IS学園配信チャンネル交流板   作:ジト民逆脚屋

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基本、仕事は真面目な万里


ワンオフアビリティ

「化野」

「なんです? 織斑先生」

「お前に試合の申し込みだ」

「……またですか」

 

雑務を終えた夕方、万里が自分のデスクでダラダラと明日の準備をしている最中に、そんな話が舞い込んできた。

 

「もう今月で四回目ですよ」

「それだけお偉方はお前を引き摺り下ろそう必死という事だ。私の時もそうだったからな」

「うえ~」

 

わざとらしく吐き戻す仕草をしつつ、千冬から渡された資料に目を向ける。

対戦相手は日本の代表候補生、プロフィールと写真を見る限りでは日本人に間違いない。

経歴と成績を確認すると、まあ悪くない選手であるが、自分と対戦するには少々足りないのではないかと、千冬を訝しむ。

 

「前代表の肝入りらしくてな。まったく、教え子を政治に巻き込むなよ」

「私、巻き込まれてる最中ですけど?」

「お前はもう大人だろう」

「なら、同じ次期代表候補の一夏にぶつければよい話では?」

 

現状、日本のIS国家代表の席は空席状態で、その席に座るのは初代日本代表の織斑千冬の弟である織斑一夏か、突如として湧いて出てきた化野万里のどちらかだと、世論はそうなっている。

事実、実力と実績を鑑みるとこの二人以外は居らず、同じ日本人である篠ノ之箒は、既に現役を引退して、家業を継いでいる。

 

「先方がお前をご指名だからな」

「そして私はまた、候補生潰しの悪名を高めると」

 

ああ、面倒だ。

万里はIS自体に思い入れも、何か崇高な目標も無い。言ってしまえば、なるようになったから今の席に座っているだけだ。

何も無い。目標も意味も無く、ただ楽に生きられると思ったから、この業界に居るだけ。

いや、自分を含めた同期の専用機持ちが離れられなくなったというのが正しく、箒が離れられたのが奇跡なのだ。

 

〝オペレーション・スカイフォール〟

 

学生時代に自分達が解決する事になった最悪のテロ事件。亡国機業を名乗る秘密結社が引き起こした事件は、いまだにその後遺症を世界に遺している。

最悪の負の遺産、今は篠ノ之束の尽力の元、どうにか元の形に戻っているが、発展に至るまではまだ時間が掛かる。

 

あの事件で万里は、本気でワンオフアビリティを発動した。最大出力でアビリティを発動させたのは、後にも先にもあの一回だけだ。

それでいい。あのアビリティは適度にほどほどに使うのが正解だ。

〝八奇怪譚〟、全部で八つから成る精神に作用するアビリティは、強力無比だが負担も大きい。

本来は八つの譚を巡らせて、パイロットと機体を焼き切るアビリティだが、万里は一つの譚を半ばで締め括る。

ただの人には、譚一つでも過剰だからだ。

 

「すまないが、もう決定事項らしい。頼む」 

「はーい、配信と業務に差し支えなければ、私はそれでいいですよっと」

 

始譚〝如月〟

次譚〝牛首〟

三譚〝蛇巫〟

四譚〝故神〟

五譚〝曖昧〟

六譚〝山怪〟

七譚〝禁后〟

終譚〝空亡

 

この八つの譚と、必要なら内包した小噺を巡らせ、ISコアとパイロットの意識と精神を焼き切るのが、万里のワンオフアビリティ〝八奇怪譚〟。

発現した時は、何とも自分らしい皮肉の効いたアビリティだと、内心で舌打ちしたものだ。

 

「あと、お前に〝取材〟の依頼が来ているが……、断るか」

「ええ、〝取材〟なら断ります」

 

化野万里とIS学園の間には、幾つかの約束事がある。

単純に言うなら、学園で大人しくする代わりに配信等の趣味を邪魔しない。

基本要請には従う。

学園並びに委員会を通さない依頼は受けない。

そして、化野万里について探る様な取材は受けない。

 

こう言った約束事の上で、万里はIS学園で教職に就いている。これらが守られている限り、万里が学園に不利益を与える事は無い。

 

「お前も大変だな」

「初代世界最強に言われると、本当に大変な気分になりますね」

 

千冬も自分の家族の事で、周りから必要以上に騒ぎ立てられた過去がある。

誰しも触れられたくない過去や、暴かれたくない秘密がある。

その過去や秘密を暴こうとするなら、それ相応の覚悟をしろ。

千冬にとっての過去は最大の傷であり、弟の一夏との絆でもある。

万里にとっての過去は最大の秘密であり、一夏達との絆でもある。

万里の秘密を知るのは、千冬と同期組だけ。それ以外には適当な話をしては、はぐらかして煙に巻いている。

 

「……お前の方が大変だろうに」

「何か言いました?」

「いや、ガチャ配信はやめろとな。お前の運では無理だ」

「お゛あ゛あ゛ッ!!!!!! 織斑千冬ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ!! 貴様、ちょっと運が良いからってえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え!!」

「喧しい!」

 

奇声を発するのも、奇行に走るのも、全て万里という秘密を覆い隠し、全てと一定の距離を保つ為。全てを受け入れるが故に、全てを拒絶する。

それが化野万里という存在。

だが、千冬には変わらない評価がある。

 

「まったく、今も昔も変わらず手の掛かる馬鹿者だ」

「マジで痛い……。え、本当に超合金か何かで出来ていらっしゃってましてですの?」

「オルコットが混ざってるぞ」

「あら、失礼」

 

織斑千冬にとって、化野万里は手の掛かる教え子であり、未来を託すに足りる人間だという事だ。

 

