隠居してたら弟子が世界救って英雄になってた 作:ちぇんそー娘
さすがに借金の証拠を隅から隅まであまさずしっかり提出されては言い訳も言い逃れも何も出来ず、渋々と汽車なるものに乗せられて俺は中央王都『セラフィム』へと連行されていた。
相変わらず人が多く、しかし俺の最後の記憶である魔王の出現により絶望ムードの漂っていたその街とは異なり、活気に満ち溢れていた。
そんな街の様子に反して、俺の気分はダダ下がりだったが。
「それで、俺は何処に連れてかれるんだ?」
「お金を返すとなると、そんなの一つでしょう。仕事場ですよ無職」
「あの、もうちょっとなんか言い方とかない?」
流れるように連行され、「中央でそんな格好で私の隣に立たれたら恥ずかしいです」と言われて気慣れたボロボロの服を身ぐるみ剥がされ、正装に着替えさせられたのもあって、息苦しさはまるで移送中の囚人のようだ。
「服さ、もっとこう、緩い感じのなかったのか?」
「それでも先生に合わせてだいぶ緩めにしてあげてるんですよ?」
「普段こういうの着ないからさ」
「心まで無職になってるんですからまず見た目くらいきっちりしてください」
「だから言い方! 事実だけどさ!」
「先生は甘やかすとダメですしね。こちらでは私も立場があるので。手続きが終わるまで、先生相手に心苦しいですが無職と呼ばせてもらいますよ無職」
「楽しんでるよな? 俺年上だからな? 鼻たれのクソガキの頃のお前の面倒見てやったんだからな?」
「でも今は無職じゃん」
コイツ……こうなったらたとえコイツから斡旋された職業でもすぐに大活躍して借金返済してぶち泣かせてやるしかねぇな。
にしてもやっぱり、こういうフォーマル?なスーツは落ち着かない。首が太いのもあってしっかりとした服を着るとめちゃくちゃ息苦しいんだよな。
「んで、その職業ってなんなんだよ」
「それを知りたいなら空を見るのが早いですよ」
そう言われて、渋々空を見上げてみると。
人が飛んでいた。
青年が箒のようなものに股がって。
配達員のような男が空を駆ける。
騎士のような男が宙に浮かび街を見下ろす。
見習い魔術師であろう少女が、屋根を伝って跳ぶように舞うのを教師らしき者が見守っている。
「…………は? え、なんで、は、は!?」
「もっと大人っぽいリアクションをしたらどうですか? さすがにベタですよその反応は」
気の利いた、ウェットに富んだ感想なんて出てくるものか。
人が飛んでいる。空を舞っている。多くの者が何らかの補助ありで飛んでいるが、中にはその身一つで空を駆けている者がいる。
──────ありえない。
それはあり得てはいけない自体なのだ。あの『殲滅』の魔王が世界を滅ぼすことを決意して世界が存続しているように、人類が空を飛ぶことはあってはならない。
熱された水が凍りつくように。
手から離れたリンゴが空に落ちていくように。
殲滅されたはずの生き物が繁栄しているように。
空を飛ぶということはありえない、
それは物理や魔術、文明の発展度の話ではなくこの
人間が『空を飛ぶ』という意思を持ってその行為を行おうとした瞬間に、その人物は平衡感覚を失い、それでもなお続けようとすれば徐々に意識が混濁し1分と経たずに昏倒する。
どんな機械や魔術で補助しようとしても絶対にその『呪い』とも呼べる現象に逆らうことが出来ない、この世界がこの世界である故のルール。
「8年前、魔王との戦いで劣勢になっていた我々の前に1人の少女が現れました」
まるで、御伽噺でも語るかのような口調。
大言壮語なようでもあり、端的な事実のようでもある。そんな不思議雰囲気を纏ったセオリの言葉。
「彼女は、我々の常識を1つ破壊しました。人は地に縛られ、地と共に生きるしかないという絶対的な理。彼女はそれを、自ら空を駆ける星となることで否定した」
中央王都セラフィム、その賑わいの中心である広場にはその栄光を称えるかのように剣を持った少女の銅像が佇んでいた。
「『殲滅』の魔王、デブリ・ジ・アルメディス。かの厄災に挑み、それを見事打ち破りし6人の英雄!
