film STARS 作:葛篭
ステラの哄笑が響く中──にわか、ふつりと全ての灯りが消え去った。
突然のことに戸惑う彼女らに《泥棒猫》の低い笑い声が届く。
「んふふ……騙されたのは、どっちかしら?」
時間通り、予定通り、いつも通り、黄金の噴水から金の噴水が金粉が舞う──だがそれは、すぐさま透明な水へと変わり国全体へと降り注いだ。
「これは、海水…!?」
「ステラ様、シリウスさん! こちらへ!」
ダイスがその巨躯を呈して二人を庇い、タナカが大きな傘を持ってくる間もステラは呆けたように空を見上げ、シリウスは憎々しげに海水によって形を無くした黄金から脱出した一味を見据えていた。
「あんた達がショーの最後に必ず金粉の雨を降らせるのは分かってた。だから私達は作戦を立てたの」
「おれ達が宝物庫に向かうと思わせて、本命は地下に落とされるルフィとフランキーにポンプ室に辿り着かせることだったわけだ」
「私達の目的は最初からこの海水。宝も金庫もどうても良かったの。ありがとぉ、ちゃーんと引っかかってくれて♡」
海水と共にフランキーも吐き出され、元気にいつも通りの妙なポーズを決めている。そして、
「スゥーーーテェーーーラァアアアアア!!!!」
彼らの船長のご登場だ。
「まあ勿論、ルフィはなーんにも知らなかったんだけど」
「ん? 何だ、ナミ」
「なんでも無いわよ。さあ! ステラをぶっ飛ばしてお宝頂いて、とっととこんな国ずらかるわよ!」
「おう!!」
気の抜けた、彼らにとってはいつも通りの会話。緊張感の欠片もない、先程まで手も足も出なかった《魔女》に対して勝てると疑いもしていない海賊たち。
「ああ──いけないわ」
ステラは呻く。縋るように見上げた空には、もう何年も見ていなかった星が瞬いていた。
果てぬ黄金と絶えぬネオンで覆い隠した己の名前と同じもの。見たくもない役立たず。もう導いてはくれない彼の代わりには決してならない、成れなかった隣の彼と同じ名前のそれが素知らぬ顔で輝いている。
「彼に向ける顔すらもうないのに」
もう、時間がない。
この期を逃せば彼はもう二度と…自分たちはもう、もう……!
「ステラ様……」
『全兵に告ぐ! 麦わらの一味を殺しなさい! 見せしめよ! 誰も残さず誰一人残さず! 皆殺しになさい!!』
星の名を持つ《魔女》が殺戮を告げる。
もう泣くことも出来ない女の、もう虚勢を張り続けることしか出来ない女の、意地と生命を賭けた最後の戦いの火蓋が切られた。
★☆★☆★
「もう! キャプテンの阿呆! 馬鹿! おれらに気をつけろって言っときながら自分が捕まってんじゃねーですよ!!」
麦わらたちの反逆の混乱に乗じて、ペンギンシャチベポはステージに跳び渡りまたも囚われの身になっていたキャプテンへ駆け寄った。
向こうから麦わらの船医も駆けてくるのを視界の端に捉えながら、シャチは変に曲がった針金をツナギから取り出しローの背後へ回る。
「シャチ、行けるか?」
「ちょい待ち。三分くれ」
いくら海楼石が特殊な鉱物といえど、鍵を使って開閉するタイプの錠であるならピッキングも出来る。そしてシャチは
「ベポ、患者は?」
「ある程度、部屋の検討はついたよ。一番地下の一番奥の部屋。VIPルームのエレべーターを使って突っ切ったら十分掛かんないはず」
「よし。トニー屋、ここは麦わら屋たちに任せて俺たちはカルテの患者の元へ向かうぞ」
「行かせません! “
海水の雨の届かなかった室内から侵されなかった黄金が集まり、大きな痩躯の犬を四体造り上げ、その内二体がロー達に襲いかかる。
その攻撃をいなすブルックが驚愕の声を上げる。残った二体の間で杖を付き、こちらを睨みつけているのはステラではなく赤毛の男──シリウスだった。
「えっ!? 黄金を操る能力はステラのものでは!?」
「同じ能力者が二人…いいえ、そんなはずはないわ。なら、最初からそれもブラフだったというわけね」
能力隠し、あるいは撹乱の為か、それとも女王としての権威付けか。『黄金の国で黄金を支配する女王』それを印象づけるため、今まで黄金は全てステラが操っているのだと彼女らは振る舞い、こちらもすっかりと騙されていたことになる。
