隠居してたら弟子が世界救って英雄になってた   作:ちぇんそー娘

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なんで世界滅んでないの?

 

 

 

 

 

 

 

『あの……空の飛び方を教えて貰えませんか?』

 

 何年も前のある日のこと、村の外れどころか森の奥の奥にある俺の家にその子はいきなりそんなことを言いながら訪ねてきた。

 

 原因は、久しぶりに友人と会った帰り道で浮かれていたので空を飛ぶ時に幻視の術式を起動し忘れたことだろう。

 

 それにしても、目の前にいる子は年齢にして6歳程度。どうやってこの森の奥の奥にまで辿り着いたのか。

 

『追いかけたら……いつの間にこんな森の奥に』

 

 空を飛ぶならまだしもね、この森の奥に来るのは大の大人が丸一日は必要だと思うんだけど。それに森の俺の家の周辺には結構危ない獣もいたと思うんだけど。

 

『怖かったので……走り抜けて』

 

 と言うか今は朝で、俺が近くの村の上空を通過したの昨日の夜だと思うんだけど。

 

『暗かったので……走り抜けて』

『走り抜ければ全部どうにかなると思ってる?』

 

 話を聞くとこの子は村で1番かけっこが速いらしい。

 子供の中では足が速いとヒエラルキー最上位に自動的になるのでこの子はどうやら、足の速さだけで大人でも辿り着くことが難しい俺の家に走って来てしまったらしい。なんだコイツ。

 

 しかしこの子をここで邪険に扱って村のヤツらに「森の奥にはろくに働きもせず引きこもってるくせに子供に優しくしない社会に存在価値のないニートのクズがいる」とか噂されて追い出されてはたまったものではない。それならまだ「森の奥には人を襲う化け物がいる」の方が精神的にマシだ。

 

『……人の子よ。ここは我の領域と知って踏み込んだのか? 知らなかったのであれば一度は見逃そう。だが、二度はないぞ』

『ところでなんでそんな変な喋り方してるんですか?』

『神経太いなお前』

 

 まぁ適当に、「簡単にその力を望むとうんたらかんたらで良くないことが起きる」とかそういう感じの言葉を並べればどうにかなるだろうと、煙に巻く事にしたのだ。

 万が一村の大人に泣きつかれても、魔術を学ぶものがいれば俺の言うことを理解するだろう。

 

 過ぎた力を望めば必ず破滅する。

 魔術を修める人間なら、絶対に知っている言葉だからだ。

 

『んで、お嬢ちゃんは空を飛んで何をしようとしてるんだよ』

 

 俺の質問に対して、女の子は少しだけ口にするのを躊躇って、それから少しだけ視線を下に向けて怒られるのを怖がるようにこう口にした。

 

 

 

『崖の上に、綺麗なお花があったから。友達に渡したいと思って』

 

 

 

 

 笑ってしまうくらい可愛らしい理由を女の子は口にした。

 まぁ、笑ってしまうくらい可愛らしい理由だったのだ。それ以上聞くのは野暮というもの。だからついつい俺は女の子に問いかけた。

 

 

「嬢ちゃん、名前は?」

「アマノ。アマノ・ベツヘレムです」

「んじゃあ、アマノ。お前に俺の『魔法』を教えてやる。特別だぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間達が『魔王が出た!』と噂し始めたのは何年前だったろうか。

 突如として現れ、既存の魔術文明の全てを否定するかのような圧倒的な力で次々と人類の生存圏を破壊し人々を恐怖のドン底に叩き落とした魔王。

 

 火も、鋼も、魔術も通じぬその力に人々はただ恐怖し、抗いながらも迫る滅亡から逃げられずにいた。

 

 とは言っても俺には関係の無いこと。

 あの魔王の奴が本気で暴れることを決めたなら、人類どころかこの世界はもうどうにもならないのだから抵抗したってしょうがない。魔王の活動地域からできるだけ遠くの小さな村の近くの森の奥。そこで世界の終わりの時まで隠居生活をすることにした。

 

 

 ……しかし、人類が意外と頑張っているのか、来たるべき終わりの日はなかなかやって来なくて、俺は遂に今日、死ぬまでに読んで起きたい積み本を全て消化してしまった。

 

