれたいんだ、少しくらい良いだろう?」
「うん、勿論構わないとも」
流石にレフィーヤの前で、こんな話はしない。オッタルのことを嫌っていそうなアルフィアの前でも、なるべくこの話はしないでいる。
けれど浮かれているラフォリアは、この話を本当はしたくてしたくて堪らなかった。それくらいに彼女は、嬉しくて。
「実は今度オッタルにドレスを選んで貰うことになっているんだ。……まあ別に何でもいいが、アレが真剣に私の着るドレスを選んでいる姿を見られるというのはとても面白そうだし、楽しみなんだ」
「結婚は5年後だけど、お付き合いはしているって感じでいいのかな」
「いや、あくまで友人関係ということにしてある。流石に私とてアイツの知名度を世界的に貶めるつもりはない。まあ多少言いふらしはするが」
「あはは、言いふらしはするんだね」
「するとも、自分のものだと主張するためにもな。……元々私は独占欲が強いんだ。フレイヤと私の二刀持ちなど絶対に許さん。私のことしか見れなくなるように徹底的に詰めていく手段を全力で練っている。それまで大凡5年ほど掛かるが、まあ十分だろう」
「……ああ、5年ってそういうつもりで言ったんだ」
「何のためにフレイヤの恋の手伝いをしてやっていると思っている、このためだ。フレイヤが本気で恋に挑んでいる姿を見せてこそ、生じる変化というのもある。受け皿さえ見つかればフレイヤ・ファミリアを解散させる手順も作っている。やりようはいくらでもあるからな」
「相変わらず恐ろしいなぁ、君は」
そう言うとアルテミスは空から目を離し、横に座るラフォリアに向き直る。すっかり小さな子供になってしまった彼女だけれど、今も変わらずそこには強い意志を秘めた瞳がある。迷いなく自分のしたいこと、そしてすべきことを貫くことが出来る、そんな強い意志が。
「……これからまだたくさん大変なことがある。黒竜だってまだ倒せていない」
「ああ、分かっている。浮かれてはいるが、それを忘れるほどには浮かれてはいない。……私も他者を育てながら自分も励まなければならない。5年間に伸ばした理由には、それもある」
「悲しいこともたくさんあるよ。黒竜を相手にすれば、彼でさえも死んでしまうかもしれない」
「人の世などそんなものだ。……突然隣の人間が病で死ぬかもしれない、だからと言って常にそれを意識し続けるのも違うだろう。大切なのは、その時にどうすべきなのかを予め考えておくこと、そしてそれをその時に実行することだ」
「……しているのかい?君は」
「ああ、しているとも」
「そんな苦しいことを?」
「苦しいからこそ、楽しいこともまた考えるようにした」
「……!」
ラフォリアは笑う。
「気付いたんだ。……私は嬉しいことが起きた時、それを素直に喜ぶことが出来ないと」
「……」
「だから、その時に素直に喜べるようになるのもまた自分のすべき努力の1つだと考えた。……もしかしたらこんな嬉しいことがあるかもしれないと、考える必要もあるんだと」
「……肩透かしを食らったら、むしろ落ち込んでしまいそうだ」
「だろうな。……だが、人とはそういうものだろう?勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に落ち込んで、勝手に立ち上がって。そういう、勝手な生き物だ」
そうして色々な感情の起伏を感じて、皆大人になっていく。喜ぶべき時に喜んで、悲しむべき時に悲しんで、我慢なんかしないで、感情を乱して。……そんな子供みたいなことを経験するからこそ、人は大人になれる。むしろその子供のような振る舞いをすることなく大人になっても、それは酷く薄っぺらいものだ。それは正しく、以前のラフォリアのように。
「せっかくこんな身体になったのなら、心の方も相応に育てていくつもりだ」
「そっか」
「なるべく恥ずかしくない女でいたいからな。……いつまでもガキのままで居るつもりはない。将来的には自分のガキも作るつもりなのだから」
ラフォリアはそう言うと、少し恥ずかしそうにしながら、また視線を空の次へと戻す。流石にまだ素直になれない様子ではあるけれど、きっといつかは……
『ラフォリア!』
「……?オッタル?」
静かな深夜の裏通り。
見下ろしてみれば、そこに居たのは大男。
最近自分の居場所に困っている、残念な猪の姿。
けれど何処か緊張した面持ちで、彼はこちらを見上げていた。
「なんだこんな時間に、夜這いか?」
『……お前に見せたい景色がある、今から行けないか?』
「……仕方ない奴だな、本当に」
大きく息を吐き、けれど嬉しさを隠しきれない表情でラフォリアはアルテミスを見た。彼女が言いたいことを何となく悟ったアルテミスは、少し呆れたようにしながらも、けれど笑って彼女を見送る。
「アルフィアには言っておくから、気をつけるんだよ」
「ああ、行ってくる」
そうして当たり前のように落下し、慌てたオッタルに受け止められる彼女の姿。そのまま彼の肩に腕を回して、抱かれたままに連れて行かれるのだから、アルフィアがあれほど心配するのも仕方ないというところ。
……けれどアルテミスはアルフィアが怒ることを想像しても、それを引き止めることはない。心から楽しそうに、そして嬉しそうにしている彼女を、止めることはない。
「行ってらっしゃい、ラフォリア。たくさん楽しむんだよ。………生きることを」
雲一つない満天の星は、きっと彼等の未来を祝福してくれている。
世界は回る、良くも悪くも。
それでも幸福だと思えて、明日を生きることに希望を持つことが出来るのなら……そのための理由を、見つけ出すことが出来たのなら。きっと明日がどれだけ曇っていたとしても、人は生きていくことが出来る。
ラフォリア・アヴローラは、明日を生きていくことが出来る。
これからは、一人ではなく。
多くの家族に、手を握って貰いながら。
彼女はこれから先も笑って、生きていくのだ。
この作品はここで終わりにしようと思います。
多くの感想、評価等、ありがとうございました。
もう少し劇的に終わらせようかという構想もあったのですが、それでは意味がないと思いまして。この作品の肝としたのは、力と才能以外何も持っていなかったラフォリアが、他者と関わることで生き方を変えて行き、多くのものを得ていくという王道的な展開でした。ただその結果として得るべきなのは、平穏な幸福と明るい未来と決めていました。だからここで終わるべきだと考えました。
ここまで導けたのは、頂いた感想があってこそです。
色々とヒントを頂けたことは紛れもない事実です。
果たして彼等はこれからの5年をどう過ごしていくのか。その末に子が生まれたとして、周囲の人々がどう反応するのか。オッタルさんはどんな振り回され方をしまうのか。
そんな想像もして貰えたら嬉しいなと、私は思います。
今後はまた、書きたいものを適当に書きながら貯めていこうかと思いますが。ダンまち関係の書籍とかも、小説書いてる身としては割とドン引きするくらいのペースでガンガン出ていますので、もしかしたらまたダンまち熱が再発するかもしれません。
その時はまた目を通して頂けると嬉しく思います。
これまで本当にありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。