「ならステラは……」
★☆★☆★
ようやっと自由の身になった《海賊狩り》は、肩を鳴らしながらダイスを睨みつける。
体格はダイスよりも遥かに小さい。だが体格差も膂力も技量も力量も、その全てを覆してしまえる気迫が奴にはあった。
「一つ聞かせろよ、デカブツ」
「何だ」
「あの女、どうして止めてやらなかった?」
微塵も揺るがぬ隻眼。バンダナを巻いたことで少しだけ“彼”を思い起こさせていた頭髪は隠され、ただその鋭く獰猛な眼付きだけが強調される。
それよりも『どうして』、か。直情的な男に見えたが案外人を見る目はあるようだ。いや、野生の勘だろうか? まあどちらにせよ、こんな男にも勘付かれてしまうのならば、彼女はもうダメなのだろう。
──とっくの昔に彼女は限界だったのだ。張り詰めて張り詰めて、切れる限界まで引き伸ばされた楽器の弦のような人なのだから。
「…逆に聞くが《海賊狩り》、お前はお前の船長が命をかけて為そうとすることを邪魔するのか?」
「内容に依るな。あんまり下んねぇことなら殴って止めんのも
そうか。そうだ。そうなのだろう。そうするべきだったのだろう。彼女を敬愛するならば、それこそこんな無茶は止めてやるべきだったのかもしれない。
だが、ダイスにそれは出来なかった。彼女を止めてやれなかった。彼女の狂気の根幹を知ってしまったのだから。
『あなたの“強さ”が欲しいわ。無敵のチャンピオン。私の為に私達の盾になるか、ここで死ぬか、選ばせてあげる』
裏社会のデスマッチショーで無敗を誇ったダイスは、あまりの強さに挑戦する者が居なくなり飼い主に興業にならないと処分されるところだった。それを寸前で偶然話を聞きつけたというステラが買い上げた。
最初はただ飼い主が代わるだけだと思っていた。だが彼女はダイスに仕事を与え、思考を与え、選択を与え、自由を与えた。
『この国に奴隷は居ないの。勿論あなたも奴隷ではないわ。あなたは好きに生きていいの』
女神のように微笑んだ女性は、けれどただの人間だった。叶わない夢を見続けて、敵わない現実に足掻き続ける人間だった。
その姿はとても痛ましかったけれど、同時に酷く羨ましかった。
ダイスは子供の時から飼い主のものだった。それより昔など覚えていなかった。奴隷という名称で呼ばれていないだけの奴隷だった。『言われたことを実行する』それ意外の思考も行動も知らなかった。だから、足掻き抗い戦い進み続ける彼女たちの姿は、ダイスの目に酷く眩しく写った。
好きに生きていいと言われた。ならば、彼女たちの目的を、夢を叶える手伝いをしたいと思ったのだ。元々汚れた手がこれ以上どうなったとしても構わない。ただ彼女が夢を叶えた時に見せるだろう世界で一番美しい笑顔を、近くで見たいと思ったのだ。
それが、名声しか持たなかったダイスの今の意思だった。
「おれ達にも譲れないものがある……問答は終わりだ! さあ
「シンプルなのは嫌いじゃねぇ! ちったぁ楽しませろよ変態野郎!!」
★☆★☆★
山のように湧いてきた雑兵をフランキーとナミが蹴散らしていく。
その合間を抜い扉へと走るチョッパーたち医療班。それを追うタナカをロビンとウソップが足止めするが向こうの能力の厄介さに手を焼くこととなった。
「スルスルの実の擦り抜け人間…という所かしら? 厄介ね」
「擦り抜けちまうなら弾も当たんねぇじゃねぇか! どうすんだ!?」
事実ウソップの放つ弾は全て床や壁に擦り抜けることで避けられてしまっている。
タナカは想定外の場所から出現しては手に持った拳銃でこちらを狙って撃ってくるのでどうにも戦いにくい相手だった。
「タナカさん、そいつらの始末をお願いします! おれは《死の外科医》を追います!」
「分かりました。……シリウスさん、大丈夫ですか?」
「何も問題ありませんよ! 今ッ、これからッ、始末してしまえば同じことです!!」
「追わせねぇよ!!」
黄金の犬を次々と精製しながらもチョッパーたちを追おうと駆け出したシリウスにサンジが蹴りかかり、押し留める。