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 

「弱い」

 

数日後、万里は日本IS委員会の所有する屋内アリーナに浮かんでいた。

手には愛用の十字槍が握られ、空亡が送ってくる情報を精査する。

相手は確かに日本代表候補生だった筈だが、あまりにレベルが低すぎる。前代表の目は曇っていたのか。はたまた、日本IS委員会お得意の内輪揉めの犠牲者か。

万里はやる気無く機体の制御のままに浮かび、哀れみを籠めて相手を見下ろす。

教職に就く人間のしていい目ではないが、相手は自分の生徒ではないので、容赦なく憐れむ。

何故、この程度の娘を自分の前に差し出したのか。機体のセンサーを用い、観客席に居る人物達を探ると、その答えは判った。

 

「成る程、憐れを通り越して無様と言うか、なんと言うべきか」

 

観客席に居たのは万里の予想通りに前代表ではなく、倉持の技術者達であった。

計器を片手に何やら話しているが、大体の事は想像がつく。

大方、この娘を使って〝八奇怪譚〟の解析をするつもりだったのだろう。自分達の予定と違った事で苛立っていて、近くに座る千冬の額に青筋が浮いているのに気付いていない。

 

「あなた」

「な、なに?」

「そう怯えなくていいんですよ。でも、どうやら目的は達せなかった様ですね」

 

そう言うと、分かり易く顔を歪ませる。

この娘は確かに弱く、実力は代表候補生に足らない。

焦ったのだろう。このままでは、折角なれた候補生から降ろされると。

そこを愚か者につけこまれた。前代表の肝入りという話も、恐らくは嘘でまかせの口八丁。

あまりに憐れだ。愚か者に操られ、やっと掴んだ蜘蛛の糸は猛毒の牙に続いていた。

 

「はぁ……」

 

溜め息を一つ吐く。

観客席で技術者が、千冬のアッパーで宙を舞う映像を見ながら、万里は教職としてやる事をやると決めた。

 

「では、1から7で好きな数字を選びなさい」

「え?」

「1から7で好きな数字を選びなさい。あなたはこのままでは候補生を降ろされ、最悪は宜しくない噂まで吹聴されるでしょう。だから、お情けで見せてあげましょう」

 

だから、選びなさい。

万里は冷たく言い放つ。

生徒ではない娘に自分がしてやれるのは、この辺が妥当だろう。

願わくば、1か2を選んでくれると有難い。今日はゲリラ配信をしたいので、疲れる3以降は開きたくない。

さあ、大きな声ではきはきと1と言え。

 

「じ、じゃあ7で」

「……1から7で好きな数字を選びなさい」

「あ、あの7で……」

「1から7で好きな数字を選びなさい。私は1か2が好きです」

「え、ええ……?」

 

何故、迷いなく二番目に疲れて、影響も残る7を選ぶのか。主に開いてきた譚が〝如月〟と〝牛首〟の二つだけだから、それを避けたのか。

3以降の譚は正直、一夏クラスのキチガイメンタルでなければ抜けられない。八譚全てを抜けてきたキチガイのメンタルは伊達ではないのだ。

 

「じゃあ、1で……」

「素直にそう言えばいいんですよ。では、くれぐれも〝乗車〟しないように」

「へ……?」

 

開演、八奇怪譚始譚〝如月〟。

 

コアと機体のエネルギーバイパスが一瞬で赤熱し、過剰な出力が機体を駆け巡る。

ワンオフアビリティとは機体とコア、そしてパイロットの波長が合って初めて発現する。

しかしそれがどれ程困難な事なのかは、ワンオフアビリティ発現者が全競技者中、十分の一に満たない事が示している。

そして、万里はその十分の一よりも更に少ない五人の領域型アビリティの発現者の一人。

 

「発動すれば勝てる能力、だから欲しいってのは分かりますが、今回はやり過ぎでしたね。まあ、勉強という事で」

 

私服でもISスーツでもなく着物を着た万里が、〝きさらぎ駅〟と看板のある無人駅のホームにあるベンチに座りながら、そんな事を考えていると、列車の到着を報せるベルがけたたましく鳴り響いた。

来るのは決まって三両編成の四角い車両。紅い夕暮れに染まる車両はどこか物悲しさを感じさせると同時に、言い様の無い不気味さも醸し出していた。

 

「変わらない」

 

何度見ても、この風景は変わらない。

何も無い田舎の風景、何も言わず沈んでいく夕日。誰も居ない駅に佇む人影。

耳に痛いブレーキ音の後、掠れたアナウンスが何かを言うと、列車のドアが開く。

 

「はあ、乗るなと言ったのに」

 

駅で佇んでいた人影は、ふらふらとした足取りで列車の乗り口へ歩を進め、足をタラップに掛けようとした瞬間意識は醒め、周りに広がる光景は元のアリーナに戻っていた。

 

八奇怪譚始譚〝如月〟閉幕

 

その言葉と共に、万里は娘に背を向ける。

勝負は終わり、始譚〝如月〟はあの列車に乗る事で、相手を戦闘不能にするレベルの情報を流し込む。

今の折れかけの心と、リミット限界の機体ならタラップに足を掛けただけで十分過ぎる。

 

「……織斑一夏に貴女を紹介しておきます。彼の眼鏡に叶うかは、貴女次第です」

「え……、は、はい!!」

 

とりあえず一夏なら、今年中にこの娘を一線級に出来るだろう。

自分はやらない。学園の生徒だけで手一杯だから。

それにしても面倒な話だ。

 

「織斑先生誘って呑むか」

 

愚痴ばかりになりそうだから、ゲリラ配信は諦めよう。


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