【完結】最後のヘラの眷属が笑って◯○までの話   作:ねをんゆう

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被害者9:バロール

ラフォリアがダンジョンに潜って数日。

廃教会にていつもの2人は、帰ってこない彼女を思って頭を悩ませていた。

10日間帰ってこないとは聞いていたが、今日でもう5日目。どうやら彼女は本当に帰って来ていないらしく、それはギルドの担当であるエイナに聞いても同様の返答だった。

 

「なあベルくん……」

 

「なんですか神様……」

 

「……49階層って、なんなのかな」

 

「……正直全く想像できないです」

 

「だよねぇ……」

 

まだ10階層にすら行けていないベル。それでも凄まじい速さの進歩ではあるのだが、それにしても49階層と言われると一気に頭が鳥になる。そんなところへ単独で行くなんてベルには全く考えられないし、言葉は非常に悪いが正気を疑う。

 

「一人で探索って、結構危ないことだったんだなぁって最近思うようになりました……」

 

「ああ、例のサポーターくんのことかい?僕は安心したよ。君が一人で潜っている訳ではないってだけで、本当に心の持ちようが違うんだ」

 

「いつも神様はこういう気持ちなんですか……?」

 

「いや、いつもはもっとこう現実的で、ある程度は理解出来る範疇だからさ。正直もうどういう気持ちで居ればいいのかすらわからないのが現状だよ」

 

「なるほど……」

 

恩恵も繋がっていないから生きているのか死んでいるのかも分からないし、そもそも本当にここに帰って来てくれるかどうかも分からない。彼女のことをよく知らないで色々と言って叱られてしまったし、かと言って追い掛けることなんて絶対に出来ない。

彼女は非常に横暴ではあるが、優しい人であるとヘスティアとベルは思っている。なんだかんだと言いつつも朝食だけではなく夕食も纏めて作ってくれるし、その食費についても彼女持ちだ。それが宿代替わりとは言うものの、そもそも部屋の中まで綺麗にしてもらい、以前より間違いなく2人の生活水準は上がっている。なんだったらもうずっとここで良いのではないかと最近は思っているくらいだ。……いや、流石にそのうち追い出されてしまいそうな気はしているが、それでもお世話になっていることに変わりはない。

 

「戻って来たらパーティ!……なんてのは、彼女は嫌がるだろうしなぁ」

 

「僕の使えるお金の中で贈り物とかも考えたんですけど、あんまり良さそうな物が思い付きませんでした」

 

「一応毎日しっかり掃除はしてるんだけど、それは別にお礼でもなんでもないよねぇ」

 

「……ご飯をご馳走する、とかでしょうか」

 

「ああ、そうだね。それが一番無難かな。でも何処か良いお店で奢るとかにしておこうか、彼女が満足出来るような物を作れる自信は無いからさ」

 

「そうですね、そうしましょうか」

 

そんなことをダラダラと寝転びながら話しているものだから、それこそこんな姿を見られたら怒られるだろう。実際それで喜んで貰えるかは微妙なところ、もしかすれば安くともベルの個人的な贈り物の方が喜ぶのはないかと思ったり、思わなかったり、何も分からない。

 

「……ん?」

 

そんな風にダラダラと夜を過ごしている彼等の元に、珍しく人が訪ねて来た。上の教会からベルが鳴り、2人は顔を見合わせながらも立ち上がる。もしかして帰って来たのではないか?とか思いながら。しかし階段を登って扉を開けてみれば、そこには珍しい人物が居て……

 

「ヘファイストス様……?」

 

「ど、どうしたんだいこんな時間に?」

 

「ヘスティア、ちょっと話を聞かせなさい」

 

「え」

 

彼女にしてはかなり真剣なその顔に、ヘスティアは何かしてしまったかと必死になって頭を動かしたのだった。

 

 

 

「……つまり、貴方達は本当に彼女のことについて何も知らないのね?」

 

「う、うん。彼女がなんだか凄い眷属だってことは知ってるけど、最初の出会いは本当に成り行きさ」

 

「そう……恩恵の契約もしてないのは間違いない?嘘もついてない?」

 

「つ、つくわけないだろ!一度勧誘してみたけど、すっかり断られてしまったんだ!」

 

「それならいいわ」

 

それに安堵した様に息を吐く鍛治神。

対面に座るヘスティアとベルは困惑するばかり。わざわざそんなことを聞きにこんな時間に1人で来たのかと思いながらも、それほどの事であるとも薄々と理解はしている。

 

「ヘファイストス、君がそこまで焦らなければならないようなことがあったのかい?」

 

「……今の貴方達には話せないわ、ただ少し早急な準備が必要で。色々と事情があるのよ、あの子には」

 

「事情……」

 