 人類やべぇな。

 あの魔王がどれだけヤバいやつか知ってる身からすると、20年以上経ってもまだ俺の耳に主要な国の壊滅とかの情報が届かないとするともう人類は進化の特異点を迎えてなんかやばげな生命になったか、そんな情報を届ける間もなく滅んだかのどちらかなのだが、そんな俺の疑問に答えるように、滅多に使われない玄関の扉がノックされて家全体が軋む音がした。

 

「ハイハイっと、新聞なら間に合って……誰?」

「ご無沙汰ですね、先生。覚えていらっしゃいませんか?」

 

 覚えているかどうか聞かれても、知り合いにフルフェイスの鎧を常に身につけているやつは1人しか居ないし、そいつとはデザインの違う鎧を纏われていては普通は個人を特定することが出来ない。

 

「……あ! すいません。兜を付けたままでは分かりませんよね」

 

 それに気がついたのか、慌てて兜を外すとその下からは清流のような青の髪と宝石のような……というか片目は本当に宝石を埋め込んでいる緑の瞳の女性の姿が現れた。

 

「……あ、あー! ハイハイ、セオリね! いやでかくなったな! 左目どうしたの?」

「覚えててくれたんですね先生。お久しぶりです。左目は、名誉の負傷ってやつです」

 

 生真面目そうだった表情が崩れてへにゃりと笑い、改めて記憶が繋がった。

 セオリ・キャプティア。10年か15年くらい前に色々あってちょっと面倒を見て、剣術を教えた女の子だ。あの頃はちょっと間抜けそうな顔をしていたし常に鼻水垂らしていたけれど、随分と立派なまさに騎士様って感じの見た目になっていてなんだか感動してしまった。

 

「いやー、マジで大きくなったなぁ。もしかしてその格好、騎士にでもなったのか? いや、え? デカくね? ほんとでかくなったな!」

「お陰様で今は男性の平均よりも高いですよ。昔みたいに撫でてくれるのなんてもう先生くらいですよ」

 

 昔のテンションで頭を思いっきり撫でてしまったが、さすがに大人の女性にデリカシーが無かったと思い手を止めると少しだけ不機嫌そうに眉を顰めてしまった。仕方ないのでとりあえず撫でるのを再開してみると、それでいいと言わんばかりにご機嫌な笑顔を見せてくれた。

 

「先生ってば、撫でるの上手になりましたね。まさか私以外の子を撫でてたんですか? まさか浮気ですか? 昔はもっと、髪の毛をわしゃわしゃーってやってぐわーって」

「こんなクソ田舎で撫でるのなんて最近は自分の腰くらいだから優しくもなるわ。というか、俺は昔から優しい紳士だろうが」

「昔の先生野生の熊さんみたいだったじゃないですかー。おっきくてよく寝てるし」

 

 生意気なこと言うセオリの頭をとりあえずぐしゃぐしゃにしてやろうと思ったが、肩に届かない程度に女性としては短めに切りそろえられて綺麗に整えられた青の髪を見るとさすがに気が引けるのでそのまま優しく撫でることにした。

 しかし撫でていると改めてあのハナタレで常に俺の脛を狙って蹴りつけてきて、野草を口にして腹を壊してたセオリがこんなに立派になったとなると、柄にもなく泣きそうになってしまう。

 

「本当に立派になりやがって……あぁ、飴いるか? お前飴好きだったよな?」

「ふふ、先生は相変わらずポケットに沢山飴を入れてるんですね。変わらず実家のおじいちゃんみたいな感じで安心しました」

「なんだと鼻たれ坊主が誰がジジイだ。あげないぞ」

「女の子に鼻たれ坊主はやめてください。……でも、その沸点の低さも相変わらずそうで安心しました」

 

 悪戯そうな笑みを浮かべながら口の中に飴玉を運ぶセオリ。見た目は清楚な騎士様になってるが相変わらず中身は生意気な田舎のクソガキで嬉しいような複雑なような気持ちになる。

 とりあえずマジでおじいちゃん呼びはやめて欲しい。最近尿のキレの悪さと起きた時の不快感と腰の痛みが気になってるんだよ。

 

「んで、どうしたんだ? 昔話に花を咲かせに来たのか? でも今それどころじゃなくないか?」

「え、何の話ですか?」

 

 本気で何を言っているか分からない、と言った感じの表情をセオリは浮かべている。

 だって今魔王がブイブイ言わせてるはずだろ。経緯は分からないが多分セオリもアイツとの戦いで片目を失ったんだろうし……あ、もしかしてそうなると。

 