「こいつは任せろ! お前らはお前らの正しいと思うことをしろ、お医者さんたち」
「ありがとうサンジ!」
扉の向こうへ駆けていくチョッパーたちの背に猟犬が飛びかかろうとするが、ナミの雷霆がその身を貫き邪魔をする。フランキーが扉の前に立ち、ここから先は誰も行かせないと門番のように周囲を見渡した。
シリウスは凶悪に顔を歪ませ盛大に舌打ちをする。そして床を殴りつけると貫いたそこに能力を流し込んだ。
「“
石製の床を割って、その下から数m級の黄金で出来た
「……おれァ能力者じゃねぇから詳しくは分かんねぇけどよ、お前、そんな能力の使い方してたらマズいんじゃあねぇか?」
「…………せぇ」
「ああ?」
「うるせぇんだよ海賊風情がッ! てめぇらなんぞに何を言われる筋合いもねぇんだよッ!」
敬語も慇懃な態度もかなぐり捨ててシリウスは吠える。言葉とともに地面が波打ち、揺れ、床を割って黄金の触手が蠢き周囲を破壊する。
『
「てめぇらに何が分かる!? 奪われて奪われて、奪われ続けたおれ達の最後の望み!! おれの命で叶うんならおれはとっくに死んでたさ! 今更惜しむようなもんじゃねぇんだよ!」
お前たちには分からないだろう、麦わらの一味。海賊のくせに強くお綺麗な、世界の揺るがす大馬鹿者ども。《悪魔》のためにエニエス・ロビーに殴り込んで世界政府に喧嘩を売って、魚人のために天竜人を殴り飛ばし、世界の闇に深く食い込んでいたドフラミンゴを討ち倒した。そうして全方位に喧嘩を売って歩いているくせに、奴らは笑ってことごとくから逃げ延び生き残った。
そんな強さが、自分たちにもあったなら。
そんな『もしも』を何度夢想したことか。意味のない逃避と分かっていても、何度も何度も消えなかった思い。けれど、やはり何度夢に見たって過去は変わらない。自分たちは彼を失った。そして手を汚しながらここまで来た。
無力で、惨めな自分たちにはお前たちのように全てを救って笑ってハッピーエンドを迎えることは出来ないのだ。だから、せめて、彼を救わなければ。それが自分たちの所為で目覚めなくなってしまった彼に出来る唯一の償いなのだから。目覚めた彼に拒絶と嫌悪を突きつけられるまで、自分たちは止まることは出来ないのだ。
「──……死ぬことは、恩返しじゃねぇんだとよ」
サンジが投げかけた言葉に眉を寄せ怪訝な顔をしたシリウスを見返す。
理由はとんと分からないが、こいつらにもなにやら重大な目的があるらしい。…チョッパーとローが見つけたというカルテ。その患者の元へ向かおうとする彼らの邪魔をしようとするこいつら。ならまあ、その目的とやらはその患者の治療だろう。それなら、サンジがすることは一つだ。この男をここに留める。チョッパー達の後を追わせない。至極簡単な話だ。
一番いいのは話して理解させることだが、頭に血が上ってそうなこの男に今は話は通じまい。それに騙されてむかっ腹が経ってるのも事実。取り敢えず、ボコボコにして大人しくさせるか。とサンジは頭の中で物騒な算段をたてる。
「来いよエセ紳士。うちの名医の治療が終わるまで大人しくしてやがれ」
「てめぇなんぞに時間を掛けてる暇はねぇんだ。一分で終わらせてやる」
★☆★☆★
猟犬が牙を向きながら駆け、巨人が剛腕を振るい、触手が建物を抉り崩す。
全てがシリウスの能力で動く黄金製の怪物たち。細やかな制御はされておらず、もうシリウスの手を放れ自立して敵を排除するために暴れまわるだけの破壊機構。
当のシリウスは愛用のステッキに武装色の覇気を纏わせ、いくつかの触手と猟犬を組み込みながら《黒足》と闘っている。
──《黒足》の言う通りだ。あんな無茶苦茶な能力の使い方、身体を酷使し寿命を縮めるだけだ。
タナカは攻撃を避けながら、未だ元いた場所から動かず《麦わら》を迎え撃とうと立ち続けている主人を見やる。
彼女も彼も、今酷く焦っている。やっとと思ったところだったのに、既の所で邪魔をされしかもその相手が《麦わらの一味》だったこと、そして彼らの発した言葉や行動が彼女たち二人の心を大きく抉ってしまった。
誰も信じず、誰にも頼れず、ここまで来てしまった、哀れな