「簡単に言えば、私はあの子を自分のファミリアに勧誘するつもりだったのよ。だから貴女に契約をされていたら困っていたというだけ」

 

「な、なるほど」

 

「"改宗待ち"の状態にはなっているのよね?」

 

「彼女の言い方からすると、その筈だよ。ちなみに前の主神はアフロディーテらしいぜ」

 

「アフ……」

 

「……?ヘファイストス様?」

 

「………………………」

 

「な、なんだかヘファイストス様が凄く複雑そうな顔を……」

 

「まあ、うん、色々あるんだよ。神々の中でも」

 

実は女神アフロディーテはかつてのヘファイストスの恋人であり、アフロディーテの浮気を機に激怒したヘファイストスが彼女をメッタメタにした……というようなことがあったりもするのだが、それはまあ今は置いておいて。

鍛治の専門である彼女のファミリアにラフォリアを勧誘する意味はヘスティアには分からないが、彼女がそうしたいのであれば協力すべきだとも思っている。自分のところには来てくれないだろうし、それなら信用できる神友の元にいて欲しいというもの。

 

「ああ、そうだ。ヘファイストス、彼女はまだ帰って来ないのかい?知っているかどうかは分からないけど」

 

「ええ、【勇者】に聞いた限りでは、最低でもあと5日は掛かるそうよ。4日ほど前に18階層で別れたそうだから」

 

「【勇者】って……ロキ・ファミリアのフィン・ディムナさんのことですか!?」

 

「ええ、そうよ。どうやら彼女、今はロキ・ファミリアの眷属を鍛えてるみたいなの。ダンジョンに連れて行って結構な鍛錬をしているって」

 

「ロキ・ファミリアに、鍛錬……」

 

「本当に何者なんだい彼女は」

 

「ふふ、それは彼女から直接聞きなさい。私もまだ彼女と直接話せてはいないから、変に言いふらして印象を悪くするのは嫌なのよ」

 

そうは言うけれどヘスティアは少し別の方向でも心配になって来ていた。

もしかして彼女は、自分達が軽い気持ちで手を出してはいけないような、なんだかとんでもない人だったりはしないかと。いや、まず間違いなくそうなのだろうけども。だとしてもこう、もう少し、なんというか……おかしな諍いに巻き込まれない程度にして欲しいというか。

 

「ヘスティア」

 

「うん?なんだいヘファイストス」

 

「……数日暮らしてみて、あの子についてどう思ったのか私は聞きたいわ」

 

「え?ああ、そうだね……う〜ん、我儘だけど真面目で優しい子、というのが率直な感想かな」

 

「ふふ、我儘ね」

 

「あ、これ彼女には言わないでくれよ!?また馬鹿乳って怒られるんだ!」

 

「……貴女そんな風に呼ばれてるの?」

 

「うん、まあね」

 

あまり受け入れられるものではないけれど。

 

「でもさ、ベルくんの面倒も見てくれるし、僕の間違いも指摘してくれる。色々と酷いところはあるけど、それでも彼女は多分良い子だよ。お母さんの素質もあるかもしれないね」

 

「お母さん……ふふ、本当に彼女が聞いたら怒りそうね」

 

「割とベル君に対してはそんな感じだよね、ベル君」

 

「えぇっ!?…………あの、僕はお母さんって言うのはよく分からないんですけど。確かにその、朝食を作ってくれたり、悩みとかを聞いて貰ってると………お母さんが居たらこんな感じなのかなぁって、思ったり、その……」

 

「へぇ、結構珍しい一面じゃない?それ」

 

「い、言わないで下さいね!?絶対ですよ!?」

 

「ふふ、言わないわよ。……でも、そうね。そういう繋ぎ方も、あるかもしれないわね」

 

そこに新しい可能性を見出したかのように嬉しそうに笑うヘファイストスを見て、ベルは思わず顔を赤らめるが、その本心までは見通せない。

 

「あの子のこと、もしかしたらヘスティアに任せた方がいいのかしら……」

 

「え?」

 

「ううん、なんでもない。これは第二プランとしておきましょう」

 

「へ、ヘファイストス!?もう行くのかい!?」

 

「ええ、ついでだったけど、ここに来た甲斐はあったわ。ありがとう、また来るわね」

 

「う、うん!それは構わないけど!」

 

「あと……この教会、綺麗になり過ぎじゃない……?」

 

「ああ、うん……勝手にごめんね……」

 

「別に良いわよ、どうせそのうち彼女に引き渡すことになるんだろうし」

 

「う"っ」

 

「追い出されても知らないから、今のうちに準備しておくことね。路頭に迷っても私は知らないわよ」

 

そう言って機嫌良さげに手を振って帰って行った彼女を、ヘスティアとベルは笑おうにも笑えずに見送った。そろそろ本気で物件探しをしなければならないなと思いながら、それでもベルの稼ぎはそう大したものでもなく、むしろヘスティアには2億の借金があることからも目を背けて。