「悪いけど、俺は絶対外に出ないからな」

「……先生が引きこもりなのは知ってますけど、たまには外に出ないと骨が脆くなり日を浴びなければ不健康が増進し頭髪も抜けますよ」

「やめろ! それ以上中年を脅すんじゃない!」

 

 とりあえずセオリが訪れた理由はわかった。

 多分こいつは、俺を魔王との戦いに引きずり出しに来たんだ。なんやかんや俺はコイツの師匠ではあるから、戦力面で期待しているのだろう。

 

 でも魔王はマジで無理。アイツに勝つとか、人間がどう頑張ってもどうにかなるものじゃないんだよ。そこに俺が加わったところでせいぜい一日だけ滅ぶのが遅くなる程度の差だ。

 

「恨んでくれても構わない。でも、俺はアイツと戦おうなんてそんな無謀を起こせるほど、勇敢なやつじゃ……」

「あぁ、そういう勘違いしてるんですね。魔王のことならこの前死にましたよ?」

「は?」

 

 今、誰が死んだって言ったコイツ? 

 

「魔王ですよね? この前死にましたよ。言ったじゃないですか、名誉の負傷って」

「殺してきたの、魔王?」

「まぁ、1人でじゃないですけどそうですね。あ、シャワーは浴びてきましたよ、歓声という名のね。へへっ」

 

 なんか得意げに上手いこと言ったみたいな顔してるけれど、どう考えてもその前の発言の方がおかしいんだよ。

 魔王は人間では対処不能の定められた滅びとかそういう方向のやつなのにどうなってんだよ。人類の文明は俺が森の奥で引きこもってる間にどんな革新があったんだ? 

 

「え、待って、本当に!? 本当に殺したの!?」

「多分死んだと思いますけどねぇ。目の前で見てましたけどなにぶんその時片目だったので」

「お前達本当に魔王と戦ってきたんだよな?」

「結構デカくて疲れましたね」

 

 セオリはまるでちょっと高い山に登山してきましたくらいの感覚で魔王討伐時のことを語るものだから、本当に同じ『魔王』の話をしているのかわかんなくなってきた。コイツ、鼻たれの時からちょっと散歩とか言って森の奥で迷子になったり、獣捕まえたとか言ってカエル出してきたりなんか、こう、ズレてたりするから本当にわかんなくて怖いんだよな。

 

「まぁ魔王のことは置いておいて」

「待ってくれ、本当に置いておかないでくれ。魔王について全部話せ!」

「もう居なくなった相手のことなんて考えるだけ無駄ですよ。それより、現実を見てください。あ、私中央だと英雄扱いなんでブロマイドあるんですよ見ます?」

「いらねぇようわっ、めっちゃ盛ってる!素のが可愛いぞこれ!」

「あとこれもあげますね」

 

 未だ混乱している俺に対して、セオリは1枚の紙を手渡してきた。

 何やら文字がぎっしり書かれて、その末尾には数字が沢山。そして一番下には数えるのもめんどくさくなるような桁の数字。

 

「私今、中央で結構偉い職業についてるんですが……その際に見つけてしまいましてね。30年ほど前、貴重な書籍を借金して買い漁り、本日までのらりくらりと借金返済を滞らせていたとあるお方の名前を見つけまして」

「………………」

 

 

 繰り返すが魔王は世界を滅ぼせる厄災だ。

 ちょっとアイツについて詳しい俺から言わせてもらえば、現代の人類ではどうすることも出来ない。世界は間違いなく滅ぶと確信があった。

 だから俺はこんな森の奥で残りの時間を穏やかに過ごそうと、読みたかった本を後先考えずに買い占めて引きこもりをしていたのだ。

 

 つまり、まぁ、はい。

 

 返済のことなんて微塵も考えていませんでした。

 

 

 

「先生。いえ、モンド・ルナリアさん。貴方には2つの選択肢があります。1つはここで問答無用で所持品を全て差し押さえされるか。それとも、私と一緒に付いてきてお話をするか。なんなら今ここで体で支払うってのもアリですよ?」

 

 

 舌を出して笑うセオリの提案に対して、俺が彼女の師匠として、そして大人の男として尊厳を守れる返答は一つだけだった。

 俺の頬を伝った一筋の涙はきっと、色んな意味でたくましく成長した弟子を見れたことによる嬉し涙だろう。

 

 

 

 

 

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