『熾天』グロリア・ウォルフライエ。
『彩天』アマリリス・スタアパレット。
『戴天』サンザ・シーリウス。
『夜天』ジバ・ヨモスガラ。
『碧天』セオリ・キャプティア」
最後のは私ですね、とつけ加えたセオリの出した名前を聞いて驚いた。驚かないわけあるか。
だって、全員知っている。もう何年もあっていないが、全員知っている。俺はセオリを含めたその5人、全員の
俺の髪の毛を引っこ抜いて遊んでたクソガキとか、ずっと本ばかり読んでたアイツとか、思い出したくもない暴風雨のような生き物とか、唯一可愛げのあった奴とか、思い出が走馬灯のように蘇る。
「そして、人類に空へと到る翼を授け、魔王との大戦を勝利へと導いた英雄! 唯一の『
その時、一陣の風が吹いた。
強く、鋭く、優しさのないその風は往来を歩く1人の少女の手から花柄の風船を攫ってしまった。
「あ」
呆気に取られ、手を伸ばすももう遅い。空を飛べない人間では、風船には手が届かない。それは当たり前のことで仕方の無いこと。だから少女はその悲しみを堪えるように唇を噛み締め、下を向く。
そんな様子を見て、俺は何か考えるよりも先に足が一歩前に出て体の奥底から何かを湧き上がらせようとしていた。
「大丈夫、私に任せて」
しかし、少女の横から穏やかな風のように飛び出したその声を聞いて俺の足は止まった。
そして声の主は空へと
跳ぶのでは無く、飛ぶ。
空に在ることが当然であるかのように、重力の軛から外れ自由に空を動き回り、あっという間に空へと吸い込まれそうになっていた風船を手に入れるとその体はゆったりと、羽毛が落ちるかのように優しく地面へと着地した。
「はい、君のお花。もう手放しちゃダメだよ」
「ありがとうお姉ちゃん! これ、妹へのプレゼントだったの!」
「そっか、じゃあちゃんと持って帰らなくちゃ。ほら、しっかり握って」
「うん! あ、あのね、私も……お姉ちゃんみたいに空を飛べるかな?」
少女の問いに、大人びた翠の髪を風にたなびかせる女性は満面の笑みで答える。
「なれるよ。私も昔、とってもすごい先生にお空の飛び方を教えてもらったんだから」
風船をしっかり握って駆けていく少女を見送ってから、改めてと言わんばかりに女性はこちらを向いて歩み寄ってくる。
翡翠の瞳と同じ色の髪はすっかり長くなり、しっかりと施された化粧と相まって艶めかしさを醸し出す大人の女性。そんな印象と正反対の元気で快活な大きな歩幅に太陽のような笑顔。
「久しぶり、モンド
「──────アマノ。アマノ・ベツヘレム」
「覚えててくれたんだ。嬉しいな、そんな風に名前を呼ばれるなんて久しぶりだ」
目の前に立つ彼女の背丈は俺と頭一個分くらいしか違わず、俺の腰ほどしか無かった昔の彼女とは随分と印象が違う。それなのになぜだか変わらないという印象も受ける。
不思議で不可思議、それなのに安心感のある風邪のような女の子。あのガキンチョがこんな立派な美人になってしまっているなんて、なんだか反応に困ってしまう。
「それにしても……
「……ハハッ、何を言う。俺は昔からスーツの似合う紳士だったろ。お前こそ、足の速さだけで生きてた野生児がこんな美人になってるなんてな」
「私だって、昔からオトナな美人だったけど?
そんなやり取りをして、お互い顔を見合わせて笑ってしまった。
コイツは間違いなく俺の弟子、短い間ではあるが共に過ごした少女、アマノ・ベツヘレムだ。それが知れてなんだかとても安心して、何を心配していたのかおかしくて笑ってしまったのだ。
「それにしてもセオリちゃん、あの引きこもりのニートの
「ははーっ、有り難き幸せ。……っとまぁ、そんなわけでアマノちゃんは英雄になって私達もそれに準ずる位に就いてしまいました」
「えっと……
顔を赤くして目を背けるアマノ。昔はこんな可愛らしい恥ずかしがり方するやつではなかったけれど、仕草とかは間違いなくアマノ本人のものだ。
この2人が俺の知るアマノ・ベツヘレムとセオリ・キャプティアであることは間違いない。となると、セオリが名前を挙げた他の奴らも間違いなく俺の知る、対外的には俺の『弟子』となるアイツらなのだろう。
ここまで来てセオリの大規模なドッキリ、って線はコイツらの表情からしてありえないだろうしマジなのか。なんて偉業を成し遂げちまってるんだよアイツら。
「……話を続けますね。まぁ先生が何をしてたとか、無職のニートのろくでなしだったとか関係なくですね。先生は今はもう放っておける存在じゃないんですよ。──────貴方はもう、英雄の『師匠』なんです。『殲滅』の理を打破し、人に空を支配させた英雄のね」
俺は何もしていない。
俺は魔王に対して何一つ手を出してないし、むしろビビって確実に世界が滅ぶからとか言って借金踏み倒すつもりで残りの人生を謳歌しようとしていたまぁまぁのクズだ。
だが、そんな俺の弟子達はなんともまぁ優秀なことで。絶対的な滅びを打ち破り、そして何の因果かその立役者たちは全員俺の弟子と来た。
「というわけでね師匠。実は私達すごく困ってて……昔みたいにまた、先生やってみない?」
「一応言っておくとこれ、先生の身の安全の確保の意味もありますからね。だって、今の世界は空を制した者が次の王者になれるんですから」
何がどうなってるか全く理解が出来ないがひとつだけいえること。
それは、彼女達の師匠である俺に逃げ道がないということだけだった。