 

 

 

 

単独でのバロール討伐。

それは現・都市最強"猛者"をもってしても実現することの出来なかった間違いようのない偉業。49階層への単独での遠征という点においても尋常ではなく、ましてやバロールまで討伐するとなれば認めない者など決して存在しない。

それほどにバロールという階層主の討伐は難易度が高く、遠征においてもそれを可能な限り避けることが推奨されている。50階層より深くに潜るのであれば、それはより当然に。そもそも大量に発生するフォモール自体、普通であれば十分に階層主クラスの脅威なのだから。素通りすることこそが正攻法と言っても良く、仮に討伐するのであれば、大規模ファミリアの遠征の主目的は正しくそのためのものとなるだろう。

 

「……チッ、流石に容易くはなかったか」

 

ペッと口の中から血の塊を吐き、1本だけ用意していたエリクサーを飲み込む。背後に沈む巨体、周囲に散らばる残骸。ドレスは破れ、殆ど半裸。用意して来た精神力回復薬も大半が空であり、念のために持ってきた剣も粉々である。

 

「まさか鎧を貫通して来るとは……手間を掛けさせられた」

 

しかし討った、打ち倒した。

物理反射の鎧の上から問答無用で攻撃し、許容威力を超えて貫通して来た時には流石に驚いたが、それでも魔法と剣技で強引に胸部を掘り進め、最後には自らの拳でその魔石を破壊した。

あまりにも強引で華のない終わり方であったものの、それほど耐久力の高くない身であんな攻撃を2度も3度も喰らえば、いくら鎧の上からでも間違いなく死ぬ。これでも相当に必死だった。彼女にしては珍しく、笑って口を動かしている余裕すら無く。

 

「……50階層が休息地帯で、助かったな……」

 

テントも何も持って来てはいない。

あまり衛生的に良くはないが、階層に入って直ぐの入口付近で、壁に背を付けながら座り込み、目を閉じる。

本来はLv.7からLv.8に達するために必要な偉業、それを今このLv.6の段階で行った。多少焦っていたとは言え、我ながら無茶をしたものだと今更ながらにそう思う。他の全てをかなぐり捨てて魔石を狙いに行ったあの判断、僅かでも遅れていれば死んでいたのは自分の方だった。

強くなった強くなったと慢心していたつもりも無かったが、あの程度であれば"あの女"ならもう少し容易く倒していたのではないかと思うと、少しの笑みを浮かべつつも心の虚しさはより深みを増してしまう。

 

(ようやく、あの女と同じ場所に……)

 

Lv.7に。

これすら偉業として認められなかったとしたら、最早どうしろというのかと。極限まで階層更新を進める以外に方法が無くなる。

 

(……あの女と同じように、奴等の糧となることもできる)

 

結局、格上の冒険者を殺すこともまた、文句の言いようのない偉業であって。事実それでオッタルはLv.7に、アストレア・ファミリアは所属団員全員の恩恵が昇華した。ゼウスとヘラの時代にはそういった行為が横行し、ラフォリアも含めて多くの者達が下位の冒険者に襲撃され、返り討ちにしていた。今は既にそういった行いがないどころか、そもそもそういう方法があるということすら流布されないようになっているのだろうが、それが最も効率が良いということもまた事実。

極東には蠱毒と呼ばれる呪術があると聞くが、正にその方法で眷属は力を増すことが出来る。アマゾネスの王国テルスキュラではそうして最強の戦士を生み出そうとしているくらいなのだから、"静寂"と"暴喰"が行った方法も、ラフォリアが言う通り、真に無意味な行いであったという訳では決してない。

 

「……だが、私はやらん」

 

やらない、やるつもりはない。

今のところは、そのつもりは一切ない。

他者の犠牲になど、誰がなってやるものか。

せっかく病を克服し、こうして自分の足で世界を歩けるようになった。自分はあの女とは違う、まだ長い先がある。ならば自分なりのやり方で、あの女とは別のやり方で、あの女が出来なかったことを成し遂げる。そうして再び会った時に、胸を張って自信満々に言ってやるのだ。お前を超えてやった、お前が出来なかったことを私は成し遂げたのだと。

 

(まずは、手始めに……あいつ等を……Lv.7に……)

 

肉体的な疲労と精神的な疲労、強烈な眠気に襲われながらもラフォリアは次の目的に向けて思考を移していく。Lv.7への到達、そのために必要な偉業の用意。ただそれをするよりも先に色々としないといけないことがあって、それ等を頭に浮かべると自分の忙しさも理解出来て……何かそうして目標があると言うことに、言い難い充足感があるのを感じていた。




次回の被害者:撃災、猛者

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