「せめてあなた達でなければ……」
邪魔をしたのが、立ち塞がったのが、せめて《麦わらの一味》でなければ。
《
それを《麦わらの一味》はたった七人で世界政府に戦いを挑み、打ち勝って、連れ出した。
世界中の誰も、そんな展開は想像だにしていなかった。腐りきっても
それなのに彼らはただただ『仲間のため』という子供のような理由で。ただただ大切な相手が傷付けられ連れて行かれたから、傷つけた相手を殴り飛ばして連れ戻した。
なんてシンプルで、なんて眩しいことだろう。
彼女はそれが出来なかったから、こうして狂うほどに傷ついているというのに。
「──あなた達のこれまでの行動も、このカジノ内での言動も、それを信じるのならば、きっとあなた達は
「そうよ。彼らは真面目なお医者さんだもの」
「ええ、けれど、いけません。ダメなのです。それでも彼女は信じられない。何度も何度も裏切られ欺かれてきたあの方はあなた達のことも、私たちすら信じられない」
「それは、あの改竄されていたというカルテのこと?」
ああ、やはりたどり着いていた。
今まで招いてきた医者モドキ。そいつらが残していった奴らの侮蔑の証。こんな国を興し、世界に一目置かれるようになったステラをそれでも見下し騙せるだろうと寄越した嘘塗れの紙切れ。
それから、ステラは医者を彼に近づけることすら怖がるようになった。
だからトラファルガー・ローを招いたのは彼女にとって最後に縋った微かな希望。なけなしのSOSだっだ。
「おいッ、お前! いいのかよ!? これで! 部下なら、あの女が大切なら、間違ったことしてたら止めてやるのが部下の勤めじゃねぇのかよ!!」
「チョッパーとトラ男くんたちは必ず患者を救ってくれる。海賊だもの、信じろなんて言わないわ。だから私達はあなた達の邪魔をする。──私達は、私達の仲間を信じているもの」
そう言い切られてしまえば、もはやタナカには奥歯を噛み締めて黙るほかなかった。
分かっている。そうすべきだった。もっと早く、もっと何か、こんな風に破滅に向かう彼女にただ付き従うのではなく何か出来たはずなのだ。
けれど……ああやはり、《
『やっぱり、あなた達も“そう”なのね』
そう、言われることが怖くて。ただ彼女に他の人間達へ向けていた失望の眼を向けられることが恐ろしくて、なんの諫言も出せずにここまで来た。
今更、もう遅いかもしれないけれど、けれど、何もかもが手遅れで無いのなら──
「──助けて、くださいますか…あの方を」
「ええ。うちの船医さんはとても優秀だもの」
まだ、こんな私でも貴女のことを救えますか?
★☆★☆★
助けてと叫んだ言葉は誰にも拾われず地に落ちた。
救いを求めて伸ばした腕は振り払われた。
誰もわたし達を助けてはくれなかった。信じた人間はことごとく裏切った。誰も彼も自分たちのことばかりで誰一人としてこちらを見てはくれなかった。
だからステラはもう誰も信じない。誰の手も借りない。自分だけで、自分とあの子だけで、彼を救うと誓ったのだ。
「おっかしな奴だなぁ。じゃあ、あっこでおれの仲間と戦ってる奴らは仲間じゃねぇのか?」
「ビジネス、お金と契約で繋がっただけの連中よ。きっと戦況が悪くなれば逃げ出すわ」
「バッカだなぁ! お前」
気に食わない男。何を笑っているのよ。
《麦わら》のルフィ。世界政府に立ち向かった男。天竜人を殴り飛ばした男。兄を失ったくせに、未だ笑って進み続ける強い男。
嫌い。嫌い。嫌い大嫌い! まるで太陽のように眩しい男! あの時わたし達が一つとして出来なかったことを成し遂げてしまった男!
この男の前でステラは《支配者》でも《魔女》でもなく、ただの弱い女であるこを痛感させられる。
ただわたしが弱かったから、彼を救えなかったというその事実を!
「お前の目的は知んねェ。興味もねェ。でもおれはこの国が気にくわねェからお前をぶっ飛ばす! …あとよォ」
《麦わら》はまるで、子供に言い聞かせるみたいに。
「あーんな好かれてんのに受け入れてやんねぇのは、勿体ねぇぞ?」
………そんなわけ、ないじゃない。
《coming soon》